クラゲルゲの魔手

作:須永かつ代様

ある秋の日の放課後、健太郎は一人、小学校の理科室に入り込んでいた。
    その日、健太郎は登校の途中、自宅に近い川べりで、妙なものを見つけた。
それは直径30cmくらいの丸い形をしていて、泥に汚れてはいるが、全体は透き通ったビニールのような物体だった。厚みはだいたい3−4cmもあり、ちょうどクラゲかキノコのカサが干からびて、土の上に半ば埋もれていたといったふうだった。
    その日は台風一過のカラリとした秋晴れで、非常に気候が良かった。朝からかなりの暑さになっていた。
健太郎はビニールのような乾いた物体をいじくりながら、これはきっと昨日の台風で近くの海から吹き飛ばされてきたか、流されてきたものに違いない。多分、クラゲが干からびたものだろう、と考えた。
そして、この干からびたビニールのような物体が、水を含ませてやればまたもとのような軟体に戻るものかな、などと思案していた。
    ちょうど昨晩、健太郎は推理小説を読んでいて、その中に、1週間、食うものも食えずに餓死寸前だった男が出てきていた。男は主人公の探偵に救出されるのだが、この時、男の飢えと乾きを癒そうと、探偵がブドウ糖水溶液に牛乳を少し混ぜたものを男の口に含ませたという場面があって、これが健太郎の頭にこびりついていた。
「これがクラゲだったら、ブドウ糖の水溶液で良いのかな。それとも、クラゲだから、やっぱり食塩水の方が、元に戻るかも知れない。」
    ブドウ糖水溶液や食塩水を与えたとしても、干からびて死んでしまったクラゲが生き返るはずもないのだが、そこは好奇心の旺盛な小学校5年生の考えること。自分が立てた推論が正しいのか、誤っているのか。学校に着くころには、健太郎はこの推論を実際に検証したくて我慢ならなくなっていた。そこで考えたのが、放課後、皆が下校した後、学校の理科室で一人だけの実験を試みることであった。
 
    もともと健太郎は理科が大好きだった。
いや、理科だけではない、算数も、国語も、社会も大好きで、音楽や図画工作も得意としていた。ただ一つ、体育だけが苦手科目だったが、それとても決して何もできないということではなく、何回も努力し練習することで、何とか課題を達成することができた。しかも、学習態度は非常に真面目で、クラスメイトからも信望があり、しばしば学級委員を務めていた。つまり、健太郎は世に言う優等生だったのである。
    その健太郎が、好奇心からとは言え、先生に無断で理科室に忍び込むのは、かなりの勇気が要った。しかし、この時、好奇心がすべてに優先していた。健太郎は胸を高鳴らせ、手に汗を滲ませながら、理科室に入り込み、例の干からびたビニールのような物体を実験台の上に置いた。
    「あれ?」
その物体は、朝方見つけた時はカサカサに乾いていて、ビクリとも動かなかったのだが、実験台の上に置いた瞬間、丸い形の中央部分がぶるんと震えたような気がした。じっと見つめてみると、泥で汚れて、茶色にくすんでいた透明なビニールの中に、少しばかり黄色っぽい斑点が見えるようであった。
「こんな模様、最初っからあったかなあ?」
ひとしきり首を傾げていたが、しばらくして健太郎は、薬品戸棚の中からブドウ糖の粉と、生理食塩水の入った小壜を取り出した。理科が大好きで、成績も優秀な健太郎は、理科室の責任者である高山先生の助手として、しばしば実験器具や薬品を運ぶ役割を仰せつかっていたので、どこにどんな薬品があるのか、良く知っていたのだ。このほかに、健太郎は別の戸棚からアンモニアが入った壜も取り出した。これは直接は試すつもりはなかったのだが、アンモニアが水をよく吸収する性質があることから、ひょっとしてこのクラゲ(もどき)が生き返って、元の軟体動物になったとき、今度は反対にアンモニアをかけたら、体の水分を吸収するんじゃないかなどと、つらつら考えていたのである。あまり根拠のある推論ではなかったが・・・。
 
    まず健太郎が試みたのは、昨晩読んだ推理小説どおり、このビニール状の乾いた物体にブドウ糖水溶液を注ぐことだった。健太郎は実験台の上にやや大きめのヴァットを置き、その中に問題の物体を置いた。それからブドウ糖の白い粉を蒸留水に良く溶かして、この物体の上にまんべんなく降り注いだ。3分ほど待ったが、特に変化の兆しは見られなかった。
    次に健太郎は、薬品棚から取り出した生理食塩水をこのビニール状の物体に注ぎかけることにした。ブドウ糖水溶液と同じく、100ccほどを物体の上に注いだ。すると1分もしないうちに、乾いたビニールのようだった表面が光沢を持ち始め、3分後にはカサカサだった表面に柔らかみが戻ってきた。
「やっぱり塩水が効くんだ!」
さっきこのビニールのような物体がぶるんと震えたように思えたのは、気のせいではなく、手に滲んだ汗が物体に沁みて、その塩分や水分で生気を取り戻しつつあったからに違いない。とすれば、もっと食塩水をかければ、このビニール、いやクラゲは生き返るんじゃないか?
    そう思って、健太郎がさらに100ccの生理食塩水をかけようとした時、理科室の入り口の引き戸がガラッと開いた。
    「そこで何をしてるのっ?!」
それは物静かではあるが、毅然として厳しい調子の女性の声だった。
「そこにいるのは誰?!」
    健太郎が後ろを振り向くと、入り口のそばに健太郎の担任の上村美由規(みゆき)先生が立っていた。
「まぁ、健太郎くんなの?・・・・・・あなた、・・・・・・そこで何をしてるの?!」
怪しい侵入者が優等生の健太郎だったことに少なからず驚いた美由規先生は、しばし言葉を忘れたように、途切れがちに尋ねた。
 
    上村美由規先生は健太郎たちが小学校に入学したその年、女子大を卒業して、教職に就いた。それから4年半、持ち上がりでずっと健太郎たちの学年を担任してきた。女性の年齢をとやかく言うのはエチケットに反するが、キャリアから明らかなように、今年27歳、まだ独身だった。飛び抜けて美人というわけではないが、目じりのキリッとした、瞳がとても大きな印象的な眼をしていた。頬骨が若干出ているが、顎のあたりは小さくすぼんでおり、頬から顎にかけての丸みを帯びた線が、女性らしい柔らかさと愛嬌を示していた。髪の毛は、前髪を軽く額の上に垂らし、後ろはポニーテールにしており、一見、女子大生とも見間違う若々しさであった(実際、27歳だから、まだ若いのだが)。
この日の美由規先生は
純白のテーラーカラーのブラウス鮮やかな水色のYネック・カーディガンを羽織り、膝の高さくらいまであるグレーのスカートをはいていた。ブラウスカーディガンの、水色のコントラストが眩しかった。
    健太郎は美由規先生が大好きだった。思春期にさしかかろうとしている小学校高学年生にとって、美由規先生の健康的な美しさが魅力的だったこともあるが、何よりもえこ贔屓のない、教師として毅然として真摯な態度に感銘を受けていたのだ。しかし、はたから見れば、健太郎の美由規先生に対する態度は憧れ、あるいは恋慕の情としか思えなかったろうが。
    美由規先生の方も、真面目で成績優秀、かつ生徒の間でも人望のある健太郎を憎からず思っていた。だから、健太郎が放課後、無断で理科室に侵入したと分かった時、どう処分したら良いのか、瞬間的に悩み、狼狽していた。しかし、そこは生徒たちから尊敬されている先生である。教師としてのけじめをきちんとつけなければならない、そう考えた美由規先生は、健太郎に近づいてきて、質問を繰り返した。
    「健太郎くん、先生に無断で理科室に入ってはいけないってことは知ってるでしょう?」
    「先生、すみません。僕、どうしても確かめたいことがあったんです。」
    「理由は何であれ、いけないことはいけないこと。分かるわね?」
    「・・・・・・はい。先生、・・・・・・僕はルール違反をしました。罰は何でも受けます。」
自分の責を素直に認め、罰を受け入れると毅然と答えた健太郎に対して、美由規先生も少なからず感銘を受けていた。
    「罰だなんて・・・・・・。でも、確かに違反は違反よね。でも、いったいどうしてこんな時間に理科室に?」
    「先生、僕、登校する時に、これを見つけたんです。」
    「これ・・・って、このビニールみたいなもの?」
    「そうです。僕、これがクラゲか何かが干からびたものじゃないかって思ったんです。それで、塩水とか砂糖水とかをかけたら、ひょっとして生き返るかなって考えて、それでどうしても実験したくなったんです。・・・でも、本当にごめんなさい。」
    そうだったのか・・・。やはり好奇心旺盛で向学心のある健太郎くんだ・・・。美由規先生は少し納得したような気になった。
「分かったわ、健太郎くん。あなたに対する罰については、明日、校長先生や教頭先生たちと相談して、どうするか決めます。心配要らないわ、先生もちゃんと説明して、許してもらえるようにするから。それと、理科の実験をしたいのなら、これからは必ず高山先生の許可を取ること。良いわね?」
    「はい、先生。もう決して、無断で理科室に入ったりしません。すみませんでした。」
    「分かったら、さあ、もう遅いから、早くお家に帰りなさい。」
    「でも・・・・・・」健太郎は口ごもった。
    「・・・・・・でも・・・・・・?このクラゲのこと?これは先生が責任を持って保管しておきます。明日、高山先生にも付き添ってもらって、実験を続ければ良いでしょう?先生からも高山先生にお願いしておくわ。」
    「はいっ!お願いしますっ!」大好きな美由規先生からサポートしてもらえることが分かって、健太郎はうれしくて仕方なかった。健太郎はランドセルを右肩にだけ引っ掛けて、駆け出すように理科室を後にした。
    「先生っ、さようならっ!」
    「さようなら、また明日ね!」
 
    夕闇が迫る理科室には美由規先生が独り残った。日中は台風明けで気温が上がり、脇の下など汗ばむほどだったが、さすがに初秋の夕暮れ。開け放たれた理科室の窓から、涼しい外気が吹き込んできた。ぶるっ、と身震いをしたので、美由規はカーディガンのボタンを留め始めた。全部で5つあるボタンの上から4つまで留めると、ニットのカーディガンが身体にぴったり密着して、首元から胸、さらに縊れた腰から足へと、弓なりに緩やかな曲線を描く、身体のラインを強調した。愛嬌のある顔立ちとともに、この若々しい身体のラインが、美由規の女性としての美しさを確固たるものにしていた。
    彼女はふと、実験台の上のヴァットの中にある物体に眼をやった。
「あら?」
 
    ぷるぷるぷる・・・・・・
 
    ヴァットの中で、例の透きとおったビニール状の丸い物体が震えていた。見れば、さっきまでのカサカサした表面がしっとりと濡れて、光沢を放っていた。丸い形状の中央には黄色い星型の斑点が浮き上がっていた。
    「まぁ、これ、やっぱりクラゲなのかしら?」
そう独り言を言うと、美由規はふと、悪戯心を起こした。さっきまで健太郎が試みていた実験を、自分もやってみようと思ったのだ。教師とは言え、まだ20代の若い女性だ。小学生に負けないだけの、旺盛な好奇心が彼女を唆した。
    「これが生理食塩水よね・・・。」
美由規は健太郎が残していった壜の生理食塩水をすべて、その物体の上に注いだ。するとビニール状の丸い物体はすっかり生気を取り戻し、ぷるぷるぷるぷる・・・・・・と、体をさかんにゆすり始めた。クラゲは生き返ったようだった。クラゲの体の真中にある、黄色い星型の斑点が、体の中で大きく膨れたり、収縮したりしていた。
    「生き返ったのかしら?じゃ、これは?ブドウ糖の液ね?」
    美由規は美貌、才覚、性格と三拍子揃った、本当に素敵な女性だった。だが、ただ一つ、彼女に欠けていることがあった。彼女は鼻が利かなかったのである。彼女がブドウ糖水溶液と思って取り上げた壜は、実はアンモニアが入っていたのだ。美由規は蘇えったクラゲの上に、アンモニアの液をしこたま注ぎ込んだ・・・・・・。
 
    しゅう、しゅう、しゅう、しゅう・・・・・・
 
    クラゲから白煙が立ち上った。
「きゃっ!」
驚いた美由規は、思わず後ずさりして、実験台から遠のいた。
 
    しゅう、しゅう、しゅう、しゅう・・・・・・
 
    大きく広がった白煙の中から、不意に、丸い円盤のようなものが飛び出てきた。
「(え?)」
美由規は遠巻きにしてその円盤らしきものの後を目で追っていたが、次には
「・・・まさか?!」と叫んでいた。
    この円盤らしきものは、さっきのクラゲだった。クラゲが白煙の中から飛び上がってきて、体をぐるぐる回転させながら、理科室の中を飛び回り始めたのだった。美由規は始め、クラゲの動きをじっと追いかけていたが、そのうちクラゲが自分自身を中心にして、美由規の周囲を回りつづけていることに気づいて、ぞっとした。それはあたかも、クラゲが妙な水溶液(アンモニア)を浴びせられて怒り、液を浴びせた張本人をまわりから付け狙い、威嚇しているかのように思われたのだ。
    「しっ!しっ!・・・えいっ、・・・あっちへ行って!」
    美由規は近くの机の上にあったノートを手に持って、空飛ぶクラゲを追い払おうとしたが、それがいけなかった。ノートの端がクラゲに当たり、クラゲは理科室の片隅へ吹っ飛び、壁にしこたま体を打ちつけた。クラゲはそのまま動かなくなった。
    「(死んだのかしら?)」
    やや心配しながら、美由規は壁の下に落ちているクラゲを覗き込んだ。その時!
 
    びゅっ!!
 
    クラゲが美由規の方に飛びかかり、そのまま彼女の頭から額の部分にへばりついた!
    「きゃあああっ!」
    美由規は悲鳴を上げた。しかし、生徒たちがみんな下校した夕方、校舎の端っこにある理科室での物音は、遠くの職員室にいる同僚の先生たちや、用務員のおじさんたちには届かなかった。美由規は必死に、頭にへばりついたクラゲを引き離そうと試みたが、クラゲは傘の下の触手で美由規の額、こめかみ、髪の毛に絡みつき、離れようとしなかった。
    「痛・・・い・・・・・・!」
    クラゲの触手に髪の毛や額、こめかみの皮膚を引っ張られ、つねられるような痛みを覚え、美由規は思わず涙をこぼした。
    その時、クラゲの傘の部分が、美由規の頭の上で、彼女の頭を包み込んだまま、不気味に膨張と収縮を始めた。同時に、傘の中央に見える、黄色い星型の斑点も膨張を始め、次第に傘いっぱいに広がった。
 
    どくん、どくん、どくん、・・・・・・どびゅーっ!!
 
    それは突然だった。美由規の頭にへばりついた傘の中から、カスタード・クリームのような黄白色の粘液が分泌され、美由規の顔に降り注いだのだ。
    「ぎゃあああっ!!」
    絶叫する美由規。だが黄色い分泌液は容赦なく彼女の顔に降りかかり、彼女の美しい身体のラインを強調していた水色のカーディガンへとつたい落ちていった。
 
    ぶにゅ、ぶにゅ、ぶにゅ、・・・・・・じゅく、じゅく、じゅく、・・・・・・
 
    カスタード・クリームのような粘液はたちまちのうちに、ニットのカーディガン染み込んでいく
    「ああああ・・・・・・」
    美由規の悲鳴は続いていた。はらりと、彼女のカーディガンの前が開いたように思えた。留めたはずのボタンが外れたのだろうか?いや、そうではなかった。肩からつたい流れて、両袖に染み込んだ黄色い粘液が、柔らかで軽やかな水色の繊維分解していた。ニットクラゲの分泌するクリーム状の液により溶けてカーディガン形を崩していたカーディガンの前がはらりと開いたように見えたのは、カーディガン溶解して、美由規の体から滑り落ちる、その様態だったのだ。
    「誰か、だれか来てぇっ!た、助けてぇーーっ!!」
    彼女は恐怖に身を打ち震わせながら、最後の気合を振り絞って叫んだ。だが、やはり助けは来なかった。その間も、黄色い粘液の侵食は続いていた。
 
    じゅく、じゅく、じゅく、じゅく、・・・・・・・・・・・・
 
    粘液カーディガンの次に、美由規の純白のブラウス染み込んでいった。染み込むだけでなく、テーラー・カラーの大きく開いた胸元から、彼女の豊かな秘所へと流れ込んでいった
 「いやぁあーーっ!」
 
    じゅく、じゅく、じゅく、じゅく、・・・・・・・・・・・・、ずるっ!
 
    白いブラウスもまた、黄色い粘液により繊維質が溶解され、カーディガンと同様、美由規の肉体から滑り落ちた。美由規の上半身は白い両肩もあらわに、白いレースの縁飾りのあるブラジャー姿になった。しかし、彼女の頭にへばりついて離れようとしないクラゲは、彼女の身体全体に向けて執拗に粘液を分泌てゆく。
 
    ぶにゅる、ぶにゅる、ぶにゅる、・・・・・・ 
 
     粘液が美由規の顔から首筋をつたって両肩へと、どろどろと流れてゆく
 
    じゅう、じゅう、じゅう、・・・・・・
 
    流れて美由規の肉体に絡みついたスライム状の粘液は、容赦なく彼女の肉体をも侵していった
 
    「ぎゃああ・・・・・・、あ、あ、あ、あ、・・・・・・」
 
   美由規の悲鳴が次第に小さくなっていった。すでに黄色い液が染み込んだブラジャーも溶け落ちて、彼女の上半身は完全に露わになっていた。全身を黄色いクリームに包み込まれ、身体の自由を失った美由規は理科室の床上に倒れこんだ。
 
    ふわっ・・・
 
    悶え、のたうつ力を失い、床上で痙攣している美由規の頭から、ようやくクラゲが離れた。上半身全体を黄色く染められながら、微かに眼を開くことができた美由規はクラゲの動きを虚ろに追っていた。
「(これで・・・終わりかしら・・・?)」
 
    どぴゅうっ! しゃあああーーっ!!
 
    終わりではなかった。再び空中に浮かび上がったクラゲは、こんどは空中から、下半身を含む美由規の全身に黄色い分泌液を降り注いだのである。
 
    「あ、あ、あ、・・・・・・
 
    もはや大声をあげることもできず、美由規はクラゲになされるがままに、黄色いクリームを全身に浴びていた。彼女がはいていたグレーのスカート白いソックスカスタード・クリーム状の粘液に包み込まれ、やがて繊維が分解して、溶けていった。クリームは全裸となった美由規の肉体をどろどろに包み込みゆっくりと時間をかけながら彼女の肉体を分解していった。
 
    「・・・・・・・・・」
 
    時計の針はすでに夜7時をさしていた。美由規だった肉体があった床の上には、黄色いクリーム状の粘液が人間大の染みとなって広がっていた・・・・・・。
 
    翌朝、健太郎は元気良く登校した。昨日の一件について、健太郎は何も心配はしていなかった。校長先生や高山先生から叱られるかも知れなかったが、そんなことはどうでも良かった。健太郎にとって、大好きな美由規先生が庇ってくれる、そのことの方が重要だったのだ。「今日は、先生も実験に立ち会ってくれるかな?」そう思うと、健太郎は嬉しくてうれしくて仕方がなかった。
    だが、健太郎は知らなかった。彼が会いたくてたまらない上村美由規先生は、昨晩、誰も見ていない理科室で独り、健太郎が持ち込んだクラゲの化け物、クラゲルゲによって溶かされ、この世から完全に消えてしまったということを。
 
(終わり)