デンキクモンジンの恐怖

作:J.K様

最近、わが国でも航空の自由化で新規の航空会社が参入するようになった。
2002年4月、今、新たな航空会社が新規に参入、就航した。羽田と成田を結ぶ、セーフティ
アクセス航空(SA航空)。1日往復20便でスマートな機体の、160人乗りの中型プロペラ機の新型、NS−11を使用し、尾翼に会社のロゴ「S」マークで一目でわかる。客席数150で、利用者はいつも満席であった。SA航空は、両空港のアクセス、接続便の目的で設立された会社で、両空港の利用者の利便を図っている。

 フライト時間は約20分と短いため、飲み物などの機内サービスは一切ないが、列車感覚で利用できた。かつてJRでは、東北新幹線大宮開業(S.57年)時、利用者の利便を図るため、上野〜大宮間の在来線にアクセス特急「新幹線リレー号」を運転していた。両駅の発車ホームでは、白い帽子に、白と水色のベスト姿の数人の女性案内員「リレーガール」が列車の案内、応対をしていたことがあった。

 SA航空のアクセス便の乗務員は、機長、副操縦士、パーサーのほか、スチュワーデスではない、「アクセスレディ」と呼ばれる女性が2名で、合計5名のクルーが乗務していた。フライト時間が短いため、機内では、羽田と成田での乗換え案内を中心にサービスしていた。

 2002年4月の中旬、この日の成田発11時00分 羽田行きSA205便のアクセスレディは、吉田聡子(24才)と中井沙織(26才)の2名であった。北欧のスチュワーデスのような、黒の上下のスーツが制服で、左胸にはSマークのバッジが付いていて、シンプルながら新鮮であった。成田発のため、各国際線を利用、成田に着いた乗客が都内に帰宅、あるいは羽田から国内線に乗り換えて地方都市まで行く目的で、この便を利用するようだ。

 新型NS−11プロペラ機は、後部座席を乗客の荷物置き場専用に改造し、その分客席数は減らして150席になっている。しかし、従来、着陸してから自分の荷物を受け取るまで待たされていた、その時間を省くため客室後部に荷物室を設けたことで、着陸してから自分の荷物を自ら取り出せるようになった。つまり、列車感覚で利用できるという利点があった。飛行ルートは、成田と羽田を最短コースで飛ぶと途中、船橋市、千葉市の上空を飛ぶことになるので、それを避け、成田発の場合、東へ飛び、一旦九十九里へ出て、西へリターンし、房総半島の山麓を横断して羽田に入る飛行で、高度3,000メートル、所要時間は約20分であった。SA205便の搭乗口は機体前方の1箇所で、入り口左側にアクセスレディ2名が立って出迎えしていた。

いらっしゃいませ。
こんにちは。
 沙織と聡子の笑顔の出迎えは、アクセス便とはいえ、飛行機に乗るんだという感覚を改めて感じさせた。全員搭乗後、聡子は入り口のハッチを閉じ、後部荷物室へ向かった。沙織は機内アナウンスを始めた。

皆様、お疲れ様でした。当機はSA航空205便羽田行きでございます。所要時間はおよそ20分でございます。お客様で大きなお荷物をお持ちの方は後部に荷物室がございますので、アクセスレディまで申し付け下さいませ。なお、飛行中はシートベルトの着用をお願い致します。

 この飛行機は横6列のシートであったが、よほど大きな荷物でなければ、座席の前のスペースに置けたので、ゆったりしていた。離陸後、化粧室に行く乗客が数人いたが、シートを立つ人はほとんどいなかった。アクセスレディの沙織と聡子は、それでも時々乗客の問い合わせもあるので、通路を歩いており、「ト、ト、ト、ト・・・」ヒールの音も通路に敷かれたじゅうたんのため、歩行音もほとんどわからず静かな機内であった。

 205便は、高度3,000メートルの房総半島上空を飛行中で、羽田まであと10分のところであった。
荷物室内で「ビ、ビ、ビ、ビ、―――」という電気音がしたようだった。ただし乗客は誰も気が付かない。上空を飛ぶ航空機によくある磁気音かと思われた。ところが、荷物室の最後部に置いてあった乗客の白いトランクが激しく揺れていたのだ。その白いトランクの中には、乗客が海外から持ち込んだ珍しいクモ(デンキクモンジン)が一匹入っていたのだ。本来国内への持込は禁止されていたのだが、その乗客の強い興味で持ち込んでしまったのだ。デンキクモンジンは、頭部はカエルのように
目が飛び出ていて、その色は赤色をしていて、胴体はカニのような形で紫色であった。脚は8本あり、口から赤い糸を発し獲物を巻きつけ、その時糸全体から発せられる電気ショック獲物を仕留め食べるのだ。

 この日、上空3,000メートルの磁気の影響を受けたのか、デンキクモンジンは恐るべき能力を身に付けてしまったのだ。205便は羽田に定刻到着した。アクセスレディの沙織はアナウンスを始めていた。聡子は荷物室のドアを開けた。乗客たちは各自の荷物を取り出して機体後部の出口に進んでいった。アナウンスを終えた沙織も出口のハッチを開け、乗客たちを見送っていた。

 例の白いトランクの持ち主は、大学3年生の塩田一雄という青年で、彼はトランクが最後部にあるので、また急ぐ理由もないので、最後に出ればいいと思っていた。荷物室に入った彼は、自分のトランクの異常に気が付いた。
ガタガタ、ガタガタ、ガタガタ、・・・」 
!?」 
彼はデンキクモンジンがあばれていると思った。しかし今、ここでトランクは開けられない。速いとこ持ち出そうと、トランクを持った瞬間、
ビビビーーー!とショックがあった。
一雄は全身しびれたように、
あああーーー!

その場で倒れこんでしまった。アクセスレディの聡子が悲鳴を聞き駆けつけた時には、すでにトランクの中から出てきたデンキクモンジンが、体長25センチくらいで、明らかに大きくなっていたが、口から赤い糸を発し、糸は一雄のズボンの裾から両足を巻きつけていった。
うわああ!!
 聡子は「
きゃあーー!」と悲鳴を挙げ、すぐさま小走りで出口へ。
沙織さーん! た、大変ですう!」と沙織にSOSした。
沙織と聡子が荷物室に駆けつけた時、一雄は手で赤い糸を振り払おうともがいていた。
あなたは早く応援を呼んできて!沙織は聡子に指示した。聡子は急いで機外へ出た。機内には一雄と沙織のふたりだけになった。沙織も一雄の足にからみついた赤い糸をいっしょに振り払おうとした。そして一雄は何とか赤い糸から逃げることができた。というよりか、デンキクモンジンの方から攻撃を止めたようにも見えた。一雄も急いで機外に飛び出していった。

 沙織もそれに続いて逃げようと思った瞬間だった。デンキクモンジンは今度は沙織を攻撃し始めた。

きゃああーーーー!!
赤い糸は沙織の黒いパンプスから伸びるきれいな脚に巻きつき、あっという間にスカート付近まで達した。
いやああーーー!!
た、助けてーー!!

ビリビリビリ、ビリビリビリ、!!! 
うぐうーー!!
発光する赤い糸による電気ショック攻撃だった。雷に打たれたような感電であった。
あぐうーーー!!
悶えながらも沙織は懸命に出口に向かって逃げようとしていたが、出口のドアの手前でもはや動けなくなっていた。意識も薄れて、26才の女性の命も風前のともし火であった。電気ショックはさらに強度になり、
ビーーーー!!!ビーーーー!!!」「バリバリバリ、バリーーー!! バーーー!!
すでに沙織のスカート惨めな破け方

いや溶け始めた。感電・溶解・焼失!!
 
ぎゃああああーーーー!!
 沙織は死んだ。パンプスから頭まで完全に
赤い糸に巻きつかれ、締め付けられ、スーツも肉体もほぼ同時に失われていった。
バリバリバリ、ビビーーー! シューーー!!・・・・!!

 間もなく白骨が見え始めた。そして、白骨だけが残った。
ガラン、ゴトン。
白骨が出口付近に飛び散った。そして、
赤い糸は静かに後退し始めた。白骨までは堅くて溶かせられないのか。いや、違う。デンキクモンジンも力を出し切ってしまい、自らも死んでしまったのだ。

 聡子が空港の警備スタッフを連れて戻ってきた時、彼らはあまりにも凄惨な光景に言葉を失っていた。

 (終わり)