Episode 0:Kuchibiruge the womaneater


作・丸呑みすと様


 腕をぐるりと回すと、熱気が綿菓子のように腕にまとわりつきそうな夜だった。
OL、隅田晴世は家路を急いでいた。
短大を出て、3年目になる彼女は清廉な顔立ちとはうらはらに、メリハリの利いた体つきの肢体をレモンイエローのワンピースに包んでいた。

短いスカートから伸びた腿や脚は素晴らしい。
通りの隅にあるマンホールの蓋が音も無く開いた。穴の縁に手をかけたそれが這い出てきた。

「……喰いたい、人間を喰いたい」


長いぼさぼさの髪に覆われたその表情は窺いようもない。

「……生きたままの、人間を喰いたい」

浮かされたように呟きながら全身を引っ張りだした。
ゆっくりと立ち上がる。
背は2メートル近い。異様なのは肩幅と頭の幅が変わらないという事だ。
それは右手で髪を掻きあげた。
そこに顔は無かった。
眼も鼻も無く、顔全体を巨大な口が占拠している。

それは、夜気の中に匂いを感じた。
生きた人間が近づいている!
それの大きな唇の端から唾液が垂れ落ちると、アスファルトで、じゅっと音をたてた。

「…そうだなぁぁ」
晴世は微かに声を聞いたような気がした。
(誰!?)
不安に身をすくめた。
嫌な感覚だ。小学校高学年の頃から発育の良かった彼女は、しばし嫌らしい視線に晒されてきた。高校や短大では通学時に何度か、胸をタッチされたり、尻を撫でられた事もある。
…あの頃の嫌らしい視線だ。

「美味そうだ」

確かに聞こえる!影の中から、顔全体が口の怪物が現れた!

「!?…」

晴世は大きな眼を見開いた。あまりの事に悲鳴が出ない。
怪物の右手が伸び、立ちすくむOLの肩を掴むと、一気に引き寄せた。
彼女の視界いっぱいに広がる怪物の口の中は暗く深い。

怪物は晴世を咥えこんだ。下唇がちょうど、豊かなバストに当たる。
怪物はしゃくるように頭を上げる。

彼女のパンプス足元が地面を離れ、ナチュラルストッキングに包まれた脚が跳ね上がる。
バタつく脚の奥に白いモノがチラつく。
晴世の下半身がくるりと反回転し、唇からせり出てきた舌が、肉付きのいい尻を持ち上げる。

若いOLの健康的な肢体は、たちまち怪物に呑み込まれてしまった。

こうして、一人のOLが姿を消した。
だが、これはその後続発する、OLや女子大生を中心とした若い女性の連続失踪事件の始まりにすぎなかった。

魔人ドルゲによって生み出された食欲の化身・クチビルゲは、その後、何人かを実験的に食し、最後、与えられた女子高生を消化して、若い女の味に目覚めたのだった。