闇の捕食者


作・丸呑みすと様


「ホント幸せそう、先輩」
とろけるような甘い声をだしたのは吉見りかだった。
すらりとした伸びやかな肢体にマゼンタとターコイズのストライプ柄で彩られたローウエ ストのミニワンピースを纏っている。
彼女自身も各パーツが絶妙のバランスで配置された端正な顔立ちをしている。

「3年ぶりだもんね、斎藤さんがロス支社から本社に戻ってきたのって」
応えたのはりかの同僚の滝沢綾だ。

レモンイエローのカットソーに黒のティアードミニスカートを会わせている。綾もり かに劣らぬ美貌の持ち主だ。

二人は大手化粧品会社の広報部に勤務する共に23歳のOLで、今日は取引のある広告代理店の社員と婚約し「寿退社」する先輩の送別会に参加して帰る処である。

時刻は21時をすこし過ぎたところだった。
二人は会社が寮代わりに借りている女性専用のワンルームマンションに向かっていた。駅からは10分ほどだが、すこしほろ酔いの二人にはいつもより遠く感じていた。

「ハァァ…」

「ねぇ、何か変な声しない?」
りかが足を止めた。

「気のせいでしょ?」綾は応じた。

「それより、周り見ててよ」

綾はマンションのエントランスにあるテンキ―ボードを操作した。
ピーという電子音と共にロックが解除される。

「むぐぅ…」

「ちょっと、りか。何変な声だしてんの?」
振り向いた綾は思わず息をのみ立ち尽くした。

そこに展開されていたのは、現実離れした、悪夢のような光景だった。

闇の中に浮かぶ巨大な口からはみ出しているのはマゼンタとターコイズのストライプ柄のミニスカートとそこから伸びた白い脚だ。脚は必死にバタつきめくれ上がったスカートからはピンクのショーツが食い込んだ肉厚の尻が覗く。

大きな眼を見開く綾の前で、りかの下半身は大口のなかに引き込まれて消えた。

「あァ…だ、誰か…」
助けてと叫んだはずの綾の声は肉の壁に空しく吸収されてしまった。
大口の怪物はその巨躯に似合わぬ速さで彼女に襲いかかり、かぶりついた。
成人女性をすでに一人呑み込んだにも関わらず怪物はぐいぐいと綾の肢体を呑み込んでゆく。夜の闇に肉付きのいい太腿が踊る…

真っ暗な中、綾は何か柔らかいものが押し付けられていくのを感じた。
通勤に使う満員電車以上の容赦ない圧力が二人の若い女たちを生きながらにしてじわりと押しつぶしていく。
肉がひしゃげ骨が砕ける痛みを感じる前に彼女たちは意識を失っていった…

「喰いたい…人間を喰いたい…生きている若い女を喰いたい…」
早朝、一人街を行くその男の呟きを耳にしたならどうするだろうか。
関わりにならないように離れるか、
あるいは然るべき処へ通報するか。

中年男の姿に身をやつしたドルゲ魔人・クチビルゲが目指すのは東京駅。
以前に聞き及んだ若い女性の客室乗務員を味わうつもりだ。
若い女を丸呑みにする時の快感は何度味わっても足りはしない。

東京都下で、謎の失踪を遂げた若い女性のうち、何人がクチビルゲの胃の中に消え、またこれから餌食となるのだろうか・・・

[モーニング・トレインは捕食に]へ続く。