キヨミの特撮日記

(第1回)

作:須永かつ代さま

あたしはキヨミ

西映株式会社(以下「西映」と略記するわね)に所属する女優よ。

俳優養成所を卒業したあと、すぐ西映に正式採用されたの。採用されてまだ1年も経っていないけど、もういろんなテレビや映画に出演しているわ。特にアクション物ではヒロイン役が多いから、自分で言うのもなんだけど、西映の若手女優の中でもトップ・クラスなんじゃないかしら。新進気鋭のスターと言っても良いわね。

今度、『仮面ライダーV3』の新シリーズが始まるんだけど、オリタ監督からどうしても君に頼みたい役があるって、出演依頼の電話があったの。どんな役かしら?

そう言えば、『V3』の前の『仮面ライダー』は1クール終わったところで主役陣が総入れ替えになったわよね。あれはフジオカ・ヒロシさんのオートバイ事故が理由だったって聞いているけど、理由は何でも良いけど、2クール目にメンバーを総入れ替えしたお陰で、『仮面ライダー』は爆発的なヒットをしたのよ。あの時ライダー・ガールをやっていたヤマモト・リンダだって、あとから加わったナカタ・ヨシコだって、『仮面ライダー』を卒業したあとブレイクしたのよね。

きっとアレだわ、珠純子役のオノ・ヒズルちゃんに何か問題があって、それできっとライダー・ガールを替えることになったんじゃないかしら?だとするとアレね、あたしにヒズルちゃんの代りをやってくれってことね、きっと。そうすると、あたしもいよいよ将来の大スターへの切符が手に入るってわけね!

明日、オリタ監督と会って、正式にお話を伺う予定。今から楽しみだわ。



○月△日

今日、オリタ監督から正式に依頼を頂いたわ・・・・・・。

素敵な役だわ・・・・・・、まさに悲劇のヒロインなのよ・・・・・・。

レギュラーじゃなかったのが、ちょっと残念だったけど・・・・・・。ヒズルちゃん、演技下手なくせに、結構しぶといわよねっ!

でも、いいわっ!新シリーズの冒頭を飾るのよ、あたし。

まさに悲劇のヒロインとして!!!

それに・・・・・・、今度はちょっと汚れ役でもあるのよ。悲劇のヒロインで、しかも汚れ役だなんて、それだけでも奥が深いじゃないの。まさにスター女優に相応しい、遣り甲斐のある役だわ!

今回はギャラも弾んでくれることになったし・・・・・・。

ともかく、体当たりで頑張るわ!あたし、ヒロインなんだから!!

○月×日

いよいよ本番の日。

助監督のコイケくんがいろいろ世話を焼いてくれたわ。

助監督ってアレよね、今は辛い下積みだけど、いつかはクロサワ監督とかオオシマ監督みたいな大監督になる可能性を秘めているのよね。コイケくんって頑張り屋さんだから、きっと大成するに違いないわ。その時はきっとアレね、あたしを真ん中(主役)にして、大ヒット作を撮るに違いないわ。

まず衣裳を着替える。あらかじめコイケくんが、あたしにピッタリだっていう衣裳を選んで、楽屋に入れておいてくれたの。

上はシルクの光沢のある(でも実際はアクリルだけど・・・)白い清楚なブラウス。真珠のような輝きのあるボタンも、とっても可愛らしくて素敵だったわ!(でも実際はプラスチックだったけど・・・)

スカートは黒地に白い円を重ねた幾何学模様の長いマキシ。長身でスラッとしたあたしの魅力をよく考えた、ナイス・セレクションよね。やっぱり、コイケくんって見る眼があるわっ!

次はメイク。悲劇のヒロインだから、あまりケバケバしい厚化粧は駄目ね。白い薄化粧の上に、唇はほんのり紅をさすっていうのが良いのよね。あ、でもやっぱり目元は大事だから、薄くシャドウは入れておかなくっちゃ・・・・・・。

いよいよスタジオ入り・・・・・・。あそこがあたしの位置ね・・・・・・。

コイケくんがあたしを鎖で縛って、不気味なトーテム・ポールの柱にくくり付ける(鎖はプラスチックなので、痛くはなかったけど)。悲劇のヒロインが悪の一味に囚われている、そういう設定ね。プルーストじゃないけど、まさに「囚われの女」!

いよいよ本番。私は囚われて意識を失っている。コイケくんったら、意識を失ってうつむいていたあたしを見て、とってもセクシーだったなんて言うのよ。やだわ・・・・・・。あたし自分がセクシーかどうかは知らないけど、でもアレね、彼が見てそう思ったってことは、結局、あたしの演技が良かったってことよね・・・・・・。

囚われの女」の周りには怪しい人たちばかり。特に暗がりの中から異形の人影が現れて、私を襲うのよ。そしてあたしは、・・・・・・、犯されるの!

設定は処女なのよね、きっと。あたしは血を流すの・・・・・・。もちろんこれはお芝居。コイケくんが赤いねっとりとした血糊を持ってきて、それであたしの身体を少し汚す訳ね。こうしてうら若き乙女が犯されるのよ。とうとうあたしも汚れ役を物したんだわ!・・・・・・。

え?まだ終わってない?

そう、これからが本番。女優キヨミの是非が問われるところよ。処女を失って、「囚われの女」は身も心も官能の世界に溶けてゆく、その恍惚とした感情を如何に表現するか、それこそスターの演技の真価が問われるところなのよ!・・・・・・。

コイケくんは天才よ!性の痛みと愛の悦びを知った女の官能美を表現することに関しては・・・・・・。彼ったら、処女を失い愛を知った女は濡れるもんだって言うの。そうよね、性の悦びに浸るとき、確かにあたしたちは濡れているわよね。でも、それをあからさまに表現したら、当然、映倫に引っかかるわ。ところが、コイケくんは大丈夫だって言うの。映倫に引っかからず、女が濡れて、しかも恍惚とした表情をヴィヴィッドに表すことが出来るって言うのよ。・・・・・・。

彼は天才よ!あたし、彼の演出方法を聞いて声も出ないくらいだったの!!

そして彼は成功したわ・・・・・・。

私は濡れて、身も心もとろけて、おもわず恍惚としちゃったわ・・・・・・。

くせになりそう・・・・・・。

これこそ本当の汚れ役・・・・・・。スターの真髄・・・・・・。

囚われの女」は結局、最後は死んでしまうの。愛の悦びの中で死ぬなんて、なんてロマンチックなのかしら・・・・・・。

コイケくんは最後まであたしの面倒を良く見てくれたわ。そして「素晴らしかったです、美しかったです」って、興奮して言うのよ・・・・・・。あたしも息を付けないほど緊張して演技した甲斐があったわ・・・・・・。

収録後、シャワーを浴びて撮影所を出るところでオリタ監督に言われたの、「キヨミちゃん、よく頑張ったね!また、是非頼むよ!!」って。監督ったら、こんなロマンチックで素晴らしい、素敵な役がそんなにあるもんじゃないってことくらい、自分でよく分かっているくせに・・・・・・。

○月××日

いよいよ放映日。でも、どういうこと?オープニングのテロップに悲劇のヒロインを演じたスター女優の名前が出ないなんて!テロップを作った人のミスかしら?でも、それって将来の大スターに対して失礼よね!重大なミスだわ!!

(第1話 終)