宴の前に
MaskedRider KABUTO #11 AnotherStory


作・丸呑みすと様

穏やかな春の午後だった。川沿いの遊歩道を人の流れを縫うように駆けて行く野田泪衣の姿があった。
 若い女性だ。年の頃は二十代前半、スラリと背が高く、手足も長い。
モデルかグラビアアイドルでも通用しそうなプロポーションのボディに薄いピンクのブラウスと白いカーディガン、グレーのパンツをまとっている。
 彼女が右へ左へステップするのに合わせて、肩甲骨辺りまで伸ばした栗色の髪が春の日差しを反射して揺れた。
 (予定より早く来いって、どういうこと?)
泪衣は考えていた。
今日予定の合コンの集合時間が急に早くなったという連絡が友人から携帯メールで送られてきたのだった。
 おかげで出かける前に済ませときたい用事を急ピッチで始末する羽目になった。
 
 「よかった、遅れるかと思った」
友人たちはそう言って泪衣を迎えた。
ここは屋形船の甲板上。今日の合コン会場だ。
揚げたての天麩羅を味わいつつ、隅田川クルーズを楽しもうという趣旨だ。
泪衣達は四人、対して男側は二人だが共にかなりのイケ面らしい。
「で、わざわざ集合早めた訳って?」
泪衣は尋ねた。
「ちょっとした、宴の前にやっとく準備よ」
二人の友人の内、一人が泪衣を羽交い締めにした。

「ちょっと、美由希!?冗談はやめて」

もがく泪衣だが、外せない。
そこへ物陰から、緑色の殻に覆われた昆虫を思わせる奇怪な姿の怪物が現われた。背は2メートルを越える。
 怪物は泪衣の目の前で立ち止まると、身体の線が歪み、縮み始めた・・・そして、泪衣の前に、彼女と全く同じ姿の(着衣さえも!)もう一人の泪衣が現われた。

「!?・・・」
「用済みね」
もう一人の友人、泪と同じグレーのパンツを穿いた友香が冷たく言いきった。
友香の姿が消え、そこにはメタリックグリーンの表皮をした蝿を思わせる怪人がいた。
「い、いやッ、たすけ・・・」
泪衣の嘆願はそこで断ち切られた。蝿の怪人の口からシェービングクリームを思わせる泡が物凄い勢いで吹きつけられ泪衣の美貌を覆い尽くした。
羽交い締めを外そうとする動きが、緩慢になったところで美由希は力をゆるめた。尻餅をつくように泪衣の身体が崩れ落ちる。泡は豊かな胸の辺りまで覆いはじめた。
美由希は泪衣に擬態した怪物と協力して、泡まみれの泪衣の亡き骸にブルーシートを被せた。
「そろそろ来るわよ」
船内にいた里奈が三人を呼んだ。
 
ゴンは退屈していた。
八歳の少女に合コンの面白さなど解ろうはずも無い。
勝手に乱入して盛り上げている相棒の大介をほうっておいて、甲板に上がっていた。
強い風が吹いた。ブルーシートが捲れあがる。
ゴンは目を見張った。
泡の塊。その中から伸びたグレーのパンツを穿いた長い脚。
異変を感じたゴンは船内へ駆けこむ。
無人の甲板で白い泡が泪衣の肉体をゆっくりと蝕み、溶かしていく・・・
 
僅かな泡の中に、黒い靴が溶けかかっていた。
「あの四人の中で誰かがワームに擬態している」
天道総司がいった。
「ね、何か覚えてないかな?」
加賀美新がゴンに尋ねた。
ゴンは少し考えて言った。
「グレーのパンツ穿いてた」