繁茂する緑魔

作:須永かつ代様


彼岸の23日、水美は哲男の墓参りに行くことにした。
上村水美(かみむら・みよし)は25歳。女子大卒業後、正式採用とはならなかったが、学生時代に専攻したフランス語の能力を活かして、大手商社に派遣社員として勤務していた。
勤務先は化学品の輸出入を担当する部署で、彼女はそこで営業のサポートとして貿易実務に携わった。
4歳年上の
石川哲男は、同じ部署で活躍するバリバリの営業マンだった。哲男は水美が派遣されてきた当初から彼女の面倒を見、慣れない貿易実務の用語や銀行決済の仕方などを教えてくれた。
知り合って1年も経たないうちに、二人は相思相愛となったが、好事魔多しと言うべきか、哲男は化学原料の買い付けでアフリカ出張した際、現地で飛行機事故に遭い、あっけなく亡くなってしまった。
哲男の訃報が伝えられたとき、水美は最初何が起こったのか、皆目検討もつかなかなった。だが事態が飲み込めると、彼女の人生で、もはやこれ以上涙は出ないのではないかと思われるくらい泣き続け、4-5日は食事も喉を通らないという日が続いた。
1週間くらいして、ようやく落ち着いた時には、もう哲男の葬儀は済んで、水美は結局、哲男と最後のお別れをする機会を失った(とは言え、辺境の地の飛行機事故だったため、結局、哲男の遺体は発見されなかったのだが)。
あれから3ケ月が過ぎ、ようやく以前の平静さを取り戻した水美は、哲男の墓参りに行くことに決めた。婚約こそしていなかったため、親族の控える法事や納骨に立ち会うのは気が引けたが、せめて親族の来ない日を選んで墓参りするのであれば、誰に気を使う必要もないだろう、水美はそう考えた。ただ、一人で行くと哀しい思いが込み上げてきて、あまりに辛く、また平静を失うかも知れない、それだけは避けたかったので、同じく派遣で働いている丸山華絵(はなえ)に付き合ってもらうことにした。

23日。朝夕がだいぶ涼しくなってきた早朝、水美は
白いシルクのブラウスの袖に腕を通した。

す、すぅーーーっ。

ひんやりとしたシルクの肌触りが、水美の二の腕を覆った。久しくなかった冷たい快感だった。
もう片方の袖にも腕を通す。

すぅーーーっ。

こっちも冷たい。そのまま胸元の小さなボタンを上から下へと留めてゆく。

ぽっ、ぽっ、ぽっ、……、ぽっ。

ひんやりとした感覚が上半身の全体に行き渡る。
次いで両裾にスリットのある、漆黒のスカートに両脚を通す。

しゅっ、しゅぅーーーー。

こちらも裏地に付いたペチ・コートの触感がひんやりと冷たい。ブラウスの裾をスカートの中に入れ、そのままスカートのウェストのフックを留め、ジッパーを上げる。

じーーっ。

シルクのブラウスと黒のスカート。これは哲男との、忘れられぬ思い出のファッションだった。
それは5月の連休に、二人ではじめてドライヴをして、そのまま一泊した日のことである。水美は海の見えるペンションの窓から
夕焼けを見ていると、後ろから哲男が水美の右肩に手をかけた。水美は「はっ!」としたが、敢えて拒みもしなかった。
彼女自身、そうなることを望んでいたのだった。

「……水美ちゃん、……好きだ……」
哲男はそっと、それだけを言うと、水美の肩にかけた右手を、すっとブラウスの襟元に寄せた。シルクのブラウスは
テーラー・カラーの襟が大きく開いたデザインで、長身の哲男の手は小柄な水美の胸元に難なく滑りこむことができた。
「……、あっ、……、あ、あぁ……」
水美は小さな嗚咽を上げた。哲男の右手は水美の豊満な乳房を激しく摘まんだり揉んだりすることなく、ひんやりとしたブラウスの下で、これもまた白くなめらかな水美の肌の上を滑り動くだけだった。
しかしその指は肌を触るでもなく触らないでもない、まさに水美の肉体の表面スレスレを軽やかに滑ってゆくため、水美はくすぐったいような、あるいは哲男が触ったところに鳥肌が立って、ぞぞぞとするような、得も言われぬ快感にひたった。
このような感覚は彼女にとってまったく初めての経験であり、それだけに水美はもはや哲男に為されるがままであった。
こうして二人は男女の契りを結んだのだった……。

シルクのブラウスは哲男との初夜の思い出の服装だった。スリットのある黒いスカートもその時はいていたものだ。だから水美がその同じファッションで墓参りに行くということは、彼女にとって一つの決心を示すものだったろう。それはもう二度と男性を愛することはしないという決意の表れか、あるいは哲男との永遠の別れを告げるものなのか……。

マンションを出ようとして、外の空気がかなり冷たいことに気づいた水美は部屋に戻り、箪笥からニットのカーディガンを取り出した。カーディガンは「初夜」の後、水美の誕生日(彼女は5月10日生まれだった)に、哲男がプレゼントとして銀座のブティックで買ってくれたものだった。
ベージュ地細いこげ茶の横縞(ストライプ)模様があるVネックのカーディガンで、地と同じ色の5つの大きなボタンで身ごろを留める、シックな中にもスポーティな感覚のデザインのものだった。
水美はカーディガンの両袖に腕を通した。光沢のあるシルク地のブラウスは、音もなくカーディガンの袖の中に吸い込まれていった……。
水美はカーディガンの前を留めようとして、一番上のボタンを摘まんだが、そこから留めるとブラウスの大きな襟を内側に折り込んでしまうことに気づき、敢えて一番目のボタンは留めず、二番目
から留めることにした。

……ぷろん、……ぷろん、……ぷろん、……ぷろん。

「……、よしっ」
口の中でそう言うと、水美は黒いパンプスを履いて、マンションの扉を閉め、華絵と約束しているバス停に向かった。


緑山墓地は都心に近い、広大な緑地の中にある。
良家の出身で超エリートだったとは言え、こんな都心の墓地にそうたやすく墓を構えられるものではない。哲男の墓は、緑山墓地の正面入口から歩いて15分はかかる、かなり奥まったところに造られていた。
「遠いわねぇ……」
付き添ってくれた華絵が愚痴をこぼすように言った。
華絵は水美と同時に派遣で採用された社員だった。年齢は24歳で水美より一つ年下だが、どちらかと言えば水美より社交的で、その分、精神的にもしっかりしたところがあった。哲男が亡くなった直後、水美が精神的な危機から救われたのは、華絵の気丈夫な性格によるところが大きい。
華絵はこの日、
紅葉した木の葉が折り重なるような幾何学模様のブラウスの上に、薄茶色の地に同系色のこげ茶で菱形(アーガイル)柄の模様の描かれたVネック・カーディガンを羽織っていた。カーディガンの前のボタンは留めておらず、その裾は風に吹かれてそよいでいた。スカートは腰もとの二つの大きな飾りボタンで留める、膝上5センチくらいの薄茶色の巻きスカート、靴もこげ茶色という、どことなく美大生を思わせるファッショナブルな身だしなみであった。
「もう少し近くても良いのにねぇ……」
「……、そうね。……」
華絵の愚痴を聞き流し、水美は黙々と墓地の石畳を踏んで進んだ。
ちょうど14分だった(それは華絵が入り口から時間を計っていたので、確かだった)。14分歩いて、ようやく墓地の外れの木陰にある哲男の墓に着いた。もとより哲男一人の墓ではなく、石川家先祖代々の墓である。だが、哲男が入るまでのかなりの年月、親族はよほどご無沙汰していたと思われるくらい、墓石は古びていた。

「……哲男さん、遅くなりました。ごめんなさいね。」
泣くまいと思っていたが、やはり涙がこぼれてしまった。水美は肩にかけていたバッグからハンカチを取り出すと、そっと目にあてた。それまで遠い、遠いと愚痴をこぼしていた華絵もさすがにぐっと来るものがあり、彼女もまたハンカチで瞼を覆った。
それにしても墓石の状態はひどかった。長年の雨風のせいで墓石は角が磨り減っており、表面はびっしりと
苔や藻に覆われていた。恐らく親族も、予期しなかった急な不幸のために葬儀の準備が整わず、墓石を十分に磨くことまで間に合わなかったのであろう。
「哲男さん、……身体、洗ってあげるわね。」
そう言うと、水美は手桶に水を汲んできて、近くにあったたわしで墓石をせっせと磨き始めた。磨いても磨いても、長い年月と共に積もった苔や藻はなかなか落ちず、それがまた水美の涙を誘った。
「……、可哀相な哲男さん、……」
華絵も一緒に墓掃除を手伝った。二人で小一時間も掃除をすれば、さすがの
苔や藻はすっかり洗い流され、墓石はもとの御影石の色を取り戻した。
「良かったわね、哲男さん……。」

さーーーーっ。

木陰の中をひんやりとした空気が通りすぎていった。
同時に
黄色に染まった木の葉が何枚か、墓の前に佇む水美と華絵の回りに舞い落ちた。
「……、水美、そろそろ戻ろうか?」
墓掃除が終わり、水美をサポートするというお役がほぼ終わると、すっかり退屈になってしまった華絵は、水美の後ろに立って促した。
だが、水美は墓の前でしゃがんだまま黙っていた。苔や藻を取り払って、ようやくきれいになった哲男の墓、彼女にとってはすなわち哲男その人と、ようやく話ができるという思いだった。
「(哲男さん、あたしね、……)」

はらり、………、はらっ、………。

水美の肩の上に枯葉が落ちた。しかし彼女はそんなことはお構いなしに、物思いに耽っていた。だが同情心から彼女に付き合っていた華絵にとって、水美が回想モード、あるいは自分一人の世界に入りこんでしまっていることが不満であった。華絵はしゃがんでいる水美の背中に向かって声をかけた、
「水美、そろそろ帰ろうよ、……、ねぇっ!」

はらり、……、はらっ、……。ぽたっ、……。

落ち葉が一枚、華絵の眼の前を舞った。もう一枚が彼女の足下に落ちた。さらに一つ、……、華絵の右肩に落ちたものがあった。
「………、?」
華絵は最初、それが3枚目の落ち葉と思い、気にも留めなかったが、ふと右肩にひんやりしたものを感じ、空いていた方の左手を右肩に当てた。右手は空になった手桶を持っていて、ふさがっていたからである。

ぴちゃ……。

左手の人差し指にひんやりと冷たい、濡れた感触があった。華絵が人差し指を見てみると、
ややねっとりとした濃緑色の染みが付いている。絵の具という感じでもなく、さっき掃除した苔か藻という感じでもない。ちょうと濃い緑茶を飲んだときに、茶碗の底に沈殿して残った茶の滓(かす)のような感触だ。ただし色は随分と鮮やかなモス・グリーン色をしている。
「……、(何かしら?)」
華絵は訝しげに紅葉した木を見上げた。その時!

どっ! どばっ!!
どぼどばどぼどどどろどろろろーーっ!!!
ばしゃあっ!!


華絵の頭上から、もの凄い勢いで
濃緑色の液体が降り注いだ。
「!?」
何が起こったのかまるで分からないまま、華絵はこの得体の知れない液体をもろに浴びてしまった。液体は、まず彼女の頭のてっぺんに降りかかり、大きな飛沫を上げた。華絵はこれを避けようとしたが、右手に手桶を持っていたため、両腕で頭を覆い隠すのが遅れた。そしてそれが命取りになった。微かに肩にかかる緩やかなウェーブのある、華絵のみどりの黒髪は濃緑色のねっとりした液体にびっしょり濡らされた。

どろどろどろどろ…………。

「……!!」

緑の液体は飛沫を上げながら、華絵の来ている薄茶色のカーディガンと落ち葉をあしらったブラウスの前身ごろに降りかかり、色鮮やかなモス・グリーンの染みを付けていった。その間もねっちゃりとした液体は降り止まず、ただし勢いが少しずつ弱まり、

どろどろどろどろ…………。

……と、華絵の顔面を流れ伝っていった。両腕を使えなかった華絵は液体の攻撃を避けることもできず、木の葉がくるくると回転しながら舞い落ちるように、全身を錐揉みさせながらもがいた。しかしそれがかえって、緑色の液体を、全身にまんべんなく浴びてしまう結果を招いた。
彼女のカーディガンやブラウスは前身ごろも後ろ身ごろもすっかり
濃緑色に染まり、滴は薄茶色の巻きスカートをもびっしょりと濡らした。
ミニの下に続く膝から下の美しい下肢に沿って、緑色のドロドロは地面へと伝い流れていった。

どぼどぼどぼどぼ…………。
「…………!」

華絵の膝ががくっと折れて、そのまま彼女は崩れ散るように石畳の上に倒れ伏した。もはや全身を真緑りに染められて、華絵は悲鳴を上げることも、声を出すことすらできなくなっていた。
そんな華絵の息の根を止めるかのように、
ドロドロとした緑色の液体はさらに彼女の顔面をまったりと塗りこめていった。
するとどうしたことか、ドロドロとした液体は次第に粘性を強くし、流れ滴る動きを緩めていった。ちょうど最初サラッとしていた青汁が煮詰められてドロドロになり、さらに煮詰められて固まって行くような、そんな感じで華絵の顔面を覆い尽くした。
しかしそれはほんの一瞬のことだった。髪の毛、顔面、カーディガン、ブラウス、スカート、そして茶色のパンプスに至るまで緑色にドロドロに染め上げられた華絵の全身は不意にひらぺったくなり、石畳の上に広がった緑色の液の水溜りの中に沈んでいった。
彼女はもはや人間の原型を留めておらず、その肉体も、骨も、衣服も、
すべてが緑色の液体の中に溶け込んでいった

「華ちゃん、……、もう少し一緒にいてよ。ねえ、華ちゃん……」
哲男との思い出に一人で耽っていた水美は、ようやく我に返って、彼女の背後にいるはずの華絵の方を向いた。だが、そこには華絵の姿は見られなかった。
「……、華ちゃん?」

しゅうううーーーー。

ふと気づくと、足下にそれほど大きくない
濃い緑色の水溜りがあった。それは見る見る小さくなって、ついには石畳の隙間の目地に吸いこまれるように染み込んでしまった。それが自分を気遣って付き添ってくれていた親友、華絵のなれの果てとは知る由もなかった。

「華ちゃん、どこにいったの?ねえ、華ちゃんったら!」
水美は当たりを見まわした。もとより返事があろうはずもない。
「……ったく、もう!華ちゃんったら……」
むっとしながら、石畳の上に転がっている手桶を拾い、元来た道を戻ろうとしたところ、生暖かい風が吹いた。

ふゅうううううーーーーー。

あたりが俄かに薄暗くなった。生暖かい空気が周囲を漂っている。
「嫌だわ、気持ち悪い……。」
そう思って水美が墓地を去ろうとした、その時!

しゅうううううっ。

という音と共に、哲男の墓石の土台のところから灰色の煙が立ち昇り始めた。
「はっ!?」
水美は驚いて、その場に立ちつくした。煙はどんどん濃く立ち込めてゆく。墓石が見えないくらいになったとき、

「うーわー、うーわー、……」

という、この世のものとは思えない不気味な叫びが間近に聞こえた。
「きゃあーーっ!!」
水美は言い知れない恐怖から絶叫した。彼女と哲男の墓石の前に、
全身緑色のカビに覆われた化け物が現れたのである。

「うーわー、うーわー、……。俺はドルゲの悪のエージェント、カビビルゲ様だ。女っ!お前もさっきの友達のように、俺さまの毒カビでドロドロに溶かしてやるっ!」
「ええっ!?それじゃ、華絵はっ?

「さっきお前は地面に染み込む緑色の水溜りを見ただろう、あれがお前の友達のなれの果てだ!」
「ひっ、ひどいっ!!何てことするのっ!?」

「女っ、お前も死ぬのだっ!!」

全身カビだらけのカビビルゲは、ズシャリッ、ズシャリッ、と溶け崩れるような音を立てながら、水美の方に近づいていった。
「いやっ!来ないでっ!!いっ、いやあっ!た、助けてえーーっ!!!」
水美は悲鳴を上げたが、墓地の最果てにある哲男の墓前からでは、どんな悲鳴も助けを呼ぶには足りなかっただろう。水美はカビビルゲの魔手から逃れようとその場を駆け出したが、カビビルゲは後ろから彼女を捕らえ、羽交い締めにした。
「はっ、放してっ!」
「すぐ楽にしてやる……」

カビビルゲは左手で水美の脇を捕らえたまま、右腕を彼女の肩の上に回し、そのまま彼女の白く長い首を締め上げた。
「くっ、くるし…い……」
と、その時、水美の首を締め上げていた右腕がトロトロと溶け出し、煮詰められた
青汁状の粘液が彼女の白いブラウスの大きく開いた襟元から、豊満な両胸の谷間に流れ込んでいった。

どろどろどろどろ…………。

「うっ!!」

水美はぞっとした。それはカビビルゲの分身、カビの菌糸だった。この菌糸はドロドロとした粘液となって、女の衣服の中に滑りこんでいった。水美のブラウスの中で彼女の
豊かな肉体はじゅくじゅくと腐食を始めた。

どろどろどろどろ…………。

「ああああ………」
水美の声が弱々しくなってきた。彼女の左の脇を押さえつけていたカビビルゲの左手もドロドロと菌糸を伸ばし、
大きなベージュ色のボタンで留めた前身ごろの左右の重ね合わせの隙間からカーディガンの中に入り込み、さらにブラウスの中へと侵入していった。水美の胸部と腹部は、衣服の中でカビに侵食されてドロドロになっていった。

「……あぁ、あぁふ、あはぁ……」
だが、どうしたことだろうか?水美のうめき声は弱まりながら、始めに恐怖に慄いていたときのそれとは異質なものとなっていた。
カビビルゲの両腕から胸元に注ぎ込まれる粘液状の菌糸は、かつて彼女に女としての「痛み」と「悦び」を与えてくれた、哲男の指先を思い起こさせたのだ。
胸元を菌糸に冒されつつも、それは痛みというよりは、ぞっとするような快感を彼女に与えていたのだった。

どろどろどろどろ…………。

「あぁ……、はぁ……、いっ、良いっ!お願いっ、もっと!良いわっ、溶かしてぇっ!!」

カビビルゲの全身から粘液が滲み出し、羽交い締めしていた水美の全身を、今度は衣服の上から包み込んだ。カビビルゲの頭部は煮詰まった青汁のようにトローリとした粘液を水美の額の上から降り注いだ。濃緑色の菌糸は彼女の顔面に幾筋もの粘液の滴を垂れ流し、それは次第に顔面一杯を覆って、ついにはブラウスの襟の中へと流れ込んでいった。同時に、襟元から溢れこぼれた粘液はカーディガンのこげ茶の横縞(ストライプ)と垂直に緑の線を描きながら、カーディガンの身ごろを伝い流れ、かつニットの網目に染み込んでいった。サイドにスリットのある黒のスカートも、カーディガンから流れ落ちた緑色のドロドロに汚され、両脚もまたカビに纏いつかれ、冒されていった。
「(哲男さん、……、あなたね、あなたなのね?……)」
断末魔の状態で、意識が朦朧となってゆく中、水美は確信していた。この男、カビビルゲは哲男さんに違いない。哲男さんがドルゲに改造され、このような朽ち果てた姿ではあるが、私の目の前に姿を現してくれたのだ、と。

じゅくじゅくじゅく……、じゅうじゅうじゅう…………。

ドロドロの半液体状になったカビビルゲの両腕で羽交い締めされて、これもまた全身まったりとした青汁に染まった水美の肉体はじゅるじゅるに溶けていった。カーディガンの
胸元の膨らみが萎み、衣服の袖や隙間からぐちゃぐちゃになった真緑色の液体がこぼれ流れた。

ぱしゃっ!

カビビルゲは中身を失った緑色の繊維の集まり(それすらも、もう原型を留めていなかったが)を、自らの足下に溜まった緑色の池に叩きつけると、その上から自分の身体を横たえた。そしてこれまた原型を留めぬ自分の身体をしきりに上下に揺すりながら、自らも溶解を続けた。ついには墓地の石畳の上に
濃緑色の人間大の水溜りができたが、それもまた、石畳の目地の中に吸い込まれた。あとには、ここで2人のOLが非業の死を遂げたという痕跡すら残さなかった。

だが、カビビルゲは本当に哲男のなれの果てだったのだろうか。それは水美の描いた妄想に過ぎなかったのではあるまいか?真相は永遠に謎に閉ざされている。

(終わり)