液体人間再び(上)


作・taka様


「写真集、ですか?」

時は2018年7月、所は都内某芸能事務所。同事務所に所属するアイドルグループ・フレッシュマスカッツのメンバーに、マネージャーが新たな仕事を告げた。

「そう。あなたたちも結成から3年が経って、テレビ番組やライブの仕事が増えてきた。ファンの数が順調に伸びてきていることは、先週発売された新曲CDの初動売り上げから見ても分かるわよね?」

マネージャー・沖杏子(おききょうこ)の言葉に、五人の若きメンバーたちは笑顔を向け合った。確かに彼女の言うとおり、デビュー当初と比べてファンの数は格段に増えた。この厳しい業界で3年間地道に積み重ねてきた努力が、今まさに実になり始めているのだ。

「写真集を出してほしいというファンからの声も、日に日に多くなっている。そこで、その需要に応えるという形で??」

「私たちの写真集を作る、ということなんですね?」

グループ最年長でリーダー格の金屋美咲 (かなやみさき)が尋ねた。

「そういうこと。今回の撮影はそこそこ大掛かりなものになるから、覚悟しといてね」

「大掛かりって・・・まさか、海外での撮影、なんてことありませんよね?」

メンバーの一人・南雲清香 (なぐもきよか)の言葉に、杏子は微笑みながら言葉を返した。

「そう、そのまさかよ」

「海外で!?」

「うん、なんかそういうことになったみたい・・・」

数日後。とあるレストランで、清香は幼馴染の新米科学者・如月鋼太郎 (きさらぎこうたろう)にそう告げた。この二人は幼いころから兄妹のような間柄で、今でもこうして食事を共にするほどの大の仲良しであった。

「すごいじゃないか・・・君がアイドル活動を始めたのはまだ高校生の時だったが、まさかここまで大きくなるとはね」

「えへへ・・・ありがと」

顔を少し赤くしながら、清香は短く礼を述べた。

「ところで、海外といってもどこで撮影を?まあこの季節だから、撮る場所に不自由はないだろうが・・・」

「なんでもね、太平洋に浮かぶ無人島なんだって。えっと、確か・・・ガラク島、って場所だったかな・・・」

ガラク島。その島の名を聞いた瞬間、鋼太郎の表情は一変した。

「ガラク島・・・!?」

「・・・鋼兄ちゃん、どうかした?」

鋼太郎の表情の変化に気づき、清香が問いかけた。

「・・・それはとんでもないことだ」


翌日。鋼太郎の姿は、清香たちが所属する芸能プロダクションの本社にあった。

「悪いことは言いません。フレッシュマスカッツのガラク島での撮影企画は、今すぐにでも中止すべきです」

「ですから何度も申し上げてますとおり、この件はすでに決定事項なんです」

鋼太郎の相手をするマネージャーの杏子が、うんざりした様子で答えた。

「撮影当日まであと三日しかないのに、今更中止になどできませんわ」

「しかしガラク島は、冷戦時代に核廃棄物の処分場として使われてきた島です。その様な場所で撮影を行うのは、あまりにも危険すぎると私は考えます。撮影なら別の安全な島で??」

「如月さん。ガラク島がかつて核物質の処分場であったことは、私たちも重々承知しています。しかし、冷戦はもう30年近くも前に終わっているんです。あなたのご意見はありがたく頂戴いたしますが、少し神経質になってらっしゃるのでは?」

「30年ばかりの時間の経過で、核物質の脅威が消えるわけではありません。万が一のことが起きてしまってからでは遅いんですよ!?」

杏子がこめかみに手を置きながら何か反論しようとした、その時だった。

「お話は、確かに聞かせていただきました」

一人の初老の男性が、部屋に入ってきた。彼は大澤といい、このプロダクションの専務にあたる。

「如月さん、あなたがフレッシュマスカッツのタレント達を気にかけてくださっていることは、よくわかりました。・・・しかし、彼女達も今回の仕事に大きな熱意を持ってくれています。若手のタレントにとって、仕事というのはまさに命であり、今後への大切な布石なんです。どうか、それをわかってあげてください」

「ですから、撮影自体に反対しているわけではありません。ただ、その場所を変えてほしいと??」

「今から場所を変えたのでは、写真集の出版会社やカメラマンの方にも大きく迷惑をかけてしまいます。今まさに伸び盛りのアイドルグループの撮影の仕事が反故になってしまっては、うちの事務所への信頼にも関わります。誠に申し訳ございませんが、撮影場所の変更は致しかねます」

「そういうことです。さあ、お引き取りを」

杏子が我が意を得たりとばかりに、鋼太郎に強気な言葉をかけた。これ以上の説得は無理だと、鋼太郎もさすがに諦めた。

「・・・分かりました。ですが、一つだけお願いがあります」

「・・・なんでしょう?できる限りのことは、させていただきますが・・・」

その言葉を予測していたかのように、鋼太郎は小さく笑みを浮かべた。


そして数日後。ガラク島に向けて出発した撮影隊のクルーザーの中に、なんと鋼太郎の姿があった。

「先輩もやりますね。撮影に同行させろなんて無茶なお願い、よく事務所が聞いてくれたもんです」

鋼太郎の隣に腰掛けながらそう声をかけたのは、後輩の多野洋平 (たのようへい)だ。

「僕自身、正直聞き入れられるとは思っていなかった。でも、こうでもしないとどうも腹の虫が収まらなくてね」

「先輩らしいや。ま、その熱意が認められたんでしょうね、きっと」

「すまないな、多野君。君まで巻き込んでしまって・・・」

「いいんですよ。どうせ研究所にいたって暇ですし、それにこんな機会滅多にないですよ?アイドルの撮影に同行できるなんて」

フレッシュマスカッツの好奇の視線をよそに、多野はどこか浮ついた調子で言った。

「おっと、僕たちの本当の目的を忘れられては困る。僕たちはあくまで、ガラク島が安全かどうか確かめるために同行するんだ。いいね?」

「分かってますって。荷物持ちくらいしかできませんけど、何でも言ってください」

その時、清香が申し訳なさそうな表情を浮かべながら二人のもとにやって来た。

「ごめんなさい、鋼兄ちゃん。わざわざ、助手の人と一緒に来てもらっちゃって・・・」

「いいんだよ。・・・むしろ、謝らなきゃいけないのは僕の方さ。無理を言って、ついてきてしまって・・・」

「まったくです。ほんといい迷惑」

清香の背後から現れたメンバー最年少の真央 (まお)が、彼女の手を掴みながら鋼太郎を睨んだ。

「せっかく入ってきた大きな仕事なんですから、変な邪魔しないでください。・・・行きましょ、清香さん」

清香はその少女に引きずられながら、船室を去ってしまった。室内に、重苦しい空気が流れる。

「・・・あの、あまりお気になさらないでください」

メンバーの一人で、一番人気の清純派・高梨青空 (たかなしそら)が、とりなすように声を上げた。

「真央ちゃん人見知りが激しくて、部外者にはいっつもあんな調子なんです。それに・・・」

「きっとやきもち焼いてるんですよ、清香の幼馴染の如月さんに」

元気と明るさが売りの桃瀬加奈子 (ももせかなこ)が、青空の言葉を引き継いだ。

「やきもち?先輩に?」

「ええ。あの子、清香のことが大好きなんです。清香がちょっとでも他の誰かと話したりするだけで、すぐ不機嫌になって」

「だから、私たちもあまり真央のことは気にしないようにしてるんです。お二人も、あまり気にしないで上げてください」

リーダーの美咲もそう言葉を添えた。

「なるほど・・・なかなか扱いが難しそうな子だ」

鋼太郎が思わずため息をついたその時、マネージャーの杏子が船室に姿を見せた。

「もうすぐガラク島に到着します。船を降りる準備をして」

荷物をまとめ始めたメンバーたちの姿を横目に、鋼太郎はより一層気を引き締めた。

(さあ、ここからが本番だぞ・・・)


ガラク島は、鬱蒼と生い茂る森林地帯が島の面積の8割を占めるという、絵に描いたような無人島であった。

「さーて、ロケハン始めますかねー」

船を降りるなり覇気のない声で呟いたのは、カメラマンの田宮という男だった。撮影スタッフはこの田宮とメイク担当の女性が二人という、まさに最低限の人数だった。

「なんか、事務所が押してるアイドルの撮影にしては、あまりお金をかけてないようですね・・・」

スタッフの少なさを見て、多野がそっと鋼太郎に耳打ちした。

「こんな島を選ぶところからして、余計な経費をかけたくないという魂胆が見え見えだ。まったく、とんでもない事務所だよ」

「如月さん、無駄口をたたく暇があるなら、この島の調査をお願いしたいんですけど」

二人の会話を耳にした杏子が、すかさず鋭い声をかけてきた。

「分かりました。多野君、ガイガーカウンターを」

鋼太郎は多野からガイガーカウンターを受け取ると、周囲の調査を始めた。清香と美咲がかたずをのんで見守る。

「どう?鋼兄ちゃん・・・」

「・・・少なくとも、この浜辺のあたりは大丈夫そうだ。でも気は抜かない方がいい、ここはほんの入り口に過ぎないから」

「なんだったら、あのスタッフたちについてってやったらどうです?」

そう鋼太郎たちに声をかけたのは、一行が乗ってきたクルーザーの船長である小島という男だ。

「それもそうだ。沖さん、しばらく離れますが、ここにいてください」

「ええ。どうぞごゆっくり」

感情のこもっていない冷めた声が、鋼太郎たちに投げかけられた。

「感じ悪いですね、あの人・・・」

「僕たちが無理について来たんだからしょうがない。行こう、多野君」

鋼太郎はガイガーカウンターで放射能の濃度を測りながら、撮影場所を物色するスタッフたちに追いついた。

「まったく、あなたたちみたいな人が来るなんて聞いてませんよ」

田宮に同行する一人の中年男性が、ため息をつくように言った。彼は写真集を出版する会社から送られてきたスタッフで、名を小林といった。

「科学者同伴の写真撮影なんて、初めてですよ」

「あなた方がこの島にこだわらなければ、こっちだって来なくて済んだんですがね」

ガイガーカウンターを注意深く見つめながら、鋼太郎は思わず言い返した。

「ふん・・・それで、この島は安全なんですか?」

「少なくともこの辺りは大丈夫です。撮影に支障はないと思われます」

多野がわざとらしく明るい調子で言葉を返す。鋼太郎と小林の会話を避けようという、彼なりの気遣いだった。

「なるほど。・・・田宮さん、この辺りでどうですか?」

「悪くはないですが・・・海だけってのが気に入りませんね」

手でカメラの形を作りながら、田宮は周囲をじっと見つめた。

「個人的には、森の中でのシチュエーションってのも撮りたいんですけどね」

「なら、森の方も見てみましょうか」

田宮と小林は言葉を交わすと、森に足を踏み入れた。鋼太郎と多野もそれに続く。

森の中も、特にガイガーカウンターは反応しなかった。さすがに取り越し苦労だったかと少し鋼太郎が思ったその時、近くの茂みが風もないのにざわざわと揺れた。

「今のは・・・」

小林が緊張した様子で呟く。四人は辺りを見回したが、動いているものは何も見当たらない。

「先輩・・・」

「ああ、かすかだが生き物の気配がする」

だが鋼太郎と多野は、わずかなその気配を捉えていた。先ほど音がした茂みに鋼太郎が近づき、邪魔な草を手で除けたその時だった。

「うわっ!」

「ワオ!」

茂みの中に隠れていた一人の白人の少女と、鋼太郎の目が合った。二人は驚きのあまり思わず大声を上げると、その場に同時に尻餅をついた。

「いてて・・・」

「大丈夫ですか、先輩!?」

慌てて多野が駆け寄り、鋼太郎を助け起こした。一方の少女もおさげにした金髪に絡みついた草を払いながら、茂みから這い出る。

「ああ、なんとか・・・」

『びっくりした・・・あなたたち何?なんでこの島にいるの?』

少女が英語で鋼太郎たちに問いかける。鋼太郎は息を整えると、少女に英語で答えた。

『私たちは日本人だ。タレントの写真撮影のために、この島にやって来たんだ』

『そうだったの・・・ごめんなさい、驚かせて』

その時、「ジーン!」と名前を呼ぶ声が響き、少女と同い年くらいの女性が二人、森から姿を見せた。

『やっと見つけた。心配したわ、ジーン』

『ごめんね、ちょっと気になることがあったから・・・』

ジーンと呼ばれた少女は仲間にそう答えると、鋼太郎に自分たちの身分を明かした。

『私たち、アメリカから来たの。大学の卒業旅行で』

『じゃあ、君たちは大学生か?』

『ええ。他にもあと5人いるんだけど、こことは正反対の場所に船を停めてて』

『私たちは島の探索係ってわけ』

ジーンの友人の一人がそう補足した。

『なるほど』

『じゃあ、そろそろ行かなきゃ。皆心配するだろうから』

ジーンは「シーユー」と言葉を残すと、仲間二人と共に去っていった。

「いいなあ・・・僕にもあんな頃があったけど、卒業旅行なんかできなかった」

「多野君、感傷に浸るのは後にしてくれ。今はとにかく、この島が安全かどうかを徹底的に確かめるんだ」



それから数時間、田宮と小林のロケハンは続いた。そして二人の納得のいくスポットが見つかったのは、日没前のことであった。

「今日はもう遅い。明日すぐに撮影を始めるとして、今日は近くの浜辺でキャンプとしましょうか」

小林の提案に一同は賛成すると、多野を案内係として船に残るフレッシュマスカッツのメンバーとマネージャーの杏子、そしてメイクスタッフ二人を呼び寄せた。

すぐに火が起こされ、ささやかながらキャンプが始まった。

「如月さん、この島は大丈夫なんですよね?」

青空が少し不安げに鋼太郎に尋ねた。

「少なくとも、この場所は安全です。放射能の濃度も、それほど高くありません」

「本当ですか・・・?」

青空の表情は硬いままだった。そんな彼女を励ますように、清香が声をかける。

「大丈夫。鋼兄ちゃん、滅多に間違えることはないから」

「そう・・・なら、いいんだけど・・・」

ようやく青空が表情を緩める。それを見て微笑むと、清香は鋼太郎と多野に礼を述べた。

「二人とも、ありがとうございます。二人のおかげで、この撮影も乗り越えられそう」

「いやあ・・・照れますねえ、なんか・・・」

思わず鼻の下を伸ばす多野を、鋼太郎はそっと小突いた。

「あまりデレデレするなよ、あの子が見てるぞ」

そう告げた鋼太郎の視線の先には、憮然とした表情の真央の姿があった。慌てて多野が表情を引き締める。

「皆、いよいよ明日が撮影本番。初めての写真集にふさわしい写真を撮れるよう、がんばってね」

マネージャーの杏子が、一堂にそう告げた。5人は「はい!」と大声で答える。

「がんばれよ、清香ちゃん」

「もちろん。ちゃんと見ててね、鋼兄ちゃん」

キャンプの焚火に手をかざしながら、二人は笑顔を向け合った。明日はきっとうまくいく??そう信じながら。


事件が起きたのは、その夜のことであった。

『ねえ、ほんとに中に入るの・・・?』

『当たり前でしょ?これが目当てで来たんだから』

そう言葉を交わしたのは、昼間鋼太郎たちが出会ったアメリカの女子大生・ジーンの仲間の二人だった。二人の目の前には、

森の奥に隠れていた廃墟と化した建物があった。

『かつてガラク島に建っていた軍事施設には、幽霊が現れる??私はその伝説を確かめに来たんだから』

『ルーシーはそうかもしれないけど、あたしはキャンプ目当てで来たんだもん・・・それに、こういうとこ苦手なの・・・』

『大丈夫!エマは私の後ろからついてきてくれるだけでいいから』

その言葉に、エマと呼ばれた少女の表情が緩んだ。

『本当?・・・何かあったら、守ってね・・・?』

『うん、約束する。さ、行こう!』

二人は手をつなぎながら、廃墟の中へ足を踏み入れた。

『うわあ、なんかそれっぽい雰囲気・・・』

『不気味・・・ねえ、早く出ようよ』

『まだまだこれから。徹底的に調べてやるんだから』

スマホのライトで前を照らしながら、ルーシーは施設の中を物色した。すると、彼女は床にある物を見つけた。

『これ・・・軍服?』

彼女が見つけたのは、軍人が身に着けている軍服であった。だが不思議なのは、上着からズボン、果てには靴に防止に下着といった、衣類一式が全てその場に残っていることであった。まるで、着ていた人間だけがこの地上から消えうせてしまったみたいに。

『変だな・・・脱ぎ捨てたにしては、形が整いすぎてるし・・・』

さらに先に進んだルーシーは、新たにいくつかの脱ぎ捨てられた軍服や白衣を見つけた。そのいずれもが、先ほど見つけた物同様妙に形が整っていた。

『どういうこと・・・?ここで、何かがあった・・・?』

探索に夢中になるあまり、気が付くとルーシーはエマの手を離してしまっていた。エマも恐怖のあまりそれに気づかず、気が付いた時にはルーシーの姿を見失ってしまっていた。

『ルーシー・・・どこ?どこにいるの?』

恐怖と不安のあまり叫びだしそうになるのを抑えて、エマは友人の名を呼んだ。だがその時、悪夢はすぐそばまで迫っていた。[[rb:ソレ > ・・]]はエマの背後に置かれた書類棚の上から、静かに音もなく忍び寄っていたのだ。



一方のルーシーも、ようやくエマと離れ離れになってしまったことに気づいた。

『エマ・・・?エマ?どこにいるの?』

そう闇の中に呼びかけた、その時であった。

「ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

突然、背後から悲鳴が聞こえた。その声は紛れもなく、エマのものであった。

『エマ!?どうしたの!?』

ルーシーは慌てて、悲鳴が聞こえた方へ駆け寄った。そこで見たものは、想像を絶するほどおぞましい光景であった。

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

彼女の視線の先には、呆然とした表情で立ち尽くすエマの姿があった。だが、その体のいたるところから泡が噴き出し、みるみるうちに溶けていく。

「ア・・・アア・・・」

十秒も経たないうちに、完全にエマの体は泡と化して溶け、着ていた衣服だけを残して消滅した。その衣服の襟口から、どろりとした緑色の液体が溢れ出る。

『いや・・・いやああああああああああああああああっ!!』

ルーシーは半狂乱になって悲鳴を上げると、施設の出口に向かって全速力で駆けだした。そして死に物狂いで出口に辿り着いたと思った次の瞬間、足がもつれて彼女は転倒した。

「アウッ!」

彼女はすぐに立ち上がろうと思ったが、もう遅かった。あの緑色の液体は、彼女のすぐそばまで迫ってきていた。

「ア・・・ア・・・」

もはや恐怖のあまり声を出せないルーシーの目の前で、液体は緑色の人間のような姿を形作った。その顔に目鼻や口、耳はなく、文字通り液体が人の形になったにすぎなかった。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

ルーシーの断末魔が、夜の森に響き渡る。人間の形になった液体が、倒れこむ彼女の体に覆いかぶさったのだ。

液体に触れたルーシーもまた、エマと同じように素肌から泡が噴き出し始めた。泡の勢いは次第に激しさを増し、ついには肉体全てが泡と化して、ルーシーは完全に溶けてしまった。残された衣服は先ほど彼女が目にした軍服や白衣のように、人が着ていたという痕跡を残していた。


住処に入り込んだ哀れな少女二人を犠牲にした恐るべき液体は、導かれるように廃墟からから這い出し、森に進み始めた。その行く先には、二人の仲間たちが夜を明かすために張ったキャンプがあった。


ガラク島の惨劇は、こうして始まった。音もなく、そして、冷たく。