樹海の人食い花


作・ekisu様


富士山麓の樹海、若い女性が奥へ向って歩いてゆく。


バキッ


木の枝とは違う何かを踏みつけ足元を見ると、そこには自殺者のものらしい白骨が遺留品と共に散らばっている。しかし彼女はまったく動揺した素振を見せない。じっと骨を見つめるその顔は、生気のないぼ んやりとした表情ではあるが井川遥によく似ている。彼女も人知れず死ぬ為にここにやって来たのだった。


「ここまで来ればもう見つからないということね。私もいずれこうなるんだわ。」


むしろ安心したように微かに笑みを浮かべた。


「!・・・」


何かに気付いた彼女は辺りを見回す。


「何の香りかしら・・・」


どこからか甘い香りが漂ってくる。その香りに引き寄せられるようにさらに奥へと歩き出した。

薄暗い森の中に明るい光が見えてきた。


「これは・・・」


そこには何とも毒々しい色をした巨大な花があった。ラフレシアのような形のその花の花びらは巨大なモウセンゴケのようでもある。表面は透明な粘液で覆われ、キラキラと光を反射しているだけでなく、花自体が不気味に発光している。そしてその中心辺りからたっている煙のようなものが彼女を引き寄せた芳香の正体である。


「きれい」


彼女はささやいた。しかしそれは誰もが見ただけで逃げ出したくなるような不気味な植物である。その芳香も肉が腐ったような悪臭で、それを彼女は甘い花の香りと感じたのだった。


「この花がお気に入りのようだね。お嬢さん。」


背後から男の声がした。驚いて振り向くと、そこには黒の礼服に黒の蝶ネクタイ、黒縁の眼鏡で髭をたくわえた男が立っていた。その恰好とは似つかわしくない、とても下品な笑みをうかべている。


「お前もここに死にに来たようだな。」


「放っといてよ!」


彼女はその場を去ろうとした。


「本 当にこのまま死んでもよいのか?」

「ほっといてって言ってるでしょ!」


彼女は歩き出した。

「人間どもが憎くはないか?」


その言葉に彼女は立ち止まった。


「フッフッフ、思った通りだ。」

「あなたに何がわかるっていうの!」


彼女は振り向き様に男に向って叫んだ。


「この花の香りに誘われてくるのはこの世に恨みを持つ者達。この花は恨みや憎しみを持った人間を養 分として生きているのだ。これを見ろ。」


男は花の周りの地面を指した。そこにあるのは蔓の様なものが巻きついた、幾つもの人間の死体だった。そのほとんどは蔓に吸収されたらしく原型を留めていない。


「私をこいつの餌にするつもりね。いいわよ。どうせ死ぬつもりなんだから。」


「フッフッフ、そうではない。私について来るのだ。」


というと男はすぐそばの洞穴に入っていった。するとなぜか彼女もふらふらと後に続いた。

洞穴の中を進むと鉄の扉があった。


ギュイーン


扉は自動で開き、男が中に入る。


ピユッ


奇妙な音と共に男の姿は一瞬にして黒ずくめの目出し帽、全身タイツ姿、そう、ショッカーの戦闘員に変わった。彼女は少しビクッとしたものの、何事も無かったかのように男の後に続き中に入った。彼女が周りを見回すと、そこは岩を削って造られた大きな部屋で、様々な機械が据え付けてあり、その作動音であろう異様な電子音があちこちから聞こえる。中には彼女を連れてきた男と同じ恰好をした黒い戦闘員五、六人と、白い戦闘員が四人ほどいる。その内黒い戦闘員二人が彼女の両側につき、高い所に飾られた大きなエンブレムのような下へと誘導された。


ファン・ファン・・・・


警告音と共にエンブレムにある赤いランプが点滅し始めた。


「ようこそ我がショッカーへ」


警告音にのせてエンブレムからショッカーの首領の声が発せられた。彼女は戦闘員と並んで、生気の無い目でエンブレムを見上げた。


「ショッカー?」


彼女が聞き返したが、首領は話し続けた。


「お前のように強い恨みや憎しみの心を持った人間を探していたのだ。


ギュイーン


彼女が音のする方向を見ると、壁の扉が開き、白戦闘員が四角く透明なケースに入れられた、さっき見たばかりの不気味な植物を運び込んできたところだった。


「やっぱり餌にするんじゃない。いいわよ、どうせ死ぬんだから。」


彼女はそういったが、首領は無視するように続けた。


「この植物は我がショッカーの科学陣が、ラフレシアにモウセンゴケなどを合成して作り上げた食人植物。その細胞には何百人もの人間の、恨みや憎しみが凝縮しているのだ。」


ボ ッ


その言葉に反応するように、花が煙の塊を吐き出した。


「随分食べたものね。」

皮肉っぽく彼女は言った。


「お前を苦しめた人間どもに復讐したくはないか。」

「復讐?」

 彼女は怪訝な顔をした。


「お前にその力を与えてやろう。」

「力?」

「お前はその植物の機能を持った改造人間となり、お前を苦しめた人間どもを、恐怖と混乱の世界に陥れるのだ。」

「改造人間?フフフ、なんだかわからないけど、ただ死ぬよりは面白そうね。いいわよ、好きにしたら。」

「直ちに改造手術を始めるのだ。」

「イーッ!」

   

壁に据え付けたれた台の上に彼女は立っている。一本 のベルトが肘の高さで腕ごと彼女を拘束している。その台には植物を入れた箱と何本 もの透明な管がつながれている。彼女は白戦闘員達の作業を見ている。彼らはまるで声をかけあっているかのように目で合図を送り合いながら、操作盤と思われる機械にある沢山のスイッチをいじっている。


「イー」


一人の白戦闘員が言った。するともう一人の白戦闘員が大きく頷いた。


カリカリカリカリカリ


その台に付いている一番大きなダイヤル状の物を大きく右に回した。


クィーン


操作盤の沢山のランプが点滅し始める。


ホワンホワンホワン・・・

ヒューヒューヒュー・・・


何か回りだしたような音に続き、様々な機械音や電子音が騒々しく鳴りだした。植物の箱から彼女が拘束されている台に向って、管の中を緑色やピンク色の物質が流れ始めた。

しかし音ばかりで何も起こらない。彼女ははぐらかされたような表情で自分の周りを見回している。彼女は手術というのだから、すぐに麻酔がかけられ意識を失うものだと思っていた。この台のどこかから麻酔ガスでも吹き出すのだろうか?まだ意識ははっきりとしたままだ。

管を流れる物質が手術台に達した。


「ん?あ?
あっ、あっ、あっ、あっ・・・」


彼女は何かに気付いたように苦しみだした。そして身体が徐々に硬直してゆく。


ピキピキピキッ 


指を大きく開き硬直した手の甲にいくつもの緑色の線が走り、ヒビ割れのような網目 模様になった。彼女は苦しみながらもそれを自分の目で確認した。そしてその時初めて恐怖を感じ、はげしく後悔した。


あああああああ・・・・」


肉体の変化が苦痛と共に身体中に広がってゆく恐怖。彼女はそれが足下から這い上がって来るかのように声のトーンを上げていく。その線は首筋にも現れた。

手術台に繋がれた他の管に赤い液体が流れ出している。血液交換もされているようだ。

硬直した手は小刻みに震えている。ヒビ割れのような線はどんどん太くなり手全体が緑色に染まった。緑色の皮手袋をしたようなその指先は尖っている。

顔には濃いピンクの無数の点ができている。
そして透明な粘液が染み出してきた。

靴をはいていたはずの足は緑色のブーツのようになっている。
徐々に上へと見ていくと、すでに着衣はなくその皮膚は緑色に変色している。

女性らしい括れたラインの全身を、植物の蔓のようなものが這うように包んでゆく。


「ぐあぁぁぁぁぁ・・・」



チリチリチリチリチリ・・・


顔の濃いピンクの点は小さな玉になり、頬はモウセンゴケ状になった。

喉の下の辺りの皮膚を突き破り、四つの緑色で円錐状の物が顔を出した。

ケースの中の植物は干からび、砂のように崩れた。

美しかった彼女の顔は、モウセンゴケが花びら状になった蕾になっていた。

メリメリメリメリ・・・・

蕾がゆっくりと開いていく。その中から薄緑色の顔が現れた。確かに元の彼女の顔に似てはいるのだが、硬質なプラスティックでできたような皮膚である。鼻の穴は無く硬そうな唇の間に横長の隙間がある。ただ、目 だけが元の人間のそれと同じ形をしているので、彼女が自らの顔を模った薄緑の能面をかぶっているように見える。

花が開ききった。


「ぎ〜〜〜〜〜」


女性の身体のラインを強調したような姿をした「緑色の化け物」が奇声を発すると、すべての機械音は止んだ。


ガチャッ


ベルトが自動的にはずれると化け物は自分の手を顔の前に上げ、それを見ながら感触を確かめるように指を動かした。

ヒタヒタヒタ

そして化け物はゆっくりとエンブレムの前に向った。


シュルシュルッ、シュルシュルッ


喉の下の辺りから四本 の尖った蔓のような触手が、蛇の舌のように出たり入ったりしている。


ファン、ファン・・・


警告音にのせて首領の声が発せられる。


「お前は栄誉あるショッカーの改造人間、ラフレシアンとなったのだ。どうだ、改造人間になった気分は。」


「最高よ。ありがとう、感謝するわ。ぎ〜〜」


「お前に与えたその力で、人間どもに恐怖を撒き散らしてくるのだ。」

「ぎ〜〜〜〜〜」

ラフレシアンは大きく頷くように奇声を発した。

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休日の都心、オフィス街にある小さな公園。平日が休みの会社なのか休日出勤なのか、制服を着たOLが二人、ベンチこしかけて弁当を食べている。
時間は午後
12時半を過ぎた頃である。平日であれば近所の会社員達がタバコをすったり昼寝をしたりしている、結構人が多い公園なのだが、今は二人のOLがいるだけである。晴れてはいるものの、ビルに囲まれたこの公園は薄暗く、陰気な空気が漂っている。
そんな中、白いブラウスにピンクのベスト、ピンクのスカートという制服がとても映えている。一人はまだ
10代で、色白でふっくらとした頬に幼さを残している。もう一人はやや年上のようであるが、それでも223といったところか。やっと大人っぽさが出てきたばかりという感じだが、男好きのする体つきをしている。二人とも化粧は薄く、健康で清楚な雰囲気を漂わせている。

若い方のOLが急に顔をしかめる。


「先輩、なんか変な臭い、しませんか?」

「うん、何だろうね。今まで嗅いだ事がない臭いだわ。」


先輩OLも顔をしかめ辺りを見回すが臭いの出所はわからない。


「場所、替えよっか。」

「そうしませんか。」


二人は移 動するため膝の上の弁当をまとめ始めた。その時背後から声がした。


「お食事中?」

シュルシュルッ、シュルシュルッ

「えっ?」


その声と奇妙な音に二人は振り向いた。


「きゃあっ!」


二人は同時に叫ぶと立ち上がった。弁当が足下に散らばった。


「ぎ〜〜〜〜〜」

そこには見た事もない、頭が大きな花になった緑色の化け物が立っていた。
そしてその顔の辺りから悪臭を放っている。

「私もまぜて。ぎ〜〜」

「きゃあああ」

二人は顔を見合わせながら叫ぶと、公園の出入口に向って走り出した。


「ぎ〜っ」

ラフレシアンはジャンプして空中で一回転した。


スタッ


そして二人を飛び越え、その目 前に降り立った。


「ぎ〜」

「ひゃっ」

二人が一瞬立ちすくむと、ラフレシアンは若い方のOLの両肩を掴んだ。


「いやっ、放してっ、助けて、先輩っ!」

パニック状態で彼女は叫んだ。もの凄い力で掴まれた肩は、振り解こうとするがビクともしない。


ミシミシミシッ


彼女の肩が音をたてる。


「痛いっ!」

激痛に顔をしかめる彼女。

それを見ていた先輩OLはこの隙に逃げようと、化け物の動きを見ながら少しずつ後ずさりしていった。


「イーッ」


二人の戦闘員が現れ、先輩OLを拘束した。


「いやあ!誰かっ、誰かきて〜っ!」


先輩OLは叫んだが、辺りは誰もいない。


「いやっ、いやっ」


ラフレシアンに捕まったOLは、涙でぐちゃぐちゃになった顔を左右に振りながら、消え入りそうな声で何度もそう言った。


「ぎ〜」

ラフレシアンは右手で彼女の首の後ろを掴むと無理矢理キスでもするように顔をグッと引き寄せた。

「ううん」


彼女は両手で化け物の胸にある乳房のような脹らみを震える両手で掴み、押し返すようにしながら必死で顔をそむける。


ズブッ


ラフレシアンの喉の下にある四本 の触手がOLの胸の真ん中に刺さった。


「んがあ!」


そのOLの顔は、大きく口を開け目を見開き空を向いた。


ビシッ


二つの音と一つの声がほとんど同時に聞こえた。

戦闘員を振り解こうと必死にもがいていた先輩OLがその音で化け物の方を見ると、自分の後輩は化け物の前で大の字になり宙に浮いていた。
「ビシッ」っという音は胸に刺さった四本の触手が、彼女の体内で一気に両手両足の先の方まで達した音だった。
彼女の四肢は、串に刺され無理矢理真直ぐにされた海老のよう状態である。
化け物は左手を彼女の背中にまわし、右手で彼女の後頭部を掴んでいる。


ズズズズズズズズ


何かを啜るような音と共に、大の字が小さくなってゆく。
ラフレシアンが触手から消化液を出し、彼女を体内から溶かしながら吸収し始めたのである。


ズズズズズズズズ


脚はどんどん縮んでゆき、足先がスカートの中に入る。


カタッ、カタッ、


化け物の足下に靴が落ちた。


ファサッ


続いて縮んだストッキングに包まれた下着が落ちた。

青くなった彼女の顔は、白目 を剥いて小刻みに左右に震えている。


「かっ、かっ、かっ・・・」


声を出そうとしているかのように彼女の喉が鳴る。


パサッ


スカートが落ちた。

先輩OLは恐怖で身を固めたままそれを見つめている。

ベストを着たブラウスがしぼ んでゆく。


「ぎ〜」


化け物は白目を剥いた若いOLの顔を自分の頭部にある花びらに押し付けた。


シュウウウ・・・


その顔は、熱いフライパンに落としたバターのように溶けながら、花びらに吸収されていった。


バサッ


ラフレシアンは左手に掴んでいたブラウスを地面に叩きつけると、次はお前だ、という風に先輩OLの方を向いた。


「ぎ〜」


「ああっ、ああっ、」


恐怖でまともに声が出なくなった彼女は、なんとか後ずさりしようとするが、両脇を戦闘員にしっかりと掴まれている。


「ぎ〜、ぎ〜、ぎ〜」


ラフレシアンは顔の周りの花びらを半分閉じては開き、それを三回繰り返すと透明な粘液が顔の中心に集まった。


「ぎ〜っ」


シュバッ


ラフレシアンの顔でソフトボ ール大の塊となった粘液は、奇声と共に彼女に向けて吹き出された。


ベチャッ

「うばっ」

彼女の顔に粘液玉が貼り付いた。

戦闘員が彼女を放した。

ニュルニュルニュルニュル


粘液は不気味な音をたてながら、みるみる全身に広がり彼女をつつんでゆく。


「あうっ、おぁっ、あぅわ、ぉあああ・・・」


バタッ


あっという間に粘液で全身を包まれた彼女は、両手を顔の前で、触りたいのに触れない、という風に空を扇ぐように動かしながら仰向けに倒れた。

それを冷ややかに見下ろす戦闘員。

粘液の成分は制服をボ ロボ ロにし、彼女の皮膚から体内へと浸透してゆく。


「ごうぇっ、ぶえっ、うべぁっ、ぶれぁっ・・・」


未曾有の苦しみに意味不明の声を発しながらのたうつ彼女。何かをつかもうとするように両腕は宙を泳いでいる。ボロボロになった制服は所々が剥がれ落ち肌が露出している。まるで裸体に粘液でボ ロ布を貼り付けたようだ。皮膚にヒビ割れができ始めたのがその太腿で確認できる。


「あうっ、あうっ、あうっ・・・か。」


彼女はオットセイのような声を発しながら、大きく三回、仰け反るように痙攣すると動きを止めた。


ベシャッ


力尽きて地面に落ちた腕は、赤い豆腐を落としたように崩れ骨が露出した。


「ぎ〜、ぎ〜、ぎ〜」


悶え苦しんだ彼女を見て満足げなラフレシアン。


シューピチッピチピチッ


OLの身体はサイダーの泡が弾けるような音と共に、ヒビ割れが広がるように溶けてゆく。
まるで赤い液体が染みたカステラのようになり、骨ごとボ ロボ ロと崩れ落ちた。

そこまで見届けると、化け物と戦闘員は足早にその場を去った。


公園には若いOLの制服と、先輩OLの溶解しきらなかった肉と骨、布がグズグズになって残されていた。それはまるで人間を衣服ごと噛み砕いて、人型に吐き出した物のように見えた。

その日からあちらこちらでグズグズの死体が相次いで発見された。また若い女性が衣服だけを残して行方不明となる事件が続発した。この猟奇殺人と謎の失踪事件に社会は恐怖の渦に巻き込まれていった。