身体が熔ける

作:妖女溶解女様

 郊外の民家の中で、大きな赤い繭のようなドルゲ魔人マユゲルゲと血車党の怪人ジャワラが話していた。
2人の怪人の前に置いてあるジーンズはドルゲ魔人マユゲルゲが編んだ糸にジャワラの熱硫黄の成分を練りこんだ物だった。

「こんな手の込んだことをしなくても、俺様の作った服を着るか、お前の身体から出るその熱硫黄を浴びれば、人間などたちまちドロドロに熔け崩れてしまうだろうに。」
マユゲルゲは不満そうに言った。

「ドルゲとサタンが時空を超えて協力することになったのだ。折角2つの組織が手を握りあったのだから、人間を襲う能力も合体させないと意味がないというのがサタンたちの考えだろう。これを穿いた人間がどうなるかで、我々が協力する価値もわかる。」
ジャワラが言った。

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「やめて!離して。」

 23歳の田中佳子は、暴力団壱灘組組長壱灘泰造の殺人現場を目撃したため、犯行を行った遠海組の男たちに、友人の21歳の牧野玲子ともども拉致されてしまった。遠海組組員の男たちは2人が逃げられないように、佳子と玲子を裸にして衣服をすべて持ち去り、鍵がなければ中からは入り口の扉が開かないようにしたマンションの1室に2人を閉じ込めた。

「このままでは、私達、間違いなく殺されてしまうわ。」
ひそひそ声で牧野玲子が言った。

 田中佳子もそんな事は言われなくても分かっていたが、逃げ出したくとも2人とも裸で外に出たくはない。
まずは何か着ようと2人は部屋を物色した。しかし部屋は遠海組の表向きの商売の倉庫のようで、衣類はどこにもなかった。
それでも、2人が一生懸命探し続けると、押し入れの奥の段ボール箱の中に数枚の衣類が入っているのが見つかった。その中には紺のジャージの上下、それに緑のトレーナーと、4パッチポケットベルボトムジーンズが入っていた。

 小柄な牧野玲子は紺のジャージを手に取るとそれで素早く身を包んだ。
玲子は野猿とあだ名されるだけあって、決断も行動も早かった。佳子はそれとは対照的に何事につけゆったりとしていた。玲子が着る物を取ったあとにはトレーナーとジーパンが残った。
「えーっ、これ穿くの抵抗あるなぁ。でも、そのジャージは小さすぎて絶対着られなさそうだし。それに、急がないと、組員が帰って来たら大変だわ。」
小さな声で佳子は言った。

 佳子は意を決してトレーナーとジーパンを身につけ始めた。
トレーナーは佳子にはかなりゆったりめだったが、ジーパンは太腿が締まっていて佳子には少し小さすぎた。
しかし逃げるためには贅沢は言えなかった。
佳子は無理をしてフロントボタンを留め、ジッパーを上げた。そして、目の前の鏡に向かった佳子は、太腿がパンパンに張り厭らしく股から太腿が極限まで色褪せた自分のジーパン姿を見て、ちょっと息が詰まりそうになった。
玲子もそれを見て苦笑いしている。佳子は歩くたびに肌の上に直に穿いたジーパンに股が締め付けられ、蕩けてしまいそうな感覚に力を失って身体が崩れそうになっていた。

 突然、玄関の鍵がガチャガチャと音を立てた。
2人は一瞬顔を見合わせたが、身軽な玲子は素早く物陰に身を隠した。

(私も隠れなきゃ。)

 田中佳子は思ったが、無理やり穿いたジーパンはすぐには脱げそうになかったし、自分の股から太腿を締め付けるようなジーパンを穿いていては、俊敏な動きは出来なかった。
 
(しまった。このまま見つかれば殺される。)
佳子は焦ったが、その時扉が開いて女が入って来た。

 部屋にはいって来たのは黒いセーターに黒いパンツを穿いた組員の30歳の女、北川淳子だった。
淳子は2人の見張りを命じられて来たのだった。
淳子は佳子が服を着て立っているのに気づくと、目を見開いて佳子を睨んだ。
佳子は悲痛な顔をして、淳子から距離をとろうと後ずさりながら壁に貼り付いた。
 淳子は、手に刃渡りの長いナイフを持っていたが、それを構えながら、
「その服を、どこで見つけた。それに、もう一人の女はどこ。」と低い声で唸った。

「あっ、ああっ。」
佳子は喘ぎながら玄関の方に近づこうとしたが、今にも淳子に刺されのではないかという恐怖のあまり、実際にはジーパンの股を悶えるように蠢かすのが精一杯だった。
 佳子は、少し前から暑くてしようがなかった。
緊張と恐怖で全身から汗がひっきりなしに垂れているのだと思った。

(玲子、隙を見つけて逃げて。)

佳子は隠れている牧野玲子の方を見ないようにしながら、必死でそう祈っていた。
 
「あんた、逃げようとしたね。逃げようとしたら、殺していいって組長に言われてるんだ。これから、あんたの身体を人間の原型を留めないほど細切れに切り刻んでやるよ。それに、もう一人の女も見つけだしてぐちゃぐちゃにしてやる。」
ナイフを手にして残忍な笑みを浮かべる淳子の顔には、狂気が宿っていた。

(もうだめた。切り刻まれて殺される。それにしても、あ、暑い。だめ、もう、こ、殺される。)
佳子は息詰まって声も立てられず、そして絶望した。
 
淳子がナイフを左右に振りながら少しずつ近づいて来た。
佳子はこれから訪れる、ナイフが自分を貫く刺される痛みに備えて身体を固くし、目を閉じた。
一方、隠れていた玲子は、佳子を助けるために淳子に飛びかかろうと身構えた。
ところが…。

「えっ。あんた、なに。と、とっ、溶ける…。」

狼狽した淳子の声に佳子が目をあけると、恐怖にひきつった顔で淳子があとずさっていた。
(何が起こったの?あ、暑い。暑くて死にそう。た、助けて。あ、暑い。身体が、暑くて、と、とけてしまいそう…。)
佳子は思った。

「あーっ。」
佳子は絶叫した。
身を熔かしそうな暑さの苦痛のあまり、佳子は股から上半身をクネクネとくねらせ、激しく身悶えした。
次の瞬間、煮えたぎったカレーがふつふつと泡を弾かせているようなグチュグチュした音が、佳子の全身から聞こえてきた。
佳子は、壁にもたれたまま意識を失った。
 
 玲子は、自分の前で起こる信じられないような光景を目にして、危うく声をあげそうになった。フライパンの上のバターのように、佳子の身体は表面から液化してトロトロに流れ、全身がグチュグチュと縮み始めた。
全身から激しく湯気がたち、佳子の身体は沸き立って熔け、ゼラチン状のねっとりとした粘液になって流れ落ちて来ていた。
熔けた佳子の身体に触れた壁の表面や側にあった分厚い金属性の棚も、たちまち赤い光を発してドロドロに熔けていった。
物凄い熱が発せられていることは明らかだった。
 
「うわーっ。」

淳子が叫んだ。
佳子の身体は、すでに全身がオレンジ色のドロドロのゼラチン様の粘液になり、北川淳子の目の前で跡形もなく完全に熔け崩れて流れ落ちていた。
佳子の身体の全てが骨も残さずに跡形もなく熔け、床の上にデロリと流れて拡がってしまうのに、1分とかからなかった。

(佳子が熔けちゃった。佳子…。)
玲子は殆ど気を失いそうになっていた。

「女がドロドロにと、と、溶けた。あ、跡形もなく溶けてしまったよぅ。」
淳子は携帯電話で組長に報告した。
淳子も熔けた佳子の身体から発せられる熱のせいで汗をかき始めていた。
   
「何言ってんだ。おいっ。しっかり説明しろ!」
 電話の向こうで怒鳴る組長に答えようとした時、淳子は、玲子の姿を見つけた。玲子はドロドロと熔けていく佳子の身体を見て、口を開けたまま固まったように立ち尽くしていた。
 
「おまえ、どこに…。」
淳子は言いかけたが、目の前には、そんな事は問題にならない、もっと恐ろしい事が始まっていた。
淳子の目の前で、今度は、熔け尽くした佳子の身体が滑らかに盛り上がり、ドロドロのゼラチン状の粘液のまま、崩れてはいたが人間のような形になった。
頭は眼も鼻も口もないドロドロに熔け崩れた粘液の塊で、手は手の形になりかけて熔け落ちては更に再び形を作ることを繰り返し、常にオレンジ色の熱い粘液をドロドロと垂れ落としながらグネグネと蠢いていた。
粘液で出来たドロドロの人間は、一歩踏み出す毎に全身が崩れて流れ落ち、熔け崩れて拡がって流れてはまた人間の形になることを繰り返した。
身体が熔け崩れて流れ落ちるたびにクチュクチュという厭らしい音が鳴り響いた。

「いやぁーっ。」

淳子は、恐怖に駆られて自分に向かって流れてくる熔けた田中佳子のドロドロの溶岩のような身体に携帯電話を投げ付けた。
次の瞬間、一瞬青白い炎をあげて携帯電話は熔けて消えた。
淳子は目を見開き、呆然とした様子で玄関の扉に立ちつくした。

「やめて。こっちに来ないで。私が悪かったわ。お願い。助けて。」

 淳子は、叫んだが、オレンジ色の粘液状の人間は更に熔け崩れて流れながら少しずつ近づいて来た。
(あれに触れたら、いや、あれが近くにきたら、灼熱で私の身体なんて一瞬で跡形もなくドロドロに熔けてしまいそう。逃げなきゃ。か、身体が熔かされる前に逃げなきゃ。

「あっ。」

突然、玲子の小さな声が聞こえた。
玲子は親友の身体が目の前でグチュグチュに熔けてしまったのを見てからずっと衝撃のあまり身動き出来なくなっていた。
それに、淳子を追い詰めていく熔け崩れた佳子の身体を見て、
「佳子はきっと私を助けてくれるんだ。」と固く信じきっていた。
そのため、熔けた佳子の身体が一筋、自分の方に流れて来ていることに今の今まで気付かなかったのだ。
 
玲子の前の床にあった灰皿が熔けた佳子の身体に触れ、たちまち赤く光って熔け崩れてしまった。
「そ、そんな…。佳子。お願い。熔かさないで。助けて。あっ。暑い。あぁっ…。」
ぐっしょりと汗をかいて玲子は後ずさったが、足元の段差につまづいてバランスを失い前のめりに倒れてしまった。
たちまち、もうもうと煙りが立ち、声を上げる間もなく、グチュグチュと音をたてて玲子の身体は縮んでいった。
そして製鉄所の熔鉄のような色を発しながら、玲子の身体はドロドロに熔け崩れて蒸発していった。
数秒後、床には人間の形をしたオレンジ色のゼラチン状の粘液がこびりついていた。
 
「うっわーっ。
玲子が骨も残さず跡形もなく熔けたのを見て、一瞬意識がなくなりかけていた淳子は、我にかえった。淳子は佳子の熔けた身体が自分の所に流れ着く前に、間一髪で玄関のドアを開けて、外に出た。そして勢いよく扉を閉めた。

「あぁ、助かった。」
淳子は汗びっしょりになり、喘ぎながら言った。
早く鍵を閉めて、あの化け物を閉じ込めなければと、パンツのポケットから鍵を取り出し鍵穴に右手を伸ばした。
次の瞬間、玄関の扉が赤い光を放って熔け落ちて大きな穴が開き、あっと思う魔もなく淳子は自分の右手が熔けて、音もなくドロドロに一瞬で流れ落ちるのを見た。鍵は床に落ちる前に熔けて蒸発した。
淳子は痛みを感じる間も無かった。火がついたビニールが、みるみる縮みながらドロドロと熔けて無くなっていくように、淳子の身体は高熱で熔けて崩れていった。炎は出なかったが、淳子の身体はクチュクチュと縮みながら熔けて湯気をたてて跡形もなく熔解していった。最後は左手が残ったが、熔け崩れた上半身と一緒に床に落ち、間もなくドロドロに熔けつくした。北川淳子が熔けて、床に直径20cm程度のオレンジ色のゼラチン状の溶け滓になるまでにわずか10秒程度しかかからなかった。

 佳子は、扉の向こうで徐々に緑のトレーナーと、色褪せたジーンズをはいた姿に戻っていった。佳子は自分がたった今ドロドロの粘液状の怪人「灼熱熔解人間」になって、その熔けた身体から発する高熱で牧野玲子と北川淳子を跡形もなく熔かしてしまったことは知らなかった。

 
「何がおこったの。玲子は?」
佳子は足元にあるオレンジ色のゼラチン状の粘液になった牧野玲子の身体を踏みながら呟いた。
周りに起こったことの意味も分からず、佳子は辺りを見回しながら大きな穴の開いた扉から部屋の外に出たが、その時自分の前にあるゼラチン状のオレンジ色の粘液に目が止まったものの、それが無残な淳子のなれの果ての姿であることも知らなかった。
 
実は、マユゲルゲとジャワラが作ったジーンズを穿いた人間は、2人が予想したようにその身体が激しくドロドロに熔解してしまうだけでなく、周囲のものを灼熱で溶かし尽くす「灼熱熔解人間」となってしまうのだった。
2つの組織の力が合わさるとサタンの想像すら超越した能力を持つ怪人が誕生するようだった。
佳子は怒りや恐怖で感情が昂ぶるとグチュグチュに熔解して灼熱熔解人間になり、灼熱熔解人間に変化したら最後、佳子の熔けた身体には誰も触れることすらできなかった。
熔けた佳子の身体から1m以内に入った人間は、高熱で一瞬のうちにドロドロに骨も残さず熔けて、ゼラチン様のオレンジ色の熔解物になってしまうのだ。
   
 4日後、通報で遠海組の事務所にかけつけた警察官たちは、焼け焦げた事務所の中に人間の形をしたゼラチン状のネトネトした残渣がいくつも貼り付いているのを見つけた。
佳子が「灼熱熔解人間」であることを知らずに拉致し、拷問の恐怖から灼熱熔解人間に変身した佳子に灼熱で跡形もなく熔かされた男女の組員たちの哀れな姿であった。
しかしその中には熔けた崩れた佳子の身体もあった。普通の人間の佳子の身体は2度の変身には耐えられなかった。組員を一人残さずドロドロに熔かしたあと、自分の発する灼熱に焼かれて佳子の身体の細胞は全てグチュグチュに熔け、熔けたロッカーの壁に焼き付けられていたのだった。


(おわり)