<11月のあそび会のようす>



活動内容  (AM)そりすべり (PM)散歩



ようす

本来は学園祭に行く予定だったが,
先月・先々月と浮き彫りになってきた課題と向き合うために,
よりシンプルな活動であるそりすべりに活動内容を変更。
利用者も会員もしばらくなかったくらいに参加者が多く,
それによる混乱も多少見られた。
午後は,ここ数回続けて行っていたのとは違う公園に久しぶりに
足を向けてみることにした。
紅葉をながめ,落ち葉を踏みしめながらの散歩をした。

こういうことかな?(反省・課題)

浮かび上がってきた課題とは,
「一人ひとりの会員が逃げずに利用者と向かい合う」ということです。
実はこれ,何を今さらというくらい
当たり前のことだったはずなんです。
利用者の前に立つための前提条件といってもいいくらいに。

そういう私だって,「逃げ出してしまいたい」とか
「どうして私の前ではちゃんと動いてくれないの?」とかいう
気持ちを抱えながらやっています。
そういう気持ちとたたかいながらも,
逃げないようにふみとどまりたいと思っています。

でも,その前提条件を共通の意識としてもててきたかというと,
?マークが点灯してしまうということが,今ごろ分かったんです...。
「私は向き合えています」と言い切ってしまえることのこわさ。
ほんとにそうならいいのですが,
逃げてしまいたいという自分の弱さにふたをして
よろいをまとうことになってしまうとしたら,
それはこわいと私は思います。
気持ちにふたをしてしまうと,
自分の意識の中の盲点がひろがってしまうのかもしれません。
けれど,その盲点があるうちは利用者には声が届かない。

そういう下地があったので,
今月は一人ひとりの会員が利用者と向き合おうとしているときには,
かわりにすぐに対応してしまうのではなく,見守ることを意識して過ごしました。
会員によって声のかけ方は少しずつ違うし,それで返ってくる利用者の反応も違う。
声が届くのはどういうときで,届かないのはどういうときなのか,
ということは肌で感じてはじめて心から納得できます。
自分でそれを見極めていくことと,他の会員と共有していくこと,
どちらも同じように必要だということ,再認識しました。
今まで,自分のことだけに意識が行き過ぎていたのかもしれません。


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