「仕事とぼらんてぃあ」
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仕事としてきつつきに関わっている職員のみなさんがいます。
ぼらんてぃあとしてきつつきに関わっている私たちがいます。
そのスタンスのちがいを今までも漠然と感じていました。
そんなときに,こんな疑問を投げかけられました。
「仕事」と「ぼらんてぃあ」のちがいってなんだろう?
私なりに考えてみました。
うーん,まず,報酬があるかないかっていうちがいは目に見えますよね。
でも,最近では有償ボランティアっていう言葉も,ちまたにはあります。
すると,その説明は本質をついてはいないことになります。
私は,こういうことかなと思いました。
「やらなければならない」と「やることができる(やらないこともできる)」のちがい。
仕事には,最低限やらなければならないというラインが存在します。
だから,それに達するように努力し,
さらに向上していくことが求められます。
それが,仕事をしていくということの責任なんじゃないかなと思います。
一方,ぼらんてぃあには最低限は決められてはいません。
自主性にまかされているので,
基本的には強制されることはありません。
責任という言葉もどこか遠く感じている部分が正直あります。
できる範囲でやればいいんだから,ともよく言います。
行けるときに行くとかいうことならば,私もその通りだと思います。
でも………
少なくとも,対象とする人が目の前にいる場合には,
まず,相手のことを考えるべきだと思います。
ぼらんてぃあが関わることによって,
利用者やその周囲の人たちに
不快な思いをさせるわけにはいかないからです。
そういうことを考えると,たとえぼらんてぃあであろうと,
最低限のラインは必要なんじゃないかと思います。
じゃないと,相手に失礼なんじゃないかな?
そこで,矛盾。
きつつきのことについては,がんばろうという気持ちを支えいけています。
でも,もう一つ続けてきた手話の方で…
「手話通訳者」という肩書きに押しつぶされそうになってきています。
ほんとうにそう名乗るだけの活動をできているのか,
半端にやっていてはろう者に対して失礼ではないか,
がんばっていこうという気持ちを維持し続けられるのか,
見えなくなってきています。
こんな状態,良いわけはないのですけれど...。
今,私が手話に関して思っているようなこと,
思っている人,他にもいるんじゃないかな?
どこかで聞いたような話のような気がしてきました...。
みなさんはどう思っていますか?
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