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99年度美祢国際大理石シンポジウム パネルディスカッション
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パネラー:吉村作治(早稲田田大学教授)
勝野靖弘(ランドクケープデザイナー)
久保修(切り絵作家 美祢市出身)
後藤秀樹(彫刻家 美祢市在住)
コーディネーター:平山真紀子(フリーパーソナリティー)
平山:それでは、きょうのテーマなんですが、「世界に発信するために」ということなんですね。一緒に考えていきたいと思います。それでは、早速、パネリストの方々をご紹介させていただきます。まずは、先ほど基調講演を行っていただきました早稲田大学教授吉村作治先生です。よろしくお願いいたします。
吉村:よろしくお願いします。
平山:続きまして、現在、福岡で勝野風景デザイン室を開設されており、先月の24日に美祢国際大理石シンポジウム´99の一環として開催しました「美祢の大理石をもっと知ろうツアー」及び「大理石とまちづくり」というテーマの座談会にもご参加いただきましたランドスケープデザイナーの勝野靖弘さんです。よろしくお願いします。ランドスケープデザイナー、ちょっと難しい肩書なんですが、まちづくりのプロ、そういった感じでよろしいですね。 続きまして、美祢市ご出身の切り絵作家で1990年には、皆様よく御存じだと思いますが、美祢市立病院ロビーの壁に切り絵「美祢の四季」を制作されました。また、この夏には郵政省ふるさと切手「隅田川花火」で東京都のデザインも手がけられました久保修さんです。よろしくお願いいたします。 続きまして、美祢市在住の彫刻家で1996年の伊佐中学校モニュメント、1997年、98年のMINEサーキットでのトロフィーのデザインなどさまざまな制作活動のほか、シンポジウムやワークショップにも意欲的にご参加され、この美祢国際大理石シンポジウムにも初年度からご参加いただいております後藤秀樹さんです。よろしくお願いいたします。 そして、コーディネーター役を務めさせていただきます私、平山真紀子と申します。一般市民の目というか、女性の立場の目で、私だけがそういった意味では全然プロではないんですね。こちらは本当に色々な意味でのプロなんですけれども、そういった一般市民の目で少しお話もさせていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 それでは、今年の3月にやはりこういった大理石を考えるシンポジウム、まちづくりのシンポジウムが行われたわけなんですけれども、その時、私のお隣にいらっしゃるランドスケープデザイナーの勝野さんもご一緒にシンポジウムに参加していただきました。その時、木村先生と一緒にいろいろお話をしたわけなんですけれども、実際にその時にも来られてた方もいらっしゃるかとも思いますけれども、その時のお話の流れなども少しお話していただけたらと思います。
勝野:大理石シンポジウムというのが1996年から始まっているそうですけれども、1996年と1998年の2回、実際に来福台の方で彫刻の制作が行われまして、現在、11体の彫刻が設置されています。私は、今年3月30日に開催された美祢 国際大理石シンポジウムに、パネラーとして参加させてもらいましたけれども、単に彫刻設置イベントということだけでなく、美祢のまちをこれからどうしていこうかと考えていく中で、今後お手伝いをさせていただきたいと思っております。3月のシンポジウムでは、昨年の秋に美祢市の有志の方々がイタリアまで視察に行かれ、その結果をビデオで報告してくださったり、また現在、「山口きらら博」のプロデューサーをされておられます木村尚三郎先生が、大変楽しく興味深い話をされました。先生の提案の中で、根底に流れておりましたのは、これからは物を作り、物を得ることで幸せになるのではなくて、旅行やスポーツや文化活動あるいはボランティア活動とか、そういったことに参加して、自分の体で体験することで幸せを感じる時代になってきているということでしたが、そういったことが前提で、地元の素材を使ったおいしい食べ物とお酒と笑顔のあるまちを目指してくださいというようなことをおっしゃっておられました。具体的には彫刻を楽しめ、 地元のおいしい物が食べられるレストランを作ってくださいとか、市民の笑顔をレリーフした記念塔をボランティアの皆さんの力で少しづつ作ってはどうかとか、そして、ワインの湧き出る大理石の泉をぜひ作ってくださいというようなことを、提案されまして、またそういうことを実現するための技術者を養成する学校というのをぜひ作ってくださいというようなことを提案されました。シンポジウムに関わられた人達は、それこそ手弁当でイタリアまで視察に行かれたわけですけれども、それほどの情熱をもって、興味をもっておられるわけです。今後シンポジウムに関わっている人達だけでなくて、一般の市民の方にも彫刻や大理石に興味を持っていただきたいということで、10月24日に「美祢の大理石をもっと知ろうツアー」というものを企画されまして、私も参加させてもらいました。ここからちょっと西の方の伊佐の町並みには、壁や建物の基礎に大理石が使ってあったりとか、市内の色々なところに大理石のお地蔵様やあるいは菅原神社には狛犬とか、鳥居とか、そういったものにも大理石が使われています。地元の方でもなかなか大理石が使われているということは意識されていないようですけれども、こういうのを見ますと、大理石というのはこの美祢では古くから生活に密着した素材として使われてきたんだということが非常によくわかります。その後、20名ほどで座談会を開きましたが、その中で出てきた意見というのは、大理石という素材が古くから美祢の生活に密着しているということをもっと皆さんに知ってもらいたいということと、彫刻をもっと身近に、庭に置いたりできないだろうか、あるいは、せっかく彫刻を置くのであれば、もっと車で来られる観光客にも見えるところに置いてほしいとか、あるいは公民館単位で彫刻を置いて、もっと身近な存在として親しんでいきたいというような意見が出ておりました。これまで設置された彫刻も含めて、市民でもっと大切にしてもらいたいという意見や、これからは市外はもとより市民の方にももっとアピールが必要だというような意見が多く出ていたようです。 座談会などで感じたのは、皆さん、大理石シンポジウムをきっかけに彫刻や石を使った建築物などに大変関心を持ち始めているということです。とにかく彫刻というと分かりにくいというようなイメージがありますけれども、やはり美祢では身近にあるということ、しかも彫刻家の方を呼んで、ここで制作してもらうということで、作家の顔ですとか、制作風景が見られるということです。ほかの都市で彫刻を使ったまちづくりなんていうのは、よくされていますが、ただ彫刻を買って来て置いただけというようなやり方とは違った、大変有意義な取り組みだということを改めて感じるわけです。また、今後とも市内の石文化を見て回って、みんなで少し議論するというツアーは、定期的に続けて、参考にしながら、まちを考えるというようなちょっと地味ではありますけれども、より多くの人が関心を持てるようなイベントを続けていってもらいたいなと考えております。 以上で、これまでの経緯等、ちょっと私の感想を述べさせてもらいますけれども、これから世界に発信していくためにということで、吉村先生を初め二人の彫刻家の先生方にいろいろご意見を伺っていきたいと思っております。
平山:3月のお話のときに、木村先生がやはりもっと地元に密着した彫刻、大理石をもっともっとたくさんほしいなとおっしゃっていましたよね。イタリアの彫刻家の作品を置くのもいいけれども、もっと地元に密着した、印象的だったのは、笑顔を何かモチーフにした大理石、大理石の像を作ったらどうでしょうかというのもあったんですけれども、その後何カ月かたっていますけれども、美祢では何か進んだ動きはあったのでしょうか。勝野さん。
勝野:その後、具体的な作品というのは作られていないと思うんですけれども、先日行きました「大理石をもっと知ろうツアー」に、多数参加していただきました。参加者の皆さんは、だんだん彫刻に興味を持ち始めて、もっと彫刻をこうしたらいいのではないか、ああしたらいいのではないかという意見がたくさんでました。彫刻に関しては素人かも知れませんけれども、やはり身近に接しているということで、具体的な意見を出せるようになってきて、少し進歩しているのではないかと思い ます。
平山:そうですね。大理石がだんだんと市民の皆さんにも浸透してきたのではないかという気もするわけですが、続いては、地元の作家の立場からちょっと後藤さんにお話を聞きたいと思いますが、今日、市長のお話の中にこの事業は実は平成6年から始まっているということです。地元の作家の後藤さんと市の若手職員、それから青年会議所のメンバーで、この大理石で何とかまちづくりをしていけないだろうかという思いがメラメラと沸いてきて、それで、この大理石シンポジウムに進んでるということだったんですけれども、地元の作家として、最初からこの企画に参加されていらっしゃる一人として、この大理石、これからどんなふうになればいいか、いろいろ考えていらっしゃいますか。
後藤:当初から関わっていまして、既に4年、来年で補助事業としては、最後なんですけれど、一応5年間関わる者としまして、もう地元では、大理石はあまりにも近過ぎて、地元に一杯あり過ぎて、かえってあまり知られてなかった面がありましたが、 だんだん少し知られてきたかなという感じはしてきています。
平山:大理石でこのようなまちづくりをしていこうと思った何か大きなきっかけはあったのですか。
後藤:僕はずっと彫刻をやっていますけれども、素材的に大理石というのはすごい昔から好きだったんです。それで、ずっと石をやっていく上で、大理石を選んでしまったんですけれど、石の彫刻をやってる方たちはほとんど「みかげ」が多いんですけれども、大理石彫刻というのは余り日本では一般的ではない面があります。石彫をやる上で、僕は山口出身なんですけれど、美祢で大理石が採れるということを聞きまして、日本であまり一般的に採れる素材ではないので、山まで行きましたらすごい大きな石が採れるのを見て、ここはすごいなと、ここは日本でもやはり大理石の中心ではないかということで、美祢に来まして、彫り出したんですけど。
平山:このすばらしい大理石が採れる美祢は、この大理石でもっと盛り上がっていけるのではないかと考えられたわけですね。大理石とみかげ石とでは彫った感じはどうなんでしょうか。彫ったこともないので、よくわからないんですけれど、大理石というのはどんな感じですか。
後藤:さっきも吉村先生の話にもありましたが、大理石は堆積岩で、昔の化石とか、そういうものがずっと堆積しまして、何万年、何億年と堆積したものが大理石なんです。だから、生命の固まりみたいなものなんです。そのような生命感といいますか、エネルギー、そういうものを彫っている時に感じるものなんですね。
平山:なるほどね。大理石というのは白い石にしか見えませんでしたけれど、そういったエネルギーというか、生命力を感じる石だったんですね。今度は実際に触ってみたいな。この加工されたものではなく、そのまま原石みたいなものを触ると、そういう生命力を感じるのかもしれないですね。 続いては、久保さんにちょっとお話を聞きたいと思いますが、久保さんは美祢出身でいらっしゃって、高校卒業までこの美祢市に住まれ、育たれたのですね。ただ、もう今は美祢からは離れられて、多分客観的に美祢市を見ることもできるのではないかと思いますが、離れてみて分かる美祢市の良さ、または課題、そういうものがありましたら教えてもらえますか。
久保:別に美祢市出身だからというわけではないのですが、美祢市はやはり帰って来ると、小さな山合いのところにたくさんの村だとか、人の住んでいるところとか、そこに流れる川とか、色々なものがあるのですね。今年は特に帰って来て思ったことは、関西の方も東京の方も温度差の関係できれいな紅葉を見ていなかったんですよ。こっちに帰って来たら、イチョウの木が真っ黄色になっていたり、赤く紅葉した山々を見まして、やはり本当にこの美祢というのは、そういう大自然の中にあって、その中で僕は育ってきて、今物を創るという仕事をしていて本当によかったと思います。良さとか何とかということの前に、この大理石のシンポジウムが1996年に始まったと、実は今日の朝聞きました。当初からご苦労されている石田さんと僕は、小学校の同窓生ですが、11体の大理石の作品を朝、見て歩きました。実は物づくりをしている人は、結構勝手で、自分のふるさとで、後藤さんのようなすばらしい人がいらっしゃることは聞いていましたが、今日初めて会いました。今回、シンポジウムにパネラーで来てくださいと言われて、たまたま美祢市の出身で、そういえば、シンポジウムをいろいろやっていたな、美祢駅前にも作品があったな、来福台にもあったなという感じでしたが、自分自身が今日にわかに色々なものを見て、色々な話を聞いてると、すごいことを今美祢はやっているんだなと感じました。多分、今日来られてる方も美祢市で暮らしていると、美祢市に限らず、自分の住んでる土地で暮らしていると、自分のところに大理石があるといっても、父親が何かの記念品で大理石の花瓶をもらってきても、大理石だと思うだけです。今回聞いてると、真っ白い大理石が美祢で採れること、このあたりで採れるということが、いろいろとわかってきたんですね。それに目をつけた後藤さんがいらっしゃって、それで彫刻ということになってきて、今日、色々回ってみたら、もう海外からも色々な作家を招待されて、美祢というのは、今すごいことが行われているのに、これがまだまだ知られてないようです。むしろ海外に発信とかという前に、国内にももっともっと発信していただいて、色々なところへもっともっとアピールしてもらいたいと感じました。
平山:名称は美祢国際大理石シンポジウムと言って大きいですが、久保さんのおっしゃるように、まず、本当に市民の意識というものをもっともっと高めて、広がっていくといいなと思いますね。美祢のいいところを、今度は外から見て、ちょっと課題点、美祢もうちょっとここを頑張ればいいのにななんて思うところはございませんか。
久保:それはさっき控室でちょっとしゃべったような。
平山:控室のお話をじゃあ、ちょっとこちらにも。
久保:結構美祢の人ってまじめなんですよね、ぼくも含めて。
平山:まじめ。
久保:ちょっと同級生が笑ってますけれども。でも、結構みんな勉強家で、山口の人ってそういうものかもしれないですけれど、決められたこととか、融通がきかないところが時々あるような気がするんですね。これ田舎特有のせいもあるのかもしれないですが、もう少し柔らかく物事を考えて、色々な物を取り入れて、人の意見はもちろん聞いていらっしゃるとは思いますが、もっともっとラフな感じで、ゆっくりした感じで、せっかくこんないい自然環境の中で暮らしているわけですから、自分たちの生活の中にもっと外からの人の声もどんどん取り入れていくことが大事だと思います。何かこういうシンポジウムをもっともっと開いて、大理石というものに限らず、色々なもの、生活の中、あるいは自分たちの子供さんたちとの間の中にでも、自然な形で優しくいっぱい聞き入れていったらどうかなと思いますが。
平山:なるほど。本当に新しいチャレンジをするときには勇気もいるかもしれないし、失敗もつきものかもしれないですけれども、やはり一歩、初めの一歩というのがもう少し私たちに足りないかもしれないですね。
久保:もっと理解をしてもらってもいいかなっていう気はしますけど。
平山:何かちょっと痛いところをつかれたような気もしますけれども。 それでは今度は吉村先生からお話を聞いていきたいと思うんですが、ピラミッド、まあ石ですよね。大理石とはちょっと違うのかもしれませんけれども、石を使ったまちづくりということに関しては、エジプトとも深いかかわりがあるんじゃないかなと思うんですが、大理石を使って、これから美祢はどんなふうに行ったらいいかなと思うんですが。
吉村:そうですね。古代エジプトでは、石づくりの家とか町というのは、人間の町ではないですね。人間の町は泥で作るんです。なぜかというと、科学的に言いますと、石は非常に熱伝導が高い。ですから、暑いあのような国では、石の家に住みますと、暑くて住んでいられないわけですね。ですから、まちづくりというのは、道路も含めて一切石を使わず、泥で作ります。
平山:そうなんですか。
吉村:これが生活の知恵なんですね。エジプトで発掘をしている時、私たちが住んでいる宿舎、研究所というのも泥づくり、日乾し煉瓦づくりです。そのかわり石は何に使うかというと、神殿、神様の家です。神様というのは永遠なんですね。この世の中で永遠なものというのは、石なんです。なぜ永遠かというと、地球が石だからですね。ですから、地球というのは真ん中が燃えたぎってますけど、その回りを石で囲まれているわけで、カバーされています。野球のボールみたいにですね。ですから、地球は石なんです。大理石も石灰岩です。堆積岩で熱変移を受けると大理石になるわけですけれども、エジプトは残念ながら、大理石というのはほとんど装飾用にしか使われないで、熱変移を受けていない石灰岩というものを使って、ピラミッドも造っているし、神殿も造っています。ということは、どういうことかというと、石に対して神聖さを求めているというか、神聖であり、永遠であるという、神的な存在なんですね。ですから、敬う、奉るということで、王様でも神様でも何でも彫刻は全部石で作っています。金属というのは、ほとんどが崩壊するとだめになってしまい、消滅します。ところが石は消滅しません。やはり石というものをもう一度、我々も考え直した方がいいと思います。我々というか、日本人は木の文化ですから、石というものに対して余り敬意を表していません。その部分で石の広まりが悪いです。ところが、ギリシャとかローマになりますと、石が身近になります。道路も石で造るし、家も石で造るし、競技場も石で造ります。なぜそうなるかというと、ギリシャにしてもローマにしても、人間と神様が一体化するわけです。エジプトの場合には人間がこの世に住んで、神様はあの世に住み、あの世に住んで永遠だから、この世で石で家を造ったり、神様の彫刻を作ると明確になります。生と俗というのがわかるのです。俗は滅びるものだと考える、死ぬのだと。だから、泥で作るのです。しかも、それが科学的です。泥というのは、熱伝導率が低いからかんかん照りになっても、その中に泥の中に熱を持っていて、それで夜になって涼しくなると、それを吐き出すわけですね。そうすると、暖房が要らないわけです。そういう自然の原理にも沿って、なおかつ理念もあっています。ところが、ギリシャに行きますと、かんかん照りというのはあまりないから、もちろん夏場は少し暑いですけれど、今度は神様と人間というのはこの世に両方ともいます。ギリシャの場合に、神様はオリンポスの山の近くにいて、都合でいろいろな町に出てくるわけですね。町には人間が住んでいます。この町というのは、都市国家ですから、エジプトは全部が国家ですけれども、ギリシャの場合は町が国家なんですね。ギリシャでは、同じ空間に人間と神様が住んでいますから、家も石で造ります。これはまた科学的なんですね。どう科学的かというと、アテネにしても、ローマにしても、雨が降るわけです。泥で造ると溶けちゃうわけですね。石で造らざるを得ないわけですよ。この環境は、理屈は今我々が言いますけれども、当時の人はそんな理屈ではなくて、きちんとその環境にあった生活様式を取りながら、そこにちゃんと哲学を含めていたということなんです。それで、この土地に合わせて考えると、おそらくおもしろいストーリーができるのではないかなというのが一 つあります。 それから、人類の器というものを考えると、考古学というのは生活雑器の学問ですから、土器よりも石で作った石器製容器の方が古いんですね。作り方は土器の方が簡単なんですよ。泥をこねてやり、乾かせばできますよね。しかし、一番最初に器を必要としたのは神様に対して、何かを捧げるということなんですね。ですから、やはり先ほどおっしゃられたように、後藤先生ですか、石というものには生命力が、この生命力、秘められた生命力みたいなものを打ち出す、表に出していくということをすると、大分違ってきてると思うんですよ。どうも我々は素材としか考えていません。そこに持っているパワーみたいなものを、もう少し分析していくとおもしろいと思うんですね。 例えば、私、アフリカをよく回っていますが、今年ちょうどジンバブエという国へ行ったんですね。ジンバブエというのは、「石の家」という、国の名前が「石の家」という国なんです。石の遺跡がありまして、神殿から王宮から全部石造りです。なぜそういうことになるかというと、大理石も花崗岩もいっぱい採れます。道路でもどこでもみんな、みんながほとんど芸術家なんですね。芸術家というのは日本の言い方で、ぼくはすごく芸術家をばかにしていると思っています。技術家なんですよ。技術なんですね、石を採ったりするのは。その中で自分の感性というものを入れ込むわけでしょう。その感性を入れ込んで、でき上がったものが芸術なんです。その人が創る、創らないは別にして、その何か名前だけで芸術家というけれど、ジンバブエへ行ってみますと、町中の人みんなが芸術、僕も日本的に言うと芸術家なんです。でも本人たちは普通の人なんですね。先程もみんなを巻き込んでやっていこうという催しなんでしょうけれども、この催しもこの意識を高めるためにはいいんだけれども、みんながもっと石を使って何かやるという、そういう遊び心みたいなものが出てこないと、幾ら一部の人が世界に向かってとか、キャンペーンしてみたいって言っても、結局、底冷えしますよね。だから、僕は今日初めてこの町に来ましたから、この町がどういう町なのか、まだ町を歩いてないから、僕はジンバブエの方をよほどよく知ってます。町中歩きましたからね、国中歩いてますから。だから、そうすることによって、必然的に世界が向いていくんじゃないかと、世界に発信するんじゃなくて、世界から取り上げられるような、この町全体のポテンシャリティーを上げていくということがすごく大事だと僕は思いますけどね。石というのは、ともかく霊的であり、永遠性があり、神聖なんだという、その究極のものが大理石なんですよ。さっきもおっしゃったように、化石から、動物からとにかく地球の歴史を含んでいるのです、石灰岩というのは。それがもう一度、地球の熱でもって変容して、すばらしいものができたんでしょう。これを使って何かするというのは、これはすごくおもしろいと思いますけどね。
平山:究極の大理石がこの美祢ではこんなにたくさん採れるのに、まだちょっと考え方というか、考え直した方がいいかなと思うところでもあるんですけれども、確かに世界に発信するというよりももっともっと皆さんの中に大理石というものが入り込んでくるといいなと思うんですけれども。勝野さん、今色々なお話を先生から聞きながら、どうでしょう。「世界に発信するために」という、今日は一応テーマなんですけれども、別にテーマは変わっても構わないと思うんですよ。どう思われました。
勝野:まず、皆さんの石に対する情熱みたいなものを聞いていますと、だんだん大理石にほおずりしたいような気分になってくるんですけれども、何かよく日本人は木の温もりというようなことを言いますけれども、もっと余り一般にはなじみがないかも しれないけれど、もっと石にも温もりがあるんじゃないかなということを、何か感じますね。木の温もりを感じるのは、日本人です。木の家が多くて、それを身近にしているから、よく感じるんでしょうけれども。今後、石をもっと身近に扱える機会が増えてくると、もっともっとその石のよさが皆さんに伝わっていくのではないかと思います。それで、一応、今日「世界に発信するために」ということで、テーマを決められているんで、何となくそういう方向で進んでいこうかなと思ってるんですけれども。
平山:はい。
勝野:ちょっと考えて、今世界に発信するためにという方法は幾らでもあるわけですよね。それこそインターネットであれば、グローバルにすぐ発信できるわけですし、ほかにも情報網が一杯あるわけですから、手段には全然問題ないと思うんです。問 題なのは、やはり何を発信するかということであって、今吉村先生が言われたように、何かを発信していこうというよりももっと向こうから来てくれるというようなそういうものを目指していくのがいいのかなと考えております。 一応、まちづくりということのベースで話をさせていただきますと、まちづくりは人づくりであるというようなことをよく言われるんですけれども、よそのまちづくりの事例を見ますと、古い建物とか町並みを有効利用しましたとか、里山棚田とかみんなで作りました、ここのように彫刻を設置しましたというに、何か物を作ることが目的と思われることもちょっとあるんじゃないかと思いますけれども、結局はそういうことをやるために、市民の人たちが楽しく一生懸命取り組んでいるというような、そういう経験そのものがまちづくりではないかと思ってます。 そういう意味で、世界に発信するものというのは、物ではなくて、美祢、こんな楽しいことやってますよという楽しい経験、あるいは幸せな生活物、イメージというか、そういうものを発信できないかなと思っています。今後、大理石を使って、色々町を考えていく上で、美祢から、何かを発祥できないでしょうか。吉村先生が言われたように、ジンバブエということで、石の町、例えば、本当に美祢は大理石の町だよというのを市民のみんなが思っているというようなことになっていけば、本当に最高ではないでしょうか。
平山:勝野さんはランドスケープデザイナーということで、風景を設計する、自然景観を考えつつ、新しいものを置いて、町全体を設計していくというお仕事をされてるわけなんですけれども、この白い大理石をどういうふうにこの美祢市に置いたら、 この風景の中に置いたらいいか、本当に具体的にじゃなくてもいいんですけれども、思われますか。
勝野:この間、座談会を開催した時に、出席してくださった皆さんに、あなたは美祢のどういうところが好きですかと質問したんですが、多くの方々は自然がきれいなところが好きだ、あるいは田舎、田舎くさいというか何か悪い言い方のようですけれ ども、田舎だからいいというようなそういう意見を持っている方が多かったようです。白い大理石というのは素材として非常に何か魅力的で、紅葉の赤にも映えますし、新緑の緑にも映えます。座談会の中で美祢は空が青くてきれいでいいということを言っていらっしゃいましたけれども、そういう青い空にも非常によく似合います。はっきり言って、どこに置いてもいいんじゃないかなと思いますが、それでは答えにならないですね。
平山:でも、前回は田んぼの中に置いたらいいとおっしゃいましたよね。田んぼの中に大理石がもしもあったら、日本全国で美祢だけじゃないかなと思うんですけれども、田んぼの中にぽつんとあるというのもおもしろくていいですよね。
勝野:ええ、そうですね。最近、写真シュミレーションなんか簡単にできますので、美祢の田んぼの写真を撮って、来福台の彫刻の写真を張りつけて、ごらんに入れたんですけれども、大変気に入ってくれた方がいらっしゃいまして、これはぜひやりた いなということで、本当に私は田んぼの中にこそ置くべきではないかなと思ってます。
平山:かかしがわりですか。大理石なのにね。でも、そういうところもまたおもしろい観点かもしれないですよね。さっき久保さんもおっしゃられましたけれど、大理石を田んぼの中に置くなんてと思わずに、置いてみるというのもまたおもしろい発想かもしれないですよね。勝野さんはそういった意味でもプロでいらっしゃるわけなんですけれども、私なんか本当に一般市民の目でしか、大理石を見ることができないわけなんですが、先ほど吉村先生からも言われましたように、世界に発信するにはどうしたらいいか、そういうことを考えるよりも、まずやはり美祢の皆さんにどれだけこの大理石が浸透しているかなと思うんですね。だから、ちょっと各家庭の皆さんにお聞きしたいなと思うんですけれども、うちには大理石の物があるよという方って、どのくらいいらっしゃいますか。ちょっと手を挙げてもらえますか。さすが結構いらっしゃいますね。では、その手を挙げられた人にお聞きします。それが外から見えるところにあるという方はどのくらいいらっしゃいますか。随分減りましたね。少しになってしまいましたが、家の中に、例えば、花瓶があるとか、文鎮がある、そういう人はいらっしゃるかもしれませんけれども、やはり町ということを考えたら、もっと外で見えていた方がいいのではないかなと思うのが、私、一般 市民の目なんですね。だから、美祢市に入ってくると、どうしてここは大理石の例えば、表札の家ばかりが後に続いているのだろうとか、銅像も銅ではなくて大理石が使ってあるとか。そうすると、旅行で来た人が美祢市というのは、大理石の町なんだと、覚えてもらえるのではないかなという私の一般的な考えなんですけれど、どうでしょうか。美祢の方は、必ず家の外から見えるところに大理石を使っているとなると、徐々にうわさが広まって、美祢の大理石はきれいだよとか、あそこの町に行くと、全部大理石なんだよという話がどんどん広がっていきますよね。こちらがあえて発信しなくても情報が広まっていく、インターネットを使わなくても徐々に広がって行くのではないかなと、私は思ってしまうんですけれども。これはすごく安易な考えなのでしょうか、どうでしょうかね。私はやはりこのように、もっと美祢の市民の皆さんに大理石を使っていただきたいなと思います。
吉村:だからね、さっき私が言ったことと関連していますが、どうしても大理石は高価ものですよね。だから、すぐ芸術とか、高尚な部に走るわけです。そのため生活に溶け込んでいかないわけですよ。今、おっしゃっていたとおり、美祢に行くと、町中石だよと、大理石なんだと、町の中ってどうなっているの、もっとたくさんあると思いますが。 例えば、まさしく大理石の語源になった大理に行きますと、生活容器が大理石でできてるんですよ。もうワイングラスって言わないでしょうね。ワインストーンとも言わないと思うんですけれど、そういうワインを飲むものから、何から、熱いものには向かないのですよ。熱伝導率が高いから。大理石で作った茶碗にご飯やみそ汁を入れると熱くて持てないとか、そういうことがあると思うのですけれども、しかしそういう生活にもっと入り込むというか、密着したもの、そういうものを開発というか、作って、自ら使ってみる、みんなが「ええっ、そんな使い道もあるの。」というふうになるんですね。 もう一つは、例えば、ローマ帝国がちょっと傾いてきた時に、ハドリアヌスという皇帝が里程表というものをつくったのです。要するに、ローマから、ここはどのぐらいの距離があるかを示すものですが、これを全部大理石で作っています。大理石を使って、長さでいうと、ローマ道というのは長さが万里の長城の100倍なんですよ。それを1マイルごとに全部1個づつ作っています。そこの国のデザイナーがその町、町というか国ですね。都市国家ですから。こういうイメージだぞというものを作りました。それだけで、ローマ帝国は持ち直したそうです。だから、そういう社会を活性化する材料にもなったら、美祢の大理石をどう使わせるか、どう使うかということがもっと明確に出てくると、大分取り上げられ方が違うんですよね。それにはやはり国内の大理石は、価格が大変高いですね。その辺のところで、産地である美祢でどういう形で、社会生活の中に取り入れられるかを考えたら、あっという間に広まりますよ。
平山:そうですか。
吉村:無理に発信しようとすると、皮肉なことに、倒産するんですよ。それで、放っておくと寄ってくるんですよ。不思議な世界なんです、現代というのは。僕はもっと皆さんが生活の中に取り入れるということと、何かうまい方法、使わせる方法はやはりコスト、プライスの時代ですから、その辺のところで工夫、技術革新、それを一番大事にした方がいいのではないかなと思います。
平山:すごい石がすでにあるわけですから、それをどう使うかということが大切ですね。
吉村:もともとただなんだからね、地球だから。
平山:確かに地球からもらいました。
吉村:どんな安いトランジスターラジオだって、地球じゃないですから、全部コストがかかるでしょう。コストというのは、道具と技術と人でしょう。あとは運搬。その辺のところをもう少し合理的に考えるとすごいのではないですか。 平山:生活に大理石が密着していくと、すごいなと思いますけれども、そうなったら、本当に嬉しいでしょう、後藤さん。
後藤:この前、「大理石をもっと知ろうツアー」というのを行い、市内を回ったのですが、江戸時代中期頃のお墓とか、石うすとか、狛犬とか、ほかの地域ではほとんど別の素材で作るられているものが、この地域では大理石で作られているんですよ。昔は本当に生活に溶け込んだ大理石の文化があった地域なんですよね。そういう意味では、再発見をしました。そういうイメージ発信をすれば、あそこでは何か大理石の文化があるみたいな、何かをやっているといううわさが広まればいいですね。
久保:さっき言ってたんですけれど、今吉村先生が言われたように生活の中で、市の方がいらっしゃるかもしれませんけれど、例えば、家を建て替えたり、何かする時に、家の中に、玄関とか、門柱とか、どこかに大理石を使うと少し補助が出るとか。
平山:それいいですよね。価格がやはり安くないとね。やはりなかなか無理ですから。あっ、拍手が。 久保:そういうふうにすれば、決して大理石は悪いものではないわけですから、せっかくここにあるわけですから、それを使うために、そういう建物の中、庭にあるとか、あるいはどなたでしたか、表札に必ず大理石を使うとか。でもそんな小さなことではないとか、誰かがまた言って、話が広がっていって、そしたら通販で何かを作って、美祢産の大理石を通販に載せてもいいのではないでしょうか。そこまで何か話が飛躍しましたけれども、それと発信というのは、もちろんこのようなシンポジウムを開いたことによって、今色々な彫刻が美祢市の中に置かれるようになりましたが、先ほど吉村先生が言われたように、もっと人の目のつく所とか、日常生活の中で買い物袋を持ったおばあちゃんが買い物をして、ちょっと休もうかと思うところのいすが大理石であったり、バスで通っているよその人たちが見て、とにかく石の多い町だなと。大理石は見てすぐわかる人もいれば、わからない人もいるかもしれませんが、とにかく石の多い町だなと感じるだけでもいいと思うんですよね。そういうことと、あと美祢に第三セクターみたいなものができて、せっかくここまでやってきてるのですから、美祢市の大理石を使って、彫刻の制作を引き受けますよとか、イタリアの彫刻家の方に依頼しますよとか、要するに商売に結びつ けてしまえば、美祢市の石を使った物が、東京の町のど真ん中にあったり、あるいはどこかのよその町にあったりして、そこから発展していくと思います。あの石は美祢市の石だとかいうことになって、逆に美祢からも発信するかもしれないけれども、そういった全く我々が知らない町でも、美祢の石を使ってこんなものを作っているらしいと、そこからまた発信できれば、何も1カ所のところ、まちづくりだからと言って、別に美祢からだけの発信ではなくて、日本のどこからでも発信してもらえば、世界に発信して行くことになるのではないかなという気もするんですけれども。
平山:なかなか具体案をいただきましたけれども、やはり切り絵作家でいらっしゃるわけなんですけれども、もっともっと具体的にこうやって、この大理石を使ったらおもしろいよというものがないですか。
久保:それはいろいろありますけれども、先ほどこのシンポジウムもあと一回で終わると聞きましたが、結局、そういう文化というのは、すぐ結果があらわれないですよね。高校野球のようにスポーツだと、何でもそうですが、比較的早く結果が出るんですね。早く出るものにはお金の計算もし易くて、補助とかもし易いですが、文化というのは皆さんが、温めて、育てていかないといけないという長い期間のかかるものなのですね。だから、その辺の文化に対しての理解度というのが非常にやはり少ないのではないかなという気がしますね。だから、この美祢でシンポジウムが行われて、こういういい地球上の遺産みたいなもの、いいものをもらっている地形にいるわけですから、何とかこれが長く続けられるためには、やはり市民の皆さんが、日常の生活の中に大理石というものをしっかり意識してもらって、例えば、手土産に息子のところへ行く時とか、都会に行く時に、大理石はちょっと重いですから、宅急便を使ってもいいんですけど、何かそういうふうにとにかく美祢の人は石しか持って来ないと言われてもいいと思うんですが。それくらい市民の皆さんの中で何かそういう意識をもたないことには物事は絶対発展していかないと思うんですね。そこで、僕はちょっと思ったんですけれど、これは重過ぎていけないかもしれませんが、大理石の賞状を渡したらいいのではないか、あるいは功労賞など市で出すようなものは全部大理石を使用することです。その代わりきちんと市の職員が運べばいいことで、これはもう半永久的なものですし、何かそういうユニークさもおもしろさもあっていいのではないかなという気がしますけれど。
平山:地元の高校を卒業したりする時には、大抵大理石の文鎮ですね。あれは、大理石でいいんでしょう、後藤さん、違いますか。
後藤:石灰岩もありますけれど、大理石もあります。
平山:私が持っているのは、石灰岩かもしれませんけれども、大体文鎮とかを記念品としてくれたりするわけですが、やはり本当に密着ということを考えたら、本当にこれから頑張ってほしいなと思いますね。後藤さんは、地元の作家でいらっしゃいますし、本当の意味でこれからもこの大理石に関わって行かれる方だと思うんですけれども、作家として美祢の皆さんに何か具体的に提案したいことがあれば。
後藤:今、大理石の彫刻作品がだんだん集まってきていますが、それを今色々なところに置いています。もっともっと集まってきたら、それをやはり皆さんに見せる場所というのを一つ町の中に設けたらどうかなと。
平山:見せる場所、例えば、それは博物館みたいなものということですか。
後藤:小さな美術館みたいなそういうものが、もし町の中にあれば、外から来た人達の観光名所じゃないですけれども、美祢には大理石のそういう施設があるから行ってみようという気になると思うんですよ。そうすると、外からも人が呼べるし、僕たちのような石の作家だけでなく、美術に興味のある方だったら、あそこに行けば、石の美術品があるということで、またそういう情報も広まっていきます。だから何かそういうものができたらいいなと。
平山:そうですね。箱根には「箱根の彫刻の森美術館」というのがございますけれども、ああいうふうに雨に濡れる彫刻、それから太陽のもとで見る彫刻、そういうのを見る場所があると、またやはりいいですよね、どうでしょうか。
後藤:屋外だけではなくて、今は小作品がありますよね、小さい作品ですけれど。シンポジウムで創っているものは、屋外にしか置けないような大きさですが、今回は小作品といって、50立方センチメートルぐらいの大きさです。そういうものが屋内に飾られるわけです。そういう作品だったら、屋内に展示できますし、そういう一つの施設ですよね。美術館みたいな施設の中で見せるようなことができるものです。
平山:あと先ほど、吉村先生もそれから久保さんもおっしゃいましたけれども、やはり余りコストが高かったらいけないというのがありましたね。今は技術者がさほどいらっしゃらないので、それにすごい時間がかかって、どんどんコストも上がってい くと思うんですけれども、そういった意味で、後継者の育成とか、そういう方面に現在は力を入れていらっしゃるとかいうことはないのでしょうか。 後藤:ないです。
平山:でもね、いつでしたか、前回、皆さん一般の方に実際に大理石を彫っていただくという教室があったそうなんですけれども、本格的にやりたいという方を育てていく、そういう人も養成してほしいというのが、この間の木村先生のご意見だったわ けなんですけれども、これはちょっと具体的に考えていきたいものですよね、勝野さん、どうですか。
勝野:そうですね、ただ単に学校を造ればいいかという問題でもありませんし、どうしたらいいのでしょうね。
後藤:前にですね、そういう技術者を育てようという計画があって、学校を造ろうという計画があったみたいなんです。
平山:あったのですか。
後藤:はい、大理石加工協同組合というものがありまして、そこであったんですけど、そのころはもう大理石の製品がだんだん売れなくなってきていまして、養成してそういう人材を創っても、職場がないということで、駄目になったようなことを聞いてます。
平山:でも、先ほど吉村先生の話にもありましたけれども、石というものは本当に神聖なもので、永久なものだということだったので、廃れるとか、今、はやっていないとかいうことよりももっともっと深く地球規模で考えていけたらいいなと思いますけれども、吉村先生どうでしょうか。久保さん、後藤さん、勝野さん、いろいろお話も出ましたし、先生からもエジプト、それから古代ローマ、ギリシャ、そうい ったまちづくりの話もお聞かせいただきましたけれども、さあ、美祢はこれからどんなふうに頑張っていったらいいか、具体的にありましたら、エールを送っていただきたいのですが。
吉村:そうですね、日本にはたくさんの陶器の町があるんですね。伊万里にしても、瀬戸にしても、益子にしても。石器というのは変ですけれども、こういう石の町ですね、石を生活に密着させた町というのはほとんどないじゃないですか。だけど、道具からいったらほぼ同じ、むしろ逆にさっき言ったように、神聖さからいって、位も高いし、一歩前なんですね。ですから、大理石の町というすばらしい名前をつけられているのだから、もっともなぜ陶器がそんなに広まったかと言うと、生活に密着しているからです。芸術の方に走れば走るほど、僕はやはり離れてしまうと思いますね、特殊なものだと。簡単にいうと、建材に使うと、一気にはける。要するに、建材であれば何立米、売り上げは上がるわけですから、建材での販売では、経営的にはいいだろうけれども、広まらないですね。だから、広めるということだったら、やはり生活にもっと密着、立脚しないとだめだろうと思います。それには、職がないってさっきおっしゃいましたけれど、そういうものが出てくれば、企業ですから、要するに業を起こすわけですから、学校が当然出てくるだろうということで、活気が出てきます。そうすると人が集まる、人が集まれば、またそれが広まるということを取るのか、または建材として、売り上げさえ確保できればいいのだということに持っていくのかということですよ。もし売り上げ確保のためなら、こういうシンポジウムをやっても余り意味がないから、1回でやめた方がいいと思いますし、そうではなくて、こういうシンポジウムをやって、みんなの意識を高めて、日本全国、 世界とつながることが大事なんです。 例えば、ジンバブエと、ギリシャ、イタリアのようにこのマーブル、要するに大理石を町の基調にしているという地域がかなりあるんですよ、世界的に。そういうところとの連携というものを重要視していくのだったら、そこの人達が「えっ、こういう使い方もあったのか」、「えっ、こんなものまで大理石なの」と言わせるように考えないと、アイデアですね。そうしないと、なかなかそういうところと連携し ても、いつも後追いになってしまって、所詮は浅知恵で終わってしまいますね。だから、そこをどちらにするかということは、やはり市長さんを初め行政だけではなくて、一般の人達もシンポジウムをやって、世界に発信しようという若い人、又は企業の人達がいるのだったら考えないとだめだと思いますね、どっちかですよ。
平山:そうですね。本当に小学生とか中学生の皆さんにも大理石がこんなところに使われていたら楽しいなとか、嬉しいなという意見などもどんどん取り入れたいですよね。どうしても大人の頭で考えてしまうと、ついつい当たり前なことしか考えなかったりするので、子供さんの発想というのがまたすごく役に立つこともあるのではいかなと思いますね。先生とか、市の方から、ちょっと子供たちに聞いてみてもらうというのもいいかもしれないですよね。
吉村:そうね、本当にそうですよ。子供は大事ですよ。
平山:そうですよね。これから21世紀はずっと。 吉村:だって、我々は死でしまうのだから、子供はこれからやっていかなければいけないわけだからね。
平山:そうですね、本当に21世紀、美祢は大理石、美祢といえば、大理石、まずは日本で、世界で、ジャパンの美祢は大理石だとくるとまたすごいですよね。
吉村:我々は大理石と言ったら、イタリアのカラーラとすぐ思い浮かべるでしょう。やはり日本人なら美祢だと。だいたい僕、最初「みね」って読めませんでした。
平山:そうですね、「み」までは読めますけれどね。でも、美しい……
吉村:一致しなかったのね、あの百科事典の字と耳で聞いたのと、だから、それをもっと身近なものにしていくためには、もっとみんなが安いお金で買えるものを作ることです。お守りとか、本当に、そういうところから始まっていかないと、なかなか 広がらないですよ。利益だけだったら建材で儲かります。
平山:そうですね。
吉村:墓石、もう東京だって、墓石はみんな大理石なのですから。やはりみんな大理石の墓石の下で骨になって眠りたいと思っているのだから。それだけだったら、それで終わってしまいますよね。広める必要ないですよね。採算は取れますから。そうでは なくて、広めるという気持ちがあるのなら、もっとこちらから一般に降りていかな いと。
久保:だから、先生が言われたように、芸術性とあとやはり商業として成り立っていかないといけない部分、建材等の広がりの部分とをうまく両立させていかないといけないのではないかなと思うのですけれど、どうでしょう。
吉村:そうですよね、だから、国民誰もが、自分の彫像を美祢の大理石で作るなんていうことになると、あっという間に日本中に広まると思いますよ。実際、ローマ時代は、イタリアの大理石を使って、偉い人はみんな彫刻を作って、自分を着飾っていましたからね。肖像画と同じですよ。そういうところにも遊びの心がなくてはいけないわけですよ。
久保:美祢駅に長いこと、ガラスケースの中に古びた大理石の花瓶がありましたが、今でもあるのですかね。だから、ああいうものもまだ、形はオーソドックスでもいいですから、そういうものがどんどん市の方のおみやげとかでも、外へ持って出てもらうようにして、そして芸術性は芸術性で高めていくようにして。
後藤:今のは、デザインがちょっと古くなっているんですよ。それをやはり新しくしていって、若人に受け入れられるデザインにすることによって、色々なイベントとかで、おみやげ物みたいなものにしていけば、まだまだ売れるんのではないかなという気がします。
平山:大理石って……
吉村:第一にあれやったらどうかな、ぐい飲み。
平山:ぐい飲み。何か生命力も一緒に飲むって感じでいいですね。
吉村:ガラスは今かなり頑張っている、ぐい飲みとして。
平山:そうですよね。 久保:中国なんかでもありますよ。中国の四川というところに、石でできたさかづきがありますでしょう。
吉村:あれいいですよ。
久保:あれいいですよね。
吉村:僕も持っていますけれども。だったら、それでぐい飲みをまず作ってみてください。
平山:熱燗はだめなんですよね。冷たくしとかなきゃいけないんですよね。
久保:熱伝導率がいいからね。
平山:どうですかね。
久保:冷酒用に。
平山:冷酒のみ。
吉村:芸術家を養う前にそういうものを作る機械があったら簡単にできると思います。だから、それをまず作って、全国で大理石のぐい飲みといったら美祢のしかないということで広めていくのです。あれは、そんな高いものではないですから。
平山:そうですよね。
吉村:沖縄へ行くと、今沖縄ガラスのぐい飲みをみんなが買って来ます。そういう感じをもし持てたら、ぐい飲みの次は何と、順番にやっていけばいいですね。
後藤:もっと付加価値のあるものを作っていかないとやはり現代では生き残らないと思いますね。
久保:外国のものとは艶が違うとか、多少嘘をいうわけではないですけれど、自慢げに言わないと……
吉村:弱気になったら負けですね。
久保:自慢しないと駄目ですよね。
吉村:もう弱気になったら負け、ご苦労さんという話になりますからね。そうではなくて、「美祢の大理石は違うんだ」ということを、まず皆さんが信じて、言って、値段を下げるようにしなければ駄目だけれどね。
久保:値段の面で多少高くても、ここが違うという点、一つその辺は後藤さんの例えばアイデアとかデザインでぐい飲みに少ししかけづくりをして……
平山:本当にこれからは作家のプロ、それから経営のプロとか色々なプロが集まって、これからの美祢の大理石というものを考えていった方がいいかなと思いますけれども、勝野さん、今日は具体的な話にまで発展しまして、これを美祢市の皆さん、美 祢の職員の皆さん、メモっていらっしゃることだと思いますけれども、これが一つでも何かの形になっていかなければ、これはシンポジウムを開催した意味がないわけですから、絶対にこれは何かの形にこれからしていただきたいですよね、勝野さん。
勝野:そうですね、前回も木村先生にちょっと具体的な案もいただきましたが、いまだ実現してないのですけれども。
平山:あれからまだ8カ月ですから。
勝野:今回はぐい飲みという非常にすぐにでも作れそうな、僕、何か帰って作りたいような気分ですけれども、そういうものも出てきました。ぜひ来年はまた公開制作を開催されるわけですから、その時に皆さんが大理石で作ったぐい飲みで乾杯すると いうぐらいの目標をもって、ちょっと生活の中に大理石を取り入れていくということを目標に考えていったらいいのではないかなと思います。
平山:何か今すごく嬉しくなりません。まだ実現も何もしてないのですけれども、そういう日が来たらと思いましたら、例えば、皆さんがネクタイピンのここには大理石がついてる、指輪もしてる、ぐい飲みで乾杯する、そういう時が来たら、何か本当 に嬉しいと思います。
吉村:だから、月に1回、そういう美祢に行くと、生活のあらゆるものが大理石で作られている市があるということになって、みんなに広まれば、それこそ、その市に参加するためにみんなが来て、食事をし、何かをするという面もあると思いますよ。こういうシンポジウムでやることよりも、今回美祢の人みんなが集まっているわけでしょう。そうではなくて、美祢に行くと大理石のあらゆるものがある、驚くようなものがあるぞと、猫のふんをする場所とか、何でもいいのですよ。生活は全部大理石でできるんだぞと。だから、そこへ行って見るだけでも楽しいですよ。だいそれた芸術的なもので、芸術家の前で申しわけないけれど、私はいいとは思っていますが、大変ですね、こんなものを作って、どのぐらい生活費を稼いでるのだろうと思ってしまいます。ところが、ぐい飲み半ダースだと幾らで、これ何個売って幾らって計算すれば、生計が立つということで、若い人もやるかもしれません。芸術家というのは当たりはずれが多いですからね。はずれたら一生終わりですよ。
久保:いやいや。
吉村:ここに芸術家の方がいらっしゃいますが、こちらは成功した例ですから。その下に何百人という恨んでいる人達がいるわけです。当たらなくてね。それに比べると、やはり思考業なのだけれど、それによって生活できるということになると、それに参加する人が出て来て、例えば、美祢の駅前から2キロはもう全部外は大理石でできている町並みだと、そこの真ん中のところで大理石製品の定期市があるなら、きっとみんな電車で来ると思いますよ。僕は、そういうようなことで、進むことによって、みんなの目が向けば、もう美祢しかないって考えますよ。ピカチュウを見なさい。アメリカまで買ったんですよ。本当に冷静に見たら、おばけでしょう。かわいいってだけでしょう。だけど、今、アメリカを席捲しているのですから。そういうこともできるはずなのですよ。
久保:トレビの泉ではないけれども、あのような噴水の池ができたら、そのうちコインを投げてくれて、その泉を掃除すれば、またその石を彫るための色々なお金にもなりますよね。
吉村:でも、そうですね。トレビの泉だって大理石でしょう。
久保:投げたことによって、そこで投げたら、また恋が芽生えたとか、安産だったとか、こういったおもしろいうわさが広がっていけば、またそれはそれで、話はずれますけど。
吉村:市ですよ、市。
平山:市ね。だから、本当……
久保:市、いいですよね。
平山:市いいですよね。だから、芸術家の方には本当に芸術と言われるものは、まだ別にこうやって作っていただく。
吉村:そうです、それが当然なんです。
平山:後は生活に密着したものをもっと大理石というものを……
吉村:それは両輪にならなければいけないのです。
平山:そうですね。
吉村:素材がとかく高いものだから、芸術の部門にいこうとするのですよ。一気に儲けようなんて思うわけですね。そうではなくて、もっと堅実的なきちんと生活に、両方でいくといいわけです。陶器だってそうでしょう。1個100円のものがあるかと思えば1個100万円のものがあるのだから、どこが違うのだろうとよくわからないけれど、お金持ちは、高い方を買います。お金がなくて利口な人は安い方を買うと決まっているわけでしょう。そういう方向性を両方持った方がいいですよ。
平山:このことは、両方大事ですね。
久保:だから、例えば、後藤さんを市がもっと応援して、それでさっき言ったように、どこかの市に行って、彫刻が要るのだったら、美祢の大理石を使わせて、そして後藤さんを派遣しますから、その土地に行って作って、後藤さんの名前をそこに残すことによって、美祢市の石ということも、先ほど言ったように、残るわけですから。そういう形でまた新たな美祢市というものが、よその土地で発信していけば、僕はいいと思うのです。
吉村:日本には1都1道2府43県あるのだから。県庁のところだけでもこの後藤先生のものがあるといいですね。石で全部を造ったらどうですか。
久保:いや、美祢市に関わったイタリアなどの彫刻家達を巻き込んで、47都道府県、今先生が言われていますことは、すごいことですよね。そのすべてが美祢市の石ということになれば。
後藤:昔は各国鉄の駅の窓口の料金を受け渡す下の料金台が、美祢の石だったそうです。だから、昔は本当に美祢の石が全国に……
吉村:そうですね。そこに美祢って書いてほしいですね。ひらがなで。漢字なら読めないといけないので。
平山:そうですね。今お話されましたけれども、料金台全部というか、80%から90%が美祢の石だそうです。しかし、美祢と全然書いてないですよね。だから、今度から美祢と彫りましょうよっていう話をしていたら、きのう、職員の方が「今度マジックで全部美祢と書いて回ろうか。」なんていう話をされていましたけれど、本当に知らないんですよね。美祢の石が使ってあるってことをね。
吉村:初めて知りましたね。僕達も。
平山:そうですか。私も前回、初めて知りました。
久保:何かやっと話が明るくなりましたね。
吉村:そうですね。
久保:さっきはどうなっていくのかなと心配しました。
平山:しかし、シンポジウムというのは……
吉村:芸術家っていうのは大体暗いのですよ。
平山:私は眉間にしわを寄せて話し合うものではないと思いますね。やはりどうしたら広がるのだろう、どうしたら楽しいだろう、おもしろいだろうと考えていって、こうしてステージの上でも結構笑い声とか笑顔になって、多分皆さんも結構楽しくこの大理石について考えていただけたのではないかと思いますけれども、本当にこれから皆さんの力が必要になってくると思います。だから、今日は結論というのは、本当に全然出ない問題なのですけれども、今日、吉村先生ほか皆さんの考えも聞かせていただいて、方向性ができてきたのではないかと思いますので、ぜひ皆さん一緒に頑張っていただけないでしょうか。 まず発信するためには、今日、聞いていただいた皆さんがお家に帰るなり、井戸端会議をする時など、「こんな話があったんだよ」、「こう思うよ」っていうことを広げていただくことが、まず発信になるのではないかなと私は思いますので、ぜひ皆さん帰られましたら、この美祢の大理石の話、それから小学生の女の子達は、明日クラスで朝の会でも何かちょっと発表してください。そして話を方々へ広げておいてください。よろしくお願いしますね。 それでは、色々とお話をしてまいりましたけれども、以上をもちまして、この美祢国際大理石シンポジウム´99のパネルディスカッションを終わらせていただきたいと思います。本当にまだいろいろ話足りないところはあるとは思いますが、またこれからも大理石、美祢の大理石、これが日本の大理石は美祢だと、世界に言われるようになるまで頑張っていきたいと思いますので、どうぞ皆さん一緒に頑張ってまいりましょう。今日はどうもありがとうございました。 パネリストの皆様、どうもありがとうございました。
吉村:どうもありがとうございました。