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ムトゥ・踊るマハラジャ Muthu
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 その天衣無縫なパワーで、映画界に一大ムーブメントを巻き起こしているインド娯楽映画。その代表作の一つといわれる作品がついに日本上陸です。
 以前からかなり話題になっていた作品であり、上映された渋谷の劇場である「シネマライズ」では、なんと初日の観客動員数記録を塗り換えてしまったそうです。シネマライズはもともと、通好みの名品を多く単館上映してくれる劇場として知られており、そこでの記録更新ですからこれは凄いことです。
 ちなみに私はニフティサーブのオフ会で初日に観に行きましたが、二時間前から待っていたおかげで座れたものの、劇場は満員で立ち見も出る大賑わい。鑑賞後劇場の外に出ると、雨にもかかわらず長蛇の列を作った人たちが、傘をさしてずらりと並んでました。私もまさかここまでとは思ってませんでした。驚きました。

 さて、その内容なのですが……この映画の場合、正直言ってストーリーについては、詳しく説明してもあまり意味がありません。簡単に言えば、「最強の召し使い」ムトゥが、インドの富豪であるご主人様を忠実に助けて縦横無尽の大活躍をする、というお話なのですが、この作品はそういう物語やドラマを見るための映画ではないのです。
 この映画の凄さは、圧倒的な物量を伴った娯楽要素の応酬にあります。全編に溢れんばかりにこれでもかこれでもかと盛り込まれた、ダンス、アクション、歌、そして笑い! とにかく楽しめるものは何でもかんでも詰め込んであるといった感じで、しかも一つ一つに妥協がなく、大勢のエキストラを使って、フルパワーで押してくるのです。力のあまり、話の流れとは無関係に娯楽要素が一人歩きする場面もしばしばあるほどです。踊り過ぎ、歌い過ぎ、主人公強過ぎ……全てが「やり過ぎ」と思えるほどに過剰な演出がなされており、この映画はそういった猛烈な「勢い」に任せて展開されていきます。
 しかし、その「やり過ぎ」感こそが、この映画の最大の魅力となっているのです。全てのことを迷いなく力いっぱいやっていることで、そこに他にはない爽快感が生まれているんですね。観客を問答無用で楽しませようとするポジティブなエネルギーとサービス精神に満ち満ちており、おかげで観客は肩の力を抜いて頭をからっぽにした状態で、スクリーンの娯楽を満喫することができるのです。その映画作りの姿勢には、すがすがしささえ感じられました。
 ただ、娯楽に徹している反面、一つの映画作品としては稚拙な部分が目立ちます。物語や人物描写は単純過ぎるものですし、「やり過ぎ」が高じて、特にダンスシーンなどでは冗長に映る部分もありました。もっとスマートに編集されていれば、妙な間延び感を感じることなくさらに楽しめる作品になったはずだと思います。
 しかしそういった粗削りな面が、かえってこの映画の愛おしくなるような魅力の一つとなっているとも言えます。洗練されていないがゆえに、純粋に「楽しませよう」という作り手の意志が、ストレートに伝わってくるわけです。
 今のインド娯楽映画は全体的に、まだそういう原初的な楽しさを残している段階にあるようです。これからはインド娯楽映画が世界の人々に触れる機会も増えてゆくでしょうし、そうなればその中で淘汰され洗練されたものだけが生き残るのは必然でしょう。でもそれと同時に、「ムトゥ」のような、映画の常識にとらわれないパワーに溢れた作品が生まれにくくなる可能性もあります。もしかしたらそういう意味で、インド娯楽映画は今が一つの「旬」なのかも知れません。
 とにかくインパクトのある作品です。この映画を観に行く時は、出来るだけ大人数で、見ている間は積極的に笑い、拍手し、騒ぐのが作法だそうな。私が観た時もそんな感じでした。あの劇場の一体感は、他の映画ではそうそう味わえるものではないですよ。



(98..06.18)