Text - Diary - Past - 1998 Selected


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98.05.30

 前々から意欲だけはあったけど今一つ手を出しかねていた、ホームページ作成。その試作にようやく着手しました。ほんとに何やるにも腰の重い私です。

 やってみるとやはり、やることが多くて大変でした。ほんとにゼロからのスタートだったし。その一方で、「なんだ、以外にラクじゃん」と思う部分もけっこうありました。ビルダーのおかげです。ありがとうビルダー様。
 ビルダーと悪戦苦闘4時間の末、とりあえず形になった所が見たくて、さっそくプロバイダに登録。

 ……おお〜っ。ウェブ上で見ると、やっぱりちょっと感動する。いい感じ〜。

 自分の絵の巧拙が自分で判らないのと同じで、このページも自分で見てるとかっこいいんだか悪いんだか判らないんだけど、まあこれからいろいろいじっていい形にしていこうと思います〜。こうやって始めてしまうと、あれもこれもって感じにやってみたい事がいっぱい出てくるんですが、はたしてどこまで実現できることやら。でもがんばる。

 いろいろ協力してくれたSSG氏に感謝!


98.06.04

 ナイスバディのモテモテくんになりたい私は、肉体強化とぜい肉落としのために、週に2,3回、近くの区民プールに通ってます。ここは室内の温水プールで、夜遅くまで空いてるので便利なのです。安いし。
 ビキニのギャルとかはもちろんおらず、代わりに水泳教室のオバチャンたちの大軍がバグズのようにひしめく中、私は一往復で50mのプールをストイックにひたすら泳ぎます。

 平泳ぎとクロールを交互にやっていきます。初めのうちは合わせて10本泳ぐのもキツかったですよ〜。加減を知らないで一気に飛ばすもんだから、完全に酸欠状態になったりしますね。命からがらプールを上がり、更衣室でダウンしてしまったこともありました。でもその後はちょっとずつ距離を伸ばしていって、何とか20本まで行けるようになりました。
 最近ではさらにこれを30本まで増やしてやってます。これが意外に、やってみると出来てしまうのでびっくりです。というより、15本を越えたあたりで体と脳がかなりハイになってくるので、それ以降は20本も30本もあんまり変わらないみたい。

 結局時間の関係で30本以上は無理そうなんだけど、10本で死んでた頃に比べたら俺さま大進化です。これでモテモテ野郎により近まったぜー。フォッフォッフォ。(←バルタンはモテません。)


98.06.09

 私は以前から、ふとした時に、左の肩や腕に痛みが走ることがありました。気にはしていたものの、ついつい放置してしまっていたのですが、今日ようやく思い立って整形外科に行ってみました。
 レントゲンで見てもらったら、やはり首の関節にちょっと異常があって、それが左腕にも影響を及ぼしているとのこと。でも多少のリハビリで治るらしく、手術とかは必要ないそうです。良かったー。

 リハビリ室なるところに案内されると、そこでは何人かの人たちが様々な機器を使って治療を受けていました。私が指示されたのは牽引機という機械。これは、座ったまま頭をギプスのようなもので固定し、そのままUFOキャッチャーのように首を垂直に引っ張ったり戻したりを繰り返す仕組みのものでした。
 こんな分かりやすい方法でほんとに治るんかい……と、最初は半信半疑だったんですが、10分ほどして終了すると、確かに左肩が軽くなってます。おおっ。というわけですっかり感心した私は、しばらくリハビリに通うことに決めました。

 ……が、この牽引機という機械には思わぬ罠があったんです。この装置は構造上、垂直に上に引っ張られる時に、ギプスが締まって、顔面が縦方向にムギューとつぶされてしまうんですね。で、下に下がると戻って、また上に引っ張られてムギューの繰り返し。
 まあリハビリ中に格好気にしてても仕方ないんですが、問題なのはその時、別の治療を受けてる最中の人が、私の真っ正面に座ってたってことなんですよ。しかもそれがちょっと美人な感じのお姉さんだし〜。

 身動きも取れず、お姉さんの前にムギューとつぶれた顔面をさらし続けなければならない、この状態を想像してみて下さい。うわ〜、拷問だー。皆さんも首のリハビリには気をつけよう!


98.06.12

 スーパーとかで時々、泣き叫ぶ子供をその場にほったらかしにしてスタスタ歩いて行っちゃうママさんがいますけど、ああいう時のママさんの気持ちってどんな感じなんでしょう? 「うるさい、黙れガキ」くらいにしか思ってないんでしょうか。
 僕は子供いないんでその辺はっきりとは分かりませんが、少なくとも自分の子に対して、ああまで冷酷になれない気がする。

 それとも、彼らの断片的な側面しか見てないからいっけん冷酷非情に見えるだけで、その親子の間ではそういった押し引きの呼吸というか、一種の馴れ合いみたいなものができてるのかなあ。いや、そう信じたいというか。

 今日もそういうシーンに出くわしたんですが、あれ、はたから見てると物凄く寒い光景なので……。


98.06.13

 ニフティの映画フォーラムのオフ会に行ってきました。場所は渋谷。ここのオフに行くのは初めてだったので、当然みんなとは初対面です。けっこう緊張しちゃいました。
 今日のお題目は、一部で話題沸騰のインド映画『ムトゥ・踊るマハラジャ』を観ることでした。いや〜、なんだかスゲー映画でしたよ。私、インドの娯楽映画見るの初めてだったんですけど、そのパワフルさに圧倒されました。
 はっきりいって、この作品は基本的にはバカ映画です。昔の香港映画(サモハンとか出てるようなやつ)にノリがそっくりです。でも、スケールの大きさと物量で無理矢理押し切る、猛烈な勢いがあるんですね。全体的に冗長な部分が多いのが難でしたけど、まあそれはご愛嬌かな。詳しくはMovieに書きます。

 その後インド料理専門店にて食事。渋谷でも有名な店らしくて、たしかに豪華な店構えでした。料理は香辛料が効いてておいしかったけど、量が少なくて、そのわりにお値段は高めだったのがちょっと不満ぎみ。
 でも一番気になったのは、店内の大画面のテレビです。映ってるのがなぜか、日本のプロ野球のテレビ中継なんですよ。せっかくインド風のいい雰囲気出してる店なのに、なんでそんな日本的なものを流すねん。町のラーメン屋じゃあるまいし。謎。
 それから飲み会になり、いろんな人と映画やパソ通の話で盛り上がりました。久しぶりに大笑いできて楽しかったです。絶対的な共通話題があるというのは強いですね。初対面の人でも問題なしでした。映画のマニアックな話が通じる人とこれだけ話が出来る機会というのもなかなかないので、嬉しかったな。行って良かったです。

 結局終電がなくなるまで飲んだので、徹夜カラオケに突入することになりました。その時はもう人数もだいぶ減ってて、8人くらいになってました。僕はもう歌いまくってたんですけど、携帯とノーパソ使っていきなりニフティのチャット始める人が2人もいたのには、さすがだぜ、とか変に感心させられました。でもそのチャットが妙に盛り上がってたりしてたんですよね。飲み会の時点で帰った人がアクセスしてきてたりして。歌ってる間はその様子が見れなくて、ちょっと疎外感〜。

 カラオケが終わって家に帰りついたのは朝の7時頃でした。さすがにしんどかったです。そのままバタンキュー(死語)で眠り込みました。   


98.06.15

 人に贈るプレゼントというのはそれがどんな場合であれ、選ぶ時にいろいろ頭を悩ますものですが、何が難しいって父親の誕生日と父の日に送るプレゼント選びほど難しいものはないんじゃないでしょうか。

 だいたい男が女に対してならまだしも、男に対して何を送るか考えるのだけでも相当難しいのに、父親が何をもらって喜ぶかなんてわかんないですよ。基本的に自分より財力のある人なわけで、物欲に関してはすでにほぼ満たされているか、あるいは何か欲しがってるとしても猛烈に高価なものになってしまうでしょうしね〜。
 結局は気持ちの問題で、何でもプレゼントされれば嬉しいには違いないんでしょうけど、やっぱり何かオヤジのツボに入るものを送ってあげたいじゃないですか。それを考えると悩んでしまいます。

 母の日とかなら、最悪カーネーションだけでも贈ってあげれば一応体裁は整うんですけど、父の日にはそういうのもないんで困ってしまう。
 今度の日曜日に実家に戻ることになっているのですが、何を贈るか今だに思案中です。なんかいいアイデアある人教えて下さい〜。

 あ、でも私、毎年父の日に贈り物とか、そういう殊勝なことをしてるわけじゃないんですよ。柄にもないことを今年に限って思い付いてしまったがために、悩みを抱えるハメになってしまってるのでした。普段は親不孝を絵に描いたような人間なのです…。


98.06.28

 さっき、知らん人から間違い電話がかかってきたんですよ。
 私が受話器を取って「はい?」と返事をしたところ、可愛い感じの女の子の声で、いきなり
「もしもし、ナタリーさんですか?」
 と唐突なことを聞いてきました。

 ちょっと待てい。ナタリーって外人やろ。しかも女ちゃうんかい! せめて「ナタリーさんいますか?」ならまだしも、「すか?」とか聞いてどないすんねん。男の声が電話に出た時点で、それがナタリーさんじゃないって気付くやろ、フツー。

 と、心の中で関西風の突っ込み入れつつ、なおかつ大ウケしつつも、いちおう冷静に「いえ、違いますけど」と答えたら、
「あ、そうですか……失礼しました」
 と切られました。なんかすごく残念そうな口調だったのが印象的でした。

 それにしても、女の子の声の感じからして、中学生か、せいぜい高校生ってとこだと思うんですけど、謎の外人ナタリーさんに一体どんな用があったんでしょうねえ……

 これで思い出しましたが、少し前にあった間違い電話もインパクトありました。その時は留守番電話に吹き込まれたメッセージだったんですけど。
 まず、うちの留守電の応答メッセージは、最初に「はい、○○です」って、本名を名乗ってます。これが伏線。

 で、その吹き込まれてたメッセージは、オバサンの声で、こんなのでした。

「……あれ、わたし、ヤスシの家にかけたつもりなんだけど?」

 もちろんわたしはヤスシじゃないし、そういう名の知りあいもいません。
 でもまあ、ここまではいいです。ここまでは普通の間違い電話です。でもこのオバサンはこのあとが凄い。

「……あのね、わたし、ヤスシと連絡が取りたいの。だから、ヤスシに、電話くれるように伝えて下さい。よろしく(ガチャ)」

 おいおいおい! 私は○○です、って最初に言ってんじゃん、ヤスシじゃないってば。知らねーよ、ヤスシ。
 強引すぎるぞオバサン論法。間違い電話でした、って素直に認めろ〜。(笑) 


98.07.09

 カレー屋さんで昼ご飯食べてたら、おじいさんとおばあさんのカップルが入ってきました。
「わし、カツカレー!」
 おじいさんが威勢よく注文し、おばあさんに振り返ります。「おまえは?」
 一方のおばあさんがちょっとおどおどした感じで、
「え〜、……カレーライス」
 と答えた瞬間、

「そんなメニューはねえんだよ!」

 おじいさんの矢のようなツッコミが入りました。
「ここはカレー屋なんだから、全部カレーライスなんだよ。『カレーライス』っていうメニューはないの!」

 確かにその通りです。○○カレーとか××カレーというのはありますが、単なるカレーライスっていうメニューはこの店にはありません。普通のカレーでも『ポークカレー』か『ビーフカレー』になってしまいます。

「ほれ、メニュー見てみろ。カ・レ・ー・ラ・イ・ス、っていうメニューがあるか? ないだろ? ああ、おい」

 おじいさん、容赦がありません。おばあさんはうつむきがちで、言われるがままです。
 結局おばあさんは『ビーフカレー』を選びました。

「あの、辛さは『辛口』と『中辛』がありますけど」
 店員の問いかけに、おじいさんが即答します。「両方辛口!」。もちろんおばあさんの意見は聞いてません。ここのカレー屋の『辛口』はわりと本気で辛いのになあ。
 横で聞いていた私は思いました。(専制国家だ……)

 で、何となくその二人が気になって、カレー食べながらちらちら見てたんです。ちょっとおばあさんがかわいそうだなって思いながら。
 でも、様子見てたら、違うんです。おじいさん、何も言われなくても、おばあさんのコップに水を注いであげたり、ナプキン取ってあげたり、常時おばあさんに気をつかってるんですね。
 なんだか妙にほのぼのした気持ちになってしまいました。一見おじいさん専制に見える二人だけど、もしかしたらちゃんと深いところでわかりあってるのかもって感じたんです。夫婦で歳をとるってこういう事なのかなって。

 ……まあ、ほんとはやっぱり単なる横暴な専制じいさんなのかも知れませんけどね。せめてカレーの辛さくらい聞いてやんなさい。(笑)


98.07.12

 参院選の投票に行きました。

 投票用紙に記入する場所には、各党の名称を「この略称で書け」っていう公式な略称が、一覧で図示されています。例えば民主党を『民主』と書け、とか。
 しかし、スポーツ平和党が『スポ平』とか、女性党が『女党』とかいうのは、もうちょっと何とかならなかったんですかねー。略称の響きだけで、用紙に書くのを一瞬ウッと躊躇してしまいそう〜。
 でもスポ平の場合は、党自身が新聞広告で「スポ平と呼んで下さい」って宣言してたので、余計にトホホな感じです。スポ平は異様に候補者が多いのもちょっと気になっちゃいました。うちの区だけかな。

 それにしても開票速報のシステムって、おバカな私には何回説明されてもよくわからんです。得票数の少ない人がトップの人より先に当確になったり、開票率1%で全員の得票数が同じくらいでも当確が出たり。うーむ、ふしぎふしぎ。 


98.07.18

 友人宅で久しぶりにテーブルトークRPGをしました。
 今回は『クトゥルフの呼び声』という、ホラーなゲームをやったんです。本当はすごく怖いゲームなんですよ、これ。独特のまがまがしい雰囲気があって。
 でも……私らのメンバーでやると、どうしてだか爆笑の連続になってしまうんですよね〜。どんなゲームでもそうなんですけど。とにかく、昼飯前から夜の9時くらいまでずっとやってて、笑いが途絶えたことがなかったです。
 化け物とか死体とかいっぱい出てきて、自分らも死にそうな目に会ってるのに、そんな状況でもギャグを連発して、笑いに転化しちゃうんです。こんなクトゥルフやってる奴ら、他にいねー、とか思いました。
 そんな中、皆を一番笑わせたプレイヤーとしてMVPをいただいたのは何を隠そう、いんちきサイコメトラー役を演じたワタクシでありました。(笑)


98.07.19

 それがよほど大きな声でない限り私はそんなに気になりませんが、電車の中での携帯電話はマナー違反ということになってます。電波が及ぼす悪影響というのも問題のようです。
 昨日の電車で見たあのジイさんは、携帯電話をかなり嫌ってる人みたいでした。でもあの態度はちょっといただけなかったぞ……。

 車両の中をあっちこっちフラフラして、なんとなく挙動の不審なジイさんだったんですよ。そのジイさんが、駅で乗ってきた直後のお姉さんにいきなり説教を始めました。そのお姉さんが携帯使いながら乗ってきたのが気に入らなかったようで、他の人のことも考えろ、とか色々言ってるのが聞こえてきます。
 お姉さんはびっくりして、すぐ電話を切って謝りました。でも、その後もジイさんはなんだかネチネチと、えんえん説教を続けてるんですよ。今さら謝っても遅い、だとか言って。でもねえ、電車乗り込んだ瞬間を捕まえて叱り付けてるのに、遅いも何もない気がするぞ。お姉さんもさすがにウンザリした様子で、もう許してよって感じで謝り続けてます。
 ジイさんいい加減にしろって思い始めた頃、とりあえず気が済んだのかそのジイさんはお姉さんから離れ、また乗車口のあたりに立ちました。車内に、やれやれ、という一応の安堵の空気が流れました。

 しかし、私がおいおい、って思ったのはその後です。その時、電車が再び駅に停車して、何人かの人が乗り込んできました。その中に、いたんですよ、携帯で話しながら入ってくる人が。もちろんさっきのジイさんもその人に気付いた様子です。でも今度の相手は、かなり図体が大きくて、開襟シャツの胸元に金色のネックレスの光る、ちょっとこわもてな感じのおじさんだったんです。おおっ、どうするジイさん、って私はちょっと変な意味で期待してしまいました。
 ところがジイさん、そのおじさんに対しては何も言わず、それどころか荷物をまとめて、別の車両へのドアを開けてどっかに行っちゃったんです。

 あのな〜、お姉さんに対してはあんなに執拗にしつこく説教しておいて、おじさんに対しては見て見ぬふりかい。そんなんじゃ、いくらお姉さんに対していくら正しいことを言ってたとしても、まったく説得力がなくなっちゃうぞ。
 まあ、ジイさんの気持ちもわからないでもないけど、正義感からの行動でも、一貫性がなければ弱者いじめと変わらなくなってしまいます。正義を貫くにはそれなりの勇気と力も必要だってことのようですね。

 ちなみに開襟シャツのおじさんは座ってすぐ電話を切って、その後は使いませんでした。


98.07.20

 SSG氏の運転で、K氏やD.D.氏と共に、宇都宮まで行ってきました。高速道路使っても片道1時間半かかりました。それだけの労力を費やした目的は……餃子!!
 日本屈指の餃子のメッカといわれる宇都宮でも1,2を争う人気の店、『みんみん』に着いたのは午後二時頃。いきなり長蛇の列で一同驚愕。やはり祭日は客の入りも激しいようです。

 ここは完全な餃子専門店であり、焼き・揚げ・水の3種の餃子と、あとはライスしかメニューがありません。とても潔い感じです。
 30分並んだ後にたらふく食べた餃子には非常に満足しましたし、それでも一人あたま1,000円いくかいかないかという安さにも感激しました。

 ……しかし、往復3時間かけてまで餃子を食いに行くという行為は果たして、他の人にはどう映るのであろうか……。(笑)


98.08.25

 SSG氏の誘いで、実に数年ぶりに、下高井戸という駅で下車することになりました。ここは大学に通っていた頃に利用していた駅で、この駅のすぐそばには、うまいラーメンを食わせる店があるのです。今日の第一の目的はそのラーメン屋でした。単純にうまいものを食いたい、という気持ちももちろんありましたが、あの当時の思い出の味を久しぶりに味わってみたいという、のすたるじ〜な思いも僕の背中を押していたのでした。

 行ってみると、店のたたずまいも、ラーメン作りに精を出すおっちゃんの姿も、数年前とぜんぜん変わっておらず、当時のままです。なんだか嬉しくなってしまいました。
 ここのラーメンは独特で、スープが白くこってりしていて、それでいて豚骨スープとは違うような感じなんですよ。白湯スープとでもいうのかなあ。それに細い麺がよく合ってるんです。
 以前、餃子とライスしかないという餃子専門店の話を書きましたが、このラーメン屋も同じように、基本的にはラーメンしか扱ってません。具の違いでいくつかバリエーションがあるだけです。ライスすらないのですから徹底してます。こだわりですねえ。
 さて、久しぶりの味の方なのですが……SSG氏はかなり満足していたようです。間違いない味だ、って太鼓判押してました。
 でも、私はどういうわけか……あれ、こんなもんだったかなあ、という感じがしてしまったのです。確かにおいしいのは間違いないのですが、気持ちの中ではもっと圧倒的にうまかったような気がしてたんですよね。時間と共に、味の思い出も美化されてゆくものなんですかね〜……。ちょっと淋しいような気分でした。

 ともかくも腹のふくれた二人は、ここまで来たついでに、近くの駅に住む友人のアパートを訪ねてみることにしました。その友人――大学時代のクラスメートT氏とは、何年も音信不通の状態が続いていたのです。以前から彼の消息については仲間内でよく話題になってました。
 というのも、彼の家に電話がなく、連絡取ろうにも取れないからです。彼は学生の身でありながら(クラスメートの私やSSG氏がもう卒業しているのになぜ彼がまだ学生かは…推して知るべし)、親からの仕送りなしで生活しているために、かなりな貧乏なのでした。当然、電話をひく資金などないわけです。……少なくとも大学生であった当時は。
 大学卒業後、彼と連絡を取れた者はなく、月日が経つにつれ、いろいろと心配する声も上がってくるようになりました。しまいには「餓死してるかも」なんていうろくでもない風説まで、半分本気めいて囁かれる始末。
 今、彼がどういう状況にあるかは誰も知りません。だから、今でも同じところに住んでいるという保証もないわけで、いきなりアパートに行くのは一種の賭けでした。

 かつてSSG氏も部屋を借りていたというそのアパートは、いまだ健在でした。木造、トイレ共同、風呂なし。畳張りの部屋は6畳ほど…かな? 実際、かな〜り年期のはいったアパートです。駅からの近さと、家賃の破格な安さだけがセールスポイントと言えるでしょう。
 とりあえず大家さんに話を聞いてみると、どうやらT氏は、少なくとも最近までは、このアパートに住んでいたらしいということがわかりました。なぜ「最近までは」かというと、大家さんでさえ「そういえばあの人最近見てないねえ」などと言い出す始末だからです。
 大玄関で靴を脱ぎ、廊下を進み、階段を上がって、彼の部屋のドアの前へ。このアパートは、水道と台所が各々の部屋のドアの前の廊下にあります。その様子を見ると、どうやら確かに誰かが住んでいる形跡があります。しかし、玄関にもドアにも名札がないため、住んでいるのがT氏という確証がありません。
 とりあえず何度かノックしてみましたが、どうやら部屋の中に人はいないようです。
 いない以上、どうにもなりません。落胆しつつ、いちおうメモだけは残しておこうということになりました。私の連絡先を書いて、ドアに挟みます。読んでくれることを祈りつつ。
 そうこうしていると、同じ階に住む学生らしき男性が、たまたま廊下に顔を出してきました。そこで、思い切って声を掛けてみることにしたのです。
「あの…ここの部屋に、Tという人間が住んでいるはずなのですが……」
「う〜ん、名前を言われても分からないなあ」と、その住人のかたは首を捻ってましたが、
「もしかして、髪が長くて、ヒゲ生やしてる人? ならいるけど」
 と言ってきました。それはT氏像に一応ぴったり当てはまります。私とSSG氏はそれがT氏であると、かなりの確信を得ました。彼はここにまだ住んでいる。生きている! 期待が盛り上がってきます。
 住人のかたに礼を言い、私たちは喜びと共にアパートを出ました。

 その後SSG氏と別れた私は、自分の実家の方に帰って来ました。妹の誕生日だからです。こーゆー時にポイントを稼いでおくのが、円滑な兄妹関係を保つ(姑息な)コツです。

 それはそれとして、私はやはりT氏の事が気がかりでした。もしかしたら私のアパートの方に電話をくれているかも知れません。私は実家の電話から、アパートの留守電の状況を確かめてみることにしました。
 すると、なんと――

『もしもし、Tと申しますけど……』

 というメッセージが入っているではありませんか!

『今日は来てくれてありがとう。一応、生きてます。……じゃ、また電話します』

 それだけの短いメッセージでしたが、どこか照れ笑い含みのその声は、確かにT氏のものです。まったく学生当時と変わっていない、元気そうな声でした。
 アパートまで直接出向いたのは無駄ではなかったわけです。いろんな意味で、ほんと、良かった〜。さっそく他の友達にもこの事を電話で伝えたところ、けっこう感動しちゃってる奴もいましたよ。切れていた輪が、これでまた繋がったかな? ほとんど思いつきでしかなかったアパート訪問でしたが、収穫は大きかったですね。やー、めでたいめでたい。

 それにしても、今だにあのアパートに住んでいたとは〜。もう学生のわけはないし、どうやって暮らしているんだろう。今まではどうしてたんだろう。久しぶりに、聞いてみたい事がいっぱいあるなー。近いうちに会えるといいけどな。
 しっかし、電話がないって、ほんとに不便だよなあ……。


98.09.22

 圧倒的な睡魔に勝てず、昨晩は早々と寝床についてしまいました。
 ドリフ・スペシャルなんぞを見てたせいのようです……。


 これだけじゃ何なので、ちょっとした話を一つ。最近雑誌で読んだんですけど、目からウロコ的な話だったので。
 高層ビルの建築中の現場を見る機会というのは、皆さんもけっこうあると思います。あの頂上に、資材を上まで上げるためのでっかいクレーンがありますよね。あの赤と白のしましまのやつです。
 あのクレーン、ビルが高くなってゆくにつれて、当然一緒に高い位置まで行ってしまうわけですが……ビルが完成した時、あのクレーンを頂上からどうやって地上へ降ろすか、ご存じですか?

 考えてみると不思議ですよね。かなり巨大なものですし、ヘリコプターで釣り下げて持っていくのもちょっと難しそうです。私も実は前から気になってはいたのですよ。
 この疑問について、大手建築会社の回答は、ちょっと意表を突かれるようなものでした。

「それはですね、こういう手順でやっているのです。
 まずあの大きいクレーンを使って、あれよりも一回り小さいクレーンを頂上まで引き上げます。で、その小さいクレーンで、もともとあったクレーンを地上まで降ろします。そうしたら、今度はまたそれよりも小さいクレーンを、さっき頂上まで上げたクレーンを使って引き上げるのです。そしてそのクレーンで地上まで降ろす。
 ……これを繰り返すと最後には、最初のものに比べてずっと小さなクレーンが頂上に残りますよね。
 そうなったら頂上でそのクレーンをバラバラに分解し、人間がエレベーターに積んで地上まで下ろす……と、こういう手順を踏むわけなのです。
 原始的な方法に思えるかも知れませんが、現時点ではこれがいちばん効率の良いやり方なのですよ」

 ……ううむ。最先端の建築現場でも、こういう発想をもって工事が行なわれているんですねえ……。『頭の体操』を思い出すようなそのアイデアに、私は思わず唸ってしまったのでした。


98.09.28

 今日はまったくしょうもない話を連発しますよ。それでもいい人だけ読んでね。

・『月見うどん(そば)』という食べ物がありますね。生卵が乗っかってて、風情があって大変よろしい食べ物です。
 しかし、あの卵、皆さんはどうやって食べてますか?
 下手に黄身を破ると、卵は汁に溶け込んで回収不能になってしまい、卵を入れた意味がなくなってしまいます。といって、いくら汁が熱かったとしても、あの卵はほとんど固まりません。半熟どころか、半生にもいかないでしょう。ですから黄身を破らずに食べるのもほとんど不可能です。
 とすると、どうやって食べればいいのでしょう。これがいつも疑問なのです。
 それともあれは、黄身を破って汁に溶かしてしまうことが前提になっているのでしょうか。しかしそうすると、汁を全部飲み干さない限り、せっかく入れた卵がかなりの率で無駄になってしまいます……。
 というわけで、月見の正しい(効率のいい)食べ方をご存じの方、ぜひ教えて下さいませ〜。

・それと似たような命題で、『チャーシューメンのチャーシューをいつ食べるか』というのもあります。
 やはり感覚としてはチャーシューをオカズにしてラーメンを食べる、というような感じになると思うのですが、これが意外に難しい。うまく全体のバランスを考えて食べていかないと、ラーメンだけ、あるいはチャーシューだけが残ってしまって、どちらの場合もどんぶり上に何となく淋しい情景が展開されてしまいます。けっこうなテクニックを要するのですね。
 「私はこーゆー風に食べてます」というレポートを掲示板などに書いていただけたら嬉しいです〜。

・ところで幼い頃は、駄菓子屋さんにはお世話になったものです。10円20円のお菓子がいっぱい売ってて、100円も持っていけばちょっとしたリッチマン気分でしたよ。私らの年代だと『うまい棒』とか『キャベツ太郎』『ハートチップル』なんかが駄菓子の代表格になるでしょうか。

 で、唐突ですが、『駄菓子』ってすごい言葉ですよね。『駄』な菓子、ですよ。食品としては相当に社会的地位の低いネーミングだと思います。ある意味差別用語に近いんじゃないでしょうか。
 まあ、それが学生の日常会話の中などで口語的に『駄菓子』と言われたりするのは、別に構わないと思うんです。別にばかにするような意識があるわけじゃないし。
 しかし、うちの近所のスーパーでのあの扱いにはさすがに違和感を覚えましたね……。そこではまず、駄菓子の専用コーナーを設置しています。それ自体は何ら問題ありません。

 でもそこにわざわざ、巨大なポップ字体で『駄菓子』というロゴを飾るのはいかがなものなのか。菓子を商品として売っているのに、みずから『駄』を名乗ることはないでしょう。その他の普通の菓子だって値段的にも大して変わらないのに、一部の商品だけに、マイナスイメージな接頭語を付けて売っているわけです。変でしょー、何だか。
 他の食品に『駄』なんて付けますか? 『駄肉』とか『駄野菜』なんて見た事あります? ないでしょう。あっても買う人いませんしね。
 これではまるで、ゲームソフトの店に『クソゲー』という専用コーナーを設けてるようなものですよ(それはそれで別のファンが集まりそうですが)。

 普段何気なく使っている言葉でも、それをそのまま看板にされたりすると、違和感を覚えることもあるものですね。そんなことを考えた、9月28日のまきひさでした。

 ね、しょうもない話って言ったでしょ。


98.10.01

 今日は木場に行ったついでに、前回の雪辱を晴らすため、再び現代美術館へと向かいました。休館日は月曜ですから今度はだいじょうぶのはず。そう確信して、私は雨にもめげず歩を進めてゆきました。

 それにしても、歩くとやはり、遠いです…。駅から1kmという距離はかなり微妙なラインといえますな。15分ちょっと歩くというのはそれなりにしんどいものですし、かといってバスを使って往復400円も払うような距離でもないですからねー。実にどっちつかずな場所にあるのがこしゃくな感じです。
 ただ、そういう微妙なロケーションにあるおかげか、広大な敷地を活用して、現代美術館は非常に広くて美しい、見事な建造物になってます。天井が高いのでなおさら広さが強調されるんですね。シャープなトータルデザインも私好みで、東京の真ん中にあるとはちょっと思えないような静謐な雰囲気があります。

 さて。今回の目当ては何といっても、前回見逃した『マンガの時代』展です。具体的な内容までは知らなくとも、それでも『手塚治虫からエヴァまで』というキャッチコピーが私のオタク心を大いに刺激してくれます。
 エントランスまで来ると、団体客の姿もちらほら見受けられ、間違いなく開館していることを知らせてくれました。よっしゃー。これで1km歩いた苦労も報われるというものです。私はわくわくしながら美術館に足を踏み入れました。
 そこかしこに『マンガの時代』展のポスターが張ってあります。鉄腕アトムと綾波レイが並べて描かれているという、強力なシロモノです。なかなかやるのう。
 ところが、そんなポスターに何気なく近付いて見てみた時……驚愕の事実が私の脳髄を揺さぶりました。

 『開催期間:10月3日 〜 12月13日

 言うまでもなく、今日は10月1日……。私はその場にしばらく硬直してしまいましたよ。
 くうう、またしても! …私は一度ならず二度までも苦汁を舐めさせられてしまったわけです。この有り様を一体なんと呼ぼうか。

 ――そう、「まきひさが間抜けである」の一言ですな……。

 私は怒る気にもなれず(もっとも怒るほうがおかしいのだが)、ひたすら脱力感に見舞われました。周りに人がいなければヘナヘナとへたり込んでいるところです。
 でもここまで来て何も見ないで帰るわけにもいきません。というより、もともと最初の来館の時は、『マンガ展』があること自体知らなかったのですから、それが見られなかったからといって気持ちが萎えてしまうというのもおかしな話です。
 そういうわけで気を取り直し、イベントと関係なく芸術作品が展示されている常設展示場というのを見てゆくことにし、私はチケット売り場に向かいました。入場料、大人500円。まあ妥当な線でしょうね。
「大人1枚お願いします」
 私がそう告げると、しかし、受付けのお姉さんから妙な質問が返ってきたのです。

「あの、お客様は、都内にお住みですか?」

「は?」
 質問の意図がつかめず、戸惑いつつも「……そうですけど」と答えると、
「でしたら、チケットは無料となります」
 とお姉さんは微笑んで、チケットと共に、私の払った代金をそのまま返してくれました。
 わけがわからず「……どうして無料なんですか?」と訊いたら、

「今日は都民の日ですから」

 …なるほど、そういうサービスだったのか。平日も祝日も関係ないような生活をしている私には、社会のそんな行事にはまったく考えが及ばなかったのでした。
 なにはともあれ、『マンガ展』を見逃したのはアンラッキーだったけども、年に一度しかない都民の日にたまたま来て無料で観られるなんて大ラッキーといっていいでしょう。実にうまいこと相殺してくれました。これも普段の行ないが良いからですな、フォッフォッフォ。

 さて、常設展示場では、国内外問わず様々なアーティストの、いわゆる前衛芸術が多数展示されていました。
 いろいろな試みがなされた芸術作品の群は、それが実物だということも相まって、見るものを圧倒する不思議な迫力を持つ物が多かったように思えました。
 ……しかし。
 正直いって私には、それらの作品が表現しようとしているものが、半数以上、まったくわからなかったのです。
 描かれた対象が人であるとか風景であるとか、ある程度はっきりしているものは、私にも多少の善し悪しは判断できます。また、キャンバスの上に、何かしらの幾何学模様がいくつも描かれているような絵や、絵の具を飛び散らせただけのような絵がありますね。こういうものも、はっきりとは理解出来ないまでも、色使いがきれいだとか独特だとか、発想が斬新だとかいう、素朴な感想を述べることはいちおう可能です。
 しかし、そういう感想すら思い浮かばず、「なんじゃこりゃ」としか言わざるを得ないようなものがいくつもあったのです。

 例えば、ロスコという作家のある作品は、まず真っ赤に塗ったキャンバスがあり、そのちょうど上半分が真っ黒く塗られています。……それだけの作品です。
 例えば、ケリーという作家のある作品は、160cm四方の四角いキャンバスが三つ横に並べてあり、それぞれが一面赤・青・黄色に塗られています。……それだけ。
 例えば、アンドレという作家のある作品は、野球ベースほどの大きさの錆びた鉄板を、床に2列一直線で計22枚並べてあります。……まったくそれだけです。
 挙げ句には、これは作家の名を失念してしまいましたが、こんなのまでありました。2m四方ほどのキャンバス、遠目から一見すると一面真っ黒に塗られているだけにしか見えません。しかし、近寄ってよーく見ると、九マスに分けられた平面が、微妙にトーンの違う黒で塗り分けられている事が辛うじてわかります。……それがなんだって言うんじゃい!

 このようなモノたちが、単に芸術作品として展示されるだけでなく、芸術史上何らかの意味合いを持った作品として評価されているということが、私にはまったく理解出来ませんでした。いい悪いの問題以前に、単純に「わからない」のです。
 さらに、これらの作品について書かれた解説が恐ろしく難解。先述したアンドレの鉄板並べアートについてはこんな具合です。

「ギリギリまでその物質性に焦点を絞った還元的な表現には…(中略)…素材のリアリティを目の当たりにした体験もまた強烈な影響を与えたものとして伝えられる。作品の素材や形態を限界まで切り詰めた時に、相対的に生じてくる『場』との緊張関係は、観るものが文字どおり作品に踏み込む事でさらに有機的なものとなる」

 ……これ、何を言ってるかおわかりになりますか? うーむ。鉄板を並べただけのものに、こうまで小難しい理屈が付けられるものなんですかねぇ…。
 もちろん、芸術というものの捉え方は人によってそれぞれですし、その表現も自由なのですから、どんなものが芸術として認められようが一向に構いませんし、何ら否定する気持ちもありません。
 しかし、私の中の芸術観とあまりにかけ離れたものが、一定以上の評価を得ているという現実を目の当たりにして、私は『芸術』と『そうでないもの』の境界線というものが自分の中でひどくあやふやになったような感覚を覚えてしまいました。まるで一種の異世界に入り込んでしまったような怖ささえ感じてしまったのです。『世にも奇妙な物語』ってありますよね。ちょうどあのドラマの主人公になったような気分でした。

 というわけで、今日の美術鑑賞は、美術品そのものよりも、それを評価するスタンスのありようというものについて考えさせられてしまった結果となりました。近場にお住みの方は一度見に行かれてみては? 一種のカルチャーショックを受けることだけは間違いないと思いますよ。

 それにしても、あまりにキテレツな作品ばかり並んでいたために、美術館の備品であるベンチとか地震計とかまでを、誰かの芸術作品かと一瞬錯覚してしまうほどでした。そう感じたのは私だけじゃなかったようですよ。他の観覧者の様子を見てたら、どこかのカップルが「このベンチ、作品〜? 座ってもいいの〜?」とかって言ってましたから。いいぞ、それは実は私も聞きたかったことなんだ(笑)。 


98.10.04

 三時ごろ、いきなりうちに電話がかかってきて、出てみたらししょう氏です。
「今、K氏の車に乗ってるんだけどさぁ、今からそっち行っていいか?」
「はぁー?」
 まったく唐突です。そのくせ「いいじゃん、どうせヒマだろー」などと言い出しやがるし。……反論できんのが余計悔しい。
 とりあえず事情を聞いてみたら、こんな話でした。

 ししょう氏とその彼女のAさんは、K氏の運転する車に乗って、ドライブがてら千葉からくり出してきたのです。もともと「お台場にでも行ってみようか」という計画だったそうなのですが、あきれたことにそのお台場への行き方を調べずに、行き当たりばったりで走って来たらしいのですね。そのテキトウなノリがまったく彼ららしい。
 道がよく分かってない上に、日曜日ということで道路はどこも大渋滞。その渋滞を避けつつ避けつつ走ってきたら、いつの間にやら葛西に来てしまった。で、行くアテがなくなって、とりあえずまきひさの家にでも行ってやるか、ということになった…ということなのでした。……「ということ」って言われてもなぁ。

 おかげで私は大急ぎで部屋の掃除をする羽目になっちまいました。野郎だけならともかく、女の子も来るのに散らかりまくりっぱなしはさすがにマズイ。何とか人が4人座れるスペースを確保するために大慌てですよ。変な本とかも片付けないと……あわわ、いやなんでもないです。
 そうこうしてるうちに彼らはうちにやって来ました。Aさんはさすがに恐縮してましたが、ししょう氏とK氏は我が物顔であがり込んできやがります。その上Aさんに「狭いトコだけど、まあゆっくりしてけよ」なんて言い出す始末。……まったくもう。

 で、4人で緊急ミーティングを開き、これからどうするか色々アイデアを出しあいました。でもこれといった妙案も出ず(ロクな議論してないんだから当たり前ですが(笑))、結局近くの大きな公園で散歩、という実にブナンなコースに決まりました。
 ところで、ししょう氏の彼女であるAさんですが、同じ大学の同級生なので私とももちろん既知の仲です。でも卒業以来ほとんど会ってなかったので、久しぶりに会えて嬉しかったな。相変わらずカワイイ人なので、これがししょう氏の彼女かと思うと、言い知れぬ怒りがこみ上げて来るってもんです。(笑)

 一通り公園を歩いたあと、みんなで軽く食事を取りました。Aさんから同級生の女の子たちのよもやま話を聞いて、感心したり驚いたり。やはり4年も経つと色々あるもんですなぁ。
 話はそれから、「みんなで遊園地に行きたいね」という話題に移っていきました。Aさんは特に富士急ハイランドに行きたいのだといいます。絶叫マシンが好きらしいのですね。K氏も同感らしく、私も嫌いではないので、話はすっかり「じゃあ、いつ行こうか」という現実的な方向で一気に盛り上がりました。
 ところが、ししょう氏だけは妙に黙りこくってしまってます。それもそのはず、彼は絶叫マシンが大の苦手なのです。大学時代に、ししょう氏を含めた仲間たちで豊島園に行ったことがありますが、その時も彼は、何に乗るにも二の足踏んでました。だから富士急ハイランド計画にはまったく乗り気になれないわけです。でも、行く時は引きずってでも連れて行きますけどね。(笑)
 (ちなみに苦手といえば、SSG氏の絶叫マシン嫌いもかなりのものです。何しろ、さっき書いた豊島園の時も、ししょう氏さえ(涙目で)ジェットコースターとかに乗って大騒ぎしてるのを、SSG氏は1人ベンチに座って眺めてたほどですから。「なんで金払ってまで怖い目にあわなきゃならないんだ」…って、そりゃそうかも知れないけどさ。(笑))

 さて、その後私たち4人はカラオケでちょっと歌って、そのあと解散になりました。急な集まりだったけど、でもやっぱり友達と笑って騒いでとっても楽しかったですね。うむ、苦しゅうない、いつでも遊びに来て構わんぞ。(笑)


98.10.05

 京葉道路と船堀街道が交差するあたり、そこからちょっと横道に入ったところに、そのうらぶれた雰囲気の商店街はありました。その中に、私の目を妙に引き付ける店があったのです。さびれた空気が充満しているアーケード街の下に、人目を避けるようにひっそりとあった『パチンコ』という看板です。

 パチンコ屋の看板といえば、ネオンと電球でギラギラしてるものと相場が決まっています。なのにその店は、まるで30年も前から変わらずにそこにあるかのような、実に地味で古ぼけたたたずまいを見せていました。看板もしかりです。入り口も喫茶店か床屋か何かのように小さく、ガラス越しに覗く店内はまるで賑わっている様子がありません。それどころか見た感じ、客の姿がまったく見受けられないのです。
 ふだんパチンコなんてまったくやらない私ですが、なぜかその店の妙な雰囲気に引き寄せられて、気がついたら店内に入ってしまっていました。

 店の中は非常に狭かったです。ちゃんと数えたわけじゃありませんが、おそらく台の数は30台かそこらしかなかったでしょう。私のとぼしい経験上から言っても、こんな狭いパチンコ屋は見た事がありません。
 さらに驚かされたのは、客が本当に1人もいなかったことです。景品交換所に、いかにもやる気のなさそうなおばちゃんが1人座っているだけなのです。時刻は夕方の5時半を回っていましたから、いくらなんでも1人くらい客がいたっていいはずなのですが…。

 それなのにどういうわけか、パチンコ特有のチンジャラという景気のいい音は、常に店内に響き渡っているのですな。不思議に思って店内を捜索したら、その理由が分かりました。ところどころに、演出のためなのでしょう、自動的に玉が出てデモプレイを見せている台が設置してあったのでした。誰も座ってないパチンコ台が勝手に玉をはじき続け、玉の受け口にモリモリ玉が溢れていたりするんです。あんな装置があること、初めて知りましたよ。――そういう装置が必要な店がある、ってことも。
 さすがにいたたまれなくなって、3分もいないうちに私は店を出てしまいました。せっかくだからちょっとくらいやっていくかと、店に入る前までは思ってたんですけどね……。

 あの店はどうやって経営を成立させているんでしょうか。東京の街にあんなナンジャタウンみたいな雰囲気の店がまだあるなんて、なんだか驚いちゃいましたよ。
 かといって地方ならありそうかというと、かえってなさそうです。地方になると逆に、幹線道路沿いででっかい駐車場付きの、ものすごくでっかい店ばかりになりますからねー。あのミニマムな店は、ちょっとした骨董品クラスかも知れませんよ。

 パチンコ通なら一度行ってみるといいかも。都営バス『京葉交差点』そばですよん。


98.11.5

 ちょっとした用事のために、まーた実家に戻らなくてはならない羽目に。
 せっかくなので夕御飯くらいはご馳走になっていくことにしました。しかし、すでに家族は皆食べ終わっており、食卓には私の分だけが並べられています。
 食べている最中、何やらヒマらしく、妹一号機がいろいろ話しかけてきます。

「メシだけ食いに来やがって」
「食い過ぎだ、太るぞ」

などと、いつものようにロクなことを言わないので、はいはいとテキトウな相づちを打っていると、奴はしゃべりに飽きたのか、今度は食卓の横で奇声をあげつつ、よくわからない踊りを踊り始めました。これもいつもの事なので取り合わないようにしていたら、突然、
「バシッ」という音と
「痛っ」という声が。つい目を向けたら、妹一号機が自分の後頭部を手で押さえています。
「どうしたんだ、おまえ」
「自分の頭を自分でぶってみた
「……おまえ、バカか?」
「いいじゃん、ぶったらどうなるかと思ったんだよ。深く追求するな」
などと言って笑う妹一号機。あまりの意味不明ぶりに、私も不覚にも爆笑してしまいました。負けです。く〜、卑怯な手を使いおって。俺は意味不明ギャグに弱いんじゃ。

 彼女の奇行はまだ終わりません。居間で家族揃ってテレビを見ていたら、一号機が何やら耳打ちしてきました。
「ぶって」
「はぁ?」
「ぶってよ」
と、寝そべってテレビに見入っている親父の頭を指差します。もうこの時点で意味が判りません。一号機ワールドです。なんで兄の俺が、妹の指令で親父の頭を叩かなくてはならないのだろう。
 でもとりあえずその後の展開も面白そうだったので、お言いつけのとおり、親父の頭に平手を放ちました。もちろん口で「ビシ!」と効果音を入れつつ。
 ところが親父は我関せずといった様子で私の攻撃をまったく無視し、悠々と鼻クソなんかほじり始めやがったのです。しかしそのふてぶてしい態度が一号機のツボに入ったらしく、彼女は「ムカつくー!」と言いつつも腹を抱えて大笑い。
「あはは……ねね、もう一回ぶってみてよ」
「するか!(笑)」

 そんな一号機ですが、音楽の分野ではかなりの技量の持ち主で、音楽の専門学校に通いつつ、クラスでもトップレベルの成績だとか。楽器はエレクトーン。目の前で弾く姿を何度も見ていますが、何だか感動しちゃうくらいカッコイイです。はー、やはり、芸術家と奇人は紙一重なんだろうか…(笑)

 その後、妹二号機とは英会話のロールプレイを少しばかりしました。二号機は二号機でやはりスゴイ。凡人は長兄たる私だけ。情けない話じゃのう。……頑張らねば。


98.11.10

 会社に向かう途中の電車で、私は吊り革につかまりつつ英単語帳を読んでいました。
 そしたら途中の駅で、本物の外人さんがひとり乗り込んできたのです。しかも地下鉄の路線図を片手におろおろした様子で、いかにも道順がわからなそう〜な雰囲気を発散しています。位置的にも私の目と鼻の先です。

 うわわ、どうしよ、今英語で何か質問されたらちゃんと答えられるのか? いや、そもそも質問をちゃんと聴きとれるんだろうか? 私の頭の中でいろんなシミュレーションがぐるぐる回ります。緊張して変な汗までにじみ出てきました。手のひらが急に汗ばんできます。英語の本を手にしていることを見つけられたらきっと俺に声をかけてくるぞ、でもこれはネイティブと話す絶好のチャンスでもあるし、でもでも……うわーうわー俺様大ピンチ!

 などと思っているうちに、その外人さんは他のサラリーマンとの会話を終え、落ち着いた表情で既に席に座っていました。全てが杞憂に終わり、心の中で私は安堵の吐息をつきました。
 一人相撲終わり、決まり手、肩すかし。
 でも……すまん、外人さん、やっぱり今はまだ無理です……。

 この顛末を、妹二号機(英検二級)に話したら、「あたしなら会話は出来ると思うんだけどねー」と心強いお答え。しかし、

「でもあたし、地下鉄の路線そのものがさっぱり判らないから、肝心の道順教えようにも教えられないけどね(笑)」

 さてこの日、妹一号機はピアノのレッスンのため帰りが遅く、夕食は彼女抜きでしめやかに行なわれました。平和よのう。
 その後、二号機と英語の勉強です。RやLやTHの発音についてのレクチャーを受け、なんとなく英語のスキルが上がったような気がしました。まきひさ、単純。

 そうこうしてたら、母親が「ケーキが買ってあるから食べな」と言い出しました。コージーコーナーで安売りをしていたので、特に意味もなく買ってきてしまったそうな。いくつかあったケーキのうち、私はモンブランを選びました。かなり美味かったです。ボリュームがあってそれでいて甘みはあっさりしていて、とにかくグゥでした。コージーといえばシュークリームかプリンという程度の頭しかなかった私でしたが、何を食べてもおいしいということが発覚です。認識を速攻で改めました。よし、今度からは気をつけよう!

 妹二号機と共にケーキに舌鼓をうち終えた頃、噂の妹一号機が帰ってきました。
「あ、ケーキじゃん。なに食べたの?」
 と聞かれて、一号機ごとき相手に真面目に答える気のない私はとりあえず、
モランボン」と言ってみました。
「ふーん。じゃああたしは何にしようかな……」
「おいっ、平気な顔して流すなよ」
「いいんだよ、わかったんだから。以心伝心だよ」
 ……。やっぱり、こいつの日本語はどっかオカシイ。

 そんな特異なキャラクターを持つ一号機ですが、彼女の学校には彼女と波長のピッタリ合う親友がいるらしいです。しかも名字が同じ『小山』なので、コンビを結成したそうな。
 その名も『コヤマー』。
 アクセントが『ヤマー』にある、つまりコギャルの言う『カレシ』と同じイントネーションです。正しくは漢字に棒をひいて、『小山ー』と書くのが正しい、とまで言われてしまいました。いろいろ試してみて、その表記がいちばん落ち着くということで決定したそうです。

 もはや兄の力だけではどうにもなりません。怪電波の惑星に祈りを捧げるしかないですね……頼むからもうチョイ波長を弱めてくれと。


98.11.21

 公園の前を通りがかった時、外人さんの親子の姿を見かけました。まだ幼い女の子と、そのお父さんのようです。女の子はまだ補助輪が付いてる自転車に乗っていて、いかにも危なっかしげ。その様子を後ろでお父さんが見守ってます。

 何となく微笑ましい光景だなあなんて思いながら見ていたら、その子が公園入り口の下りスロープにさしかかった時、お父さんが大きな声でこう言ったのです。

ブレイク!

 私はその言葉の意味がすぐには判りませんでした。『壊せ』?? 何を壊せってんだ? チャリをか? それとも英語では『止まれ』をそういう言い回しをするんだろーか?

 ようやく私が、お父さんは『ブレーキ(brake)』と言ったのだ、という事に気付いたのは、三十秒以上も経ったあとのことでした……。なんたる間抜け。

 でもあとで辞書を調べたら、breakもbrakeも、発音はまったく同じで[breik]なのですね。よかったー、私が誤解したのも無理からぬ事だったのですな、うむうむ。

 ……ふつーは状況で判りそうなもんだが……それは言いっこなし、ね。


98.11.23

「やっぱり、『スパイ』ってカッコイイよな」
「うんうん、なんか男のロマンって感じだよね〜」
「産業スパイ、なんかも響きがいいよね。こう、社会の裏側で暗躍するって感じがさ」
「いいねー」
「でもさー、小学生が、『将来なりたい職業』って作文で、いきなり『産業スパイ』って書いてたらどうするよ」
「『おおきくなったら、お父さんみたいなりっぱな産業スパイになりたいです』って?」
「教室じゅうがシーンとなるね。先生、唖然」
「てゆうかお父さんの仕事バレてるやん」
「その日に捕まるね。『お子さんの作文が証拠です』って」
「お父さん思わず『しまったー!』」
「お父さんも自慢してたんだろうなー、自分の子供に。自慢すんなよそんな事。『いいか、タカシ。お父さんは産業スパイっていう大変な仕事をしてるんだぞ。ほら、おみやげだ、これをやろう。IBMのボールペンだ』」
「そりゃスパイじゃなくてコソ泥だよ」
「それより、名刺の肩書きにいきなり『産業スパイ』って書いてある、っていうのはどうかな」
「『わたくしこういう者です』って差し出すのね」
「その勢いで、ゴルゴ13とかも名刺持ってたりしたらすごいね。『デューク東郷』って書いてあって、肩書きのとこには『ヒットマン』って」
「住所とか電話とか全然書いてなくて、スイス銀行の口座だけ書いてある」
「そうそう。で、名刺渡す時もあの顔のまんま。しかも片手で渡す。礼儀正しいんだか何だかわからないな」
「肩書きが『殺し屋』っていうのもちょっとすごいな。でやっぱり、子供に『お父さんみたいな殺し屋になりたいです』って言われちゃう」
「いや、殺し屋にも格付けがあるだろう。いろいろあんだよ殺し屋にも、事故に見せかけて殺す系とか、斬る系とか。射撃系は花形って感じだな。地味なのは打撃系で、特に鈍器はランクが低い」
「いわば平社員だね。逆に子供の間で『やーい、おまえの父ちゃん打撃系だろ〜、ダセぇ〜』って馬鹿にされたりして」
「奥さんにも嫌味言われるね。『お隣りの山田さんはもう射撃系なのに、あなたときたらいつまでたっても打撃系で……』」
「娘にまで、『どうしてお父さんは打撃系なの?! そんなお父さんなんてキライ!』って泣かれちゃう」
「でもそんなお父さんは夜になるとこっそり、裏庭で一所懸命バットの素振りしてたりするんだよね」
「それを見てしまった娘が心を打たれて、『お父さん、ひどい事言ってゴメンねゴメンね』って、お父さんの胸に抱き付くわけだ。いいシーンだなぁ」
「大捜査線のいかりや長介みたいに、地味な打撃系でも誇りを持ってやってる渋いオヤジとかもいそうだしねぇ。『俺ぁこれ一筋なんだよ』って。『この血痕の一つ一つが俺の勲章なんだ』とか……」

 そんなことを一日中しゃべってました。感想をお聞かせ下さい。


98.11.24

 シュミレーションとシミュレーション。
 コミュニケーションとコミニュケーション。
 マニュピレーターとマニピュレーター。
 活字で見るならともかく、口で繰り返し言ってると、だんだんどっちが正しいか判らなくなってきますよ。嘘だと思うならやってみよう。さあ、怖がらずにトライだ!


98.11.26

 "appreciate" と "appropriate"。区別して覚えるのに私がさんざん苦労した英単語だというのは以前書いた通りです。

 ところが今日、K氏から、実に画期的な覚え方を教わってしまったのです! それをここで大発表いたしましょう。残念ながらK氏オリジナルというわけではないのですが、だとしてもこれはすごいですよ。受験生は必見だ。もちろん英検の人も。

 まず、appropriate(アプロプリエイト)。とりあえず意味を『利用する・充当する』に絞って考えます。そして、次のような情景を思い浮かべましょう。

『海でアップアップと溺れているブルース・リーを、エイトマンが、ロープを利用して助けている図』。

 もうお判りですね。そう、『アップ・ロープ・リー・エイト』です。どうです、何と無理なくなめらかに連想できる事か! 今までの苦労が嘘のようです。

 appreciate(アプリシエイト=正しく評価する)の方はさらに明快です。覚えるのは、エイトマンが利子の上昇(アップ)を正しく評価する、という情景です。この際、細かな解説は書くまでもありませんね。

 さらにこんなのもあります。prompt(プロンプト=迅速な)という単語。この場合に思い浮かべるのは、こういう情景です。

プロのボクサーがウン、と力を入れた時に、思わずプッと出たのですばやく後退した』。プロ・ウン・プット、です。もはや脳裏に焼きついて離れません。

 そういった中においても決定版のひとつと言えるのが、rural(ルァラル=田舎の)という単語です。こんな難解な単語、暗記法でも使わねば覚えられるわけがありませんね? ところがご安心下さい、暗記法はあるのです、ちゃんと。あなたはただ、下のような情景を思い浮かべるだけで良いのです。

『郊外に住むお嬢さんが、宝塚歌劇団のオーディションに受かったという通知を受け取り、ランラン気分で浮かれている図』。
 すなわち、
『宝塚受かる・アラ・ルンルン娘は田舎の娘』

 となるわけです。これを知った時、私はめまいがするほどの感動を覚えたものです。

 K氏によれば、これらの暗記法の原典となる本が実際に出版されている(いた)と言うのですが、私は残念ながらまだ見付けたことがありません。この本についての詳しい情報をご存じの方、ぜひぜひお知らせ下さいませ。とにかく読んでみたい〜。


98.11.30

 でかい病院にまた行ってきましたですよ。もううんざり。
 看護婦のおばさんは採血しながら、「まあ〜、こんなにキレイな血管してる人は珍しいわ。採血が注射1本分なのがもったいないわね〜。あ〜ん、10本ぐらい採りたい〜」とか物騒な事を言い出すし。待合室では「お薬をお待ちのお客様、お待たせしましたァ〜〜〜♪」なんて、オペラみたいなアナウンスが響きわたるし。ロクなとこじゃないです、ほんと。


 その後仕事のため幕張メッセへ。業界の展示会があるのです。

「とりあえずまきひさ(仮名)くん、あの取引先の外人さんを手伝ってろ」
「いや、でも私、まだ英会話なんてできないですよ」
「慣れだ。慣れれば何とかなる。慣れろ」

 と言われたはいいけど、さすがにネイティブの前に出ると簡単な英文も出てこなくなってしまうもんです。サンキューって言われた後の返事とかさえ、とっさには出てこなかったです……。
 seat(いす)とsheet(敷布)を聞き違えて、とんちんかんな事やって笑われたりもしちゃいました。む〜。
 うちの部長は普段はコテコテの大阪弁なんですが、いざとなると非常に流暢な英語を話すことができるので、すげーカッコイイのです。ああいうふうに私もなれたらなー。いや、容姿以外はね。


 夜中になって、女友達から電話がかかってきました。人生論とか恋愛論とかを、2時間以上も語り続けてましたよ。最近は濃い電話が多いなぁ。


98.12.05

 この日は夕方から友人と二人で、渋谷のBunkamuraで開催されている『オランジュリー美術展』を観に行きました。フランスにあるオランジュリー美術館所蔵の絵画を展示しているというものです。ルノワールやピカソなど巨匠の作品が多く、なかなか見応えのある美術展でした。ただ個人的には、モネの絵が一枚しかなかったのが残念だったかな……。

 しかし問題はそのあと。一通り観終わったあとでおみやげコーナーなどをなんとなく散策していたら、私の大好きなミュシャのカレンダーが売られているのを発見してしまったのです。しかも値段が1,200円、安い! ちょうど来年のカレンダーを探していた時でもあり、ものすごい物欲の高まりを抑えきれず、私は思わず購入してしまいました。

 でもこれ、実は、今回の美術展とはまったく関係のない商品なんですよね……。何しろミュシャの絵なんて一枚も展示されてない。なんでオランジュリー観に行ってミュシャ買ってんねんって感じです。
 さらにこれが異様にかさばる。丸められないような質の紙でできているため、カレンダーそのまんまの大きさの紙袋をぶら下げて歩かなければならないのです。モノ自体には満足しているのですが、何しろ邪魔で邪魔で。買ってからそのことに気付いた私を、買う前に「やめときな」と助言してくれていた友人は、呆れた目で見ていました。くう〜。

 そのあと新宿に移って二人で飲みです。一通り飲み終わってからさらにカラオケに行こうとしたのですが、どこも混んでたり、二人だとダメって言われたりで、思いのほか場所探しには手間取っちゃいました。いつもはあんなにうるさいくらいに「カラオケいかがすかー」って勧誘してくるくせに、こーゆー時はうまくいかないもんです。

 1時間歌ったらちょうど終電くらいの時間になったので、そのまま駅へ向かいました。
 で結局、友人も私のアパートに泊まりに来ることになったのでした。しかし、「西葛西って遠いねえ」をやたら言ってたのはまあ仕方ないとしてもだな、「ちょっとした小旅行だよ〜」というのはさすがに言い過ぎだろー。たかが1時間の地下鉄でお疲れとはいいご身分だな、おい。


98.12.06

 昨日から泊まり込みで遊びに来ていた友人と二人で、一日中部屋の中でダラダラ過ごしてました。
 二人してゴロ寝しっぱなしで、ちょっとおなかが空いちゃ食べ、またゴロゴロ、ということを夕方五時くらいまで繰り返すというぐうたらぶり。さすがに二人とも「人間としてかなりダメな生活だね」と自覚はしていましたよ。でも、してりゃいいってもんじゃないですな。
 だけど、そんな一日でも、楽しかったです。これ以上ない気分転換になりました。

 ところで友人はこれが私のアパート初訪問なのですが、やたらと部屋の中など観察して、「ほんっと、一般人だよね。この部屋もきみ自体も」とのたまってくれました。
 む〜、どう解釈していいのやら。でも、ばかにされてるのは確かなような気がする。


98.12.08

 安らかな眠りの中にいた昨日の深夜、PHSの呼び出し音で叩き起こされました。
 時計を見ると夜中の4時近くになってます。発信者の名前を見ると、友人の一人でした。

 安眠を妨害された私はさすがにキレて、その呼び出し音を無視することに決定。いいか、俺様は熟睡してて気付かなかったのだ、わかったな。わかれ。電話先の友人にそう心で伝えます。そして布団の中にふたたび潜り込みました。そのうちに呼び出し音は途絶えました。

 しかしそれから何分もしないうちに、また同じやつから呼び出しです。おいおい勘弁してくれ……と思いながら、やむを得ず私はのそのそと布団から這い出し、PHSを取りました。「もしもし」の声も、自然と怒りまじりのものになります。

「あ……ごめん、寝てたね」
「この時間じゃ当たり前だよ。何?」
「……」
「…?」
 なんだか相手の様子が変です。
「…ごめん……」
「いや、もういいから。で、なんなの、こんな時間に」
 私はもう一度聞きましたが、相手は、
「……ごめんね……」
 などと謝ってばかりで、さっぱり要領を得ません。
 それから私が何を聞いても話が通じず、しまいには向こうから電話を切られてしまいました。

 何なんだ、いったい。

 気になって、こちらから相手の携帯にかけ直してみると、留守電モードになってしまっています。それ以降何回かかけてみましたが結果は同じでした。
 釈然としない気分のまま、私は再び寝床に入りました。

 日が変わって火曜日、つまり今日、会社から帰ってくると、昨日の友人から留守電にメッセージが入ってました。昨日の件を詫びる言葉でした。
 電話してみると、その友人は開口一番「ごめんなさいっ」と謝ってきました。
「コラ! 何なんだ、昨日の電話は」
「だから、ごめんって。ほんとに、ごめん」

 話を聞いてみると、友人は昨日の夜、しこたま酒を飲んでしまい、前後不覚になるほど酔っぱらって、その中で私の家に電話をかけてきたのだそうです。
 本人は、私に電話をしたということと、『変なことを言った』という漠然とした記憶しか残っていないのだともいいます。電話を切ったあとは、顔なじみのバーのバーテンさんに家まで送ってもらったんだそうな。

 深酒をした理由ははっきりとは教えてくれませんでしたが、仕事や生活の面でいろいろ辛いことが重なって、つい酒に溺れずにはいられなかったというのがどうやら真相のようです。
 そして今日になっても友人は、ブルーな気分から抜け出せないでいる様子でした。私はこの友人を励ます方法はないかと考えて、

「そっか。じゃあ……今からうちに遊びに来るか? 愚痴でも何でも聞いてやるからさ。明日は俺は仕事だけど、そっちは休みなんだろ? 泊まり込みで来るといいよ」
 と提案してみました。友人はフリーターかつ一人暮らしの人間なのです。かなり時間の融通が利く身といえます。
「そうだね……」友人は少し迷っていましたが、結局、「うん、わかった。今から行くよ。ありがとう」

 というわけで、その友人が西葛西にやってきたのは夜の10時過ぎ。それから私のアパートで、酒を交わしつつ、夜を徹していろいろなことを語り続けました。そのおかげか、友人はだいぶ元気を取り戻せたようです。よかったよかった。

 でも、私は次の日仕事なんだけどな……どうしよう。


98.12.09

 友人と語り続け飲み続けた果てに、結局ほとんど眠らないまま夜は明けてしまいました。
 朝、何とか仕事場に向かう気力を振り絞ろうとしたのですが、やはり無理。まだ入社して間もないというのに、仮病を使って休むことになってしまいました。俺様ダメ人間。

 その日は友人と共にのんびり過ごしました。堕落、ともいいます。

 しかもその勢いで友人はもう一泊することになってしまいました。
 次の朝には一緒に家を出ることを約束して、今日ばかりは早めに寝ることにしたのでした。 


98.12.10

 朝です。だるい体に鞭打って、なんとかスーツ姿に着替え、私は出社の態勢を整えました。さすがに二日連続で休んだりするわけにはいかないのです。
 いっぽうの友人は、私より少し前に目を覚ましていたらしく、布団の上で座ったままボンヤリしていました。しかし寝起きそのままの姿で、とても一緒に家を出られるような状況ではありません。
 仕方がないので私は、「俺は会社行くけど、あんたはまだ寝てていいから。適当な時間に帰れよな」と、なかばやけくそ気味に言いました。
「家を出る時は玄関を閉めてってくれ。鍵は……」と、鍵の置き場所を教え、そして家を出て会社に向かいました。

 会社が終わったその帰り道。
 西葛西の駅前のコンビニで漫画を立ち読みしていたら、PHSが鳴りました。出ると、友人です。
「おお。どうだった、今日はちゃんと帰れた?」
 私がそう聞くと、友人は驚愕の事実を告げてきました。

「……いるよ」
「……え?」
「まだ家にいるよ」

「何ぃ?」コンビニの前で、素っ頓狂な声を出す私。「家に、って、まだ俺のアパートにってこと?」
「そう」
 悪びれもせずに相手はそんなことを言ってます。
 私は怒るより前に笑ってしまいました。そして呆れ返って、
「……わかった。今から説教しに行ってやるから、待ってろ」

 豪速でアパートに帰ったら、その友人はほんとにまだいました。さすがに申しわけなさそうな顔をしています。
「あのなー、ちょっと現実逃避が過ぎるぞ。いい加減にしろよ」
 私のそんな言葉を、友人はちょっとうなだれつつ、粛々として聞いています。そんな様子を見てたら、何だかだんだん怒る気が無くなってきてしまいました。
「……まあ、いいよ。とりあえず夕飯食べて帰ろう」
 近くのそば屋で夕食を取り、アパートに戻って、友人から事情を聞きました。……事情たって結局こいつときたら、うちにあった漫画を全巻読破してただけだったんですけど。まったくどうしようもないですな。

 でも、最近までに友人が受けていた精神的ダメージが、私の思ってた以上のものだったということも、その後の話でわかったのでした。

 そんなこんなでまた遅い時間になってしまったので、友人はさらにもう一泊することに。明日の朝こそ一緒に家を出るということを固く約束して、今度こそ早めに二人とも寝床につきました。


98.12.11

 友人はようやくこの日の朝、私と同じ電車で家に帰っていきました。
 しかし、この何日かですっかり心身ともに疲れてしまった私は、仕事のヒマさもあいまって、デスクに座ったままウトウトの連続でした……。


98.12.12

 私の本来の地元である三軒茶屋で、中学時代の同級生が集まって、飲み会が開かれることになりました。この同級生メンバーは男も女も含めて、未だに繋がりが残っていて、こうして年に何回か集まったりすることがあるのです。嬉しいことといえましょう。

 でも今回は、集合の段階でいきなり波乱がありました。私が(珍しく)時間通りに集合場所に着いたというのに、そこにはまだ一人しか友人が来ていません。
「どういうこっちゃい」
 二人で話しながら待ち続けるうちに、ようやくもう一人の友人が来たものの、それ以降、一向に人の集まる気配がない。もはや明らかに異常事態です。
 といって、連絡取り合おうようにも、ふだんあまり会わない同士ゆえ、お互いの携帯の番号もわかりません。

 そうこうしているうちに無為に時間ばかりが過ぎ、集まったわずかなメンバーはだんだん気分が冷めてきてしまって、
「もういいや、こうなったら俺たちだけで飲もう」
「そうだね」
 もの淋しい気分を禁じ得ぬまま、私たちは駅前の飲み屋を物色し始めました。
 しかし年末、しかも土曜の夜ということで、なかなかいい店が取れません。うろうろ歩き回っているうちに、私たちは某ハンバーガー店の前を通りがかりました。
 その時、

「あ」
「あ」

 見知った顔に出会いました。
 それは誰あろう、この飲み会の幹事氏ではありませんか。
「何やってんの、こんなとこで……?」思いがけず、互いの声がハモります。

「何って……待ち合わせ場所、ここだろ」
「ええ〜〜っ?!」

 どうやら待ち合わせ場所がうまく伝達されていなかったようです。
 私一人別の場所にいたというのなら、私の勘違いということもあり得ます。でも今回はその逆パターンで、幹事以外がみんな違う場所に集まっていたというのですから、おそらく連絡過程のどこかで伝言ゲーム現象が起こってしまったんでしょうねえ。だとしても釈然としないものは残りますが……。

 まあ結局はなんとかうまいことみんなで集まることができたのでよかったです。
 待ち合わせはゴタゴタしたものの、やっぱりみんなで飲んで歌っての集まりは楽しいもんです。結果的には大いに盛り上がりました。またやろうね。今度はとにかく待ち合わせ場所だけはきっちり伝達しましょう。


98.12.17

 仕事が終わり、そしてアパートの夜です。
 私は、妹二号機の方と電話してました。我が家ではもっともクレバーで常識人の1人であるといえる二号機との会話は、10歳近い年齢差がありながらも、破綻のない、高度なレベルの会話だったといえましょう。……もっとも、私のほうの脳が年齢相応のものかということには、大きなギモンがあるのですが。

 それはそれとして、会話に参加していない妹一号機は今ごろどうしているんだろう。そのことがふと気になった私は、二号機に奴の様子を訊いてみたのです。
 そしたら、二号機は苦笑混じりに、こう答えてくれました。

「……私の後ろで、コマネチ100連発してるよ」

 一号機はやはり私の想像を超える娘だったのでした。
 だいたい、電話機の向こうで体張ったパフォーマンスしてたって、私に通じるわけないのに……それでもやってくれちゃうんだもんなぁ。いははや、あんたにはかないませんて。参りました、一号機よ。


98.12.19

 今日は妹一号機がエレクトーンの演奏会に出場する日です。良き兄を自負する私としては行かないわけにもゆかず、二号機の方の妹と待ちあわせをしてから渋谷の会場に向かいました。
 会場にはすでに母親も来ており、親戚まで引き連れ、しかも最前列の席に陣取って、気合い十分の態勢で構えていやがりました。私はさすがに最前列は気が引けたので、二号機と共に4列目あたりから観ることにしました。照れもありましたが、それよりも、演奏する二号機に必要以上のプレッシャーを与えたくなかったからです。

 ところで。奇妙に思われるかも知れませんが、実を言うと私、一号機がエレクトーンを弾いてる姿ってほとんど観たことがないんです。本人が嫌がって練習中の姿も見せてくれないし、音はヘッドホンなので部屋の外には聞こえないしで、やつがどれくらいの実力を持っているのか、私には曖昧にしか掴めていませんでした。『演奏会』というもの自体の内容についても大きな期待を持っていなかったことも事実です。

 しかし、やがて始まった演奏会でのやつのプレイヤーぶりを目の当たりにして、私は自分の認識がいかに浅かったかを知ることになったのです。

 とにかく、見事でした。その一言に尽きます。

 まず、その流れるような指さばきです。人間の指がここまですばやく動くものか、と目を疑いたくなるほどの、凄まじいまでの高速演奏の連打が延々と続くのです。あまりに鮮やかな速弾きテクニックに、しばし言葉を失ってしまったくらいです。ぽかんと空いたままふさがらない口から、ぶしつけにも笑いを漏らしそうになってしまいました。想像をあまりに超えた凄いものを見せられると、人間、笑うしかなくなってしまうものです。

 一転してスローなテンポになると今度は、エレクトーンの豊かなサウンド表現力を活かして、厚みと迫力のある雄大な音世界を奏であげてきます。『エレクトーン』という言葉自体にちょっとチープなイメージを持ってしまっていた私ですが、実体はもはや比類なきシンセサイザー以外の何物でもないということを思い切り見せつけられてしまったわけです。己の不明を恥じるほかありませんでした。

 妹であるというひいき目など吹き飛ばすほどに、やつは圧倒的な存在感を持ったプレイヤーとしてそこに存在していました。なにしろ凄かったです。他に言葉が見つかりません。私の頭からは、『あれがコマネチ100連発の娘である』という事実など完全に消え去っていました。こうして感想を書いている今でも、あれがいつもの一号機と同一人物だということに対しては疑念を消し去れずにいます。しかし事実なのだなあ。どうなってんだ、一体。

 演奏会は全部で10曲。そのうち、やつが参加していたのは3曲でしたが、参加していない曲もみなレベルが高く、最後までまったく退屈しませんでした。今回私は無料で観させてもらったんですけども、これは例え入場料払っても文句ないですね。私はすっかり満足してしまいました。
 演奏会終了後、一号機にちょっと話を聞いてみましたが、実際の所やつはかなり緊張して、足が震えてしまうほどだったそうです。確かに序盤、体の動きが固いのは私も感じましたが、それでもあれだけの演奏ができてしまうのだから大変なものだと思います。普段のたゆまぬ練習のたまものというわけですね。
 いつもは電波系の馬鹿娘としか思っていなかった一号機でしたが、この日だけはちょっとだけ尊敬してやってもいいかな、と思いました。


 さてその後、演奏会を堪能した私と二号機、および母親と、そしてひそかに来ていた親父どのの4人で、夕食をとることになりました(一号機は打ち上げパーティに行ってしまったので)。
 
 ここで母上が、よせばいいのに、高級レストランでディナーコースを食することを提案。結局それが採決されて、我々小市民家族4人組は、高級ムードが充満した店内のテーブルにつくことになりました。
 はっきり言って4人とも、まともなテーブルマナーなど会得していません。まあマシな方といえる母親に指導を受けつつ、見るからにぎこちない動作で、食前酒から始まるコース料理を口へ運んでいきます。
 私と二号機は慣れない店の雰囲気にどうにも落ち着かず、ときおりお尻をもぞつかせてしまったりしています。そんな中、親父どのだけは、いつもながらの悠然したマイペースを崩さず、軽口などを叩きながらすいすいと料理を口に運んでゆきます。この時ばかりは、親父どのの無頓着な性格を羨ましくさえ思いました。世の中、ストレス感じない者の勝ちです。
 しかしこの親父どのの鷹揚な性格が、のちにちょっとした事件を起こすことになってしまうのでした。
 
 コースは進み、やがてようやくメイン・ディッシュの肉料理が運ばれてきました。さすが高級店だけあって、見るからに美味しそうです。
 この時もまっさきに手を付けたのは親父どの。いや、その躊躇のなさは別にいいのです。問題はここから。
 肉の一切れを口に含んだ親父どのから、相当にデカイ声で、爆弾発言が飛び出してしまったのです。

「うむ、ウマイ! これ、すかいらーく並にウマイな!」

 私は全身の血の気が、さあっと引くのを感じました。焦って反射的に辺りの反応を見回す私を後目に、

黙れ、親父ッ!

 誰より早くツッコミを入れたのは、誰あろう、妹二号機でした。

 ここで言い訳をしておきましょう。実は親父どのは、すかいらーくの味の大ファンなのです。こないだ初めて一緒に食べに行って、それが好みの味としっかり合致したらしいのですな。基本的に庶民的な、わかりやすい味が好きって事です。だから「すかいらーく並」という表現も、けっして「そこらのファミレス並」だと馬鹿にして言ったわけではありません。彼にとっては最大級の賛辞なわけです。
 しかし、そんな背景が店員さんや周囲の人たちにわかるわけがありません。私は、二号機と二人がかりで親父どのを諭し、押さえつけ、何とか事なきを得ました。

 だからね、食事するんでも、そのメンバーに応じた適切な場所ってのがあるわけです。親父どのと行くのはもう、焼き肉屋かラーメン屋、そして「大ファン」なすかいらーくだけにしときましょう。我が家の不文律第24条、『ゴカゾクヅレで高級レストランに入らないこと』、はい制定!


98.12.20

 今日初めて、葛西臨海公園というところに行ってみました。
 西葛西という絶好のロケーションに2年ばかりも住んでいながら、実はまだ一度も行ったことがなかったのです。同様のことはTDLにも言えますが……こちらは必要となる予算の問題が桁違いなので別格としておきましょう。
 
 とにかくやって来た臨海水族館です。同行者はC氏。

 さて、しょっぱな、魚よりも何よりもまず驚かされたものがあります。それは、切符切りのお姉さんの、そのものすごい無愛想さでした。
 笑顔のえの字も見せずむしろ不愉快そうともいえる表情で、ぞんざいに破りとった半券を、窓口越しに投げ捨てるように突き返してくるのです。その徹底した機械的作業は、切符切りという行為に何か憎しみを抱いているんではないかと思わせるほどでした。
 私とC氏は館内に入ってから、
「なんだ今の受付嬢、すげー無愛想だね」
「しかも不細工だったよ。魚系の顔をしてた」
「きっとオーディションで選んだんだろうね」
「あー、水族館だからねー」
 等々、素直な感想を述べ合いました。(←言いたい放題とも言う)

 水族館の中には、様々なカタチの綺麗なものがあふれていました。
 磨かれた金属のような光沢で、虹色の光沢を放つもの。花のように鮮やかに揺らめくもの。幻のようにはかなげで、今にも水に溶けていってしまいそうなもの。
 そういったものたちが、音のない世界を、鮮やかに彩っていました。
 
 ――とかなんとか、キザじみた感想の一つも言えればいいんですが、実際にはろくな感想言ってませんでした。「変な形ー」だの「これ、食えるかなー」だのと。カワイイ彼女と二人で来てるとかならともかく、同行者がC氏とあってはまぁ、無理からぬことでありましょう。

 とはいえせっかく来た以上、名物である大水槽のマグロの回遊は見逃しません。これはさすがに圧巻でしたよ。ブルー系の神秘的なライティングの効果もあってでしょうか、素直に「綺麗だね」という言葉が口からこぼれていました。

 他も何人かの見学者がいた中、私たちのすぐそばで、どこかの女の子とそのお母さんが同じように水槽を観ていました。小学生にもなっていない様子のその小さな女の子は、マグロの群れを『綺麗なもの』というよりむしろ畏怖の対象として見ていたようで、回遊に見入るその顔には、どこか少し怯えたような表情が浮かんでいました。それでいて目を離すこともできず、マグロたちをじいっと見つめています。
 その時。お母さんが、回る魚たちを指さし、こんな事を言ってしまったのです。

「ほら、観てごらん〜。あれがお刺し身になるのよ〜」

やめてよ、ママっ!

 女の子、血相を変えて猛抗議です。そりゃそうでしょう。言っちゃいけない事というのがどういう事なのか、純真な子供の方がよっぽどよく知ってたようですね。

 まあそんなこんなで、いろいろ見所も多くて楽しめた水族館巡りでした。

 でも、一番私の印象に残っているのは、実は魚たちじゃないんです。
 ちょっとした展望台のように張り出した踊り場から見た、海とその海岸線の美しさ。これが実に良かったんですよ。何ともいえない心地いい海風が吹いていて、しばらくの間ひたってしまったほどです。

 私がそんな気持ちよさに半ばまどろんでいる間、C氏が何をしていたかというと。
あ、カワイイ子がいる!」などと言い出して、写真取りまくっていやがりました。
 水族館にも、人によっていろいろな楽しみ方があるという一つの例ですね。……そういうことにしておいて下さい。なにしろこういう二人組なんですから。


98.12.29

 K氏と私、それから女の子2人を加えた4人組で、福島は会津若松の温泉へ行ってきました。バスツアーで松戸からの出発です。

 着いたのは3時ごろでしたが、順番が遅くてなかなか部屋に入れず、ロビーでぼーっとテレビ見たりしてました。
 ようやく部屋に入れたので、荷物の整理や着替えももどかしく、とにかく温泉へ直行です。
 うーむ、やはり岩風呂はいいですな〜。一家に一台欲しいところです。適当なこと書いてますね、ごめんなさい。
 まあ何しろ堪能しましたよ。ゆったりゆったり。

 その後はみんなして浴衣姿でくつろぎモードです。

 そういえば変な写真を撮って遊んでたな。
 非常口に緑と白で描いてある、ドアへ逃げ込む人の絵、ありますよね。あのポーズを真似してるところを撮りあったりとか。K氏を女の子とベッドに無理やり詰め込んで、ベッドインのシーンを激写したりとか。
 ……ヒマ人だ。案外ホテルの中って、時間持てあましたりするんですよね……。でもまあ、それもよしよし。


98.12.31

 世にいうおおみそかです。私はC氏と、お互い何も予定がない淋しい同士で、のどかな年の瀬を迎えることになってました。
 ところが待ち合わせの時間に、私はいきなり大寝坊。あわててC氏に電話を入れました。
「あー……、あのさ、今日、遅刻しそうなんだよ……」
「なんで?」
「……実は、……寝坊……して……」
「はぁー? そりゃあ、『遅刻しそう』なんじゃなくて、『遅刻する』んじゃないか! いいから早く来いッ」
 しまった……C氏相手にいいかげんな言い訳すると、よけい怒られるということを忘れてた。私は取るものもとりあえず、待ち合わせ場所に猛ダッシュしたのでした。

 会ったあとはとにかく平謝りです。C氏はやっぱり怒ってました……。いや、遅れた、ということそれ自体に対してではなく、確実に遅れることがわかってるくせに『遅刻しそう』とかアイマイな事を言ったことに対してです。C氏はそういうアイマイさを何より嫌う人物なのでした。

 でも、一通り怒ったあとはケロリと元通りになってくれるのが、C氏のいいところでもあります。
 その後はC氏の紹介してくれた沖縄料理店で、飲みを兼ねつつ夕食をとりました。私は沖縄料理というのは初体験だったのですが、思ってたよりクセが少なくて、食べやすかったですね。
 といって、決して単純に「おいしい」とは言い切れなかったのも正直なとこなのですけど……。イカン、こんな『アイマイな』こと言ってたらまた怒られちまう。

 とりあえずそんな感じで夜はふけて、さしたる感慨もないまま、新しい年を迎えたのでした。



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