<民宿バイトの思い出>

 

 屋久島に行く前、3週間ほど、福井の民宿でアルバイトをしていました。アルバイト

のきっかけは「TUGUMI」。吉本ばななさんの小説です。主人公が従姉妹と暮らす伊豆

の最後の夏休みが描かれている、なんだか懐かしいような夏のお話です。そして、私に

とっての夏の海は、やっぱり若狭でしょう。バイトをしにいったからって、つぐみや、

まりあや、陽子ちゃんに会える訳でもないのに、学生の内に一度はバイトしないといけ

ないような気がして、応募しました。「an」や「フロムA」に直接載っていた民宿は、

もう採用してしまった後でしたが、「働きたいんやったら、観光協会に問い合わせてみ

たら?」と問い合わせの電話で福井県の観光協会のtelNO.を教えて頂き、そこから、

バイト先を紹介してもらいました。田んぼをしながら、旦那さんは郵便局職員、奥さん

は、小学校教師、おばあちゃんが畑と、夏は民宿を経営し、家族全員で海の家も経営し

ているという超働き者のご一家(中学生の娘さんと、小学生の息子さんあり)のお宅に

ご厄介になることになりました。最初は失敗ばっかり‥。洗い物をしてると毎日お茶碗

割るし、風呂を溢れさせて洪水になるし、部屋食のお客さんのお膳持ったまま階段から

落ちるし‥。

 

 「ハチミツとクローバー」の竹本君が旅の途中、住み込みで働いた修復士さんのバイ

トが、「安くてキツいよ?」で、日当4200円、実勤16時間強!でありましたが、私の

民宿バイトも、日当だけは6000円とマトモでも、実勤は15時間半と、竹本バイトに

せまる勢いでしたねぇ。朝は4:45起き。15分で支度して、5時から朝食の準備、

7時には、宿泊客を叩き起こして、朝食を食べてもらい、その後後片付け、10時には

宿泊客に部屋から出てもらい、部屋の掃除、昼食。1時に新しいお客を部屋に案内し

て、畑の手入れ&海の家の応援&夕食の準備。8時半頃夕食の片づけが終わると、お

風呂に入り、バタンキューで9時には就寝していました。

 

お客さんは、大半がバスツアーの若い(中高生の?)人々でした。バス宿泊込3000

とかの激安ツアーなので、旅行会社からの民宿への割り当ても安いらしく、おばあさん

は、「安物の客や」と愛想を言う気もなし、料理も日々同じでした。畑で採れたての野

菜は毎日食べてもおいしいのですけど・・・。でも、遊びに来る中学生や高校生のグ

ループは、昼や夜中に大量のお菓子を摂取するので、早朝7時や夕方6時半などに食

欲のあるはずもなく、ご飯の大半は残される事になります。無駄だなぁ〜、素泊まり

にすればいいのに‥と思うのですが、旅行会社から、1泊2食付きでと言われている

以上そいういう訳にはいかない、らしかったです。

 

大半がそんなお客なものだから、数少ない一般客(10数年来のお付き合いの家族

連れ)の人が来たときのおばあさんの愛想のよさといえば、もう何事かと思うほどの

のものがありました。性格変わったんちゃう?みたいな。はぁ〜、そういう愛想が必

要なんだぁ!

 私の理想は、つかず離れずで、人柄の温かさが感じられて、裏表がなさそうで、で

もかゆい所に手が届く。まずは愛想のひとつも言えないくせに、理想だけ高くても‥

て感じなんですけどね。。それは、ともかく。

 

 その家の物置の上の部屋に、海の家要員の男子アルバイト4人が住み込みしていま

した。奴らとは最初は接点がなかったのですが、一度、突然の夕立が降ったときに私

が彼らの洗濯物を取り入れた時から、ちょくちょくコミュニケーションをとる事にな

りました。全員17歳、3人は地元の高専生。1人はリーダー格で礼儀正しく、おば

あさんのお気に入りでした。1人は、背が高くてちょっとぼぉっとしている。1人は、

口がたつ、理屈をこねる。最後の1人は、彼らの友達ですが、地元の高校には進学で

きず、全寮制の学校に通っているとの事。うるさくてサボリでへらへらしていて「芸

能人になるねん!」と言っているような奴ですが、一度海の家に応援に言ったときに、

彼が一番大きな声を出していて、う〜む、そういう役割分担なのねぇ〜と感心してし

まいました。

 

 彼らはバイク乗りで、夕食を食べたら、おもむろにバイクでどこかに走っていく。

そして、女の子を口説いて連れてくる(らしい)24時間フル稼働でよくいつも元気

だなぁ〜とホトホト感心していました。礼儀正しい子とぼぉっとした子は、おそらく

将来どこかの工場でキチンと働くでしょう(出世とヒラの違いはあっても・・・?)

て感じでしたが、理屈っぽい子は私が大学生と知るやいなや「大学ってどんなんや」

とやたら絡んできました。

私は文系なので、工学部の知り合いの事を思い出して理系の大学生活について何と

か説明しましたが、彼は納得しない。どうも就職した後、大卒に使われる事になるの

が、嫌でたまらない様なのでした。なので「そんなに気になるなら行けば?編入でき

るやろ?」と言ってみると「そんなん!」とよく分からない理由をこねて反発してき

ました。そのクセ、「俺は頭悪ないねん」とか言うし。。なんじゃらほい、という感じ

でしたが、最後には「大学、目指してみるのも悪ないかも知れんな」と言っていまし

た。大学進学したのか、少し気になるところです。

 

 中学生の娘さんと花火大会を見に行ったり、一度だけ軽トラを運転して精米所まで

行ったりした他は、掃除・炊事、畑の世話と、おばあちゃんの亡くなったおじいさん

へのしみじみ思い出話ばっかりの日々でしたが、トマトやナス等夏野菜の甘さとスイ

カ爆弾、バイト中一度も入らなかったけれど、夏の日本海の色が忘れられない夏にな

りました。屋久島歩く体力もここでついたのだろうと思います。そして、最後におば

あさんが、「最初は使えん子やと思ったけど、来てくれてありがとう」と日給6500

にしてくれたのが本当に嬉しかったのでした。

 

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