夜明け
264 :夜明け :04/08/18 05:34
ふと目が覚めた。
寝返りを打って目を閉じ、もう一度眠りの闇が訪れるのを待った。
今日の仕事は、正月特番の収録だ。シャボン玉の撮影があるから、
少し緊張する。
歌唱指導の先生は使えっていうけど、ホントは、
オーディションのときから巻き舌はちょっと苦手。
目は冴えてくる一方だった。あきらめて、起き上がってベッドの上に座った。
夜明けにはまだ程遠い。このごろ、時々こんな風に目が覚める。

265 :夜明け :04/08/18 05:34
この時間は一番きらい。
仕事のこと、学校のこと、…恋しい気持ち。
みんな、何も見えなくて不安で不安で、おかしくなりそう。
暗闇の中で、希望なんか何もないって気がしてくる。
私の太陽、いつ昇るんだろう。
神様って本当にいるのかな。
明日も私、生きていけるんだろうか。
怖くて、寂しくて、いつもママに気づかれないように一人で泣く。
枕に顔をくっつけて泣いてると、そのうち、
涙がまぶたをくっつけてくれて、くたびれて、少しだけ眠れる。
朝、ときどき目がはれてるのは、寝起きのせいってことにしてるけど
ほんとはこっそり泣いてるから。
ママにばれたら、きっと、仕事やめろっていう。
それは絶対にいや。あきらめるなんてれいなじゃない。
だから、誰にもいえない私の秘密。

266 :夜明け :04/08/18 05:35
でも、今日は泣けないわけがあった。
お兄ちゃんが、福岡から遊びに来ているのだ。
ママは気づかなくても、お兄ちゃんは絶対、朝の顔見たら
れいなが泣いてたのに気づいてしまう。
何も言わないでいてくれるだろうけど、
きっとものすごく心配する。
いつも、れいなのいちばんそばにいたのはお兄ちゃんなのだ。
息をするみたいに自然に隣にいた。
れいなはれいなの夢があって、東京まで来てしまったけれど、
毎日、毎秒、いつだってお兄ちゃんが恋しい。

267 :夜明け :04/08/18 05:37
お水でも飲もう。
そう思って、LDKにいくと、窓の外に人影があった。
…こんな時間に?
水を汲んだコップを片手に窓を開けると、ベランダでお兄ちゃんがタバコを吸っていた。
「ん? 早いな、れいな。成長期はもうちょっと寝なきゃ背が伸びないぞ」
「喉渇いて目が覚めた。…お兄ちゃんこそ、いつも?」
持っていたタバコを灰皿に押し付けて、お兄ちゃんはにやりと笑った。
「春からな。就職したやろ? 遠いけん、五時には起きんとまにあわん」
「今日は会社じゃないのに」
「もう癖なんだよ。休みに寝過ごすと月曜がつらい。…それに、この一服がうまいんよなぁ」
「れいなも」
出した手はぱしっとはたかれた。
「中坊が何言うか。それに、背、止まるぞ」
「二度目だ。…れいな、やっぱりチビかなぁ」
「気にしとるん?」
「少し」
「のびるやろ、まだ」
答えないで、コップを両手ではさんで少し水を飲んだ。

268 :夜明け :04/08/18 05:37
お兄ちゃんは、何事か察したようだった。
いやになるほど勘が良い。
「あっちが東だな」
指差した空のほうを見ると、確かに少し白んできていた。
「季節によって違うけど、毎日明けてくる空を見るんだ」
そりゃ、こんな時間に起きてれば、そうだろう。
「東京のほうから、太陽が昇るんだよ。こんな時間だから言うぞ、笑わずに聞けよ」
水面をみたまま、かすかにうなずいた。
「れいなの太陽が昇るんだ。毎日、それを見るんだよ」
見えるか見えないかの細かいさざなみが、直径7センチの世界で輪を並べている。
「兄ちゃんが見てなくても、太陽は昇るんだけど、でも、
 れいなの太陽が昇るところを毎日見守ってるんだ。
 今日もれいなが輝けますようにって」
さざなみは、世界のふちではねかえって、複雑な模様を描いている。
唐突に、少しだけ震えているのに気が付いた。だから、さざなみができるのだ。

269 :夜明け :04/08/18 05:37
「おまえが幼稚園の頃、聞かれたことがあるんだけど、反対に聞くぞ」
「なに」
「神様って、いるとおもうか?」
虚をつかれた。言葉が出なかった。なんで、こんなに伝わるんだろう。
「あの時、兄ちゃんは答えられなかったよ。でも、今は、いると思う」
「…ほんとうに?」
「いっつも兄ちゃんの後ろくっついてビービー泣いてたちびが、
 世界で一番かわいい子になって、日本中のやつがおまえを見てるんだ。
 これでも信じずにいられるか」
何もいえなくて、じっと見上げた。お兄ちゃんはふいっと顔をそらして伸びをした。
「絶対、二度はいわないからな」
眼のふちが赤くなっている。照れたときの、いつものお兄ちゃんだ。
真似して、腕を上に伸ばしてみた。指先が熱い。
「気持ちいーい!」
そうか。お兄ちゃんは毎朝こうやって、れいなの太陽を空高く持ち上げてるんだ。
れいなの太陽が昇らない日なんてない。
「お兄ちゃん、コーヒーいれよっか」
「お、飲めるようになったのか? 大人の仲間入りだなぁ」
「ミルク半分コーヒー半分だけどね」
にひひ、と笑う。
なんだか、絶対全部がうまくいく気がした。
…やっぱり、お兄ちゃん、大好き。


从*´ ヮ`)<モドル