白い稲妻
404 :白い稲妻 :04/09/09 21:56
私の名前は田中れいな。14歳。
歌うことと絵を描くのが好きで、負けず嫌いな博多に住んでる普通の中学三年生。
と、自己紹介すると、私を知ってる人は「普通じゃないよ」と笑う。
それは私が毎週小倉競馬場に通ってるからだ。

何で、そんなに競馬にはまってるかって?別に馬が好きだからじゃない。
事の起こりは2年前。パパに初めて小倉競馬に連れて行ってもらったときだ。
結局その日は二人とも一つも馬券が当たらなかったのだが、パパに言われた一言が私に火をつけた。
「普通はビギナーズラックがあるのにれいなは駄目だな」パパは冗談兼照れ隠しに言ったんだろうけど私は悔しかった。
「よーし、それなら今度は絶対当ててやるぞ」と心に誓った。

それから、私の競馬場通いが始まった。
学校の勉強は嫌いだけど、こういうことには努力を惜しまないのが私だ。
努力の甲斐もあって、少しは馬が分かるようになったし、知りあいも増えた。
やっぱり、一人で競馬場に来る女子中学生は珍しいらしく、ベテランのおじさんや大学の競馬サークルの人たちがが話しかけてくるのだ。
一緒に馬券を買ってお小遣いを増やしたりもした。

405 :白い稲妻 :04/09/09 21:58
そんな中3の夏休み。パパの転勤で2学期から東京へ行くことになった
私は最後の小倉開催を楽しもうとしていた。いつものようにパドックに向かう私を呼ぶ声がした。
「れいなー!!」

声のした方を見ると女子大生の美貴姉こと藤本さんが、男の人と横断幕をはりながら手を振ってる。

「クロス、こちら田中れいなちゃん。まだ中学生だけど馬券はかなり上手なんだよ。ちょっとヤンキー入ってるけどね」
「何いうとやー美貴姉。で、この人誰ね?」
「こちら○○君。 通称クロス、東京から来たの」
「よろしく」
ポールスミスのTシャツの上に麻のサファリジャケットを羽織り、細身のジーンズ。
そして何よりも目立つことに白のパナマをかぶってる。背も高いしちょっとかっこいいかも。

406 :白い稲妻 :04/09/09 22:00
あ、もしかしてデートかな。

「じゃ、れいなはこれで」
「どうしたの?いつものように一緒に見ようよ。寺田達ももうすぐ来るよ」
「おーい!!」
「あ、寺田。遅いぞー!!」
「悪い、悪い。おっ、クロス。久しぶり」
「久しぶりだな。早速で悪いんだが、これを貼り終えないと。」

彼は「頑張れ、白い稲妻3世 クロスの後継者は君だ」と書かれたかなり年季の入った横断幕を引っ張った。
「おお、気合入ってるな」
「まあね」

彼は静かな笑みを浮かべながら作業を続けた。
やっぱりクールでカッコいい。でも、キザだな。

407 :白い稲妻 :04/09/09 22:02
彼は無口だった。美貴姉や寺田さんが話しかければ答えているけど自分からはほとんど喋らない。
馬券もほとんど買わずにレースをじっと見ていた。

私はこの日は絶好調。午前中の全部のレースを的中させた。といっても全部100円単位なんだけど。
「れいな、相変わらずすごいね。」
「運がよかとね。○○さんは買わんとね?」
私は隣にいた彼に話しかけた。

「もう勝負レースは買ったからね」
彼はぶっきらぼうに答えた。
失礼な人たい。ちょっとムッとした。

450 :白い稲妻 :04/09/10 07:19
午後のレースが始まりレース前のパドック。彼は真剣な目でカメラを構えた。
その先には真っ白な小柄な馬がいた。

「うーん、かなり細身だよな。人気も無いしな」
「そうね、悪いけど今日は厳しいんじゃない」
「でも、いい目をしよるよ。仕上がりも悪くない感じだし。れいなはこの子からいくけん」
「馬券上手からお墨付きをもらえるとはうれしいね」
彼はカメラをしまいながら静かにつぶやいた。

「えっ?」
「ゴール前をキープするから先に行く」
彼は言い残して走り去った。

451 :白い稲妻 :04/09/10 07:20
「なにね、あの人。変な人ばい」
「ふふふ、きっと責任を感じたんじゃないの?」
「どういう意味と?」
「あの馬、グローリークロスはね、彼が一口持ってるの。
でも、あまり人気がないから、れいなに損させたら悪いと思ったのよ、きっと。結構やさしいところあるからね。」
「美貴姉は、あの人のことよく知ってると?」
「ちょっとだけね。私も彼と同じクラブで一口馬主やってて、そこの集まりで何回か会ってるから。それより私達も買いに行こう。」

私は迷った挙句、グローリークロスの単勝を1000円買うと、馬場に向かった。

502 :白い稲妻 :04/09/10 23:52
ゴール前に行くと彼がカメラを構えていた。
「大丈夫ばい、きっと勝てると」
後ろから声をかけると彼は黙ってうなずいた。

ファンファーレがなりレースが始まった。1枠1番のグローリークロスは出遅れ、最後方に下がった。
「あー、やっちゃったよ」
「これじゃ今日は無理ね」
美貴姉達がつぶやく。彼は変わらず無表情。

小倉は小回りで直線が短い。最終コーナーを回っても最後方。私も馬券を諦めていた。
彼は変わらぬ姿勢でカメラを構えてる。

そこで信じられないことが起こった。
最内に突っ込んだグローリークロスは馬群をこじあけるようにして突き抜けた。
そして先に抜け出して粘りこみを図る1番人気の馬に並んだ。

「頑張れクロス!!」
思わず声が出た。

503 :白い稲妻 :04/09/10 23:54
その瞬間、グローリークロスは頭だけ抜け出しそのままゴールした。
「やったー!!やばいよ、すごくない!」
思わずガッツポーズをしながら飛び上がってしまった。

その瞬間、バランスを崩した私は丁度振り向いた彼に正面から抱きつく形になってしまった。
「あ、ごめん」
優しい笑顔が目の前にあった。
「応援ありがとう。勝利の女神だな」
「えっ」
この人、こんな風に笑えるんだ。本当に嬉しそうだ。私も何か嬉しくなった。

「こら、いつまで抱きついてるんだ」
寺田さんの声で私はあわてて離れた。
「おっと、ごめんな。」
「れいな、顔が真っ赤だよ」
「何言うとうと、美貴姉」と言いながらも私は顔がほてっているのを自覚した。
恥ずかしくなった私は、それから彼に話すことが出来なくなってしまった。

542 :白い稲妻 :04/09/11 10:49
最終レースが終わった。
「さて、いつものように軽くやりながら反省会といくか」
「今日は俺におごらせてくれ」
「えっ、悪いよ。旅費も馬鹿にならないのに。」
「いや、今日はおごりたい気分なのさ。特にこの勝利の女神に」
と言いながら彼は私の方を向いてウインクした。

「何言うとうと。それにれいな、帰らないといかんばい」

私はまた、真っ赤になってしまった。

543 :白い稲妻 :04/09/11 10:51
結局私は付き合った。もう少し彼と話をしたかったから。
でも、中々きっかけがつかめなかった。
彼は相変わらず無口で自分からはあまり話さなかった。

私は思い切って話しかけた。
「ねえ○○さん」
「クロスでいいよ」
「じゃあ私もれいなでいいよ。でね、そのクロスって横断幕にもあったけど、どういう意味と?」
「初代白い稲妻シービークロスの子供2代目白い稲妻タマモクロスのことさ。」
「タマモクロス?」
「昭和最後の年度代表馬だから、君は生まれてないよね。
俺も小さかったからおぼろげににしか覚えてないんだが。死んだ親父が好きだった馬さ。」

それから彼は語りだした。
3歳(当時4歳)の秋まで一介の条件馬だったのに、生まれ故郷の牧場の倒産、
そして母の死を知ったかのごとく連勝を続けた。
春はG1二つを含む重賞4連勝、秋はオグリキャップとの死闘。
そして、一家離散していた生産者家族がタマモクロスの活躍で再会したことなど。
今までの無口が嘘のように語った。

544 :白い稲妻 :04/09/11 10:52
「もう、クロス、話が長いよ。それに肝心な事話してない。れいなも退屈だよね?」
「そんなことなかと。で、クロスさんのパパは何でその馬を好きになったの?」
「親父はサラリーマンだったんだが、その頃仕事が上手くいかなかったらしくてね。
タマモクロスに元気付けられたらしい。で、その後出世して役員にまでなったんだがあっけなく癌で逝っちまった。
そして種牡馬になったタマモクロスも、まだ後継を出せないままに死んじまった。親父もそのことを気にしててね。
俺は散々親不孝してたから、俺が親父の遺志をついで、タマモクロスの子供を応援するのがせめてもの供養と思ってね。」
「ふーん、何かいい話だね。あれ、れいな泣いてるの?」
「泣いてなんてなか」

と言いつつ私は泣きそうになってた。私はこういう浪花節に弱いのだ。

「湿っぽい話して悪かったな。今日はここまでにしようぜ」

588 :白い稲妻 :04/09/12 00:01
そして10月。転校して1ヶ月。新しい学校にも東京にも慣れてきた
私は、東京競馬場に足を運んだ。やっぱり大きい。来て良かった。

まずはパドックと足を運んだ私の目に、見覚えのある横断幕が飛び込んできた。
一瞬はっとした私の後ろから声がかかった。

「れいな?」
振り向くと彼がいた。
「えっ、クロスさん?」
「久しぶりだな。その般若のシャツで、君かなって。今日は博多からか?」
「えっ、あ、いや」

やばい。顔がほてってきたと。

589 :白い稲妻 :04/09/12 00:03
「どうした?家族とはぐれたのか?」
「違うたい。れいな、今、東京に住んでると。今日はここに初めて来たけん、ちょっと迷ったと」
しどろもどになりながら私は答えた。

「そうか。じゃあこの前みたいに一緒に見てくれないか?」
「えっ?」
「今日はグローリークロスの2走目なのさ。この前みたいに勝利の女神になってくれないかと思ってね」
「そういうことなら付き合うたい。もし勝ったら夕飯ごちそうしてもらうけんね」
私は早口になりながら答えた。
「中々言うね。その代わり頼むぜ」と言いつつ彼は笑ってた。

良かった。怒ってないみたい。でも、なんであんなこと言っちゃったんだろう。まだ心臓がドキドキしてるたい。

590 :白い稲妻 :04/09/12 00:04
グローリークロスの出走までの間、私は彼の事をいろいろ聞こうと思った。
でも、彼が無口なことは、小倉で分かってたし、根掘り葉掘り聞くのは恥ずかしかった。
私は自分のことをとにかく喋りながら、聞き出す作戦をとった。

22歳。東京生まれの東京育ち。K大の4年生で、来年はD通に就職予定。
馬券暦は12年だが、競馬自体は小さいころから見てる等。
そこまで聞き出すのにほとんど自分のことを喋ってしまった。

でも、肝心なことは聞けなかった。好みの女性のタイプ、彼女の存在。

「絶対彼女くらいおるよなー。かっこええもん」
ちょっとだけ切なくなった。

591 :白い稲妻 :04/09/12 00:05
そして、グローリークロスの出走の時間が来た。今回は3番人気。
細身の体は変わらないが、落ち着いていた。

「これなら大丈夫たい。いけると」
「そう願いたいもんだ。」
「何よ、信じんと?」
「信じてるよ」
彼はカメラをしまいながら真剣な表情で言った。 ちょっと怖いくらいだ。

「よし、行こう」
「待って、私まだ馬券買ってないよ」
「じゃあ、行ってこい。俺はゴール前にいるから」
「馬券は?」
「朝一に買った」
「じゃあ、いい。一緒に応援すると」
「いいのか。よし行くぞ」

彼は走り出した。私も彼の後を追った。

592 :白い稲妻 :04/09/12 00:06
レースがスタートした。グローリークロスは今回はいいスタートを切った。でもすぐ最後方に下げた。
「えっ、何で?」
「府中の直線は長いからな。それにあいつは、れいなと同じで負けず嫌いだから、後ろから追いかけさせるほうがいいんだろ」
「何言うとうと」
私は真っ赤になってしまった。
でも、彼はレースに夢中で気付いてない。ちょっとほっとした。

そして直線。馬群が一杯に広がる。残り1ハロン、グローリークロスはまだ後方。
「どうしたとクロス、頑張れ!!」
私の声とほとんど同時にグローリークロスの末脚が爆発した。
内からあっというまに抜け出し、1馬身差をつけてゴールした。

「やったー!勝ったよ。強いとね」
「ああ、こいつなら、やってくれるかも。よし、今日は約束どおり夕飯をおごるよ。焼肉が好物だったよな」
「え、何でそれを知っとると?」
「何言ってるんだよ。さっき自分で言ったじゃないか」
「でもいいと?」
「約束だしな。それにそれくらいは稼いだから」
彼は笑った。

593 :白い稲妻 :04/09/12 00:08
「どうだ、美味いか?」
「うん、おいしか。良く来ると?」
「親父によく連れてきてもらったのさ。来るのは久しぶりだ」
「ごめん」
「謝ることはないさ。この店は一人じゃ来難いからね。」
「えっ、だって家族の人とか?」
「お袋は小さい頃離婚しちまっててね。だから一人暮らし。
それに親父が死んでからは馬ばっかり追っかけてるから、彼女にも愛想つかされちまった」
彼は苦笑いした。
「そうなんだ」
そっか、彼女いないんだ。ちょっと嬉しかった。
「どうした。遠慮しないで食べろ。」
「うん、ありがと。れいな、あんたのこと好きと」思い切って言ってみた。
「俺も好きだよ。何か妹が出来たみたいだ。また、競馬に付き合ってくれよな」

私の告白はあっけなくスルーされた。ま、しょうがなかと。また会えるし。
でもちょっとへこむ。

624 :白い稲妻 :04/09/12 09:04
それから8ヶ月。彼は社会人になり、私は何とか高校生になれた。
そして、私と彼の関係は、あまり変わってなかった。
競馬には何回も一緒に行ったし、高校受験の追い込みのときには、
臨時の家庭教師もやってもらったりしたから、かなり親しくなったことは間違いない。

でもそれだけ。彼は競馬の時は、対等に扱ってくれるけどそれ以外は、妹扱い。
とても告白できる雰囲気ではなかった。一緒にいれるのは楽しかったけど、ちょっと寂しい。
でも、今の関係を壊すかもしれないと思うと、怖くて言えなかった。

その間、グローリークロスは朝日杯では3着に負けたが(彼はちょっとがっかりしてた)、
ラジオたんぱ杯、スプリングステークスを連勝し、クラシック候補になっていた。
しかし、皐月賞は熱発で回避。彼は激しく落ち込んだ。
その後の関係者の努力で、グローリークロスは回復。
ダービーには出走出来ることになった。

736 :白い稲妻 :04/09/13 21:53
そして迎えた日本ダービー当日。彼は朝からいつも以上に静かだった。
それに対して私は、初めて生で見るダービーに興奮していた。それはダービーのパドックでも続いていた。

「やばいー、ものすごい人とねー、やっぱりダービーはすごかたい。見てるだけでワクワクすると」
「ふっ、れいな、楽しそうだな」
「だって、これだけ大勢の人の前で、グローリークロスが日本一になると。それってやばいくらいすこいことと。
それを想像するだけで、鳥肌が立つくらいドキドキするたい」
「そう、上手くいくといいけどな。今回は熱発明けだから。仕上げもギリギリだ。」
「らしくないとよ、クロス!れいなはグローリークロスが絶対勝つと信じてると。
あんたは信じてないの!あんたが信じないでどうすると!!」

私は少し怒って叫んでしまった。
「そうだったな」
彼はつぶやくと、いきなり 私を軽く抱きしめた。

「ちょっと!いきなり何すると」
「ありがとな。応援するって事は信じることだもんな。大事なことを思い出させてもらったよ」
彼はそう言うと私を放した。

「よし、行くぞ」
「それでこそ、クロスたい。れいなの好きな
最後の一言は聞こえないように口の中だけで呟いた。

737 :白い稲妻 :04/09/13 21:55
G1のファンファーレ、手拍子とそれに続く大歓声。何度聞いても興奮する。
でも、彼は静かにスターティングゲートを見ていた。カメラも構えていない。
「どうしたと?写真は撮らんと?」
「今日は奴の走りを肉眼で焼き付けたいのさ。」
彼は静かに答えた。
ガシャン!!ゲートが開きスタートが切られた。
「あっ!!」
思わず声が出た。

好スタートを切ったグローリークロスはそのまま2番手につけて、第1コーナーを回ったのだ。
「おおーっと、グローリークロス、引っかかったのか?2番手だ。」
場内実況が流れる。
追い込み馬のクロスが前につけたことで、観衆もざわめいた。

「大丈夫と?」
横の彼を見ると静かに笑っている。
「どうしたと?」
「あれが引っかかったように見えるか?タマモの秋天だよ。」
「それって、2番手から抜け出したタマモクロスが、オグリキャップの追撃を抑えた・・・」
私は、彼に見せられたDVDを思い出しながら答えた。

「今日は、その再現さ。あの時と同じ6枠だし。鞍上がオグリに最初に乗ってた安勝というのも何かの縁かもな」
と彼は言いながら私の手を握った。汗ばんでる。
平静を装ってるけど、やっぱりあせってるんだ。
「そうだね、絶対勝てると。クロスを信じようよ」
私は彼の手を握り返しながら言った。

738 :白い稲妻 :04/09/13 21:57
大欅を超え、各馬徐々に動き出した。グローリークロスは動かず2番手をキープ。
「いい手ごたえと」
彼は無言でうなずくが手を一層強く握ってきた。

そして直線。各馬横一線に広がる。
グローリークロスはばてた馬をかわして先頭に立っている。
「まだとよ!まだ仕掛けちゃ駄目と!」
私は彼の手をまた握り返しながら叫んだ。
残り300m。他の馬が並びかけて来た所で安勝が仕掛けた。
抜け出すグローリークロス。

「いっけー!!」
私は握ったままの手を突き出しながら叫ぶ。

完全に抜け出したと思った残り100m、一番人気の馬が外から追い込んできた。
グローリークロスに並びかける。
「頑張ってクロス!!」
「根性見せてくれ!!」
二人で手を突き出しながら同時に叫んだ。

グローリークロスが差し返した。
半馬身抜け出す。そしてそのままゴール。

784 :白い稲妻 :04/09/14 07:49
「やったー!クロスが日本一と!」
私は彼に抱きついた。
「ああ、やってくれたよ」
彼も私を抱き返しながら静かに呟いた。彼の顔を見上げると、涙が光ってた。
「良かったね、良かったね」
私は彼の胸に顔を埋めながら言った。私も涙が出てきた。

「れいな、泣いてるのか?」
「あんたが、先に泣きよると」
「俺がいつ泣いたんだ、顔見てみろよ」
顔を上げた私に、彼はいきなり軽くキスをした。
「な、何するとね!」
私は恥ずかしくて真っ赤になりながら叫んだ。

彼はそれには答えず、コースのほうを向いて言った。
「ほら、ウイニングランだ。グローリークロスを迎えるぞ」
彼は場内のクロスコールに合わせてコールを始めた。
「ちょっと、どういうつもりと。何とか言うと」
「後でな。今は彼を祝福しようぜ」
その時、彼の携帯がなった。

806 :白い稲妻 :04/09/14 20:42
「もしもし。おお、藤本か。久しぶりだな。
えっ、今日か?ちょっと今日は。ああ。ゴール前にいるけど。何、見つけた?どこだよ?」
「ここだよー!!」
後ろから聞き覚えのある声がした。

振り向くと、美貴姉が人ごみを掻き分けながらこっちに向かってる。
「クロス、久しぶりー!」
「久しぶりだな、藤本。」
「あれ、れいなも一緒なんだ。久しぶりー。何、赤い顔してんのよ」
「なんでもないと。それより美貴姉、久しぶりと。今日はどうしたと?」
「やっぱ、ダービーだからね。今日の朝上京したんだよ」
「何だ、それなら連絡してくれれば、一緒に見たのに」
「だって、美貴の馬も出てたんだよ。クロスの馬とはライバルだからね。」
「藤本の馬って何だっけ?」
「一番人気のマイネルスウェイン。結構自身あったんだけどね、5着だったよ。それよりクロスおめでとう。当然取ったんでしょ?」
「まあな」
「じゃあ、祝勝会やろう、クロスのおごりで」
「何で俺のおごりなんだよ」
「いいじゃん、勝ったんだし。ねえ、れいな」
「いきなりふらんと、美貴姉」
「分かったよ。しょうがねえな」彼は携帯を出した。
「○○です。マスター、一人追加で。大丈夫ですか。
コースはお任せしますが、肉好きが一人増えました。あとドンペリ用意しといてください」

美貴姉が来たので、彼を問い詰めることは出来なくなってしまった。
久しぶりに会えて嬉しいはずなのに、ちょっとうらめしかと。

849 :白い稲妻 :04/09/15 07:44
彼が連れてってくれたのは、ちょっとお洒落な鉄板焼屋だった。

「ふーん、中々いい店知ってるんだ。さすがクロス」
「褒めても何も出ないぞ」
「そういえば、さっき一人追加って言ってたよね。元々れいなを連れてくるつもりだったんだな。」
「そうだよ。まあ、負けたらキャンセルするつもりだったけどな」
「ふーん、美貴の時はいつも、つぼ八なのになー。何か扱いが違う」
「何言ってんだよ。大体、お前と二人で飯食いに行った事なんて無いじゃないか」
「何か仲良いんだねー」
「美貴姉、あんまりからかわんと!」
「ごめん、ごめん。クロスとれいなじゃ年離れすぎだもんね」
「子供扱いしないと」
「えっ、怒ったの。ごめん、ごめん」
「○○君、久しぶりに来たと思ったら両手に花かい。うらやましいね」
「マスターまでからかわないでくださいよ」
「悪い、悪い。ほら、ドンペリだ。おめでとう。親父さんも喜んでると思うよ。」
「ありがとうございます。マスターも一杯どうぞ。それから、この子は未成年なんで、代わりにジンジャーエールを」
「れいな、博多女だけん、お酒くらい飲めると」
「ダメだよ、未成年に酒飲ませられないよ」
「クロスまで、れいなを子供扱いすると、もう嫌いやけん」
「分かったよ。しょうがないな。一杯だけだぞ。よし、ダービー馬グローリークロスにそしてその父、タマモクロスに乾杯」

初めて飲んだシャンパンは、何か変な味だった。でも、子供扱いされたくなかった私は、一気に飲み干してしまった。

「あー、何やってるんだよ。ダメだよ、いきなり」
「うるさいと」
さっきからいらいらしていた私は、皆の止める間もなく二杯目をつぎ、それも飲み干してしまった。
「シャンパンっておいしかねー」
「そりゃ、ドンペリだもん、って、大丈夫れいな?」
「大丈夫けん」

と言いながら胸を叩いた私だったが、体が火照って、段々気持ちよくなってきた。

890 :白い稲妻 :04/09/16 00:04
「うん、このお店おいしい。気に入ったなー」
「今度は自腹で来いよ」
「何よ、ケチ」
「当たり前だろ。どうした、れいな。さっきから黙ってて。もしかして酔っ払ったか?」
「酔ってなんてないけん」
「でも、顔真っ赤だぞ。大丈夫か?」
「クロス!!」
「何だよ、いきなり大声だして。」
「さっき、れいなにキスしたのどういう意味と!!」
「ば、馬鹿。こんなとこで何言ってんだよ」
「クロス、そんなことしたんだ。このロリコン
「クロース、れいなのファーストキスだったんだぞ!ちゃんと答えろ!!」
「そうだ、ちゃんと答えろ。この犯罪者」
「分かった、分かった。全くお前が来なかったらもっと早く説明したのに」
「何よ、美貴のせいにするの?早く言いなさいよ。れいな、美貴が証人になるからね」

「全く」
彼は美貴姉を軽く睨むと、私を真正面から見た。
「れいな。俺はお前に惚れちまったみたいだ。その負けず嫌いなとこも、
大人に負けじと背伸びしてるとこもぶっきらぼうなようでいて、実は気を使ってるとこも、そして競馬にはまってることも全部好きだ。」
「ふーん、これは本気だね。で、れいなはどうなの?」

私は一瞬、彼が何を言ってるのか分からなかった。
次の瞬間、嬉しくて涙が出てきた。

「あーあ、泣かせちゃった。この悪人」
「違うけん、美貴姉。れいな、うれしいと。ずっとクロスのこと好きだった。でも、妹みたいと言われたけん、それで・・・」
「いや、あの時はれいなのこと良く知らなかったし」
「はいはい。おめでとう。とりあえず、これからお二人は恋人同士ということで。とりあえず、乾杯しよう。かんぱーい」

891 :白い稲妻 :04/09/16 00:06
エピローグ

という訳で、私とクロスは付き合うことになった。
彼は社会人で私は高校生だから週末くらいしか会えないし、
年の差からジェネレーションギャップを感じることもたまにあるけど、
共通の趣味があるせいか、なんとかうまくいってる。

ただ、一つ不満なのは、彼がキス以上しないこと。私はいつでもいいんだけど。
美貴姉は「犯罪者になりたくないんじゃないの」何て茶化すけど、気になった私は思い切って聞いてみた。

「れいなってそんなに魅力ない?」
「うーん、もう少し凹凸が欲しいかな」
「バカ、クロスなんて嫌いと」
「冗談だよ。今でも十分可愛いさ。」
「じゃあ、何で・・・」
「グローリークロスに無事種牡馬になってもらいたいから。」
「えっ?」
「勝利の女神はバージンとギリシャ神話の昔から決まってるのさ。
俺達を結びつけたグローリークロスの為にも我慢してくれ。俺も我慢してんだから」
「もう、バカ」

ま、いいか。私達の関係は始まったばかりだけん、もう少し、グローリークロスには頑張ってもらうと。
その間に、れいなはもっといい女になるけん、クロス、楽しみにしててね。



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