UNFINISHED MEMORIES
300 :UNFINISHED MEMORIES :04/08/18 22:05

最悪だった。愛の買い物に付き合っていて、すっかりれいなとの約束を忘れて
いた。待ち合わせの時間は、とっくに過ぎていた。おまけに土砂降りの雨。
タクシーをつかまえようにも、空車は走ってこない。
僕は、必死に走っていた。傘なんて持ってない。もう、全身ずぶ濡れだ。

そもそも、珍しくれいなの方から誘ってきた。「ねえ、なんか美味しいもん
でも食べにいかんね?おごったるけん、お金は気にせんでよかよ」
なんだか気味悪かったが、最近、元気のないれいなが少し心配だったし、そ
の誘いを断れはしなかった。愛との買い物に付き合っても、時間は余裕がある。
バイト代も入ったとこだし、たまにはゆっくりと話をするのもいいもんだ。
そう思っていた。 が、きずいてみればこのザマだ。
こんな土砂降りの中、1時間も待ってるはずがない。鬼のような形相のれいなの
顔と、無数の罵詈雑言が頭の中を駆け巡っていた。
約束した時の、普段は見せないようなあどけない笑顔。そして、かすれそうな
小声で呟いた「ありがと・・・」そんなれいなの声が、同時に頭の中を駆け巡って
いた。雨は、よりいっそう激しくなってきた・・・

301 :UNFINISHED MEMORIES :04/08/18 22:06

息切れも激しく、普段、運動なんかと無縁の僕は、無様にも水溜りに頭から
突っ込んでこけた。自己嫌悪と、れいなへの申し訳ない気持ちで、
なんだか胸が苦しくて、涙が出そうだった。
待ち合わせは、大きな噴水がある公園の噴水前。
そこは、れいなと暮らし始めて、初めて一緒に訪れた場所だ。
れいなの方からここを指定してきた。だが、雨宿りするような場所も無い所だ。
1時間以上も待ち合わせから過ぎているのに、そんな場所でずぶ濡れになって
待ってるわけがない。国民的人気アイドルと、単なるバイト暮らしの同居人。
このあたりが、この生活の潮時なのかもしれない。
でも、そんな事を思うと、今までの色々なれいなとの日々が脳裏を走った。
着替えの最中に部屋に入ってしまった時の半端なく怒ったれいな。
はりきって料理を作ったはいいが、どれも真っ黒こげの仕上がりの時の苦笑いのれいな。
深夜一人リビングでダンスレッスンに励む輝いた表情のれいな。
笑顔、怒った顔、照れ笑い、落ち込んだ表情。
いろんなれいなが僕を見つめていた。不意に、自分の中に、そう、心の奥底に自らしまい、
鍵をかけていた気持ちが溢れそうになっていた。「・・・れい・・・な・・」
僕にできることは、とにかく約束の場所へ行き、この気持ちを確かめること
だけだと思った。たとえ、無残にこの想いが散ったとしても。
そう、叶うはずなどない思いなのだから・・・

302 :UNFINISHED MEMORIES :04/08/18 22:08

 雨は更に激しさを増し、先を見るのも辛いくらいだ。転倒した時に打ち付けた
膝が痛む。それでも、とにかく走った。公園の中に入り、噴水を目指す。誰一人
公園の中にはいないようだ。大きな噴水。本当は、ここから楽しい時間が始まる
筈だったのだ。全ては僕の犯した失敗だと思う。ゆっくりと噴水に沿って歩く。
どんな気持ちで、れいなはここに立っていたのだろうか・・・
 一周して立ち止まったとき、ふと、背後に気配を感じた。振り向くのを、一瞬
ためらったが、ゆっくりと振り向いた。れいなの姿。全身、これ以上は無いとい
うくらい雨に濡れ、服も、靴も、バッグも、何もかもがよれよれになっていた。
言葉が出なかった。何か言わなくてはならないのは分かっていたけど、喉に言葉
が引っかかり、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまい、何も言葉が出せなかった。
れいなは、ただ、ジッと僕を見つめている。その瞳の奥の感情は見えない。
「ず・・・・ずっと・・・待ってたのか?・・・」
ゆっくりと、れいなが頷く。表情には、やはり何の感情も見えない。
「あ、あの・・・・れいな・・・・・」
気の効いた台詞どころか、真っ先にお詫びの言葉さえ出せない。つくずく情けな
かった。「やっぱり、愛ちゃんがよかね・・・わかっとったけど・・・」
それだけをか細い声で呟き、ほんの少しだけ口元に笑みを浮かべ、れいなは
走り去った。一度も振り返ることなく。その背中が、いつもより、余計小さく見え
た。僕はただ、その場に立ち尽くしていた。れいなの言葉と表情が、ただ僕の中に
残っていた。

303 :UNFINISHED MEMORIES :04/08/18 22:09

 どれくらい街を彷徨っただろうか。身も心も疲れ果て、朝方家に戻った。
そんな僕を寝ずに待っていてくれた愛が出迎えてくれたが、何も説明する
事もできなかった。 れいなは、ずぶ濡れのまま帰宅したが、何も言わず、
そのまま部屋に閉じこもってしまったそうだった。

心配する愛をよそに、僕は部屋に戻った。途中、れいなの部屋のドアノブ
をまわしたが、鍵がかかっていた。いつもは、鍵なんかかけないのに。
 ベッドに横たわり、公園でのれいなの言葉を何度も想い返してみる。
僕は、れいなの大切な何かを、きっと踏みにじってしまったのかもしれない。
ほんの気まぐれの誘い。そんな風に思っていた。・・・いや、そう思おうと
していた。そうじゃないと、自分の心の奥底に芽生え始めた気持ち、それに
はっきりと気がついてしまいそうだったから。気がつくのが怖かった。そう、
僕は逃げたのだ、本当の気持ちから。傷つくのが怖いから。後で、辛い思いを
するのが嫌だから。でも・・・・でも・・・

 れいなは、全身を包む悪寒と猛烈な痛みにうなされていた。ずぶ濡れのまま
服も着替えずベッドに潜り込んだ。どうせ私なんか誰にも気にもしてもらえな
いたい。私が死んでも、泣いてくれる人はおらんと。あいつはアホたい。あんな
奴・・・意識が遠のいていく。そんな中、無意識に○○の名を呼んでいた・・・・・

304 :UNFINISHED MEMORIES :04/08/18 22:10

 結局、れいなは急性肺炎になり、1週間の入院をした。
その間、愛は仕事の合間にも、せっせと見舞いに行き、身の回りの世話をしていた。
僕は、3度ほど病室に行ったのだが、れいなは視線さえ合わせようとはしなかった。
自業自得とはいえ、正直、いたたまれなかった。
「あの日、なにがあったの?」何度も愛に問いかけられたが、いつも苦笑いで
ごまかすだけだった。

 愛とも、どこか気まずい雰囲気が流れるようになっていた。そうしている内
に、すっかり回復したれいなが退院して、我が家に戻ってきた。

 3人で囲む食卓に、以前のような会話もやりとりも無かった。ただ、冷え切
った空気が流れていた。そして、それをなんとか壊そうとする愛のフォローも、
どうしようもない空回りにしかならなかった。

 そんな時間が1週間程流れたとき、思い切ってれいなに声をかけた。
「なあ、れいな。ちょっと話したいことがあるんだけど」
じっと僕に視線を送ってくるれいな。まともに互いの顔を見合ったのは、あの
日以来だろうか。
「やることがたまってて忙しいけん、後にしてくれる」
そう呟くと、背を向けて部屋に戻ろうとした。思わず、れいなの細い腕を掴ん
でいた。このままじゃ、何も変わらない。終わることさえできない。
そんな想いが、行動として先にでていたんだ。

305 :UNFINISHED MEMORIES :04/08/18 22:11

「離さんね!」
れいなの表情が強張っていた。
「とにかく、話を聞いてくれよ。誤りたいこと、言いたい事が沢山あるんだ!」
「れいなちゃん、何があったかわからんけど、とにかく話をしたら?ずっと
様子おかしいから、気になってたんやよ・・・」
 しばらくの沈黙が、部屋の空気を満たしていた。重い空気・・・・・
「さて、ちょっとお夜食の買い物でもしてくるやよ」
そう言うと、愛はさっさとリビングから出て行った。その時、一瞬僕の方を
向いたその表情は、どこか寂しげで、今まで見たことがない愛の表情だった。
 れいなと二人、リビングに立ったままだった。
「いいかげん、腕、離してよ」
「ご、ごめん・・・」
 れいなは、そのままソファーに座った。視線はテレビの方を向いている。
「あの時は・・・ごめん・・・本当に悪かったと思ってる。謝ってすむとも
思ってないけど。肺炎までこじらせてしまったし・・・とにかく、謝ってお
きたかった。ずっと、いつ謝るか、そればかり気になってた」
「私の事は心配せんかった?」
「いや!、そんな・・・勿論一番れいなの体調が心配だったさ。嘘じゃない」
 一瞬だけ、僕の方を向いたれいなだったが、再びその視線はテレビの方を
向いてしまった。
 何か、もっと何か言うべきことがあるはずだった。一番大切な何か・・・

 愛は、玄関を出てドアを閉めると、閉めたドアにゆっくりともたれかかった。
「・・・はぁ・・・」
深いため息が出た。いつもそうだった。自分の気持ちは押し殺し、人の気持ち
ばかり優先させてしまう。だから、いつも損な役所ばかりを掴んできた。
「私の本当の気持ちは・・・・・」
 れいなと○○の話の内容は見当がつく。そして二人の本当の気持ちも。
そして、自分の気持ちは一番、痛いくらいに分かっていた。
 寂しそうに少しだけ微笑み、愛はその場を去った。

306 :UNFINISHED MEMORIES :04/08/18 22:12

 れいなは相変わらずテレビの方へ視線を向けたままだ。僕の方を見ようとさ
えしない。怒ってもいないし、笑ってもいない。何の感情も持ち合わせていな
いかのようだった。でも、細くて小さなその体は、何故かいつも以上に小さく
見えた。

 不意に、どうしようもなくれいなを抱きしめたくなった。とても切なかった。
ある日突然始まった、3人での同棲生活。夢のようでもあり、夢は夢のまま、
一年が経てば終わるはずだった。そして、また何ら変わりのない退屈な毎日が
やってくるはずだった。でも、いつからか、僕の気持ちは・・・・・
「怒るのは当たり前だと思う。許してもらえるとも思ってないよ。でも・・・」
沈黙・・・・・
そして、しばらくして、れいなが僕のほうを向いた。
「・・・でも?・・・」
その強い眼差しが僕を見つめてくる。決して、怒った視線ではない。そう、そ
んな自分てものをしっかり持った強い眼。そこに僕はいつしか惹かれていった
んだ。
「やっとこっちを向いてくれたね。うん・・・でも、ちゃんとれいなの顔を見
ながら謝りたかった。そして・・・」
 さらにれいなは僕を見つめてくる。
「そして?」
 この瞬間が続けばいいと思った。でも、いつか終わりが来るならば、自分か
ら終わらせるほうがいいって思ったんだ。そして、彼女の強い眼差しが、その
決断の勇気を与えてくれた。

307 :UNFINISHED MEMORIES :04/08/18 22:13

 僕とれいなの視線が交わっている。
「そして・・・僕は明日の朝、ここを出て行くよ。ちょうどいい潮時だと思う。
もう、終わりにしよう。住む世界がもともと違うんだから。楽しい夢を見たよ」
「それが、本当の気持ち?ずっと言いたかったって気持ち?」
 れいなの眼が、僕を撃ち抜いた気がしていた。返す言葉が出なかった。
「何も言わんの?」
不意に、れいなが立ち上がり、リビングを出て行った。そして、戻ってきた時は、
手に袋を持っていた。僕にその袋を押し付ける。そして、
「ばか・・・」
そう言って、れいなは僕の頬を軽く平手打ちした。触れた、と言う方が近い。
「ホントに○○は、どうしようもないばかたい」
そのまま部屋へと走り去ってしまった。その眼が潤んでいたことを、僕は見て
しまっていた。

 全身の力が抜けて、その場にへたりこんでしまった。これでいいのか?こんな
終わり方でいいのか?一番言いたかった気持ちさえ、かけらも伝えてないのに。
重く、暗い気持ちだけが、しこりのように心に残っていた。そして、僕は、手に
袋を持っていたことを思い出し、その袋をあけてみた。

308 :UNFINISHED MEMORIES :04/08/18 22:14

 左右の袖の長さが違い、他にも、あちこちにおかしな部分のあるセーター。
どう見ても、手編みである。まさか・・・そして、小さなメッセージカード。
そこには、お世辞にも上手とは言えない字で、「ずっと一緒にいてあげても
いいよ! fromれいな」と書かれていた。
 不器用な手編みのセーターに、不器用なメッセージ。でも、この気持ちを
僕に伝えてくれるために、れいなは、あの土砂降りの雨の中を、一人、ずっと
立ち続けてくれたいたんだ。僕が来ることを信じて、ただひたすら雨にうたれ
ながら。瞬間、胸の奥がとても熱くなり、そして涙が出た。ただ、どうしよう
もなく涙が出た。

 想いは、いつも素直に叶ったためしがない。どこかで、いつも大切な歯車が
狂ってしまう。大切な、かけがえの無い大切な時間は、こうして終わりを迎え
ようとしていた。

 一睡もできぬままに、僕がこの家を出て行く朝を迎えた。昨夜、愛にも話は
した。理由は、とってつけたような理由しか話せなかった。止める愛に対して、
もう決めたことだから。無理やり作った笑顔で、そう言うのが精一杯だった。
結局、愛に対しても、感謝と同時に、何かうしろめたい気持ちしか残らなかった。
そして、僕がこの家を出て行く時間がやってきたんだ。

309 :UNFINISHED MEMORIES :04/08/18 22:14

 袖の長さが違うセーターを着て、僕は玄関に向かった。見送りをしてくれる
のは愛だけのようだ。れいなは、あのまま部屋から出てこなかった。
「それじゃ、行くよ。うまく言えないけど、今までありがとう。楽しかった。
これからは、テレビを通して、二人を見させてもらうよ」

 愛の両手をしっかりと握り、僕は別れの言葉を言った。愛はただ、小さく
頷くだけで、僕の手を、きつく握り返していた。
「じゃあ、れいなにもよろしく伝えて。これ以上もたもたしてると、なんか
行けなくなりそうだ」
笑顔はひきつっていただろうか・・・・・

 その時だった、突然、部屋かられいなが出てきた。何も言わずに靴をはき、
さっさと出て行ってしまった。慌てて愛が追おうとしたが、僕は止めた。
ドラマじゃないんだ、呆気ないほど、あっさりと終わる形のほうが、後々引き
ずらなくてすむ。もう一度、感謝の言葉を愛に述べて、僕は振り返ることなく
玄関を出た。

310 :UNFINISHED MEMORIES :04/08/18 22:15

 部屋前の廊下から、去っていく○○の姿を、ずっと見つめ続けている愛。
本当は今からでも追いかけて、自分の気持ちを伝えたいと思っていた。けれ
ど、愛は、○○とれいなの気持ちに、とっくに気がついていた。そう、たぶ
本人達が自覚さえしていないであろう時から。誰かが傷つくことになるなら、
自分が引けばいい。だから、せめてここで、○○の姿が見えなくなるまで、
その姿を眺めていたい・・・・・

 そして○○の姿は小さくなっていき、角を曲がり、すっかり見えなくなった。
愛は、何度も振り返りながら、ゆっくりと部屋へと入った。その瞬間、何か耐え
ていたものが切れた。その場に崩れ落ち、止めようのない涙が溢れていた。

 楽しい時に永遠など無いのだろう。そんな事が、愛の頭の中に浮かんだ。

 角を曲がって、駅までの、すっかり慣れた道を歩く。もう、ここを歩く事
もないだろう。見るもの全てが、懐かしいような、寂しいような、そんな気
がしてくる。なんとなく、うつむき加減で歩いていた。何か視線を感じて、
ふと顔を上げると、視線の先にれいなが立っていた。
「ついて来て」
そう言って、さっさと歩き出し、向かったのは、小さな公園だった。

312 :UNFINISHED MEMORIES :04/08/18 22:16

 二人が限度の小さなベンチ。そこに座って、もう10分以上も無言の時間が
過ぎただろうか。無言の時間がこれほど辛いとは・・・・・耐え切れない。
「セーター、ありがとな・・・まあ、袖がちぐはぐなのが、れいならしいか」
余計な事を喋っていた。一度口を開いたら、言葉を止めるのが怖かったんだ。
 れいなは、ただじっと僕の話を聞いているだけだ。

「たぶん、もう会うことはないかもしれんたい・・・」いきなり、れいなが口
を開いた。えぇっ?なんとも我ながら情けない反応だった。
「住む世界が違うんでしょ?なら、今日からもう別の世界の住人たい、うちら」
「あ・・・・あぁ・・・」自分の言った言葉。今になって胸の奥に突き刺さる。
 れいなは、あの時、どんな思いでこの言葉を聞いたのだろうか。
 
 立ち上がったれいなが、正面を向いたまま、言葉を続けた。日の光を受けて、
少し眩しそうな表情が、寂しげであり、同時に、とても愛しかった。
「でも・・・でもね・・・」
 僕の方を振り向いた。
「別の世界の住人になったとしても、気持ちまでは変えることはできんたい。
人の心は、そう簡単に変わるもんじゃない。まして、うちの心はね」
 言葉が出ない・・・見つめるだけしかできなかった。

313 :UNFINISHED MEMORIES :04/08/18 22:16

「それだけ。それだけは忘れないで欲しいたい。さて、言いたかったのは、それ
だけたい。じゃーね!」
 れいなは、もう僕をみようともせず、そのまま歩き去っていこうとしていた。
 立場とか、うまい言葉とか、きれいな終わり方とか、もうどうでもよかった。
今、そんなこと気にしていたら、一生、間違いなく一生僕は後悔するだろう。
「れいな!」
 振り向いたれいなを、力いっぱい、ただ力いっぱい抱きしめた。それ以上、何
もいらない。この時だけがあればいい。そう思った。想いの全てを込めて、僕は
ただ、れいなを抱きしめ続けたんだ・・・・・

 とても日差しが眩しい昼。あの時の想い出は、今も僕の心の中に生きている。
忘れられない人との、決して忘れることの無い時間。僕の心の中に、大切に生き
ているんだ。
 そんな思い出の数ページを、僕はこれからも胸に、今も胸に、生きている。
 
             〜終〜



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