アンバランス
319 :アンバランス :04/07/01 23:56
プロローグ

「ひさしぶりたい・・・」
空港の雑踏からやっとのことで抜け出し、
れいなは胸いっぱい息を吸い込んだ。

東京の排気ガスのにおいでもない、
かと言ってハワイのような南国のかおりでもない。
10年以上吸い続けた空気が、やっぱり体に一番馴染む。

休暇が出たのは・・・いつ振りだっただろう?
ハロープロジェクトのコンサートから始まり、
秋のコンサートツアー、そしてハワイ。
のんつぁんが去り、そして加護も居なくなった。
今年の夏も暑かった。
色々な事が、ジェットコースターのように過ぎていく。そして。

「今年の夏も一人かぁ・・」
電車待ちの列に並びながら
れいなは誰に言うでもなく、呟いた。
そしていつものように、仕事の日々が始まる。
14歳の夏も、そうして過ぎてゆく筈だった。

320 :アンバランス :04/07/01 23:56
「ねえおにーちゃん。」
お兄ちゃんといわれるのは嫌いではないけど、
兄弟がいない身としては、少し気恥ずかしい。
「どうした、達也?」
「今日の練習も楽しかったね。」
「うん、そうだな。ちょっと暑かったけどな。」
本当は暑くて仕方が無かったのだが、
体を動かすことはストレスの発散にはなった。

「どうやればお兄ちゃんみたいに、サッカー上手くなれるの?」
見上げる大きな目はあいつを思い出させる。
もう手の届かない、ブラウン管の中のあいつ。

「そうだな・・・頑張って練習すればいいんじゃないかな。」
「頑張ればサッカー選手になれる?」
純粋な言葉が痛い。
頑張ってなれるんだったら僕だって・・・。
「うん、達也ならなれるんじゃないかな。」

なれるわけ無い。
達也だって、僕だって。
でもそんな事、言えるわけない。
僕はあいまいな笑顔を浮かべ、達也の頭をくしゃっと撫でた。
「じゃあ僕明日も頑張る!」
真っ直ぐな瞳には、未だ未来が映っている。
僕の目には、もう曇った現実しかうつらない。

321 :アンバランス :04/07/01 23:57
「ごめんね、また家まで送らせちゃって。」
達也の母さんには休んでいくように薦められたが、
この汚れきった格好で上がるのには抵抗があった。
「じゃあこんな所でなんだけど、お茶くらい飲んでいってよ。」
小学生のコーチ役とはいえ、
9月の日差しはただ立っているだけでも汗ばむほどだ。
喉が渇いていた僕は、その言葉に甘えることにした。

「達也も最近練習頑張ってるみたいで。
 これも全部一馬君のおかげね。」
「そう言ってもらえるとうれしいです。」
何が嬉しいんだろう。
人の為になったこと?人に誉められたこと?
ただ僕は、自己満足のためだけに
サッカーのコーチなんて役割を引き受けた、それだけなのに。

「それじゃそろそろ、僕も帰りますので。
 麦茶、ご馳走様でした。」
荷物をまとめて立ち上がる。
「今度はゆっくりして行ってね。
 あら、そう言えば今日はあの子が帰ってくる日だわ。」
「あの子?」

322 :アンバランス :04/07/01 23:58
「ただいま!!」
ドアが勢いよく開いた。
そしてボーっと突っ立ていた僕は、
ちょうど背中に体当たりを喰らう形になった。

「イタタタタ・・・ごめんなさい、大丈夫ですか?」
この声は間違いない。達也の母さんも笑っている。
ゆっくりと振り返る。逆光の中、懐かしい顔がそこにはあった。
「えと、大丈夫・・・です。」
「・・・一馬?」
れいなの表情に、驚きと喜びが広がる。
それを見た僕も、満面の笑みになったと思う。

「れ・・・田中、お、おじゃましてます。」
「そんな、他人行儀じゃなくていいじゃない。」
そう言ってれいなの母さんに背中をポンと叩かれた。
確かに、敬語を使う仲じゃなかった。
でも、突然名前で呼ぶのはやっぱり気恥ずかしかった。
前はあんなに自然に呼べたのに、
なにを意識しているんだろう僕は・・・。

323 :アンバランス :04/07/01 23:58
「れいな、おかえり。」
「うん、ただいま母しゃん。でも一馬がいるなんてびっくりしたとよ。」
興奮気味に話すれいな。少し早口になる癖は変わらない。
「れいなね、れいなね・・・」
「もうちょっと落ち着いて話なさいよ、この子ったら。」
「うん。・・・大きくなりよったね。」

この二年間、身長は確かに伸びた。
でも、中身は全然成長していない。
「れいなも、大きくなったな。」
「そう?あんまり変わらんと思うけど。」
自信に満ちた目。はきはきとした喋り方。伸びた背筋。
すべての立ち振る舞いに見られる成長の後。だけど。

「そうだね、あんまり変わっていないかも。」
未だ大きくならない胸をチラッと見て、
僕は素直な感想を述べた。

432 :アンバランス :04/07/02 23:28
「でも・・・なんしに来よるの?」
幸いその視線はれいなにばれずにすんだようだった。
「ほら、達也の小学校のサッカーのコーチ。」
れいなの母が口を挟む。
「今日も家まで送ってもらったのよ。」
「いや、方向が一緒だから。」

「まだ続けてたんだ、サッカー。よかった。」
「良かった?」
「うん、一馬が続けててよかった。」
なにが良かったんだろう。
れいなの夢は歌手になることだった。
僕の夢はサッカー選手になることだった。
昔はあんなに一生懸命語り合った二人の夢。
「・・・うん。」
僕は曖昧な笑顔を浮かべながら、
歯切れ悪く返事をした。

433 :アンバランス :04/07/02 23:29
「電話くれても良かったのに。」
「いや、れいな番号変わっちゃったし・・・。」
ハッとしたような表情を浮かべ、
れいなは急に大人しくなってしまった。
「そうやったね、ごめん・・・。」
「いや、メールも送らなかったし。
 僕のほうが暇だから、連絡入れればよかったね。」

「ほら、いつまでも突っ立ってないで中に入りなさいよ。」
少しの沈黙を、れいなの母が破った。
「ほら、一馬君もあがってっちゃって。」
「いえ、僕はそろそろ・・・。」
「え?」

本当は僕だってゆっくりれいなと話したい。
でも、なんて言えばいいかわからない。
「未だ早いし、どこか遊びに行かない?」
昔と同じように誘えばいいだけなのに。

434 :アンバランス :04/07/02 23:29
「・・・じゃあ。」
バッグを肩にかける。
れいなは少し寂しそうな顔をしてくれた。
今の僕にはそれで充分だった。
「あ・・・そうそう。」
と、れいなの母が思い出したように言った。
二人の視線が集まる。

「最近、駅前もだいぶ変わったのよ。」
なにを言い出すのだろう?
れいなも不思議そうに首をひねっている。
「一馬君、暇だったらでいいんだけど、
 うちの子連れて行ってくれない?」
れいなの表情がぱっと明るくなった。
れいなの母は顔を僕に向け、不器用にウィンクした。
「ええ、ちょうど買い物してから帰ろうと思ってたので。」
僕もれいなに見えないよう、小さくウィンクを返した。
「じゃあわたし、荷物部屋においてくるけん!!」
靴を脱ぎ捨て、れいなは階段を駆け上がっていった。
「コラ、靴くらいそろえなさい!!」
叱るれいなの母の声も笑っていた。
僕も声を出して笑った。

578 :アンバランス :04/07/03 23:54
「久しぶりだね。」
駅へと向かう下り坂、
並んで歩きながられいなが言った。
「一馬、大きくなりよったね。」
「うん、れいなはあまり変わらないな。」
キャミソールから伸びた手足は未だ子どものそれだ。
「女の子やけんこんままでよかの。
 身長、何センチくらい伸びたと?」
「15センチくらいかな?
 ・・・れいな、なんか俺変なこと言った?」
「ううん、全然。」
帽子の奥でいたずらっぽく笑う。

これってデートに見えるのかな?
でもそんなことを意識しているのは僕だけのようで、
「早く、信号変わっちゃうけん!!」
スカートをなびかせて走っていく後姿は
小学校の放課後を思い出させた。

579 :アンバランス :04/07/03 23:55
駅前のアーケードは残暑にもかかわらず、
たくさんの人でにぎわっていた。
「どこ行く?」
駅前まで目的があって来たわけではない。
だいぶ変わった、なんてれいなの母は言っていたが、
実際、それほど大きな変化があるわけではない。
それに、僕が行くような店は限られている。

「うーん、じゃあれいな、公園に行きたか。」
「公園?」
「うん、あそこなら涼しいし。
 それに、・・・二人でゆっくり話したか。」
そういうと、れいなは少し照れくさそうに笑った。
意識しているのは僕だけではないみたいだった。

597 :アンバランス :04/07/04 01:37
公園は駅から歩いて5分程。
街のざわめきは嘘のように消え、
風も幾分爽やかに感じられる。

少し前を歩くれいなの
肩まで伸ばした髪が揺れている。
微かに風に混じる化粧の香り。
僕は化粧のことなんて何もわからなかったけど、
その香りはとても似合っていると思った。

「明日ね、コンサートやるけん。」
首をこちらに向けながられいなが言う。
「一馬は練習?」
「いや・・・。」
言葉を濁す僕。
「あ、そっか。そろそろ受験やもんね。」
声のトーンが落ちたことを、受験のせいと思ったらしい。

598 :アンバランス :04/07/04 01:37
「うん。これでも一応受験生だからね。」
勉強などする気はさらさら無いのに、
僕はれいなに話をあわせることにした。
「れいなは勉強は?」
「わたしは・・・あんまり勉強してなかかも。
 仕事が忙しくって・・・って、
 仕事が無くても勉強しなかったと思うけん。」

他愛も無い会話。ゆっくりと流れる時間。
でも、明日からはれいなはいない。
この時間は、また暫くはお預けになってしまう。
ひょっとしたら、永遠に。
大切なものはなくしてから気付くって事が
どういうことなのか判ったような気がした。

「なん考えてると?」
「ん・・・れいなのこと。」
少しそんなことを考えていた僕は、
恥ずかしげもなくそんな台詞を言ってしまった。

「な、な、なに言い出すけん、急に。」
慌てるれいな。でも僕も内心、同じくらい慌てていた。
「いや、えーっと・・・そうだ、ソフトクリーム買ってくるよ。バニラでいい?」
「・・・うん、なんでもよか。」
僕は小走りで売店に向かった。
背中にれいなの視線を感じたけれど、
それはただの自意識過剰だったのかもしれない。

599 :アンバランス :04/07/04 01:37
「ただいま。ストロベリーとチョコレート、どっちがいい?」
れいなは木陰のベンチにちょこんと座っていた。
「バニラがよかって言ったけん。」
「あれ、そうだっけ?」
「ふふふ。ウソだよ。」
慌てる僕の右手からイチゴ味のアイスをとり、
猫のようにぺろっとそれを舐めた。

「ありがと。いくら?」
「いいよ。久しぶりだし、おごるって。」
「そんな・・・悪かって。」
「いいから。溶けるよ?」
9月の日差しに、ソフトクリームは
早くも形を変えようとしている。
「・・・うん、わかった。ありがと。」
そう言ってれいなはまた、ぺろっとソフトクリームを舐めた。

665 :アンバランス :04/07/04 20:15
「ねえ、最近はどんな曲聴いてると?」
ベンチに並んで座る。
アイスはあっという間に僕達の胃に消えていった。
「うーん、最近ちょっと洋楽とか聴いてる。
 あとトランスとかかなぁ。」

「他には?」
少し期待するように、れいながこちらを見る。
鈍感にも、僕はそこまでされてから
やっと視線の意味に気がついた。
「あとはモーニング娘。とか。
 ほら・・・れいなが真ん中で歌っていたやつとか。」
本当に聴いているなら、タイトルまで答えられて当たり前だ。
でも僕は、さびのメロディーしか思い出せなかった。

「ありがと。」
「それとあの・・・。」
頭をフル回転させる。何曲かテレビで見たはずだ。
あれはなんというタイトルだったっけ・・・。
「ううん、いいの。ありがと。」
ほんの少し寂しそうに笑うれいな。

「ごめん・・・。」
「なに謝るけん。
 聴きたい曲を聴いていればいいんじゃなか?」
そういうとれいなはふわりと立ち上がり、歩き始めた。
僕がついて来るのを待って、
れいなは歌を口ずさみはじめた。
聴いたことの無い、でもどこか懐かしいメロディーだった。

666 :アンバランス :04/07/04 20:16
「どうして恋人になれないの?」
ただの幼馴染だと思っていたれいな。
が、その声は信じられないほど艶っぽく、
僕は急に鼓動が早くなるのを感じた。
その一方で、こういうのが胸が高鳴るってことなんだなと
どこか冷静に考えている自分がいた。
「じゃどうして口づけをしたの、あの夜。」

幼さの残る横顔。
女を感じさせる歌声。
そして、少しだけ背伸びした歌詞。
そんなれいなが、僕にはひどく不安定に感じられた。
それとも年頃の女の子というものは
すべからく不安定なものなのかもしれない。

「あのキスで変わった・・・。
 キスでなにが変わるんやろ?」
「へ?」
急に話題を振られ、僕は間抜けな声を出してしまった。

667 :アンバランス :04/07/04 20:16
「えと・・・そういう歌詞やけん。ただの歌の話。」
ファーストキス。
れいなはもう経験してしまったのだろうか。
でも・・・今の発言からは、未経験のようにも受け取れる。
そんなことを考えていたせいか、
れいなの唇が妙に色っぽく見えた。
「どうしたん?なんかついてると?」
でも本人は、そんな色っぽさなんて
これっぽっちも自覚していないようだった。

「アイスがちょっと残ってるよ。」
「え、うそ?どこ?」
慌ててごしごしと唇をこするれいな。
「ウソだよ。」
「もう、子供じゃないんやけん。」

もう子供じゃない、か。
アンバランスな、子供でもない、大人でもない年頃。
でも僕もれいなも、みんな大人にならなくちゃいけない。
そんなことは僕にだって、もうとっくにわかっていた。

835 :アンバランス :04/07/05 23:49
「すいませ〜ん」
声のするほうに目を向けると、
足元にサッカーボールが転がってきた。
「ボールとってもらえませんか〜」
少し太り気味の少年が、
息を切らせながら走ってくる。
僕が足を軽く振ると、ボールは弧を描き
少年の足元にぴたりと納まった。
彼は少し驚いた表情を見せたあと、
「ありがと〜ございます!!」
と元気に言って、元来た方向へ走っていった。

パチパチパチ。
小さくれいなが拍手をした。
「やっぱり上手いね。」
「そんなこと無いよ・・・。」
「でも、サッカーの選手になるって言ってたじゃない。」
れいなのまっすぐな瞳が僕を見る。
僕のうつむきがちな瞳は、彼女にどう映っているのだろう。

836 :アンバランス :04/07/05 23:49
「そんなの、子供の夢だよ。」
劣等感が、棘を持った言葉に変わる。
「え?」
「僕は才能が無いんだ。
 だから、もうサッカーはやめようと思う。」
「なに言ってると、一馬?」
れいなが不安げに僕を見上げる。
「夢を見て、それを追いかける権利があるのは
 才能がある人間だけなんだ。
 僕には、少年チームのコーチぐらいが似合ってるよ。」
自嘲気味に笑う。

違う、こんなことを言いたいわけじゃないんだ。
でも折れた心は元には戻らず、
僕はただ闇雲に言葉を続けた。
「高校受験もこのままだと落ちるし、
 ほんとれいなが羨ましいよ。」

「わたしだって・・・。」
震えるれいなの声を聴き、
一気に後悔が押し寄せてきた。
だけどそれは、あまりに遅すぎた。
「一生懸命歌って、ダンスも覚えて、
 甘いものもお肉も食べないで、
 それでも端っこにしか映らなくって・・・。」
細い肩が小刻みに揺れる。
「必死でしがみついて、それでも置いていかれて・・・。
 なのになんで自分ばっかり
 可哀想みたいに考えてると!!」

837 :アンバランス :04/07/05 23:49
なにも言い返せなかった。
れいなの目から、涙が一筋流れた。
それをぬぐいもせず、帽子を深くかぶると
れいなはきびすを返して歩き始めた。

「まって。」
その一言が言えれば、れいなはきっと立ち止まる。
そして振り返るその肩を
抱き寄せることが出来たかもしれない。
でも、その声が届かなかったら。
そんな不安と躊躇いが、二人の距離を広げていく。

「じゃあね。」
最後にれいながそう言ったように思えたのは
ただの耳の錯覚だったのかもしれない。
それとも、そうであれば良いと言う僕の願望。

二年振りの再開は、会うまでは長く、
別れるまではあっという間だった。
れいなは一度も振り返ることなく、公園の角を曲がった。

844 :アンバランス :04/07/06 00:32
テレビからはNHKの耳慣れた時報が流れてくる。
「一馬、なにボーっとしてるのよ。」
「あ、母さん。わりぃ。」
体を起こしながら答える。
「ほら・・・あんまり遊びすぎちゃ駄目よ。」
「わかってる。・・・ちょっとコンビニ行ってくる。」

母さんは口うるさいことは言わない。
心配してもらっていることもわかっている。
でも僕は、そんな気持ちからも逃げ出してしまう。

自分の部屋に戻り、財布をポケットにねじ込む。
と、充電中の携帯のライトが着信を知らせていた。
れいなか?慌てて履歴を調べるが、
そこに点滅していたのは友人の名前だった。
そう言えば未だ番号もきいていなかったな・・・。
携帯を乱暴に閉じると、パチンといい音がした。

845 :アンバランス :04/07/06 00:32
午後7時。
日は短くなりつつはあるが、
昼の熱気はまだとどまり、肌にまとわりつく。
すぐに家に帰りたくも無い。
コンビニに行っても特に欲しいものも無い。
れいなに会いたい。でも・・・。

足はれいなの家のほうへと向かう。
でもこんな時間に行けるわけが無い。
いや、こんな時間だからこそ足が向いたのかもしれない。
遠くから見るだけの自分に言い訳が出来る。
こんな時間だから、と。

846 :アンバランス :04/07/06 00:33
夜のコンビニの明かりの中、
僕はそこには不似合いな背中を見つけた。
遠くから見てもわかる、小さな頼りない背中。
身を屈めなにかを熱心にのぞきこんでいる。

「れいな・・・。」
「あ、一馬・・・。」
気まずい空気が流れる。
謝らないといけないのは僕のほうだ。
でもなんて切り出せば・・・。
しまった、サンダルが親父のだ。
そんなつまらない事ばかりに頭が働く。

「そ、それ・・・。」
結局こうやって、本題から逃げ出すことしか出来ない僕。
「うん、もうすぐ夏も終わりやね。」
コンビニの隅に追いやられた、
色とりどりの花火のコーナー。
華やかなパッケージの上に、
無造作に半額のシールが貼り付けてあった。
花火はすぐ手の届くところにあるのに、
れいなはとても遠い目をしてそれを眺めていた。
「結局今年も・・・花火できなかった・・・。」

847 :アンバランス :04/07/06 00:34
「今からやろう。」
その声は、自分が発したとは思えないほど
僕の耳にもはっきりと届いた。
「えっ?」
「やろう、今から。」
しゃがみこむれいなの上から、花火を適当に選ぶ。
「一馬・・・。」
見上げるれいな。
チラッと目をやって、無防備な胸元に気がついて、
僕はすぐに花火に目を戻した。
まだ夏は終わらせない。

「520円になります。」
僕が財布をポケットから出す前に、
レジに1000円札がさっとおかれた。
「久しぶりだし、おごるって。」
ちょっときざにそう言うと、
れいなはにこっと笑った。
僕はその笑顔を可愛いと思った。

932 :アンバランス :04/07/07 00:08
「いち、に、さん・・・47、48・・・。
 49。やっぱりこの階段、一段足りなかね。」
スカートのすそを気にする素振りもなく、
神社の階段を駆け上がるれいな。
時折振り返るその横顔が、わずかな街灯に照らされる。

境内がいつもより狭く感じられたのは
夜の静寂のせいかもしれない。
「あっ・・・。」
「どうしたの、れいな?」
「マッチ忘れちゃった。どうしよう。」
「いや、ライターあるから。」
後ろのポケットからライターを出すと、
れいなははじめは不思議そうな顔をし、
数秒後には少し表情がきつくなった。
「れいな・・・話、聞いてもらえる?」
「・・・。うん。」

水汲み場の近くにしゃがみこむ。
れいなの持つ花火に、そっと火をつける。
「キレイ・・・。」
火花に照らされる横顔は、本当にきれいだ。
光と闇のコントラストが、
れいなの表情を大人に見せる。
「・・・。」
僕は黙って、れいなの横顔を見つめた。

933 :アンバランス :04/07/07 00:08
花火の光が消える前に話し始めた。
中学でもサッカーを続けたこと。
全く才能が無いと自覚した大会の日。
後輩たちが笑いながら追い抜いていったこと。

タバコを吸うと、気持ちが落ち着いた。
体力が持たないのも、息が苦しくなるのも
全部タバコのせいに出来た。
子供にサッカーを教えるのは好きだった。
周りがみな、自分より下手だから。

れいなはただ、黙って聞いてくれた。
花火は減っていき、
最後に線香花火だけが残った。

「次はれいなの話、聞いてくれる?」
僕はただ、黙ってうなずいた。
「話の間、一緒に線香花火持ってくれると?」
「うん、わかった。」

934 :アンバランス :04/07/07 00:09
「れいな、好きな人・・・憧れてた人がいたけん。
 その人を追いかけて、芸能界に入ったの。」
好きな人、その言葉が重く心にのしかかった。
一緒に持っている線香花火が、小刻みに震える。
震えているのは・・・れいな?

「でも、現実ってあんなもんなんだよね。
 せっかく頑張って頑張って頑張って・・・。
 やっと辿り着いたら、つかなきゃ良かったって感じたい。」
線香花火に照らされたほほを伝う涙。
そのしずくは、きれいな曲線を描くと、
花火と一緒にぽとりと落ちた。

「れいなっ。」
華奢な肩を抱き寄せる。
力を入れすぎたら、壊れてしまいそうな体。
でも僕は、強く抱きしめずに入られなかった。

935 :アンバランス :04/07/07 00:09
「キスしてもいい?」
小さいれいなが、僕の胸で小さく、でもしっかりと頷いた。
一瞬だけ二人の距離が離れ、そして重なった。
涙にぬれた唇は柔らかく、少ししょっぱかった。

キャミソールの下から手を入れる。
抵抗されたらやめるつもりだった。
でもれいなは、「あ・・・」と短く声を漏らしただけだった。
すべらかな、それでいて肉感のある肌。
その微妙なバランスを壊さないように
僕はゆっくりと、でも一心にれいなに触れた。

「れいな・・・・・・。」
消え入りそうな声は、ほとんど聞き取れない。
「うん、わかった。大丈夫。」
ベンチに寝かせ、出来るだけやさしくキスをする。
唇に、首筋に、・・・全身に。
そして僕とれいなの影が重なった。

936 :アンバランス :04/07/07 00:10
エピローグ

「今日の田中いいね。」
「ええ、気合入ってますね。」
スタッフルームに怒号が飛び交う。
「はい、MC入ります!!」
「新曲スタンバイしてください!
 田中さんのMC終わりで曲スタートです。」

「さぁモーニング娘。コンサート地元公演、
 田中れいな、めっちゃ気合入ってます!!
 愛するあなたを真っ直ぐ見つめ、あなたの心に届けます。
 聴いてください。アンバランス。」




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