〜幼い二人〜
780 :幼い二人 :05/01/15 22:03

   〜幼い二人〜

「ガチャ。ただいまー」
横に動かすドアにしたら、「そんなびんぼうなウチはイヤっちゃ!」
と怒ったことがあったから気をつけないと……
そう思いながら、手前にドアを引くようにした。
それを見たれいなは小走りで向かってきて、
「おかえりなさい。あなた」
抱きついてきた。れいなにこうされると、僕は少し変な気持ちになってしまう。
何だかくすぐったくて、顔が熱くなってくる。
「うん、ただいま」
それがイヤだから両手で押してそっと離れる。
れいなは僕の気持ちに構わず、ニコニコと楽しそうに笑っている。
僕の持っていたカバンを受け取ると、
「あなた、ゴハンにする? それともおふろ?」
「そうだなぁ、アセかいたからおふろにする」
「そういうとおもってた」
れいなはうれしそうに笑った。
僕は上着を苦労して脱いだ。れいなが用意する服はいつも重たくて大きい。
れいなに言わせるとすごく僕に似合っているらしい。
れいなは僕が脱いだ服をきれいにたたみながら、
「じゃあ、れいなはゴハンをつくるけん」
「うん」
れいなはキッチンへ行った。僕はお風呂へ。
玄関を入って右側がキッチン、左側がお風呂になっている。
僕はそんなことどうだっていいじゃないかな、と思うけど
れいなにとっては大事な事らしい。
僕はお風呂からキッチンの方を見た。
キッチンに立ったれいなは、鼻歌を歌っていた。
変身した女の子が悪者と戦うアニメの歌だ。

781 :幼い二人 :05/01/15 22:04
彼女の名前は田中れいな。
僕と同い年の女の子だ。
幼稚園に入った年の夏、れいなは隣の家に引っ越してきた。
初めて会ったとき、れいなは恥ずかしそうに母親の後ろに隠れていた。
それを見た僕は、かわいい、と思ったけど……

「いつまではいっとーと! はやくあがるっちゃ!」
「う、うん」
僕は急いでリビングに向かう。
今はこんな感じだ。
れいなの言いなり。
それを見て、僕のことをバカにする友達もいるけれど……言い返せないのが悲しい。
気の強そうな顔をしたれいなは、見た目の通り気が強い。
僕はいつも言い負かされる。情けないけど、泣かされることだって時々あったりする。
「いたーい!」
キッチンから悲鳴が聞こえた。
僕は、またか、と思いながらキッチンに行く。
「どうしたの?」
「ゆびをきったっちゃ」
泣きそうな顔をしたれいなは左手の人差し指を僕の目の前に出した。
その指には傷なんてもちろん無い。だいたい、ケガなんてするわけがない。
でも、僕は傷があるフリをしないといけない。
「あーあ、れいなはドジだなー」
そう言って、傷口を消毒するように指先をくわえる。
れいなは満足そうな顔をした。
どうやら、れいなは新婚さんはこんな事を毎日やっていると思っているらしい。
だから、いつもケガをしたフリをする。
ちゃんと相手をする僕も僕だけど、やらないと叩かれるからしょうがない。
「じゃあ、ゴハンにしよ」
「うん」

782 :幼い二人 :05/01/15 22:06
テーブルの上には目玉焼きを乗せたハンバーグが二つ並んでいる。
いつもと同じメニュー。
ハンバーグは好きだけど、こう毎日見せられると
ほんとに嫌いになってしまいそうだ。
「はい、いっぱいたべてね」
茶碗を受け取る。
「いただきます」
モグモグと少し大げさに口を動かせる。
「おいしい?」
「うん。おいしいよ」
「よかった」
いつもと同じやりとり。けれども、れいなはうれしそうに笑っていた。
「あなた。なにかおもしろいはなしして」
「うん、えーっと……」
面白い話っていわれてもなあ。と困っていると、
「……」
れいなはジッと僕の目を見つめている。まずい、怒ってる。
僕は慌てて、
「あ、このまえ、カクレマルが……」
「なんね、それ?」
しまった。こういう話はダメだったんだ。
れいなの目つきがだんだんと鋭くなっていく。
「あ! そうだ! そういえば……」
とりあえず、普通の大人がするような話を適当に作って話してみる。
れいなは僕の話を笑顔で聞いていた。よかった。
僕の話が終わると、れいなの話が始まる。
近所のおばさんの悪口や、昼間のドラマの話。
れいなはこういうのをさせると、ホントに上手だ。
聞いていてびっくりする事もある。

783 :幼い二人 :05/01/15 22:07
話が終わると、れいなは、
「どうする? もうねると?」
「うん。ごちそうさま」
れいなは片付けをあっという間に終わらせた。
そして、二人で一つのソファーに寝転ぶ。
僕はしばらく白い天井を見つめていた。
「ねえ、あなた」
隣で寝るれいなが話しかけてきた。
「なに?」
顔を向ける。
すぐそばにれいなの顔があった。
僕は少し緊張した。
「れいな、あかちゃんがほしい」
「え!?」
いつもと違う話でびっくりしてしまった。
そんな僕を見て、れいなはほっぺたを膨らませながら、
「もー! ちゃんとはなしをあわせるっちゃ!」
「ごめん」
無理言わないでよ、と思いながらあやまってしまう。
「わかったっちゃね。こんどからはあかちゃんもいっしょっちゃ!」
自分の思いつきに満足したようにれいなは言った。

784 :幼い二人 :05/01/15 22:09
「ねえ、れいなちゃん」
そんなれいなに向かって、僕は普通の僕に戻って言った。
「なんね?」
「そろそろかえらなくていいの? セーラームーンはじまっちゃうよ」
「え? あ、ホントっちゃ! もうかえるけん!」
れいなは慌ててテーブルの上に乗っていたハンバーグをセーラームーンのカバンに入れた。
そして大人用の黒いスーツを両手で抱えると、
「あしたはおにんぎょうもってくるけん、つづきやろうね!」
「え、あしたもやるの? ぼく、あしたはともだちとサッカーのやくそく……」
「なんかもんくあると?」
「ううん。ないよ」
首をぶんぶんと横に振る。あーあ、また友達にバカにされるんだろうな……
「じゃー、あしたねー」
れいなはリビングから出て行った。
「あ、おばちゃん。れいな、かえるけん。
 うん、あしたもじゅうねんごのれんしゅうするっちゃ!」
玄関で僕のママと話してる声が聞こえた。
「はぁ」
僕はため息をついた。
十年たっても、僕は結婚できないんだけどなぁ。
れいなが忘れていったおもちゃの包丁を見て僕は思った。
ママゴトなんて大キライだ!!

   〜幼い二人〜    おわり。



从*´ ヮ`)<モドル