子猫たちのLOVEマシーン
- 37 :子猫たちのLOVEマシーン・第一話 :05/01/16 02:42
出勤途中、駅まで自転車で向かっていた。
いつもの道は工事中で通れないので、回り道をしている。普段通らないので
新鮮なキモチだ。秋を過ぎた頃の冷たい小雨が降ってさえ居なければもっと
気分は良いのだが。まあ、夕べの風雨に比べたらマシな方だが。
空き地を通りかかったところ、かすかに猫の鳴き声を聞いたような気がした。
電車の時間までに余裕がある。オレは自転車を止めて、空き地を見回して
いた。
「ニャー…」
力無い鳴き声だ。空き地に2,3歩踏み入ると、錆びた鉄骨の山の陰に、
「熊本みかん」の空きダンボール箱があり、中には真っ白い子猫が居た。
ビニール傘がさしてあったが、夕べの風雨をしのぐには役立たなかったよう
だ。
子猫はブルブル震え、力なくうずくまっていた。
- 38 :子猫たちのLOVEマシーン・第二話 :05/01/16 02:43
「衰弱しているな」
オレは会社に電話をし、風邪で寝込んでいることにして、休みを取った。
そして、衰弱した子猫を背広で包んで自転車の籠に乗せ、近くの動物病院
へと連れて行った。
ここの動物病院は、オレの飼い猫掛かりつけのところで話が早い。
子猫は点滴をうけることとなった。先生が言うには、見つけるのが半日
遅かったら確実に死んでいたらしい。子猫は道路工事に感謝せねばなるまい。
このまま1日入院となった。この子猫はオレが引き取ることにした。
ペットショップに寄り、子猫用の餌入れを買ってマンションに帰ると、いつも
より早いご主人の帰還に怪訝そうな表情を浮かべつつも、マナは足元に擦り
寄って来る。
マナ。それがオレの飼い猫の名前だ。
- 39 :子猫たちのLOVEマシーン・第三話 :05/01/16 02:44
「三万円も知らないうちに勝手に使って!」
「隠すつもりやなかった言うとるやろ!」
きっかけは、今考えれば他愛もないことだった。オレと妻・ゆうこの間には
溝が出来てしまった。話し合った結果、別居することとなった。そのとき
二人で猫を飼っていたのだが、母猫と子猫三匹はゆうこが、そして子猫一匹は
オレが引き取ることとなった。
その一匹がマナであった。なぜかマナだけオレによくなついていた。
「マナ、明日から、お前の妹分が来るんだぞ。仲良くしてやれよ」
マナは姿勢良く歩く。和猫の三毛なのだが、まるでキャットウーマンのようだ。
オレの話など興味ないかのようなそぶりを見せ、用意した餌にがっついている。
さあ、あしたも休むことを会社に連絡しておこう。
- 40 :子猫たちのLOVEマシーン・第四話 :05/01/16 02:45
子猫の退院の日。先日の冷たい雨が嘘のように、春のような陽射しが暖かい。
「カルテを作りたいんですが、この子の名前、どうしましょうか?」
先生に言われて、何も考えていなかったことに気づいた。そういえばマナの
名前もゆうこがつけたんだったな。
あれこれ考えていたら、今日の陽気を思い出した。
「『ウララ』でお願いします。今日は春のようないい天気なので」
「可愛い名前ですね。ではカルテに書いておきますね」
「お世話になりました」
先生に挨拶をし、病院を後にする。随分と元気になったウララは外の陽射しを
浴びると気持ちよさそうに目を閉じた。起こさないようにそっと歩く。
ウララはどんな子なんだろうか。
- 41 :子猫たちのLOVEマシーン・第五話 :05/01/16 02:46
マナとウララ初対面は、大体予想通りの展開となった。
部屋に帰ると、マナのお出迎えだが、興味の先はオレには無い。
ウララを部屋の真ん中に放してみた。マナは遠巻きにウララを観察している。
ウララはあたりの様子を気にして、あちこち歩き回る。
マナの監視はその間も続いている。
アプローチはウララの方からだった。オッパイを所望している様である。
当然マナは何も出せないし、嫌がるそぶりを見せ、ウララを脅した。
オレがウララに構っていると、マナはウララに前足でちょっかいを出した。
最初は無抵抗だったウララも、2,3度続いたときに反撃に出た。生後数ヶ月
の子猫の引っかきなど他愛も無いが、マナの手数はそれ以後減った。
二匹が一緒に日向ぼっこするまでに、そう時間はかからなかった。
そんな二匹の写真がお気に入りで、リビングに飾ってある。
- 42 :子猫たちのLOVEマシーン・第六話 :05/01/16 02:47
ウララはからかい甲斐がある。ねこじゃらしで遊んでやると、途中でキレ、
オレの手を引っかきやがる。小生意気な奴だ。でも子猫の引っかきなんて
たかが知れているので、この遊びをやめることは無かった。
マナはウララの教育係として機能した。これは想定外である。
トイレを覚えるのも早かったし、危険なことをしようとすると、マナが首根っこを
咥えて連れ去る。高々1歳のマナが頼もしく見える。
オレは忘年会で、会社の同期たちと「LOVEマシーン」を踊ることになったため、
平日夜と休日の昼下がりはビデオで振り付けの練習をしている。
面白いのがマナとウララの反応である。
二匹はLOVEマシーンのビデオが流れ出すと、画面に近づき、歌にあわせるように
「ニャーニャー」鳴き始める。いや、あわせているように見えるのは飼い主の「親バカ」
かもしれないが…。なんにしろその様子は非常におもしろいので「さんまのからくり
TV」にビデオを投稿してみたが、採用されなかった。
- 43 :子猫たちのLOVEマシーン・第七話 :05/01/16 02:48
ある日、歳暮が届いた。取引先の方だった。
中身は「年越しそばセット」。
残念ながら、オレは「ソバアレルギー」の為、ソバは口にすることは出来なかった。
しばらくの間、ソバセット使用の豪華猫飯がマナとウララの食事となった。
寒い夜は、いつの間にかオレの布団の中に潜り込んでくる。
朝、危なく寝返りで潰しそうになったこともあるが、あの暖かさは猫を飼っている人間
の特権である。
忘年会は済んだが、LOVEマシーンのビデオは今でも見ている。マナとウララの様子が
可愛いので、やめられない。
「マナ、ウララ、お前達の為にいいもの注文しておいたぞ。楽しみにしてろよ」
それからゆうこの為にも…。
- 44 :子猫たちのLOVEマシーン・第八話 :05/01/16 02:49
クリスマスが近づいている。
クリスマス…。ゆうこと初めて出会ったのもクリスマスだった。そう、5年前のことだ。
日曜日の昼下がり、駅から自転車を漕いで橋に差し掛かったときだった。
「お兄さん!助けたってください!」
と声を上げる女がいた。少々ヤンキーが入っている感じだった。それが当時のゆうこだった。
「どうしました?」
「子猫が川に流されてるんです!助けたって!」
確かに川面を見下ろすと木箱に乗った子猫が川上から流されてくる。この先は堰になって
いるので箱がひっくり返る可能性が高い。猶予は無かった。オレは自転車のまま河川敷まで
下り、ジャージ姿のまま、川へ突入した。流量は少ない方だったが、川の真ん中の方に進むと
太ももあたりまで深さがあった。川底の藻に足をとられながら、なんとか木箱より先回りし、
キャッチすることができた。流れに逆らって立っていた為、下半身はずぶ濡れになった。
ゆうこもその頃には河川敷まで降りてきていた。ゆうこの方にむかって慎重に戻る。
「はい、無事救出いたしまし……ぶえっくしょい!」
近所にあるというゆうこのアパートでシャワーを借りることとなった。
これがオレとゆうこの出会いであり、マナの母猫との出会いでもあった。
- 45 :子猫たちのLOVEマシーン・第九話 :05/01/16 02:49
クリスマスイブ。
会社帰りにマナとウララの為の特注のプレゼントを受け取りにお店に寄る。
そして、宝飾店へ。ゆうこへのプレゼントを受け取るためである。
離れて暮らして、ゆうことの大切な思い出を思い返すたびに、たった3万円で作って
しまった心の距離を激しく後悔していた。大切な記念日、クリスマスの日に、ゆうこに
オレの非を詫び、結婚生活のやり直しを求めるための、決意の「二度目の結婚指輪」だ。
マナとウララのペット用ケーキを受け取りにケーキ屋へ。そこで、ハタと、自分用の
ケーキを予約していなかったことに気づく。オレはケーキが大好物なのだ。すでに遅い
時間でもあり、そのお店でも選択肢はなかった。しかし売れ残りがあったことはラッキー
で、なんとか自分用も用意できた。
部屋に帰ると、石油ヒーターの灯油が切れ掛かっていた。灯油を入れたら部屋が灯油臭く
なったので、寒いのを我慢してすこしの間テラスのガラス戸を空けておくことにした。
カーテンを開けると、ちょうど雪がちらつきだしていた。関東でホワイトクリスマス
なんて滅多にお目にかかれない。
折角だから雪を眺めながら、ケーキをいただくこととした。
- 46 :子猫たちのLOVEマシーン・第十話 :05/01/16 02:50
マナもウララも旨そうにケーキを食べる。食べているのはペット用のケーキだが。
人間が食べても低糖・低カロリーなので大した旨くは無い。人間様は人間様用のケーキ
を頂くとする。ケーキを食べるときは何故かファンタオレンジが飲みたくなるのはオレ
だけだろうか?
ケーキをいくらか食べたところで、寒さが気になりだした。
…そろそろガラス戸を閉めよう。
そう思い立ち上がった時だった。急激な動悸がオレを襲った。頭がグラグラする。
発作だ。
アレルギー症状だ。昔給食のうどんにソバが混じっていた時と同じだ。
そのままオレは崩れ落ちた。横になったまま嘔吐し、気を失った。
…ソバなんてどこに…あの…ケーキか…
- 48 :子猫たちのLOVEマシーン・第十一話 :05/01/16 03:11
オレはどことも分からない場所に立っている。いや、立っているかどうかも怪しい。
とにかく目の前には二人の少女がいる。
間違いなく少女だ。
でも、何故か、マナとウララなのだ。
「ここはどこだ…?」
二人(二匹?)は笑顔を絶やさない。
「ご主人様、」
マナが口を開く。
「ご主人様に会えてよかったよ。ほやけどゆうこさんと仲直りしてくれんと死んでも
死に切れんって」
「ご主人様、」
今度はウララだ。
「ご主人様は命の恩人と。こん命、ご主人様の為に使えて、満足しようとよ」
…なんで訛ってるんだ…?いや、それより、死ぬとか命とか、何言ってるんだ?
「じゃあ、もう行かなければならん」
「元気にくらすとよ?」
…おい、まって、どこに行くんだよ、マナ!ウララ!
- 49 :子猫たちのLOVEマシーン・第十二話 :05/01/16 03:12
「…マナ!ウララ!」
目覚めたところは、病院の一室だった。
「大丈夫?なんかうなされとったよ」
ゆうこが汗を拭いてくれている。そうか、あの後、病院に運ばれたんだ。
「ウチが行ったら、リビングに倒れとって、ホンマあせったわ」
「そうか…でもなんで家に…?」
「マナが知らせてくれたんや」
その日、ゆうこが寝ようとしたとき、猫達が騒ぎだしたそうだ。
よく聞くと外から猫の鳴き声がする。バルコニーのガラス戸を開けるとマナがいた。
「マナ、どうしたのこんな時間に…!?」
「もしかしたらアンタになんかあったんやないか、て、思ってな」
「そうか、マナのおかげで…」
「それだけやない。あの子猫。あの子猫がアンタを暖めとったから、凍え死なんで
済んだんや」
「ああ、バルコニー開けっ放しだったからな…。ウララも命の恩人か…」
ふ、と、さっき見た夢の事を思い出した。
これでは、夢と現実の話がかみ合ってしまうではないか…。
「ゆうこ、マナとウララは?」
「ああ、ウチが預かってます。心配せんでええよ」
ただの不吉な夢だったようだ。マンガの見すぎかな。
- 50 :子猫たちのLOVEマシーン・第十三話 :05/01/16 03:12
「何かさ、口の中、舌とか痛いんだけど…」
「え?そやなあ、何か傷ついとるなぁ…」
入院中のオレは、その傷を医者に診てもらうことにした。
「そうですねぇ。動物の引っかき傷にそっくりですね…。生きている動物を口の中に
入れるような変わった趣味をお持ちですか?」
「ハハハ…、ある分けないです」
「まあ、倒れたときに苦し紛れに自分で傷つけたんではないですか?」
「そう…なんですかね…」
釈然としないまま、診療は終わったが、もしかしたら、と思い当たるフシがあった。
オレは倒れ、嘔吐したまま気を失った。下手をしたら吐瀉物が気道をふさぎ、窒息死
する。医者もオレの幸運を強調していた(まあ、そもそもそば粉を使ったケーキを
手にしたのがケチの付き始めだったが)。
もしかしたら、オレの危機を察して、ウララが吐瀉物を掻きだしてくれたのではないか?
…って、オレの想像力も大したもんだ。
入院から10日。オレはめでたく退院の日を迎えた。
ゆうこは毎日、オレの世話をしに通ってくれた。感謝の気持ちで一杯だ。
帰ったら、渡せなかったクリスマスプレゼントを渡さないとな。
ゆうことマナとウララに。
- 51 :子猫たちのLOVEマシーン・第十四話 :05/01/16 03:13
「お世話になりました」
ゆうこの運転する自動車の助手席に座るのは久しぶりだ。
いつもは荒い運転だが、病み上がりの客が居るせいか安全運転だ。
部屋についた。久しぶりの我が家だ。
ドアを開けようとした時、ゆうこが止めた。
「あ…あの、何があっても驚かへんでね…」
「ん?なんか、退院祝いのドッキリでも仕掛けてあるのか?先に言ったらダメじゃん」
笑いながらドアを開けた。
リビングに入ると、小さいテーブルに白い布をかけてあり、白い小さな箱の包みが
二つと、マナとウララが日向ぼっこしている、オレのお気に入りの写真が飾ってあった。
真新しい小さな香炉。線香の匂いが漂っていた。
オレは現実を呑み込むために、出来るだけ落ち着いた声で言った。
「ゆうこ…、もしかして…マナとウララ…なのか?」
ゆうこは既に泣いていた。
- 52 :子猫たちのLOVEマシーン・第十五話 :05/01/16 03:14
ゆうこはすべてを話してくれた。
マナはゆうこの部屋に着いたときは、大怪我をしていたそうだ。
前足は折れて、あちこちに傷があったそうだ。抱き上げると、何かを伝えるように
必死に一鳴きした後、ぐったりしたそうだ。
車でオレの部屋に向かう途中、あの動物病院に寄ったそうだが、既に事切れていた
そうだ。
部屋につくと、ウララはオレの胸元から首元に巻きつくようにしていたそうだ。
ゆうこが来ると、力なく「ニャー」と一鳴きして、安心したかの様に眠るように死んだ
らしい。ウララの前足は吐瀉物まみれだったそうだ。
涙が止まらない…あの挨拶は本物だったんだ。
なんで気づいてやれなかったんだ…。
オレの慟哭が、しばらくの間、オレの部屋を支配し続けた。
- 53 :子猫たちのLOVEマシーン・第十六話 :05/01/16 03:16
ゆうこは指輪を受け取ってくれた。二人はやり直すことになった。
ゆうこと一緒に去った猫達も戻ってきた。
オレの部屋はにぎやかさを取り戻した。
オレは毎日、マナとウララの写真に感謝の祈りを込めて手を合わせるのが日課になった。
そして、必ず、鐘を鳴らす代わりに、マナとウララへのクリスマスプレゼントになる
はずだった鈴をチリチリーンと鳴らす。
そう、「愛(マナ)」「麗(ウララ)」の名前入りの鈴を。
モーニング娘。がLOVEマシーンを歌うたびにマナとウララを思い出す。
きっと彼女達と一緒にLOVEマシーンを歌い踊っているに違いないと思っている。
だって時々、鈴の音が聞こえるから。
(完)
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