れいなと金魚
806 :れいなと金魚××× :04/07/11 16:55

「ごめんね、他に好きな人できたから」
「ちょ、ちょっと待てよ。なんでいきなり」
「しょうがないでしょ。私その人と一緒に周ってくるから」

そう言い捨てると、彼女は夜店の灯りのほうへ足早に歩き去ってゆく。
おれは人気の少ない神社の裏手で、呆然とそれを見送った。
付き合って三ヶ月、あっけない終わり方だなぁ。
むかついて足元の小石を蹴飛ばしてみる。

「いてっ!」

慣れない下駄からはみだした足の指に、思いっきり石がヒットした。
踏んだり蹴ったりだな……なんか情けなくなってきた……。
たいして大きくもない近所の夏祭りだけど、浴衣とか着てみたりして気合入ってたんだけどな。

807 :れいなと金魚××× :04/07/11 16:55

「にひひ。みーっちゃった」
「!?」
突然背後から不気味な笑い声が聞こえた。
びっくりして言葉にならない声を出しながら、振りかえる。
そこにいたのは……誰だこいつ?
カラフルな花柄を散らした黄色の浴衣を着た女の子。
くりっとした特徴的な目と、口からのぞくかわいい歯が印象的。
「振られちゃったねー、にいちゃん」
「……れいな、か?」
「あれ? あんまりかわいいからわかんなかったと?」
自慢げに浴衣の袖を広げて、首を傾げて笑ってみせる。

いつもとは違う女の子っぽい格好に一瞬誰だかわからなかったけど、
そこにいたのは近所に住む三つ下の女の子、れいなだった。

「いつからいたんだよ……」
「振られたとこ、全部見ちゃった。
 しょうがないから、れいなが一緒に周ってあげようか?」
含み笑いのれいなが、体をぐいっと寄せてくる。
「な、なんでお前とまわんなきゃいけないんだよ」
「一人じゃ寂しいやろ? それにこんなにかわいい子連れてたら注目の的間違いなし」
れいなが満面の笑みで答える。
「いこっ! にいちゃん」
おれの腕にしっかりとしがみついたれいな。
猫が甘えるみたいに、おれの腕に頭を押しつけてくる。
うわー、こいつ……いい匂いするなー。

808 :れいなと金魚××× :04/07/11 16:56

「あっ! れいな、わたあめ食べたいな〜」
「お前……焼きそば食ったろ?」
「……だめ?」
れいなが下から悲しそうな顔で見上げてくる。
なんかこいつ、かわいいんだけど……。
「う……しょうがないな、買ってやるよ」
「ありがと、にいちゃん♪」
れいなはうれしそうにはしゃいで、おれの腕を抱くようにしがみつく。

おいおいそんなに密着すんな!
浴衣なんだから、立ったらはっきりくっきり浮かびあがりそうじゃないか!

わたあめを買っている最中、意識を隣の出店、金魚すくいの水槽に集中する。

金魚、金魚、金魚。そうだ金魚、よし金魚。

「ね? にいちゃんそんなに金魚すくいしたいと?」
その声で我にかえると、目の前にれいなの不思議そうな顔があった。
うわー! 近い、近いって!
「じゃーいっぱい取って半分こ、ね」
れいなはそう言うと、おれの手をとって歩き出した。
……おれの歩き方、ちょっと不自然じゃないですか?

809 :れいなと金魚××× :04/07/11 16:57

「んー、意外と難しかー」
3個目のポイに穴をあけ、れいなが首をひねる。
「にいちゃんもやってみてー」
れいなが破れたポイの穴越しに、かわいく目をパチパチさせながら言う。
もう十分かわいいのはわかったから、落ちついてくれ。
おまえも、おれのも。

「じゃーおれも1回お願いします」
出店のおっちゃんに小銭を渡し、ポイをもらう。
「がんばれーにいちゃん」
「おう」
とは言ったものの……おれこーゆーの苦手なんだよなぁ。
そもそも魚あんまり好きじゃないしなぁ。

    ◇◇◇◇◇◇

「一匹しか取れんかったねー」
れいなが金魚の入ったビニール袋に顔を近づけて言う。
結局おれも3回挑戦して、なんとか反則ギリギリで取れたのが一匹だけ。
申し訳ない、れいな。
「ね、これ、れいなにちょうだい?」
「うん、いいけど」
「やったー! 大事にするから! お祭の思い出〜♪」
れいながうれしそうに笑う。
かなり無理矢理だったけど、取れて良かった。

810 :れいなと金魚××× :04/07/11 16:57

「あ! れいな、かき氷食べたいな〜」
「また食うの!?」
「これで最後……だめ?」
またまた下から見上げられる。弱いんだってそういうの。
「……いいよ」
「わーい! やったー!」
ぴょんぴょん跳ねて喜ぶれいな。買ってあげたくなっちゃうよなぁ。
このおねだり上手は、将来どんな女になるんだろ……。

    ◇◇◇◇◇◇

かき氷を片手に、人ごみから抜け出す。
やっと広い場所に出た、と思ったら神社の境内。さっきおれが振られた場所。
正直なところ、あまりにもれいなといるのが楽しくて、かわいくて、すっかり忘れていた。
あー、そういえば振られたんだった。
急に重くなった気分を抱えたまま、近くにあった石碑の土台に腰掛ける。
出店の灯りや、楽しそうな祭の客の姿が遠くに見える。
「はぁ……」
しらずしらず、ため息がでた。
「どうしたと?」
れいながかき氷のストローをくわえたままおれの顔を覗き込む。
「あっ……ごめん。そうやね……」
れいなが口篭もる。

811 :れいなと金魚××× :04/07/11 16:58

「いや、なんでもないよ。ごめん、ため息なんかついて」
「にいちゃん……目、つぶって」
「え?」
「……いいから」
れいなの目が真剣だった。目をつぶってって……あれか?あれなのか?
心拍数がいっきに跳ねあがる。
もうすっかり元カノのことなんか頭になかった。
さっきまでのれいなの笑顔や仕草、匂いや感触なんかが頭の中を駆け巡る。
勢いでその先もあったりして……。もうアレは言うまでもない状態で。
気付かれないように、深呼吸。

目をつぶった。

しばらく遅れて、唇に何かが触れた。うわーこれれいなの唇!?
……って冷たいんだけど。うっすらと目を開けると、目の前には、ストロー。
「かき氷、食べたかったとやろ?」
「……あ、うん、そうそう」
あはは……そうですよね。あるわけないですよね、そんな事。

812 :れいなと金魚××× :04/07/11 16:59

「キスするとでも思ったと?」
「……全然」
体がぴくっと反応してしまった。わかってるならしてくれてもいいじゃないかー。
がっくりと肩を落すおれ。急におとなしくなるアレ。


「あっ! にいちゃん見て見て!」
「ん?」
れいなの方を向いた。目の前にれいなの顔があった。
唇にやわらかい感触が伝わってきて……うわっ!
さっきまでかき氷を食べていたれいなの唇は、ひんやりと冷たくて、
唇を離した時に漏れたれいなの吐息は、焼けるように熱かった。
「金魚の、お礼たい」
れいなはそう言って、にひひと笑った。

813 :れいなと金魚××× :04/07/11 17:00

おわり



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