赤いフリージア
76 :赤いフリージア :04/07/30 02:08
「もう、また会えんの? 何回目?」
無機質な字がならんだ画面を乱暴に閉じて、
私は携帯電話をベッドの上にぽんとたたきつけた。
そのまま、自分も体ごとベッドに倒れこむ。
「あーあ」
声に出していってみた。
さっき苦心して塗り上げたペディキュアのつま先がよけい空しい。
<ゴメン 午後の約束だけど 仕事入った 映画は今度で
 仕事終わったら連絡する>
未練がましく何度見直してみたって、それっきり。
さいってー。用件だけ。タイトルだって<無題>。
愛情なんてカケラも感じん。
あんまり腹が立ったから返信はしなかった。

77 :赤いフリージア :04/07/30 02:09
社会人なんかと付き合うんじゃなかった。
小さい頃から近所づきあいしてて、幼なじみの憧れのお兄ちゃん。
初恋の人と付き合えたんで舞い上がってた。
こまめにメールくれたり、デートしたりできたの、初めの頃だけ。
ときどき会えない日がつづいて拗ねてると、
駅まで迎えにこいよ、なんつって、
ちっちゃな花束を買ってきてくれてたりして、
駅からの帰り道短い間だけでもいろんな話しながら歩いて、
幸せだったなぁ…
お兄ちゃんが就職した5ヶ月前からは、さっぱりだ。

78 :赤いフリージア :04/07/30 02:10
ぽっかり、暇になっちゃった。
一番お気に入りの、スミレ色のタンクトップと、
えいやっとばかりに短いデニムスカート。
じゃらじゃらと何重にもネックレスに、
ヒール付きのビーチサンダルひっかけて、
結局駅前のハンバーガーショップでぼんやりしていた。
今日会えないかもしれないのに、なんでオシャレしてんのかな私。
家でごろごろしてたってよかったのに。

79 :赤いフリージア :04/07/30 02:11
昨日、かおりんに借りた本、ハンバーガーショップなんかで
読破しちゃった。
かおりん、私よりずっと大人なのに、恋愛小説とか好きだなぁ。
こんな恋愛、大人になればできるの?
どれも似たようなありきたりな筋立て。
ってことはみんなこんな恋愛してるのかな。
でも、こんなありきたりな筋書きの小説や映画より、
現実はただマンネリでつまんない。

80 :赤いフリージア :04/07/30 02:11
ほかに好きな人ができたの、ごめんなさいって
あいつに言ってみたら、どうなるのかな。
やけくそに考えてみた。
…だめだ。「うん、それで?」とか言うに決まってる。
真顔で。くりくりした目でこっちをじっと見ながら。
想像するんじゃなかった。
ぜったい、れいなの負け。

81 :赤いフリージア :04/07/30 02:12
テーブルの上に放り出してあった携帯の着信ランプが、
ちかちかと光った。
…あいつのメールに設定してある、赤のランプ。
<仕事おわった、今から電車乗る>
壁にかかった時計を見た。
会社の最寄駅から、地元のこの駅まで一時間。
そしたら、私の門限まで、あともう一時間。
やっぱり今日は映画ぜったいむり。
<れいなの門限、七時やけんね>
返信、しちゃった。怒ってる、はずなのにな。
程なくしてもう一度赤いランプが光った。
<駅まで出てきてくれる? 一時間だけだけど 今日はほんとゴメン>
もう駅前だよ、なんて悔しいから意地でも言うもんか。
<しょうがないな〜 れいなホントに怒っとうけんね>
だけど、ああ、なんかもう完全に私負けてる。戦う前から完敗。

82 :赤いフリージア :04/07/30 02:13
約束の時間よりも10分も前に、改札の前についてしまった。
駅前にいたんだからのんびり来ればいいのに。
バーガーショップから、5分もかからないのに、信号に止められたらとか
電車の時間勘違いしてたりしたらとか色々考えているうちに、来ちゃった。
いらいらと、駅の時計でカウントダウン。
改札にはいっていく人の足取りが、次第にせわしなくなる。もう少し、もう少し。
人ごみの中にいたって、背の高いお兄ちゃんはすぐに見つかる。
そんな自信はいつだってあるんだけど、今日に限っては必要なかった。
階段を上がってくる人並みの先頭で、息を切らして二段飛ばしでのぼってくる、
スーツに似合わない赤い小さな花束を持った見慣れた姿。
…恥ずかしいけん、やめてくれんかなぁ。

83 :赤いフリージア :04/07/30 02:13
「っ…、はぁ、れいな、ごめん」
息を整える間もなく、お兄ちゃんは私に花束を差し出した。
いい香りがした。赤いフリージアの花束。
これだ。こういうお兄ちゃんを見ると、何も言えん。
こういうの、れいなの負けっていうんだろう。
「で? どうすると?」
「はあ…、い、今から?」
「そう。ひっさしぶりに会ったれいなさんと、どんなことしたいのお兄ちゃん」
「どんなって…」
「何でもいいよぉ、お花もらったし、な、ん、で、も」
「腹へった。とりあえず、歩きながらバーガー」
何それ。こんなにかわいい子が、何でもいいよって言ってるのに。
もっと、色々あるやろーもん。それ、今の気分でしょ。
なんて口が裂けてもいえない。むくれていると、
お兄ちゃんは困ったように私の顔を覗き込んだ。
「まさかお昼バーガーだった?」
野暮なくせに妙なところだけ鋭いんだから。
腹が立って、おもいっきり顔をそむけた。
「そう。バーガー絶対いや! ドーナツがいい」
お兄ちゃんが甘いもの得意じゃないの、ホントは知ってるんだけど。

84 :赤いフリージア :04/07/30 02:14
ドーナツをかじりながらの帰り道は、
会話もなんだか途切れがちだった。
お兄ちゃんを好きな意味って何だろう。
考えてもわかんなくて、でも結局こうやって一緒に歩いてるんだ。
もうすぐ、付き合い始めて一年になる。

85 :赤いフリージア :04/07/30 02:15
お兄ちゃんは私の家のすこし手前の公園で立ち止まった。
「ゴミ捨ててくるよ」
夕暮れの公園で、女の子と二人で歩いてて、立ち止まって言う言葉が、
ゴミ捨て? もう〜!
でも、怒ったって通じないのだ。しょうがない。ついていった。
5メートルくらい離れたゴミ箱にドーナツの紙袋を放り投げて、
お兄ちゃんは歓声を上げこっちを振り返った。
「見たか? スリーポイントシュート」
あーはいはい。
と、お兄ちゃんは花束ごとふわっと私に腕を回して抱き寄せた。
「もうすぐ一年だなぁ」
悔しいから、頬が赤く見えるのは夕焼けのせいってことにしておこう。

86 :赤いフリージア :04/07/30 02:15
「れいな、おまえさ、親御さんに許可とって今からうち来いよ」
「なんで?」
お兄ちゃんは鞄のふたを開け、レンタルビデオ店の青いナイロン袋を
ちらっとみせた。
「去年見たいつってて見れなかった映画、レンタル開始だったから借りてきた」
ばりばりの恋愛映画のタイトルを挙げた。見たいなんて言ったっけ。言ったかも。
覚えててくれたんだなぁ。
「ちょいまち。それ、おじさんおばさんも一緒に見るの?」
「あほ、んなわけあるか。…今日旅行で留守なんだよ」
「そんなこといって、うちの父さんがいいって言うわけないじゃん」
お兄ちゃんはにやっとわらって公園の隅の公衆電話を指差した。
「うちのオヤジの声真似には自信あるぜ」
「旅行から帰ってきたおじさんおばさんとうちの父さん母さんが話したら一発じゃん」
「…あ…」
あほはどっちだ。私は唇をとがらせた。
「さゆに頼むよ。さゆのお姉ちゃんにママのふりしてもらって。
 さゆン家はよく泊まりに行くから平気。…でもこれ貸しだからね!
 お兄ちゃんの仕事なかったら、嘘つかなくても映画見れたんだから」

87 :赤いフリージア :04/07/30 02:16
ひとまずさゆにメールを打ちながら、ずんずん先を歩いた。
お兄ちゃんが困ったように追いかけてくるのが、背中だけで分かる。
もうしばらく、怒った振りしてよう。
でないと、さらに顔が赤くなったのも、口元がにやにやしちゃってるのも、
お兄ちゃんにバレてしまう。
これ、期待しちゃっても、よいのかな…
だれもいないおうちに、ふたりっきり。ありきたりだけど、恋愛映画。
お膳立てはばっちりじゃないすか。

信じることにしよう、この赤いフリージア。


从*´ ヮ`)<モドル