ふぁいあーわーくす
368 :ふぁいあーわーくす :04/08/20 00:25

初日 5時

道端に横たわるそれが人間だと気付くまで、
眠気で呆けた僕の脳みそは数秒の時間を要した。

おんぼろアパートへと続く細い路地の途中。
夜勤のコンビニのバイト明け、
いつものようにこの道を抜ければ
あとはドアを開けてベッドに倒れこむだけだったのに。

背は大きくない。むしろ僕よりずっと小さい。
着ているのは地味なベージュのワンピース。女の子?
小さな女の子と明け方の路地は
あまりにアンバランスだ。
血は出ていない。でもピクリとも動かない。

369 :ふぁいあーわーくす :04/08/20 00:25

「・・・すいませ〜ん」
呼びかける。返事は無い。まさか・・・?
恐る恐る身をかがめ、顔を覗き込む。

横顔は髪に隠れてはいるが・・・。
顔色は良くない。
が、かなり、いや相当に可愛い。
そして・・・びっくりするほど幼い。
まだ中学生くらいじゃないだろうか?

その小さな唇が微かに動く。
良かった、死体の第一発見者には
ならずにすんだらしい。
とりあえず一安心、ほっと胸をなでおろす。

「・・・・・・た・・・」
しゃがみこみ、耳を近づける。
「どうかしたの?」
「おなか・・・・・・へっ・・・た・・・」

370 :ふぁいあーわーくす :04/08/20 00:26

僕は思わず噴出してしまった。
路上に行き倒れていて、他に言うことはないのか?
だが、笑ってばかりもいられない。
事情はわからないが、
顔色から察するに体調は良くないようだ。

「立てる?」
肩を貸す。間近でみてもやっぱり幼い。
顔はすっぴん。体重は軽過ぎるほどに軽い。
貧弱な体の僕でも、
彼女の体はひょいと持ち上げられた。

どうしよう、これから部屋に
連れ込むわけにも行かないし・・・。
近くに女友達でもいればいいのだけれど、
あいにく僕は友達が多くない。
特に女性はかなり少ない。
しかもこの時間だ、もし都合のよい女友達がいても
流石に連絡しようがないだろう。

371 :ふぁいあーわーくす :04/08/20 00:26

「あ、どうかしました?」
背後からの声。
飛び上がるほど驚いたが、平静を装い振り向く。

「大丈夫ですか?」
新聞配達のおじさんは
心配そうに僕の隣の女の子を見ている。

「いや、こいつすっかり潰れちゃって。
 大丈夫です、部屋すぐそこなんで。」
とっさについた嘘。
だがこれであとに引けなくなった。
うまい嘘には思えなかったが、
人のよさそうなおじさんを騙すには充分だった。

「あ、そりゃお節介でした。」
頭を下げて、自分の仕事に戻る。
背後から聞こえる、ポストに新聞を入れる音。
そして感じる若干の好奇の視線。
僕は女の子を担いだまま、家の鍵を開けた。

405 :ふぁいあーわーくす :04/08/20 20:28

初日 5時10分

散らかしっぱなしの雑誌を蹴飛ばし、
ベッドまでの道を確保する。
「大丈夫?立てる?」
女の子は玄関にぐったりと座り込んだままだ。

仕方なく靴を脱がせ、ベッドまで担いでいく。
シーツの上に横たわると、
その小ささが際感じられる気がした。

「大丈夫?救急車呼ぶ?」
目を閉じたまま、ゆっくりと首を左右に振る。
「・・・った・・・」
「ん?」
「おなか減った・・・」
今度はさっきよりも少しだけはっきりと、
でもやっぱり同じ内容を僕に伝えた。

406 :ふぁいあーわーくす :04/08/20 20:28

「わかった。」
そう答えたものの、冷蔵庫の中身は・・・。
僕の記憶力に間違いが無ければ、
氷結が2本、充実野菜が飲みかけ、
賞味期限ぎりぎりのキムチが少し、
あとは・・・賞味期限など
とっくにわからなくなった卵とマヨネーズ。

駄目だ。
彼女がいくらおなかが減っていても
何一つ食べられるものが無い。

「わかった、何か買ってくる。」
一人にしておくのは色々と心配だったが
一番近いコンビニまでだったら
急いで往復すれば5分で済む。

407 :ふぁいあーわーくす :04/08/20 20:29

立ち上がりかけた僕の裾を、
彼女の細い手がそっとつかんだ。
「・・・・・・たい・・・」

「え?」
「・・・なの・・・が・・・たい・・・」
何か食べたいものでもあるのだろうか。
僕はベッドの脇に膝をつき、彼女に耳を近づけた。

しまった、この角度からじゃ
ちょっとサイズが合っていないワンピース、
胸元がばっちりと確認できる。
ブラジャーは白、でもそれは形だけで
僅かなふくらみしか無い胸を申し訳程度に覆っている。

駄目だ、どうしても顔がにやける。
「どうしたの?」
彼女に質問するフリをしながら、意識は完全に胸元だ。
そんな僕の耳元で、彼女が甘く甘く囁いた。

「あなたの血が吸いたい。」

408 :ふぁいあーわーくす :04/08/20 20:29

え?
その言葉の意味を理解する前に、
首筋に鋭い痛みが走る。
熱い針を刺したような、危険な痛み。
そしてその痛みは、すぐに鈍い快感へと変わった。

彼女の暖かく柔らかい唇。
そして、ずぶずぶとゆっくり何かが刺さっていく。
首筋が焼けるように熱い。脳が痺れる快感が襲う。
マズイ、これはマズイ。絶対にマズイ。
そんな僕の意識の欠片はものの数秒で消し飛んだ。
彼女に抗うでもなく、その快感に身を任せ
僕は暗い闇へと落ちていった。

515 :ふぁいあーわーくす :04/08/22 15:56

初日 18時

「一菜(かずな)君また鬼だ。」
「そうやってドン臭いから、すぐに捕まっちゃうんだよ。」
ああ、公園で泣いてるのは小学生の僕だ。
昔っからとろいのに負けん気だけは強くて・・・

あれ?でもなんで鬼ごっこなのに
首が痛いんだ・・・?首!?

慌てて跳ね起きる。部屋は薄暗い。
首を押さえ、手のひらを見る。
血はついていない。

「ごめんごめん、もう少しで殺しちゃうところだったけん。」
ベッドの上でテレビを見ていた女の子は僕に気付き
なにが楽しいのかてひひと笑った。
だがその台詞は、笑うにはちょっと物騒に過ぎた。

もう一度、ゆっくりと首をさする。
時計が目に入る。
長針と短針はきれいに上から下へと一直線となっている。
確か意識を失ったのが朝だったから・・・
12時間も眠っていたのか?

「そんなびくびくしなくても大丈夫たい。
 人間、多少血が減っても死なんけん。」
こちらを向いて笑う彼女の口から、
長く伸びた犬歯が二本覗いた。

517 :ふぁいあーわーくす :04/08/22 15:57

やはり、アレは夢じゃない。
頭が回り始めると、それと同じ速度で
心に恐怖が広がっていく。
彼女は窓際、僕のほうがドアに近い。
ゆっくりと立ち上がるふりをし、一歩ドアに近づく。

「他の人に言っても、信じてもらえんと思うけど。」
そんな僕の行動を見通したかのように彼女は言う。
「それに、恩人を襲ったりはせん。安心してもよかたい。」

どこまで信じられるかはわからない。が、
相手にもコミュニケーションをとる気はあるようだ。
「キミは?」
平静を装っても、細かい声の震えは隠しようが無い。
そんな僕に、彼女は笑顔で答えた。

「田中れいな。福岡育ちの吸血鬼たい。」
つけっぱなしのテレビから、
バラエティー番組の乾いた笑いが響いてきた。

596 :ふぁいあーわーくす :04/08/23 23:11

初日 18時15分

吸血鬼。
今の状況を説明するにはぴったりだけど、
すぐに納得するには現実性が足りない。
そんな不思議な言葉。

だが、僕が覚悟を決めるまでは早かった。
どうせさして面白くも無い日々。
退屈な講義に出席し、友人とマックでだべり、
アルバイトであくびして家で寝る。
ただ、そんなくすんだ日常の繰り返し。

その繰り返しから抜け出せるのならば、
多少のリスクなんて許容範囲だ。
僕は彼女と少し離れた位置で、ベッドに腰掛けた。

597 :ふぁいあーわーくす :04/08/23 23:11

「乗りかけた船だし、付き合うよ。」
そう言うと、れいなという女の子はまたてひひ、と笑った。
「人間にしちゃ度胸があるけんね。」
「度胸があるって言うか・・・人生がつまらないだけ。」
「あはは、あたしと同じたい。あたしは人間じゃないけど。」
そう言って屈託なく笑う横顔は、
改めてみてみると・・・相当可愛い。

「なんであんな所に倒れてたの?」
率直な疑問を口にする。
「オナカ減ってたから。
 わたし、もうコソコソ生きていくのに疲れたたい。」
そう言ってれいなは小さくため息をついた。
美少女とため息がこんなに合うものだと、
僕はこのとき初めて知った。

「おばけって信じる?」
れいなの急な質問。首を横に振る。答えはNOだ。
「幽霊は?」
これもNO。
「おばけも幽霊もいないかもしれない。
 でも・・・わたし達吸血鬼は、実在するけん。」
れいなはぽつぽつと語り始めた。

598 :ふぁいあーわーくす :04/08/23 23:11

「わたし達は・・・人間とは少し違う存在たい。
 昔は山に暮らしておったけど・・・
 最近は人に混じって暮らしとる。」

れいなは少しためらいがちに、
でも胸の中の何かを吐き出すように話を続ける。
聞きたいことは色々あったが、
何故か僕はこの言葉が一番のどに引っ掛かった。
「わたし達?」

「うん。でも、最近ずうっと会ってないけん。
 今どうしてるのかはわからんたい。」
「じゃあ、キミは一人で暮らしていたの?」

そう尋ねると、彼女の顔色があっという間に曇った。
表情って、ここまで目まぐるしく変わるものだったのか。
今日は初めて知ることが多い。

「わたし・・・。なつみおばあちゃんと暮らしてた。」
「なつみおばあちゃん?」
「うん。わたし、孫のフリしておばあちゃんと暮らしてたけん。
 おばあちゃんちょっとボケてたから。」
遠くを見るような眼差し。
何か大切なものを思い出す時にしか出来ない、
とても澄んだ、でもどこか悲しい瞳。

599 :ふぁいあーわーくす :04/08/23 23:12

「でも・・・死んじゃった。
 最後まで私のこと、のの、ののって呼んでた。」
「そのののって子は?」
「調べたけど・・・見つからんかったけん。」

ベッドに目を落とす彼女の寂しげな横顔を見て
僕はなぜだか、この子は信用して大丈夫だと思った。

「なつみおばあちゃん、とっても優しくて、
 なんにも言わずに一緒に暮らしてくれて。
 暖かくて、ちょっとボケてて、とっても大好きだったのに・・・」

涙が一滴こぼれ落ち、白いシーツに吸い込まれて消えた。
こんなに綺麗な涙を僕ははじめて見た。
ひょっとしたら人間には流すことが出来ないかもしれない、
そんな気すらした。

「一緒に死のうと思ったけど、わたし簡単に死ねんし・・・。
 なにも食べなきゃ死ねると思ったけん・・・。
 でも、あなたのせいで生き延びちゃったたい。」
れいなは恨めしそうな、どこかほっとしているような・・・。
そんな不思議な表情をした。

600 :ふぁいあーわーくす :04/08/23 23:12

「死ぬとか・・・簡単に言うなよ。
 大事な命だろ。」
少し考えた末、僕の口から出た陳腐なせりふ。
だが、その言葉に力は無かった。
理由はすぐに、彼女が教えてくれた。

「じゃあ、あなたはなんの為に生きてるの?」
真っ直ぐに僕を見つめる。
その視線と言葉が、僕の心にグサリと突き刺さった。

なんの為?死ぬのが怖いから?
将来の夢も無い。
失いたくないものも無い。
目標も無く大学に入り、ただ流される怠惰な日々。

602 :ふぁいあーわーくす :04/08/23 23:12

「キミはどうするの?」
「れいなでよか。」
「じゃあれいなはどうするの?
 あ・・・太陽の光は浴びちゃ駄目なのか。」

確か吸血鬼は太陽の光が駄目だったはずだ。
あとは、ニンニクと十字架。
日は暮れかけているものの、
夏の太陽はまだ西空にしっかりと居座っている。

「ううん、大丈夫たい。それって迷信だから。」
「迷信?」
オウム返しに聞く僕に、れいなは笑いながら答えた。

「うん、迷信。
 わたしは朝弱いけど。」
歯を見せて笑う。
「それにおばあちゃんと暮らしてて、
 ご飯食べるのも慣れたたい。
 一緒にいこ。」

慣れたと言うことは、やはり基本的には
食べないでいいということだろうか。
だが、この子一人を置いて外に出るわけにも行かない。

603 :ふぁいあーわーくす :04/08/23 23:13

「さ、いこ。」
ベッドから立ち上がり、促すれいな。
「ちょっと待って、表とか歩いていいの?」
「なんで?」
だって彼女は・・・人ではない。
外を出歩いて大丈夫なのだろうか?

「あなた、すれ違う人の顔なんて
 いちいち覚えとるの?」
言われてみれば確かにそうだ。
「最近は結構暮らしやすいけん。
 だって、皆となりに住んでる人の顔も知らないんだもん。」

そう言われて、
僕はアパートの隣人の顔を思い出そうとしたが
ぼんやりとした後姿しか記憶の中には無かった。

「ほら、はよせんと。」
体を折り、スニーカーをはくれいなは
どこか楽しげだった。
白く伸びた足。バランスを崩しかけ、少し揺れる髪。

彼女の質問は、まだ僕の胸にチクリと刺さっている。
その答えはすぐには見つかりそうに無い。
僕はもうしばらく彼女に振り回されることにした。

632 :ふぁいあーわーくす :04/08/24 18:23

初日19時

彼女は僕の少し前を跳ねるように歩く。
「名前教えてよ。」
「一菜。斉藤一菜。」
「ふ〜ん・・・。
 まあ、よろしく頼むたい、一菜。」
そう言うと、スカートの裾をなびかせてくるっと回った。

「ほら、あんまりちょろちょろしてると人にぶつかるぞ。」
駅前は夕暮れ時の太陽にぼんやりと照らされ、
学生やスーツ姿のサラリーマンが家路を急いでいる。

「だって・・・人と話すの久しぶりやけん。」
僕のほうを向き、後ろ向きのまま跳ねるように歩く。
「こんなのでも、やっぱり話す相手がいると楽しか。」

こんなの・・・か。
まあ、妥当な評価と言えないこともない。
女の子の話し相手としては、
僕のやる気の感じられない性格は極めて不向きだと思う。

633 :ふぁいあーわーくす :04/08/24 18:23
「ほら、もうちょっとなんか話さんと?」
ドン!!
「ってぇな!!」
言わんこっちゃない。
スポーツバッグを下げた高校生に、
れいなは後ろ向きで思いっきりぶつかった。

気にする風でもなく、その横をすり抜けるれいな。
学生はれいなを睨みつけている。
頭一つは僕より大きく、学ラン越しにも
ガッチリとした体つきがわかる。

「すいません!!」
謝る僕を無視し、学生はれいなの背中に向けて
「ちゃんと前向いて歩け、このブス!!」
ドスの効いた声で吐き捨てた。

れいなのステップが、歩道でピタリと止まった。
「やかましか、この豚。」
ゆっくりと振り返り、嘲る様な視線と共に投げかけた言葉は、
街の雑踏の中やけにハッキリと響いた。

634 :ふぁいあーわーくす :04/08/24 18:24
「・・・んだと?」
しまった、完全に頭にきてる。
「すいません!ほら、れいなも謝って!」

慌てて謝る僕など、もう彼の眼中には無い。
「うるせえ、引っ込んでろ!!」
僕を片手で突き飛ばすように払いのけ・・・
彼はれいなの片手で宙に吊るされた。

それは奇妙な光景だった。
180センチはあろうかと言う体格の青年が、
150センチ程の女の子の前で、足をバタバタさせている。

「・・・・・・グ・・・」
襟首を締め上げられ、顔があっという間に紅潮する。
くたびれたスポーツバッグが、どさりと歩道に落ちる。
れいなは・・・恐ろしく冷たい目で彼を見つめていた。

「やめろ、れいな!」
僕の叫びに、ゆっくり顔を向ける。
視線が交わり・・・れいなはゆっくりと手を放した。

路上に座り込み、激しく咳き込む青年。
なにがあったのかと、野次馬が集まり始める。
「ほら、行くぞ!」
僕はれいなの手を引き、急ぎ足で路地に入った。
とても男を持ち上げたとは思えないほど
華奢で細い、そして少し冷たい手だった。

635 :ふぁいあーわーくす :04/08/24 18:24
「なんであんなことしたんだ!」
れいなはすねた子供のように、視線を下にそらした。
「あんな豚、死んだほうがよか。」
「れいな!!」
れいなの小さな体がびくっと震える。
自分でもびっくりするほど、大きな声だった。

「・・・。」
「大きな声出して悪かった。
 でも、僕は暴力は良くないと思う。」

少しの沈黙を、通り過ぎる女子高生の
笑い声がかき消していく。
「・・・一菜って、変わってるけん。
 わたしの力を見たあとにわたしの事叱ってくれたの・・・
 一菜で二人目。」
そう言うと、れいなは落ち着いた様子で
「大丈夫、もうせん。」
少し真面目な表情で、そう言った。

655 :ふぁいあーわーくす :04/08/25 00:05

初日 19時30分

「油っこか食べ物やけんね。」
ほんの10分前までは、この店に入りたいと
子供のようにはしゃいでいたのだが・・・。
マックのハンバーガーとポテトは
れいなの口には合わなかったようだ。

「食事とかどうしてるの?」
「おばあちゃんと一緒のときは、ずっと食べてた。
 その前は、ずっと血だけ。」

「血って・・・」
「そう、人間の。
 でも滅多に殺したりせんよ。」
物騒な台詞を事も無げに言う。
「力が欲しい時はいっぱい飲まなきゃいかんけど、
 少し飲めばとりあえず一週間くらいは死なんし。」
オレンジジュースを一口すする。
「それより一菜はこんなのばかり食べとって平気と?」

確かに・・・。
この塩辛いだけのポテトよりは人間の血の方が
よっぽど栄養がありそうだ。
少し冷えてくたびれたポテトをくわえながら
僕はそんな事を考えた。

656 :ふぁいあーわーくす :04/08/25 00:06
「で・・・。これからどうするの?」
もう氷だけになったオレンジジュースの
ストローを弄ぶれいな。
「わからん。適当に寝るけん。」
それが当然と言わんばかりの、諦めとも投げやりともいえない態度。
「適当って・・・」
「屋上でもどこでも場所はあるけん。
 もう暫くは生きんといかんから。」

努めて無感情に話すれいな。
でもその言葉の裏側の寂しさは、鈍感な僕ですら気づいてしまった。

「良かったら俺の部屋使えよ。
 俺は部室で寝るから。」
「部室?」
「サークルの部屋。最近顔出してないけど、あそこなら布団あるし。
 俺はしばらくそこで寝るよ。」

657 :ふぁいあーわーくす :04/08/25 00:06
じっと僕の瞳を見つめるれいな。
ぶっきらぼうに言う僕の言葉の裏側も、
この瞬間に見透かされたのかもしれない。

店内のBGMが静かに流れる。
わずかな沈黙は、れいなが破った。
「・・・やっぱかわっとるね。」
「そうか?」
「うん・・・ありがと。」
感謝の言葉はとてもシンプルだったが、心に響いた。
言葉は長さじゃなくて、
そこに込められた気持ちが大切なんだ。
そんな当たり前のことに、改めて気付いた。

692 :ふぁいあーわーくす :04/08/25 21:47

初日 20時

「別に一緒の部屋に寝てもよかたい。
 わたし床で寝るけん。」
流石にそういうわけにはいかない。
僕だって健全な成人男性だ。
女の子の隣りで何もせずに寝られる保証は無い。

「いいって。気にすんなよ。
 風呂なんかはここで済ませるし。」
そう言ってかばんに荷物を詰め込む。
といっても、寝るだけとなると殆ど荷物は無い。
せっかく部室に行くんだから、そのまま授業に出よう。
そろそろ顔くらい出しておかないと、本格的に留年してしまう。

「そう言えば、れいなは着替えとかは?」
着替えどころか、れいなは所持品といえるものを
何一つ持っていない。

「ない。適当にとってた。」
「とってた?」
「うん、服なんて汚れてもどこにでもあるし。」
悪びれた様子は微塵も無い。
それを当然として生きてきたんだろう。

693 :ふぁいあーわーくす :04/08/25 21:47
「わかった。じゃ、明日学校が終わったら一緒に買いに行こう。」
「いいよこれで。まだ着れるけん。」
妙なところで遠慮する。

「いや、丁度俺もTシャツ買おうと思ってたところだし。
 家にずっといても暇だろ?付き合ってよ。」
そう言うと、れいなは少し恥ずかしそうに
「それじゃあ・・・付き合ってやるけん。」
そう素っ気無く答えた。
ちょっと横向きの顔の頬が、仄かに赤く染まっていた。

「じゃ・・・今夜のパジャマはこれ使って。」
一番綺麗なハーフパンツと、一応一番のお気に入りのTシャツを投げる。
れいなはベッドの上に座ったまま、胸に抱えるようにそれをキャッチした。

「別にこのままでもよかけん・・・。」
そう言うと、れいなはよいしょよいしょと
着ているワンピースを脱ぎ始めた。

694 :ふぁいあーわーくす :04/08/25 21:48
「ちょ、ちょっと待て!!」
慌てて呼び止めると、れいなはワンピースから腕を抜きかけた体勢で止まった。
「どうかしたと?」
「いや・・・恥ずかしくないのか?」
「なにが?」

ここまで無警戒だと、見ているこっちが恥ずかしくなってくる。
「いや・・・なんでもない。」
僕はベッドに背中を向け、荷造りに専念・・・しようとした。
が、背後2メートルから聞こえてくる布の擦れる音は
否応無く僕の耳に入ってくる。

ファスナーをおろす音は多分ワンピース。
その予想を裏切らず、布の擦れる長い音。
ふさっ。ワンピースがベッドの上に落ちる。

695 :ふぁいあーわーくす :04/08/25 21:48
その後に続く・・・プラスチックのフックが外れるカチッと言う微かな音。
ひょっとしてこれは・・・
やはり胸が無くても寝る前には外すのか?
いや、間違いなく外している筈だ!

振り向いちゃえ!!悪魔が囁く。
男だろ、ここは覗き見とかしちゃ駄目だ!!
天使の声は今にもかき消されそうなほどか細い。

心の中の悪魔が勝利するまで、推定5秒。
僕は机の上の物をとるフリをして
ゆっくりと振り返った。

696 :ふぁいあーわーくす :04/08/25 21:48
「あー。もうこれぶかぶかたい。」
ベッドの上に座り込むれいなは、
もうしっかりとTシャツを着てしまっていた。
凄く残念なような、少しホッとしたような・・・。

「ん?なんか付いてると?」
Tシャツのすそを引っ張ったままのポーズで話し掛ける。
その仕草があまりに子どもっぽくて僕は笑ってしまった。
「もう・・・これ着ろって言ったのは一菜たい!」
顔を真っ赤にして怒るれいな。
そんな仕草が可愛らしくて、僕はまた笑ってしまった。

「もう知らん!」
れいなが思い切り投げた枕は、見事に僕の顔面を捕らえ、
バフッとくぐもった音を立てた。

741 :ふぁいあーわーくす :04/08/26 23:24

初日21時

「じゃ・・・また明日。
 家出るときは合鍵使っといて。」
そういい残し、僕は部屋を後にした。

部室までは歩いて10分。いつもは自転車を使う距離だが、
今夜は夜道をゆっくりと歩きたい気分だった。

道端に倒れていた少女。
吸血。
少女の過去。
今日はいろいろな事がありすぎた。
学校までの道のりは、頭の中を整理するには短すぎた。

大学の正門をくぐりぬけ、
講義棟の前を通り過ぎて部室へ向かう。

一つ上の可愛い石川先輩に惹かれて入った日本史研究会。
もともと歴史に興味の無い僕が長続きする訳が無かった。
が、もともとそれほど活発でもないこのサークルは
別段幽霊部員をやめさせることもしなかった。
テスト前には少し連絡を入れる位の関係が、
僕にはちょうど良かった。

742 :ふぁいあーわーくす :04/08/26 23:24
部室棟の外から、部屋の明かりを確認する。
電気はついていない。
面倒な相手と話すこともなくゆっくり出来そうだ。
僕は安心して部室に入った。

明かりをつける。
数ヶ月ぶりに来たのに、以前と全く変わらない部屋。
むしろ、入学当時からここは何も変わらない。
ここだけは時が止まっているかのようだ。

少し誇りっぽいベッドに荷物を放り投げ、
続けて身を投げる。
眠気はほとんど無い。
考えてみれば今日は昼まで寝ていた。
仕方なしに、本棚の本を適当に漁る。

743 :ふぁいあーわーくす :04/08/26 23:24
「日本の伝奇」
丁度目に入ったタイトル。
分厚い背表紙に若干ビビリつつも、
本棚からそっと抜き出し、埃をはらう。

ベッドに腹ばいになりページをめくる。
本には日本各地の伝奇、伝承がまとめられている。
伝承には元となる真実が必ずある・・・
はるか昔に石川さんが
そんなことを熱く語っていたような気がする。

3ページも読まないうちに眠気が襲ってきた。
そう、真実は本の中には無いんだ。
僕は今日一日をもう一度思い出しながら、
心地よい眠りへと落ちていった。

787 :ふぁいあーわーくす :04/08/27 23:24

2日目 15時

「おかえり!!」
ドアを開けるや否や、れいながバタバタと玄関まで飛んできた。
「あんまり遅いけん、退屈したたい。」
すでにワンピースに着替え、
出かける準備は万全のようだ。

「悪い・・・待っててくれたの?」
「そんなことなか!!」
テレを隠すように、僕の肩をぽかぽかと叩く。

「もう・・・それじゃ、いこ!!」
そう言って、ごく自然に僕の左手を取るれいな。
今度は僕が照れる番だった。

「・・・ちょっ・・・」
「ん?どうしたと?」
狭く、少し薄暗い玄関でれいなが僕を見上げる。
二人の体は触れ合わないまでも体温が感じられる、
それくらいの距離。

788 :ふぁいあーわーくす :04/08/27 23:25
「おばちゃんはいつも手を握ってくれたとよ?」
れいなは僕の手をちょこんと握ったままだ。
「・・・。わかったから、靴はけよ。」
「うん!!」
なにが嬉しいのか、れいなは必要以上に元気よく返事をした。

大学の知り合いに見つからないか、
少しドキドキしながら駅に向かう。
でもひょっとしたら僕は
れいなと一緒にいることにドキドキしていたのかもしれない。

幸い、誰とすれ違うことも無く到着した駅前。
午後の日差しに照らされ、僕の手は少し汗ばんでいるが
れいなの手は少し冷たく、サラサラとしたままだった。

「じゃ、切符買ってくるからここで待ってて。」
手と手が離れる瞬間、名残惜しそうに力を抜くれいな。
「ねぇ。」
「ん?」
「こういうのって、デートって言うんだよね?」

789 :ふぁいあーわーくす :04/08/27 23:25
あまりに率直な質問に、僕は対応に困った。
「・・・どうして?」

おばあちゃんの話をするとき、
れいなは懐かしさと悲しさの混じった不思議な表情をする。
「だって・・・、なつみおばあちゃんが話してくれたけん。
 おじいちゃんと一緒にデートして、
 買い物したり映画見たりしたって。
 ・・・おじいちゃんがいなくなって、
 おばあちゃんとっても寂しかったって。」

券売機の前。
立ちどまる僕の前を
女の子が邪魔そうに通り過ぎて言った。

「うん、デートだよ。
 服買ったら、なんか美味しいもんでも食べるか。」
そう答えると、れいなの表情がぱっと明るくなった。

どうでも良かった僕の人生に守りたいものが一つ出来た。

825 :ふぁいあーわーくす :04/08/28 23:22

2日目 16時

「わたし、これがよか!!」
れいなの選ぶ服は、どれも良く言えば大人びていて
悪く言えば・・・ちょっと地味に過ぎた。

嬉しそうに選んできたその服も、
今着ているシンプルなワンピースと殆ど変わらない。
むしろ色が紺になった分一層地味な印象を受ける。
れいなくらいの子が着るには
あまりに華が無かった。

「ほられいな、こういうのもどう?」
店内で飾られている、赤いラメ入りのTシャツを指差すと、
「着てみたいけど・・・恥ずかしいけん。」
最後は消え入りそうな小さな声で答える。
「おばあちゃんといる時、そんな派手な服着んかったし。」

なるほど、服の趣味はおばあちゃん譲りか。
横目でショーケースを覗くれいなを見て
僕はなんだかおかしくなった。

827 :ふぁいあーわーくす :04/08/28 23:22
「せっかくだし、こういうのもチャレンジしてみなよ。」
「よかって。れいなには似合わんけん。」
口ではそう断っている。
でも、じっとショーケースを見つめるその瞳を見れば
一度は着てみたいと思っている事くらい僕にだってわかる。

「お決まりですか?」
そんなれいなの視線に気がついたのだろう、
25歳くらいの茶パツの店員がにこやかに近づいてきた。
慌てて、僕の後ろに隠れるれいな。
「いえ、見ているだけなんですが・・・」
様子を伺うれいなに代わって僕が答える。

「ではこちらのキャミソールはいかがですか?
 今年の新色なんですよ。」
今年の新色、と言うのも良くわからないが
(去年からあってもおかしくないような鮮やかな水色だった)
確かにこれは可愛いかもしれない。

828 :ふぁいあーわーくす :04/08/28 23:23
「ほら、れいな。着てみなよ。」
「え・・・でも・・・」
「ええ、こちらと合わせるといいと思いますよ。」
すかさずレースのついた白いシャツと、
黒のフリルつきの可愛いスカートを持ってくる。
その手際の良さは手品のようだった。

「さ、お着替えはこちらでございます。」
「ちょっと、まっ・・・」
半ば連行するように試着室へ連れて行かれるれいな。
「がんばって着替えてこいよ〜」
僕はニヤニヤと手を振りながら、
店の端へと消えていくれいなを見送った。

829 :ふぁいあーわーくす :04/08/28 23:23
5分後。
「どうでしょう?」
自信満々の店員。
「あんまりじろじろ見んと。はずかしか。」
下を向き、ちらちらと上目遣いでこちらを見るれいな。
短めのスカートはれいなの白い足を際立たせ、
フリルが可愛らしさに花を添えている。

「ええ、いいと思います。れいな、これでいい?」
「もう・・・なんでもよか!」
ぶっきらぼうに答えるれいな。
「じゃあこのまま着ていきます。
 あとこれと・・・。」

れいなが初めに選んだワンピースを渡しながら、
小声で店員にお願いする。
「こいつのサイズに合う下着、
 2セットくらいお願いします。」
一瞬だけいぶかしむような表情を見せたものの、
すぐに完璧な営業用の笑顔に戻り、
「かしこまりました。」
と丁寧に頭を下げた。

859 :ふぁいあーわーくす :04/08/29 18:42

2日目18時

「タオルも買って・・・これでOKかな?」
財布の中身は大幅に軽くなったが、
明日バイト代が入ることを考えれば・・・。
なんとかなるはず。多分。

「なんか悪か・・・なにからなにまで・・・。」
「気にすんなって。俺が好きで買ったんだし。」
アーケードの間を、生暖かい風が吹いていく。
太陽はビルの影に隠れてしまったが
肌にまとわりつく空気は、まだまだ温度を下げる様子は無い。

「それじゃ飯食って帰るか。
 れいなはなにが食べたい?」
「昨日はれいなが選んだけん、
 今日は一菜の好きなところでよか。」
ちょこんと飛び跳ねながら答えるれいな。
スカートのフリルが可愛らしく跳ねる。
うん、買ってよかった。
「そうだな、それじゃ・・・」

860 :ふぁいあーわーくす :04/08/29 18:42
その瞬間。
・・・見られている。そう感じた。
誰かが僕の事を見ている。
なにか凄く・・・嫌な感じだ。
視線から悪意を感じるなんて生まれて初めての経験なのに、
何故かはっきりとそれを感じ取れる。

「どうかしたと?」
険しい顔で辺りを見回す僕に、不安そうに話しかけてくる。
「いや・・・なんでもない。多分気のせい。」
そう言ってれいなの頭をくしゃっと撫でる。
そう、きっと気のせい。そう自分に言い聞かせる。

861 :ふぁいあーわーくす :04/08/29 18:42
「もう・・・急に怖い顔するから
 ビックリしたけん。」
笑うれいな。
視線は人ごみにかき消され、もうなにも感じない。
「ごめんごめん。美味しい店つれてくから、それで勘弁して。」
「じゃあそれで許してあげるたい。」

屈託ないその笑顔は、
僕の不安など全て消してくれる気がした。
再びその頭をくしゃっと撫でる。
「もう・・・子ども扱いはやめて欲しか。」
そう言ってれいなはもう一度笑った。

922 :ふぁいあーわーくす :04/08/30 23:44

2日目18時30分

ちょっと小じゃれた、アジア料理の店。
狭く薄暗い店内を、ゆらゆらとキャンドルの炎が照らす。
「ほられいな、そんなに緊張するなよ。」
「緊張なんてしてなか!!」
口ではそう言うものの、目はきょろきょろ、足を組み替え組み替え・・・
全く落ち着きと言うものが感じられない。

「なにがいい?」
メニューを手渡す。
「どうせ判らんけん、なんでもよか。」
ろくにメニューも見ずに答える。
「そうだな、それじゃ・・・」

923 :ふぁいあーわーくす :04/08/30 23:44
「ここのはおいしか。
 こんな味、初めてたい。」
タイ風のピラフと、韓国風の春巻きを頬張るれいな。
僕が勝負どこでつかう「ここぞ」のお店だけあって、
今日も料理の味は絶品だった。

「ん、なんかついとる?」
頬をごしごしとこする。
「いや、美味しそうに食べるなと思って。」
「・・・だからってそんなにじろじろ見るもんじゃなか。」
そう言うとれいなは春巻きを小さく切って
ちまちまと食べ始めた。

「いや、さっきみたいにぱくっと食べていいって。」
「もう・・・一菜意地悪たい。」
必要以上に春巻きを切り、
頬が膨らまないように気をつけている。
その仕草がやっぱり可愛らしく、
僕はまた笑ってしまった。
「もう・・・。」
れいなはぷーっと可愛い頬を膨らませた。

924 :ふぁいあーわーくす :04/08/30 23:45
「れいな、明日はどこかいく?」
「うーん・・・」
サラダのトマトを突付くれいな。
「行きたいところが多すぎて迷うけん。」
フォークがぐるぐる皿の上で回る。

「そうだ!」
フォークがピタリと止まった。
「れいな、学校に行ってみたか。」
「学校?」
「うん。みんなでお勉強するんでしょ?」

そうか、そんな普通の生活をしたことが無いんだ。
中学時代、高校時代・・・
あんまり楽しい思い出もなかったけれど
友達とはしゃいで受験に悩んで・・・好きな子に告白して・・・。
そう考えると、今よりずっと充実していたかもしれない。

925 :ふぁいあーわーくす :04/08/30 23:45
「うん、じゃあ明日は授業しよう。
 ちゃんと予習しておけよ。」
「予習って?」
「お勉強しとけってこと。」
「えー、れいな馬鹿やけん。どうしよ。」
そう言って屈託なく笑う。

「一菜は学校の思い出とか、なんかなかと?」
「話すような特別なことなんて、何にも無いよ。」
苦笑いをしながら答える僕。謙遜でも何も無い。
「じゃ、普通のことでよか。」
期待するような眼差し。
僕は促されるまま、記憶をたどり始めた。

926 :ふぁいあーわーくす :04/08/30 23:45
サボってばかりだったバスケ部。
入部の理由は、ちょっと可愛い先輩に誘われたからだったと思う。
テストの点を競い合った友達。
僕が勝ったほうが多かった。
告白は二回して・・・一回も成功しなかった。
退屈な授業中、ぼんやりと眺めていた校庭。

「・・・れいな?」
ひじをついて聞いていたれいな。
その目が、微かに涙に潤んでいる。
「あ・・・えへへ、ごめん。」
そういいながら、目をごしごしとこする。
大きな瞳が、少しだけ充血した。
「ちょっと羨ましいなって。
 れいなにはそんな思い出、全然無いけん。」

927 :ふぁいあーわーくす :04/08/30 23:45
「それじゃ」
僕はれいなを真っ直ぐに見ながら言った。
「これから二人で、いっぱい作ろう。
 二人だけの思い出。」

「ほんと?」
「うん、ほんと。」
「なら約束やけん、指切りしよ!」
これもおばあちゃん譲りなのだろう。
指きりなんて何年ぶりだろう?
僕は懐かしさとちょっとの恥ずかしさとともに
右手の小指を伸ばした。

928 :ふぁいあーわーくす :04/08/30 23:46
僕の少しやせぎすな小指と
れいなの細く白い小指が絡まり、
ろうそくの明かりがテーブルクロスに
黒い影を落とした。

「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます。」
二人の声が重なり、
シルエットがテーブルの上をおどる。
僕達はまだ、出会ったばかりだ。
思い出なんてこれから、いくらだって作れる。
僕はそう信じていた。

26 :ふぁいあーわーくす :04/08/31 23:31

2日目 20時

「それじゃれいな、テレビでも見てろ。」
「一菜は?」
「ん・・・風呂入る。すぐに出るから。」

結局昨日は風呂に入れなかった。
流石にこの暑さで二日間シャワーも浴びないのは人としてマズイ。

「ん・・・わかったたい。」
そう言うとれいなはベッドの上ひざを抱え、
テレビの方向へと体を向けた。

あまり長く入っている訳にもいかないだろう。
汗だけ流してさっさとあがろう。
いつもは部屋で服を脱いでから
それを洗濯機に叩き込み、風呂に入るのだが・・・。

27 :ふぁいあーわーくす :04/08/31 23:32
れいながいる前でそんなことは出来ない。
下着だけを持ってユニットバスに入り、
狭い浴槽の中、どうにかこうにかTシャツとジーンズを脱ぐ。

パンツと一緒にそれを丸めると、
浴槽のドアを静かに開け顔を出す。
れいなは先ほどと同じ体勢でテレビを見ている。
僕はそっと、それを洗濯機に投げ込んだ。

シャワーの蛇口を思い切りひねる。
勢いよく流れるお湯が、二日分の汗を一気に洗い流していく。
顔に思い切りその流れをぶつける。

この二日間、あっという間に過ぎた。
きっと、充実していたってことなんだと思う。
東京に出て大学に入ったって、
楽しいことなんて期待しているほどにはありはしない。
そんな風に、どこか知ったようにうそぶいていた。
でも今は違う。僕には・・・。

28 :ふぁいあーわーくす :04/08/31 23:32
とんとん・・・。
安物のプラスチックで出来たユニットバスの扉が
遠慮がちにノックされている。
シャワーを絞ると、れいなの声がはっきりと聞こえた。
「一菜?」
「どうしたれいな?」
「背中流してあげるけん。入ってもよか?」
「馬鹿、入るって言ったって・・・。」

ユニットバスは狭い。
僕は体が大きなほうではないが、
それでももう一人が入るには、浴槽は狭すぎる。

「・・・。嫌ならいいけん・・・。」
はっきりわかるほどに沈む、れいなの声。
「いや、そうじゃなくて!
 ・・・うん、お願いするよ。ちょっと待って。」
体の向きを変え、入り口に背中を向ける。
「いいよ、入って。」

29 :ふぁいあーわーくす :04/08/31 23:32
「はーい。」
喜び勇んでドアを開け・・・
「って、せまか!!」
「そりゃそうだよ、一人暮らし用のお風呂だし。」
「おばあちゃんちのお風呂は、もっとずーっと広かったけん。」
そうか、ユニットバスを見るのは初めてなのか。
「それに、これ何ね?」
「シャワー。それを持って、背中を流してよ。」

蛇口をゆっくりひねる。
「わ!これとっても気持ちよか!!」
「・・・。自分の手にかけてないで、背中流してよ・・・。」
裸でいて寒い気温ではないが、
全裸のまま黙って膝を抱えているのは
いくらなんでも馬鹿っぽい。

「あ、ごめん!すっかり忘れてたけん!!」
本人を目の前にして忘れるあたりも、
そのことを素直に言うあたりも・・・
全部れいなの良さなんだろう。

30 :ふぁいあーわーくす :04/08/31 23:33
「じゃ、流すけん。」
れいなはゆっくりと、丁寧に僕の背中を流す。
「おばあちゃんより・・・ずっと大きか。」
そう言うと、れいなは黙り込んだ。
シャワーの跳ねる音だけがユニットバスに響く。

「僕はおばあちゃんの
 変わりにはなれないけど・・・」
シャワーの音に消えないように、
しっかりと言葉をつなぐ。
背中を向けていたからこそ、
こんな臭いせりふが言えたのかもしれない。
「れいなが泣いてたら僕も泣くし、
 笑ったら僕も一緒に笑いたい。
 そんな・・・そんな風になりたいなって思ってる。」

背中のシャワーの動きが止まり、
僕の右肩を流し続ける。
「・・・れいな?」
「・・・ううん、なんでもなか。もうよかと?」
水が流れる音に、れいなが鼻をすする音が混じった。
「うん、ありがと。」
聞こえないフリをして、
僕は笑顔でお礼を言った。

75 :ふぁいあーわーくす :04/09/02 00:18

3日目 16時20分

5限をサボり、家へと走る。
「ただいま!」
「遅か!待ちくたびれたけん!!」
れいなの元気な声。
そう、この声が聞きたくって、
僕は炎天下汗だくで走ってきたんだ。

昨日買った、地味な方のワンピース。
部屋でずっと着ていたのだろうか、
スカートには少ししわが付いている。
待ちくたびれたと言う言葉に嘘は無いようだ。

「ごめんごめん。
 よし、それじゃ早速学校に行くか。」
「うん、でもどうやると?」
不安気に僕を見上げる。
「ふふふ・・・任せとけって。」
僕はわざとらしく胸をドンと叩く。

76 :ふぁいあーわーくす :04/09/02 00:18
「やっぱり一菜は頼りになるけん!」
そんな僕に腕を絡めてくるれいな。
「ほら、そんなに暴れるなよ。」
言うが早いが、足を滑らせて
バランスを大きく崩す。

「おっと!!」
両手で抱きかかえる。
その髪からは微かにシャンプーの匂いがした。

「ほら、いわんこっちゃない。
 フラフラしてると怪我するぞ。」
「大丈夫。少し足を引っ掛けただけたい。
 それより早くいこ!」
玄関まで飛び跳ねるように向かうれいな。
こうして僕らは二人、初めての授業に向かった。

77 :ふぁいあーわーくす :04/09/02 00:19
3日目 16時30分

家から歩いて10分の、大学近くの高校。
僕は臆することなく
れいなの手を引いて通用門をくぐった。

「すいませーん。」
無人の守衛室に向かって挨拶をする。
れいなは僕の後ろで、
落ち着き無く辺りをきょろきょろと見回している。

「はいはい、なんですか?」
奥から出てきた、白髪交じりの警備員のおじいさん。
その人の良さそうな穏やかな目を見て、
僕は今日の作戦の成功を確信した。

「すいません、いとこが来年
 ここを受けようと思ってまして。
 中を見学させて頂けませんか?」
手はず通り、れいながぺこりと頭を下げる。
この時期での学校見学はまだ早すぎるのだろうか、
それとも学校見学は普通
親と一緒にするものだからだろうか、
おじいさんは少しだけ困惑したような表情を見せた。

78 :ふぁいあーわーくす :04/09/02 00:19
「あ、僕斉藤と言います。
 この近くのM大に通ってます。」
決して名門とはいえない我がM大だが、
幸い歴史と地元の知名度はそこそこある。

「あ、そう言うことならご案内しますよ。
 どうせ夏休みで暇をしてますし。」
いや、それは困る。
「いえ、大丈夫です。
 ホームページをプリントアウトしてきたので、
 適当に見て帰りますから。」
僕は頭脳をフル回転させ、
なんとかおじいさんの好意を断った。

「そうですか・・・」
おじいさんの残念そうな顔に心の中で謝る。
「では帰る時に、一声かけてくださいね。
 そうだ、学校案内も一部持って行ってください。」
「ありがとうございます。
 遅くならないようにします。」

そう答え案内を受け取ると、
おじいさんは再び守衛室の奥に引っ込んだ。
その後姿を見送り、僕とれいなは軽くハイタッチをした。
遠くのグラウンドから、運動部員の掛け声が聞こえてきた。

28 :ふぁいあーわーくす :04/09/02 23:03
電気が消された廊下は薄暗く、
空気は少しひんやりとしていた。
「ほら、人に会うと厄介だし
 あんまりうろちょろするなよ。」
そんな話は聞こえていないのか、
れいなは物珍しそうに壁の落書きを見るのに一生懸命だ。

「一菜の学校もこんなんだったと?」
「うん、だいたい同じかな。
 もうちょっと田舎にあって、
 もっと全然おんぼろだったけど。」
「じゃ、みんなこうやって大きくなっていくんやね。」
廊下から裏庭を眺めるれいな。

「ほら、そんなところで黄昏てると
 授業が始まっちゃうぞ!」
れいなとの思い出はこれから作っていく、
そう昨日の夜約束した。
僕はれいなの手を引き、階段を駆け上がった。

29 :ふぁいあーわーくす :04/09/02 23:03
教室のドアをそっと開ける。
幸い、中には誰もいない。
「ここが3年C組。
 僕が高校3年の時もC組だったから、
 おんなじ名前の違う教室。」
教室に入り、ドアをそっと閉める。
れいなは入り口の近くで、所在なさげに立っている。

「どこに座ればよか?」
教壇の近くに立つ僕に尋ねる。
「どこでもいいよ、好きなところで。」
「一菜はどこにすわっとったの?」
少し薄れかけた記憶を思い出す。

「僕は・・・確かここ。」
真ん中らへんの、少し窓寄りの席。
その席は、女の子が使っているのだろう、
可愛らしいキャラクター物の袋が下がっていた。
「じゃ、れいなはここがよか。」
その隣の席にれいなが腰掛けた。

30 :ふぁいあーわーくす :04/09/02 23:04
「それじゃ・・・授業を始めるぞ。
 田中さん、教科書の32ページから読んでください。」
教壇かられいなに話しかける。
「はい、えっと・・・。」
僕の持ってきた文庫本を開き、
自信なく読み上げる。

「そして・・・、僕の心に・・・。
 ごめん、読めなか。」
「こらこら、そう言う場合は
 『先生、わかりません』って
 可愛らしく言うもんだぞ。」

僕の一部間違った指示にも素直に従うれいな。
「それじゃ・・・先生、わかりませ〜ん。」
「どれどれ・・・。」
隣に立ち、本を覗き見る。
「せつな、だね。」

31 :ふぁいあーわーくす :04/09/02 23:05
「せつなって?」
上目遣いに尋ねる。
「瞬間って意味。
 古い言葉だから、あんまり使わないね。」

「せつな・・・なんか寂しい言葉だね。」
ポツリとつぶやく。
視線が交わる。透き通るようなその瞳。

教室に沈黙が流れる。
れいなが少し首を伸ばし、ゆっくりと目をつぶる。
身をかがめ、僕は出来るだけ優しく、
でもしっかりと唇を重ねた。

「大丈夫。
 僕がいつまでも一緒にいるから。
 れいなのことは僕が守るから。」
れいなは頬を赤らめ、
「ありがと。」
と短く答えた。

遠くで、重い扉が閉まる音がした。
続いて聞こえてくる、上履きの音。
「・・・そろそろいこっか。」
「うん。」
僕らは手をつなぎ、教室を後にした。

97 :ふぁいあーわーくす :04/09/03 23:13

3日目 17時30分

「一菜が通っている大学ってとこにも行ってみたか。」
高校の校門をくぐると、まだ日は高い。
「ここから近いんでしょ?」
「うん、そうなんだけど・・・。」
まだ大学は夏休み前。
この時間だと、まだまだ構内には人がいる。

「行ってみたか!」
そもそも僕はそれほど知り合いも多くない。
結局僕は誰かにばったりと出くわす事のリスクよりも、
れいなの笑顔を優先した。

手をつないで歩くには意識しすぎてしまうが、
離れて歩きたくは無い。
そんな微妙な、二人の距離。
大学へ真っ直ぐと向かう大通り、
桜の青葉がれいなの頭上で揺れる。

98 :ふぁいあーわーくす :04/09/03 23:13
ふと、立てかけられた掲示板が目に入る。
色あせたポスター。
小学生が描いたのだろうか、
下手くそだがのびのびとした花火が夜空に咲いている。
「花火大会開催!!」
日程を確認すると・・・良かった、明後日だ。
まだ終わっていない。
場所はこの近くの割合と大きな公園。
自転車で飛ばせば10分とかからない。

「ん、どうしたと?」
先を歩く形になったれいなが振り返る。
「いや・・・なんでもない。」
明後日までは秘密にしよう。
そうだ、何かプレゼントも買おう。そして・・・。
この先がどうなるかなんてわからないけど、
れいなと一緒に暮らしたい。
でもそうしたら遊んでばかりもいられないな、
ちゃんとした仕事も見つけないと。

99 :ふぁいあーわーくす :04/09/03 23:14
「なにさっきからニヤニヤしとると?」
「いや・・・だからなんでもないって。」
自然と微笑む顔を無理やり元に戻し、
努めて平静を振舞う。
「もー、絶対になんか隠しとるたい!!」
口をへの字に曲げるれいな。

「いや、れいなの唇、柔らかかったなって。」
「なっ・・・」
一瞬で紅潮するれいなの頬。
「なんてね。秘密だよ秘密。」
「もう!知らん!!」
そう言って僕のことをポカポカと叩く。
通いなれた退屈な通学路さえ、
君となら全てが輝いていた。

160 :ふぁいあーわーくす :04/09/04 23:51
3日目 18時

誰もいない講堂は
いつもよりも一回り広く感じられた。
「わ・・・広か・・・。」
れいなの声がわずかに反響する。
「ここで授業受けるんだ。
 最近はあんまり来てなかったけど。」

れいなは机と机の間を
うろちょろと動き回っている。
「一菜の席ってどこ?」
「大学は決まった席ってないんだよ。
 大体いつも座っているのは・・・。」

わずかな傾斜のついた講堂を
僕は軽いステップで駆け上がった。
「大体ここらへん。いつも寝てる。」
「寝ちゃうの?もったいなか!」
確かに言われるとおりだ。

161 :ふぁいあーわーくす :04/09/04 23:52
「ん、でも最近は真面目に話聞いてるよ。」
「どんな?」
隣に腰掛けながら尋ねるれいな。
「経済史とか金融とか保険とか・・・。色々。」
「よくわからんけど、なんか難しそうたい。」
そう言って笑うれいなの声に、
久しぶりに声が重なった。

「あら、斉藤君じゃない。」
鼻にかかった、アニメのような可愛らしい声。
ドアの近くに立っているのは
ブリーフケースを胸に抱えた石川先輩だった。

「こんにちは、先輩。ひさしぶりです。」
「学校で会うなんて本当に久しぶりじゃない?」
確かに、最後に会ってからどれくらい経つだろう。

前にあった時は明るい茶髪だったけれど、
今日は真っ黒な髪に戻している。
何かあったのだろうか。
気になる自分がどこか滑稽だった。

163 :ふぁいあーわーくす :04/09/04 23:52
「今日はどうしたの・・・?あら、こんにちは。」
じっと自分を見るれいなに気がつき、
丁寧に挨拶をする先輩。
「あ・・・えっと・・・、いとこ。
 ほら、もう夏休みだから遊びに来てて・・・」

とっさに嘘をついた僕は、
すぐにれいなの冷たい視線に気がついた。
しまったと思った時にはもう遅かった。
「あら、可愛らしいいとこさんね。こんにちは。」
「こんにちは、黒いお姉さん。」
不機嫌そうにそう答える。

「私、もういくけん。」
一言いい残し、講堂をトントンと駆け下りるれいな。
「ちょ・・・こら!待てって!!」
慌てて席から立ち上がる。
「そんなに嬉しければ、
 あの石川って女とおしゃべりしてればよか。」
振り向きざまにそう言い捨て
あっという間に講堂の一番下まで駆け下りると、
真っ直ぐ黒板の脇の扉へと向かう。

164 :ふぁいあーわーくす :04/09/04 23:52
「あら、もうお帰り?」
少し身をかがめ、首をかしげながら挨拶をする石川さん。
そんな些細な仕草も絵になる。
れいなはその整った顔を下から睨み付け、
「お邪魔しました、おばさん。」
はっきりと失礼極まりない挨拶をして
廊下へと出て行った。

「こら、れいな!!
 すいません、きつく言っておきますから。」
慌てて頭を下げる。
「いいのよ、気にしないで。
 それよりほら、早く行かないと。」
そう言ってくれたものの、笑顔は少し引きつっていた。
「本当にすいません!!」
再びがばっと頭を下げ、僕は廊下へと駆け出した。

205 :ふぁいあーわーくす :04/09/05 21:15
3日目 18時15分

「ほら、待てって!!」
講堂を出たところでれいなに追いつき、並んで歩く。
「なにも急にあんなこと言わなくっても・・・。」
薄闇に包まれ始めたキャンパスは、
建物の影が長く伸びている。

無言のまま、早足で歩くれいな。
二つの影がコンクリートの上に伸びる。
裏のグラウンドの方まで来たところで、
やっとれいなの足が止まった。
所々はげかけた芝生の前、黙って立っている。

206 :ふぁいあーわーくす :04/09/05 21:16
「どうして・・・。」
「え?」
「どうして、いとこなんて言ったと?」
怒りの表情は、すぐに悲しみのそれへと変わった。
「あの女のことが好きなん?」
「いや・・・そう言うわけじゃ・・・」
否定しながらも歯切れの悪い僕。

「じゃあなんで、とっさにいとこなんて言ったと?
 それに・・・」
追い討ちをかけるように続ける。
「なんであんなに慌ててたと?」
問い詰められ、言葉に詰まる。
言葉に詰まっているって事は、後ろめたいって事だ。

207 :ふぁいあーわーくす :04/09/05 21:16
「れいなはもう・・・他に頼る人もいないけん・・・
 一菜のこと信じて生きていこうと思っとったのに・・・」
決して大きいとはいえないキャンパスだが
れいなの声が消え入るには充分な広さだった。
「どうして・・・キスしたと?」

そうだ、れいなはひとりぼっちなんだ。
そして・・・傷つきやすくて弱い、小さな女の子なんだ。
僕は黙ってその肩を抱いた。
「ごまかすと?」
僕の胸で、れいながつぶやく。
「ううん・・・もう、迷わない。
 本当にごめん。」
そう、もう僕は迷わない。
れいなには僕しかいないように、僕にはれいなしかいないんだ。
キャンパスの片隅。
二人の影がほんの少し離れ、そしてまた一つに重なった。

208 :ふぁいあーわーくす :04/09/05 21:16
唇を話した瞬間。

また・・・あの感じだ。
誰かに見られている。圧迫感が僕を襲う。
言いようの無い不安感。
まるで夜道で野良犬に囲われてしまったような・・・。

「どうかしたと?」
僕の腕の中、異変に気付くれいな。
そして、僕が答えるよりも先に
その少女は夕闇から溶け出るように
ゆっくりと僕達の前に姿を現した。
れいなが息を飲む音が、はっきりと聞こえた。

264 :ふぁいあーわーくす :04/09/07 00:20

3日目 18時30分

「れいな、久しぶりね。」
少女は明るい、でもどこか歪んだ笑みを浮かべた。
その笑顔は、僕に不吉な予感を感じさせた。
「絵里・・・。」
す、と僕から体を離すれいな。
「知り合い?」
「・・・うん、昔の。」
尋ねる僕に、短く答える。
その声は旧友に会った喜びは感じられず、
むしろはっきりとした緊張感を帯びている。

「れいな、勝手が過ぎるわよ。」
僕達のやり取りを無視し、絵理と言う少女は話しはじめた。
「『わたしたち』がどうやって生きなくちゃいけないのか、
 わからない訳じゃないでしょ?」
そうか、じゃあ彼女もれいなと同じ・・・。
僕はやっと状況を理解した。

265 :ふぁいあーわーくす :04/09/07 00:20
ちらりと彼女が僕のほうを見る。
恐ろしく形は整っているが感情の感じられない
まるでガラス球のような瞳。
その美しさは人形のそれであって、人のものではなかった。
「これが原因なの?」
「関係なか!!」
怒りのこもった声。
一瞬遅れたのち、「これ」がさすものが僕自身だと気付いた。

「れいな、わたしたちは隠れて暮らさなきゃいけないの。
 幸せになるなとは言わないわ。ただ・・・。」
生きる事に疲れたような、
幸せと程遠い笑顔を浮かべながら続ける。
「人間の幸せを求めたって、どうなるかわかってるでしょ?」

「やかましか!!」
絵里の言葉を強く否定する。
まるで・・・自分に言い聞かせるかのように。
「お願い・・・戻ってきて、れいな。」
「・・・。」
懇願に沈黙が答える。
誰もいないキャンバス、二人の視線が強く交わる。

266 :ふぁいあーわーくす :04/09/07 00:20
先に目を逸らしたのは・・・絵里だった。
「絶対に騙されてるだけなのに・・・。」
僕を睨むその瞳には憎しみの青い炎が燃えている。
「・・・。藤本さん、怒ってたから。」
れいなに向き直り、悲しそうにそう告げる。

藤本、その名前を聞いたれいなの体が
ビクっと動くのがわかった。
「さよなら、れいな。」
そういい残し、少女はきびすを返した。
その姿は再び闇に溶けるように消えていった。

267 :ふぁいあーわーくす :04/09/07 00:20
「れいな・・・。」
「・・・。」
立ち尽くすれいな。
唇をきっと固く結び、絵里の消えていった方を見つめている。
もうそこにはなにもありはしないのに。
「もう帰ろう。顔色もあんまり良くないしさ。」

れいなはゆっくりと僕のほうに体を向け、
「・・・うん。」
一言だけ、短く返事をした。

351 :ふぁいあーわーくす :04/09/08 23:16
3日目 18時40分

夏の夜は、街を青く染めていく。
ききたいことは山ほどあった。
絵里と言う少女の事。れいなの過去。
そして最後に聞いた、藤本と言う人物のこと。
でも、れいなが黙っているってことは
話したくないってことだ。

いずれ話してくれるときまで待とう。僕はそう決めた。
だから、なにも聞かなかった。
駆け足で群青に染まっていく桜並木を
僕らは二人、ゆっくりと歩いた。

「一菜・・・。」
「どうした?」
「今日はちょっと疲れちゃったけん、このまま真っ直ぐ帰ろ。」
もとよりそのつもりだ。
さっきの一件の事もあるのだろう、
横顔には明らかに疲労の色が見える。
「そうだな。今日は早く寝てゆっくり休んだ方がいいぞ。」

352 :ふぁいあーわーくす :04/09/08 23:17
「・・・うん。わかった。」
今日はやけに素直だ。
だがその素直さが、僕を不安にさせる。
「家まで・・・手、つないでくれる?」
僕は黙って手を差し出した。
れいなはとても大切そうに、その手を握った。

「・・・絶対、守るけん。」
「れいな?」
「ううん、なんでもなか。気にせんと。」
微笑むれいな。
街の明かりが灯りはじめる。
うん、やっぱりれいなは笑っているのが一番だ。

353 :ふぁいあーわーくす :04/09/08 23:17
3日目 19時

コンビニで買ってきたヨーグルトにもパンにも
れいなは手をつけなかった。
「あんまりお腹減らんけん、一菜が食べればよか。」
つまらなそうにそう言って、ベッドの上でゴロゴロとテレビを見ている。
「ちゃんと食べないと体に良くないぞ。」
「平気たい。」

口ではそう言っているものの、明らかに疲れの色は隠せない。
程なく、アニメの声に混じって
小さな呼吸の音が聞こえ始める。
「・・・寝たか?」
小さな声で尋ねる。返事は無い。

そっと振り返ると、乱れたシーツの上
ワンピースから伸びた白い太ももが目に入った。
「ったく、無防備だな・・・。」
テレビの音量を聴こえないくらいまで下げ、
タオルケットをそっと体の上にかける。

354 :ふぁいあーわーくす :04/09/08 23:17
「・・・ここでなら無防備でも構わんけん。」
目を閉じたまま、小声で答えるれいな。
「なんだ・・・起きてたのか。」
「一菜・・・優しかね。」
改めてそんなこと言われて、
本当は嬉しくてしようがなかったのだが・・・。
「ほっとけ。」
不器用な僕は無愛想にそう答える事しかできなかった。
くすり。笑うれいな。
「そんな事よりもう疲れてるんだろ?
 早く寝ろよ。」

「ねえ・・・。」
「ん?」
「今日はれいなが眠るまで・・・
 手握っとってくれる?」
うっすらと目を開け、微笑む。
ベッドの脇、床に座り込んだ僕と視線が合う。

「わかった。安心してお休み。」
嬉しそうに、でもゆっくりとれいなの手が伸びる。
少し汚れたタオルケットから伸びた
真っ白な細い左腕。
そっとその手を握る。
強く握ったら壊れてしまいそうな細い指が、
今は一層小さく感じられた。
僕は包み込むように、その手を握った。

355 :ふぁいあーわーくす :04/09/08 23:18
「なんかお話して。
 そうだ一菜の・・・夏の思い出がよか。」
「わかった、それじゃ・・・。」
「あ、電気消してくれんと?
 れいな、明るいと寝られんけん。」
さっき寝かけてたのに。
そう思ったが、口には出さなかった。
僕は一言クスリと笑うと、
立ち上がって部屋の明かりを消した。

僕は田舎の思い出を話した。
小学生の頃は、夏と言えば里帰りの季節だった。
本当に田んぼしかなかったおじいちゃんの家。
その土ぼこりの匂いは嫌いではなかった。
滅多に会わない、でも何故か妙に仲が良かったいとこ。
蝉を取ってはしゃいだ事。
姉に自慢しようとしたら、気持ち悪いと逃げられた。
夜食にみんなでこっそり作ったラーメン。

357 :ふぁいあーわーくす :04/09/08 23:18
「で、うちの姉貴が野菜切りすぎちゃってさ・・・。
 ・・・れいな?」
いつの間にか相槌は小さな寝息に変わっていた。
軽く握られた手を、そっと離す。
頬をつつくと、ほんの少し顔をしかめて
小さく寝返りを打った。

自然と僕の顔もほころぶ。
君と出会って、全てが変わった。
明日なんてどうなるかわからないけど
一緒に居たいと思う気持ちが、きっと僕たちを導いてくれる。

「明日はバイトなので少し遅くなります。
 8時には戻ります。  一菜」
テーブルの上に書き置きを残し、
僕は静かに部屋を後にした。

524 :ふぁいあーわーくす :04/09/11 01:05

4日目 20時

部屋の中は暗かった。
不審に思いながらノブに手をかける。
ドアは抵抗無く開いた。
「・・・れいな?」
手探りで電気をつける。
ベッドの隅で膝を抱えるれいなを見つけ
一瞬の焦りはあっという間に消え去る。
変わりに襲ってくるのは不安感。

「どうしたんだ?電気もつけないで。」
Tシャツにハーフパンツ。ずっと家にいたのだろう。
蛍光灯に照らされる横顔は、昨日よりもさらに青白い。
陶器のようなその肌はまるで、
血が一滴も通っていないかのようだった。

「大丈夫か?熱は無いか?」
ベッドに腰掛け、左手で前髪を書き上げ
右手でその額に触れる。
れいなの額は冷たく、僕の手がぴったりと吸い付くようだった。

525 :ふぁいあーわーくす :04/09/11 01:05
「一菜・・・。」
れいなが真剣な表情で話し掛けてきた。
額に乗せた手を離す。
「れいな、今日一日考えとったけん。でも・・・」
「どうした?」
「でも、わからん。どうしたらよか?」

困惑、悲しみ、諦め・・・
さまざまな気持ちが駆け足でれいなの瞳の中を通り過ぎる。
「れいなは・・・一菜を傷つけたくなか。
 でも・・・一菜以外の、誰の血も飲みたくなか。」

「・・・。」
言葉をただ、受け止めることしか出来ない僕。
言葉をぶつける事しか出来ないれいな。
「どうしたらよか?
 れいなは・・・吸血鬼は、恋しちゃいかんと?」

「僕は・・・。」
「えりが言う通りたい。
 最初から、一菜が助けれくれなければ良かったけん。
 だって一菜がいなければ・・・。」
一呼吸置き、僕の瞳を真っ直ぐに見据える。
「好きにならなければ、
 こんな気持ちにならんで済んだけん。」

526 :ふぁいあーわーくす :04/09/11 01:05
大粒の涙がポロポロと流れ落ち、
頬に二筋の曲線を描いていった。
僕はその涙を、そっと指でぬぐう。

「一菜と一緒に生まれて一緒に生きて・・・
 一緒に死にたかった。」
「れいな、一緒に生まれるのは無理だ・・・
 でも、一緒に生きるのはこれからだろ?
 それから二人で考えよう。」
不器用かもしれないけど、僕なりの精一杯の言葉。

「でも・・・。」
「僕はれいなが苦しむのを見るのが辛い。
 だから・・・飲んで。」
そっとれいなを胸に抱き寄せる。
甘い吐息が、右の首筋にかかる。

527 :ふぁいあーわーくす :04/09/11 01:06
「・・・いいの?」
泣きそうな声で囁く。
僕にしか聞こえない、小さな小さな問いかけ。
「うん。れいなに・・・飲んで欲しい。」
少しの間。
そして、決意を込めた言葉。
「・・・ありがと。」
熱い、湿った息が肌にかかる。
僕はギュッと、れいなの細い体を抱きしめた。

犬歯の刺さるチクッとしたあの感じ。
でも今は怖くない。
柔らかい唇が触れる。
そして血液が吸い取られるあの感覚。
一心に、でもとても優しく血を吸うれいな。
そんなれいなを胸に抱き、僕はそっと頭を撫でた。
さらさらの髪を指が滑り落ちた。
れいなは小さく頷いた。
言葉は要らなかった。

れいながそっと唇を離した。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
ほんの一瞬だったのかもしれないし、
とても長い時間だったような気もする。

528 :ふぁいあーわーくす :04/09/11 01:06
「ごめんなさい。」
今にも泣き崩れそうな顔でれいなが言う。
血に濡れた真紅の唇。潤んだ瞳。
その全てが僕を刺激する。
僕はもう一度れいなを胸に抱き寄せ、
その首筋にキスをした。

「・・・いいよ。」
涙声で、詰まりながら囁くれいな。
「一菜の・・・好きなようにしてよか。」
その一言で、
僕の中の何かが崩れた。

659 :ふぁいあーわーくす :04/09/12 21:46
優しくれいなの体を抱き寄せる。
薄いシャツ越しに感じる体は
僕の全てを受け入れてくれるほど、柔らかい。
それは、大人の成熟した体ではなく、
子供の未熟な体でもない・・・
思春期の少女だけに与えられた、
危ういまでの柔らかさ。

体をほんの少し離し、僕は再びキスをした。
首筋に、そして胸元に。
「あっ・・・」
僕の腕の中、身をよじるれいな。
まだ少し血に濡れた唇から、漏れる吐息。
真っ赤なルージュを引いたようなその口元に、
僕は鼓動が加速していくのを感じた。

「キスしてもいい?」
れいなは黙って目を閉じた。
ゆっくりと唇を合わせる。
僕の血と僕の唇とれいなの唇が重なり、
小さな音を立てる。

その音に突き動かされるように、
僕はれいなの唇をむさぼる。
つたなく、でも一心に応えるれいなが
一層いとおしい。

660 :ふぁいあーわーくす :04/09/12 21:46
Tシャツ越しに胸に触れる。
木綿の布越しに感じられる体温。
れいなの鼓動が、はっきりと伝わってくる。
そして僕に手に納まってしまうくらいの
ほんのわずかなふくらみ。
その中央の突起に、指の腹で触れる。

「・・・っ!!」
声にならない声。
ゆっくり、ゆっくりとその胸に触れる。
その手をゆっくりと下ろし
Tシャツの裾に手をかける。

両手でシャツを押さえるれいな。
でも、僕と正面から目が合うと
泣きそうな真っ赤な顔で、
でもしっかりと頷いて手を離した。
見慣れた僕のTシャツが、
こんなに刺激的に見えたのはこれがはじめてだった。

661 :ふぁいあーわーくす :04/09/12 21:46
ゆっくり、ゆっくりと白い生地をめくる。
火照ったれいなの体は薄い桜色に染まっている。
胸があらわになる瞬間、れいなは唇をかんで
真っ赤な顔を横にそらした。

決して見てはいけないものを見てしまった、
そんな背徳感が僕を襲う。
その一方で湧き上がる興奮は
もう自分でも押さえることが出来ない。

ベッドの上、体ごと押し倒す。
れいなの細く小さな体がスプリングで弾む。
小さな胸は、仰向けに寝そべると
ほんの小さな膨らみにしかならない。
でもその膨らみは両手を添えると
しっかりとした柔らかさで僕に応えた。

きっと誰も触れたことの無い、
初雪のような穢れの無い肌。
その肌を、僕の指がゆっくりとなぞる。
ちょっとやせすぎなウェストも、
膨らみかけの小さな胸も
わずかに硬くなった乳首も・・・
れいなの全てがいとおしい。

662 :ふぁいあーわーくす :04/09/12 21:47
ハーフパンツに手をかける。
「や・・・」
片手でそれを押さえるれいな。
無防備になった胸にキスをする僕。

「あっ!」
漏れ出す声。
胸に埋める僕の頭に、
れいなの小さな両手が弱々しく抵抗する。
「あ・・・一菜・・・わたし・・・」

「どうした?れいな。」
僕が顔を上げると、
れいなは恥ずかしそうに顔を伏せ
消え入りそうな声で言った。

663 :ふぁいあーわーくす :04/09/12 21:47
「わたし子どもっぽいけん・・・
 それに・・・人間の女の人と違うかもしれんけん・・・」
片手で胸を隠し、もう一方の手でパンツを押さえる。
「・・・笑わないでほしか。」

「うん。笑わないよ、絶対。」
れいなの体だ。
どんなに幼くても、どんなに綺麗でも・・・。
その全てを受け入れよう。

「それじゃ・・・いくよ。」
「・・・うん。」
柔肌の上をハーフパンツが、
小さなショーツとともに滑り落ちていく。
そして僕達の長い夜が始まった。

746 :ふぁいあーわーくす :04/09/13 23:20

5日目 14時

その日は、とてもゆっくりと過ぎていった。
昼過ぎに起きた僕達は、キスをして、
別々にシャワーを浴びて、一緒にごはんを食べた。

読み飽きたはずの雑誌も、れいなと一緒だと
新鮮な驚きと発見に満ちていた。
「こげな奇妙な服、誰が着ると?」
「うーん、れいなも着てみたら?意外と似合うかもよ。」
「意外とは何言うとや!」
そう言って、猫のように僕を叩くれいな。
笑いながらそれをよける僕。

バランスを崩したれいなが
覆いかぶさるように倒れこむ。
「きゃ!」
小さな声。交わる視線。
「・・・。」
キスをしてきたのはれいなのほうだった。
舌と舌とが絡まる。甘い甘いれいなの味。
「・・・テレビ消して。」
「・・・ん。」
僕の上に乗ったまま、れいながテレビのスイッチを切る。
ワイドショーのアナウンサーの声が消える。
あとに残ったのは僕らの荒い息遣いだった。

747 :ふぁいあーわーくす :04/09/13 23:21
5日目 18時

「一菜、先行っといて。
 れいな、ちゃんと準備してから追いかけるけん。」
シャワーから出た僕に、れいなはそう言った。
「そんな、一緒に行こうよ。
 花火、結構人来るからはぐれるとなかなか会えないよ。」

「れいなもたまには一菜を待たせてみたか。
 いっつも、れいなが待つほうやけん。」
少し頬を膨らませるれいな。
確かに、言われてみればそのとおりだ。
僕はれいなを待たせてばかりいる。
「わかった。
 それじゃあ・・・駅前に6時半でいいよな?」

花火の開始は7時からだ。
30分あれば、ゆっくり歩いていっても
充分に間に合うだろう。
丁度おなかも減ってきたし、
出店を見て回るのもいいかもしれない。
れいな、喜んでくれるかな。
お祭とかあんまり行った事なさそうだし。

748 :ふぁいあーわーくす :04/09/13 23:21
「よか。すぐにれいなも追いかけるけん。」
時計も見ずに答えるれいな。
全てはこれから起こることの前触れだったのに、
一人浮かれる僕はその全てを見逃してしまっていた。

「じゃあ駅前で待ってるから。
 ちょっと距離あるけど、そこから歩こう。」
「・・・うん。」
「花火、綺麗だぞ。驚くなよ。」
「あはは、楽しみにしてるけん。」
屈託の無い笑顔、僕の目にはそう映った。

「それじゃ、またあとでな。」
「一菜!!」
背を向ける僕を、強く呼び止める。
「ん?どうした?」
「・・・さよなら。」
「・・・?ヘンなヤツだな。
 またすぐに会えるのに。」

「そうだよね。すぐに・・・いくから。」
決意を込めた言葉。その意味に気づかない僕。
「遅れるなよ!」
陽気にそういい残し、僕は部屋を後にした。

819 :ふぁいあーわーくす :04/09/14 23:22

5日目 18時45分

携帯の液晶をチラッと眺める。
一体これで何回目だろう。

賑わう駅前は、これから訪れる
祭りのムードに満ちている。
道を歩く、慣れない浴衣を着たカップルは
楽しそうに腕を絡めて歩いている。
笑いながら駆けていく小さな女の子を、
そのお父さんが慌てて追いかけていった。

駅前に着いた直後は、浴衣の女の子を見るたびに
れいなの浴衣姿を想像して一人楽しんでいたのだが・・・。
今はもう浴衣の子など見ることも無く、
いつもの格好をしたれいなを探し続けている。

準備に手間取っているのだろうか?
慣れない化粧がうまくいかないのかも知れない。
でも、そろそろ行かないと花火が始まってしまう。
それに・・・。

820 :ふぁいあーわーくす :04/09/14 23:22
化粧なんて買ってあっただろうか?
財布は念のため渡しておいたので、
僕のいない時に用意できない事も無いが・・・。
根が真面目なれいなの性格を考えると
黙ってお金を使うとはちょっと考えられない。

そろそろ行かないと、花火が始まってしまう。
僕は携帯を取り出して、自宅の番号へとダイヤルした。
「ただいま留守にしております・・・」
聞き慣れない機械的な音声。
そう言えば、自宅の留守番電話を聞くのは
これが始めてかも知れない。
2分後、リダイヤル。
短い呼び出し音の後、
音声は無常にも先ほど同じ内容を僕に伝えた。

その瞬間。
フラッシュバックのようにれいなの言葉が蘇った。
「・・・さよなら。」
まさか・・・。
携帯を乱暴に閉じ、ポケットにねじ込こむ。
街の喧騒は、もう耳に届かない。
僕は人ごみをかき分け、アスファルトの上を駆け出した。

821 :ふぁいあーわーくす :04/09/14 23:22
5日目 19時50分

家までがこんなに遠く感じた事は無かった。
コンビニの角を曲がり、薄闇のアスファルトを駆ける。
乾いた足音が夜の街に響く。
僕の予感は、いまや確信に変わっていた。
待ち合わせなんてウソだ。
れいなは初めから来るつもりなんて無かったんだ。
でも何故?

運動不足の心臓が悲鳴をあげる。
あと5分、5分だけ頑張ってくれ!
立ち止まっている間に
れいなが遠くへ行ってしまうような気がして、
僕はただがむしゃらに走り続けた。

部屋は暗く、ドアの鍵は閉まっていた。
乱暴に鍵を開け、ドアを開けて部屋に飛び込む。
「れいな!」
月明かりに微かに照らされる室内。
返事は無い。

822 :ふぁいあーわーくす :04/09/14 23:23
靴を脱ぎながら電気をつける。
部屋は綺麗に片付けられ、
一枚の紙がテーブルに置かれていた。

「一菜へ
 ウソをついてごめんなさい。
 今日は、花火にはいけません。
 ごめんなさい。
 わたしなりに・・・一生懸命考えました。
 でも、やっぱり一菜と離れたくないから。
 一菜を守りたいから。
 だから、一人で行ってきます。
 夜には帰ります。待っていてください。
 愛しています。 れいな 」

レポート用紙に書かれた、丁寧だけどヘタクソな文字。
一番最後に書かれた名前は、涙で文字が滲んでいた。
そっと紙に触れる。
滲んだ文字がかすれる。
れいなは、まだすぐ近くにいる。
・・・でもどこに?

823 :ふぁいあーわーくす :04/09/14 23:23
「れいなのことは僕が守るから。」
「一菜を守りたいから。」

初めて口付けを交わしたあの教室。
れいなはきっと、そこにいる。
僕は考えるまもなく部屋を飛び出した。
部屋に鍵なんてかけてる時間はない。

自転車に鍵を突っ込もうとし、派手に転倒させてしまう。
時間が無い。早くしないと!
僕は倒れた自転車もそのままに、
再び夜の道へと駆け出した。

882 :ふぁいあーわーくす :04/09/15 23:15

5日目 20時

ドーン!!
遠くから音が響いてくる。
一発目。花火の夜が始まった。
でも僕に、夜空を見上げている余裕など無い。
喘ぐように、ただひたすらに学校への道を駆ける。

夜の高校は不気味な静けさに包まれていた。
昼間とは全く異質の、その存在感。
そこには何か・・・不吉な予感がした。

門は堅く閉ざされているが
その高さは乗り越えられないほどではない。
警備室を見る。明かりは・・・点いていない。
当然、明かりの点いている教室も無い。
校舎は月明かりの中、ただひっそりとそこにある。

左右を素早く見渡す。
遠くを通り過ぎる車が一台。
他に人影はどこにも見えない。
僕はためらい無く門に手をかけた。
鉄の冷やりとした存在を手のひらに感じつつ、
僕は一気に門を乗り越えた。

883 :ふぁいあーわーくす :04/09/15 23:15
下駄箱の前を土足で駆け抜ける。
若干の罪悪感を無視し、スニーカーのまま階段へ。
リノリウムの階段に足音が響く。
タンタンタンタン・・・。
踊り場で体をひねりそのまま上の階へ。
目指す教室は・・・3年C組。
僕が高校の3年目を過ごし・・・そして
れいなと一緒に授業の真似事をした、あの教室。

階段を上りきる。
目指す教室はもう目の前だ、
息を整える間もなく、廊下をかける。

月明かりに照らされた廊下は明るい。
教室を知らせるプレートが目に入る。
廊下に僕の足音だけが響き、
そしてC組の前でピタリと止まった。

もしこの中にいなかったら・・・。
そんな不安をかき消すように、
僕は大声で叫びながらドアを開けた。
「れいな!!」

884 :ふぁいあーわーくす :04/09/15 23:16
ドアを思いきり開ける。
ドーン。響く花火の音。
微かに彩られる、薄灰色の教室。
そして・・・教室の真ん中の席に座っている、
探し求めたシルエット。

ゆっくり、ゆっくりとこちらを振り向く。
「一菜・・・なんで・・・・・・」
僕は黙ってれいなのもとに向かい、
その頭を胸に抱き寄せた。

安堵と、喜びと。全ての感情が波のように押し寄せる。
「一菜・・・痛か・・・。
 それに・・・花火が見えん・・・。」
涙声のれいなを、僕は強く抱きしめた。
もう二度と離さない。

「れいな・・・それが例の男ね。」
冷たい声が教室に響いた。
れいなの体が、子猫のようにビクッと震えた。
声のするほうへと目をやる。
教室の入り口。
ショートカットの少女が、そこにいた。

7 :ふぁいあーわーくす :04/09/16 23:36
5日目 20時10分

月明かりが少女を逆光に照らす。
薄闇の中でもはっきりとわかる程の美少女。
気の強そうな目、整った鼻と口、そして・・・
そのパーツに不似合いな、残酷な微笑み。

「一菜、はなして。」
れいなの冷静な言葉に、僕は言われるままに従った。
「美貴姉さん・・・。」
「れいな、話は絵里から聞いたわ。」
絵里と言う子の知り合いと言うことは・・・
彼女が藤本なのだろうか?

「今日は返事を聞きに来たわ。
 せっかく場所も時間もわがままを聞いてあげたのに・・・。
 その男とデート?」
「やかましか!!」
「あら、お邪魔だったかしら?」
そう言って無邪気に笑う。

8 :ふぁいあーわーくす :04/09/16 23:36
「さあ・・・返事を頂戴。
 私たちの元に戻るのか・・・それとも」
冷たい瞳が僕を射る。
「その男と一緒に、ここで死ぬのか。」
本気だ。
この少女は、本当に僕を殺そうとしている。

「まあ・・・どっちにしてもあなたは知りすぎたみたいね。
 残念だったわね、さえないお兄さん。」
「なんにも話してなか!!」
「あられいな、それじゃ三日間も同じ部屋で
 いったいなにをしていたのかしら?」
れいなの顔が紅潮する。
けらけらと笑う美貴。

「ではもう戻ってこないのね。」
「やかましか!!」
「あの干からびた老人は長くなかった。
 だから特別に許してあげたのに・・・。」
ガタン。机を蹴倒す音。
「おばあちゃんを馬鹿にするな!!」

れいなが真っ直ぐ美貴の元へと走る。
だが右のこぶしは宙を切り、
カウンター気味に美貴の手刀が振り下ろされる。
それはれいなの右の首筋にめり込み、
そのままれいなは黒板に叩きつけられた。
派手な音を立て、チョークが飛び散る。

9 :ふぁいあーわーくす :04/09/16 23:37
「人間なんかと生活させたのは失敗だったわね。
 ・・・こんな家畜に情がうつるなんて。」
床に伏せるれいなに近づくと、
そのままトーキックで蹴り上げる。
れいなの小さい体が文字通り宙に浮き、
そのまま机の上に崩れ落ちた。

「れいな!!」
うずくまるれいなに駆け寄る。
その体はピクリとも動かない。
「・・・このっ!!」
美貴の元へ向かおうとする僕の足を、
れいながつかんだ。

「一菜・・・逃げて・・・。」
「馬鹿、おいていけるわけ無いだろ!」
上体をゆっくりと起こしながら
れいなは泣きそうな顔で笑った。
「ごめんね、せっかく買ってもらった服、
 大事にしてたのに・・・汚しちゃった。」
「れいな、もういいから!!」

10 :ふぁいあーわーくす :04/09/16 23:37
「うん、もういいかな?」
美貴は退屈そうに髪を弄っていた。
「もう充分別れもすんだでしょ?どっちから死ぬ?
 あんまり派手にあと残したくないし、
 さっさと楽にしてあげるから。」

この世に悪魔がいるならば、
きっとこんな風に微笑むのだろう。
全てを絶望させる、安らぎすら感じさせる残酷な笑顔。

その刹那、全身の鳥肌が立った。
殺意を前にした動物の本能。
僕はれいなを強く抱きしめ、美貴をにらんだ。
窓の外、花火が空を染め上げる。
ガラス越しの明かりが美貴の顔を照らす。
赤く彩られたその表情に、先ほどまでの余裕はなかった。

「死ぬのは・・・」
僕の腕の中、れいながはっきりと呟いた。
「死ぬのは・・・美貴ねえ。あんたたい。」

73 :ふぁいあーわーくす :04/09/17 23:13

5日目 20時15分

花火はいよいよ盛り上がり、
空は時に青く、時に真紅に彩られる。

「れいな・・・あなたまさか・・・」
すっくと立ち上がるれいな。
教室のなか、座り込んだままの僕。
「・・・ごめんなさい。」
そういい残し、美貴へと歩み寄る。

半歩後ずさり、美貴がうめく。
「くっ」
軽く跳び、れいなと美貴との間が一気に詰まる。
振り下ろされるれいなの細い右腕。
教室内にたちこめる、血と死の臭い。

寸でのところで身をよじり、その一撃を避ける美貴。
「あなた、いったい何人の・・・」
「言うなぁ!」
つかみかかるれいなの手を払いのけ、
その腹部に真っ直ぐに蹴りを放つ。

74 :ふぁいあーわーくす :04/09/17 23:14
正面からその蹴りを喰ったれいなは
教壇まで吹っ飛ばされ・・・
何事も無かったかのように立ち上がった。

「あなた、何人の血を飲んだの?」
「黙らんと!!」
「・・・そう。殺したのね。
 殺すまで血を吸うことは禁じられているはずよ。」
一瞬、沈黙が教室を支配する。
「れいな・・・君は・・・」
「こんな男一人のために、何人殺したって言うの?
 ったく・・・どう処理すればいいのよ・・・。」
美貴は苛立たしげに後頭部をがりがりとかいた。

「一菜・・・ごめんなさい。
 私、もう誰も傷つけないで
 生きていこうと思ったのに・・・。」
青い花火がれいなの横顔を照らす。
「一菜を守らなくちゃと思って・・・。
 どうしていいかわからなかったから・・・。
 どうしても・・・血が必要だったから・・・。」

「殺したのね、無関係の人間を。」
冷酷に美貴が言い切った。
「れいな、あなたはもうこちら側には戻れないわ。
 そして・・・人間からも追われる。」

75 :ふぁいあーわーくす :04/09/17 23:14
「わたしは・・・わたしは・・・」
涙声のれいな。
「一菜と二人で一緒に生きたい。
 その為には・・・」
僕を見て、力無く微笑む。
「・・・なんだって、する。」
右の瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。

「だから・・・美貴ねえにも死んでもらう。」
表情を引き締め、教室の中ゆっくりと歩き出す。
「やめろ、もういいから!!」
「よくないわよ。」
美貴が仕掛けた。
机をつかみ、僕に向かって無造作に投げつける。

僕が目を閉じるよりも早く、
れいながそれを叩き落とした。
机が粉々になる鈍い音。

そのままのステップで美貴につかみかかる。
スカートの裾が舞い上がり、二人の距離は一瞬で0になる。
身をよじる美貴、だが今度は避け切れなかった。
れいなの小さな手が、美貴の細い首をわしづかみにする。

76 :ふぁいあーわーくす :04/09/17 23:14
美貴の顔が苦痛にゆがむ。
振り解こうとする手を無視し、両手で締め上げる。
「ぐ・・・。」
それは声というよりはむしろ、喉から漏れ出した音。
抵抗する美貴が爪先立ちになり、そして宙に浮いた。

ボキリ。
鈍い音が教室に響き、僕は思わず顔を背けた。
バタバタとあがいていた足が、ダラリと垂れ下がる。
れいなは美貴の首を右手一本でつかむと、
そのまま無造作に廊下に向かって叩き付けた。

ドーン!!
花火の爆ぜる音と、
美貴の体が壁にぶつかる音が重なる。
それはもはや人の、いや生物の耐えられる音ではなかった。

「やめろれいな、死んじゃうぞ!!」
僕の叫びは意味を持たず、もうれいなの耳には届かない。
廊下へとゆっくり歩くれいな。
僕もそのあとを追う。

静寂に包まれた廊下。
美貴がぐったりとうつぶせに横たわっている。
コンクリート壁の表面が一部崩れて、
微かなほこりの臭いが充満する中、
れいなは冷たい目でその動かない体を見下ろしていた。

77 :ふぁいあーわーくす :04/09/17 23:15
「れいな!!」
もう一度叫ぶ。れいなは振り向かない。
「もう・・・もう帰ろう。」
後ろから、その細い体を抱きしめる。
「終わりにしよう、れいな。」

頼りなく震える体。
長い沈黙のあと、その肩にまわした僕の手に
れいなの熱い涙がぽとりと落ちた。

「一菜・・・わたし・・・わたし・・・」
れいなの全身から緊張が解ける。
崩れ落ちそうになる、小さな体。
その刹那。

れいなの体がビクン、と動いた。
僕の目の前に、美貴のサディスティックな笑顔があった。

119 :ふぁいあーわーくす :04/09/18 23:08

振り払われるれいなの右腕。
その一撃を頭部に受け、
廊下を転がるように吹き飛ばされる美貴の体。
そして僕の腕に温かい液体が
ゆっくりと、そしてとめどなく流れ落ちてきた。

れいなの全身から力が抜ける。
花火の光が教室を抜け、廊下までを照らす。
美貴の右腕はその手首まで
赤く赤く染まっている。

「れいなぁ!!」
慌ててれいなを胸に抱える。
その薄い胸から、とめどなく血があふれ出す。
手のひらでいくら押さえても、
指の間をれいなの血が流れ落ちていく。

「ご・・・めん・・・わた・・・し・・・」
「いいから!!喋るな!!!」
あまりにちっぽけなその体。
助けなくちゃ、でもどうやって?
そうだ病院だ、早く病院に連れて行かなくっちゃ。
早くしなくちゃ、早く早く・・・。

「ありが・・・と・・・か・・・ずな・・・」
「喋るな、れいな!!」
「と・・・ても・・・たの・・・し・・・か・・・た・・・」
「わかったから、喋らないでくれ!!」
消え入りそうなれいなの声。
血のこぼれる音。

120 :ふぁいあーわーくす :04/09/18 23:08
その音に、ズルリと何かが立ち上がる音が混じった。
「れいな・・・流石に効いたわよ・・・。」
首はどす黒く変色し、
唇からは一筋の血が流れ落ちている。
だが・・・美貴は確かに生きていた。

「待ってて。今殺してあげるから。
 ・・・その前に。」
僕を見て、唇の端を吊り上げる。
「・・・少し血をもらわないとね。」

僕はれいなをそっと廊下に横たえた。
冷たいリノリウムの床に、熱い血が広がっていく。
「すぐ戻るから、待ってろ。」
額に張り付いた前髪を、そっと払う。

「に・・・げて・・・」
僕は精一杯の笑顔をれいなに向けた。
「待ってろ。俺が・・・れいなを守る。」
美貴との距離はまだ充分にある。
しかも、美貴は壁に手をついて
やっと立っている状態だ。

121 :ふぁいあーわーくす :04/09/18 23:09
横目でちらりと教室の中を確認する。
扉の近くに見えるスチールの掃除道具入れ。
・・・あそこだ。
美貴を確認する。
・・・今なら大丈夫だ。
ゆっくりとれいなから離れ、
そのまま一気にダッシュする。

教室に飛び込み、乱暴に壊れかけの扉を開ける。
中には短いほうきと、古びたモップ、
歪んだバケツが雑然と入っていた。
僕は何も考えず、一番長いモップをつかむと
廊下へと飛び出した。

「れいなぁ!!」
その名前を叫ぶ。
大丈夫、まだ美貴とは充分な距離がある。
「れいな、すぐに終わらせるから。」
その顔の近くにしゃがみこみ、
自分に言い聞かせるように話しかける。
消え入りそうな呼吸の音。返事は無い。

122 :ふぁいあーわーくす :04/09/18 23:09
美貴は月明かりの下、
ゆっくり、ゆっくりと歩いてくる。
大丈夫、やれる。
しっかりとモップの柄を握り返す。
手のひらはもう、汗でびっしょりと濡れている。

けんかを最後にしたのは・・・中学生のときだった。
あの時は自分より体の小さい奴に
いいように殴られた。
けんかの理由は・・・忘れた。

でも今日は負けない。
そっと振り向く。れいなが弱弱しく横たわっている。
守りたい人がいる。
絶対に負けられない戦いがある。

「うわあああああっ!!」
自分のものとは思えないような雄叫び。
廊下に反響するその声とともに、
僕は真っ直ぐに突っ込んだ。

225 :ふぁいあーわーくす :04/09/20 19:23

美貴は壁に片手をつき、
よどんだ瞳で僕を睨んでいる。
5歩・・・3歩・・・あと一歩!!

図ったほどにぴったりの距離。
僕は勢いを止めることなく、全力でモップを振り下ろす。
狙いは・・・美貴の頭。
もし殺してしまったら・・・一瞬の恐怖と罪悪感が僕を襲う。
だが振り下ろされたモップはもう止まらない。

バキッ!!
乾いた音が廊下に響いた。
そして続くのは、木の棒が跳ねる音。

僕の手に残ったのは短くなったモップの柄だけだった。
美貴は何事も無かったかのように廊下に立っている。
気だるそうに上げられた左腕。
その左腕一本で、僕の渾身の一撃は
あっさりと防がれてしまった。

冷たい瞳を目の前にして、僕は動く事が出来なかった。
美貴は左手を下ろし、そのまま無造作に僕の胸を突き飛ばした。
その一撃は僕の体を
優に教室半分吹き飛ばした。
背中、そして続けて後頭部をしたたかに打ち付ける。
目の前が真っ赤に、続けて真っ黒になる。
そのままもう半回転して、やっと僕の体が止まった。

226 :ふぁいあーわーくす :04/09/20 19:24
キーンという高い耳鳴りが止まらない。
僕のすぐ右手には、れいなが静かに横たわっている。。
「れ・・・い・・・・・・」
手を思い切り伸ばす。
駄目だ、もう・・・届かない。

美貴はゆっくりと、
そして真っ直ぐに僕の元へと向い、
そしてぴたりと立ち止まった。
息は荒く、その顔には血の気が無い。

「・・・手間を・・・かけさせるわね。」
吐き捨てるようにそう言うと、
僕のむなぐらを片手で掴み、そのまま持ち上げた。

「死ぬかと思ったわ・・・。
 全く・・・人間風情が・・・。」
もう、殺される。
全身から力が抜ける。
ごめんれいな、僕はキミを・・・守れなかった。

227 :ふぁいあーわーくす :04/09/20 19:24
締め付けられる首筋。
息が詰まる。
酸素の足りなくなった頭が
クラクラと危険な信号を送ってくる。

大きく息を吸い込むように口を開ける美貴。
二本の凶悪な犬歯が剥き出しになる。
そして・・・そのうしろに、れいなが立っている。
ああ・・・もう幻覚が見える。
でも、最期にキミの顔が見られて良かった。

ドーン!
ひときわ大きな花火の音。
その光に照らされる、僕と、美貴と・・・れいなの姿。
れいなの口が、微かに動く。

さ・よ・な・ら。

そして・・・ほんの、ほんの微かな微笑み。

228 :ふぁいあーわーくす :04/09/20 19:25
美貴が僕の視線の先に気づく。
スローモーションのように振り向く美貴の首筋に、
れいなの血に染まった犬歯が突き刺さった。

「ギャアアアアァァァアッ!!」
この世のものとは思えない絶叫を
爆竹のような花火の音がかき消していく。

美貴は体を振りほどこうとするが、
れいなは離れない。
美貴の腕から力が抜け、
僕は廊下へとへたり込んだ。

美貴はがむしゃらに、体ごとれいなを叩きつける。
壁に、そして床に。
ガラスが飛び散り、ドアが吹っ飛ぶ。
徐々にその力を失いつつも、
その動きを止めない美貴。
そして・・・。

229 :ふぁいあーわーくす :04/09/20 19:25
「グッ!!」
何度目かの体当たり。
コンクリートの壁に跳ねるようにぶつかった美貴は
廊下の窓を突き破り、そのまま夜の空へと飛び出した。
れいなは・・・未だその口を離していない。

「・・・っ!!」
声にならない叫びとともに
全力で伸ばされる僕の右腕。
れいなの表情は乱れた髪に隠れて見えない。
その両手は、力なくだらりとぶら下がっている。
精一杯突き出された僕の指は
虚しく廊下の空を掴んだ。

月の輝く夜空に二人のシルエットが舞い、
そして眼下へと消えていった。

「れいなーー!!」
一人残された廊下に、
僕の叫び声だけが響き渡った。

230 :ふぁいあーわーくす :04/09/20 19:26
エピローグ

ピンポーン。
「あら斉藤さん、こんにちは。」
「すいません、しばらく部屋の方を空けますんで、
 大家さんにご挨拶しておこうと思いまして。」
「まあ、わざわざご丁寧に。
 どこかへご旅行?」
「ええ・・・ちょっと人探しに。」
「・・・?
 ええ、わかったわ。」

「それで・・・人が尋ねてくるかもしれないんです。
 だから、部屋の鍵を開けておいて貰いたいんですが・・・。」
「まあ、物騒じゃない?
 この前、近くの高校でもなんかケンカがあったみたいだし・・・。」
「大丈夫です。取られるものも無いですし。」
「そう・・・わかったわ。」
「すいません、わがまま言っちゃって。
 それじゃ、行ってきます。」

231 :ふぁいあーわーくす :04/09/20 19:26
「そうだ、どなたが尋ねていらっしゃるの?」
「小さな女の子です。僕の・・・大切な。」
「その子をほったらかして旅行?
 しっかり捕まえとかないと、どこかに行っちゃうわよ。」
「そうですね。
 なんか困ってたら、相談に乗ってやってください。」
「わかったわ、任せて。」
「お願いします。
 それでは、失礼します。」

大家さんへのあいさつを済ませ、部屋に戻る。
荷物はもう、まとめてある。
最低限の着替えと、ありったけのお金。
そして・・・渡せなかったプレゼント。

「おかえりなさい。」
一枚の置き手紙をテーブルにのせ、
僕は部屋をあとにした。

おわり



从;TヮT;)<モドル