ELECTRIC PROPHET〜電気仕掛けの預言者〜
400 :名無し募集中。。。 :04/10/25 05:21

〜君にしか見えない、僕がいる〜

もうすぐ年の瀬を迎える12月の東京。寒い。寒さが身に染みる…
「うーっ、寒い、寒い…」
俺はイルミネーションが灯り始めた街を歩いている。歩いているうちに、ある場所に辿り着いた。

「もう1年か…」
俺はある事を思い出して、空を見上げた。空は冬特有の、どんよりと曇った空だった。

401 :名無し募集中。。。 :04/10/25 05:21

俺は名もなきバンドのボーカリスト。バンドと言っても、メンバーは4人しかいない(ドラムがいないのだ)。
小さなライブハウスでライブをしていて、一応CDデビューもしている。
でも、別に売れてる訳じゃないし、人気もそんなにない。

そんな俺たちにもほんの少しだけど追っかけ(今ならヲタって言うのか?)ができて、少しだがファンレターも来始めた。
その中に…いつも送ってくれる人がいる。
「その字はこの間も見たな」
「いつも送ってくれるんだよ」

その字はあまり大きくないし、あまり強い字とはいえないけど、いつも俺たちのところに送ってくれる。
俺は会った事もないが、ありがたいファンである。

「さあ、新曲どうするかね…」
「出せるのか?」
「まあ…多分」

売れてないから新曲出すのも一苦労だ。
レコード会社だって、いつまでも待ってくれるわけじゃない。
「新曲ないと、ライブもできないしな…」

俺たちは溜め息をついた。でも今日はライブがある。
もちろん、俺たちだけで埋まるわけはない。
他のバンドのオープニングアクト、ぶっちゃけた話前座だ。
「はぁ…」
何か憂鬱な気分で、俺たちは会場に向かった。

402 :名無し募集中。。。 :04/10/25 05:22

しかし、ステージに上がれば話は別だ。
常に全力投球して完全燃焼…
と言いたいところだが、客がろくにこちらを見てくれなかったらやる気はなくなるに決まっている。
でも…何人かのファンは見てくれた。そして…その中に、一人の女の子がいた。

よく見ると、いつも俺たちのライブに来てくれている子のようだ。
「あの子、よく見るな」
「ああ」
わざわざ俺たちのライブを毎回見に来てくれる、それは俺たちにとってとても嬉しい事だった。

ライブが終わって通用口から出ると、さっきの女の子が待っていた。出待ちってやつか?なら初体験だ。
「あ…がんばって…ください」
「ああ、ありがとう」
俺はそう言って彼女と握手をした。それが出会いだった…

471 :某スレ執筆中。。。 :04/10/27 02:46

ライブから一週間経った。俺たちは新曲作りを始めていた。
「これ、どうしよう?」
「こんな感じで…いいんじゃない?」

ああでもない、こうでもないと言っている所へ、マネージャーがファンレターを持ってやって来た。
「ほい」
渡されたそれは量こそ少ないが、俺たちにとって嬉しくない筈はない。
「どれどれ…」
早速読んでみると、やはりあった。
「この間のライブ、すごくよかったです。また絶対絶対見に行きますね!!」

どうやらいつもファンレターを送ってくれる子らしい。
差出人のところを見ると、

田中れいな

と書かれている。

「ありがとうございます」
俺はそう呟いて手紙を封筒に戻した。
「あの子から来てたんだ?」
「ああ、いつもありがたいよな」

俺は内心嬉しくて仕方なかった。そして…新曲を再び作り始めた。

472 :名無し募集中。。。 :04/10/27 02:47

それから3日後。
新曲の枠組みはできて、これから歌入れというところだ。でも、何かしっくり来ない。
「何が悪いんだろう…」
メンバーみんなで考え込むが、答えは見つからない。
「どうしようか…」
みんな今の状況がやばいことは分かっている。でも、何かが足りない…
そんな状況のまま話は夜まで続き、煙草の本数だけが増えていった。
「とりあえず、明日にしようぜ。明日また話し合おう」
俺はそう言って場を収めた。
新曲「Your Song」のレコーディングは、明日になった。
そして俺が家に帰って来ると、時計は午前3時を回っていた。

「ふう…」
俺は疲れ果てていた。
疲れ果てたまま眠りに落ちた…だが…俺はその夜、不思議な夢を見た。

473 :名無し募集中。。。 :04/10/27 02:47

「ここは…」
夢の中の俺はある場所に立っていた。
そこで聞こえてくるのは、観衆の大歓声。一体ここはどこだ?
恐る恐る外をのぞいてみると…

「うわっ!」
思わず声を上げてしまった。
そう、ここは武道館だったのだ。
俺たちは今から武道館ライブをやるんだ。 もちろん、単独で。
目の前にはたくさんのファンが俺たちの登場を待っていた。

「さあ、いよいよだ、頑張って来いよ」
マネージャーがそう言って俺に声を掛けた。
「よっしゃ、頑張ろうぜ」
俺にそう言ってくるメンバーたち。
そう…今から俺たちは武道館でライブをやるんだ…

「…よし、行くか!」
俺たちは武道館のステージへ飛び出していった。
客は大歓声で迎えてくれた。
「みんなどうもありがとう!」
俺の武道館でのMC第一声だった。俺の偽らざる本音でもあった。
そして…俺は客席の最前列で見つけた。
いつもの…女の子だ。

「今夜は…思いっきり楽しんでいってください!」
彼女にもはっきり聞こえるように、俺はそう言った。
そしてライブは進んでいく。彼女も大盛り上がりのようだ。
あっという間に時間は過ぎ、最後のMCになった。

「ここまでみんなに支えてもらって、俺たち、ここまで来れました…」
その後が続かない。声を詰まらせてしまったのだ。感情をこらえ切れなかった俺。
「ありがとう…」
何とかそう搾り出すと、俺は顔を上げた。
「最後の曲行きます。ELECTRIC PROPHET」

そして最後の曲が始まった…あの子も見てくれている。
そう思いながら歌っていた…が。
「えっ!?」

俺は声には出さなかったが驚きは隠せなかった。
彼女がいきなり消えたのだった。一体どうなってるんだ?

474 :名無し募集中。。。 :04/10/27 02:47

「うわっ!?」
そこで俺は慌てて飛び起きた…そこは武道館ではなく、俺の部屋のベッドの上だった。
「夢か…変な夢見たなぁ…」

時計を見ると朝の8時だった。
俺は変に目が冴えて、結局それ以上眠れなかった。
「仕方ないか…」
そう思い直して、俺はスタジオに向かった。

車をスタジオの近くで停めると、俺はスタジオに向かって歩いた。と、そこで…
「じゃあ、れいなちゃん、気をつけてね」
そんな声を聞いた。
れいな?まさか…振り返った俺はそこで彼女を見た。
「どうもありがとうた…いや、ありがとうございました」
「いいのよ、博多弁で。じゃあ、またね」
「はい」

彼女が出てきた先は病院だった。
そういえば、スタジオの近くに大きな病院があったっけ…

「あっ…」
俺に気がついたのか、れいなという名の少女はこちらへ寄って来た。

518 :電気仕掛けの預言者 :04/10/28 21:15

「もしかして、カズマさんですか?」
「ああ…そうですけど」

俺はそう言ってサングラスを外した。彼女は驚きを隠せないようだ。
「ど、どうしてこんなところへ?」
「この辺にスタジオがあるんだ。君は…れいなちゃんだっけ?」

俺の言葉に、彼女の目の色が変わった。
「私の事、知っとーと?…じゃなかった、知ってたんですか?」
どうやら彼女はついつい方言の出る癖があるらしい。

「知ってたよ、だっていつもファンレターくれるじゃない?ライブにも来てくれるしね」
彼女の顔が真っ赤になった。
「嬉しいっちゃ…知っとってもらえたんだ…」

そういう彼女は、今日も帽子を被っている。
そう言えば、ライブで見るときも帽子を被っている気がする。

「ねえ、一つ訊いていい?」
「?」
彼女は不思議な目でこちらを見ている。
「その帽子…いつも被ってない?」
「え?あっ…これは…そうファッション、ファッションたい!」
そう言って彼女は笑った。
何か不自然だなと思ったが俺はそれ以上詮索するのをやめにした。

「そっか、今から俺スタジオなんだ…じゃあ、またね」
二人で話しているうちに、スタジオの前まで来ていた。
「はい…ありがとうございます」
れいなちゃんと別れて、俺はスタジオに向かった。

519 :電気仕掛けの預言者 :04/10/28 21:15

「随分遅かったじゃない」
「はは…まあな」
「んで、曲入れてみるか」

あいさつもそこそこに、俺たちはレコーディングを始めた。
「I Love You 君を救うのは 時を越えた僕だけだと〜」
一応歌入れは無事に終わった。
「どう?」
「うーん、まあこんな感じかな…」

その日も夜まで続いた。
俺が家に帰ってくると…また午前2時を回っていた。
「眠れない午前2時、か…」
どこかで聞いたことのある曲のフレーズを口ずさみながら、俺はベッドに飛び込んだ。
その日も俺は夢を見た。

知らない街を俺は歩いていた。
そこの先に見えるのは…今日会った少女。
「れいな…ちゃん?」

見たところ彼女に間違いなかった。
でも…俺が近づいても彼女は微笑をたたえたままだ。
「れいな…」

俺が手を差し伸べた瞬間、彼女の姿はいきなり消えた。
「はっ!?」
そこで目が覚めた。一体なんだったんだ…
「最近疲れてるのかな…俺」
俺はこの日も眠れなかった。何だか嫌な予感がした…

583 :TK−Trap ◆Mb80Xu1HYE :04/10/31 03:44

数日後。T・Dも終わった新曲は無事に完成した。
スタジオに向かうのも今日が最後。
俺はまた車に乗りスタ
ジオへ向かった。そこで…

「あっ」

またしても病院近くでれいなちゃんを見かけた。
いつものように、大きな帽子を被っている。

「やあ」
車の中から声を掛ける。
「あっ…こんにちは」

れいなちゃんはいつものような笑顔だった。
「今日も病院?」
「はい。カズマさんもスタジオですか?」
「うん、ちょっとね」
「れいなも見てみたいっちゃ…」

そう言って彼女は笑った。
その目は輝いている。それを見て、俺はある事を思いついた。

「ねえ、病院終わったら、スタジオ来ない?」
「…いいんですか?」
「いいよ、きっと喜んで迎えるよ、みんな」
「じゃあ、後で行きますね。どうしたらいいと…じゃなかったいいんでしょう?」
「携帯に電話するよ」
俺がそう言うと、れいなちゃんの表情が曇った

584 :TK−Trap ◆Mb80Xu1HYE :04/10/31 03:45

「携帯、持ってないんです…」
「あっ、そうなんだ…じゃあ、俺の携帯にかけてよ」
俺はそう言って携帯の番号を教えてあげた。
「分かりました。じゃ、後で掛けますね」

れいなちゃんはそう言って、俺に手を振ってから病院へ向かった。
俺は手を振り返しながら、車をスタジオのほうへ走らせた…が、その時、頭の中でふと考えた。
「一体どうして毎回病院へ?」

外見は、特に変わったところはないようだ(いつも帽子被ってること以外は)。
でもかなりの頻度で病院に通っている感じだ。
「何か大きな病気なんだろうか…」
そんな事をついつい考えてしまう。
でも…考え違いだよ、きっとな。

「ふう…」
一つ溜め息をついて、俺はスタジオに向かった。
曲は既に出来ていたので後は適当に話すだけだ。

「アルバムどうしよう」
「出せるのか?」
「分かんね」
今のままでは俺たちは自然消滅してしまいそうだった。
何とかしなきゃ…その思いは、みんな持っている。
「どうしたらいいんだ…」
俺がそう考えている時だった。

「カズマ、ちょっと…」
「はい?」
マネージャーに呼び出され、スタジオを出ると…
「来ちゃいました…ヘヘッ」

れいなちゃんが、目の前にいた…

620 :TK−Trap ◆Mb80Xu1HYE :04/11/01 03:00

「ここの場所…分かったの?」
「適当に歩いてたら…何とかなっちゃいました」
「そっか…」

周囲のみんなが「誰だこいつ?」という感じでれいなちゃんを見ている。
知らないスタッフも多いのだ。

「紹介するよ。いつも俺らのライブ見にきてくれてる女の子」
「始めまして…」
れいなちゃんはちょっとびくびくしているみたいだ。まあ、そりゃ無理もないか。

スタジオの中に入ってメンバーに紹介した。
「ああ、君がいつも来てくれる…」
みんな分かったらしい。
それからはいろんな裏話をしたり、歌を歌ったり…

「なんかリクエストある?」
「…じゃあ、タイムマシーンが聞きたいっちゃ…」
と言ったところで、れいなちゃんははっと口を抑えた。
「聞きたい…です」
「はは、いいよ気にしなくて…」
俺はそう言って笑った。

そして歌い始めた。

「さまよう ビルのかげろう…」

626 :電気仕掛けの預言者 :04/11/01 03:47

楽しい時間はあっという間に過ぎた。そして…
「じゃあ、そろそろ帰りますね。お邪魔しました…」
「俺が送っていくよ」
「えっ?」
「せっかくだし…」
「じゃあ、お言葉に甘えて」

俺はれいなちゃんを連れてスタジオを出た。
外はすっかり寒くなってきている。
「あ、私病院に戻らなきゃ…」
「そっか」
「よかったら、一緒に来ます?何にもないけど…」
「じゃあ、行ってみようかな」

れいなちゃんに誘われるまま、俺は病院に入った。やはり大きな総合病院のようだ。
「れいなちゃん!」
看護師さんが彼女の顔を見るや走り寄って来た。
「どこ行ってたの?病室からいきなりいなくなったから心配したのよ」
「すいません…ちょっと」
「この方は…?」
看護師さんが俺の方を見てれいなちゃんに尋ねた。

「ああ、僕はミュージシャンやってるんです」
「あっ、ひょっとしてあなたがれいなちゃんがいつも言っている…」
「そう…みたいですね」

俺がそう言うと、看護師さんはれいなちゃんを病室に帰らせた。
そして…俺にとんでもない事を話し始めた。

627 :電気仕掛けの預言者 :04/11/01 03:48

「れいなちゃん…実は病気なんです」
「…そうだったんですか」

病室云々の話が出ていたからそうだろうとは思ったが、やはり改めて聞くと結構ショックだ。
「それも…かなり重い病気で…助からないかも…しれないんです」
「えっ?」

助からない…?俺は驚きを隠せなかった。
「何の…病気なんですか?」
俺は恐る恐る尋ねた。看護師さんは少し間を置いた。
俺にはそれがとても長く長く感じられた…

「慢性骨髄性白血病、という病気です」
「白血病…ですか…」

628 :電気仕掛けの預言者 :04/11/01 03:48

そう言ったきり、言葉が続かなかった。
まさか、そんな…頭の中を、いろんな思いが駆け巡る…。

また少し空いた間が、永遠にも感じられた。
俺にとって、苦しくて苦しくて仕方のない時間。

「もう、治らないんですか?」
何とか絞り出した声で俺は尋ねた。
「残念ながら…骨髄の適合者が見つかりませんでした。ご両親、親族の方も当たってみたんですが…」

そう話す看護師さんの表情は沈んでいた。
まあ、そりゃそうなるよな…
「今のままだと、彼女は後どれくらい…」
「恐らく、来年の春はもう迎えられないでしょう…」

俺がすべて話す前に看護師さんは答えてくれた。
そんな…嘘だろ?
「れいなちゃん、ホントはもう、髪がないんです。今の髪は実は全部かつらで…」
「だから、いつも帽子を被ってるんですね?」
看護師さんは無言で頷いた。

抗がん剤を打たれると髪が抜けるとは聞いたことがあるが、まさか、そんなにひどいとは…
「入院させなくて、いいんですか?」
「させてますよ。でも…れいなちゃんどうしても出かけたいところあるからって言って聞かないんです。
 きっと、皆さんの事なんでしょうね…」

俺は何も言えなかった。
自分の目頭が熱くなるのを感じていた。
「私がこんな事言うのもなんですけど、れいなちゃん、皆さんの曲聞いていつも歌ってるんです。
 ライブに行きたいって、ずっと言ってて…だから、れいなちゃんのためにも、頑張ってくださいね」
「…ありがとうございます」

看護師さんと別れて、俺は再びスタジオに向かった。
季節はもう冬が近づいてきている。
「来年の春…」

俺たちをいつも応援してくれる子が、目の前から消える…俺はどうする事もできない…
「何でだ…何でだ…」
俺は涙が止まらなかった。
もしこの世に神様がいるなら、とんでもない仕打ちをしてくれるものだ、と思わずにはいられなかった…

25 :電気仕掛けの預言者 :04/11/02 17:21

スタジオに戻る道すがら、俺は必死にいつもの自分を取り戻そうとした。
しかし、出来ない相談だった。

「来年の春はもう…」
看護師さんの言葉が頭の中でリピートし続ける。
何とかしなきゃ…焦る俺。

「おお、お帰り。あれ、どした?」
メンバーには言えなかった、なぜだろう…
「いや、何でもない。ちょっとな。今日はもうお開きにしようぜ」
俺は半ば強引にその場を収めると車に乗り込んだ。
まだ涙が止まらない。

「何が出来るんだ…一体俺に…」
れいなちゃんの体はもう長くない。かといって、俺が治してあげられる訳でもない…
この時ほど自分の無力さを感じた時はなかった。

「クソッ!俺は…」
力任せにハンドルを叩き付けた。
悔しくて仕方なかったのだ。

家に帰ると真っ暗だった。
一人暮らし、おかえりを言ってくれる人もいない。

「ふう…」
俺は何だか物凄く疲れていた。
レコーディングを繰り返したせいか、ちょっとのどが痛い。
「くたびれた…」
 一人で酒を飲もうとしていたときだった。突然、携帯が鳴った…

26 :電気仕掛けの預言者 :04/11/02 17:21

「もしもし?れいなです」
れいなちゃんだった。
携帯を持っていない彼女は病院の電話から掛けているようだ。
「どうしたの?」
「今日は…ありがとう…ございました」
「ううん、どういたしまして」
「あの…訊きました?婦長さんに」
「病気の事かい?」
「はい…」

俺はどう答えていいか迷った。
本当の事を言っていいのか…
「…聞いたよ。酷い病気らしいね…」

結局そうとしか言えなかった。
「すいません、隠してたわけじゃなかと…でも…」
「いや、いいんだ。隠してた訳じゃないのはわかってる」
「…ごめんなさい…」

それっきり話が続かなくなった。マズい、何を言えばいいんだろう…
「こ、今度さ、新曲出るんだ。出たら、持ってくね」
「あ、ありがとう…」

また会話が途切れた。
マズいっちゅーのに…とにかくれいなちゃんを元気付けなきゃ…
「ねえ、また今度遊びに来なよ。今度は事務所、紹介してあげるからさ」
「ありがとう…でもしばらく病室から出られそうもなかと…」

れいなちゃんの声に元気がない。
病室に戻ってから体調が悪くなったらしい。
「先生が、しばらく出ちゃダメだって…」
どうやられいなちゃんは病室に入りっぱなしになってしまったようだ…どうしたらいいんだ…

「分かった。じゃあ時間作って、また会いに行くね」
「ありがとう…ございます」
電話を切った俺は、憂鬱な気持ちになっていた…

27 :電気仕掛けの預言者 :04/11/02 17:21

それからしばらく、れいなちゃんのところへ行けなかった。
仕事が忙しかったからだが。

約1ヶ月経った
11月最後の週。俺たちの新曲「Your Song」が発売された。
「どれくらいイケるかな…」
「さあ…」

みんな自信はないようだ。
まあ出せただけ良しとしないとな…と思っているのかもしれない。

「れいなちゃんどうしてるかな…」
1ヶ月会っていない。しかも病気が病気だけに、治ったとも思えない。
無事ならいいけど…。
「会いに行ってくるか…」

車を走らせ、俺は病院に向かった。
「すいません、田中れいなさんの病室は…」
「どちらさまですか?」
「あ、あの…彼女の知り合いのものですが」

そんな感じの問答が続いて、何とか病室に通された。が…
「すいません、入る前にこちらを…」
そこで俺は全身に風を吹き付けられてから何か着せられた。帽子も被らされた。
「ではどうぞ…」

仰々しい格好で俺が病室に入ると…
「あっ…カズマさん…」
弱々しい表情でベッドに横たわっている、れいなちゃんがいた…ホワイト・ルームの中に…

「れいな…ちゃん…」
1ヶ月前とは別人に見えた。俺はショックを隠せない。
「来て…くれたんだ…ありがとう…」
そう話す声も弱々しい。
髪だけは艶やかだが、これはかつらである事は俺も分かっている。

「大丈夫かい?」
我ながらひどい質問だが、それしか訊けなかった。
「大丈夫たい…来てくれてありがとう…」
れいなちゃんはそう言って微笑んでくれた。
真っ白になった顔が俺の胸を打った…

125 :電気仕掛けの預言者 :04/11/05 22:50

「この間会った時より…相当…悪くなっちゃったみたいだね…ごめんよ」
「いいっちゃ。別にカズマさんのせいじゃなかと」
俺は絶対に彼女の前では泣かないと決めていた。
でも…この姿は耐えられなかった。

「あ、そ、そうだ。新曲出たんだよ。持って来たんだ」
「ありがとう…」
「元気になったら、またライブ来てよ。みんな頑張ってるからさ」
「うん…」
「じゃあ、また来るからね…頑張って」
「ありがとうたい…」

ホワイト・ルームを出た時、俺はもう感情を抑えられなかった。
「なぜだ…なぜだ…」
一体なぜ、彼女の身にこんな事が…日に日に衰弱していく姿を見ても、俺には何もできない…
つくづく自分の無力さを思い知った。

車に乗り込んでも、涙が止まらず俺はしばらく車を発進させられなかった。
外はもうかなり寒い。
「俺には何ができるんだ…」
考えても見つかる訳はない事をひたすら考えていた。
何もできそうもない、でももうきっとれいなちゃんに残された時間は少ない。

「人生って、短いものだな…」
別に年取ったとは思わないけど、何だかそんな事考えずにはいられなかった。
車を走らせていると、街並みを歩くカップルが増えたのを感じる。みんな楽しそうだ。
「いつかはみんな消えてゆく、か…」

センチメンタルな気分を引きずったまま、俺は家に着いた。
涙のせいか、目は見るも無残なほど真っ赤になっていた…

126 :電気仕掛けの預言者 :04/11/05 22:50

その夜。俺は眠れなかった。
うつらうつらしていても、ふとした拍子に目が覚める。
「はぁ…」

酒を飲んでも同じだった。
幸い明日はオフ。一日中家にいてもいい。
「参ったな…」
ようやく眠りに落ちそうになった頃には、空が少しずつ明るくなり始めていた。
そこで俺は夢を見た。

「クレタアイランド 辿り着いた船は…」

どこかから歌が聞こえた。歌っているのは間違いなく俺の声だ。
でも、俺の歌でもなければ、俺の知っている歌でもない。

俺は知らない場所にいた。
そこにれいなちゃんもいた。二人は無言だった。
では…歌はどこから聞こえてくるんだろう?

「もしもすぐに服が 選べるのなら… これから旅に出たいよ君を連れて…」

歌は続いていく。
俺はれいなちゃんと一緒に知らない場所を歩き出した。

「探し続けた The Way To Mind ELECTRIC PROPHET 教えてくれた…」

二人は歩き続けた。ここがどこか分からないままに。

「捜し求める Your Lover 僕以外にはなれないよ 待ちわびた今夜のKiss 時を越えてHello again…」

そこで俺がれいなちゃんを抱き締めた時…突如歌が止んだ。

「はっ!?」
運の悪い事に、俺はそこで目が覚めた。
夢はそこで途切れてしまった。

「変な夢見たなぁ…」
時計を見ると昼だった。
もう、自分でも訳が分からない。最近おかしな夢ばかり見ている。

「起きるか…」
夢の中で流れていた歌が気になりながら、俺は寝床を抜け出した…
そして朝食を取っていると、携帯が鳴った。

「次のアルバム、出せることになったぞ!」
マネージャーからだった。俺は決心した。
「あの夢で流れていた曲を、歌ってみるか…」

158 :電気仕掛けの預言者 :04/11/06 23:23

翌日、俺はメンバーにその事を話した。
れいなちゃんがもう長くない事、俺が最近不思議な夢を見ている事、
そして夢の中で不思議な曲が流れている事…

「お前ひょっとして病気にでもなったんじゃないか?」
みんな心配してくれた。
それはありがたいのだが、俺にも時間がない。
れいなちゃんの生きているうちに曲を完成させたいのだ。

「頼む、みんなの力を貸してくれ」
俺はそう言って頭を下げた。
「そんな頭下げるなよ。みんな仲間じゃん」
みんな分かってくれた。やっぱり、持つべきものは友達だ。

「そうと決まれば急ごうぜ。もしかしたらアルバム出せるかもしれないし」
話はすぐにまとまった。
曲作りが始まった。
ただし…何しろ出所が俺の夢の中なので、頭の中で記憶を巡らせて音を思い出さないといけない。

「ここのキーはこんな感じでいいの?」
「コード進行はこうして、次がこうで…」
すぐにはできる筈もなく、曲と詩作りに一週間もかかった。
そして完成した曲…

「ELECTRIC PROPHET 〜電気仕掛けの預言者〜」

159 :電気仕掛けの預言者 :04/11/06 23:23

早速レコーディングを行って、聞いてみた。
「いい曲じゃん」
「でもちょっと長いかな」
評価はメンバー内でもさまざまだった。

でも…せっかく作ったんだし、使わないのももったいない。
「じゃあ、この曲を次のアルバムに入れることにしよう」
出せるかどうか分からないが、もし出せた時のために曲は作っておきたかった。

「ねえ、『TIMEMACHINE』やってみない?」
「いいねえ」
この曲は俺たちがデビューする前に作った曲で、一度もCD化されていなかった。
「さまよう ビルのかげろう…」

レコーディングが終わった。そして…
「もうクリスマスか…」
曲の入った手作りのCDを持って、俺は車に乗り込んだ。
外はすっかり日が短くなり、もう真っ暗だ。

「今年ももう終わりだな…」
街中を歩くカップルの数も増えた。
そしてそれ以外の人、車の数も増えた。
その中を縫うように俺は自宅へ急いだ。
明日は(何もない)クリスマスだ…

「ただいま〜」
誰もいない部屋に帰ってきた。
いつものように食事を取り、シャワーを浴びてテレビを見ていた…
そこへ、いきなり電話が鳴った…

「もしもし、カズマさんですか?れいなちゃんが…れいなちゃんが…」
「どうかしたんですか!?」
「危篤…なんです…」

俺は言葉を失った。
電話を切って、CDだけ持って車に乗り込んだ。
しかし…道路は渋滞だ。なかなか進めない。

「クソッ!こんなときに…」
何とか病院まで駆けつけた時、家を出て既に1時間が経過していた…

160 :電気仕掛けの預言者 :04/11/06 23:23
俺は走った。
病室のそばまで駆けつけた時…誰かのすすり泣く声が聞こえた。
そこで…俺は悟った。

「間に合わなかったか…」
病室に入ると、そこにはれいなちゃんの両親と、俺に電話をくれた看護師さんがいた。

「…」
言葉が出ない。そして涙も出ない…何故だ…
俺の姿を認めた看護師さんが病室の外へ俺を促した。
「つい10分ほど前に…1ヶ月くらい前に慢性が急性に悪化してしまって…そこかられいなちゃん、一生懸命頑張ったんですけどね…」
「そうだったんですか…」

それ以上何も言えなかった。
俺は自分の無力さに唇を噛み締めた。
ただし涙が出なかった。
俺はこの時、人間は本当に悲しい事があると、涙も出ないくらいになる事もあるという事を知った…

「実は…れいなちゃんにあるものを預かってるんです」
「僕に…ですか?」
看護師さんは黙って頷くと、俺に封筒を手渡した。
中に手紙と他に何かが入っているようだ。

「実は…僕も…渡したかったものがあるんですが…」
俺はそう言ってCDを渡そうとした…しかし、看護師さんは俺に言った。

「れいなちゃんの…お別れ会をしようかという話になってるんです…
 よかったら、そこで歌っていただけませんか?れいなちゃんのお友達もみんな来られますから…」
そう言って看護師さんは再び病室に戻った。
俺は手紙を読み始めた…

161 :電気仕掛けの預言者 :04/11/06 23:24

カズマさんへ
いつも来てくれてありがとうございます。
私…今はこんな感じだけど元気になったらまた絶対ライブ行きますね!
だから…カズマさんもがんばってください!
れいな


162 :電気仕掛けの預言者 :04/11/06 23:24

手紙は短かった。
そして、恐らくは筆力も弱くなったのだろう、文字も弱々しく、ところどころかすれている。
それでもれいなちゃんが自分にわざわざ手紙を書いてくれた事に、俺は感謝せずにはいられなかった。

「これは…」
封筒の中に入っていた物、それはキーホルダーだった。
よく見ると、手紙の最後に小さな字で書かれている。

それは私の持っとるの…一つあげるたい

俺の手に握られたキーホルダー…今となってはれいなちゃんの形見の品…
「ごめんよ…ごめんよ…」
俺は泣いた。涙が止まらなかった…今まで涙が出なかったのが嘘のように…

しばらくして俺は霊安室に向かった。
れいなちゃんの両親には看護師さんが話してくれたらしく、俺と軽く挨拶を交わすと隣の部屋に行ってしまった。

一人で見る、れいなちゃんの亡骸。
まるで眠っているかのように目を閉じている。
その顔は見ようによっては、とても愛おしく思えるほどだ。
でも…もう彼女が目を覚ます事はない…

「さよなら…れいな…」
冷たくなった手を握り、俺は呟いた。
その日、俺にとっては間違いなく人生で最も辛い日だった。

164 :電気仕掛けの預言者 :04/11/06 23:26

3日後。れいなちゃんのお別れ会があった。
既に荼毘は済ませたようで、れいなちゃんの遺影だけが置かれていた。

そこにはれいなちゃんの友達だろう、何人かの同年代の子供たちと、親戚の人たち、
その他れいなちゃんの知り合いだった人たちが集まっていた。

「これより、れいなさんの大好きだったRMNの皆さんによる演奏です…」
司会者にそう言われ、俺たちは演奏を始めた。
メンバーみんな…目頭が熱い。

「クレタアイランド 辿り着いた船は…真夜中のエメラルド ジブラルタルトゥピラレブス…」

声が震えているのは自分でも分かった。
こみ上げてくるものを必死にこらえながら唄った。

「ほんのわずか前 君を迎えに来た…もしもすぐに服が 選べるのなら…これから旅に出たいよ 君を連れて…」

もうその願いも叶う事はない…誰も。

「探し続けたThe Way To Mind Electric Prophet 教えてくれた…」

歌いながら俺は必死に「耐えろ、耐えるんだ…」と言い聞かせていた。
そうしないと崩れ落ちそうだったからだ…

「世界中で 一番の君に 今すぐ贈ろう たとえば昨日 辛いダイアリー 長く長く書いたとしても 
 今夜からの  二人の Long Long Tale とてもとても書ききれないだろう…
 二人には出会う訳がある 電気仕掛けの預言者のメッセージ…」


悲しさを必死にこらえて最後まで歌い上げた。

「君だけが間違いじゃない 君だけが不安だらけじゃない 何もかも頼っておくれ Maybe Ican Control Your Mind…」

歌い終わったとき…俺はこらえる涙をもう抑えられなかった…
「どうも…ありがとう…」

この曲がれいなちゃんへの(俺たちなりの)レクイエムになった。
この曲は後にアルバムに入ったが大して売れる事もなかった。
そして俺たちのバンドは1年後(つまりはこの間)解散した。

「これからどうしようか…」
どうするあてもなく、俺は再び歩き出した。
目の前に見えていた病院が、また小さくなるまでに時間はかからなかった。
バンド時代の切ない思い出の終わりは、雪の降りそうな空だった。


その後、俺はたまたまソロで歌った曲がヒットして、ちょっとだけ有名歌手になった。

165 :電気仕掛けの預言者 :04/11/06 23:27

それから5年後。
俺の元に、新人アイドルのプロデュース依頼が舞い込んだ。
引き受けた俺の前に現れた一人の少女。

「はじめまして、道重さゆみです。さゆみんって…呼んで下さい」
あの時のれいなちゃんによく似た感じの女の子だった。
もっとも歌はどうしようもなく下手だったが…

「じゃあ、こんな曲にしようか…」
デビューシングルはポップな感じに作った。
でも…俺にはどうしても歌ってほしい曲があった。
「カップリングはこれで行くんで、よろしくね」

俺の選んだ曲はあの曲だった…天国へ旅立ったはずのれいなちゃんに、届くと信じて。

(ELECTRIC PROPHET 〜電気仕掛けの預言者〜 終)



(T−T*从 <モドル