Diary
72 :Diary :04/06/29 21:46
Diary
秋の章 〜出会い〜
出逢いは衝撃的だった。
「どいてー!!」
どこからか声が聞こえて、次の瞬間、全身に強い衝撃が走った。
お前は木の葉と一緒に舞い降り・・・、いや、落ちてきた。
「いってぇ〜」
地面に倒れた俺の背中に子供が乗っていた。
「もう!だからどいてって言ったやなかね」
その子供は立ち上がると、パンパンと埃を払っていた。
「なんだと〜」
いきなり人の上に落ちてきといて何言ってやがる。大体どこから落ちてきたんだこいつ?
上を見上げると、街路樹の枝が数本折れていた。まさか、こいつ街路樹に登ってたのか?
で、人の上に落ちてきて、文句言われてるのは俺。なんか腹立つぞ。
俺は勢いよく立ち上がるとその子供の胸倉を思い切り掴んだ。
ん、なんだこの感触?ふにゅって・・・、もしかしてこれ・・・、
"パァン!!"
街中に聞こえたんじゃないかってくらい、派手な音がした。
「スケベ!変態!強姦魔!!」
小学生くらいの男の子だと思ってたが、小柄で華奢な中学生くらいの女の子だった。
それでもまあ、小ぶりだが一応胸はあるんだな。手に残った感触を思い出す。
「あー!またなんかヤラシイこと考えとる」
「バ、バカ、考えてねーよ!」
俺は妄想を振り払って慌てて否定した。
「責任、取ってもらうけんね!」
「責任だぁ?」
「傷物にされたったい」
「だ、誰が!ちょっと胸に手が当たっただけだろ!」
ハッと口を押さえた。大声でなんてことを・・・。
ザワザワと、周囲に人が集まり始めていた。

73 :Diary :04/06/29 21:46
「何、どうしたの?」
「さあ、よく分かんないけど、あの子に悪戯したみたいよ」
「マジで?まだ小学生くらいじゃないの?」
「なんか胸触ったって」
「うわぁ、ロリコン最低」
「ちょっと、警察呼んだほうがいいんじゃない?」
ヒソヒソと、そんな声が聞こえる。
マジかよ・・・。とりあえずこの場を離れないと。
「おいちょっと、」
「ヒック、ヒック。もうお嫁にいけんばい・・・」
おいおい、なに雰囲気出してんだよ?勘弁してくれよ。
「分かった、分かったから。とりあえず歩こう、な?」
女の子を立ち上がらせて、周囲を刺激しないようにゆっくりと歩き出した。
疑いの視線が背中に突き刺さってるのが、見なくてもよく分かる。
あの角、あの角さえ曲がれば・・・。よし、今だ!!
「走れ!!」
女の子の手を掴んだまま、俺は駆け出した。
とにかく人通りの少ないところを目指して必死に走りまくった。
「ちょ、手ぇ離して。痛か!」
「あ、悪ぃ・・・」
気付くと俺は女の子の手を思い切り握ってた。小さくて、ふわふわした温かい手だった。
汗ばんだ手の平を服で拭って、一息ついてから俺は女の子に訊いた。

74 :Diary :04/06/29 21:47
「お前、何のつもりだよ?」
「何のつもりって?」
女の子はキョトンとして訊き返してきた。
「あそこであんなこと言ったら大騒ぎになるに決まってるだろ」
「それは気付かなかったったい」
「お前、ふざけんなよ!」
「傷物にしておいて、ヒドイ・・・」
女の子は顔を抑えて、小さく肩を震わせた。
わわわ、またか。勘弁してくれ!
「分かった、分かったから。頼むから泣くのやめろ」
「じゃあやめる」
女の子はぺロっと舌を出して笑った。
「てめ、」
「わぁぁぁぁん!」
「あーもう勘弁してくれ!俺が悪かった」
「うん」
くそ、コロコロとよく表情の変わるガキだ。
「じゃあな。俺もう行くから、変なこと言ってまわるなよ」
そう言ってから、俺は女の子と別れた・・・・、つもりだった。
女の子と別れてから5分ほど、どうもなんかおかしい。
誰かに見られてるような、後ろに誰かいるような。
ショウウインドウに俺の姿が映ってる。その2.3歩後ろに、さっきの女の子が映っていた。
俺は慌てて振り返った。
「お、お前、何してんだよ!?」
「何って?」
女の子は首をかしげて見せた。

75 :Diary :04/06/29 21:47
「何でここにいるんだよ?まさか行く方向が同じ、とか言うんじゃないだろうな?」
「うん、言わない」
「じゃあ俺の後をつけてきた、ってことか」
「うん」
あっさりとまぁ。何考えてんだこのガキ。ひょっとしてさっきのをネタに俺を強請ろうとか・・・。
「なあ、頼むよ。もう許してくれよ」
「だめ」
な・・・、このガキ、マジで襲うぞ。
「だって、道が分からんたい」
「はぁ?」
「ここどこ?兄ちゃん、いきなり手ぇ掴んで走りまわるけん、迷子になったと」
迷子だぁ?いつの時代の人間だよ。
「お前なぁ」
「こんな見知らぬ街で、どうすればよかと?」
うわ、メチャクチャ不安そうな顔してる。ってことは迷子ってのはマジか。てか、なんだこれ?胸が締め付けられるようなこの感じは・・・。
「しかたねーな。送ってやるよ。お前ん家どこだ?」
「家なんかなか」
「はぁ?」
「兄ちゃん家に泊めて」
はっ?何言ってんだこいつ?まさかこいつ・・・。
「お前、家出か?」
「えへへへ」
女の子は屈託のない笑顔を見せた。俺は女の子の襟首をつかんで
「ほら、警察行くぞ」
「ちょ、ちょっと待たんね!」
「ガキが家出なんかしてんじゃねーよ。お家に帰りなさい」
「やぁー!ちょっと離して!」
「痛ぇ!!」

76 :Diary :04/06/29 21:47
このガキ、引っ掻きやがった。皮が剥けて血が滲んでる。
「絶対、家になんか帰らんけんね」
なんだ?目に涙が溜まってる。そんなに帰りたくないのか?まあどうせつまんない理由だろ。
「駄目だ。子供は家にいるのが一番」
「絶対イヤ!!」
「駄目!」
「帰るくらいなら死んでやる!!」
なんだ?こいつ、家で何があったんだ?
「死んだら兄ちゃんのせいやけんね!」
何言ってんだよ。なんで俺のせい?女の子は泣き顔でギャーギャーとわめき続けてる。
またか・・・。
周囲が騒がしい。あーもう!
「分かったよ。とりあえず来い。また変な疑いかけられたら堪んねーわ」
「ありがとう、兄ちゃん」
ぱぁ、と表情が明るくなった。小生意気なクソガキと思ってたけど、可愛い顔できるんじゃねーか。ちょっと胸がキュンとした。
あ、そーか。さっきの顔、さっきの感じ、捨てられた子犬を見たときの感覚だ。
なんか大変な物を拾ったような気もするけど・・・。
「お前、名前は?」
「れいな」
「苗字は?」
「えへへ」
れいなは笑うだけで答えなかった。答えたくないならいいか。
最初は悪魔のように見えた笑顔だったけど、こうやって見ると天使みたいだな。
「じゃあれいな、いくぞ。こっちだ」
「うん!」
こうして俺たちは出逢い、奇妙な共同生活が始まったんだ。
そのときはまさか、あんなことになるとは思ってもみなかったんだ・・・。

134 :Diary :04/06/30 18:58
 冬の章 〜芽生え〜

年が明けてから2週間、れいなといっしょに暮らし始めてちょうど2ヶ月が経った。
まさかこんなに長くなるとは・・・。
2,3日のうちに飽きて帰るか、捜索願いが出されてすぐに連れて帰られると思ってたのに。
初めの2週間、毎日ドキドキしながらニュースを見てた。
まさか誘拐事件になってたりしやしないだろうか?って。
でも、意外なほど何もない。
1ヶ月も経つと、れいなが居て当たり前、ずっと前から一緒に住んでるような感覚になってた。
「れいな、昼飯食うか?」
6畳2間のボロアパート、大きな声を出す必要も無い。
「ん〜、よか。いま勉強中やけん」
れいなはPCに向かったまま返事をした。
後ろからヒョイっと覗くと、いくつかの数式が目に入った。
「因数分解か、懐かしいな」
れいなは中学校に行っていない。
元々、小学校の無い離島や病気で学校に通えない子供のために
通信教育というものがあるらしい。(れいなに教えられて初めて知った)
一定の成績をあげればちゃんと卒業証書ももらえるし、高校にも行ける。
一度成績表を見せてもらったけど、どうやられいなはなかなか頭がいいらしい。
で、なんで一見健康そうなれいなが通信教育を受けているのか訊ねてみたところ、
「騙くらかしてやったったい」
と返ってきた。
騙したって・・・、そんなんありかよ。

135 :Diary :04/06/30 19:01
勉強が一段落したらしく、れいなは立ち上がって大きく伸びをしていた。
「兄ちゃんは学校行かんでよかと?」
「ああ、俺はもう卒論も出したし、卒業待ち。まあたまにゼミには顔を出すけど」
「ふ〜ん、大学生はよかねぇ」
「まあな。でも自由には責任が伴うんだぞ。
 遊びまくってた奴なんか単位足りなくてもう悲惨。
 卒業できねー!!って泣いてるよ」
「きゃはは。それは悲惨やねぇ。兄ちゃんは卒業したらどうすると?」
「そうだな、就職も決まってないし、しばらくはフリーターかな?
 親父も25くらいまでに就職すりゃいい、って言ってくれてるし」
ホント、いい親父だよ。おかげで今までプレッシャーをかけられることなく、
色々好き放題できた。色々、ね。なのに、
「あ〜、なんかヤラシイこと考えとる」
こいつだよ・・・。邪魔だとは思わないけど、たま〜に居ないでいてくれると、
と思うことがある。だってほら、男って溜まるし・・・、彼女いないしさ・・・・。
「バ、バカ、考えてねーよ!」
「ホントにぃ?」
うわ、ものすごい疑いの目・・・。
「ホントだって」

136 :Diary :04/06/30 19:01
「まぁいっか。じゃあさ、兄ちゃん今日は暇?」
れいなはチョコンと俺の目の前に座った。
「ああ、今日はバイトも無いしな」
「ホントに?じゃあれいなに付き合ってくれんね」
れいなの表情がぱぁ、と明るくなった。悔しいけど、かわいいんだこれが。
「付き合うってどこに?」
「ちょっと服が買いたくて。ね?」
「え〜、面倒くせーよ。お前一人で行って来たら?」
女の買い物って長いし・・・、女物の所ってなんか居づらいし。
「そんな・・・、れいなに一人で行って迷子になってのたれ死ねって言うと?」
れいなの目がウルッときてる。
「わ、分かったよ。付き合えばいいんだろ、付き合えば」
「やったぁ!兄ちゃんありがとー」
はぁ、どうもこいつのコレに弱いんだよなぁ。初めて会ったときの後遺症かな。
れいなの泣き顔を見ると逆らいがたい気分になる。
れいなもそれを知ってて、なんかあるとすぐに泣き真似しやがるし。
「じゃあ準備するけん、兄ちゃん、覗いたらいかんばい」
「だ、誰が覗くか!」
ニヒヒ、と笑ってれいなは襖を閉めた。

137 :Diary :04/06/30 19:02
「やぁ、いっぱい買ったばい」
ああいっぱいな・・・。で、全部俺が持つのかよ。いやお金じゃなくて荷物な。
紙袋6つ。女の買い物が凄いってのは知ってたけど、ここまで豪快な奴ははじめて見た。
かかった時間も豪快だった。1時過ぎに家を出て、今もう6時前。街に出るまでの移動時
間を除いても、たっぷり4時間は連れまわされた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」
深〜いため息が出た。金曜日の夕方、大きな荷物を持って10歳近く違う女の子の後につい
て行く俺って、なんかすごいマヌケだ・・・。
ん、金曜日?
「しまった!!」
「急に大きな声出してどしたと?」
れいなが不思議がって俺の顔を下から覗きこんだ。
「金曜はなぜか6時過ぎると電車が混むんだよ。急げ!!」
俺は荷物を抱えたままドタバタと走った。
「ちょ、待って!急に走らんでって」
れいなが慌てて俺の後を追ってきた。30秒後には俺がれいなの後を追うことになってたけ
ど・・・。
「兄ちゃん、もっと速く走れんと?」
れいなが呆れ顔で言った。荷物持てよテメー!!って口に出すのも億劫なくらい、息が切
れてた。こんなに走ったのは2ヶ月ぶりだよ。

138 :Diary :04/06/30 19:03
駅に着いたのが6時5分。
「あ〜あ、間に合わなかったか・・・」
4番ホーム、上りの普通列車。俺たちの乗るのがコレ。
ホームに下りた時から、あまりの人の多さにウンザリした。
列車が来ればさらにウンザリできる事間違いなし。これは断言できる。
予定時刻より約1分遅れで列車がホームに入ってきた。
なんて言うかもう、唖然。
すし詰めって言うか、養鶏場のニワトリみたい。乗れんのかコレ・・・。
「兄ちゃん、コレ・・・、乗ると?」
れいなが浮かない顔をしてる。
「まあな。乗らなきゃ帰れないし」
「1本、遅らせない?」
「この時間、1本や2本遅らせたところで変わらないよ。たった15分くらいだから我慢しろ」
「・・・・・うん」
れいなは嫌そうな、と言うよりは不安そうな顔をしてた。たしかに、れいなは小さいから
余計につらいだろうな。
「いいか、離れるなよ」
「うん」
"プシューッ"
列車のドアが開いた。人が中から溢れ出し、次の瞬間、一気に中に流入していった。
「うわっ!」
「きゃっ!」
後ろからガンガン押されて、意思とは関係ない方向へと流される。
袖を掴んでたれいなの手が離れた。

139 :Diary :04/06/30 19:03
「れいな!」
人ごみに流されて、あっという間に見失ってしまった。
「しまった・・・、れいな!どこだ!?」
「兄ちゃん!」
あっちか。声は聞こえるけど姿が見えない。どこだ?れいなのやつ、ちっちゃいからなぁ。
人ごみを掻き分けて、声のしたほうに行こうとした時、
"プシューッ"
という音とともにドアが閉まった。途端に車内は動から静へと変化した。
クソ、身動き一つ出来ない。れいなはどこだ?
首を伸ばしてれいなの姿と探したが、どうしても見つからない。
見つからないまま、列車は次の駅に到着した。
ドアが開いて人が流れ始めた。今だ!!
俺は必死にれいなを探した。どこだ、どこだ?
もう時間がない・・・・、いた!!
5mほど先で、左右から押し潰されて苦しそうにしてるれいなの姿を見つけた。
待ってろ、今行くから。
2.3人押しのけてれいなにほんの少し近づいた時、またドアが閉まって身動きが取れなくな
ってしまった。
でも、今度はちゃんとれいなの姿が見える。これで次は動きやすくなったぞ。
次の駅まで7分、その次の、俺たちが降りる駅まで3分。
身体の小さなれいなは、降りる駅になっても人ごみから抜け出せず、降りられないかもし
れない。
その前に捕まえてやらないと。

140 :Diary :04/06/30 19:04
2分ほど、遠目にれいなの姿をずっと見ていた。
ん?なんか様子がおかしいぞ。
れいながしきりにモジモジしている。身体をよじったり、向きを変えようとしたり。
なんだ?どうしたれいな?
れいなの顔がなんかすごくつらそうに見えた。
下唇を噛んで、時おり後ろをチラリと見ては、またすぐにうつむく。
ギュッと目を閉じて、まるで何かを我慢してるような。
ん、なんだ?後ろのオヤジ、わざとらしくそっぽを向いてるけど、チラチラとれいなのこ
と見てる・・・。
まさか!!
視線を下げた。密集状態で分かりにくかったけど、れいなの着てる服を人の隙間から
見つけた。
俺とれいなは正面で向き合ってて、一見何もないように見える。
ガタン、と列車が大きく揺れたとき、一瞬だけ斜めかられいなを見る形になった。
「!!」
れいなの手じゃない、誰かの手がれいなの身体を触っていた。
俺は体中が熱くなるのを感じた。
「ちょっとすみません、通してください」
俺は人ごみを強引に掻き分けて進んだ。
露骨な非難の目が浴びせられたが、そんなもん知ったこっちゃない。
「れいな!」
ようやくれいなの横に辿りついてから、声を掛けた。

141 :Diary :04/06/30 19:04
「兄ちゃん!」
不安でいっぱいだったのが、安堵の表情に変わった。
俺はれいなを抱きしめると、クルッと反転して身体を入れ替えた。
後ろから、
「チッ」
とかすかに舌打ちをする音が聞こえた。
テメー、ふざけんなよ。れいなに何してやがる!
心の中で叫びながら、俺はおもいっきりかかとを跳ね上げた。
「うぎゃぁ!!」
それほど大きくない、しかし腹の底から出たような声が車内に響いた。
オヤジが股間を押さえてうずくまる。
「どうしたんですか?大丈夫ですか?」
俺はわざとらしくオヤジの肩に手を乗せて言った。
「この、」
オヤジが何か言いかけた瞬間、潰してやる、って気持ちで俺はオヤジの肩を掴んだ。
「ひっ」
ビクッと身体を震わせて、それきりオヤジは何も言えなくなった。
次の駅に着くと、オヤジはそそくさと降りていった。

142 :Diary :04/06/30 19:05
駅を出ると、外はすっかり暗くなっていた、
吐く息が街頭に照らされてはっきりと白く浮かび上がる。
なんとなく、声を掛けづらかった。
やっぱショックなんだろうなぁ。
何話していいのかわかんねーよ。
とりあえず何か話さないと・・・・。
「あ、あのオヤジの叫び声聞いたか?うぎゃぁ、だってよ。カエルが潰れたのかと思ったぜ」
ハハ、と俺はわざとらしく笑った。
「・・・・・」
れいなは無言だった。
しまった。なんで俺わざわざ思い出させるようなこと言ってんだ。
「あ〜、あれだ。今日買った服着て、今度どっか行こうか。どこがいい?」
「・・・・・」
れいなは相変わらず押し黙ったまま、ずっと俺の横を歩いてる。
「あ、あの服かわいかったな。あの赤いやつ。あれ着て見せてくれよ、な」
俺が必死に話しかけてると、れいながピタっとその場に立ち止まった。
「れいな?」
「・・・・・」
「れいな、どうした?」
ポン、と肩に手を乗せて驚いた。小さな身体が小刻みに震えてる。
かがんで、れいなの顔を覗きこむ。どしゃ降り寸前だった。
「れいな・・・」
俺の言葉がきっかけだったのかは分からないけど、雨は降り出した。

143 :Diary :04/06/30 19:05
「ふえぇぇぇぇ」
大粒の涙がれいなの目からとめどなく流れ落ちる。
俺は何も言えなかった。黙って、ただれいなに胸を貸した。
「怖かったよぉ・・・・」
俺の胸の中で、小さな肩を震わせてれいなが泣きじゃくる。
そういえば、女の子にとって痴漢は怖いものだって聞いたことがある。
いつも勝気なれいなも、やっぱり女の子なんだなって思うと、堪らなく愛おしくなった。
俺はれいなをそっと包んでやった。
大丈夫、俺が守ってやるから。そう心に誓った。
言葉に出しては言わなかったけど、れいなにも伝わったのかな?
れいなの震えが治まっていた。
「兄ちゃん」
「ん?」
「助けてくれてありがとう」
鼻声でそう言うと、れいなは突然俺の前に顔を寄せて・・・、
「な、お、おい」
チュっと頬にキスをした。
「さっきのお礼!」
俺から離れると、れいなは照れくさそうにぱたぱたと先へ走っていった。
妹ってのは、あんな感じなんだろうな。
「おい、ちょっと待てよ」
俺は荷物を持ち直して走り出した。もう絶対にれいなを見失わないようにって。

俺、あの時の誓いは守れたのかな・・・?

547 :Diary :04/07/03 21:47
春の章 〜帰り道〜
「ひっく、ひっく」
「泣くなよれいな」
「だってぇ・・・」
れいながさっきからずっと泣きやまない。いや、俺が泣かしたわけじゃない。ドラマを見
て、だ。
なんでこんなので泣けるのか、正直、不思議で仕方ない。
どんなドラマかって言うと、人間の女性を愛した雪ダルマが人間の姿で女性と恋愛して、
春になって溶けて消える、って話。今ちょうど最終回のラストシーンやってるところ。
今時、子供向けの絵本だってこんな陳腐なものはないぜ?
近頃の中学生はよく分かんね。小生意気で、妙にマセてると思ったらこんなドラマで泣く
ほど純粋だし。それとも、れいなが特別なのかな?
「うぅ、感動したばい」
ドラマが終わって、涙を拭きながられいなは言った。
「どこがいいのかねぇ・・・」
うっかり声に出してしまったのがまずかった。
「兄ちゃん!」
「は、はい」
れいながすごい目をして睨んでる。そ、そんなに怒らなくても・・・。
「兄ちゃんには分からんと?」
な、何がですか?とは恐ろしくて言えない。
「溶けるって分かってても好きな人のそばにいたいって思う気持ちが、兄ちゃんには分からんとね!?」
い、いや、そりゃ分からんでもないけどさ、ドラマでやるほどの内容か、と。
「このオニ!冷血漢!」
そこまで言うか・・・。

548 :Diary :04/07/03 21:48
「れいながおらんくなっても、きっと平然としとるんばい」
いや、そんなことないと思うけど・・・。って、よく考えると、れいなって不思議なやつ
だよな。うちに来てからもう5ヶ月近くになるけど、いつまで経っても帰る様子もなく、
誰かが探しに来る様子もない。
れいな、お前はいったいどこから来たんだ?
口に出すと消えてしまいそうで、その疑問は胸にしまったままだ。
今はこうしてれいながそばにいるだけで、それだけでいい。
「兄ちゃん?」
「ん?」
れいなが心配そうな目で俺を見ている。
「どしたと?どっか悪いと?」
俺、今どんな顔してだんだろう?
「いや」
言いながら、俺はれいなの頭をクシャクシャと撫でた。
「れいな、明日一緒にどっか出かけるか?」
「ホントに?よかと?」
「ああ。バイトもないし、買い物でも何でも付き合ってやるぞ」
「やったー!れいなね、春物の服買いたかったと」
れいな、すごく喜んでた。これだけ喜ばれると俺も嬉しくなる。
「引きずりまわしちゃるけんね。覚悟しといてね」
ニヒヒ、とれいなが悪戯っぽく笑う。
これはまずいこと言ったかな、と内心冷や汗を掻きながら、俺はれいなに合わせてハハッ
と笑った。

549 :Diary :04/07/03 21:48
「ちょ、ちょっと待ってくれ。れいな、休憩しよう休憩。な?」
「はぁ、なんゆーとーと?まだぜんぜん買い物終わってなかよ」
まだまだって、冗談だろ?もう3時間も買い物してるんだぞ?時間かかりすぎだ、って文
句言いたいけど、とりあえず今はれいなのご機嫌を取らないと。
「だから、な。先は長いんだし、休憩しようぜ」
「時間がもったいなか。ほら、行くばい」
と言って、れいなはさっさと先に進む。勝手に行け、ってれいなの背中に向かって呟いた。
昼間っからずっと歩き回らされて、荷物持たされて、休憩もさせてもらえないなんて。
うう、俺ってなんて可哀相なんだ。
「ほらぁ、兄ちゃん、なんしようと!?」
先を行っていたれいなが戻ってきた。
そんなこと言ったって、もう歩きたくねーんだもん。
「もう、しかたなかねぇ。ちょっとだけやけんね」
やった!女王様のお許しが出た。俺はすぐに辺りを見回して、小さなカフェを見つけた。
この上、休憩するところまで探し回られちゃかなわん。
「あそこ、あそこにしよう。な」
「どこでもよか」
れいなはムスッとして、そう言った。
しかしこいつ、こんな小さな身体のどこにこんな体力があるんだ?
それとも、俺の体力がないのか・・・。ちょっと情けない気分になりながらカフェに入
った。

551 :Diary :04/07/03 21:48
「はぁ」
コップの水を一気に飲み干すと、大きく息をついた。このままテーブルに突っ伏したい気
分だ。
「もぉ、兄ちゃんだらしなか」
れいなが呆れ顔で俺を見てる。
「お前の買い物が長すぎるんだよ」
「知ってて付き合ってやるって言ったの兄ちゃんばい?」
うっ、そりゃそうだけどさ。やっぱりちょっと後悔・・・。
「もうちょっとやけん、ね。我慢して」
「もうちょっとって?」
「2時間くらい」
一瞬喜んだ俺がバカだった・・・。
「もぉ、兄ちゃん、れいなと一緒に歩けて楽しいとか思わんと?」
い、いやそりゃ楽しいけど、もうちょっと手加減してくれるとなおいいって言うか・・・。
「れいな、すごく楽しみにしとったのに・・・」
あ、やばい。れいな泣きそう。
「楽しい!楽しいよ。もうこ〜のくらい楽しい」
俺は両手を大きく広げて言った。れいなのやつ、聞いてねーでやんの・・・。
れいなは窓際の席のほうをジッと見てた。
カップルがベタベタしてる。おいおい、お前らちょっとは遠慮しろっつーの。
あ、れいなが羨ましそうな目で見てるよ。まさか・・・。

552 :Diary :04/07/03 21:48
「ねぇ兄ちゃん」
「却下」
「まだ何にも言ってなか」
「言わなくても分かるよ。あんなふうにしたいんだろ?」
「だめ?」
「だめ」
「ケチ」
そう言ってから、れいなはもう一度カップルのほうに目をやった。
「ねぇ兄ちゃん」
「今度は何だよ?」
「れいなたちも恋人同士に見えるかなぁ?」
「見えねーよ。どう見ても兄妹にしか見えない」
「もうよか」
れいなはぷぅっと頬を膨らませた。
「休憩終わり。行くばい」
「お、おい、もうかよ。まだ全部飲んでねーよ」
「もう十分休んだっちゃろ?」
たく、ちょっと思い通りにならないとこれだよ。ハイハイ分かりましたよ。
俺は半分ほど残っていたコーヒーを一気に飲み干すと、先に席を立っていたれいなの後を
追いかけた。

553 :Diary :04/07/03 21:49
「おいれいな待てよ」
支払いを済ませてから、荷物を両手に抱えてバタバタとれいなを追いかける。
「そんなに怒るなよ」
「別に怒ってなか」
背中を向けたままそっけなくれいなが言う。
「怒ってんじゃん」
「怒ってないって言っとーと!」
うわ、めちゃくちゃ怒ってる。しかたないな・・・。
「なぁ機嫌なおせよ、服1着買ってやるからさぁ」
「そんなもんで釣られるほど子供じゃなか」
「分かった、2着。2着買ってやるから」
「ホント!?」
クルッとれいなが振り返った。満面の笑みを浮かべてる。
「うれしかぁ〜。何を買ってもらおうかな?」
な、こいつ・・・。やられた。
「2着買ってもらうけんね。嘘ついたら許さんばい」
ニヒヒ、と例の如く笑った。
くそ。まあバイト代入ったばっかだからいいか。
ただ、あちこち連れまわされるのはマジ勘弁・・・。頼むから早く決めてくれよぉ。
そんな俺の思いが伝わったのか、思ったよりずっと早くれいなの買い物は終わった。
と言っても1時間かかったけど。
「兄ちゃんありがとー」
「ああいいよいいよ」
「れいな大切に着るばい」
れいな、めちゃくちゃ嬉しそうだな。そんなに欲しかったのかあの服。
「兄ちゃんから初めてプレゼント貰ったったい」
ああなるほど、そういうことか。俺って鈍いな。しかし服くらいでこんなに喜ぶとは。も
っと早く買ってあげればよかったかな?

554 :Diary :04/07/03 21:50
「あ!」
「どうした?」
「ちょっと買い忘れた物があるけん、ちょっと待ってて」
「おいおい、また今度にしようぜ」
さすがにこれ以上は勘弁だよ・・・。
「すぐ戻ってくるけん、ね?」
「分かったよ。じゃあここで待ってるから」
「うん」
そう言うと、れいなはパタパタと走っていった。
5分ほどして、れいなが小走りに戻ってきた。小脇に紙袋を抱えている。本?かな。
「おまたせ」
「ああ、何買ってきたんだ?」
えへへ、とれいなは笑っただけだった。
まぁいいか。俺はれいなが言おうとしない事は無理に訊かないことにしてる。男には言え
ないこともあるだろうし、それが女の子と暮らす時の礼儀かな、と。
「じゃあ帰るか」
「うん」

555 :Diary :04/07/03 21:50
駅に着くと、思った以上に構内が混雑していた。
「うわぁ、なんだよこれ?」
放送によると、どうやら事故があって列車が遅れてるらしい。そのため、駅の中はぎっし
りと人が詰まってる。
「・・・・」
れいなはずっと無言だった。
れいなはどうも人ごみが苦手、と言うより怖がっているようだ。以前、満員電車に乗るの
をためらっていたのも、人ごみに入りたくなかったからだろう。
それ以来、俺はれいなといる時はなるべく人ごみを避けるようにしてる。また前みたいな
ことがあったら嫌だし。
れいなが人ごみを怖がる理由は俺には分からない。
理由を知りたいとは思うんだけど、なんか傷口に触れてしまいそうで訊けずにいる。
よく考えると、俺はれいなのこと何にも知らないんだなぁ。
「タクシー、使おうか」
「そんな、もったいなか」
「でも・・・。じゃあ、どうする?」
「歩こう」
「はぁ?」
おいおい、歩くだって?なんちゅう提案を・・・。

556 :Diary :04/07/03 21:51
「いや?」
いや?って言われてもなぁ。まあ、そんなに嫌じゃない。歩いてもどうせ1時間足らずだ
し。まあいいか。
「よし、歩こう」
「うん」
れいなは俺の手から荷物を半分取ると、家の方向に歩き出した。
その後をゆっくりと歩く俺。
れいなの元気な背中を見てると、なんか力が湧いてくるような気がする。
連れまわされて疲れてるはずなんだけどな。
れいなってホント、不思議なやつ。
「れいな」
「ん?」
「いや・・・、さっき何買ったのかな?って」
「ん、これ?」
れいなはガサゴソと紙袋から中身を取り出した。
日記?
「これ、兄ちゃんにプレゼント」
はぁ?俺に日記を書け、と?

557 :Diary :04/07/03 21:51
「俺、日記なんか書かないぞ」
「違う違う」
れいなは笑って否定した。違うって、じゃあなんなんだ?
「これは、れいなと兄ちゃん、二人の日記」
「そう。二人でその日あったことを書くと」
あぁ、なるほど。それはちょっと面白いかも。
「でしょ。今日から、二人の思い出をいっぱい書くんだよ」
そう言うと、れいなは腕を組んできた。
「お、おい、ちょっと」
「恥ずかしがらんでもよか」
「そうじゃなくて」
まぁいいか。こうしてれいなと腕を組んでるのも悪い気しないし。
「あ、兄ちゃん、あれ」
れいなが空に向かって指を差した。
「わぁ」
思わず声が出た。空に浮かぶ、真っ赤な夕日。
どこか懐かしくて、優しい夕焼けが空に広がっていた。
「綺麗かねぇ」
れいなもぽ〜っとして夕日を見ている。
「あぁ・・・」
なんとなく、二人は立ち止まって、しばらく沈んでいく夕日を眺めていた。

あの日、お前といっしょに見た夕日を、俺は一生忘れないよ・・・。

680 :Diary :04/07/04 23:12
夏の章 〜夢幻〜
「れいな、お前また痩せたか?」
「あ、分かった?嬉しかぁ〜」
いや、褒めてるわけじゃないんだけど。
元々男の子みたいな体つきしてたけど、それでも以前は女の子らしい丸みがあった。
でも今は、なんか心配になるほど痩せてる。
夏に入ってから、れいなはしばしば発熱するようになった。
「暑さに弱かと」
れいなはそう言ってたけど、俺はどうもそれだけじゃないような気がしてならなかった。
「お前、1回病院に行ったほうがいいんじゃないか?」
「医者は好かん」
いや好きとかそんなんじゃなくってだな。
「そんなことよりほら、これ可愛くない?」
子猫のぬいぐるみを俺の目の前に掲げて見せた。また話を逸らす・・・。
とは言っても、れいなが嫌がるのを無理に行かせようとは出来ない俺だった。
これじゃいけないのかもしれないけど。

681 :Diary :04/07/04 23:13
「それにしてもまぁ・・・」
部屋を見渡して、小さくため息が漏れる。以前と比べて、にぎやかな部屋になったもんだ。
れいなの買ってきたぬいぐるみや小物が部屋のあちこちに置いてある。
正直、狭いんだが・・・。
「なんか文句あると?」
れいながジロリと睨む。
「い、いや、ないです!」
「よろしい。じゃあご飯作るね」
そう言ってれいなは立ち上がった。
「おっと・・・」
フラリとれいなの身体が揺れた。
「おい!」
倒れる寸前、俺はれいなの身体を支えた。
「大丈夫か?お前また熱があるんじゃないのか?」
「だいじょーぶだいじょーぶ」
れいなは強がって笑ったが、どうも顔色がよくない。
「飯は俺が作るから、お前は休んでろ。な?」
「じゃあお言葉に甘えようかな」
俺はれいなを座らせると、台所に行って晩飯の準備を始めた。

682 :Diary :04/07/04 23:13
その日の夜、れいなはまた発熱した。40℃を超す、今までにない高熱だった。
「れいな?大丈夫か?」
「はぁはぁ。に、いちゃ、ん。くるし・・・」
「すぐに医者呼ぶから」
「医者・・・、いや・・・」
れいなが小さく首を振る。
「いやとか言ってる場合じゃないだろ」
「い、やぁ・・・」
なんつー目をしてるんだよ・・・。なんでそんなに医者が嫌なんだ?
そんなに苦しそうにして、早く楽になりたいだろうに。
「医者・・・、呼ばないで・・・」
逆らいがたい、逆らえない、れいなの声だった。
「―――――――っ!」
くそっ、分かったよ。医者は呼ばない。俺が治してやる。
俺は固く絞ったタオルをれいなの額に置いた。
「はぁ、にい、ちゃ・・・、気持ちいい・・・」
それから三日三晩、れいなは寝込んだ。
そして4日目の朝・・・。

683 :Diary :04/07/04 23:15
「兄ちゃん。兄ちゃん、起きんね」
「ん・・・・」
身体をゆすられて俺は目を覚ました。なんか体の節々が痛い。
畳の上?なんで俺こんなところで寝てるんだ?
・・・・・そうだ!れいなは?
俺はガバッと起き上がって脇の布団に目をやった。いない?
「兄ちゃん、どこ見とると?こっちこっち」
声のするほうへ身体を向き直す。
足?上に目線をスライドさせていく。細い胴の上にれいなの顔があった。
「れいな、もういいのか?」
「うん」
れいなが笑顔でうなずく。血色がよくて張りがあって、ホント、健康そのものの顔だった。
でも、なぜかれいなの肌が透けて見えるのは俺の気のせいだろうか?
「兄ちゃん、ありがとう」
れいながほんの少し首を傾けて言う。俺は何も言わずにれいなをそっと抱きしめた。
「兄ちゃん、苦しか」
「元気になってよかった」
「ん・・・・」
「お前、もう起きてこれないんじゃないかって思って・・・」
俺は腕に力を入れて、れいなを強く、強く抱いた。
「お前がいなくなったら俺・・・」
「ん〜」
「お前が大事なんだって分かって・・・」
「む〜」
「よかった・・・。ホントによかった」
「もう!」
いきなり俺はれいなに突き飛ばされて仰向けに倒れた。

685 :Diary :04/07/04 23:16
「な・・・・」
ぽか〜んとして、そのままの体勢でれいなを見上げた。
「いい加減にせんね!せっかくよくなったのに窒息死させる気?」
「わ、悪い・・・」
れいな、かなり怒ってる・・・。ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。
ホントに、ただれいなが元気になったことが嬉しくて・・・。
「ごめん・・・・」
「もう、なんで謝ると?兄ちゃんはれいなのこと看病してくれたんばい?」
「でも・・・・」
「デモもストもなか!」
お前、なんでそんな古い言い回し知ってんだよ・・・。思わず心の中で突っ込んだ。
「・・・・兄ちゃん」
今までと違う、れいなの真面目な声だった。
「ん?」
「れいなのこと、好き?」
俺は立ち上がりながら、
「ああ、好きだよ」
そう答えた。
「そうじゃなくて、」
れいなの不安そうな顔が目に入った。
「分かってるよ」
俺はれいなの肩に両手を乗せて、れいなの瞳をジッと見つめた。
「俺はれいなのことを愛してる」
「ホントに?」
「ああ。お前が熱にうなされてる時、絶対失いたくないって思った。お前がいない世界なんて考えられない」
一瞬の間をおいて、れいなの目からぽろぽろと大粒の涙が流れた始めた。

686 :Diary :04/07/04 23:17
「泣くなよ・・・」
俺はれいなの小さな身体を抱き寄せた。
「だってぇ・・・」
「れいなの笑顔が好きなんだよ」
「うん・・・・」
れいなは俺のシャツで顔を拭うと、こぼれるような笑顔で俺を見上げた。
「えへへ」
「うん、それでこそれいなだ」
俺が合わせて笑うと、れいなが俺の首に腕をまわしてきた。
「兄ちゃん・・・」
「ん・・・」
俺は少しかがんで、れいなは少し背伸びして、そうして二人の唇は重なり合った。
俺はれいなの身体をそっと抱きしめた。
一度顔を離して、目でお互いの気持ちを確認すると、今度は強く唇を求め合った。
「ん・・・、ふっ・・・」
息継ぎがうまくできず、時おりれいなが苦しそうに喘ぐ。
れいな、れいな、れいな。
喋らなくても、顔を見なくても、唇かられいなの気持ちが伝わってくる。
きっと、俺の気持ちもれいなに届いていると思う。
れいな、好きだよ。
ずっと、このままでいられたら・・・。
永遠とも思える数分間の後、二人は唇を離した。
れいなが恥ずかしそうに笑う。
俺もれいなに釣られて口の端を引き上げた。

687 :Diary :04/07/04 23:17
「兄ちゃん、あのね・・・」
れいなが俺の耳元に顔を寄せた。
「-------------」
俺は顔を起こしてれいなを見返した。
「いいのか?」
顔を真っ赤にしたれいなが小さくうなずく。
れいな・・・。
俺はれいなの小さな身体を抱きかかえると、そっと布団の上に下ろした。
「ホントにいいのか?」
もう一度、俺は確認した。
「ぅん・・・・」
と、れいなの消え入るような声が俺の耳にかすかに聞こえた。
カーテンの隙間から差し込む朝日の中で、二人は身体を重ねた。
そして・・・。

688 :Diary :04/07/04 23:18
「う、ん・・・」
目が覚めたのは夕方だった。眠い目を擦りながら部屋の中を見渡して、俺は慄然とした。
れいながいない。
それだけじゃない。れいなの買ってきたぬいぐるみも、小物も、何もかもが無くなっている。
「なんだよこれ・・・」
押入れの中のタンスを開ける。れいなのために空けたはずの場所に、俺の服が入っている。
洗面所に行くと、鏡の前のコップに青い歯ブラシがぽつんとささっている。
流しを見ると、れいなとお揃いで買ったはずのマグカップが、どこにも見当たらない。
すべてが、れいなと出会う前の状態になっていた。
全部、夢だったって言うのか?
あの感触が、あの温もりが、あの思い出が、全部夢の中の出来事だって言うのか?
そんなバカな!
一体どこからが夢だって言うんだ?
れいなが家に来てからの約10ヶ月、全てが夢?
れいなは俺の夢の中でしか存在しない?
嘘だ嘘だ嘘だ!!
今朝、れいなは確かにここにいたじゃないか。
そしてお互いの気持ちを確認して、それから・・・。

689 :Diary :04/07/04 23:19
ふいに目の前がかすんだ。なんだよ、クソ!
右手で目の辺りををこすると、しっとりと濡れた。
涙が溢れ出てた。あのれいなが夢だったなんて認めたくない。
でも、れいながいたという証を見つけられずにいる。
本当は夢だって気付いてるんじゃないのか?
心の中でそう囁く声が聞こえる。
1時間、部屋中をひっくり返して、それでもれいなの匂いすら見つけることが出来なかった。
夢、だったのか・・・。
二人で見たドラマ、二人で出かけた街、夕暮れの帰り道、あの時の夕日・・・。二人の思い出すべてが夢・・・・。
思い出・・・・、日記!!
そうだ、二人の思い出を書き綴ったあの日記。
たしか机の引き出しに入れていたはず。俺は机に駆け寄り、引き出しに手をかけた。
開けようとして、手が動かなくなった。
もしこの中に日記がなかったら・・・。そう思うと、怖くて開けられない。
心臓がドクンドクンと大きな音を立てている。
絶対に、夢なんかじゃない!
俺は心の中で大きく叫んで、机の引き出しを一気に開けた。
「!!」

690 :Diary :04/07/04 23:22
日記は・・・・・、あった。
日記を手に取ると、気が抜けて俺は膝から崩れ落ちた。
座ったまま、俺はパラパラと日記のページをめくった。
二人の思い出が綴られていた。夢なんかじゃなかった。れいなは確かにここにいたんだ。
でも、そうするとれいなはどこへ?その疑問の答えは、日記の一番新しいページにあった。



Dear兄ちゃん

 突然のいなくなってビックリしてるんじゃないかな?ごめんね。どうしても帰らんとい
けんくなって。顔をあわせると別れが辛くなるので、兄ちゃんが寝てるうちに家を出ます。
この10ヶ月間、すごく楽しかったよ。嫌な事もあったけど、でも、その何十倍も楽しい事
があった。全部書きたいけど、ページ足りなくなっちゃうから省くね。ただ一つ、最後の
日に、兄ちゃんと結ばれる事が出来て、れいなは本当に幸せだったよ。
 書きたいこと、いっぱいあるんだけどなぁ・・・。キリがないのでこの辺でペンを置きます。
それじゃあお身体に気をつけて。バイバイ、大好きな兄ちゃん。

                                      Fromれいな

691 :Diary :04/07/04 23:22
ポタポタと日記の上に水滴が落ちては紙に吸い込まれていった。
涙が溢れて止まらなかった。
なぜ帰らなければならないのか、理由は分からなかった。
だけど、れいながもうここには戻ってこない、ということだけは理解できた。

夏の終わり、れいなは俺の前から姿を消した。

782 :Diary :04/07/05 21:22
最終章 〜永遠〜

れいなが俺の前から姿を消してから、1年以上の月日が経った。
その間、俺は就職してフリーター生活に終止符を打った。
でも、相変わらず俺はあのボロアパートに住んでいる。
れいなとの生活が忘れられなかったって言うのもあるけど、
もしかしたられいなが帰ってくるんじゃないかって。
そう考えると、どうしてもここを離れる気にはなれなかった。
この1年、俺はれいなを探し続けた。でも、手がかり一つ掴む事が出来なかった。
今更ながらに、れいなのことを何一つ知らなかったのだと思い知らされた。
れいな、お前は今どこにいるんだ?

783 :Diary :04/07/05 21:23
いや、もしかしたられいなはもう・・・。
あの日、高熱にうなされていたお前が嘘のように健康に見えたのは、
もしかしたら最後の瞬きだったんじゃないだろうか?
今にして思うと、あの雪ダルマの話、俺が陳腐だと笑い飛ばしたあの話に、
れいなは自分自身を重ねてたんじゃないか?
俺は机の中からあの日記を取り出した。
日記の中の時間は、れいなのいなくなったあの日で止まっている。
最初のページから順にゆっくりと読む。当時は忘れていた事も、今でははっきりと思い出せる。
何でもない日常を書き綴った1ページ1ページに、溢れるような想いが詰まっていた。
ところどころ、紙がふやけて文字が滲んだ跡が残っている。
これを見ながら何度泣いた事だろう。
二人でいた時間がどれほど貴重なモノだったのか、失って初めて気付いた。

784 :Diary :04/07/05 21:23
俺は二人の出逢ったあの木の下へ向かっていた。
もしかしたられいなに逢えるんじゃないかって、幾度となく通った。
いつしか、毎月、れいなと出逢った日はあの木の下に行くのが習慣になっていた。
うん、なんだ?
あの木の周りを、作業服を着た5・6人の男が取り囲んでいた。
工事でもするのかな?
俺は近づいていって、男の中の一人に声を掛けた。
「あの・・・」
「あん?」
40歳くらい?の男が、ジロリと不機嫌そうな目を俺に向けた。
「あの、この木がどうかしたんですか?」
「ああ、この木な、切り倒して新しく植え替えるんだとよ」

786 :Diary :04/07/05 21:25
「えっ?またどうして」
「上、見てみな。枝が古くなってもうボロボロだろ?」
確かに男の言うとおりボロボロで、今にも折れて落ちてきそうだ。
「危ないから切るんだと。ほら、危ないから下がってな」
男に言われて、3歩ほど後ろに下がった。
俺は改めて木を見上げた。葉は色褪せて、幹や枝がボロボロになってる。
あの時はこんなんじゃなかったのにな・・・。
れいなと初めて出逢った時のこと、今でもはっきりと覚えている。
でも、いつかその記憶もこの木のように古くなって、新しいモノに植え替えられる日が来るのだろうか?

"ギュイーン!!"

とチェーンソーが高く声を上げた。俺はこの木が切り倒されるのを見たくなくて背を向けた。
ガリガリ、とチェーンソーが幹にぶつかる音が背中越しに聞こえた。
俺にはそれが悲鳴のように聞こえて、逃げるようにその場から走り去った。

787 :Diary :04/07/05 21:26
「ただいま」
ドアを閉めてから、ハッと口を押さえた。
誰もいないのにな・・・。
ふっ、と自嘲気味に笑った。
れいなと暮らしていた1年足らずで、俺の生活や習慣は良くも悪くも変化した。
自炊なんか全然出来なかったのにな。
今じゃ名人とまでは言わないけど、十分他人に食わせられる物を作れるようになった。
れいなのやつが、出来もしないくせに作ろうとするもんだから・・・。
部屋の中も、いつも綺麗に片付いてる。下手に散らかすと、
れいなが片付けようとして余計にひどいことになってたからな・・・。
ただ、逆にやらなくなったこともある。郵便物のチェックなんかがそう。
朝起きると、いつもれいなが分けておいていてくれたので、俺はしなくなった。
今では一週間前に届いたものが郵便受けに入ったままになってたりする。
今だってそうだ。久しぶりに郵便受けを開けると、ドサッて音と一緒に、
ありえないくらいの量の封筒や手紙が落ちてきた。
これ、どうやって入ってたんだ?
全部拾い上げてから、テーブルの上に置いて適当に目を通す。
何枚かの請求書を除けば、ほとんどが広告だった。
それらを開けないまま、ゴミ箱に放り込む。

いつも、いつまでも変わらない毎日。
れいなと過ごした日々の記憶に浸りながら、今日も日は暮れてゆく。
そんなある日、俺のもとに一通の手紙が届いた。

917 :Diary :04/07/06 23:47
親父からの手紙だった。内容はたったの2行。
11月10・11日の2日間、こっちに出て来るから部屋に留めてくれ、と、ただそれだけ。
たったこれだけのこと、電話で言えばいいのに、よほど急ぎの用でない限り親父は手紙を使う。
手紙のほうが相手に気持ちが伝わるからだ、と親父は言う。
変なところにこだわる親父だと思ってたけど、その意味を俺は最近やっと理解した。
手紙を書いてる間は、ずっと相手のことは考えてる。
たった数行のことでも、それを言うのに比べて何十倍もの時間をかけて書き上げる。
短い文章の中にもたくさんの想いが込められていて、何もそれは手紙に限った事じゃない。

俺は親父に手紙で返事を出した。
ちょうど土曜で迎えに行ってやれるから、何時に駅で待ってろ、ってそれだけの手紙。
何のために出てくるのかは、まあ手紙じゃ面倒なので直接会ってから訊くとするか。

918 :Diary :04/07/06 23:48
11月10日。手紙で指定した時間・場所で親父と会った。
およそ2年ぶりの再会。と言っても大した感動があったわけじゃないけど。
でも親父はとても喜んでた。どうやら就職して立派に?なった息子の姿を見れたことが嬉しかったらしい。
就職祝いもロクにしてやれなかったからと言って、礼服とスーツを1着ずつ買ってくれた。
それから晩飯を外で食って、部屋に戻った。
「お前、引っ越す気はないのか?」
部屋を見た親父の第一声がそれだった。
「うん、まぁ・・・」
俺が言いにくそうにしてると、親父はそれ以上何も言ってこなかった。
狭い部屋に男が二人。初めはテレビを見てたけど、大して面白い番組もなくて、すぐに親子の会話へと移った。
仕事のほうはどうだ?とか、まぁよくある会話。
最初のうちは、なんとなく二人とも緊張していたけど、話してるうちにいつの間にか自然に話していた。
ふと会話が途切れた。
「あの、な・・・・」
と親父の歯切れの悪い声。
「見合い・・・、してみないか?」
親父は言いにくそうにしながら、そう切り出した。
「見合い?」
「ああ、お前とぜひ一度会いたいって、話がきてるんだけど・・・」
もしかして、親父はわざわざそれを言いにここまで来たのか?
でも俺は・・・。

919 :Diary :04/07/06 23:49
「田中さんって覚えてるか?」
田中?ああ、あの熊みたいな人か。
「ああ、覚えてるよ」
「田中さんのお嬢さんがな、ぜひお前に会いたいって言ってるんだ」
「いや、でも俺は・・・」
俺の心の中には、ずっとれいながいる。たとえお見合いをしたとしても、れいなを消す事は出来ないだろう。
でも・・・。
「彼女、いるのか?」
「・・・・・いや」
「好きな人がいるとか?」
「・・・・・・」
俺はほんの一瞬、考え込んだ後、
「いや」
と答えた。
もう、そういう時なのかもな。
「じゃあ」
「ああ、会うだけ会ってみるよ。いつだ?」
「明日」
言いながら親父がハハハと苦笑いをした。
「はぁ?明日?」
先に話を受けてやがったな。でも、いいか。早いほうが決心が鈍らずに済む。
「いいよ。明日だな」
もう、諦めるべきなんだ・・・。

920 :Diary :04/07/06 23:51
親父に連れられて、とある料亭に入った。
受付で親父が名前を言うと、和服姿の人に案内してくれた。
通された和室は真新しい畳の匂いがして気分を心地よくしてくれた。
だからと言って緊張を和らげる事は出来なかったけど。
相手のほうはまだ来ていなかった。
来る途中、渋滞しているのを幾度か見かけたので、もしかしたら渋滞に嵌っているのかも知れない。

俺の心臓は、緊張のせいで激しく動いていた。
緊張のせい?いや、それだけじゃない。本当は不安なんだ。
本当にこれでいいのか?
このお見合いで人生が決まるわけではない。
でも、確実に一歩を踏み出す事になるだろう。
れいなを忘れるための、れいな無しの人生の第一歩を・・・。
俺は耐えられるのか?
数年後、数十年後、れいなを忘れて生きている自分に、俺は耐えられるのか?
耐えられない。耐えられるわけがない。
「・・・親父、」
と言う俺の声は、ドタバタと廊下を歩く音にかき消された。
部屋の前で足音が止まると、サッと障子が開いた。
「いやぁ遅れて申し訳ない。渋滞に嵌ってしまって」
堂々たる体躯をした中年が軽く息を切らして立っていた。
「やあ田中さん。お久しぶりです」
親父が立ち上がって田中のおじさんに手を差し出した。
二人はがっちりと握手をした。
俺も親父に習って立ち上がって、
「初めまして」
と頭を下げた。

921 :Diary :04/07/06 23:52
「やあ、初めましてとは水臭いな」
田中のおじさんはガハハと豪快に笑うと。
「しかし立派な青年になったもんだね」
と言って、バンバン、と俺の背中を叩いた。
「立ち話もなんですから座りますか」
親父はそう言って田中のおじさんに席を勧めた。
席に着くと、親父たちは世間話を始めた。
俺は今更帰るとは言えなくて、黙って二人の話を聞いていた。
たまに振られる話に適当に相槌を打ちながら、俺はずっとれいなのことを考えていた。
れいなに会いたい。れいなの笑った顔、れいなの泣いた顔、れいなのスネた顔。
一つ一つが頭の中に浮かんでは消え、消えては浮かんできた。

「そういえば、」
と親父が話を途中で切った。
「お嬢さんはどうされたんですか?」
「ああ、慣れない着物でちょっと時間食ってるのかな?」
「いっしょに来られたんじゃないんですか?」
「いや、途中まではいっしょだったんですがね。先に言ってて、と言われまして」
「そうですか。事故とかに遭ってないといいですけど」
「まあ大丈夫でしょう。おや、」
トタトタと廊下を歩く音が聞こえてきた。
「来たみたいですな」
俺はなんとなく顔を会わせづらくてうつむいた。
サーと障子の滑る音が聞こえた。
「おうれいな、遅かったな」

922 :Diary :04/07/06 23:54
えっ?今なんて?れいなって言わなかったか?もしかして!
俺は目を見張った。目が覚めるような和服美人がそこに立っていた。
でも彼女は俺の知っている"れいな"ではなかった。
「初めまして。田中れいなです」
彼女は深々と頭を下げた。俺は慌てて立ち上がり、同じように、
「初めまして」
と言って頭を下げた。
二人が席に座ると、お見合いが始まった。
俺は何を言えばいいのか分からなくて、よくドラマとかで見る、
「ご趣味は?」
なんて言ってしまった。彼女はフフフ、と微笑んで、
「そうですね、スポーツを見るのが好きです」
と答えた。
その後も、俺は妙に形式ばった質問を繰り返した。
その度に彼女は笑って質問に答えてくれた。
彼女と話している時間はとても楽しかった。外見や振る舞い、喋り方など、
何一つ似てるところはないのに、なぜか彼女はれいなを思い起こさせた。
いつの間にか、俺は緊張も忘れて彼女との会話を楽しんでいた。
でも、なんだろう、この胸の痛みは?

923 :Diary :04/07/06 23:56
「どうか、されたんですか?」
彼女が心配そうな目で俺を見た。
「えっ?」
涙が一筋、頬を流れていた。
あれ、なんでだ?なんで俺は泣いてるんだろう?
今この時間、泣くような事なんて何一つなかったじゃないか。
ほら、泣き止めよ俺。
どれほど頭の中で言い訳しても、涙は止まらなかった。
本当は分かってた。どうして涙が止まらないのか。
れいなを思い起こさせる彼女との会話がとても楽しくて、とても悲しかった。
だって、彼女はれいなではないのだから。
もしかして、もうれいなは自分には必要ないんじゃないかって、そう思うのが堪らなく辛かった。
「すみません。私、何かまずいことでも言いましたか?」
彼女は申し訳なさそうに言った。

924 :Diary :04/07/06 23:57
「いえ、そうじゃないんです」
俺はかろうじて言葉を吐き出した。
「あなたが、俺の知ってる人によく似てて、それで・・・」
「私に似てる?」
「ええ、何がってわけじゃないんですけど。それに名前も・・・」
途切れ途切れに、俺は彼女に説明した。
彼女を不愉快にさせるかもしれないと思ったけど、言わずにはいられなかった。
「よかったらその方のお話、聴かせて下さいます?」
彼女は優しい笑みを浮かべてそう言った。
俺はれいなと暮らした10ヶ月を語った。
れいなが何を見て笑い、何を見て怒り、何を見て泣いたのか。
一つ一つの思い出がまるで昨日の事のように鮮明に思い出せる。
俺はどんな顔をして話していたんだろうか?泣きながら?笑いながら?
感情の整理が出来ないまま話していたので、自分でもよく分からない。
でも、唯一つ分かった事がある。俺にれいなを忘れる事なんて出来ないってことだ。
すべてを聞き終えて、彼女は言った。
「その人のこと、とても愛してらしたんですね」
「ええ、れいなのことを愛してました。・・・・いえ、」
俺はまっすぐに彼女を見て、言いなおした。
「俺は今でもれいなを愛しています」

20 :Diary :04/07/07 01:30
「カァット!!」
はぁ?
障子の裏から大きな声が聞こえた。
この声!?
「はいオッケー!」
元気な声と同時に一人の少女が室内に入ってきた。
「れいな!!」
「聴いたばい聴いたばい。ねえ、お父さんも聴いたっちゃろ?」
「おう、ばっちり聴いたぞ。愛の告白」
「父親の前で愛の告白。これはもうプロポーズと思ってもいいのかな?」
ナンデスカコレハ?イッタイドウイウコト?
「お父さん。兄ちゃん、目が点になっとるばい?」
「だな」
「ちゃんと説明したほうがいいんじゃなかと?」
えっ?えっ?説明って何?
「いや悪かったね。れいながどうしても君の気持ちを確認したいって言うもんだからさ」
はぁ?話が見えてこないんですけど。

21 :Diary :04/07/07 01:31
「まあ、つまりはドッキリってことで
ドッキリだぁ!?なんだよそれ?
「じゃあこちらの方は・・・?」
「れいなの姉です。ごめんなさいね」
彼女は申し訳なさそうに笑った。
姉だぁ?どおりでれいなを思い出させるわけだよ。
ってちょっと待てよ。
俺はそっと横を見た。親父が腹を抱えて爆笑している。
こいつもグルか!!
「親父!!」
「いや、悪い悪い」
しばらくの間、室内は笑い声で満ちていた。
何だよ、俺だけピエロだったってことか。でも・・・。

22 :Diary :04/07/07 01:31
「れいな、生きてたんだな」
「はぁ?なに縁起でもないこと言っとーと?」
「いや、だってお前、何回も発熱を繰り返してたから、もしかしてって思って」
「だから言うたばい。暑さに弱いって」
「いや、でもほら、医者は絶対嫌だって、すごい目をして言ってたから・・・」
「いやぁ、この子は昔から医者が嫌いでね」
ハハハ、と田中のおじさんは笑った。
おいちょっと待て。じゃあコイツは、本当に医者が嫌いってだけであれだけ医者を呼ぶのを嫌がってたのか?
「はぁ〜、思い込みって怖かねぇ。まさか兄ちゃんがれいなのことそんな目で見てたとは」
「お前なぁ〜、俺がどれだけ心配したと思ってんだよ?急にいなくなるし・・・」
「いやー、あれはホントに悪いと思ったと」
「なんでいきなりいなくなったんだよ?」
「最初から8月一杯までって約束やったと。9月になったら受験の準備でうちに帰るって」
はい?え〜と、つまりどういうことだ?

23 :Diary :04/07/07 01:32
「家出なんかじゃなかったと」
そういうことか!!最初から何もかも予定されてたことってことか。
全部知ってたんだ。なるほど、それなら捜索願いが出されたりしてなかったのも納得がいく。
今日だけじゃなくて、そんな以前から俺一人騙されてたってわけだ。
怒りは湧いてこなかった。ただただ自分のアホさ加減に呆れた。
「れいなから聞いたよ。熱を出してた時に必死に看病してくれたらいいじゃないか」
「ええまぁ・・・」
「痴漢に遭ってる時に助けてくれたそうだね」
「はぁ」
「服を買ってくれたらしいね」
「はい・・・」
「胸を触ったそうじゃないか」
俺はギョッとした。
「い、いやそれはたまたま・・・」
慌てて弁解しようとした。
「キス、したそうだね」
「!!」
今度は声も出なかった。れいなの奴、どこまで喋ってんだ?
まさかあのことまで言ってやしないだろうな?
俺はチラリとれいなの目を見た。れいなは小さく頷いた。
ホッ、どうやらあのことは喋ってないようだ。さすがにまずいよなぁ。

24 :Diary :04/07/07 01:33
「しかし、あれだねぇ」
田中のおじさんはお茶をひとすすりした。
「君も存外、手の早い男だねぇ」
「はぇ!?」
田中のおじさんは俺の耳元にやってきて、
「責任、取ってもらうよ?」
ニッと笑って言った。
な、な、な!れいなのやつ、喋ったのか!
れいなに目を向ける。れいなは舌をぺロッと出して笑っていた。
信じらんねー!!なんつー親子だよ。話すほうも話すほうなら、聞くほうも聞くほうだ。
大体14歳の娘とした男に笑って責任取れって・・・。普通ぶん殴ったりするもんだろ?
てか、おい親父、テメーなに爆笑してんだよ?親父も知ってたのか?
あー!マジでなんなんだこいつら!?おかしいよ、信じらんねー!!
あー分かってるよ。一番おかしいのは14歳のコとした俺だよ。
でもなぁ・・・。
えぇい、もう何とでも言ってくれ!!

25 :Diary :04/07/07 01:34
「でもホント、れいなのこと、よろしく頼むよ」
田中のおじさんは急にかしこまって言った。
「こう見えてこの子は心に傷を持っててね」
心に傷?そんなふうには見えなかったけど。
「実はこの子、8歳の頃に悪戯されかかってね」
れいなが珍しく神妙な顔をしてうつむいている。
「その時は、幸い近所の高校生が助けてくれて大事に至らなかったんだが、
 それ以来、男性恐怖症って言うか、男に触れるのを怖がるようになってね」
そうか。それでれいなは人ごみに入るのを嫌がるんだ。人ごみに入れば、
どうしても周囲の人間と密着してしまうから。
中学校に行ってなかったのも、実はそれが原因か。
あれ?でもどうして?

26 :Diary :04/07/07 01:34
「でもれいな、俺が触ってもなんともないですよ?」
「なんだ、覚えてないのかね?」
田中のおじさんがジッと俺を見返した。
「れいなを助けた高校生と言うのが君だよ」
えっ?
俺は数年分の記憶を遡った。そういえばそんなことがあったような・・・。
小さな女の子の悲鳴。眼鏡をかけた中年の男が少女ににじり寄ってて・・・。
思い出した!あの時の女の子がれいなだったのか。
「私と君以外の男はれいなに触れることが出来ないんだよ。だから」
田中のおじさんは両手を床に付いて深々と頭を下げた。
「れいなをよろしく頼みます」

27 :Diary :04/07/07 01:35
「しっかし驚いたなぁ。おじさん、いきなり頭下げるんだもんなぁ」
俺はれいなと二人きりで例の街路樹のあった通りを歩いていた。
後は若い者同士で、というお決まりのパターンから、何をするでもなく歩いてたら自然と
この道に来ていた。
「お前も早く教えてくれればよかったのに」
「いきなり出逢ったほうが衝撃的ばい?」
そりゃ確かに衝撃的だったよ・・・。いきなり木から降ってくるんだもんな・・・。
「そうじゃなくて・・・、ほら男性恐怖症って。そうすりゃ満員電車に無理やり乗せたりしなかったのに」
「そんなこと、恥ずかしくて言えるわけなかろーもん」
「そりゃそうだけどさ」
「でも、これで分かったでしょ?」
「なにが?」
「れいなは兄ちゃんのお嫁さんになるしかないって」
そう言ってれいなは腕を組んできた。
俺はテレくさくて、
「ガキが何言ってるんだよ」
と、れいなの逆側を向いて言った。

28 :Diary :04/07/07 01:37
れいなはサッと腕を組みなおして、俺の顔を見上げた。
「れいな、今日で16歳になったんばい。もう結婚できるとよ」
俺は驚いた。あのれいながもう結婚できる歳になったんだ。
「そっか・・・」
俺は呟いてから、れいなの肩をそっと抱いた。
れいなは俺の腕をギュッと掴んで、ピッタリとくっ付いてきた。
「ねぇ兄ちゃん」
「うん?」
「あの日記、どうしとる?」
「部屋に置いてるよ」
「ちゃんと書いてる?」
「お前がいないのに書けるわけないだろ。二人の日記だぞ」
「そりゃそうか」
れいなはフフフと笑った。

あの日止まった時間が、今日、再び動き始める。
たとえこれから先、2人にどんなことがあっても、
日記に書き綴られた思い出を俺は永遠に忘れはしないよ。

 
             Diary 《了》


从*´ ヮ`)<モドル