堕天使
271 :堕天使 :04/08/02 00:32
         (プロローグ)

目の前に、俺の憧れのアイドル、レイナがいる。
色々と紆余曲折はあったものの、ようやくこの日を迎えられた。
俺は、俯いてるレイナに声をかけた。

「あのさ・・・ほんとに俺なんかでいいの?」
レイナは小さく頷いて、俺の首に両手を廻した。
自分の心臓の音がはっきりと聞こえてくる。

憧れ続けた人が、今自分の目の前にいる。
しかも、こんな近くに。
レイナの頬が、俺の頬に触れた。

抑えてきた理性が、一気に飛んだ気がした。
俺は、そのまま布団の上に押し倒して、彼女が着ている服のボタンに
手をかけた。
焦っているせいか、うまくはずれない。
けど、彼女は目を閉じたまま、じっとしていてくれる。

272 :堕天使 :04/08/02 00:34

こんな幸せな日がくるなんて思いもしてなかった。
なんで俺みたいな奴と付き合ってくれたのだろうか?
そして、こんな事を許してくれたのか・・・・・
ボタンを外し終え、服の前部分を広げた。
ピンク色の下着が現れた。
そうだ、今は何も余計な事を考える必要は無い。
今はただ・・・・・

レイナが、自分で服を脱ぎ、俺のTシャツに手をかけた。
「い、いや・・いいよ。あの・・・ええと・・・」
「よかよ。じっとしてて」
そう言って微笑むと、ゆっくりと俺のシャツを脱がせていく。
情けない事に、この時点で俺の一部分は大変なことになっていた。
「やべぇ」
思わず呟いていた。
「ん?なに?」
「いやぁ・・・あはは」
「次はズボン。はい、立って」

273 :堕天使 :04/08/02 00:35

もう駄目だ。もうほんと無理だ。
俺は、一気に彼女にのしかかった。
「焦らんでもよかよー。もう、○○君のエッチ!」
そうして微笑む彼女の笑顔が、気絶しそうなほど可愛かった。

あぁ・・・いよいよ俺は彼女と一つに・・・・・
ゆっくりと彼女の唇に、自分の唇を近づけていく。
あー・・・なんかいい匂いだなぁ・・・柔らかそうな唇だなぁ・・・
そんな事を思った瞬間だった。
後頭部に猛烈な痛みを感じた。
「うぎゃっ!」
頭を抑えて横に倒れた。

おいおい・・・こんな時になんだってんだよ・・・・・
俺の人生、今からが最高潮だってのによぉ・・・・・
薄れていく意識の中、必死に彼女に手を伸ばそうとしたが、その手は
悲しいくらいに届かなかった。
彼女も俺に、手を伸ばしはしなかった。
あぁ・・・・・やっぱ俺の人生ってこんなもんなのかなぁ・・・・・
いい事なんかなんもねえよなー・・・・・

そして視界が暗くなった。

274 :堕天使 :04/08/02 00:36
              (本章)

「いってぇえええぇえっっっ!!!」
猛烈な痛みを頭部に感じて、叫びながら飛び起きていた。
「いたたた・・・あれっ?レイナ?レ、レイナ〜?」
いるわけねーよ・・・・・
「夢・・・だわなぁ・・・アホか俺は・・・あ〜あ・・・」
むさ苦しいワンルームの小汚い部屋。
窓から差し込む夏の日差し。
猛烈に暑い部屋の中。

「ったくよぉ。いいとこだったのになぁ。なんて素敵すぎる夢だったんだろか」
頭をさすりながら、何度も夢の内容を思い返そうとした。
「あちぃ」
扇風機のスイッチを入れる。
その前に顔を出し、しばし夢の回想に浸る。
自然と顔がにやけてくる。
他人に見られたら、確実に通報されるような危ない笑顔になってるだろう。
我ながら、どうかと思うが、ニヤけてくるものはしゃーないじゃんか。

275 :堕天使 :04/08/02 00:38

それにしても、やはり俺はタイミングが悪い。
普段の生活でもいつもそうだ。
なんでこんな時に?というタイミングで嫌な事・悪い事が起こる。
まあ、それと、つい先日バイトをクビになったのは関係ないかもしれないけど。
「あー・・・バイトみつけねーとなぁ」

三流大学をギリギリで出たものの就職先は見つからず、この一年、どうにか
バイトで食いつないでいた。
肝心の就職活動はさっぱりだ。
それもこれも、レイナ、そう、夢に出てきたアイドルにハマッタのが大きな理由だ。
なにやってんだか・・・という気も勿論あるのだが、彼女の姿をテレビなどで見るだ
けど、そういう気持ちは遠いどこかへ飛んでいってしまうんだ。

「あーあ、しょうがない、もう一度続きを見れるよう寝るか」
これも言い訳。ただ何かするのが面倒なだけなんだ。
この暑さの中、何かしろって方が難しいんだ。・・・まるで駄目人間だな、俺。

276 :堕天使 :04/08/02 00:44

布団に勢いよく倒れこんだ。
「キャッ!」
「いてっ!」
二つの声が同時に上がった。
さて・・・冷静に考えてみようか・・・・・
いてっ、は俺の声だわな。そりゃーそうだ。痛かったもん。
それでだ。俺は一人暮らし。身寄りも誰もいない孤独の身。
彼女はいるようないないような・・・けど一緒には住んでない。
昨日の晩、友人を泊めた記憶も無い。キャッ!なんて可愛い声を出すような
野郎の友人もいるはずない。

・・・・・誰よ、あんた・・・・・

・・・・・ほんと誰?・・・・・なんでこの部屋に俺以外の誰かがいるわけ?
ドッキリとか、こういうの考えそうな奴とか、いろんな事が頭を駆け巡る。
この時の脳内の回転は、過去例を見ないくらい早かったね、マジで。

277 :堕天使 :04/08/02 00:44

一気に暑苦しさがひいていく。
やべえ・・・・・軽くチビッたかもしんない。
部屋の隅に這っていき、膝を抱えて丸くなった。
確かに、布団の中に誰かがいるような盛り上がりがある。
こえー・・・こえーっつーの・・・
なんでいつも俺ばっかりこういうタイミングで・・・・・

布団の中でもぞもぞとした動きがあり、中の奴がゆっくりと立ち上がる気配が
見えた。
「あ・・・あぁ・・・」
レイナ、まずいよ・・・さらにちょっぴりチビッたかもしんないよ。
いい歳こいて恥ずかしいよ。
恥辱プレイとかの次元じゃないよ。

そして奴は立ち上がり、布団をはらいのけた。

288 :堕天使 :04/08/02 01:17

「うわあああっっっ!!!!!」
思わず叫びながら頭を抱えていた。
「キャーッ!!!!!」
悲鳴じゃなくて、なんか楽しそうにそう叫ぶ声が聞こえた。

やだよー、助けてくれよー。
何度も何度も心の中で叫びまくっていた。
目はしっかりと閉じたままだ。
部屋の中に静寂が戻った。
何も感じない。
どうしようかなぁ・・・こういう時って目を開けた方がいいのかな。
でもこわいしなぁ・・・なんだってんだよ、まったくよぉ。

そのまま、さらに少しの時間が過ぎた。
突然、方のあたりを軽く叩かれた。
「うぎゃーっ!!!」
「わーわーっ!!!」
思わず目を開けていた。
すると俺のすぐ目の前には女の子が!!!

318 :堕天使 :04/08/02 21:16

あ・・・まずい・・・気絶するかもしれない・・・・・
そんな風に思った時、
「おはよー」
女の子がそう言った。
薄れかけた意識がどうにか戻り、
「ああ・・・おはよう」
思わずそんな言葉を返していた。
「えへへ」
女の子はニコニコ笑っている。
つられて、えへへ、と笑い返している俺。どうしようもねえな。

意識がしっかりしてきた。
うん、嫌な雰囲気は無い気がする。
もう一度、女の子の顔を見てみた。
心臓が口から飛び出るかと思った。そう、驚いたなんてもんじゃない。
「レ・・・・・レイナ?」
「あら、私のことなんで知ってるの?そう、れいな!」
女の子は元気に答えた。

「いや、あの知ってるもなにも。そ、それ」
壁に貼ったポスターを指差した。
「だーれ?この子?」
いや、お前だろうがよ・・・いえ、あなた様ですよ、はい。
女の子は不思議そうにポスターを見ている。

319 :堕天使 :04/08/02 21:18

駄目だ・・・状況が全く理解できないわ。
朝起きたら頭に激痛で、それで布団からレイナが出てきて・・・だーれ?って
「なんだこれ?」
さっぱり分からなかった。
テレビの企画なのか?応募した憶えないけどなぁ・・・

その時、とんでもないことに気がついた。
鼻血飛びそうだわ、俺。
「あ、あの、レイナさん・・・ふ、服を・・・」
そうなんだ、彼女、素っ裸なんだわ。
夢だな・・・夢の続きなんだ、これ。もしくは・・・俺死んだのか?
そうじゃなきゃ、こんな展開ある筈ないわ、絶対。

女の子は俺の前に戻ってきて、
「ふく?・・・なにが?」
ニコニコしながら聞いてきた。
目のやり場に今更困ってしまった。
「と、とりあえず、その布団でも巻きつけて下さいよ。ね、それがいい」
目をそらしてはいるものの、男の性、横目で見てしまう。
「ふつうだよー、これが。へんなのー」
嬉しそうに笑っている。あなたの普通って・・・

320 :堕天使 :04/08/02 21:19

「そんなことより○○さん。わたしね、謝らなきゃいけないんです。それとー・・・
大事な話があるの」
女の子の表情が曇った。
「は・・はぁ」
状況も、意味も、何もかも訳が分からない。

そう、まだ俺には何も分かっちゃいなかっただけなんだ。
そして、この朝から、俺のひと夏、いや、人生におけるこの不思議な話が
始まろうとしていたんだ。
まだ、俺はそんな事も知らず、目の前の女の子、レイナそのものの女の子の
いけない姿に、鋭く横目で視線を送っていたんだ。
アホ丸出しだな、俺は・・・・・

321 :堕天使 :04/08/02 21:20

何故か服を着るのを嫌がる女の子にどうにか頼んで俺のTシャツとハーフパンツを
着てもらい、緊張しながら冷たいお茶をだしたりしつつ、ようやくまともに話ができる
状態になった。
何から聞けばいいのかさっぱり思いつかない。
「あらためて、私れいなです。どーぞよろしくね」
「あ、○○です、こ、こちらこそ」
見合いじゃねえっての。

「レイナ・・・さんだよね?あれ」
ポスターを再び指差した。
「ちがうよ」
「えーと・・・でもレイナさんでしょ?」
「ちがーうよ」
コップのお茶がそんなに珍しいのだろうか。色々な角度から見ては、匂いを嗅いだり
少し舐めるように飲んでみたり。
やはり芸能人はお茶とか飲まないのか?・・・ちょっと違うな、それは。

322 :堕天使 :04/08/02 21:22

「れいなはれいなだけどー、レイナじゃないよ」
「は?」
「だからー、私はれいなだけど、あの人じゃないの。わかったぁ?」
いーや全然。
「顔も同じじゃない。てか、本人じゃない。いや、俺絶対口外しませんから。
そりゃそうですよね、大スキャンダルになっちゃいますもんね。安心して下さい!
俺は絶対、ぜーったい誰にもいいませんから」
「あ、大丈夫だよ!だってー、私が見えるのは○○さんだけだし」
・・・・・レイナって、こういうキャラだったか?何言ってんだこの人・・・・・

「これ美味しいねー。こんなの初めて飲んだよ。もっとちょーだい。いい?」
俺は狭い部屋をダッシュで行き来した。
美味しそうにお茶を飲んでいる彼女。
やっぱ芸能人はこんなのは・・・・・
「はぁ〜。おいし。とにかくね、私はあの子じゃないの。それはまず理解して、ね?」
首を少し傾げてにっこりされた。
ええ、納得しますとも。そんな風にされたら、なんだって納得します、はい。
「えへへっ」
やっべ〜、やっぱレイナは可愛すぎるわ。俺・・・もうどうなってもいいかも。

「では○○さん。ここからが重要な話と、わたしのお詫びになります。いいですか?
きっと信じられないと思います。でも今から話す事は全て真実です」
「はぁ・・・」
「受け止めて・・・理解して・・・あなたの運命と思って受け入れてください。わたしは、
あなたの事なんでも助けますから」
「は、はい・・・」
彼女の表情が、初めて見るような真顔になっていた。
そして話し始めた。

369 :堕天使 :04/08/03 23:39

「○○さん、まずは謝りますね。さっき頭の上に堕ちちゃってごめんなさい。
上からあなたを見てたら、つい眠っちゃって。気づいた時には・・・」
はぁ・・・
「だからね、わたしが地上に堕ちたせいで、あなたの運命を少し狂わせてしま
いました」
な・・・何が?

「あなたは・・・本当は・・・」
彼女はそこで一度大きく深呼吸した。
「明日・・・寿命を終える運命でした・・・」
・・・・・へっ?・・・・・
「その時にあなたを迎えに来るのがわたしの役目だったんです。でも、運命
よりも早くわたしが来てしまったから、少し予定が狂います」
・・・・・この人・・・・・何言ってんの?

「五日後、あなたの寿命は終わりを迎えます。それまで、わたしが地上の残りの
生のサポートをさせて頂きます。ほんとうにごめんなさい。でも、少し長くここで
暮らせますから」
そう言って彼女はニッコリ笑った。

370 :堕天使 :04/08/03 23:40

えーと・・・・・さてさて。
何からつっこんでいったらいいんですかね。
それよりも、まずはこの子のご両親に電話でも・・・・・
「それは大丈夫ですよ」
「はっ?」
「いや、両親に連絡って・・・だってー、お父さんの遣いとしてここにきてますから」

何この人・・・読心術でもできるわけ?
やーべー・・・すげーこえーよ・・・
「ええとさ・・・あの、お父様は・・・その」
「お父さん?うーんとねー、地上の人たちはー、神って呼んでるみたいだよ」
そんなニコニコしながら言われてもさ。
「じゃ、じゃあ君は?」
「わたし?れいなはねー、天使って呼ばれてるみたいよ」
は・・・はぁ・・・神に天使ですか・・・そうですか。

371 :堕天使 :04/08/03 23:41

この子ってさ・・・・・もしかしてさ・・・・・イタイ?相当にイタイ?
朝から人の頭に倒れてくるわ、見てみりゃ素っ裸だわ・・・
挙句、俺が明日死ぬとか、自分は天使で親父が神とか・・・・・
ものすごーく色んな意味で怖くなってきたんだが。

「怖がらなくていいよ」
「えっ?」
「だって今心の中でそう思ったでしょ?大丈夫だよ。」
「・・・・・」
「わたし人の心が読めるんだ。いいでしょー」
ええ・・・いいですね・・・
「学校でね、習うんだ」
「が・・・っこう・・・ですか」
「うん、学校。でもね、まだ入学したばかりだけどね」
「それってさ、やっぱ天使の養成学校なわけ?」
「うん、そう!!」
なんだその嬉しそうな顔は。

372 :堕天使 :04/08/03 23:43

頭が痛すぎる。
胃も痛いわ。
本格的にこの子やばいな。警察に連絡するか?
いや・・・この子なら警察で何言い出すか分かったもんじゃないな。
俺がまずい立場になったらどうにも弁解できねえもんな・・・

「警察っておまわりさん?」
「ひっ!」
「ねーえ、とにかくね、そういう事なのね。すぐに信じろって方が無理なのは
よく分かるよ。わたし、まだこの役目2回しかしてないけど、その人たちもそ
うだったから」
「え・・・ええと・・・」
「まあ二人ともすごーいお年寄りだったんだけど」
どうしよ・・・どうするよ、これ・・・
「君さ・・・い、いくつかな?」
「わたし?うんとね、2歳にもうすぐなるよ、えへへ」
真面目な話、ほんっとにどうする?
2歳てあんた・・・・・もう寒気もしてきたよ・・・・・

416 :堕天使 :04/08/05 03:22

「でもね、人間の歳でいえばねぇ、15〜17歳くらいなんだってー。先生が
そう教えてくれたよ」
「あ・・・そうなんだ・・・へえー・・・」
「びっくりした?」
いや、びっくりもなにもさ・・・根本的にいろんなことがさぁ・・・
れいなは、ニコニコしたまま俺を見ている。
全く何を考えてんだ?この子。
どう考えてもおかしすぎだろ、こんなもん。
そんな事を考えていた時に、あることを思い出した。大事な事だ。

「あっ!!」
「どうしました?」
ちょうどレイナの生出演の番組があるんだった。それを見れば・・・
俺はテレビをつけた。
画面にはレイナが映っていた。生番組だもんな、これ。
「言ったでしょー、わたしはこの子と違うってー」
「う、うん」
しかし瓜二つだ。
ただし・・・俺の目の前にいる子はイタイ。とってもやばい。

417 :堕天使 :04/08/05 03:22

「やっぱり信じろって方が無理かぁ。しょうがないなー。じゃあね、これから
あるものを見せてあげる。ショックを受けるかもしれないけど、どうする?」
「あ・・・いいよ、見せてもらおうじゃない。なんかもう訳分かんないし。ただし、
それ次第では、俺も連絡すべきとこに電話するよ」
彼女はふふっと笑うと、テレビを指差した。
「いい、よーく見てて。そこに移してあげるね」

一瞬、何故か見てはいけない気がした。
でも、俺は画面に引き寄せられるように見入ってしまったんだ。
まだ、俺は何もわかっちゃいない。何もわかっちゃいなかった。
思えば・・・人生なんて不思議な事だらけなのかもしれない。
何も見えてはいなかったんだ・・・・・

418 :堕天使 :04/08/05 03:23

画面が次第に暗くなり、何も見えなくなった。
そして、そのうちに段々と何かが映ってきた。
「なんだこれ・・・」
どうやら、どこかの景色のようだ。でも、こんなことって・・・

「あっ」
はっきりとしてきた景色。俺のよく知ってる景色。
「駅前だ、これ」
「うん、そうですよ」
俺の癒えの最寄り駅。いつも使う駅。
その駅前の大通り。

「しっかり見てて下さいね。本当は明日○○さんに訪れるはずだった
現実なんですよ、これから起こることが」
ほんの少し、れいなの表情が曇ったように見えた。
俺は、視線を画面に集中した。

「あぁっ!?」
俺が映ってる。俺だよ、間違いなく。
ジーパンにお気に入りのバンドTシャツ。
俺が歩道橋を歩いてくる。
「これって・・・」
何のトリックなんだ?合成か?
そう思っているうちに・・・・・

419 :堕天使 :04/08/05 03:25

俺は歩道橋の階段を降り始めた。
その後ろから、大慌ての様子で走ってくる学生風の男。
その男が俺の横を通り過ぎようとしたとき、俺に後ろからぶつかっていった。
バランスを崩した俺。
「えええっ!?」
俺はそのまま前のめりに転んで、階段の一番下まで転げ落ちた。
倒れたまま全く動かない俺の横で呆然としている学生の男。
周囲に人が集まってくる。

俺は動かない。全く動かない。おい、何やってんだ俺!立てよ。
画面から視線を外す事ができない。
口の中が、猛烈に乾いていくのが分かった。
「な・・・なんだよ・・・これ。ば、ばかみてーだ、こんなの」
自分の声に力が無いのが分かる。
合成のくせに、やけにリアルじゃねえか、この映像。
分かってるつもりでも、自分のそんな姿を見るのは嫌な気分だ。

画面には救急隊が駆けつけてきている。
タンカに乗せられる俺。ひどい血だな。
何故か、体が震えてきた。

463 :堕天使 :04/08/06 01:26

「まだ見ますか?」
「え?」
「・・・もう、この時点で○○さんの生は終わってます。この後、病院に運ばれる
んだけど、もう手遅れで・・・」
「ちょ、ちょっと待ってくれな!」
声を荒げてしまった。
「ごめんなさい・・・」
「いや・・・もういいよ、消して」
画面が、元のテレビ番組に戻った。

「よくできた映像だな。どうやって画面に出したのかは知らないけど。さて、
はっきりさせようか。何をどうしてほしいのかな?」
「だから・・・」
「もういいって。こんなばかな話聞いたことないぞ?俺を嵌めても何も出ないぜ?
金も無いし、職も無いし、君が得することはなーんも無い。dぷしたいんだ?」
「信じられませんか?まだ」
「当たり前だろ!朝起きてみりゃ知らない子が部屋にいて、こんな合成見て、何を
どうしろっていうんだよ。ばかにすんな」

465 :堕天使 :04/08/06 01:27

信じられない。信じたくない。
沈黙が続く。
「えっと・・・○○さんの気持ちは分かります。けど、運命なんですよ。運命は人間には
変えられない。間違いなく五日後、あなたはこの世界での生を終えます」
いい加減むかついてきた。
「今度は、静かに終えることになります。それまでのサポートをわたしが・・・」
「もういいよ!アホだろ?お前。ガキだと思ってれば調子にのりやがって。いいか、
二度と俺の部屋にくんな。不法侵入って分かるか?お前、立派に罪になることやっ
てんだぞ!」

れいなは悲しそうな顔で俺を見ていた。
でも、そんなこともう知ったことじゃない。
「今日の事は、何かの悪戯だと思って忘れてやるよ。俺が死ぬ?お前が天使?
笑わせんなよな。二度と、こんな悪質な悪戯を人にするなよ、いいか!」
俺は床を拳で殴った。
「分かったらとっとと帰れ。いいな、二度とこんな事するなよ。警察突き出されても
おかしくないんだからな」

466 :堕天使 :04/08/06 01:28

俺は立ち上がり、れいなを部屋から引きずり出そうとした。
「信じてもらえないかぁ。でも、わたしはあなたの側を離れないから。だって受け入れる
しかないんだから」
「お前ほんとに・・・」
「わたし、学校の時間だから一度帰るね。終わったら、またすぐ来るから」
そう言ってれいなは立ち上がると、俺に手を振った。

れいなの体が消えていく。・・・・・俺、何を見てるんだ?
そして完全に消えた。
「ゆ・・・夢だよな・・・なんだこれ・・・俺、どっかおかしくなったのか?」
駄目だ、何も冷静に考えられない。
なんて嫌な一日の始まり方なんだ。
こんなもん、夢だって思わないほうがおかしい。

俺は力なく笑った。
そして、そのまま布団に倒れこんだ。
まだ俺は何も信じてない。いや、信じられるはずがない、こんなこと。
けど、俺と天使、そう、れいなの不思議で奇妙な出会いはこうしておこり、
俺達の過ごすひと夏の数日間は、こうして既に始まっていたんだ。
俺だけがまだ何も理解できてなかっただけだった。

467 :堕天使 :04/08/06 01:31

遠くで艶かしい声が聞こえる。
なんだ?隣の部屋の夫婦か?
全く勘弁しろよ・・・・・
眠りの中に半分いて、あとの半分は目が覚めてしまった。
夏の暑さのせいもある。

「ちっ・・・」
軽く舌打ちして、ゆっくりと気だるい体を起こした。
あのまま不貞寝して、すっかり眠り込んでいたようだ。

「今・・・何時だ?」
「0時を少しまわったとこですよ」
「ひいっ!!」
見ると、電気が消えたままの部屋の中にれいながいた。
「お・・・お前・・・」
「言ったでしょ?学校終わったら来るって。それなのにー、ちっとも起きてくれない
んだもん。れいなつまんなかったよー」
面白いもつまんないもないんだって・・・

「だからー、ここにあった・・・なんだっけ・・・ビデオ!そうそう、これ見てたんだ」
画面を見るまでもない。
あの艶かしい声・・・・・俺のお気に入りのエッチなビデオだ・・・
「お前なぁ・・・ガキが見るもんじゃ・・・」
「ね!ね!なんでこの人アーンアーン言ってるの?おもしろーい」
れいなはキャッキャキャッキャとはしゃいでいる。
俺は慌ててテレビの電源を切った。

559 :堕天使 :04/08/07 02:11

「あー、つまんないんだー。でもいいもん、もう2回見たもんねーだ」
俺は何かを言う気力も無く、とりあえず部屋の電気をつけ、冷蔵庫にあった
ペットボトルのお茶を呷った。
れいなが、じっと俺を見ている。
なんだ、そのもの欲しそうな顔は。
「・・・欲しいのか?」
しっかりと頷く。
俺は冷蔵庫から、本物レイナの好きなBOOというジュースを取り出した。
「ほれ」
れいなは受け取ると、美味しそうに飲んでいる。
「うまい?」
「おいしいねー。いいね、地上の人はこういう美味しいものが飲めて」
まだ言うかお前・・・・・

「で・・・朝言った事は憶えてるよな?ご両親も心配してるだろうし、電話するぞ」
「あー、まだ言ってるー。変なのぉ」
いや、一番変なのはお前なんだけどな・・・
「じゃあ、またいいもの見せたげるね。特別だよ」
れいなは立ち上がると、俺が朝着せていた服を脱ぎ始めた。
ちゃっかり着ていたことも笑うが、何をしてんだ君は・・・
「おい、ちょっと・・・そりゃまずいって!!」
止める間もなく、れいなは服を脱ぎ、俺に背中を見せた。

560 :堕天使 :04/08/07 02:11

「いい?」
な、何が?なんだこれ、誘ってんのか?いやー・・・そりゃいかんて・・・
そんな事を思っていると、れいなの背中に羽が現れた。右と左に。
「分かったー?これで信じる?」
天使の羽・・・・・絵とか、漫画とか・・・見たまんまだ・・・・・
言葉が出ない・・・・・

れいなが俺の前に座る。
「いや、と、とりあえず服着ろ・・・な、話はそれからで・・・」
れいなが俺の手を取った。
真剣な表情だ。

「生の終わりは必ず訪れるの。でも怖がらなくていいから。その為に、私達が人間の
もとに来るんだから」
「え・・・」
「きょうから五日間、残りの生をしっかりと、思い残す事が無いように過ごして下さい。
わたしにできることなら何でもしますから」
「あのさ・・・」
「大丈夫。安らかな世界に行くだけです。怖がらなくていいから」

561 :堕天使 :04/08/07 02:12

そう言って、れいなは俺の頭を抱き寄せた。
今まで一度もかんじたことのないような安心感。そんなものを感じた。
「信じないよ・・・俺は信じない。死んでたまるかよ。まだ人生これからだろ?
こんなの信じねーよ」
れいなが、より俺を力強く抱き寄せた。

理由なんか分からない。別に悲しいとか、怖いとか、ましてや嬉しいとかもない。
でも、不思議と涙が溢れてきた。
遠い昔、この世に生まれる前、母の中で感じていたであろう安らぎ。
それって、こんな感じなのかもしれない。そんなことを思った。
「わたしが、側にいるから・・・」
俺は、涙が止まらないまま、そんなれいなの言葉だけを聞いていた。

そして、五日間という俺の残りの人生のリミットが、もうスタートしていた。

592 :堕天使 :04/08/07 22:59

体を揺さぶられる。
「おーい、起きてよー。あーさーだーよー」
へ?あ・・・うわぁ、ねみぃな・・・
目を開けると、れいなの顔が俺のすぐ目の前にあった。
「わぁっ!?」
「きゃぁっ!」

心臓が・・・こいつ、ただ俺を早死にさせたいだけなんじゃ・・・
れいなは、声をあげて笑っている。
なんだっけ、箸が転んでもおかしい年頃って言うんだっけ?
「ね、ね、もう1回しよ。目つぶって。ね、ね!」
「しないよ。ったく、朝ご飯、どうしたい?」

昨夜の止まらなかった涙、それが照れくさくなった。今更なんだけど。
「つまんないの」
口をとがらせて、すねた顔をしている。
天使というより、単なる我が侭で、甘えたのおこちゃまだな、これじゃあ。

593 :堕天使 :04/08/07 23:01

俺は立ち上がり、体を伸ばした。
信じたわけじゃない。ただ、なんとなく、5日間くらいなら、騙されてやってもいいか、
そんな風に思った。
どうせ独りぼっちの人生なんだし。・・・・・寂しかったんだろうか・・・・・
「あの・・・て、天使って、朝飯は何食べるんだ?」
れいなは小首を傾げている。
「食わないの?」
「うんとね、人間世界でいう、パンみたいなの食べてるよ」
「そ、そう。じゃあさ、ちょっと買いに行ってくるわ。待っててな」

俺は、財布をポケットに入れると、そのまま玄関に向かった。
いいさ、たかが5日間。しかこれは犯罪の一種なのか?俺はまずいのか?
なんだか昨日も今日も、ロクな目覚めじゃない気がするのだが・・・
「あ、わざわざ行かなくても・・・」
れいなが何か続きを言おうとしたが、俺はそのままドアを開けた。
そして閉める寸前に、
「いいか、頼むから服を着てくれ!」
そう言ってドアを閉めた。

594 :堕天使 :04/08/07 23:05

まあ帰ったときにいなけりゃ、それはそれでいいさ。
煙草を咥えながら歩く。
「はぁ〜あ・・・」
人生何が起きるかわかったもんじゃないな・・・・・
でも、もしも全てが本当なら・・・・・

一瞬、立ち止まった。
れいなの消える姿、羽、あの不思議な安らぎ。
そして、階段から落ちる俺、動かない俺、流れる血。
煙を空に向かって吐き出した。
俺はただ、そのまま歩き出した。

「あ、そうだ・・・」
服、買った方がいいのかな?
「・・・アホか俺は」
なんだかんだ言っても、実はけっこうれいなを気にしてるのかな、俺。
「・・・服着る習慣つけさせないとな」
なんとなく、そんな事を気にしてる自分がおかしくなってきた。
笑いがこみあげてきて、俺は小走りでコンビニに向かった。

595 :堕天使 :04/08/07 23:05

まあ帰ったときにいなけりゃ、それはそれでいいさ。
煙草を咥えながら歩く。
「はぁ〜あ・・・」
人生何が起きるかわかったもんじゃないな・・・・・
でも、もしも全てが本当なら・・・・・

一瞬、立ち止まった。
れいなの消える姿、羽、あの不思議な安らぎ。
そして、階段から落ちる俺、動かない俺、流れる血。
煙を空に向かって吐き出した。
俺はただ、そのまま歩き出した。

「あ、そうだ・・・」
服、買った方がいいのかな?
「・・・アホか俺は」
なんだかんだ言っても、実はけっこうれいなを気にしてるのかな、俺。
「・・・服着る習慣つけさせないとな」
なんとなく、そんな事を気にしてる自分がおかしくなってきた。
笑いがこみあげてきて、俺は小走りでコンビニに向かった。

678 :堕天使 :04/08/09 17:21

・・・・・それにしてもよく食うな・・・・・
コロッケ・メロン・ジャム・クリーム・サンドイッチ。
けっこうな種類買ってきたけど、残ってないし。
え?これも欲しいの?
れいなが上目遣いで俺を見てくる。
俺は何も言わず、半分残っていたアンパンを渡した。
れいなは満面の笑みを浮かべて食べている。

「あのさ、こういうの食べたのも初めて・・・だよね」
「うん!」
だよね、そうだよね。

れいなは指についたクリームやら餡子やらを舐めながら、
「今日はどうしますか?」と聞いてきた。
「いやぁ・・・べつにする事ないしな・・・」
「どこか行きたい所とか、したいこととかありませんかぁ?」
うんとね・・・就職したい。金が欲しい。綺麗なおねーちゃんのいる店に行きたい。
あとね、レイナと喋ってみたい。それからそれから・・・・・
「ふーん、そういう事がしたいんですねー。じゃあどれからしますか?」
や、あのな、簡単に言うな。それができてりゃ人生薔薇色だっての。

679 :堕天使 :04/08/09 17:22

「そうだなー」
俺はそのまま床に横になった。
なんかいざってなると、思いつかないもんだな。
つーかさ、別にあれだしな、今日じゃなくても、いずれできるもんな。
まあレイナと喋るのは叶うわけないけどな。
ま、この5日間は・・・れいなの好きにさせてやるか?
そんな事を思った。

「ね、ね、何します?どうしたいー?」
れいなが俺の横に寝転んできた。
俺の顔に自分の顔を近づけてくる。
「え?あの・・・」
やべえ・・・可愛いわぁ・・・そりゃそうだよな、レイナと瓜二つなんだからさ。
「ねーえー」
そんなに顔を近づけるなよ。お兄さん、ひと夏の間違いをおこしそうになるだろ!
頼むからよしなさい。いいね?よしなさい。

680 :堕天使 :04/08/09 17:23

「間違いってなーに?何をよすの?」
あ・・・何でもお見通しなんだよな・・・はぁ・・・やりづらい・・・
「別に大したことじゃないよ」
「ふーん。間違い間違いー。○○さん、変なのー」
そう言って一人笑っている。・・・やっぱただのおこちゃまだな。
妙な色気と、そこそこの発育してやがるくせに生意気な・・・・・

「そ、そうだ、あれだ。今日は、家でのんびりしよう。な、れいなも地上の事をもっと
色々知らないといけないだろ?俺、教えるよ」
「ほんと!?」
「ああ。でだ。明日はどこかれいなの行きたい所にでも行こう。どうだ?」
「うれし〜い!!」
れいなが俺に覆いかぶさってきた。
「こら、ちょっと」
「ありがと〜」
そう言って、俺に強く抱きついてくる。
なんだか胸の感触が心地良すぎるわけでして・・・・・あ、なんかいい匂いもする。

681 :堕天使 :04/08/09 17:24

れいなが俺の額に自分の額をつけた。
「○○さんて、優しいんだね。わたし優しい人大好き」
「な、なんだよ・・・よせって」
れいなは、しばらくそうしていたが、ようやく俺から離れて、
「じゃあ、早く教えて!」そう言った。

俺の方ときたら、物凄い勢いでドキドキしており、なんだかもう・・・・・
こいつ、ただもんじゃねぇ。
そんな事を考えたり、けっこう元気になってしまった一部をなだめるのに
一生懸命だったり・・・・・なさけねー・・・・・

なんか嬉しいような、恐ろしいような、これからの事をそう感じていた。
れいなは、ただただ微笑んで俺を見つめていた。

714 :堕天使 :04/08/10 10:37

すっかり日も暮れてしまった。
「まあ、だいたいがそんなとこだよ。まあ、俺の言う事もあてにならない
かもしれないけど」
「ううん、よく分かったよー。学校じゃ習ってない事も沢山あったし」
「ああ、ならちっとは役に立ったかな?」
「ありがとう!」
れいなは嬉しそうだ。

どこからか取り出した、変な形のノートのような物。
そこに俺の言った事を書きとめていた。
「もうちょっとで書き終わるからね」
俺は、ノートに書き込むれいなを横目に、テレビをつけた。
こんな時間も悪くない。たとえ彼女のおふざけに付き合ってるとしても、たまには
こんな時間もいいか。なんとなくそう思っていた。

「はい、終わりー」
「終わったか?」
「うん」
そう答えると、れいなはパチンと指を鳴らした。
すると、机の上にあったノートのような物が消えた。
漫画とかなら、ここで俺の目玉が飛び出すとこか?
「マジックもできんのな・・・」
「えー、こんなの誰でもできるよぉ、学校のみんなは」
・・・・・何を教える学校に君は通ってんだ・・・・・

715 :堕天使 :04/08/10 10:38

「さて、夕飯はどうするよ?何か好きなもんあるか?」
「うんとね・・・」
れいなは指を咥えながら考えている。
「うんとー・・・」
・・・・・なあ、もう5分くらい経過したんだけど・・・・・

「やっぱりねー、れいなはなんでも好きー」
・・・・・笑ってるのはいいけどさぁ・・・その答えに5分てさぁ・・・・・
「そんじゃあ、なんか買ってくるか。ま、弁当くらいしかないけどな」
「いいよ、そんなことしなくても」
「俺腹減ったもん。ひとっ走りしてくるから待っててくれ。な」

れいなが床に散らばってる雑誌をめくり始めた。
人の話を聞けよ!あのなぁ・・・・・
「あ、こんなの好き?」
れいなが雑誌に載っている高級イタリアンの店の紹介記事、そこに写っている
豪華そうな料理の写真を指で指している。
「好きもなにも、そんな高そうなもん食ったことない」
「ふ〜ん」
なんだ、バカにしてんのか?しかたないじゃんか。

716 :堕天使 :04/08/10 10:39

「じゃあこれでいっか」
「あのな、一人幾らすると思ってんだ?」
なんて恐ろしい女だ。絶対将来多くの男を踏み台にできるタイプだな、君は。

パチン!
れいなが勢いよく指を鳴らした。
その瞬間、机の上に、雑誌と同じ料理が並んでいた。
「・・・はぁ?・・・・・」
「さ、たーべよ。れいなもこれ食べるの初めて!いただきま〜す」
さっさとれいなは食べ始めた。
あの・・・あのさ・・・・・

「おいしいよ!早く食べないと無くなるよ?」
ああ、そうですか・・・そうですね・・・
もうどうでもいいや。食ったもん勝ちってやつね。

天使でもマジックでも、なんでもいいわ。
うますぎるもん。
れいながいきなり俺の口に手を伸ばしてきた。
「え?」
れいなの指が俺の唇の周りを撫でた。
「ほら、お行儀悪いんだー」
れいなの指についたソース。
れいなは指を舐めると、また嬉しそうに料理を食べ始めた。

俺は、ただそんなれいなを見つめているだけだった。
まずい・・・・・動悸がおさまらねぇ・・・・・
なんか分からないが、いつか心臓発作起こすんじゃなかろうか。
そんな気がしてきた。

717 :堕天使 :04/08/10 10:40

なんだか胸元がモゾモゾする。
目を開けた。
あぁ・・・たらふく食って、いつの間にか寝ちゃったんだ。
カーテンの隙間から、朝陽が入り込んできている・・・って、おい!

俺の胸を枕にして、すやすやとれいなが眠っていた。
えーと・・・とりあえず俺は服を着てる。
れいなは・・・
やっぱり着てないのね・・・・・でも誓えるね。何もない!何も無かった!!
つーか、お前がなんでここで寝てんだよ!?

「お、おい、れいな・・・」
れいなが眠そうに目を開ける。
「おまえがなんでここで・・・・・」
「・・・・・まだねむい・・・」
そう答えると、再び俺の胸を枕に寝てしまった。
・・・じゃあもうちょい寝る?

「アホか。こら、起きろ。起きろー!」
「なぁ〜にぃ。眠いよ」
「眠いじゃない。天使なんだろ?こんなことしてる場合か。状況考えろや」
俺は、そのまま布団を出て、カーテンを開けた。
れいなは、まだ布団にくるまっている。

718 :堕天使 :04/08/10 10:40

なんで当たり前のように俺の布団で寝てるんだ?
「だって、昨日からは学校も休んでここにいるように言われてるし」
布団から声が返ってきた。
「それにしても、これはまずいって。分かるだろ?それに、俺の家に泊めるなんて
許可した憶えは・・・」
「そんなの当たり前でしょー。最終日までずっと一緒にいるんだから」

食後にちょっと横になったのが失敗だった。
嫌な汗が流れるってのはこういうことをいうんだな、多分。
「朝横で、女の子がいきなり裸で寝てたら・・・びっくりなんてもんじゃねーんだぞ」
「えー、知らないもん、そんなのぉ。それにー、天使は服なんて着ないんだから、普通。
○○さんが言うから着てるんだよ」
れいなが布団から顔を出した。

「・・・とにかくだ、何も無かった。服は着る。それと・・・ここに泊まるなら、ああ、これは
もしもの場合だぞ。その時は、別々の布団で寝る!以上!」
れいなは笑っている。
何がおかしいんだね、あんた。貞操観念とかそういうものがだね・・・
「意味わかんな〜い」
クッ・・・今日も相変わらず普通の目覚めはできないんだね。

さて、今日が2日目ですか。どうなることやら・・・・・

808 :堕天使 :04/08/12 08:08

全くひどいもんだった。
まずは朝。
他の人には見えないって言ってたけど、いきなり近所のお喋りで有名なおばちゃん。
「あら○○君。まあ〜、その子彼女?おばちゃん安心したわよ。だって○○君て、
そういうのに縁が無さそうっていうか・・・あら、ごめんなさい」
俺は挨拶もそこそこに、その場を逃げるように立ち去った。

「なあ、俺以外の人は見えないんじゃなかったか?」
「だって〜、せっかく出かけるのに姿消してるのもつまんないじゃない」
それだけ?あんたそれだけか?
「えへへ」
・・・・・今日中に、尾ひれがつきまくりで近所中に広まるな・・・・・

でだ。れいなの服を買いに出たんだ。
その行きの電車内。
つり革にぶらさがって大喜び。空いた席に立ち上がって俺の名前を呼ぶ。
窓に顔をはりつけて外を眺め、車両を行ったり来たり。
挙句、吊り広告のお父さんが読むアダルトな記事に食いつく食いつく。
×××ってな〜に〜?
目をむいてた車内の皆様、すみませんでした・・・・・

809 :堕天使 :04/08/12 08:08

目的地に着く頃には、すっかり疲れてしまってた。
当のれいなは、初めて乗ったという電車に、えらくご機嫌で。
「た、楽しかった?」
念のため聞いてみた。
「うん!もっと乗りたい!」
あ、そう・・・そりゃーえがったねー・・・・・

でも、ここからもきつかった。
若い女の子に人気のショップが多く入ったビル。
エスカレーターでまずは大はしゃぎ。
各ショップでも、店内で予測不能な行動をとりまくりで、とどめに、試着室の
カーテンをいきなり全開に・・・まあ、これは許す。俺の中では許す。だってさ、
いいもん見れたし・・・へへっ・・・

周囲の人々の冷たすぎる視線と、店員達の恐ろしいまでの表情と、俺はここでも
れいなの手をひっぱり、ビルの外へ逃げた。
まず二度とこのビルには来れないな。
出禁確定だわ。
まあ、俺が買うもんないからかまわないけどさ。
しかし、あの視線は辛かった。れいなはどうよ?
「なにが?」
ごめんな、聞くだけ無駄だよな。あーあ・・・・・

810 :堕天使 :04/08/12 08:09

楽しげに歩く人々をよそに、俺は歩道の端にしゃがみこんだ。
「次はどうしますか?」
なんでそんなに元気なんだ?てか、君のおかげでさぁ・・・
「なにが?」
いや・・・

「とにかくだ、着れる服、買わないと困るだろ?ま、値段は要相談としてもだ、
上から下まで揃えないと」
「ふ〜ん」
おまえ!
「れいなが俺の横にしゃがんだ。
俺の額に手を当ててくる。
「具合い、悪い?」
「え?あ、全然・・・」
「じゃあよかったです」
そんなに嬉しそうにされるとさー・・・なんかさー・・・・・照れるじゃない。

そうだ。その・・・あれだ。女性がつける下着ってやつも・・・買う・・・そりゃ必要だよな。
なんて言ったらいいんだろ?れいなにそういう必要意識は無さそうだし。
なんせ裸が常識という娘だからなぁ。
そう考えていると、れいなが立ち上がりその場でクルッと回転した。
さて、目玉飛び出させようか?一瞬で、れいなの服がさっきショップで見かけた気が
する、薄紫のノースリーブ、膝までのタイとパンツ、洒落たサンダルになった。

811 :堕天使 :04/08/12 08:10

「似合う?ねえ、どうかなぁ?」
その場でくるくると廻っている。
周囲の人は、誰も今あったことなんか知らないって感じだ。
えーと・・・新種のまんび・・・よそう。

「ねえってば!」
いきなり、れいなの顔が俺のすぐ前に出てきた。
「わぁっ!?」
れいなの両手が俺の頬を触る。
「どう?似合う?なんか言ってよ〜」
「そりゃあさー、似合うもなにも・・・
はい、とっても素敵です。そりゃそうです、はい。おい、そこを歩いてる三人組の娘。
ちっとは見習いなさいよ!・・・って感じかな・・・

「ありがと!」
れいなが抱きついてきた。その勢いで、俺は後ろにこけた。
「ごめんなさい!」れいなに引き起こされたが、周囲のいい笑いものだ。
恥ずかしい・・・で、痛い。あ、手がすりむけてる。いてて、血がでてきちゃった。
「あ、大変」
「いいよいいよ。こんなもん、どうってことないからさ」
すると、れいなが傷口に唇をつけた。驚いてしまったが、れいなが唇を離したら、もっと
驚いた。きれいさっぱり、傷も血も、何も無かった。怪我などしなかったように・・・・・
微笑むれいな。そして俺は、唖然としてれいなを見てた。まさかな・・・まさか・・・・・

841 :堕天使 :04/08/12 23:19

アパートまでの駅からの道。
あれから、他の場所に移動したり、街をぶらついたり。
楽しんだ?
「楽しかったね!なんか、人間の生活ってうらやましいなぁ」
へー・・・そんなもんか?

しかし、昼間の俺の指の件はなんだったんだ?
さすがにマジックではないわな。
今日一日一緒に行動して、変わった奴だけど、一緒にいると楽しいってのが
分かった。ほんとに常識がどっかずれてるけど、そこも可愛いもんかなって。
電車で遊ぶのは厳しいけどさ。

まあ、彼女が天使だか、単なる家出娘で、しかもだ、世の中をなーんも知らない
娘であっても、それはそれでいいや。
あと3日なわけだし。
ひと夏の奇妙な体験てのも、人生に一度くらいあってもいいかもな。
どうせ、何かあるって人生でもないしな、いまのとこ。
彼女が本当の天使なら、俺の人生あと3日なんだけどさ。

れいなと繋いだ手に、少し力がこめられた。
れいなが俺を見上げた。その表情が、少し寂しげだった。
俺の心、読めるんだもんな。あと3日・・・・・
れいなの手に、より力がこめられた。
俺は、何も言うべき言葉が見つからず、その手の感触を感じながら、ただ
夜の道を、れいなと歩いていた。

842 :堕天使 :04/08/12 23:20

家には、小さいながらも浴槽がちゃんとある。
「やっとたまったか」
俺は風呂場を出て、
「れいなー、先にはいっていいぞ」
そう言った。
ちなみに、やはり今夜もここに泊まるそうだ。
金があれば、ビジネスホテルでも予約してやるのだが・・・あ、でもそこまでしてやる
筋合いでもないわな。
しかし、この状況も、世間的にはアウトだよなぁ。なんとも・・・

「一緒に入りますか?」
ノースリーブを脱ぎながら、れいながこっちに歩いてくる。
「お前な!恥じらいとかそういうもんは・・・」
「はいこれ」
いやな、俺に服渡されてもさ・・・たためってか?
「だってさ、いつもみんなで水浴びするよ?」
「水浴び・・・するの?」
「うん。泉があってねー、そこでみんなでするんだよ。でもね、○○さんは、そこは
入れないよ」
そうだよな、天だもんな。いけねーわな。
「そう!」
・・・・・とりあえず入れ、な。ちょっとひとりにしておくれ。

843 :堕天使 :04/08/12 23:20

れいなが風呂に入ると、俺は窓際に座った。
状況を整理してみた。
・・・・・駄目だ・・・さっぱりまとまらない。
まあ、レイナと暮らしてるって思えば・・・それはそれで楽しいか。

「○○さ〜ん!」
風呂場から大声が聞こえてきた。なんだ、また何か起きたか?
風呂場の手前から声をかける。
「どした?」
いきなり風呂の扉が開いた。
「・・・えぇっ・・・」
中から、とてつもない量の泡が流れ出てきた。
「うわっ」
俺自身も泡に飲み込まれた。そう、泡がこぼれたなんてもんじゃない。
部屋が泡で埋まるかと思うような・・・・うわっ・・・・・

「とりあえず・・・何をどうしたんだ?」
泡は、れいなが指を鳴らしたら消えた。
「あのね、遊んでたらああなっちゃった。面白かった?」
・・・いいや全然・・・てか、遊んでてもああはならないしな、普通。

844 :堕天使 :04/08/12 23:21

「びっくりするかなーって思ったから」
れいなは、また昼間みたいに、いつのまにか赤いチェックのパジャマを着ていた。
濡れたままの長い髪と、湯あがりで赤く染まった肌。なんか色っぽいな、おい。
「ごめんなさい・・・」珍しく落ち込んでるようだ。
さっき思わず怒鳴ったのがまずかったかな。

俯いたままのれいなを見ていたら、なんか自分がとんでもなく悪い事をしたような
気がしてきた。
「そ、そんなにさ、なぁ。俺も・・・悪かったな。あんまり驚いてさ。大家さんにバレたら
とか考えちゃってさ」
気まずいなぁ・・・
「怒ってますか?」上目遣いでれいながこっちを見る。
「え?いや、いやいやちっとも」
「ほんと?」
「うん、うんうん」
「よかった〜」いきなり、れいなが飛びついてきた。
「おい、まずいって。分かったから」

完全にれいなのペースにはまったようだな。大丈夫か俺?いいや、風呂入って
今日の疲れを癒して・・・
「お水かけましょうか?」
・・・頼む・・・せめて風呂くらい一人にして・・・
つまらなそうなれいなを残し、風呂へ入った。・・・・・疲れた・・・・・

845 :堕天使 :04/08/12 23:21

風呂に浸かりながら、ふと思った。
俺の人生も・・・あの泡みたいに、弾けて消えるだけなんだろうか・・・・・
そもそも、生きることの終わりなんて、そんな風にあっけないもんなんだろうか。

小さな浴槽では、体を折って入らなくちゃならない。
膝を抱えた状態で、なんとなく今までの人生を思い返した。
後悔や、恥ずかしさや、楽しかった記憶、嫌な思い出。
ガキの頃の家族との記憶。

なんとなく舌打ちした。意味は自分でも分からない。
今、俺が泡みたいにこの瞬間消えたとしたら・・・・・
泣いてくれる人、悲しんでくれる人、そして・・・いつか俺をほんの少しでも
思い出してくれる人。
誰も思い浮かんではこなかった。
それを悲しいとかは思わなかった。そういう生き方だったというだけだろう。

れいなは・・・いつか俺を思い出してくれるだろうか?
もし彼女が天使なら、最期の瞬間、俺の為に涙したりするんだろうか?
そんな事を思っていた。
風呂から上がると、れいなは、敷いておいた布団ですっかり眠っていた。
あどけない寝顔を眺めながら、俺はただ部屋の隅で壁にもたれていた。
色んな事が頭をよぎり、なかなか寝付けそうになかった。

883 :堕天使 :04/08/13 22:49

あれこれ考えすぎて、まともに寝れなかった。
明け方、ようやくうとうととしたくらいだった。
口ではなんだかんだ言いつつ、実はけっこう気にしてるって事が、自分自身で
はっきりと分かった。

昨日見たあれは何だったんだろう?
眠れないまま、なんとなく横になっていた。
少し離れた布団で眠るれいなが光っていた。
白っぽい輝きで、そうだ、白色灯みたいだった。
そしてそれを眺めていたら、いつの間にか、うとうととして・・・

ただ、声は聞こえたんだ。
「れいな、変な同情や、感情を持つのは禁止だよ」
「分かってる・・・」
「私達の役目、それを守らないと」
「うん・・・」
「いい、全ては○○という人の持つ運命なんだよ?それを私達が変える事は許され
ないんだよ。もし、れいなが規則を破れば・・・」

884 :堕天使 :04/08/13 22:50

そんな声を、確かに聞いた筈だった。
でも、夢だったのかもしれない。
自信は無い。
規則・・・運命・・・同情・・・・・
「わかんねーよ、そんなの」
なんとなく声に出して、れいなの方へ小さく呟いてみた。

れいなは、まだぐっすりと眠っている。
その寝顔を見ていると、なんだか安心している自分に気づいた。
「お前は・・・天使か?それとも・・・誰なんだ?」
れいなが、寝返りをうった。
その時に気がついた。
れいなの眼から頬にかけて、涙を流した跡があることに。

何の涙を流したんだ?
両親のことでも思ったのか?何か辛い事があったのか?だから、こんなとこに
いるのか?
それとも・・・・・俺の聞いた筈の会話と、何か関係があるのか?

しばらく、その涙の跡を見ていた。なんだか切なくなった気がした。
だから窓の外に視線を移した。外は、何事も無いかのように、今日も真夏の模様
をしていた。
そして3日目が始まる。

885 :堕天使 :04/08/13 22:50


(幕間)

俺は、万年床に仰向けのまま倒れこみ、しばらく天井を眺めていた。
少しして、煙草を咥えた。
天井の染み、なんとなく見つめていた。

すっかり孤独の染み付いた部屋。
散らかりきったままで、最後に片付けたのはいつだったか。
部屋の様子が、俺の今の人生や、それに対しての生き方を見事に表している
ような気がした。
自嘲気味の笑いがこみあげてくる。そんなことにも慣れた。

激しい咳き込みが襲ってきた。いつものことだ。最近じゃ、うまく付き合っていく
方法だって憶えた。
「もうちょっと・・・もうちょっとうまくやっていこうぜ、なぁ」
むせながら呟いた。
そうだ、もうちょっとでいい。あともう少しの時間・・・・・

俺は、ゆっくりと起き上がった。
軽く胸をさする。呼吸を整える。ティッシュを取り、そこに唾を吐いた。
その唾を眺める。
「赤い・・・よな・・・」
そうだ。赤は生命の印だ。そう自分に言い聞かせてきた。
「うまくやってこうぜ、頼むよ」
そして、部屋の中の時間が再び進んでいく。

886 :堕天使 :04/08/13 22:51

                (本章 2)

朝飯を食いながら、今日の予定を考える。
やはり、どうしても会っておくべき人は、思い浮かばなかった。
それならそれでしかたがないことさ。
そう思ったとき、れいなが何かを言おうとしたようだったが、結局、何も言わなかった。
どこかで、その時その時につるむ仲間はいた。
今も、学生時代の友人もいる。
けど・・・本当の友人てなんだ?俺が思う友人てなんだったんだ?
自分の浅さみたいなものを、痛感した感じだ。

「あ、あの、今日は・・・」
れいなが声をかけてきた。
「え?・・・あぁ・・・」
上の空の返事。やはり、俺は全てに浅いんだろうな・・・今更遅いけど。でも、この
数日が終わったら、何かを変えなくては。
気づいたからには、何かを変えなくては。そう思った。

れいなの視線を感じた。真っ直ぐに俺に向けられた視線。
いつもとは違う、そう、こんな言い方したら怒られるかもしれないけど、真面目な表情。
俺は、一度れいなに頷いて見せて、何も言わず、朝飯を口に運び続けた。
れいなの視線、優しさと、俺に対しての哀れみみたいなものと、そして・・・・・
どこか諦めが入り混じったような感覚。
俺の肌に突き刺さっていた。俺はただ、それを感じていた。

15 :堕天使 :04/08/14 10:18

コバルトブルーの澄んだ海。青すぎる空。輝いた眩しすぎる日差し。
白く美しい砂浜。沖に見えるプライベートボート。
・・・・・てなわけにはいかないが、ここもまぎれもなく海だ。
そう、夏といえばやっぱり海でしょ。
俺達は海に来たんだ。

れいなは、やはり海も初めて来たそうで、とにかくあちこち見るのに落ち着かない。
そうそう。来るときの電車の中では、駅の売店で買った漫画と、ジュース。
これでばっちりだった。
ただし・・・何故かそこに載っていない先のストーリーまで教えてくれたけど・・・・・
せっかく楽しみにしてたのに。・・・作者?・・・

「う〜み〜!う〜み〜!」
「分かったから」
俺は、海岸にシートを敷きながら言った。
あ、聞いておかないとね、やっぱ。
「み・・・水着なんだけどさ・・・」
「ああいうののこと?」
れいなが指差したのは、極めて露出の高い、もう着てる意味ないんじゃねーの?
というやつだった。
「いやー・・・ねえ。なんぼなんでも・・・」
「ふ〜ん」

16 :堕天使 :04/08/14 10:19

れいなが指を鳴らした結果、薄いブルーのビキニ姿になった。
相変わらず、周囲の人は誰もおかまいなしだ。
「どう?どうどう?」
そんなに近寄らんでも。それと、人様の前で胸の部分を堂々と直すのはどうかな?
今夜は恥じらいとか、そういうことをじっくり話そうか?
「ねえ!どうなの〜?」
「いや、そりゃもう・・・へへっ」
「えへへ〜」

俺は、荷物を置くのと、俺自身が着替えるため、近くの海の家に入った。
しかしまあ、似合ってたな、あの水着。
うん、可愛かった。関係ない子だったら、声かけるわなぁ。
もうちょっと大きいといいんだけどなぁ・・・惜しい、つくずく惜しい。
・・・・・いかん、かる〜くテンション上がってるかもしれない。
落ち着け俺。負けんな俺。

コーラを2本買い、シートに戻った・・・・・って、パラソルやら、椅子やら、
クーラーボックスやら・・・えらく豪華になってますけど?
「いいでしょ〜。他に必要な物って何かあります?」
「これもやっぱし・・・」
「簡単だよ、こんなの」
決めた。今日はもうとことん楽しむ。ただそれにつきる!
れいなが俺に満面の笑みを送ってきた。

17 :堕天使 :04/08/14 10:20

久々の海だった。
学生の時に、野郎だけで連れ立って来たのが最後か。
あの時は見事玉砕だったなぁ・・・

「わあっ!」
後ろから突き飛ばされ、頭から海の中にこけた。
慌てて顔を上げると、悪戯に微笑むれいなが立っていた。
「お、おぼれたらどうしてくれんだ。やっぱあれか、れいなの目的って・・・」
そんな事聞いちゃいないのか、れいなは俺に水をかけまくってくる。
「こら・・おい・・・このっ」

俺はれいなに思いっきり水をかけ返した。
あ・・・なんか、青春映画の1シーンみたいじゃん・・・なんか恥ずかしい気もするが。
れいなは、きゃーきゃー言いながら、その辺りをうろうろしている。
れいながバランスを崩して、俺に倒れこんできた。
「おっと」
・・・あ・・・わざとじゃないよ、ほんとに。触るつもりじゃないから・・・ね?ねえ?
「うんとね〜・・・なんだっけな・・・」
・・・何がさ?
「あぁ!エッチ〜!あはははは」
お前なぁ・・・
俺は、れいなを立たせると、砂浜の方へ急いだ。なんか恥ずかしいやら気まずいやら。
小さいくせに、なかなかナイスな感触が右手に残りつつ・・・
れいなのはしゃぐ声を背中に、軽く前かがみでシートに急いだ。なさけねぇ・・・

18 :堕天使 :04/08/14 10:20

しかし海はいいな。
気持ちいいし、なんかのんびりできるし。なんか健康的だな、うん。
岸辺で遊んでいたれいなが、こっちに歩いてくる。手を振っている。
つられて俺も振りかえしてみる。あぁ、なんかこういうのもいいかも。
れいなが嬉しそうに、もっと大きく手を振りながら走ってくる。

「海って大好きになったよ!」
「そ、そうか。それは何よりだ」
「こんな素敵な所があるんだね。太陽も気持ちいいし」
「う、うん」
「そうそう、れいなね、お腹空いちゃった」
「ひ、昼飯でも食うか」
「うん!」

あのな・・・それはそれでいいんだ。れいなが喜んでくれて、俺も楽しいしさ。
でもさ、寝ている俺の腹の上に座るのはどうかなぁ・・・
しかもさ、顔と顔がえらく近いしな。
傍から見たら、かなりいけない格好だと思うぞ、こんな人様が沢山いるとこで。
「なんで?」
「そりゃ、そのあれだ・・・あれだよ」
「わかんないもん、あれじゃ」
れいなが俺の胸に顔をつけた。頼む、いろんな意味でやばいから・・・ほんとに。

19 :堕天使 :04/08/14 10:20

指を鳴らそうとするれいなを止めて、海の家でやきそばとカレーを買った。
やっぱり、ここで買って食べるのがうまいんだよな。
ついでに、日焼けオイルも買った。
少しは肌を焼いて、夏!って感じにしないとな。

「おまちどーさん」
「いただきます!」
時折吹く風が、なんとも心地良い。
じわじわと滲む汗と、熱いカレーをかきこむことで流れる汗も、これも心地良かった。
「なんかさ、久しぶりに来たけど、こういう夏の過ごし方って、凄いいいな」
「楽しい?」
「ああ。なんかさ、ガキの頃とか思い出した。毎年、プールだ海だって。真っ黒になる
まで遊びまわってた」
「うん、知ってる。野球もしてたよね。あと、虫捕りとか」
そう言われても、もう不思議な気はしなかった。
「生まれた時からのこと、全部知ってるよ」
「ああ。・・・ガキの頃は、なんでも楽しかったなぁ・・・」

食い終わった俺は、そのまま横になった。
何故か、とても穏やかな気分だ。夏の解放的な雰囲気のせいか。それとも、
海の雰囲気か。
「少し寝たらどうですか?お昼寝の時間」
れいなが横に来て寝転んだ。俺は、自分の腕を枕にしながら、眼を閉じた。

20 :堕天使 :04/08/14 10:21

少年時代の夏の記憶。
かつて見た夏の太陽。かつて感じた夏の匂い。
もう他界してしまった祖父母の顔。田舎の風景。
爺さんの畑からとったスイカのうまさ。
婆さんの優しさ。
親父とお袋の顔。皆で過ごした田舎の夏休み。

初恋の人。悪ガキ仲間。
部活の夏合宿。夏期講習の教室。
初めて迎えた恋人との夏のひと時・・・・・

次々と浮かんでは、弾けて消えていった。
俺は、何もできずに、じっと、流れるその光景を眺めていた。
眼が覚めた。
ひどく汗をかいていた。
なんで、あんなに次々と・・・走馬灯のように過去を見る・・・そんな言葉を思い出した。
れいなが、何も言わず手を握ってきた。
俺は、その顔を見た。
「お・・俺は・・・」
れいなが肩に顔を寄せてきた。瞬間、ドキッとしたのと同時に、理由なんか分からない
けど、れいなの話は本当なんだな。そう悟った。全て、現実であり、真実なんだ。
まだ何かの感情は湧いてこない。でも、俺はれいなが離れてしまわないよう、その肩に
手を廻し、しっかりと抱き寄せたんだ。

55 :堕天使 :04/08/15 01:06

空が青からオレンジに移り変わっていく。
一組、二組と砂浜から帰っていく。
そして、すっかりオレンジ色の空になった頃、砂浜に残っている人達はほとんど
いなくなっていた。

俺とれいなは、何をするわけでもなく、ぼんやりと暮れていく空と、水平線の方を
眺めていた。
ほんの少し、夜風が流れ始めたようだ。
れいなの方を見た。
海の輝きが、れいなの顔を、体を、髪を、美しく照らしていた。
とても素敵だった。その姿を、忘れたくないって思った。

れいながこっちを向いた。
「綺麗だね、空も、海も」
「ああ。こんな風景、もうずっと忘れてたよ」
「ありがとう、今日は」
「いや、俺の方こそ。・・・その、なんつーか・・・れいなと一緒に見れてよかった」
「え?」
「なんでもないよ」
れいなが首をかしげている。
自分で言ったものの、どうにも照れくさかった。でも、本当にそう思っていた。

56 :堕天使 :04/08/15 01:06

それから少しして、俺達も海岸をあとにした。
「れいな、疲れてるか?」
「ぜ〜んぜん!いつでも元気だよ、わたしは」
「少し先の駅まで、歩かないか?」
「いいよ!」

なんとなく、れいなと一緒に歩きたかった。
海沿いの道を、二人で歩きたかった。
右手に海を見ながら、俺達は、暗くなり始めた道を歩いた。
潮の香と、波の音。うっすらと見え始めた星。
そんなことが、たまらなく素敵に思えた。
心に焼き付けて、俺がこの世に生きた思い出として、俺の中にとっておきたいって
思った。持っていけるものなら、向こうの世界へも持って行きたいって・・・・・

「大丈夫だよ・・・」
れいなが小さく呟いた。
「そうか・・・ありがとうな」
俺は、何故か自然に笑えた。

57 :堕天使 :04/08/15 01:07

不意にれいなが立ち止まった。
「どうした?」
れいなが何も言わず、俺をじっと見つめてくる。
走り過ぎて行く車のライトが、そんなれいなの顔を照らしていく。
「どっか・・・痛いのか?」
れいなは首を横に振った。
「じゃあ、疲れたのか?ちょっと休もうか?」
れいなが首を横に振り、俺に抱きついてきた。

何も言わず、ただ俺に抱きついている。
泣いてるのか?そんな言葉を飲み込んだ。でも、れいなには届いてしまうけど。
何を言っていいのか分からなかった。けれど、
「俺、れいなが迎えに来てくれてよかったよ。そう思ってる。ありがとな、俺の所に
来てくれて」
素直にそれだけは言えた。
勿論、生きたい。もっと生きて色んな人生を送りたい。けど、運命ってのがあるなら
しかたないのかもしれない。
おかげで、れいなに出会えた。何かを、自分の中の何かを変えられる事にも気づいた。

れいなが顔を上げた。涙の跡を、そっと指でなぞった。
考えるよりも先に、体が勝手に動いてた。罰があたるんだろうな。
そう思った時には、れいなの唇に俺の唇を触れさせていた。
れいなの髪の香、小さな唇、夜の匂い。それを感じていた。

58 :堕天使 :04/08/15 01:08

日に焼けた肌のヒリヒリする感覚。
そんな事や、あの時れいなにしてしまった行動。その後、何も言わず、ただ俺に腕を
組んできて駅まで歩いたれいな。
家に戻ってからも、なんとなく会話がしにくかった。
それらを考えているうちに、眠っていたようだ。

また、俺の背後から声が聞こえる。
俺は耳を傾けた。顔は壁の方を向いているから、起きた事は気づかれてないだろう。
「分かってるの?自分の立場が」
「うん・・・」
「なら何故?誤魔化せるとでも思った?」
「わからない・・・」
「いいこと?天使と人間が結ばれる事なんてあるわけないでしょ?それに、あっては
ならない。あれですんだからいいけど・・・もしも・・・」
「わかってるよ・・・」
「いいえ、れいな、あなたはわかろうとしてない。もしも、最後の掟を破ったら、その時は
あなたは・・・」
「もう今夜は帰ってよ!独りにしてよ・・・」
「・・・分かったわ。でもね、約束よ?あなたは、この世界の住人じゃないの。そして、私達
の住む世界の掟がある。・・・もう一度、よく考えなさい」

壁の方を向いていても、はっきりと分かる光。眩しくなって、一瞬で消えた。
俺の背中に、れいなの視線を感じた。俺は、そのまま目を閉じた。
少しして、れいなが布団に入る気配がした。俺は、眠れないまま目を閉じ続けていた。

59 :堕天使 :04/08/15 01:08

4日目。
俺はれいなを連れて、墓参りに行った。
少しばかりご無沙汰してしまっていた。日々に流され、足がいつからか遠のいた。
花と、饅頭とかの甘いものと、酒と。両手に持って出かけた。

長い間、墓の前で手を合わせていた。
色々な事を喋った。これまでの暮らし。今の暮らし。そして、れいなとの話。
首筋を汗がつたっていく。拭う事も忘れ、俺は話し続けた。
日差しが、ジリジリと肌を照りつける。
れいなは、何も言わず、俺の横にしゃがんでいる。
「ふぅ・・・すっきりしたよ、なんか」
れいなにでもなく、誰にでもなく、そんな言葉が出た。多分、自分自身に対してか。

「ありがとうって皆さん言ってる。あ、お爺さんがさっそくお酒あけてるよ」
「そうか。爺さん、酒が何より好きだったから」
「お母さんがね、ちゃんと食べなさいって」
「ああ・・・みんなに、またなって伝えてくれるか?れいな・・・・・」
れいなが墓の方を向く。
俺は立ち上がり、空を見上げた。眩しかった。その眩しさが、今この瞬間は生きている
ということを実感させてくれた.
もう少しか・・・・・
俺も、墓の方を向いた。じっと見つめた。
墓の周囲の木々から、蝉の声が聞こえていた。それはやむことなく、いつまでも聞こえた。

60 :堕天使 :04/08/15 01:09

その後は、何をするでもなく、なんとなく街をぶらついて、喫茶店に入っては、とりとめ
のない話をしたりして。
昨日の一件も、俺もれいなも無かったかのように振舞っていた。

冷たいコーヒーを一口飲み、長年あった胸のつかえが今日取れたのを改めて感じた。
墓参りの帰り道、れいなは教えてくれた。
いつでも見守ってるからって。そう言ってたよ、みんな。
俺ももうすぐそっちに行くのは知らないのか。
でもまあいいさ。行ったら、ゆっくり話もできるか。そう思った。

静かに時間が流れていくのを感じる。
店の外を歩く人々。通りを走る車。全てが、俺の何倍もの速度の時間の中を生きている
感じがした。俺とれいなだけが、のんびりと進んでいる。
「そんなことってあるのか?」
れいなは少し困ったような顔で、
「その・・・○○さんみたいな・・・状況になると・・・あの・・・」
「そうか。なんかさ、凄い穏やかな気分だ。不思議だよ自分でも。・・・れいなが、側に
いてくれるから安心してんのかな」
れいなが、照れくさそうにはにかんだ。俺は、どこか宙に浮いたような感覚の中、時間
の流れる感触を確かめるように感じていた。

もうすぐ・・・もうすぐその時はやってくる。でも、それはれいなとも別れることになる時で
もあるわけで・・・自分の中にある、そんな気持ち。れいなに・・・届いてしまったろうか?

61 :堕天使 :04/08/15 01:09

もうすぐ時計の針が日付の変わりを教えようとしている。
そうなると、俺の最後の一日が始まる。
「・・・最後・・・」
テレビを見ていたれいなが、俺の方に振り返った。

かける言葉が思いつかなくて、窓際にいって煙草を喫った。
こんな当たり前にしてきたことも、もうできなくなるんだな・・・・・
これだけじゃない。
これまでずっと毎日それが当たり前だと思ってきた事。全てが無になる。
窓を少しだけ開けて、生温かい外の空気を目一杯吸い込んでみた。
れいなが側に来て座った。何か言いたそうだが、声はかけてこなかった。

時計の針が、午前0時をさした。今日、俺の全てが終わる。
もう一度、大きく外の空気を吸った。続けてまた吸い込んだ。
何度も何度も吸い込んだ。
れいなが、俺の胸に手を当てた。凄く温かくて、気分が楽になっていく。
意識しない部分で、恐怖しているのだろうか。

空を見上げると、星が見えた。
死んだ人間は星になる。ガキの頃読んだ絵本だったろうか・・・・・
「俺みたいな奴も、星になれんのかな・・・」俺なんかには似合わない言葉。でも、
言ってみた。言う事で、何か安心できるかと思った。
れいなは、何も答えなかったけど、俺の事を抱き寄せて、しばらくの間、ずっとその
ままでいてくれた。何よりも平穏な気持ちになれる俺がいた。
れいなの温もりの中に、ただ身を任せていた。

105 :堕天使 :04/08/15 23:32

             (幕間 2)

激痛が体中を走り回る。
波の過ぎるのを待つしかない。この痛みとも、随分付き合ってきた。
最初は、なんで俺が・・・そう思った。けど、受け入れる事は早くできた。
それよりも、いつまで時間があるのか・・・その方が不安だった。
急がなければならない。そう思い続けた。

でも、その日を待ち続けている自分がいることも、よく分かっていた。
少しずつ、体を自由自在に駆け回っていた波が引いていくのが分かる。
荒く乱れた呼吸を、ゆっくりと整えていく。

携帯が鳴り響いた。
「はい・・・」大丈夫だ、もう大丈夫。
相手は出る前から分かっている。俺にかけてくるのは、限られている。
「ああ・・・悪いな。いや、大丈夫だ。予定通り頼むよ。ああ、忙しいのにすまない。
じゃあ、よろしく頼む。・・・いや、心配ない。元気なもんさ・・・じゃあな」
電話を切った。
もうすぐだ。全てもうすぐなんだ。
机の上の写真立てを手に取った。
「・・・・・もう少し・・・助けてくれよな・・・・・悪いな、もう少しだから」
俺は、再び時間を進めていく。

106 :堕天使 :04/08/15 23:32

             (本章 3)

朝が来た。
俺の腕を枕にして眠るれいなを起こさないよう、そっと腕を抜いて布団を出た。
カーテンの隙間から外を見た。
素晴らしいくらいの晴天だった。
「ふぅ・・・」
一度、大きく息を吐いた。
煙草とライターと財布。それを持って外へ出た。

やはり、恐怖感はまだ湧いていない。
何も無い。とても穏やかで、静かな気分だ。
夏の朝の、どこか心地良い雰囲気。
自動販売機で買った缶コーヒーを口にしながら、近所を歩いてみる。

なんてことない平凡な町。でも、今になると、そんな平凡な町や、ここで過ごした
日々。そんなものが、とても懐かしく、そしてありがたく感じられた。
バス停にあるベンチ。そこに座った。
まだ早い時間で、バスも運行していない。
喫いこんだニコチンが体内を駆け巡る。
あっちの世界にも、煙草ってあるのかな・・・・・ふと思った。

108 :堕天使 :04/08/15 23:33

俺が今日この世界から消えてしまっても、世界は何も変わることなく進んでいく。
俺が生きてきた証も、いずれ長い時間の中に埋もれていくんだろう。
それを残念とも、悲しいとも思いはしない。
ただ、それだけのことなんだ。

いつかは、全てが無にかえる。
何かで聞いた、そんな言葉を思い出した。
素晴らしい人生だったか?後悔は無いか?やり残した事は無いか?
あげればきりがなくなるだろう。
けれど・・・・・もう時間が無い。
「・・・受け入れる・・・だけか・・・」

吐き出した煙が、ゆらゆらと宙を舞っていく。そして、空の中に消えた。
「そんなもんだ・・・」
なんとなく呟いてみた。
最期の時まで、れいなともっと話そう。れいなを忘れないように、もっとれいなを
焼き付けよう。
「俺の・・・天使・・・か・・・」
ゆっくりと立ち上がり、アパートの方へ歩き始めた。
朝の空気が、たまらなく気持ちよかった。

109 :堕天使 :04/08/15 23:34

古いアルバム。
れいなと眺めながら話した。
好きなCD。
れいなと一緒に聴いた。
好きな本。好きな映画。
れいなにストーリーを話した。

もっと時間が欲しい。
今は、人生の時間よりも、れいなと話す時間、一緒にいる時間。
それが欲しいと心のそこから思った。
けど、時計の針は、遅れることも早まることもなく、淡々と進んでいく。

「なぁ・・・いつなんだ?」
れいなが顔を背けた。
「最期の時は・・・いつなんだ?」
れいなが唇を噛んだまま、俺の視線をかわしている。
「れいな」
れいなが泣き始めた。俺は、その肩に軽く手を置いた。
「泣くなよ。誰のせいでもない・・・だろ?そうさ、そんなこともあるってもんだ」
自分の声が震えてないか気になった。うまく言えてたか?
れいなが立ち上がり、何も言わず家を飛び出した。

俺は、部屋に流れる曲を、ただぼんやりと聴いていた。
そして、部屋に夕陽が差し込んできた。その明かりを、じっと見ていた。

110 :堕天使 :04/08/15 23:34

夕陽も落ち、夜が訪れた。
俺は、何をするでもなく、ぼんやりとした時間を過ごしていた。
何人か電話してみた友人は、帰省中なのか誰も連絡がつかなかった。
あいつらは、俺がいなくなったら、どう感じるんだろう。
できることなら、たまに、ほんとにたまにでいい、俺を思い出してくれたら嬉しい。

そんな事を考えながら、煙草を咥えた時、
玄関の戸が開く音がして、れいなが帰ってきた。
「よお、お帰り」
れいなは、一瞬俺を見たが、テレビの方を向いて座ってしまった。
ちょうど、俺に背を向けた格好だ。
「なんだよ、楽しくやろうぜ、最後くらい」
言ったものの、俺の声はちっとも楽しくなさそうだ。自分で苦笑した。

「・・・・・」
れいなが何かを呟いた。
「え?」
「来なければよかった」
「なにが?」
「こんな気持ちになるなら、わたしが来なければよかった・・・
誰か他の天使に来てもらえばよかった」
れいなの初めて聞くような沈んだ声だった。

124 :堕天使 :04/08/16 01:02

部屋の中を、重い空気が包んでいく。
「こんなのが私達の役目だなんて・・・もういやだ・・・こんなのもうやだ・・・」
「気にするなよ。・・・そりゃ、正直、もっと生きたいさ。あれもこれも、やり残した事は
沢山あるよ。でもさ・・・」
れいなは、まだ俺の方を向かない。膝を抱えて、そこに顔を伏せている。
「もう、心穏やかに終わらせてくれ。最期の瞬間まで、俺の側にいてくれよ」

最期の瞬間。俺は自然にいられるのか?泣き叫んだりしないか?痛いのか?
苦しいのか?れいなの最初に言ったとおり、安らかな瞬間なのか?
考えればきりが無い。考えるほど、不安にはなってくる。

れいなが、立ち上がり、壁にもたれている俺の横に来た。
俺の肩に頭をのせて座る。
「怖い?悲しい?もっと生きたい?」
「そんな次々言われてもさ」つとめて明るく振舞いたかった。
「わたしは・・・」
れいなの手を握った。小さいけど、凄く温かくて、握ってると安心する。
「最期の瞬間も、こうして手を握っててくれよ。もしかしたら、泣き喚くかもしれないし。
あぁ、そうだ、これが大事だ。あのさ、れいな」
れいなが俺を見る。その眼から、綺麗な滴がこぼれた。

125 :堕天使 :04/08/16 01:03

「向こうの世界でも、その・・・あのさ・・・また一緒にいてくれよな」
言ってから、はっきりと自分の気持ちに気づいた感じだった。
「そうじゃなきゃ、なんつーかさ、ほら、知り合いもいないしさ。なぁ、ははは・・・」
例え出会ってから日が短くても、どんな出会い方でも、どんな状況でも、それに、
相手が天使でも、その人を好きになることはあるんだ。
その人が、決して忘れられない人になることはあるんだ。

「○○さん・・・・・」
「そっか・・・俺の気持ち、読めるもんなぁ・・・恥ずかしいな、おい」
声を出して笑った。理由なんか分からないけど、笑いがとまらなかった。
けど、自然と涙も流れた。なんの涙なんだろう・・・悲しいわけじゃないのに・・・

れいなの顔が近づいてきたと思ったとき、唇に、とても柔らかい感触があった。
それは、とても優しくて、なんか甘くて、でもどこか切ない感じで。
ようやく唇が離れたとき、
「もしも・・・もしもわたしが一緒に、ずっと一緒にいたいって言ったら?」
れいなの眼が、透き通るように綺麗だった。そして真剣な表情。
「そうだなぁ・・・たとえ地の底に堕ちても、一緒にいたいかな。似合わないか?」
「えっと・・・あぁもう。なんて言えばいいかわかんない」
そのまま俺達はゆっくりと重なり合って倒れた。

126 :堕天使 :04/08/16 01:03

天使とこんなことをしたら、どんな罰を受けるのか。
でも、どれならそれでいい。れいなと一緒になれるのなら、どんな罰も受けよう。
何度も見てしまってたれいなの自然な姿。
改めて見た。透き通るような白くて美しい肌。なんだか、吸い込まれそうな気がした。

ゆっくりと、唇を這わせていく。次第に、れいなの白い肌に、朱がさしていく。
れいなと握り合った手に、力が込められてくる。
愛しいって思った。たまらなく愛しいって思った。
「○○・・・さん・・・」
俺の名を呼ぶれいなの声が、波のように遠くなったり近くなったり。
そして、れいなの体も、大きな波と小さな波に包まれていく。

「どんな事になっても・・・後悔しないから」
「ああ。れいな・・・俺の天使・・・俺だけの堕天使・・・だな・・・」
ゆっくりとれいなの体と一つになる。ゆっくりと、そして深く・・・・・
この数日間の様々な光景が流れていく。そして、いつもそこにあったれいなの笑顔。
今、俺はれいなと一つになった。そして思ったんだ。
全ては、俺の人生、そして運命は、全てこの日の為にあったんじゃないかって。
俺は、永遠を見つけた・・・・・
優しさと、無限の安らぎの中で、俺は溶けた・・・れいなと共に溶けた。

静寂と・・・懐かしいような安らぎと・・・れいなの優しさに包まれた・・・・・

158 :堕天使 :04/08/16 20:51

甘い香と、心地良い気だるさに包まれていた。
フワフワとした感覚が、夢の中にいるようだった。
いつまでも、この心地良さの中にいたい。
このままずっと眠っていたい・・・・・そう思った。

遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる。
それは近くなったり遠くなったり。
俺を呼んでいるのは・・・・・そうだ、れいなの声だ。
声の方へと手を伸ばしてみる。
もう少しで届きそうな気がする。
もう少し・・・・・あと少し・・・・・けれど、届かない・・・・・俺の手は届かない・・・・・

瞬間、眼が覚めた。
「夢・・・か・・・」
辺りを見回した。
「れいな?・・・・・れいな!?」
まだ、温もりの残った布団。けど、れいなは何処にもいなかった。
これも夢なんだろうか?
確かに、俺はここでれいなと・・・・・

159 :堕天使 :04/08/16 20:52

慌てて時計を見た。
時計の針が示している時間。
0時5分。
「・・・・・い・・・・・生きてる・・・のか?」
約束の期限を少しばかり過ぎていた。
けれど、俺はここでこうして生きている。これが夢なら話は違うんだろうけど・・・

「れいな・・・・・」
何度も声に出してみた。
返ってくるのは、ただ静寂だけだった。

温もりの残る布団に頬をつけてみた。
れいなの体温、髪の香、そして俺を見つめたあの瞳。
それ以外にも、次々と色々な事が甦ってくる。
「何処行っちまったんだよ・・・・・」
自分でも驚くような弱々しくて情けない声だった。

置き手紙も、さよならも、そして何の真実も告げないまま、こうしてれいなは俺の
前から姿を消した。
ただただ、寂しさと、孤独感と・・・・・思い出だけを残して消えてしまった。

160 :堕天使 :04/08/16 20:53

何の変哲も無い日々が過ぎて行く。
暑かった夏も、もう終わりかけている。
少しずつ、夕暮れが姿を現すのが早くなっていた。

あれは何だったんだろう・・・・・答えは見つからない。
不思議な体験をして、そして・・・・・
俺は確かに彼女に恋をした。そう思う。
ひと夏の恋だったのか・・・・・そうは思わない。もっと大事なものだった。
俺にとっては、忘れられない大切な・・・・・

夕暮れの道を、アパートへと向かって歩く。
帰れば、ただ孤独な部屋が待っているだけだ。それでも帰る所はそこしかない。
俯き加減に歩く。夏の終わりの風が、吹き抜けていく。

アパートの前、俺の部屋の前に誰かがいる。
街灯がつく前だから、あまりよく見えない。
近づいていく。自分の鼓動が早くなるのを感じる。
「・・・・・れいな・・・・・」
俺の声に、少し恥ずかしそうに、そして、情けなさそうに顔を上げた。
何を言えばいいか分からなかったけど、俺はただ抱き締めた。
幻覚だとしても、逃げてしまわないように抱き締めた。

161 :堕天使 :04/08/16 20:53

部屋の中。お互い、話し始めるきっかけがつかめないでいる。
「あのさ・・・・・」
「・・・・・」
「え?」
「帰る所・・・・・無くなっちゃった・・・・・」
「れいな・・・・・」
「わたし・・・・・」れいなが続きを話そうとした時だった。

まさに天の声って、こういうことを言うんじゃないだろうか。
それは本当にどこか上の方から聞こえてきて・・・・・
人間と結ばれた天使は、天界に住むことは許されないのです。永遠の月日を、
地上で過ごすのが決まりです。そして・・・天使と結ばれた人間も、決してその寿命を
終えることはできません。
もし、あなたがそれを拒否するならば、今すぐに地の底へ堕ちるでしょう。
受け入れるならば、堕天使と共に生きなさい。永遠に・・・・・
それは苦の旅路でもあり、安の旅路でもあるでしょう・・・・・

俺はれいなを見た。俺の大切な堕天使を・・・・・
きっと無数の苦痛が待ってるだろう。死にたくなる日もあるだろう。
けど、共に生きていこう。二人で、手を取り合って生きていこう。
終わりの日が来ないのなら、たとえ来たとしても、ずっと二人で生きていこう。
俺にとって、君は、人生よりも大事な人だから。

れいなの手を握った。もう離れないように。きつく握ったんだ。
俺と君の永遠が、これから始まるんだ。そう思った。

167 :堕天使 :04/08/16 21:52

               (終章)

通りを歩きながら思う。
やはり夏は好きじゃなくなった。
あの時以来、夏が嫌いになった。いや、夏だけじゃない。毎日が嫌になった。

大学を出て、就職して、長くは続かなかった。その後もあちこちを転々とした。
どこも長続きしなかった。
どこかで、前に進むのを諦めてしまった。それではいけないって思いつつ、前へ
足を進める事が、どうしてもできなかった。

あれから何度の夏が来ては過ぎていっただろうか。
数える事もやめた。でも、自分の中では分かっていた。そんなことが、たまらなく
嫌だった。

体が痛い。少し立ち止まって、呼吸を整える。
じんわりと、嫌な汗が体を覆っていくのが分かる。
けど、そんなことにも慣れた。
そんな体の痛みや、自分の体におきていることよりも・・・・・
もっと耐えられないことがある。
孤独。なによりも辛かった。それだけが耐えられなかった。いつまでも慣れなかった。
日増しに、辛さだけが増していった。

168 :堕天使 :04/08/16 21:53

待ち合わせの喫茶店に入った。
相手は、やはり俺より先に来ていた。
テーブルについた。
「悪いな、忙しいとこ」
「なに。それより、どうなんだ?」
「ああ、ようやくできたよ」
「いや、それもなんだけど・・・」
「体か?」
相手が頷いた。彼にだけは、昔から隠し事ができなかった。なんでもお見通しだ。

「まあ・・・な」
「なあ、一度ちゃんと・・・そうだ、僕の紹介でよければ大きな病院を・・・」
「ああ。ありがとな」
相手は、俺の顔をくいいるように見つめている。
考えてみれば、俺と付き合いが残ったのは、彼ともう一人の女性だけだな。
そんなことを思った。
彼には、ずっと助けてもらった。励ましてもらった。支えてもらった。
感謝してもしきれないくらいだ。でも、俺には・・・多分、何も恩返しできないだろう。
それには時間がなさすぎるんだ・・・・・

169 :堕天使 :04/08/16 21:53

「これ」
俺はフロッピーディスクをテーブルの上に置いた。
彼がそれを手に取る。
「やったな・・・とうとう・・・。嬉しいよ、ほんとに。やっと、これでやっと、前に進める
んじゃないか?」
彼の笑顔が好きだった。昔からそうだ。癖が多いし、どこか変わった奴だけど、俺は
彼を親友としても、一人の人間としても好きだった。
彼がいたから、書けたんだって思う。

「お前が言ってくれなきゃ、小説書く気になんてならなかったさ。でもさ・・・」
「でも?」
「ああ、素直に書けた気がする。自分の経験とは違うけど、なんて言うかさ、俺の
想いとか、理想とか・・・あちこちに詰め込めた気がするんだ」
「そうか」
彼が嬉しそうに笑った。
「とにかく、僕なんかでもようやく顔が広まってきてさ。出版社の知人に、必ず責任
持って持ち込むからさ」
「ああ」

170 :堕天使 :04/08/16 21:54

けど、俺の中では、結果なんて求めてはいなかった。
学生時代のあの夏。俺は不思議な経験をした。そして・・・・・
忘れられない恋をした。悲しい恋だった。
いつまでも、結果の現実を受け入れられなかった。
そうして、何年もの月日を、ただ流されて過ごしてきた。
決着・・・そんな言葉はふさわしくないかもしれない。でも、生きている間に、自分
なりに、決着をつけたかった。それだけなんだ。

「なあ、マメ」
「どうした?」
「お前・・・幸せか?」
「なんだい急に・・・そうだなー・・・幸せだよ」
「そうか・・・ならいいさ。美貴先輩にも、よろしく伝えてくれ。映画、良かったって」
「今度、食事でもしようよ。美貴さんも心配してた」
「そうだな」

書き上げた。俺の中の、彼女への想いを書き上げた。
「なあ○○」
「ん?」
「また・・・笑って会えるよね?そうだろ?いつだって会えるよな?」
俺は、頷いた。・・・お前はいつだって、俺の事なんでも分かってくれたな。
いつも気にかけてくれたな。言葉にしたかったが、うまく言えそうになかった。

171 :堕天使 :04/08/16 21:54

「忙しいとこ、ありがとな。そろそろ行くよ」
「病院・・・すぐに電話してみるから」
「ああ」
立ち上がった。その時、マメが俺の手を掴んだ。
「どうした?」
「いや・・・その・・・れいなちゃんへの想い、これでけりがついたのかい?」
俺は頷いた。
「ならさ・・・なら・・・踏み出せるよな?一歩ずつ、進めるよな?」

答える代わりに、俺は軽く手を上げた。
そして、そのまま店を出た。

自分の体は自分が一番分かる。
もうそろそろ潮時ってやつだ。でも、恐怖感は全くない。安堵感ばかりがある。
あの日以来、俺がしてきたことは、多分・・・自分の死に場所を探してたんだと思う。
いつか、れいなの側へ行ける日だけを探してきたんだって思う。

店を出て、通りを歩く。
激痛と、咳が襲ってくる。胸をおさえながら、ガードレールに腰掛けた。
通りの向こうから歩いてくる姿が見える。
俺は自然と微笑んだ。

172 :堕天使 :04/08/16 21:55

君がゆっくりと近づいてくる。
あの日となんら変わらない姿で、俺の前に立った。
「よお・・・久しぶりだな」
君は、少しはにかんだ様子で頷いた。
「やっと・・・やっとこの日が来たよ。ずっと、ずっとこの日だけを待って生きてきた」
君が俺に言葉をかける。
「後悔なんか無いさ。俺の想いも残せた。お前との思い出も詰め込んだ。もう、何も
思い残す事は無いさ」

君が俺の手を握った。そして、俺に問いかけた。
「ああ、これでいい。これでいいんだ」
俺は、君の手を強く握り返した。
「やっと・・・お前の側に行ける・・・れいな、これで俺達はずっと一緒だ・・・・・」
れいなが俺の体を抱えてくれた。瞬間、安らぎと優しさに包まれた。

あの部屋で、ずっと独りを噛み締めて生きてきた。思い出だけを見つめて、
ずっと葛藤してきた。それも、もう終わる。
これからは、れいなと二人、ずっと安らぎの中永遠を共にできる。
「俺の・・・俺だけの天使・・・・・」
より体が軽くなり、俺はれいなに抱かれたまま、光の中に入っていった。
全てが・・・白くなった・・・・・

173 :堕天使 :04/08/16 21:55

店を出て、通りを歩く。
私も分かってはいた。もう、決して○○とは会えないことを。
「嘘が下手だったからなぁ・・・・・」声が震えているのが自分でも分かった。
後ろの方で、人のざわめきが聞こえた。人が集まっている。
救急車!人が倒れてるぞ!早くしろ!
そんな声が響き渡っている。
「・・・・・そうか・・・・・やっと・・・れいなちゃんのとこに行けたんだな・・・・・」

戻る事はせず、そのまま前に進んだ。
見つけた煙草屋で、親友の好きだった煙草とライターを買い、1本に火をつけた。
激しくむせ込んだが、今はそれが心地良かった。
「苦しかったよな?寂しかったよな?でもさ・・・もうこれで終わったろ?」
むせながら歩く。不意に、視界が滲んできた。一度溢れたら、もう止まらなかった。
「もう離すなよ。絶対に、もう離れるなよ」

立ち止まって空を見上げた。
トンボが二匹、寄り添うように飛んでいた。
私はその時、秋の訪れを感じた。そして・・・二度とは訪れないこの夏が終わりゆくのを
感じた。
しっかりと手を握り合い、空を駆け上がっていく二人の姿。
私は確かにそれを見た。この日を決して忘れる事はないだろう・・・・・

           
            〜「堕天使」 完〜



从*TヮT)<モドル