ところが、不思議なことがおこりました。足で水をけり海の中にもぐると、暗くてなにも見えないはずなのに、いろんな形やいろんな色がはっきり見えるのです。光のようなものが平太郎の体に満ちてきて、それが皮膚や指から、爪さきやひじやひざから、そしてだんだんに体全体から、外にあふれだしました。まるで泳ぐ蛍光灯になったような気分です。平太郎は目のまえに指をかざしてじっと見ました。おなかもひざも足の指も見ました。爪さきを前後に動かしてみました。どこもかしこも中から光っています。おかげで、岩だの波打つ海草の森だのそこに住んでいるいろんな生き物だのを、泳ぎまわりながららくに見ることができます。 もうま夜中はすぎています。だから平太郎は、魚もみんな巣にもどってぐっすり眠っていると思っていたのです。日焼けで鼻のかわがむけたお父さんが、静かないびきを立てながら眠っているように。 でも、真下の大きく丸い岩のあいだになにか動くものが見えます。平太郎はゆっくりと水を切って近くまでおりてみました。それは、平太郎のひざのお皿くらいしかない小さなカニでした。クラッカーみたいにうすい体、深みどりの平たい甲らは赤くふちどられ、小さなはさみのさきはピンクです。もっと近づくと、小さな棒のさきについたふたつの目が用心深そうにこちらをにらみ、おもちゃのクレーンみたいなはさみで海草をちょっとつまみとると、それを見えない口につっこみました。それから、ゆっくりと横に動きました。まるで、夜中に屋根の上にのぼったどろぼうが、下の通りをパトロールちゅうのおまわりさんに見つからないかとはらはらしながら動いているように。平太郎がその岩のそばで指をゆらしたとたん、ぱっとカニは姿をけしました。 |