「雨…か?」
公園で寝っ転がっていた采紀空都(サイキ ソラト)は頬にあたった雨粒で目が覚めた。
「本降りにならないよな…」
見上げた空は、厚い雲に支配されていた。とりあえず、小雨のうちに家に向かい走り出す。
が、その甲斐もなく、雨は激しく振り出した。
「まぁ、いっか。」
諦めた空都はとりあえず雨宿りしようと広い公園のベンチに腰掛ける。屋根があるため雨にはあたらなくてすみそうだ。
「しばらくしても止まなかったらこの中帰るか」
誰に言うでもなく呟き、とりあえず、手で叩けるだけ雨粒を落とした。と、目線の先に人影が見えた。
走っているでもなく、こちらに向かっているわけでもなく、ただ、雨の中を歩いている人影。
「なんだ?あれ」
手を止めそちらを見やる。目が悪いため、少々目を細め見るとそれは少女のようだった。
雨が降る中くるくると、まるで舞いでも踊るかのように…空都の目はそれに釘づけとなる。
雨音が音楽のように聞こえる。リズムに乗るかのようにくるくる回る少女。目が離せない。
逸らしてしまったら消えてしまうのではないかと思うくらい儚い。
すると少女はその視線に気がついたのか空都の方を見た。と思ったらにっこりと微笑みかけそのまま走り去ってしまった。
声をかける間も無く、少女は完全に視界から消えていた。
「……………………」
声を失って、その場に惚けている空都は、雨が止んでいることにまったく気づいていなかった。

「何してんだ?空都」
急に現実に引き戻されたかのように空都ははっとして声のほう、俯いていた顔を上げた。
そこには普段見慣れた顔、友人の榛名一馬(ハルナ カズマ)の姿があった。
「いや、別に雨宿りしてたんだが…もう止んでるな」
気まずそうに顔をそむける。何を考えているか手にとるようにわかる態度に一馬は笑いをこらえていた。
「今までずっとここにいたのか?」
雨が止んで既に1時間は越えている。その気まずさに空都は別の話題を持ちかける。
「お前は何してるんだよ。」
「お、途中で話しかえやがったな。まぁいいや。俺これから病院に行くんだよ。」
「病院?どっか悪いのか?」
驚いた風に空都が聞きかえす。
「いや、単に見舞いに行くだけだ。ここ最近の俺の日課だからな。」
へぇ、と感心そうに空都が相槌を打つ。と、さっきの映像が頭をよぎった。
なぜかはわからない。けれど、一馬についていけばさっきの少女に会えるような気がした。
「なぁ一馬。その見舞い、ついて行っていいか?」
「はぁ?」
間の抜けた返事。それもそうだろう。誰が好き好んで知らない相手の見舞いに行くものか。
首を傾げながら 別にいいけど…と不思議そうに応対する。そして一馬はさっさと歩いていってしまった。空都もその後に続く。
「物好きだね、お前も。どうしたんだ?」
「いやぁ、日課になっている相手の顔を是非拝んでみたくなってね。」
悪びれた一馬の言葉に、同じ口調で空都は応戦する。が、それ以上の会話が生まれぬまま病院の前へと辿りついた。

中に入るとすぐ、迷うことなく一馬は歩きつづけた。日課というほどここにきてることは間違えない。
だが、最近入院した一馬の見舞い相手は一体誰なんだろう。と、空都は気になってもいた。
ふと、一馬の足がある病室の前で止まった。個室部屋だ。
「ここか?」
しばらくの沈黙。10秒前後であぁ、と弱い声音が空都の耳に届いた。
名前を見ると 織原栞(オリハラ シオリ)。と書かれていた。
(知らないな、こいつは)
空都と一馬は共通の友達が多い。けれど一馬のほうが友達の数は多い。
一馬は空都の友達を知っていても、空都は一馬の友達を知らない、ということは結構多いのだ。
(もちろん一馬は空都の友達を全部把握しているわけではない)
コンコン。と扉がノックされ、返事が返る前に一馬は扉を開けた。
名前からして女だろう。が、返事を待つ前に開けていいものなのだろうか?と空都は思った。が、中に入って息を呑んだ。
部屋に置かれた機械の山。張り巡らされているコード。部屋の中央にあるベッドにそれらが繋がっている。
時が、この空間だけ止まっている。
一馬は静かにベッドに近づき、側の椅子と2つ出して座るよう空都に促した。
「栞はなぁ、もう半年くらい眠ったままなんだ。」
その言葉にドア付近に立っていた空都はベッドに近づいていき、椅子に座ろうとした。
が、そこに眠る少女(年は同じくらいなのだろうが、見た目は少女だ)の顔を見たとたん、頭に映像が鮮明に甦ってきた。
(さっきのヤツじゃネェか!!)
そう。その顔は紛れもなく先程見かけた少女そのものだった。
「一馬…いつから眠ってるっていった?」
「?半年前…正確に言うと6月上旬くらいだろうな」
「一度も、目が覚めてないのか?」
あぁ、そうだ。と一馬は少女を見つめながら答えた。その返答に空都はますます混乱した。
(じゃぁ、俺が見たのはなんなんだ?単なる身間違えか?
この少女に似ている違う人かもしれない…そうだ、そうに違いない)
そう自分に言い聞かせてみても、少女を見れば見るほどそっくりに見えてくる。
「どうした?空都」
友人の異変に気づいた一馬。けれどなんでもない。と、簡単にあしらわれてしまった。
「じゃぁ、帰るか。顔も見れたし」
そういって一馬は病室を出、空都もそれに続いた。
病院から出ると心地好い風が頬を掠めた。
「なんで、あぁなったんだ?」
聞いてはいけないような気がしたが、気になってしかたがなかった空都は思い切って聞いてみた。
一馬は間が悪そうな顔をしたが、小さく1つ息をついて話し始めた。
「あいつはもともと体が弱いんだ。先天性の病気も抱えてる。だが、直接的な原因はわからない。
何であいつが眠ってしまったのか…医者の話だと心臓が弱っているから自己防衛のためだろう。と入っている」
沈黙が続いたが、その空気を断ち切ろうと一馬は笑って見せた。
「あんま深く考えるな。じゃぁ、俺帰るから」
そういってくるっと回れ右をした。
「なぁ、一馬…俺さっき…」
そんな一馬を引き止めるべく、空都は言葉を繋いだが、どう説明するのか。
身間違えだったかもしれないことを言って何になる、と言葉を圧し留めた。
「わりぃ、なんでもないや。じゃぁな」
一馬に二の句を続けさせないように、そのまま空都は走り去った。
あの一場面を思い出しながら…

その日からあの少女を見た公園に通うのが空都の日課となっていた。
ベンチに座ってふぅ、とため息をつく。
(何してるんだ。俺は…)
印象がやたら強かったのか、頭から焼き付いて離れない映像。けれど、
「俺はどうしたいんだ?」
小さく呟いては見たものの、疑問は一層はっきりと提示されるだけだった。
頭を掻き、自分がやっていることに嫌悪感を感じる。
「でも、俺は…」
もう一度会ってみたい。そう心の中で答えを手繰り寄せた。眠っているのではなく、あの時見た少女に会いたい。
「君は、病院に眠る少女なのか?」

冬の雨が降ってきた。冷たい風と銀のような細い雨。
「そういえば、あの時も降ってたんだよな。」
呟きながら腰を上げると、目線の先にあの時と同じような人影を見つけた。 少女だ。
空都は恐る恐る近づいていく。少女はそれに気づかず雨を楽しむように歩いていた。
儚いイメージそのものに、触れれば壊れてしまうのではないか、というほど淡いその躰。
そう思いながらも空都は不意に少女の手を掴む。 掴めた。
驚いたような少女の顔は、やはり病院に眠っていた少女と同じ顔。
「君は…」
言葉はこれしか紡げなかった。なにを言ったらいいのかわからなかった。 「君は誰?どうして濡れている?」
その言葉に少女は微笑んだ。
「私は栞。雨の日を散歩するのが好きなの。雨は全てを洗い流してくれるから。」
淡い笑い。薄い少女。
「でも、風邪を引く。」
「大丈夫。」
そういって栞は空都の手を離れ、雨の中をゆっくりと歩く。雨を楽しむように…そしてふと振り返り口を開いた。
「あなたの名前は?教えてくれる?」
あまりに栞が急に振り返り質問をしたせいか、空都の顔が少し赤くなる。
すっと目線を外し、聞こえるか聞こえないか位の声で答える。
「そらと…。空の都で空都。」
「空の都?素敵な名前ね。」
柔らかな声。けれどまだその声の主の顔を見ることが出来ない空都。そして、雨が上がり始める。
「あ、私戻らないと…じゃぁね、空都君。」
「あの…」
落としていた目線を上げると、既に栞の姿は無かった。
「またか…」
脱力した躰が雨に濡れて冷えていた。けれど動く気にはならなかった。
ふらふらと、近くの木に寄りかかる。
「栞。…確かにそういってた。そして、一馬の見舞い相手も栞。だけど、もう半年眠ったままだといった。
同一人物だったら彼女は何でここに居たんだ?」
当然の疑問だが答えがでるはずもなかった。考えもつかなかった。
夢だと信じていた出来事が目の前で起こっているなんて…

「っっっくしゅ!!」
「風邪かぁ?空都」
部活の最中に盛大なくしゃみをした空都に一馬が心配そうに声をかけてきた。
「あぁ、昨日雨に濡れたかんな。 っっくしゅ!!」
こうなると部活をやっていられる状況じゃない。しかもバスケットだなんて自分でも馬鹿だと自覚していた。
が、身体を動かしてないとどうも頭があの少女、栞に支配されていきそうでそうも気分がよくない。
自分が風邪を引いたのだ、栞だって…
「お前、帰れば?」
一馬の言葉はもっともだし、部にも迷惑をかけるからその方が良いに決まってはいるのだが、
「………………」
空都は答えない。ため息が隣で聞こえ、がしっ、と腕をつかまれた。
「部活終わったら送ってやるからそれまで大人しく横で休んでろ。」
と、一馬に一蹴されて素直にコートを出て壁に寄りかかる。
「ほら。」
手渡された飲み物を手に空都はボーっとコートの様子を眺めてた。正確に言うと、一馬をだ。
(言ったほうがいいだろうか?それとも…)
眠りつづけている少女が雨に打たれていた。
なんていって信じるか?などと思いながら熱を下げようと先ほど手渡されたもので喉を潤した。
(言うだけ言ってみよう。)
そう空都が決めたとき、ピピィィ―――!!と終了の笛が鳴り響いた。

「大丈夫か?空都」
約束通り一馬は空都を送っている。なんとか、と返事をして、いつ話を切り出そうか迷っている空都。
けれど、話は一馬の方が先に切り出した。
「お前この頃変だよな。雨がやんでもボーっと座ってたり、知らない奴の見舞いに行ってみたり。
挙句の果てに風邪なんか引いちゃって。」
笑いながら話す一馬。いつもならここで反論が返ってくるはずなのにない。
そのことに、そんなに調子悪いのか、とさえ思っていた一馬に、空都がついに切り出した。
「なぁ、お前が見舞いに言ってる奴。眠ってから起きたことないのか?」
「えっ?」
突然のことに対処に困った一馬だが、あぁ、と答えた。
「無いな。目が覚めたら知らせてくれるよう頼んであっから。まだ連絡は無い。…ってそれより、何でそんなこと聞くんだ?」
長い沈黙。足は確実に動いているとしても、この沈黙は長かった。
「見たんだよ。話もした。」
ようやく言葉が生まれたものの、一馬には意味がわかっていなかった。
「見たって何を…まさか」
「そのまさかさ。昨日お前が俺を見つけたところでな。雨の中歩いていたから声かけて話もした。
起きてないんだったらあれは誰なんだ?ちゃんと触れることも出来たし、栞と名前も言った。
起きてないのなら、あれは誰なんだ?」
空都の言葉に一馬は固まった。が、空都は続ける。
「お前が俺を見つけて病院に連れて行った日。あの時にも俺は見ているんだ。その日も雨で、濡れていた。
そして気まぐれでお前についていたったのも、何故か会える気がしたんだ。その少女に。だからついていった。」
完全に足が止まった2人。
がくん。と膝が折れたような感覚と共に空都はその場に倒れこんだ。
「おい、空都。」
熱がここまで上がってるとは自分でも思っていなかったせいか、抵抗する暇も無く空都の意識は途切れた。

すぅっと、目が覚めた。まだ少し霞んで見えているが、空都はこの場所を確かめるべく起き上がろうとする。
「っ痛…」
けれど頭に痛みを覚え、大人しくまだ横になってようと決めた。
(ここは…俺の部屋か?)
辺りを見渡してみると見覚えのあるものばかり。間違いなくここは自分の部屋だ。
そう確信が持て、今度は何故ここにいるかを考える。
(確か、一馬と帰ってて、話してる途中で…)
キィィ、と扉が開く音に反応した空都は考えるのを止め、そちらに目を向ける。
「お、起きたか。心配したぜ、まったく。」
ため息をつきながら部屋に入ってきたのは一馬だ。一馬はベッドの傍の椅子に腰掛けて、空都の額に手を当てる。
「とりあえず熱はまだあるな。肺炎手前だぞ、お前。」
ほら、と持ってきた飲み物を渡す。
「ここまで運ぶんだって、まったくお前はなぁ…」
言葉を言うのでさえ呆れている一馬。その言葉で空都は全てを思い出した。
「あ、そっか。お前に送ってもらってる途中に倒れたんだよな、俺。悪かったな、一馬。」
おぅ、と一馬が答え、椅子から立ち部屋を出ようとしたけれど、思い直して一馬は再び椅子に戻った。
「起きてすぐ聞くのも悪いんだけどさ、栞に会ったって本当か?」
きっとこのことが聞きたくて一馬はまだ帰らずにいたのだろう、と空都は思い、本当だ、と告げ話し出した。
「お前が病院に行くのを初めて見た日、雨が降ってただろう?
その時に俺、雨に濡れているお前の見舞い相手を見たんだよ。そいつ、双子とかじゃないんだろう?」
「あぁ、あいつには兄弟はいないからな。」
せめてもの抵抗にと空都が聞いた希望はあっさりと否定された。
「そう、か。そして、昨日か?また会ったんだ、雨の中。また濡れていたよ。そのまま話してた。その結果がこれだよ。」
苦笑しながら空都は言う。
「本当…なんだな。お前その手の嘘はつけねぇし…」
一馬は悪びれた様子も無く、そして頭を掻きながら言った。
「わっかんねぇな。」
突然の大声に空都はびっくりして固まった。それを気にする様子も無く、一馬は続けた。
「あいつが…栞がああなったのは俺のせいでもあるんだよ。」
「えっ?」
友人の突然の告白に空都はただ驚くしかなかった。
「あいつが入院する前、いつも部屋の中にいる栞をさ、外に連れ出したんだ。体が弱いのはわかってる。
だから少しだけ…外の空気に触れさせたくて。けど、それが間違いだったんだ。
雨が降ってきて、帰ろうとしたとき急に発作が起きちまった。俺はどうすることも出来なくて、病院に運び込んで、そのまま…」
一馬の目が潤んでいた。空都はそれを見ないように一馬に言った。
「でも、嬉しかったと思うよ。外に出られて、光感じて、雨に当たることも出来て…
だからか?雨の日に俺が外でそいつを見たのは。」
その言葉に笑いながら一馬は瞳を拭った。
「お前らしくない発言ありがとよ。お前にはわかるんだな。あいつの気持ち…だからお前の前に現れたのかもな。」
「お前こそ、らしくねぇこと言ってんじゃねぇよ。」
2人は笑いながら話を続けた。

「よう、空都。もう大丈夫なんか?」
2、3日休んで登校してきた空都に一馬は声をかける。
「見ての通りさ。それより、行ってみないか今日。午後から雨が降る予定だし。」
「あ…あぁ、そうだな。」
ふざけていた一馬の顔が変わる。
「どうしたよ、一馬。」
「いや、俺が行ったら現れないんじゃないか、と思ってな。」
「何言ってんだよ。そんなことネェだろ。」
空都が一馬の方に手を回しふざける。
「確かめんだろ。雨降ったら行くぞ。」
「あぁ。」
気の進まない返事だが、確かめたい気持ちのほうが勝る。本当に栞なのだとしたら謝りたい。
君をこんな風にしてすまなかった、と…
「一馬!!」
大声に一馬は我にかえった。声を出したのはもちろん空都。
「そんなに力むなよな。どう思ってるか知らないけど…」
「あぁ、そうだな。」
そして、予報通り雨がしとしとと降ってきていた。

授業が終わり、部活を休んで2人は例の公園に向かった。弱い雨が傘にあたる。
暑いときならこの雨にあたったほうが気持ちいいくらいの雨だ。
「このくらいの雨のときだ。きっといるよ。」
空都の言葉に心なしか緊張する一馬。その姿を見て小さなため息をつくものの、空都は何も言わなかった。
自分のせいで眠り続けることになってしまった。
ということに対して、強い罪悪感を胸に持っているのだろう、と知れたから…と、
「あ、おい、一馬。あそこ…」
空都が指差した先に少女がゆっくりとこちらに歩いてくる。栞だ。
「ほ…本当に?」
「あいつだ、そうだろう、一馬。」
淡い姿の少女は間違いなく病院に眠る少女、栞だった。声に出す暇もなく、一馬は栞の前に飛び出す。
「しお…り?」
一馬の声に優しく微笑んだ少女はゆっくりと一馬に近づいてくる。
「一馬。久しぶりね。」
淡い声。細い躰。一馬はその両腕に栞を抱きこんだ。
「何で…何でお前がここにいるんだ!!お前は今…」
「私の躰は病院に眠っているわ。」
栞の口からの言葉に驚いて一馬は目を凝らす。
「彼方が教えてくれた外の素晴らしさを感じたくて、いつも雨の日に外を歩いていたの。
最初は空を飛んで、次は立ち止まって…けれど、雨の中を歩いているのが一番気持ちよかったから。」
「それでいつも、雨の日に?」
近づいてきた空都が問いかけた。栞はゆっくりと頷き一馬を見つめた。
「彼方に辛い思いをさせると判っていても、私は外を歩くために眠り続けていたの。
そして空都君にも会った。空都君は彼方のお友達だったのね。びっくりしちゃった。」
「栞…」
優しく微笑んで栞は一馬の下を離れ空都に近づいていった。
「彼方に会えてよかったわ。ごめんなさいね。あの日、風邪を引かせてしまって。」
「君のせいじゃないだろう?」
慌てて空都は言った。くすっと笑って栞は言葉を紡ぐ。
「そろそろ一馬が気づいてくれる頃だと思ってたの。一馬にちゃんと伝えなきゃいけないと思って…」
再び一馬の下へ歩み寄る。
「あの時外に連れて行ってもらってすごく嬉しかった。
目に見えたもの全てが新鮮で、家の中で過ごして見ないで終わるよりずっと素敵だった。ありがとう。」
「そんなこと…俺は謝ろうとずっと、君を眠り続けさせたことを…」
「謝らないで。私はとても嬉しかった。新しい世界を知ることが出来たのだもの。」
一馬の手を取って栞はありったけの笑顔で言った。一馬はやるせないような顔で笑顔で答えた。
それを見て、栞は空都に振り返った。
「空都君。彼方に会えて本当によかった。一馬を宜しくね。」
にこっと笑うと栞の姿は薄れていく。
「栞!!」
一馬の叫び声も虚しく栞の姿はだんだんと薄れていった。
「時間が来たみたい。最期に伝えることが出来て、よかった。」
そして、栞の姿は大気に溶けた…

「綺麗だったな。」
そう、空都が呟いた。栞が死んで1週間後。
「あぁ。」
空を仰ぎ、一馬が答える。手には白い花束があった。
「なんだかんだと遅くなっちまったが、やっぱりここにも置いとくべきでしょう。」
そういって2人は栞と話した最後の公園に来たのだ。
「やっぱり喜んでたよ。外の世界が見れたこと。」
「そうなのか?」
「そうだよ。」
会話を続けながら2人は花束を備える。
「まぁ、しょうがねぇか。頼まれちまったんだから。宜しくしてやろうじゃないの。」
ぽん、と肩を叩き、空都は一馬を励ます。
「何だよ、それ。」
と言ってはみるものの、1人じゃなくてよかったと心から思っている。
2人は空を見上げた。今は亡き、優しい少女を思い浮かべて…
「さよなら、栞。」
一馬に聞こえないくらい小さい声で呟いた。
小さく小さくため息をつく。これがもしかしたら、恋だったのかもしれない、と………

fin.


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