ガーシュイン

ポーギーとベス
 歌劇「ポーギーとベス」は、アメリカの貧民街を舞台に、ほとんど全部の登場人物が黒人という異色の歌劇です。
 演奏会用の編曲は、ガーシュイン自身が5曲を選んで組曲にしたもの、ベネットが編曲した8曲をつなげて演奏するもの等がありますが、今日演奏するのは歌と小編成オーケストラのためのもの(ロゼスキー編曲)です。
 歌劇中最も有名なアリアでジャズのスタンダードナンバーにもなっている「サマータイム」
 ベスの愛人クラウンに夫を殺されてしまったセリナが悲しみを歌う「私の亭主は死んでしまった」
 足の不自由な主人公ポーギーが自分の不幸と孤独を嘆く「俺にはないものばっかりだ」
 麻薬密売人スポーティングライフが聖書に書いてあることは信用できないとうそぶく「いつもそうとは決まっちゃいない」
 ポーギーとベスの愛の歌「ベス、お前はおれの女だ」
 歌劇の最後に、スポーティングライフに連れ去られたベスを連れ戻しにニューヨークへ向かうポーギーが歌う「神様、出発だ」
 以上の6曲を続けて演奏します。
(473)


ラプソディ・イン・ブルー
 1924年、ガーシュインは当時アメリカで大人気を博していたポール・ホワイトマンとその楽団のために、ピアノとジャズ・バンドのための曲を依頼されました。その時のガーシュインはポピュラーソングやミュージカルの作曲では人気を得ていたものの、器楽曲の経験はなかったので、ホワイトマン楽団の編曲者で、「グランド・キャニオン」の作曲者として有名なグローフェがオーケストレーションを担当しました。最初はピアノとジャズ・バンドのための曲でしたが、のちにグローフェによってピアノとオーケストラのための編曲もされました。今日演奏するのがそれです。
 曲名のブルーは、青という色ではなく「憂鬱な」という意味で使っています。ジャズでは「ブルーノート(憂鬱な音符)」といって、ある音を半音下げて短調っぽくすることで憂鬱感を出すのです。
(473)


パリのアメリカ人
 ポピュラーソングの人気作曲家ガーシュインは、ラプソディ・イン・ブルー等の成功によって、たとえてみれば大晦日の紅白歌合戦から第九演奏会に移ったわけです。しかし、クラシック作曲家としての勉強不足を知っているガーシュインは、当時活躍していたラベルやストラビンスキーに教えを乞おうと、フランスへ旅行しました。
 その時に作られたのが、この「パリのアメリカ人」です。当然、このアメリカ人というのはガーシュイン自身ですね。パリの、タクシーのラッパなどが聞こえる賑やかな通りを散歩したり、故郷アメリカへの郷愁がブルースとなって歌われたりします。(後に、この音楽をメインにしてミュージカル映画「パリのアメリカ人」も制作されています。こちらはパリに住むアメリカ人を主人公にした恋物語です。)
 全体的にはパリの街の描写やポピュラー風の旋律でわかりやすく楽しい曲なのですが、ときどき(作曲当時としては)前衛的な和音や手法が出てきます。この曲の練習中、難しい部分を取り出して練習していると、まるでフランス印象派の曲をやっているような気になってしまいます。グローフェにラプソディ・イン・ブルーの編曲をやってもらってからこの曲を作曲するまでに4年しかたっていないのですから、驚きです。
(473)


トップへ   曲目解説目次のページへ  

MAN man@leaf.email.ne.jp