ビゼー

歌劇「カルメン」
 このプログラムの初めの当団理事長のあいさつにもありますように、今から35年前の昭和32年9月25日、第102回定期演奏会において、横響は初めて「カルメン」を演奏しています。今、この原稿を書いている私の手許にはその時のプログラムがあります。
 古色蒼然としたプログラムで、裏表紙には日本楽器横浜店の「山葉ピアノ アップライト195,000円より グランド380,000円より」という広告が載っていて、電話番号は局番が1桁で(4)6210・8642とあります。
 指揮者の小船幸次郎によって、解説や「先月の演奏をかえりみて」というコラムが書かれています。事務局による「こゝにも泉あり」という全国のアマチュア交響楽団の紹介コラムもあって、市川、川崎市民、長野市、静岡の各交響楽団が紹介されています。次回は京都市、早稲田大学と予告されています。
 私自身が原稿を書かなくて済むからというわけでは決してありませんが、今回は60周年記念ですから、この35年前の小船幸次郎の作曲者紹介を再掲しようと思います。(「っ」が皆「つ」と表記されていて、若い方には読みにくいかも知れませんが。)

GEORGESBBIZET
小船 幸次郎 
 ビゼーは1838年にパリーで生れた。同じ頃に生れた音楽家にムソルグスキー(1839)、チャイコウスキー(1840)などがいる。ビゼーは智、情、意とも平衡のとれた音楽家である。歌が上手でピアノが上手で作曲が良い。歌は情にあたり、ピアノは意にあたり、作曲は智にあたる。これらの平衡のとれた音楽家は現代に少い。智と意は大概傑れているが情が足りなかつたりひねくれたりしている。ビゼーは音楽的な情が充分なのでメロディーが良過ぎてサロン音楽風になりそうなところを智と意が引き止めている。こう言う作曲家はオペラが良い。チャイコウスキーなどもビゼーと同類の作曲家だがオペラに失敗して交響曲に成功している珍らしい例である。ビゼーが如何に傑れた素質を持つていたかが次の事で分る。
 8才の時に難しい音程とリズムの歌唱練習が全部出来た。10才の時には音楽理論に通じてパリ音楽院に入学出来た。半年で歌唱練習の方は卒業してしまつた。卒業の時に受けるローマ賞の試験には「ミラクル博士」と言ふ喜歌劇を出して78名中第1位を獲得して3年間ローマに遊学させてもらつた。遊学期間中に提出しなければならぬ作品にもオペラを書いている「ドン・プロコピオ」がそれである。遊学を終つてパリーに帰つたのが21才の時である。ここまでのビゼーは洋々たる未来に輝く大音楽家たるコースを真直ぐに歩いていた。さて学業を終えて社会へ出てみると才能だけでは食べられない。有り余る才能を持ちながら食べる為にピアノを教へたりくだらない曲の編曲をしたりしていた。しかし機会は必ずあるもので、10万フラン懸賞のオペラ作曲があつて、ビゼーの「真珠採り」が入賞した。26才の時である。上演してみるとこれが不評であつたのであるから、オペラと言うのは曲が良いだけで成功するとは限らないのである。しかしこれで社会的には認められるようになつて、次々とオペラを書いて上演されたがみんな不評であつた。即ち「ペルトの美しき娘」(30才)「ジャミレー」(35才)がそれである。そしてカルメンを上演したのが38才の時である。ビゼーはこのオペラに総ての希望をかけていたらしい。誰でもこれなら成功疑いなしと思つたに相違ない。ところが不評であつた。これでビゼーは精神的にも肉体的にもガックリと来てしまつた。そして3カ月の後には死んでしまつたのである。カルメンが不評であつたなど今の我々には想像が出来ない。これはオペラばかりではない。初演とか新作とかの成功不成功は作品の善し悪し以外に、その時の社会の政治的条件や物的条件、心理的条件などが大きく影響するものなのである。併し良いものは必ず認められるもので、ビゼーが死ぬ頃にはロンドンその他外国で大成功しており、間もなくパリーでも熱狂的成功を納めたのであるから、これを知らずに死んだビゼーは本当に不幸な人であつた。

 いかがでしたか? このような格調高い文章のあとでは気がひけるのですが、歌劇「カルメン」のあらすじと曲の紹介をしましょう。

前奏曲は、非常に有名な曲です。闘牛士の行進と闘牛士の歌が使われています。しかし前奏曲の最後はそれまでの明るさ、勇ましさから一転して不吉な感じにかわります。これは「運命のテーマ」と呼ばれていて、物語の結末を暗示しています。劇中でもこのテーマがいろいろな形で現われ、死の運命を予感させます。

第1幕
 第1幕の舞台はたばこ工場と兵営の前の広場。
 たばこ工場の昼休みの鐘が鳴って、そこで働いている娘たちが広場へ出てきます。広場にはこの娘たち目当ての若者が大勢いますが、一番人気があるのはジプシー娘のカルメンです。彼女がなかなか出てこないので、若者たちはまだかまだかといらだちます。やっと出てきたカルメンに、皆が駆け寄りますが、カルメンは取り合わず、「恋は気ままなもの。おきてなんかありゃしない。あたしを嫌うなら愛してあげるわ。」とハバネラを歌います。
 カルメンが目をつけたのは、衛兵の伍長であるドン・ホセでした。「好かれた男はご用心」と歌いながら、カルメンは赤いバラをドン・ホセに投げます。
 昼休みが終わって広場が静まると、ドン・ホセの婚約者ミカエラが、ふるさとの母親から伝言と小遣いとくちづけを携えて彼に会いにきます。ドン・ホセとミカエラの美しい二重唱です。
 婚約者の帰ったあと、たばこ工場でけんかが起こり、カルメンは同僚を殴って怪我をさせたため、ドン・ホセに逮捕されます。衛兵の隊長が牢屋に入れる令状を書きに行っている間に、カルメンは「セビリアの町はずれにある酒場リリャス・パスティアで好きな人と飲んで踊るの。わたしの好きな人は伍長さんなのよ。」と誘惑します。誘惑に負けたドン・ホセは夢中になり、護送途中でカルメンを逃がしてしまいます。

1幕と2幕の間の間奏曲は、「アルカラの竜騎兵」。第2幕で、ドン・ホセが登場するときに歌う旋律です。

第2幕
 第2幕の舞台は酒場リリャス・パスティア。カルメンを中心に、ジプシーの歌を歌っています。次第に速度を増し熱狂的になって終わると、そこへ闘牛士エスカミリオが登場し、有名な「闘牛士の歌」を歌います。
 闘牛士も帰り、店も閉ったあと、密輸業者のダンカイロとレメンダードは、カルメン、フラスキータ、メルセデスの3人に、「うまい話があるんだ。悪だくみは女がいなけりゃうまくいかない」と彼女たちを仲間に誘います。しかし、カルメンは「恋をしてるから」と断ります。その日はカルメンを逃がした罪で牢屋に入れられていたドン・ホセが釈放される日だったのでした。
 カルメンらしくない純情さに驚きながらも、それではドン・ホセも仲間に入れてしまえば金もうけも恋もできるじゃないかと皆が言っているところに、アルカラの竜騎兵の歌を歌いながらドン・ホセがやってきます。
 カルメンは、カスタネットをたたきながら踊ります。途中で、遠くから帰営のらっぱが鳴りはじめました。帰らなければと言うドン・ホセに、カルメンは怒って勝手にしろといいます。
 ドン・ホセは懐から、以前投げつけられて牢屋の中でもずっと持っていたバラを取りだし、カルメンへの愛情を歌います。「花の歌」です。
 怒りを鎮めたカルメンに仲間にならないかと誘われたものの、脱走兵になってしまうことを考えて悩みますが、そこへ間が悪くカルメンに会いに来た隊長を、密輸業者たちが追っ払ってしまったため、ドン・ホセはしかたなく仲間になってしまいます。
 「野を横切り、山の奥まで一緒に来ればさすらいの旅のすばらしさがわかる。世界中が故郷。自由な人生」と、歌って2幕が終わります。

2幕と3幕の間の間奏曲はハープの伴奏で木管楽器が美しい旋律を奏でます。

第3幕
 第3幕は山の中の密輸業者の隠れ家。
 ドン・ホセもすっかり仲間になって、「密輸はいい儲けにになるが、度胸と用心深さが必要だ」と歌いながら隠れ家に戻っていきます。
 恋のために密輸業者に身を落としたドン・ホセでしたが、最近はカルメンの方が冷めてしまって、あまりうまくいっていないのでした。今日もカルメンはドン・ホセを相手にせず、フラスキータとメルセデスと一緒にトランプ占いをしています。ほかの2人は楽しくやっていますが、カルメンは何度占っても死ぬ運命のカードが出てしまいます。楽しげなフラスキータとメルセデス、不安におののくカルメンの三重唱です。
 密輸業者たちは、仕事の準備に大忙し。女たちは、「役人なら私達におまかせよ。みんな女には弱いんだから。先に行ってとろけさせちまおう。」と歌っています。
 今回はドン・ホセが見張りに残ることになり、彼以外の者は準備に出ていきました。彼一人の残る隠れ家に、ミカエラが婚約者を尋ねてきました。隠れ家は見つけたものの、恐ろしさになかなか近付くことができません。ここでミカエラが歌うアリアはたいへん美しいものです。
 ミカエラが恐ろしさに近づけないうちに、闘牛士のエスカミリオがカルメンに会いにやってきました。見張りのドン・ホセに「カルメンに会いに来た。」と告げます。恋敵同士の二重唱です。
 決闘になったところに戻ってきて仲裁したカルメンを、闘牛に招待すると言ってエスカミリオは帰っていきます。
 隠れていたのを見つかってしまったミカエラは、ドン・ホセに一緒に帰ってほしいと頼みます。カルメンも帰れと勧めますが、嫉妬に燃えるドン・ホセはなかなか承知しません。母親が危篤と知ってしぶしぶミカエラと一緒に帰ることを承知しました。

3幕と4幕の間の間奏曲は「アラゴネーズ」という華やかな舞曲です。

第4幕
 第4幕の舞台はセビリアの闘牛場の前の広場です。
 広場は入場をまつ客や物売りの声で賑わっています。
 遠くの方から次第に闘牛士の行進曲が近付いてきて、広場に到着します。エスカミリオはカルメンに命を賭けて戦うことを誓い、闘牛場へ入場していきます。
 そのカルメンに、フラスキータとメルセデスが「近くにドン・ホセがいるから注意するように」と話します。
 行進曲が次第におさまると、音楽は不安なものになり、カルメンとドン・ホセが出会います。
 もう一度やり直そうという申し出を冷たく断られるとドン・ホセは次第に興奮して行きます。闘牛場の中から聞こえてくる喚声の中で、2人の言い争いは激しくなり、カルメンが、彼にもらった指輪を投げつけると、とうとうドン・ホセはカルメンを刺し殺してしまいます。
 闘牛士の勝利を讃える歌が起こり、運命のテーマが響く中、ドン・ホセの悲嘆の叫びで全曲が終わります。
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