岩明  均――やっぱり基本はジミだった



 講談社のコミックモーニングに、「風子のいる風景」という、言っては悪いがすごく地味なまんがが連載されていた。おとなしくて引っ込み思案な女子高生・風子が、喫茶店のウエイトレスのアルバイトを始めて、店のマスターや同僚ウエイトレス、常連の客たちとたどたどしくもコミュニケーションを持って少しずつ人と付き合いだしていく。単行本4巻の作品で、風子は普通の内気な女の子にまで成長した。

 風子のいる風景の連載終了後、いくつか短編を書いたあと、モーニングの増刊の月刊誌アフタヌーンになにやら奇怪な作品を連載しはじめたのだが、しばらくの間、ぼくは読んでいなかった。というのは、「風子のいる風景」をはじめとした岩明均の作品は、小説でいえば純文学作品にあたるもので、地味ではあるものの密度の濃いすばらしい作品だったのに対して、アフタヌーンの連載はいかにも大衆小説っぽいもののようだったからだ。内心、岩明均も堕落したなあ、と思ったりした。

 しかし、単行本が何冊かでた時点で読んでみたら……、ぶっとんだ。とにかくその時点で発売されている単行本は全部揃えて読み通した。さらに、掲載されているアフタヌーンも毎月買い始めた。しかし、発売済の単行本と、雑誌の連載の間には何か月分かの未読がある。その分が次の単行本として発売されるまでは悶々として待った。とにかく面白い。

 単行本も、最初のころは発行部数が少なかったのだろう、入手するのに苦労した。なんでこんな面白い作品が売れないんだ? と疑問に思った。だが、だんだんと書店にたくさん積んであるようになり、連載の後半では、講談社漫画賞を受賞し、一般にもその作品の名前が出てくるようになった。

 「寄生獣」である。

 この「寄生獣」は、たぶん昭和末期の漫画作品の傑作として、後世にまで残るだろう。これは絶対に確かである。今後に書かれる漫画評論・漫画史で、この作品について言及していないものがあったとすれば、それだけでもうその本は評価に値しないであろう。

 「寄生獣」全10巻が完結してしばらくして、今度は小学館のビッグコミックスピリッツで「七夕の国」を不定期連載しはじめた。寄生獣同様、尋常でない登場人物たちが登場する作品である。二番煎じだよなあ、と思うと同時に、ジミな作風だった岩明均も、これからはこういう作品を書いていく人になるのかなあ、と思っていた。

 

 というようなことを、1998年、「七夕の国」を連載中に書いた(旧WEBの遺跡)。「七夕の国」が全4巻で完結した後、しばらく単行本がでない。今度はいつでるのかなあ、と思っていたら、世紀が変わって早速出た。「岩明均歴史作品集 雪の峠・剣の舞」である。

 江戸初期、豊臣方について常陸から出羽に遠ざけられた佐竹藩の家老・渋江内膳を主人公とする「雪の峠」。それより少し前の時代、竹刀を考案した新陰流開祖上泉信綱の弟子・疋田景忠を中心とした「剣の舞」。両作品とも、以前の、というか本来の岩明均に戻ってのジミな作品だ。

 ジミといっても悪いといっているわけではない。ハデなところはないけれど、本当にいい作品である。何度読んでも飽きない。こういう「読ませる」作品を描ける岩明均はすごい作家だと思う。しかし、一番すごいと思うのは、こういうジミな作風の人が、書こうと思えば「寄生獣」のようなハデな名作を描けてしまうところなのだ。



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MAN man@leaf.email.ne.jp