公務員の雇用と年齢制限(2003年8月)
この4月から国家公務員教育職(文部科学教官・助手)として勤務することになった記念として、公務員と各年齢差別禁止法との関係について、アメリカでの議論を簡潔に紹介したい。
1967年ADEAの制定当初、公務員について適用対象に含まれていなかった。ところが、1974年の改正で、連邦あるいは州の公務員についてもADEAが適用されることとなった。こうして、現在のADEAは公務員についても適用範囲に含めているのだが、及ぶ範囲が制限されている分野・職種も多い。例えば、選挙あるいは指名によって任命された高度の政策決定者は完全に適用除外であると定められているし、消防士や警察官、外交官や航空管制官などについては、一定の要件の下で定年制度が許容されている。
さらに、近年の有名なKimel事件連邦最高裁判決は、州の公務員が州政府を訴えることができるとするADEAの規定が違憲であると判示した。このため、現在では「連邦公務員→適用」、「州公務員→(事実上)非適用」となったのである。この影響で、州公務員が州を訴えていた訴訟(1995年に提訴)が継続できなくなり、EEOCが介入して和解に乗り出す場面もあったようである。
続いて、各州法に目を向けてみよう。既に述べたように、現在では50州全てが何らかの形で年齢差別禁止を定めているのであり、州の公務員についても州ごとに適用/非適用が分かれている。興味深いのは、民間企業に対して年齢差別禁止法は非適用(もちろんADEAは及ぶ)としながら公務員にのみ適用されると定める州が存在することである。例えば、40歳以上の労働者を対象とするサウス・ダコタ州法[§3-6A-25]であり、同条は「公務員と官公被用者」の編に定められているため私企業には適用されない。つまり、民間/公務員の適用/非適用関係が、1974年改正前のADEAと全く逆ということになる。また、フロリダ州では、民間企業を対象とする年齢差別禁止規定を制定の上、公務員を対象とするさらに厳しい年齢差別禁止規定が存在し[Fla.Stat. §112.043]、公務員個人が民事訴訟で争うことを認めている。
このように、連邦公務員・州の公務員ともに、年齢差別禁止法が適用されるか否かについては時代・各州・職種によって異なるのである。「公務員だから」年齢差別禁止法は適用できない/適用すべきであるというような議論は全く説得力を欠くものであり、あくまで個々の仕事内容に応じて検討する必要があろう。
[日本語で読める参考文献] 勝田卓也・樋口範雄「連邦制の下での年齢差別禁止法 ――州を被告に含めるADEAの規定は違憲 Kimel
v. Florida Board of Regents, 120 S. Ct. 631 (2000)」ジュリスト1178号109頁(2000)、森戸英幸「雇用政策としての『年齢差別禁止法』『雇用における年齢差別禁止法』の検討を基礎として」清家篤編著『生涯現役時代の雇用政策』97頁(日本評論社、2001)、長岡徹「Kimel
v. Florida Board of Regents, 528 U.S. 62 (1999) ――私人が州政府を相手方に連邦裁判所に訴えを提起することを認める年齢差別禁止法の規定が違憲とされた事例――」法と政治52巻2・3号(2001)。
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第一 趣旨
この指針は、雇用対策法第七条に定める事項に関し、事業主が適切に対処することができるよう、我が国の雇用慣行、近年における年齢別にみた求人及び求職の状況、特に中高年齢者の再就職をめぐる実態等を考慮して、必要な事項を明らかにするとともに、事業主が労働者の募集及び採用について講ずべき措置について定めたものである。
第二 事業主が労働者の募集及び採用に当たって講ずべき措置
事業主は、労働者の募集及び採用に当たって、次に掲げる措置を講ずるように努めること。
一 第三に該当する場合を除き、労働者の年齢を理由として、募集又は採用の対象から当該労働者を排除しないこと。
二 事業主が職務に適合する労働者を雇い入れ、かつ、労働者がその有する能力を有効に発揮することができる職業を選択することが容易になるよう、職務の内容、当該職務を遂行するために必要とされる労働者の適性、能力、経験、技能等の程度その他の労働者が応募するに当たり必要とされる事項をできる限り明示すること。
第三 年齢制限が認められる場合(労働者がその有する能力を有効に発揮するために必要であると認められる場合以外の場合)
事業主が行う労働者の募集及び採用が次の一から十までのいずれかに該当する場合であって、当該事業主がその旨を職業紹介機関、求職者等に対して説明したときには、年齢制限をすることが認められるものとする。
一 長期勤続によるキャリア形成を図る観点から、新規学卒者等である特定の年齢層の労働者を対象として募集及び採用を行う場合
二 企業の事業活動の継続や技能、ノウハウ等の継承の観点から、労働者数が最も少ない年齢層の労働者を補充する必要がある状態等当該企業における労働者の年齢構成を維持・回復させるために特に必要があると認められる状態において、特定の年齢層の労働者を対象として募集及び採用を行う場合
三 定年年齢又は継続雇用の最高雇用年齢と、労働者がその有する能力を有効に発揮するために必要とされる期間又は当該業務に係る職業能力を形成するために必要とされる期間とを考慮して、特定の年齢以下の労働者を対象として募集及び採用を行う場合
四 事業主が募集及び採用に当たり条件として提示する賃金額を採用した者の年齢にかかわりなく支払うこととするためには、年齢を主要な要素として賃金額を定めている就業規則との関係から、既に働いている労働者の賃金額に変更を生じさせることとなる就業規則の変更が必要となる状態において、特定の年齢以下の労働者を対象として募集及び採用を行う場合
五 特定の年齢層を対象とした商品の販売やサービスの提供等を行う業務について、当該年齢層の顧客等との関係で当該業務の円滑な遂行を図る必要から、特定の年齢層の労働者を対象として募集及び採用を行う場合
六 芸術・芸能の分野における表現の真実性等の要請から、特定の年齢層の労働者を対象として募集及び採用を行う場合
七 労働災害の発生状況等から、労働災害の防止や安全性の確保について特に考慮する必要があるとされる業務について、特定の年齢層の労働者を対象として募集及び採用を行う場合
八 体力、視力等加齢に伴いその機能が低下するものに関して、採用後の勤務期間等の関係からその機能が一定水準以上であることが業務の円滑な遂行に不可欠であるとされる当該業務について、特定の年齢以下の労働者について募集及び採用を行う場合
九 行政機関による指導、勧奨等に応じる等行政機関の施策を踏まえて中高年齢者に限定して募集及び採用を行う場合
十 労働基準法等の法令の規定により、特定の年齢層の労働者の就業等が禁止又は制限されている業務について、当該禁止又は制限されている年齢層の労働者を除いて募集及び採用を行う場合
第四 その他
一 この指針は、事業主が募集及び採用に当たって、適切に対処するために必要な事項を明らかにするとともに、事業主が講ずべき措置について示すものであり、広く事業主その他の関係者の理解が深まるよう周知徹底が図られるものであること。
二 この指針は、あくまでも現下の社会経済情勢等を踏まえて定められたものであり、今後、必要があると認められるときは検討が加えられ、その結果に基づいて必要な見直しが図られるものであること。
以上である。
雇用対策法の指針(2001年7月)
ここでも紹介した改正雇用対策法において例外となる指針10項目が明らかとなった。7月12日の朝日新聞1面によれば、以下の場合に、年齢制限が認められるという。
(1)長期雇用を前提にした新卒採用
(2)技能承継のため従業員数が少ない特定の年齢層を補充する
(3)定年まで働ける年数を考えると、能力を発揮してもらうのが難しい
(4)年功賃金なので、賃金が割高になる
(5)特定の年齢層を対象とする仕事
(6)子役など年齢が条件になる
(7)労災などを防ぐために年齢を限定
(8)高齢による体力や視力の低下で業務遂行が難しい
(9)政策上、中高年限定で採用する
(10)労基法で特定の年齢層の就業が制限
詳細な検討は正式発表後に譲るが、(3)(4)は基準自体が不明確であり、「骨抜き」指針という同新聞の見出しも的外れとはいえまい。特に賃金体系と年齢差別との関係は、私個人としても注目しているテーマであり、アメリカにおける議論との比較を試みたいと考えている。
*このテーマに関連する論文、柳澤武「賃金コストを理由とする解雇・採用拒否と年齢差別 ――アメリカADEAにおける判例法理を手がかりに――」季刊労働法201号172頁(2002)を公表しました。(2003年追記)
『サンデー毎日』のコメント(2001年6月) ここをクリックすると掲載写真が出ます
半分私事で申し訳ないが、年齢差別についての私のコメントが『サンデー毎日』2001年7月1日号に掲載された。遠い昔にラジオ出演(高校時代に音楽番組にて。純朴な少年にプロのミュージシャンになれるのではという巨大な勘違いをさせた罪なON AIR。)した経験を除外すれば、これがマスコミ初デビューである。紙幅の都合で直前にカットされたコメントなどもあり、もったいないので、ここに追記させていただきたい。以下がカットされた(涙)コメントの一部である。
(1)「企業へのペナルティーといいますと、懲罰的損害賠償というのが有名で・・・映画なんかでも良く出てくるアレですが・・・これが性差別や人種差別では、認められる場合があります。しかし、ADEAにおいては、この類型の損害賠償が認められません。」「とはいえ、企業にとっては雇用差別訴訟を起こされるというだけでイメージダウンもありますし、和解という手段においては多額の金銭賠償を行う場合が少なくないようです。」
(2)「柳澤さんは、こんなエピソードを紹介してくれた。ある米国系航空会社が客室乗務採用に体重基準を課したところ、統計的に体重は加齢とともに増えるものだから年齢差別にあたるという訴訟が起こされた。結果は原告の敗訴に終わったというが、30年前に法整備を終えたアメリカと日本では、意識にこれほどの開きがあるのだ。」
(3)「(このような点からも、)『雇用差別』禁止法であるという点を看過してはならないと考えます。最近の議論は、どうも政策的な側面に偏りすぎているように思います。」
雇用対策法改正(2001年4月)
先のニュースで紹介した雇用対策法改正が4月18日に成立、4月25日の官報に掲載された。官報によれば、7条は「事業主は、労働者がその有する能力を有効に発揮するために必要であると認められるときは、労働者の募集及び採用について、その年齢にかかわりなく均等な機会を与えるように努めなければならない。」と規定する。当初の情報どおり努力義務にとどまったわけで、かつ、前半部分の微妙な言い回しが気になるところである。旧雇用機会均等法の努力義務規定が効果を期待できなかったことに鑑みれば、やや冷めた目で眺めざるを得ない。
イギリスでも?(2001年2月)
2001年2月17日の朝日新聞6面によれば「イギリス政府が男性65歳女性60歳となっている定年退職年齢の撤廃に向けて検討を始めた。ホッジ雇用担当相が14日、下院の委員会で明らかにした。」とのことで、同担当相によると、「雇用にあたって、宗教、年齢、障害の有無、性的指向を理由に差別することを禁じたEU基準に応じて、2006年までに英国内法の改正を目指す」そうである。ちなみに、見出し文句は「定年制なくなる時代」。
日本を含め、これまでは雇用における年齢差別を特に問題としてこなかった国々が、急速に動き始めた。これからの動向が、ますます注目される。
*寺田博「イギリス年齢差別禁止の動向 ―行為準則から立法へ―」高知短期大学 社会科学論集83号271頁(2002) がフォローしています。(2003年追記)
雇用対策基本法に努力義務(2001年2月)
2001年2月6日読売新聞に、見出し記事として「厚生労働省の『労働政策審議会』(西川俊作会長)は2月5日、企業が採用条件に年齢制限を設けないよう、努力義務を盛り込んだ再就職促進一括法案の要綱を、坂口厚生労働省に答申した。中高年の再就職を支援するのが狙いで、同省は今年10月の施行を目指し、今国会に雇用対策法改正案を提出する。しかし、法改正の実効性に疑問の声が出ているうえ、将来は終身雇用、定年制の見直しにつながる可能性もあり、雇用と年齢をめぐる議論の行方は不透明なままだ。」と掲載された。
続く本文中では、働き盛りの会の兼松信之代表の「年齢だけを理由に門前払いをするのは理不尽・・・年齢制限は撤廃すべき」というコメントに続き、森戸英幸先生(成蹊大学)、そして清家篤先生(慶応大学)、といった各界の第一人者のコメントが続く。立場上、ここ(ネット上)で各コメントに対する私見を述べることは反則気味なので差し控えたい。ただ、一般誌レベルでも様々な論点が議論の対象となったことは歓迎すべきことである。
紹介予定派遣制度で年齢制限の禁止(2000年10月)
2000年10月29日日本経済新聞によれば、「派遣社員として働き、能力が認められれば社員として雇用される『紹介予定派遣』が十二月一日から解禁されるのを前に、労働省は求人企業がこの制度を利用して人材を募るさいに年齢制限を設けるのを禁止することを決めた。」とのこと。
かなり限定された場面であるとはいえ、求人(に近い)段階において年齢制限の禁止が盛り込まれたことは注目に値しよう。すでに、労働判例でも年齢差別を争点の一つとして争うケースが増えてきており、年齢差別をめぐる関心は急速に高まりつつある。このまま一気にブレイクか!?