| 285.黒雲母 Biotite (ロシア産) |

造岩鉱物のひとつである黒雲母は、花崗岩や花崗岩質のペグマタイト、泥岩起源の接触変成岩・広域変成岩中に産する。造岩というくらいだから、あちこちにある。よく花崗岩が風化してぼろぼろになった土壌に、ぴかぴか光る金色の粒が顔を覗かせているのを見つけて、「おおっ!金か?」と叫びそうになるが、これは黒雲母のなれの果て。俗に「猫の金」という。私は小学生の頃、この種の金を運動場で拾っては小躍りしていた。
ものの値打ちが分からないことや高価なものを贈っても反応がないことを「猫に小判」と喩える。「猫の金」はその連想であろう。ニュアンスとしては「ちっとも有り難味のない金」といったところ。もっとも、猫には金より鰹節の方が嬉しいに決まっており、そんな道理も弁えずに金や小判を押しつけられたって、吾輩は困るのニャン。
川床で砂金を採取するとき、藁の筵やゆり板、梯子目のついた板樋などに浚った土砂を載せ、ゆるく傾けつつ水を流して選鉱する方法がある。「猫の金」は軽いから、粘土や土砂と一緒に流れ落ちる。これを「ねこ流し」といい、あとに重たいホンモノの金が残る。(藁のムシロを「ねこだ」と呼ぶから、ねこだ流し→ねこ流し、との説もある)
脱線ついでに、金目のものを盗んで知らんぷりするのを「ねこばば」という。語源には、昔佐渡金山で金をちょろまかして財を蓄えた選鉱婦、通称ねこ婆に因むという説や、猫が排泄行為をする際のお流儀によるなど諸説あるが、はっきりしない。ここで、「ばば」を「ぽっぽナイナイ」の意味で使う筋はないのだろうか? 「ねこ」をそのまま「猫」とすれば、すまし顔のねこがそ〜っと前足を伸ばしてモノを手繰り寄せようとする動作が彷彿するし、あるいは「猫=金」とみなすことも出来る。ただこの場合の「ねこ」はホンモノの金に転化しているので、化け猫である。
さて…。
黒雲母は、金雲母(Phlogopite/ KMg3[AlSi3O10](F,OH)2 )と鉄雲母(Annite/ KFe2+3[AlSi3O10](OH,F)2 )を端成分とし、マグネシウムと鉄とがだいたい2:1〜1:4の範囲で交替した中間的な固溶体に相当する(厳密にはもう少し複雑)。学名 Biotite は、雲母を研究したフランスの学者、ジャン・バプティスト・ビオ(Biot)にちなむ。通常英語読みにバイオタイトと発音するが、本来はビオタイトかもしれない。
雲母族は一般的にアルミノ珪酸塩の平面構造を持っている(左図)。
この平面は間にカリウム(K)イオンをはさんで層状に重なる。適当な図がみあたらなかったので、白雲母の例で示す(下図)。
白雲母(族)と黒雲母(族)との違いは、前者では平面構造の隙間に3価のアルミイオンが単位あたり2個入って、電荷のつりあいを保っているところ、後者では2価のマグネシウムや鉄イオンが3個入ること。個数が違うので空間的な配置はやや異なるが、基本は同じ。こうした構造から、雲母の結晶は六角板状〜柱状になりやすく、柱面は紙を束ねたように見える。層状に広がったカリウムは、イオン的な力で上下の
アルミノ珪酸層を引きつけているが、ちょっとした外力を加えると選択的に一方の側に惹かれ、逆側との関係にヒビが入りやすい。つまり結合がたやすく分断され、層間を亀裂(へき開)が伝ぱしてゆくことになる。雲母が「千枚はがし」の異名を持ち、薄くはがれやすい所以だ。
黒雲母は風化しやすく、カリウムが逃げ出して、代わりに水が入り込む。これを加水黒雲母といい、黒かった色が褐色〜金色味を帯びる。
加熱すると水蒸気が層間を押し拡げるので、柱方向に数倍の長さに伸びる。そのさまはミミズや蛭や青虫が成長するようで、古来バーミキュライト(Vermiculite/語源は、虫が育つ) とか蛭石とか呼ばれた。
軽量かつ多孔質であることから、熱や騒音の遮蔽材として利用される。ちなみに白雲母や金雲母は絶縁性と耐熱性に優れ、その方面に需要を持つが、黒雲母は鉄を含み伝導性があるので不向きという。宮沢賢治は「楢の木大学士の野宿」に、「バイオタイトはキシキシと泣く」と書いた。石っ子賢さんの分身は、黒雲母の訴えを蛭石病の初期と診断した。泣き声は、柱が伸びる時の軋り音だろうか。
「もう一つのご質問はあなたの命でしたかな。さよう、まあ長くても一万年は持ちません。お気の毒ですが一万年は持ちません」
かくて黒雲母は「猫の金」となる。最後に。上の標本はラベルに鉄雲母とあるのだが、黒雲母と肉眼的に区別がつかないので、まあいいことにしよう(おいおい)。実はいつでも拾えると思っていたので、適当な黒雲母の標本が手元にないんだわ。