164.バナジン鉛鉱   Vanadinite  (モロッコ産)

 

 

バナジン鉛鉱 −モロッコ、ミブラーデン産

 

北欧神話を彩る神々の中で、私たちにもっとも親しいのは、オーディンの妻フレイヤだろう。オーディンが果てのない長旅に出たとき、彼女もまた夫を探して9つの世界を経巡った。夫を想って流した涙は各地で黄金とコハクに変じた。ゆえにフレイヤは鉱石と宝石の守護神である(※1)。
彼女は元来、豊穣の女神であり、健康、若さ、肥沃、運、富そして死(死は生と一体であるから)を司る。旅の途次、先々で名前を変えたが、そのひとつにヴァナディースがある。豊穣の神々ヴァン(ヴァナ)族のディース(女神)の意味で、彼女の出自を表している。この名前は元素バナジウムの語源となった。

命名者は、1830年に新元素を再発見(※2)したスウェーデンの化学者セフストレーム。母国の神話から着想するあたり、なかなかロマンチストだったと見えるが、バナジウムは酸化状態に応じて様々な色彩を示す元素であり、まさに豊穣の女神に相応しい。2価V2+、3価V3+、4価VO2+、5価VOの色はそれぞれ紫、緑(例:エメラルド、ロスコー雲母)、青(原田石、カバンシ石)および無色。Vは橙赤色(本鉱、東京石など)(※3)。これらのイオンが錯体を生成すると、さらに多彩な変化を見せる。
バナジン鉛鉱(バナジナイト)は、バナジウムを含む鉱石であることから命名された。赤系統の美しい色をした六角板状(柱状)の結晶となることが多い。

ちなみにフレイヤとは淑女を意味する。フレイヤの日(フライデー:金曜日)は愛に相応しい日であり、特に結婚式を挙げるのに良い。キリスト教徒は古代宗教を異端として金曜日を忌む傾向があるが、ゲルマン民族(ドイツ人ら)は、今でも吉日とみなし、好んで婚礼が行われる。
(彼らの婚礼については、ひま話「ドワーフ小人と鉱山師」後半にもトピックあり)

※1:北欧神話には、さまざまな伝説が輻輳している。フレイヤは太陽神オドの妻であり、夫が太陽として天空を巡る後を追って、黄金のしずく(こはく)を地上に降り注いだともいう。ちなみにオド≒オーディンはヴォータン(Wodan)ともいい、Wednesday(水曜日)はヴォータンの日のこと。
※2:バナジウムは、メキシコの鉱物学者デル・リオが「シマパン産の褐色の鉛」鉱石から1801年に発見したが、その性質がクロム(やウラン)に酷似していることから、後に新元素と考えていたものはクロムにすぎなかったと結論した。しかし、実はやはり新元素(バナジウム)だったのである。デル・リオはセフストレームがヴァナジウムを発表した後になってはじめて、自分が新元素を見つけていたことを知った。 cf.No.348 コバルト華 付記
なお、本鉱は古い図鑑では「褐鉛鉱」の名で参照されており、バナジン鉛鉱はデクロワゾー石の和名とされている。
※3:VO(褐色)、V(灰色)、V(黒色)、V(暗青色)。なお、3価イオンの色は、No.117ツアボライトに蜂蜜色と書いたが、緑色、紫色との説もあってよくわからない。

 

キドニー・オア(褐鉄鉱/針鉄鉱)上のバナジン鉛鉱
−モロッコ、タオズ産?