ツメのお話

 変な話だが、ギタリストにとって爪は命である。100年ほど前までは、クラシックギターは、爪を伸ばさずに演奏する指頭弾弦が主流だったが、現在はご存知のように、爪を使って弦をはじく。したがって、良い音色を作るためには爪の手入れは欠かせない。演奏会の前などは特に気を使う。爪に傷を付けたり、折ってしまうと、事実上、演奏が不可能になってしまうからだ。
 しかし、これが物臭な私にとって本当に苦痛である。いつも注意はしているのだが、それでも、これまでに何度も爪を折った。 最近ではある雪の降った寒い朝だった。車のドアを勢い良く閉めたときである。気付くと薬指の爪が折れている。「ああ、どうして、もう少し注意しなかったのだろう。」我が身の愚かさを呪うが、もう後の祭りだ。冬場は寒さで爪が堅くなっているので、特に注意が必要なのだ。私の友人のギタリストは、生まれつき爪が堅く、冬になると毎年決まって、爪に何ヶ所もひびが入る。爪にひびが入るとピンポン玉を爪に貼り付けて補修するのだが、冬になると彼の爪にはいたるところにピンポン玉が貼り付けられている。
 初心者の方には、この爪を伸ばすということが、さらに苦痛であるらしい。高校時代の友人で、ギターをやりたいという人がいたので、しばらくギターを教えていた。大分上達したので、そろそろ爪を伸ばしたら、と奨めた。初めは何とか頑張っていたのだが、そのうちいらいらすると爪を切ってベースギターに転向してしまった。
 また、最近ネイルアートなどと言うのが流行っていて、若い女性の生徒さんなどが、きれいに爪に飾り付けてレッスンにやって来る。もちろん両手だ。実はギターは弾弦する右手は爪を伸ばすのだが、押弦する左の手はかなり深爪にする必要がある。つまり左手は爪を伸ばせないのである。それを知ってギターを諦めてしまう人もいた。こちらとしては、全く残念な話である。
 最近でも、時々爪を伸ばさないでギターを弾けたらどんなにいいだろうと思う。特に爪が伸びると手のひらの方に曲がってくる鷲爪の私は痛切に思うのである。この鷲爪というやつは、削り方を工夫しないと引っ掛かってとても弾きにくい。
 クローン人間を作ってしまおう、などという世の中である。爪ぐらい科学の力で何とかならないのかと思いながら、今日もギターを弾いている



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