南周り航路

 旧ソ連が崩壊する前は、日本からヨーロッパへの航空路は、アラスカのアンカレジを経由する北周りと、東南アジア、中近東、アフリカなどを経由する南周りがあ
った。北周りは当時としては所要時間が短く、15時間ほどでパリに着くことが出来た。また、南周りは、色々な国を経由していくのでかなり時間のかかる航空路だったが、航空券は北周りに比べると格安であった。
 20年以上も前の話だが、初めてのヨーロッパ旅行の時、少しでも旅費を節約しようと、南周りで行くことにした。目的地、パリまでの所要時間は、なんと40時間。しかし、この旅はなかなか楽しかった。
 トランジットで、フィリピン、タイ、アラブ首長国連邦、エジプトに立ち寄った。これまで、外国人というと、欧米の人たちしか知らなかったのだが、東南アジアの人たちや、アラブの人たちとの出会いは、色々な意味でショッキングな出来事だった。これらの国々は、旅行でも滅多に行けるところではないので、それだけでも貴重な経験したと思っている。また、8時間のトランジット待ちのあったエジプトで見た、サハラ砂漠の雄大な風景、砂漠のこれまで経験したことのないような暑さには、強烈な印象を受け、今でも鮮明な記憶となって残っている。
 旧ソ連が崩壊してからは、各航空会社にモスクワ空港が開放され、安く、そして速くヨーロッパに行けるようになったため、時間のかかる南周りの航空路は、ほとんどが廃止されてしまった。これは本当に残念でならない。旅の楽しさは、目的地に速く着くことではなく、その過程にこそあるのに。
 昨今ではコンピュータが色々な分野で使われるようになって、旅だけではなく、社会全体で、今まで以上にスピードが重要視されるようになってきた。確かに便利な社会にはなったが、現代人は、その生活の中で常にスピードを要求されている。社会全体がものすごい速さで動いているのだ。しかし、その中で見落とされている大切なことが、たくさんあるのではないかと思う。
 ゆっくりと時間をかければ、はっきり見えるものが、急ぐあまりに見えてこない。それが、人間として大切なものであれば、深刻な問題である。社会全体が、その進むべき方向を誤ってしまう。そうならないよう、みんなが努力をして、心の中の「ゆとり」を取り戻す時期に来ているような気がする。



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