森  (野上彌生子)  
新潮社(s.60)
 先月、たまたま、古書祭り会場をぶらついてて、この本が目に止まりました。

 実は少し前、ある本の中で、
野上弥生子は82才のときから99才で死ぬまでかかって「森」という作品を書いたが、
なかなかおもしろい..というような記事を見たのです。
その年齢と長期に流れる時間に惹かれるものがあって覚えていたので、
ボーッとした私でも目に止まったのでしょう。
 野上さんは1885-1985(明治18-昭和60)を生きた人ですが、
そのうちの15才からの多感な6年間の女学校時代を
自伝的要素も入れた長編としてまとめ上げています。

 いみじくも、野上さん自身、
第一章を書き終えた地点のインタビューでこう答えています。
 「どんな時期にどんな関わり合いをしたかを書いておくのは
単に個人の回顧にとどまらず、明治の社会史、女性史にとっても無駄ではなかろう。」
 そうしてある思春期女性等の精神的ゆりかごの時代からを書き始められたのです。

 私自身とても読みたいとの興味をそそられた理由の一つは
明治という時代です。
 鎖国を解き、西欧文化が急激に入り込んできて、
渡米して学んで帰ってくる人もでる。
特に教育という場で顕著に新しい理想とか思想とかあこがれとかが
流れ込んだ時代です。
試行錯誤を含めた情熱をもった教師、外から支える講師たち。
 たまたまその流れに身をおいたものだけが体感する「ふるえ」を
当時の女学生の目で読んでみたいと、すっごくおもしろいんじゃないかと思えたのです。

 実際、80も過ぎた人が書きはじめたと思えないみずみずしい、
飛び跳ねているような若さを小説に感じました。

 さて、本文をかいつまんでみれば、
 学校創始者の理想を凝縮させた、学校というより私塾に近い、
寄宿舎付きある種の共同体女学校が舞台です。
 生徒数二桁(数十人)ほどの学校。
しかも一度火事で焼け、後援者に近い人の別荘を借りて
東京、市井から遠い森の中にある=森の学校と呼ばれるキリスト教主義の学校である。

殆どが寄宿生の中、15才になったばかりの菊池加根は
5〜6人の通学生の一人として本郷の向ヶ岡の叔父の家から
森の女学校まで4.5キロほどの道のりを通いはじめる。
九州東海岸の親元を離れ上京した不安、好奇心、勉強できる喜びがみずみずしい。

 生い茂る緑、さえずる小鳥たち、豊かな自然故のいち早い季節感の体感。
毎週月曜の道話の時間、テストのない授業、厳しい英語の時間。 
そして寄宿生たちの部屋を訪問しての楽しい交流の時間。お互いの観察眼もおもしろい。

 これらの活気を作者の言葉で拾えば、
 「つねにこころの糧を求めようとするのは森の学園ではいわば習性であり、
月曜の道話の他、なお外からも聴けるものは聴こうとする。
教えられるものには熱心に教わろうとする傾向が
特異な張力で寄宿舎に浸みこんでいたのは何故であったろう。」 

 フェミニズムの理想に燃えた学内ではあったが、
私学経営のあやうさもあり、悩みもあり、また社会を外から見れば、
日とともに 露骨になっていた軍国主義。
一方新しい社会思想もにじみ出、
明治が始まって以来の大きな渦巻きがあらゆる機構を揺り動かしだしていた。
キリスト者の中でもとりわけ烈しい信念の非戦論で、
「内村鑑三」は勤めてる新聞社を追われそうな状況になってくる。
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皆が「どうすればいいか、どうすべきか、」
悲しい問いかけと祈りをするしかない状況が近づく中、
卒業、結婚、作家活動をはじめる野上さんです。゜゜゜゜゜゜゜゜

 錦繍とわたしが棄てた女  

  「宮本輝著(新潮文庫)&遠藤周作著(講談社文庫)
  の女性観の類似と相違」考
 【これはあくまで、私個人の独断と偏見を交えての、2冊の本の比較です】

 まず時代設定としては「錦繍」が昭和45位〜の高度成長時代。
片や「私が棄てた女」は終戦直後の、誰もがいきることに必死の時代。
 女の名前は「令子」片や「森田ミツ」
 どちらも目立たない、地味で平凡な女でありながら、
己の幸福をつかみ取った女と、
何か無自覚のままに、あるいは無自覚だからこそ、
崇高な心根が何故かお人好しで終わってしまったみたいな切なく短い人生の人。

 時代の違い、女の能力・資質の違い、作者の姿勢の違い、
こう云ってしまえばそれまでなのですが、
やっぱり、後味の良い読後感かどうかの違いは、
一人のかけがえのない女性をどのように育て慈しむかの
作者の姿勢ではないでしょうか。

 「令子」は有馬という得体の知れない、商売にも家庭にも失敗し、
ささくれ立っている男を何も聞かず、1年面倒を見ている。
平凡なスーパーのレジ係でありながら、いつか、何か商売をと、考えてる女。
そして誠意と真摯な愛情と預金高で、有馬に「生きてみよう!」の力を吹き込み、
新商売に引き入れることに成功する。

 森田ミツはまだまだ成長できる人だったのに、
作者が殺してしまったことが惜しい。くやしい。
石鹸工場で夜勤までして貯めたお金。ほんの少し自分を着飾るため、
ショーウインドーに飾ってある黄色いカーディガンを手にし、
吉岡とのデートに着るため、
頑張って残業時間を増やした少女らしい「ミツ」。
 何の関係もない大嫌いの工場主任。
「こいこい」に手を染め、給料の前借りばかりで、給料をもらえない。
セーターを買おうと工場の門をでた「ミツ」の前には主任の子連れのくたびれた女房。
むずかる子供のぐずる声。無視できず苦しむ「ミツ」。
そして口からでてしまう言葉。「おばさーーん、これ、貸すよ」。
苦しみの連帯感。
無意識に「自分の悲しみと他人の悲しみを結びあわすことが出来る」人。
 こういう人のまま、したたかに、生かし切って欲しかったなぁ。

#「錦繍」は手紙書簡形式の切ない愛があふれる文章で
人物それぞれが踊っている躍動感があり、しっとり感があります

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  ☆(^^)MARIKOさんより 上記を読んで ↓ご意見をいただきました。
有り難うございます☆2002.1.許可を得て柿に掲載させてもらいました。

私は「錦繍」と「わたしが棄てた女」へ を読ませていただき
「森田ミツはまだまだ成長できる人だったのに、
作者が殺してしまったことが惜しい。くやしい」
というのは
ちょっと違うんじゃないかなーと思う。
遠藤周作はキリシタンで有名ですがそれがわかっていれば
「作者が殺してしまった」などとこんなことは思わないだろう思う。
森田ミツはただのおひとよしで一生を終えたのではないのです。
それはキリストと共通しますが彼女は人の苦しみを自分の苦しみとして考えました。
キリストが罪人の罪を自分で背負ってあの十字架で死んだように。
そしてわたしたちの苦しみは主も一緒に苦しんでおられるのだ、という
キリスト教の教えでもわかります。
やっぱり小説を読むには著者がどういう人物か、その考えとは何かを
勉強しなくては、と思います。 


 童話集「遠い野ばらの村」「銀のくじゃく」「白いおうむの森」  
安房直子著(ちくま文庫
 娘たちが小さいころ、何が幸せって、寝る前に本を読んであげること。
幸せそうに布団に潜って、目をきらきらさせて待っている、そのこと。
末っ子が小学校5年を終了するまで続け、その子も今では高校1年生。
何となくその幸せを思い出して、今でもたま〜に好きな「安房直子」さんの
文庫を開くのです。
 自分で かけないのが残念だけれど、童話には、ほお〜っとする、
懐かしいあたたかさがあります。
 その中から一つの物語を少し縮めて、紹介しましょう。
秋の夜長に、少しほんわかしてもらえたらなあ...と、思っています。

  • ひぐれのお客(安房直子)
 裏通りに、小さいお店がありました。
 ボタンや糸や裏地を売っているお店でした。
 ここにくるお客は、たいてい、近所のお母さんたちです。
それから、あみもののすきな、若い娘さんたちです。
 ところが、ある日のこと、この店に、めずらしいお客がやってきて、
とてもすてきなことを、教えていってくれたのです。

 あれは、冬のはじめの、ひぐれどきでした。
 「こんにちは。裏地をください」
と、だれかがいいました。
 「はいはい、まいど」
 山中さんは、新聞をやめにして、ひょいと顔をあげましたが、
だれも見えません。
おかしいなとおもって、戸口のほうへ、二、三歩すすんでいきますと、
これはまあ、しきいのところに、まっ黒いネコがまっ黒いマントをきて、
立っていたのです。
 「こんにちは」
と、ネコは、もう一度、あいさつしました。
緑色の目は、エメラルドみたいで、その目にじっと見つめられたとき、
山中さんは、むねがドキドキしてきました。
こりゃ、たいへんなお客が来たもんだ、と思いました。
 「あんた、どこのネコだい?」
 「はい北町中央通りの、魚屋のネコです」
 「北町中央通りだって?そりゃまた、ずいぶん遠くから、やってきたもんだね。
バスかい?それとも電車で来たのかい?」
 「はい、こがらしにのって来ました」
 山中さんは、ぷっと、ふきだしました。それから、おかしいのをがまんして、
「なんだって、そんな遠くから来たんだね」
 「南町の裏通りにとても親切な裏地屋さんがあると聞きましてね」
 「じつはね、この黒いマントに赤い裏をつけたいと思いましてね」 
ネコはしずかにいいます。
 「赤は、ぜんたいに、あったかい色ですけどね、
お日さまのあったかさ、ストーブのあったかさ、ぼくは、
薪ストーブの感じがすきなんです。
薪ストーブが、パチパチ音をたてながらもえるときのあの感じ。
ただ、あったかいだけじゃなくて、こう、心がやすまって、
いつのまにか、ふうっと、眠くなってゆくような感じです。」
 「なるほど」
と、山中さんは、うなずきました。
ネコのいうことは、よくわかりました。
 店のたなに、赤い裏地は七種類もありました。
オレンジっぽい赤も、ピンクがかった赤も、咲きたての紅バラのような、
深い赤もありました。
山中さんが、こまっていますと、ネコは、山中さんを見上げて、
こういいました。
 「おそれいりますがね、七本ぜんぶ、ここへおろして、
ならべてみてください」
 「ちょっと、なめてみていいですか」
と、いうのです。それから、山中さんの返事もきかずに、
赤い舌を出して、布の端っこを、なめはじめました。
 なめられて、小指のさきほどずつぬれた裏地のはしっこは、
それぞれが、濃い色になりました。
するとネコは、そこのところを、はじから、くんくんにおいをかいでみたり、
耳をつけてみたり、そっとさすってみたりしました。
そうして、さんざんしらべたすえに、まんなかにおかれた、
いちばん濃くて、いちばんふかい赤のまえに、たちどまったのです。
 「これだ、これだ。これこそ、薪ストーブの火の色だ」
 山中さんはネコが決めた裏地を、また、じっと見つめました。
が、どうもピンときませんので、ネコのまねをして、はじから順々に、
においをかいだり、耳をつけてみたりしました。
 すると、すこし、わかってきたのです。
 はじっこの、ピンクがかった赤の裏地からは、いいにおいがしました。
「これはねえ、花畑にまよいこんだみたいな感じの色だよ。
いやにうきうきするねえ」
 ふんふんと、ネコはうなずきました。
「いい調子です。これは、ふんわるしていい色ですが、マントの裏には、
むきません。
こんなのつけたら、いつでもだれかにささやきかけられてるみたいで
おちつきませんよ。
それじゃ、これはどう思います?」
 ネコは、その隣の、紫がかった赤を、ゆびさしました。
「どうも、へんに、悲しくなるねえ」
と、山中さんはつぶやきました。すると、耳もとで、ネコの声がしました。
「そうなんです。ぼくもそう思うのです。
まあ、たまにこんなの着るのもいいけれど、いつもじゃ、やりきれません。
ぼくはやっぱりこっちの色が、いちばんぴったりだと思うんです」
「どうです?この色」
 するとその布地からは、かすかに、薪のもえる音がしました。
それから、かわいた木のにおいもしました。
さわってみると、ほんのりと、いい感じに、あたたかいようでもありました。
「なるほど、わかるよ。
寒くて悲しくて、ほんとにもう、やりきれないようなときにこの色に
つつまれたら、すくわれるかもしれないなあ。この赤はあったかいだけじゃ
なくて、おちついたやさしい色だよ」
 ネコは、五百円を山中さんにわたしました。そしてこういいました。
「これで、すくわれました。おかげさまで、この冬は、生きのびられそうです」
ネコは黒いマントをひるがえしてでていきました。
裏地を片づけながら山中さんは、どの色も、どの色も、
今は静かに眠っていますが、取り出して広げてみれば、
みんなそれぞれの歌と香りをもっているように思われました。
そのひとつひとつを、またあのネコといっしょに、
ゆっくりためしてみたくなりまた

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