伽羅の香(きゃらのかおり) 
宮尾登美子著  (中公文庫)
 ハーブもいいけど、日本古来の香りにも惹かれる部分が...ということで、
先日、代々京都人の友だちに、香老舗の「松栄堂」へ連れていってもらいました。
店の入り口でもうお香の香りがしますが、
いわゆる「抹香臭い」感じではなく、穏やかな奥のある香りです。
ちょっとこんな世界も覗いてみたい好奇心から、
宮尾登美子さんの「伽羅の香」を開きました。
香道とは中世から主に上流階級の人たちがたしなんできた日本古来の遊芸ですが、
一言で云えば、悟道です。宮尾さんの作品の主人公、「本庄葵」は
明治27年、伊勢の国中央の山が(多気村)で大きく薪炭業を営む
裕福な家の一人娘に生まれ、大切に育てられ、
大好きな従兄弟を養子婿にするも銀行マンで、東京に家を買ってもらい暮らす。
実父(東京の家の維持費等負担)よりも
夫の義父(温厚で知識人、定年前で有閑職=理想像)を慕う中で、
習字、立花、茶会と一流のものを学んでいく。
そんな中、夫が急死(現代で云う過労死)、つづいて実父、実母を亡くし、
義父の薦めで香道を極める道を選ぶ
(多気では律義な番頭の関さんがすべて上手く取り仕切ってくれ、
生活は今まで通りの十分な仕送り)さらに頼りの義父が急死、
娘も結核で死、たった1人残った息子も終戦で隊から戻るも結核で死んでしまう中、
自分の持てるすべて(純粋な思い入れ・金銭・場・香木等の入手..)を
日本の香道復興のためと注ぎ込む。
そして最後、脊椎カリエスで倒れるや、
無上の良き友と考えた育ちの良い、およそ世の悪など知らぬひとたちは、
彼女が財力・知識・思いつく限りの心情で育て上げた、
公家の末裔の男 を頂点に違う流派を作り、香道の会の場を簡単に移し替えていく...
「葵」は東京の贅を尽くした家を、香に理解の東長寺に寄付、
自分の大枝流を「辰枝」に皆伝、香道具を与え、庶民のための香道の伝授を頼むと、
なお残る国宝級の香炉香木を持ってそれらとともに生涯を閉じるべく多気へと向かう...
持てる財力をバックに葵がつくった王朝絵巻がもろく崩れ、
山がの実直な人間の中に帰っていく、暗いんじゃなく、悟道のお話です。
香道をたしなむ世界の専門用語や、一流品の産地、名前が
いっぱい出てきて頭がくらくらしましたが、
優雅さに心遊ばせため息つく、読み応えある作品です。

香を聞き覚えるには一人夜半に聞くにしかず、
ガス火の上にちっさな炭団を載せ、
団扇で煽いで全体が赤い火の玉になった頃、香炉の中にそれを埋め、
心静かに灰点前をする。
深沈と更けてゆく夜の音とともに心が次第に落ち着いて来、
やがてきれいに箸目が揃ってその上に雲母と香の一片を載せると
得もいえぬ香が立って来る。
するといつの間にか雑念が遠くへ押しやられ、
幾百年の昔の堂上人たちの世界に魂は飛んでその 一筋の香煙の中に
自分を投入出来るのであった。
ゆっくりと吸い、少しずつ少しずつ吐き出して
ああ、これがかの若紫か、
とわが五官に刻みつけいく度も確かめてはひとりで覚えてゆく。
――本文より
 
 
  月光の東  
宮本輝著  (中央公論社)
 「泥の河」から読み始め、もともと大好きな作家ですが
(たぶん中年おばさんのファン多いと思う)
ここ数年の彼の出版物の中で一番惹かれるものがありました。
確かにいつもながら少し綺麗すぎるけど...(天の邪鬼な私の心がブツブツ騒ぐ)
日本人全体がささくれだち自信を失いそうな今、
特に人生を振り返る年代の人にお薦めです。
「塔屋米花」という幸薄い女の陰影と美貌と凛とした強さ、
寂寞とした官能に惹かれ変わっていく男たち
(彼女自身は変わらなかった、でも変わりたかったんだと思う)
「津田富之・古彩斎の主人・柏木邦光・バーテンの星さん・・
杉井純造・自殺した加古慎二郎・事故死した合田孝典」.....
それぞれに人間くさい弱さ強さ真摯さがある。
他に加古美須寿・美須寿の叔父の宇井唐吉・合田牧場主の合田澄恵さん、
さらにいぶし銀の暖かさの人、オオバントウさん等がおりなす世界。
こういう一生懸命な人たちなら日本人もまだ大丈夫みたいな、
この本に縁のあった人が作中の誰かに近いような、
近づけるような乗りがありました。
『馬鹿で意気地なしで嫉妬深くて自尊心のかたまりで冷酷で....』
そんな あなたや私やみんながどうしようもなさを抱えつつ、
変わっていこうと努力しそのことを認め会う。
自分自身を慈しむ大切さを啓示し
(作中の言葉=日本人がどこか卑屈なのは
自分たちを大好きだと思う思考が欠落してるからかもしれない)
そして筆者の祈り(今中央アジアに自分、そして人間のルーツを見てるようだ)を
感じる作品です。
作中の「加古美須寿」の言葉.....
いつもどこからか心を向けていて下さったという気配に私は気づいた。
私は守られてきた..その思いが私を幸福にしてくれた.......
素直に素敵なことばと思いませんか?


 どないしましょ、この寿命  
春山 満著   (一世出版)

 引っ込み思案で飛べない人、
そして鼻っ柱の強い人もとにかく読んでみて下さい!!
24歳で筋ジストロフィー症という治療法が確立されてない難病を発症した春山さんの
企業家精神の軌跡を中心とした半生記です。
積極的にひたむきに生きることによって得られる人生の見本でもあると思います。
誰もが同じように出来るわけではありませんが、
あきらめないことの大切さをしみじみ感じさせられました。
私も、筋肉の病いの為車椅子登校をしてる少年の下校のお手伝いを(週1回)
通算2年半ほどしましたが、
彼も、親や兄弟から独立し自立できる生活への深い希望を持ち
知的準備をしてるのを知っています。
彼はこの春中学を卒業、無事希望の高校進学を決め、その近くに引っ越しましたが、
いつかこちらへ帰ってきたら又、
彼のパワーを少しもらいながらエールをおくりつづけたいな、と思います。

 春山さんのあとがきから少し抜粋してみようと思います。
 私はこの12年間、医療・ヘルスケア事業を専業に歩んできました。
私はこの12年間、ほらを吹き続けてきました。
たとえば、「健全な儲けなくして、人に優しくなれるか」
「高付加価値高価格で提供する、提案型ビジネスを!」など。
しかし、ほらも息切れしないで確信を持って吹き続けると、味が出てきます。
私は難病になって多くのものをなくし続けてきました。
しかし、幸いにもまだ首から上は活きています。
喋れます、見れます、聞けます、そして考え、感じることが出来るのです。
人間とは強いものだとしみじみ思います。
「最後まで爽やかに、そして輝いて」生き抜こうとしている父の姿が、
いつの日か成人する長男哲朗、二男隆二の処世に役立ってくれればと思います。

 それでも生きていく 地下鉄サリン事件被害者手記集  
地下鉄サリン事件被害者の会著 (サンマーク出版)

 あの日から三年たち、出版されたこの本。
「アンダーグラウンド」を読んだときよりも尚ズッシリきました。
御遺族の方の、司法解剖優先の当時の状況に対する、納得できない気持ち。
誰も間に合わず、水さえあげられなかった無念さ、
さびしさを受け止め背筋を伸ばし進む姿。
未だ入院されている方と支える家族の三年以上の日々。
未だ幻覚症状等でクリニックに通う人、仕事を続けられなくなった人....
理屈抜きに読む者に迫って来、一緒に怒り、一緒に泣き、
感情を同化させるあまり、唇がしびれて胸が詰まりました。

 時間の流れの中、私たちとの間に開いた更なるギャップ...
当事者や家族にとってはあの日から変わってしまった。
非日常であるべきものが日常となってしまった重く引きずる日々に対し、
事件に遭遇しなかった我々の鈍った「あれからもう三年..」との違い..
河の岸のこちらと向こうの大きな隔たりを前に、
鼻を詰まらす以外、何ができ、何をしなければいけないのか?問われています。

 突然理不尽に自分の身の上にふりかかった火の粉に
向き合いこだわらなければ前に進んでいけない。
人間とはそういうねばり強さも持っていますが、
将来への不安・経済的負担・不眠や幻覚、頭痛。
身体的症状等へのケアが未だきちっとなされていない現実を前に、
被害者の会(国や行政に訴え救済を求める活動や情報交換等)への
応援を求められています。
カンパの振込先も記されています。


 フランス女  
  長坂道子著      (株)マガジンハウス

 女性が輝いている、女性にエールを送っている本に出会うと
ついつい買ってしまいません??
 私はどうもその癖がありますが、この本もそんな中の一冊です。
筆者・長坂さんの20代半ば頃、婦人画報の編集者のとき、初めてフランスに出張、
インタビュー等してるうち、すっかりフランスびいきになり、その後単身渡仏。
フリーで記事を送りながら、7年ほど住み、
仕事やプライベートで知り合ったこれぞフランス女!という「24人」を、
愛情と思い入れの筆運びと気後れしない彼女の持ち味と眼力と好奇心で紹介している。
あぁ、やっぱしとか クスッとか ないものねだりのあこがれも含め、
何となく心身がかる〜くなるようなエッセーです。

【長坂さんの好きなゴロ、響き..「フランス女」とは..
その顔つきから身振り、音声に至るまで、強烈なイメージ】
【た・と・え・ば】

☆「相手を見て態度を決める性格なの。
 自分にとって有益でしかもハンサムな男にはすごく優しいんですって」
★「気まぐれ」と「気取り」「私はちょっと違う」と常に主張するところや、
 恵まれた自然条件を伸びやかに享受しつつますますいい女になっていく。

☆心細さをヒステリックにぶつけたり、センチメンタルに誇張するのは
彼女の美意識が許さない。
 高慢で勝ち気でクールな女でいる。

★子供もいい女になるためのセンスを日々磨き、年寄りも枯れた感じではなく、
死ぬまで女を捨てまいとする決意と覚悟、努力。
目指すのは自分の「おんな」 性の、より高い完成度。

☆率直さと気の強さと原石の美しさ(荒削りの美)、素朴なカントリーガール。

★一見気さくな陽性の人とみえて、裏方の場を離れるはとてつもないストレスになる人。

☆自分のスタイルが確立している人(自分の流儀を曲げない)、
 仕事に軽重をつけない、でもディナーになると、パンツをミニに、
肩で歩く代わりに、腰で歩いて
 そろそろ帰り時にさりげなくトイレに立ち、勘定を済ませ、
「今日は任せて、こういう日のために私は働いてるんだから」

★フランス人にしては例外的に英語が上手で、
 派手派手しいソワレが多いパーティー会場の中、
 一人シンプルな黒いミニローブで、妙に気品があってかっこ  いい.....
 それに何ていったってそんなフォーマルなパーティーに堂々と犬連れで来たんだから!

☆自分の創作に関してはとことん完璧主義で注意深いが、
 それ以外の部分では、上の空で生きている。
 地味だけど味のある人でありながら、もちろん口約束はすぐわすれ、
 まわりを翻弄する側の女性(ひと)である。

☆Nには優等生の顔と不良の顔とがあったが、
 よほど親しい間柄でない限りは、優等生の顔しか拝むことができない。
 都会の良識という衣装をはぎ取ったと き現れる自然児。

★あの頃、Mの周りで見かけた男たちは、一様になんの取り柄もなさそうな奴らばかりであったが、
 あの彼らともさんざんあそんでいたのだ、
 いつも熱に浮かされていたように違う顔ぶれの男たちを引き連れていたM。
 なのに「結婚相手」に限ってはちゃんと冷静に区別し、とっておきのを連れてきた..

あれやこれや、水面下に長坂さんのhotな目がありながら、
冷徹な?眼もございます。
日本人のせま〜い心根にチクリ..ちょっとご賞味されては??

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