笑気吸入鎮静法の基礎知識

笑気とは

笑気とは、亜酸化窒素(N2O)のことで全身麻酔に使用される麻酔ガスの一種です。麻酔作用は余り強くなく、特に鎮静法は20〜30%の低濃度なので意識を消失することはありません。効果としては、恐怖心や不安感が薄れ周りのことが余り気にならなくなるので、痛みを感じにくくなります。甘い香りがするので、小さな子供でも嫌がることは有りません。重い呼吸器疾患のある方以外は、ほとんどどなたでも使用できますが、鼻から吸うガスなので、鼻が詰まっているときは使用できません。副作用もほとんど無く、吸うとすぐに効果が現れ、止めるとすぐに回復するため非常に安全です。

小児や恐怖心の強い方だけでなく、心臓疾患や脳血管疾患のある高齢者の方にも使用できます。(笑気と一緒に70〜80%という高濃度の酸素を吸入するため安全に治療が行えます。)

使用する機械

笑気吸入鎮静器

サイコリッチT-70 (株式会社セキムラ製)

使用方法

  1. 鼻マスクを鼻にあてて固定します。
  2. 笑気2030% 酸素8070%の混合ガスを出し鼻で呼吸させます。
  3. 2〜3分経つと効果が現れるので治療を開始します。
  4. 治療終了後、ガスを止め、鼻マスクを取って、自然呼吸させます。
  5. これで終わりです。
  6. すぐに自分で歩いて診療室から出ることができます。
  7. 中には、しばらくフラフラする子どももいますが、待合室で2〜3分休憩すれば回復します。

私が笑気に出会うまで

子供の泣かない小児歯科とは

歯科医師になって間も無いころ、治療は痛いもの怖いものであり、それを我慢するのは当然のこと、と考えていました。もしかするとそれは学生の頃からそう考えていたのかもしれません。そして学生時代の病院研修や卒業後の研修時代にもその考え方を否定するような出来事に巡り合った事は無かったような気がします。確かに講義では麻酔の注射や精神鎮静法について学んでいたはずですし、実習でも笑気を体験してきましたが、臨床の場では麻酔の注射は痛いものであり、笑気に到っては治療困難な症例の最後の手段であるかのごとく普段目にすることは無かったように思います。

そして歯科医師として独り立ちしてからは、当然の如く怖がる子供を押さえつけて歯を削り詰め物をしていました。しかしいくら押さえつけているといっても多少は頭が動きます、頭が動くと歯も動くわけで決して精度の高い治療とは言えません。時には、治療を中断せざるを得ない状況になったり、また、突然動いたときに頬や舌などを機械で傷つけてしまったりしないかとか、恐怖や嗚咽によって嘔吐したりしないかといった偶発症に対する不安が常につきまといます。

私が歯科医師として自分の職務に忠実であろうとすること、それはつまり患者の求める治療行為を遂行することであろうと考えていました。患者が小児の場合は、それは当然母親が求めるものです。目の前に、治療の必要な虫歯があり、そしてその歯の治療を望む母親がいる以上、その歯を削って詰めるのは歯科医師として当然の行為であると信じていました。それがたとえ小児の人格を無視した行為であったとしても。

ほんとにこれでいいのか…。押さえつけられている本人は言うに及ばず、一緒に押さえつけているおかあさんだってほんとはこんな事したくないんだ。およそこの世の中で、我が子の苦痛に歪む顔が見たい母親などいないはず。ましてこんな事までしても十分な処置ができている訳じゃないし。

また歯医者へ行く日が来た。嫌がる子供の手を曳き医院のドアを開ける、また今日も我が子が迷惑を掛ける。治療は遅々として進まず、いつしか親も子も疲れ果て、通院は途切れてしまう。もしかしてこの子は一生歯医者嫌いになってしまうのか?(もしかしなくてもかな?)そういう私だって、子供嫌いになってたりして。

歯医者嫌いになった子供を治療することほど難しいことはありません。“三つ子の魂百まで”と言いますが、この子が大人になったとき、もう誰も手を曳いて歯医者へ連れて来てはくれないのです。

そんなある日、歯科専門雑誌の講習会の広告に目が止まりました。痛くない怖くない歯科治療…笑気吸入鎮静法。これが笑気との再会でした。以来八年余り、今日では笑気を使わない日が無いくらい重宝しています。あれほど治療を怖がって嫌がっていた子供が、歯医者に来るのが好きになるのです。(うそじゃないです、ほんとうに。)

無理やり押さえつけて目の前の一本の虫歯を治すことよりも、歯医者嫌いの子供を独りでも減らすことが、私の歯科医師としての使命なのだと確信しております。そして今、自信を持ってこう言えるのです…“子供の泣かない小児歯科”