◎小堺真里の歌声

第一話 デンスケ先生の憂鬱

第二話 シーナ姫の絶望

第三話 マサコ姐御の退屈

第四話 オダマリ先生の祝福

第三.五話 城址動物園の尾行

第二.五話 ザイバツ君の請負

第一.五話 チョコタンの関心


第一話 デンスケ先生の憂鬱

数学の高校教諭、通称デンスケ先生は自分の息子の渡海(とうみ)君が最近おかしいことに気がついていました。おかしいといっても、急にやる気を失った様子があるとか、悪い友だちに悪い遊びを教えられているとか、成績が落ちたとか、衣服に煙草の匂いがついているとかそういうことではないのです。

デンスケ先生は毎週土曜日、渡海君に情報教育の個人授業をしています。デンスケ先生はもともと良いプログラマの素養もあり、自宅でコンピュータの教室も開いたりしています。授業料は取らないボランティアのようなものです。生徒には近所の子供もいれば学生もいるし、主婦やお店の主人もいらっしゃいます。授業料の代わりに、その日お店で入ったお魚や果物を持ってきてくれるお店の人もいますし、自分で作ったお菓子やおかずを持ってきてくれる奥様もいます。学生達は大学でデンスケ・プロジェクトと名付けた学部を跨いだ情報共有システムを作ったりしてくれてます。デンスケ先生はただ知っていることを教えているだけなのに皆がいろいろしてくれるので有難くもあり気恥ずかしいところもあったりしました。

その教室のついでに息子にも特別授業をしていました。本人が望んで教えてくれというのですから喜んで教えていました。その時間というのは土曜の夜、食事が終わってお母さんがお風呂に入っている時間でした。ですからその時は居間にいても息子と二人きりになる時だったのです。

「渡海君、お父さんに何か隠していることがあるだろう。言ってみなさい」

「何もないよ」

「じゃ、聞くが、最近どうして私のクラスによく顔を出すようになったんだ? 君のクラスにも友だちはいっぱいいるだろう。いじめられているようにも見えないし、何があったんだ?」

渡海君はデンスケ先生の高校に通っているのです。先生も担任のクラスを持っているのですが、隣のクラスのはずの渡海君がよく入り浸っていることを聞いていました。

問われて、最初は友だちに会いに来ているだけだと言い張っていたのですが、とうとう白状しました。その内容にデンスケ先生は驚愕したのです。ひっくり返って聞いたことを忘れたいと思うくらいです。

「お前、うちのクラスの小堺真里が好きなのかっ!」

小堺真里は本当に変わった女の子でした。いつもニコニコして可愛い女の子でしたが、それを打ち消すほどの欠点があったのです。大欠点です。

真里さんは歌が大好きだったのです。ただ歌が好きと言うだけなら真里さんの魅力を高める作用しかありません。しかし、真里さんは四六時中歌うのです。最初の頃は授業中でも歌っていたのです。まわりの生徒の迷惑になるからということを理解して貰って、今では静かなように見えます。

でも授業中の真里さんを見ればわかるのですけれども、声には出さないで歌っているのです。真里さんの頭の中の音楽に合わせて体のどこかが動いているのがわかるのです。試しに授業で問題に答えるように真里さんを当ててみましょう。歌うように答を言うのです。先生方はみな呆れ果てていますが、なかなか文句が言えません。真里さんは口達者だし、成績がとても良かったのです。授業を聞いていないような素振りなのですが、しっかり聞いていて勉強もしているのです。

休み時間になると歌い始めます。体育の時間も歌っています。不思議なことに芸術科目は音楽を選択しないで美術を受けているのですが、油絵を描きながら歌っています。そしてその歌は全部ミュージカルの中の曲ばかりなのでした。

他の生徒が受けている音楽の授業でレポートを書くように宿題が出されたことがありました。「誰か一人作曲家を選んでその人について調べてきなさい」というものでした。真里さんは授業を受けていないのに書いて提出したのです。

「デンスケ先生、お宅の小堺真里が授業受けてないのにレポート持ってきたんです。ちょっと見てください」

デンスケ先生は他の先生からもデンスケと呼ばれています。デンスケというのはこの学校に代々伝わるアダナで理系の先生に与えられることになっています。何故デンスケという名前なのかは伝わっていないのですが、生徒達に信頼される先生に対して生徒が与えるアダナなのでした。デンスケ先生は4代目です。デンスケ先生は何度も生徒達と喧嘩をしました。喧嘩と言っても殴り合いのようなものではなく、少し激しい口喧嘩のようなものですが、生徒達の言い分を全部聞いたうえで理詰めで話をするのです。そうした積み重ねが生徒の信頼を掴んだのでしょうか、生徒の言い分を最後まで聞く態度が好感を持たれたのでしょうか、先生は自然にデンスケの称号を得たのでした。

机の上に置かれた真里さんのレポートはレポート用紙数百枚に及ぶ物でした。ミュージカルの作曲家の総覧です、英国のサリバンはもとより、G・ガーシュウィン、C・ポーター、I・バーリン、K・ヴァイル、R・ロジャース、F・ロウ、A:メンケン、S・シュウォーツ、S・ソンドハイム、L・バーンスタイン、シャーマン兄弟、C・コールマン、CM・ショーンベルグ、F・ロッサー、D・エルフマン、J・カンダー、J・ボック、A・L・ウェーバー、更には日本のいずみたくや宇野誠一郎まで言及しています。幾人かの作曲家については作品名や曲名の一覧表まで資料として付いているのでした。

「この娘、これだけで本を書くことができる子だと思いますわ。素晴らしい才能ですよね。伸ばしてあげたいですよね」

デンスケ先生も多少なりともそういう世界のことを知っていましたので、飛び抜けた知識――たぶん一所懸命調べたのでしょうけれど――を持っていることに驚いたのでした。

デンスケ先生は真里さんのご両親と三者面談をしたことがあります。

「あたし、歌うミュージカル評論家になるんですっ!」

真里さんの最初の言葉でした。デンスケ先生がご両親に挨拶する前に発したのです。

「ミュージカルってのは歌うもんだから、わざわざ『歌うミュージカル』という必要は無いな」

妙にロジカルなデンスケ先生ですが、いつもこんなひねくれた話し方をするのです。

「デンスケせんせ、『歌う』ってのは『評論家』にかかる修飾語です」

「そんなに歌うのが好きなら演じる方になりたいっていうもんだと思うんだがなぁ」

「あたし、歌うのもだーいすきですけど、人が歌っているのを聞くのはもっともっと大好きなんです」

「真里の従姉妹にですね、ミュージカル大好きなお姉さんがいるんですよ。一緒に映画を見たり宝塚とか四季とか連れて行って貰ううちに真里も好きになったのよね?」

お母様が真里さんのフォローをしました。

「はい。だから東京に行っていっぱいステージ見たいんです」

「ミュージカルといえばニューヨークだろう、大学出てからでも行けるんじゃないのか?」

「はいっ。ブロードウェイも行きたいですし、ロンドンもパリもインドも行きたいです。でもそれは自分の仕事で行くお金を稼いでいきますっ」

「えっ?インド?」

「インドはミュージカル映画がいっぱい作られているんですっ」

と言った途端『ショウほど素敵な商売はない』を歌い始めました。どういう脈絡なのかはよく判りませんでしたが、真里さんの中では筋が通っていたのでしょう。

デンスケ先生も真里さんのご両親も歌うのをやめるようにはいいません。無駄だからです。

「東京の大学を目指すのはいいんだけどな、真里君なら東大だって入れる力をもってるのにもったいないなあ」

「推薦で入れて、授業料も免除なんです。だから生活費と観劇のお金だけあれば生きていけるんですっ。そのくらい、アルバイトでなんとかしますっ」

真里さんの学力は客観的な数値だけで見れば、どんな大学でも喜んで推薦を受け入れるくらいのものでしたし、幾つもの文芸や芸術の賞を受けていましたので授業料免除どころか奨学金まで貰えるだけの実力を持っていたのです。

それでもデンスケ先生は国立の最高どころな大学に行って貰いたいものだと思っていたのでした。途轍もなく変な子だけれど、今の興味なんてものはすぐに無くなって別の所に向けられるのではないかという気がしていたのです。

母娘にきいても埒があきそうになかったのでお父様に尋ねてみました。

「真里さんの才能はミュージカルだけではないと思うのですが?」

「自分からやりたいというのですから、やらせたいと考えてます。」

ご両親が認めているのなら止めようがありませんでした。

 

「父さんは小堺さんのこと嫌いなの? 僕が好きになっちゃ駄目?」

真っ直ぐ見つめる息子の眼に思わず「いや、いいんだ」と言ってしまいそうになりました。

「小堺君は授業中でも歌を歌ってるような変な娘だぞ」

「ねえ、父さん」

「なんだ?」

「父さんは何故、母さんと結婚したの?」

デンスケ先生は嘘が付けない人でした。それだから上司や一部の同僚からは嫌われていたのですが、それだからこそ生徒から信頼されていたのかもしれません。

「歌が好きな人だから、だ」

そう、お母さんも歌が大好きな人だったのです。ほら、今でもお風呂場から歌声が聞こえてきます。『お前のお母さんはな、それはもういつでも歌い続けるんだぞ、寝ているときだって寝言で歌うんだ。大変だぞ』と言いそうになりましたが、それでも愛していることには違いありませんでしたので反論にもなりません。

「だから、僕のこと応援してくれる?」

「わかった」

父子の間に紳士協定が結ばれたのでした。

『しかし、渡海の好きな子の名前が真里だなんて知ったら、母さん、大喜びだろうなぁ』と思いました。お母さんは「ウエストサイド物語」が大好きだったからです。


第二話 シーナ姫の絶望

シーナ姫はベッドで目を覚ましました。ちゃんと朝、起きられるようになったことについては自分でも嬉しいことでした。この国に辿り着いたときには眠ることも出来ませんでしたし、眠っても悪夢ばかりで寝た気がしなかったのです。

シーナ姫はこの国に亡命してきたのでした。あまりにも辛く酷い体験をしたのでしょう、亡命する前の記憶はもうありません。思い出したくもないような出来事があったのでしょう。

シーナ姫は顔を洗って髪をちゃちゃっと整え、あとは制服に着替えるだけで身仕度は終わりです。同じ歳の女の子のように髪をブロウしたり、お化粧したり、いろんなアクセサリーを付けたりもしません。髪は短く刈られていて(少し伸びただけで自分で切ってしまうのです)、若いのに半分くらいは白くなっています。この国でのお母さんになってくれている人が髪を染めてくれようとしましたが、断わっています。

「シーナちゃん、今日も御飯食べられる?」

この国でのお母さんが尋ねてきます。食卓には純日本風の食事が置かれています。焼きシャケ、漬け物、トマトのサラダ、お味噌汁。シーナ姫は最近ようやくこの食事にも慣れてきて食べられるようになってきました。

「はい、いただきます」

食事中のシーナ姫を嬉しそうにこの国のお母さんは見てくれています。そして全部食べて「ごちそうさまでした」というと本当に優しく微笑んでくれるのです。

食事の後にはお薬をいただきます。これを飲むと少し眠くなるのですけれど、飲まなかったりするとつらい悪夢を見るようになってしまうのです。お昼に飲む分もちゃんといただいてから学校に出掛けます。

シーナ姫は本当のお母様の顔を思い出せません。たぶんもう亡くなっているのでしょう。学校は十分ほど歩いた所にあります。こんなに近いところなのに初めのうちは一歩踏み出すのも恐かったのでした。

入学式の日のことでした。この国でのお母さんと一緒に出掛けようと門の外に出てみましたが、シーナ姫は不安と恐怖でいっぱいになって動けなくなってしまったのです。お母さんにしっかり抱き抱えられながらもブルブルと震えていました。世界は真っ暗な闇に包まれていたように思えたのです。

「目指そう、空の虹を。遠き道と丘の向こうの♪」

歌声が聞こえてきました。屈託のない歌声でした。

シーナ姫は顔を上げてみました。自分と同じ制服を着た女の子がご両親と一緒に歩いてきます。

その女の子はシーナ姫に目を留めると歌っているかのように叫んだのです。

「あたしと同じ制服の子がいるよっ。ねえねえ、一緒に入学式、行こっ!」

パタパタと走って寄ってきました。でもシーナ姫が暗く悲しい表情なのに気がついたのです。

「んっ、悲しいの? 悲しいねっ。とてもつらいのねっ。」

その女の子はシーナ姫をキュっと抱きしめてきたのです。

「ねえ、恐くないよっ。あたしがいつでも歌ってあげる。歌を聞いてたらつらいことも少しは忘れられるかも知れないよ。ねっ、歌ってあげるから一緒に行こっ」

その子に両手を引っ張られシーナ姫は立ち上がってしまいました。そして最初の一歩を踏み出したのです。

本当に変な娘でした。

四六時中、歌っているのです。シーナ姫はその娘と一緒のクラスになったのですが、ずっとそばにいて歌ってくれるのです。

「何故歌ってくれるの?」

「だって、あたしが歌ってると悲しい顔しないじゃない」

その通りでした。それまでは泣き続け、つらく悲しかったのですが、その子の歌を聞いていると無表情になれるのでした。無表情です、それでも笑うことはできなかったのです。

授業が始まり、授業中でも歌い続け、その子は先生にしかられました。

「ごめんね。授業の間は歌えないけど、心の中で歌い続けてるからねっ」

その子がいなければ学校に通い続けることはできなかったでしょう。朝、いつも一緒に行こうと迎えに来てくれます。毎日、なにかしら新しい歌を歌ってくれます。いつも歌いながら歩いているので、通りの商店街でも人気者です。

「真里ちゃん、おはよー」

朝、お店の準備をしている人達が声を掛けてきます。

「おっはよーございまーす」

彼女が応えると、ついでのようにシーナ姫にも声を掛けてきます。

「シーナちゃん、おはよー」

シーナ姫はコクンと頭を下げるだけですが、みんな気にしないでくれています。知らない人は恐いものですが、知ってしまえば恐くなくなることもあるということを知りました。

出会った人は、いつかは別れることが決まっています。

真里ちゃんとも同じクラスで3年目になりますが、もう卒業の年です。真里ちゃんは自分のやりたいことをするために東京の学校に進学することに決まりました。シーナ姫も自分がどうしたいのか決めなくてはいけないのです。

曖昧なまま過ごしてきたシーナ姫ですが、このまま曖昧に家の中に閉じこもるのか、一人でも外に出歩けるようになるのか、あるいはもっと大胆に、保護された家から出て生きていくのか、決める時が来たのです。

真里ちゃんが推薦入学の面接で教室にいなかったその日、シーナ姫は体育館の屋上に出て、一人考えていました。バンダナで隠した左手首の深い切り傷跡が痛みました。歌が聞こえてきません。また悲しくなり、泣きそうになりました。

「涙を流したいときは泣けばいいんだよ」

振り向くと担任のデンスケ先生が同じクラスの女の子と一緒に立っていました。シーナ姫は思わずデンスケ先生にしがみついてワンワン泣いたのでした。


第三話 マサコ姐御の退屈

マサコ姐(ねえ)は2年間、学校の生徒会に4期連続君臨した元生徒会長でした。一年生の時から三年の初めまで生徒会長歴任というのは過去に例を見ないことでありましたが、実は5期目もやる気だったのです。

「一人の人間がある仕事をやり続けたら、代わりの人材が育たなくなるのだということが判っているのか?」

三年生になってからの担任で、これまでも生徒会との折衝役を任命されていたため、幾度となく衝突してきたデンスケ先生です。マサコ姐をじっと見て言ったのでした。

『あら、これでも後継者を育ててきたつもりよっ』と言い返したい所だったのですが、彼の言い分も正しかったし、それほど会長職に固執するわけでもなかったので立候補を見送ったのでした。まあ、それでも投票の時には立候補していないマサコ姐の名前を書く生徒が多数いたのですけれども。

生徒会から足を洗ってしまうと気が抜けたような感覚でした。成績も上々、親の希望通り、地元の大学の教育学部でも受験して教師にでもなれればいいかなくらいに思ってましたので、受験勉強に明け暮れる必要もありませんでした。

まったくもって、退屈な日々が待ち受けていたのです。

「アネゴっ、あとで話があるんだがな」

暇をもてあましていることを知っているデンスケ先生が声をかけました。

マサコ姐は皆から「アネゴ」「マサコ姐さん」と呼ばれてきました。気っ風が良く、喧嘩っ早く、少しばかり体も横に大きいのでそう呼ばれてきたのです。もちろん権力を握った時の実行力もまたアダナの由来になっています。

生徒会をやめて以来、デンスケ先生はマサコ姐にいろいろ用事をいいつけてくるのです。マサコ姐は腹立たしくは思うのです。しかし、退屈よりも災いの方がマシという性格だったので、ホイホイと乗ってしまうのです。

「どこに行けばいいんですか? 物理? 数学? PC?」

マサコ姐の問いかけは、物理実験準備室か、数学教諭の控え室か、コンピュータ端末室のいずれに行けばいいのかという質問です。デンスケ先生は数学の先生で、教科控え室にいることもありますし、情報科目の準備のために端末室にいることもあります。職員室ではないことはたしかです。マサコ姐を呼び出すというのは何かおかしな頼み事があるからで、それを他の教師に聞かれたくはないはずだからです。デンスケ先生はマサコ姐の人脈と実行力を見込んで、いろいろと変な頼み事をしてくるのです。

「物理の準備室、一年の実験の準備があるんだ」

数学の先生が何故、物理の準備室にいるのかというと、デンスケ先生は物理の授業も受け持たされているからです。物理教諭であるオダマリ先生が出産でお休みのため、デンスケ先生が代講をしているのです。本当なら臨時教諭が派遣されてくるはずだったのですが、派遣されるはずの先生が痴漢で逮捕されたり、別の学校の単位誤魔化し問題で教育委員会がガタガタになっていたりでしょうがなく、たまたま物理の教員免許を持っていたデンスケ先生がやるはめになっていたのでした。

産休中のオダマリ先生というのは小田麻里という名前なのではなく、アダナです。本当は片桐美幸という可愛い名前をもっているのですが、授業中に生徒が私語をすると「お黙りっ」と叱るのでそう名付けられました。もちろん他の先生も「オダマリ先生」と呼んでいます。

「こんなことなら物理の教員免許など取っておくんじゃなかった」

というのは生徒達がデンスケ先生から何度も聞かされたボヤキでした。

オダマリ先生は結婚されていなかったのです。ですから産休の話が広まったとき、大きく物議を醸し出したのでした。マサコ姐は生徒会を動員してオダマリ先生の擁護に回りました。オダマリ先生に起きることは自分達のような女の子にもこの先、起こるかもしれないことです。それをちゃんと守ってあげられなければ自分自身を守れないことになるからです。オダマリ先生に反感を持った生徒への説得、そして自分達の保護者への説得を行ないました。緊急のPTA総会にも生徒達みんなで乱入し、オダマリ先生処分要求をさせないようにしたのです。無事に出産したその日はみんなで喜びあいました。「オダマリ先生の娘を見に行く会」を作ってかわりばんこに先生のおうちへ遊びに行きました。毎日四、五人ずつ分けていくようにスケジューリングしたのもマサコ姐です。先生に負担を掛けないように事前に赤ちゃんとの接し方を勉強しておくと言うことも忘れていません。

生徒の前で赤ちゃんが泣き始めると誰かが必ずこう言います。

「赤ちゃんにはオダマリって言わないんですね」

オダマリ先生はにっこり笑うだけでした。

 

マサコ姐は体も大きいですが態度も大きいです。椅子に座ったままノビをしてクラスを見回しました。このクラスは本当に変な子ばかり揃っています。四六時中歌っている子もいれば、地方財閥の息子でいつもすかした感じの子もいます。そしてこのクラスの生徒は誰一人として学校の補習授業を受けようともしない子ばかりでした。財閥の息子は自宅に帰ってすぐ家庭教師と勉強、幾人かは推薦入学の予定、幾人かはすでに就職先を決めていたり、自分の進路を明確に決めて邁進していたりします。音楽家を目指して毎週末、偉い音楽家の先生の所に行っている子もいます。

人は誰でもその人なりにスペシャルですけれど、このクラスの子は特別にスペシャル度が高いように思われました。

自分のことを某国から亡命してきたお姫さまだと思い込んでいる子もいます。中学の時に酷くいじめられ、この町にお母さんと引っ越してきた子です。そういう風にでも自分を思い込まなければ生きていくことがつらかったのでしょう。マサコ姐もその子の体にたくさんのやけどの跡が付いていることを知っています。マサコ姐は椎菜ちゃんをいじめた奴らを見つけ出し懲らしめてやりたくてしょうがありませんでした。クラスのみんなもどういうわけか椎菜ちゃんの事情を知っていて、みんながみんな彼女を守ってあげたいと思っているのでした。

マサコ姐はこの間もデンスケ先生に椎菜ちゃんを見張っているように頼まれたのですが「言われなくても判ってるよ」と応えたのです。でもそのあとすぐさま、椎菜ちゃんの様子がおかしくなったのでした。そして慌てて先生を捕まえ連れていったのです。意外によく生徒のことを見ている奴です。マサコ姐は、自分も守って貰っているのかも知れないなと思いました。

そしてデンスケ先生の密命を受けるべく席を立ちました。

『自分の進路についての話だったらヤバいな』

というのも教師になることはご両親の願いであって、マサコ姐の希望ではなかったからでした。


第四話 オダマリ先生の祝福

「アネキっ、外に歌を歌ってる女の子が来てるよっ」

オダマリ先生の義理の妹さんが部屋に飛び込んできました。

オダマリ先生は弟夫妻と一緒に住んでいます。最初は一人で娘を育てるつもりだったのでした。でも弟さんが言うのです。

『僕達と一緒に住もう。姉さんの娘を僕達の娘として育てさせてくれないか?』

義妹さんは若い頃(と言ってもつい最近のことですが)、ツッパリまくって精神的にも肉体的にもボロボロになったのです。そのため赤ちゃんが産めない体になっていたのでした。義妹さんにも泣かれて頼まれて一緒に暮らすことを選択したのでした。義妹さんも自分の赤ちゃんのように娘と接してくれています。

「バカみたいに歌ってるんだよっ、家の中に入れても大丈夫っ?」

誰のことだかすぐ判りました。あがってもらうようにいいました。オダマリ先生が担任になっているクラスの生徒達や物理を受け持っている下級生の生徒達は毎日のように来てくれるのですが、他のクラスの子が来てくれるのは珍しいのです。

「たっこをあげよう、くっもに届けと。たっこをあげよう、糸繰り出して♪」

『他人の家の中でも歌うのか、この子は』とあきれつつも近づいてくる歌声に顔がほころんでしまいます。娘の幸恵ちゃんも歌につられてキャッキャと笑いました。

「オダマリせんせっ、おひさしぶりでーす。ゆきえちゃんに会わせてくださーい」

「ああ、そのベッドの上にいるから会ってやってくれ」

「歌ってもいいですかっ?」

「幸恵が嫌がらなかったら、いいぞ」

「うわぁーい。シーナちゃんもはやくっ」

「シーナ姫も来てたのか。元気だったか?」

「片桐先生こそお元気で良かったです。それに、私、姫じゃないですから」

椎菜さんから返事が返ってくるとは思っていなかったのでちょっとびっくりしました。何かがあったんだと思いましたが何があったのかは尋きませんでした。

「センセ、私もお久しぶりです」

「なんだアネゴ、やっと来てくれたのか」

マサコ姐は自分では計画を練ったり人を煽動したりする癖に、オダマリ先生のところには一度も行ったことがありませんでした。オダマリ先生は学校側の口喧しい人の代表のような先生でした。実際、何度か殴りかかったこともあるくらいです。しかしいざこうして会うと涙がこぼれそうになってきました。

「センセ、わたしたちには『間違っても子供作るなよ』っていうのに自分は勝手に作っちゃうんだよなぁ。ずるいよ」

「人は責任取れる範囲で自由に行動していいんだよ」

「ふんっ」

マサコ姐も椎菜さんたちのところへ向かいました。オダマリ先生は通り過ぎるマサコ姐に「ありがとう」と囁きました。するとマサコ姐は「ドアの外にまだ一人いるからね」と囁き返してきました。

先生が部屋の外に出て行きますと、部屋の中からは見えない所に男子生徒が一人立っていました。ザイバツでした。山貫晃という名前があるのですが地方の大財閥の息子なので同級生達からはザイバツと呼ばれています。先生の中には生徒達のアダナを使う人もいますが、さすがに彼のアダナを使うのはデンスケ先生くらいのものです。ザイバツは一人で暮らしているようなものでした。母親は離婚して家におらず、父親も日本のどこかや外国のどこかを仕事で飛び回っていたからです。住み込みで家事をしてくれる方もいれば家庭教師もいるのですけれど、家族ではなかったのです。

彼は深々と頭を下げました。

しばらくして二人が部屋に入ってきました。

さっきまで歌い続ける女の子に怯えていた義妹さんもすっかりうち解けてわいわい騒いでいます。

「アネキっ、凄いよ、マリちゃん。歌い出すとユキエが笑うし、子守唄歌うと寝ちゃうんだ」

「笑うと、飛ぶんだ、そらたーかく♪」

抱きながら歌って踊っています。そのときにはもう子守唄ではなかったので、赤ちゃんも起きて笑っていました。そんな短い時間の間に何度か寝かされたり起こされたりしたのでしょうか。ふと時計を見るとずいぶん時間が経っていることにようやく気がつきました。山貫君と話し込んでいたのでした。

「ほら、妹に会っていってくれよ」

「アネキ、わたしら、さっき挨拶してるよ」

「そうだったな」

そのときでした、真里さんは赤ちゃんを歌に合わせてつい上に放り投げるような動作をしてしまいました。みんな慌てて手をさしのべます。空を飛びかけた幸恵ちゃんは嬉しそうに笑っていました。



第三.五話 城址動物園の尾行

ジュリ君とターマ君は人を笑わせることが自分達の存在理由なのだと思っていました。二人してお笑いの世界に進もうと考えていたのです。自分達の保護者の了解も取り付けて、卒業後は関西大手のプロダクションに行くことが決まっています。10年経っても芽が出なければ二人とも家業を継ぐことになっています。

ジュリ君は空手をやっていて体格も良いです。ターマ君は体は小さいですが柔道をやっていて体重別なら県内一でした。見た目も男っぽさでいっぱいです。彼らのアダナも城址公園の動物園に居るクマの名前から取られたものです。だからコンビ名も城址動物園なのです。動物園にはクマ以外の動物は居ません。それでも動物園と呼ばれています。

二人は芸のために楽器演奏もこなしましたし、ダンス教室にも通っています。関西弁もうまく喋れるように普段から使っています。

二人は卒業までにやっておきたいことがありました。クラスに一人、笑わない女子がいるのです。自分達の持っている最高のネタを披露しても決して笑ってくれません。その子は無視しているわけではないのです。しっかりと二人のことを見て聞いてくれているのですが、笑わせることができません。彼女を笑わせることができれば自分達の芸は本物だと思うようになり、それができなければ成功できないのじゃないかと思うようになってしまいました。

新しいネタが出来ると彼女に頼んで見て貰います。その子は必ず見てくれます。でも笑ってはくれないのでした。

その日も笑わせることに失敗し、反省しながら稽古に励んでいたときでした。アネゴが現われたのです。

「シーナ姫を笑わせたいんだったら手を貸してくれない?」

アネゴが言うには次の日曜、ちょっとした日帰りの旅行に付き合ってくれたらシーナ姫を笑わせるヒントを教えてくれると言うのです。

「シーナ姫にだけは気がつかれないようにこっそりとついてきて。携帯電話は必ず持って来て。そして何か起きたらすぐに警察に連絡できるように」

幸いターマ君の持っている携帯電話はGPS付きでした。知らない街でも所在地を知らせることはできるでしょう。

「危険なことをするつもりなんか?」

二人を選んだのは腕っ節に期待することがあるのだと気がついたのです。

「万が一なの、お願い」

当日がやってきました。隣の県の何番目かに大きな街です。手筈通り二人は途中でシーナ姫とアネゴを見つけあとをつけていきました。彼女たちは住宅街に入り、あるお家の前に立ち止まりました。呼び鈴をアネゴが押します。ジュリ君とターマ君は二手に分かれてまわりに誰か待ち伏せしていないか調べます。誰もいないようです。そこで二人の女子の近くに走り寄っていきます。

家から同い年くらいの女の子が出てきました。何もないように虚勢を張っているのが判り、それが怯えからくるようにも見えます。

「椎菜ちゃん、久しぶり。いつの間にか転校しちゃってたからどうしてるんだろうと思ってた。元気だった?」

シーナ姫はその子の顔をじっとみつめています。女の子は豹変しました。

「なによっ。やり返そうっていうの。一人くらい加勢が居たってあんたには負けないよっ。今度は焼きごてで体に落書きしてやろうか」

アネゴがその言葉に激昂し飛びかかりそうになりましたが、シーナ姫が片手で止めました。そしてその女の子に言いました。

「呪ってやる。

あなたの人生をずっと呪ってやる。

あなたの化粧の乗りが悪かったらそれは私の呪いのせい。

あなたが道でつまずいたならそれは私の呪いのせい。

もしあなたが怪我したらそれは私の呪いのせい。

もし病気して寝込んだらそれは私の呪いのせい。

もし家が火事になって焼け出されたらそれは私の呪いのせい。

もし破産して無一文になったら私の呪いのせい。

子供が出来てあなたより先にその子が死んだらそれは私の呪いのせい。

あなたにこれから起きるすべての不幸は私の呪いのせい。

私はあなたの人生すべて呪ってやる。

いい? 地震や台風や交通事故でも、あなたが出会うすべての不幸は私の呪いのせいだからね」

そういうとアネゴの手を掴んで元来た道を戻っていきました。

「シーナ姫、あんた、それだけでいいの? ちょっと殴るくらいなら手伝うよ、っていうか私が殴りたいんだけどさ」

「いいの。それにもう私、姫じゃないから」

椎菜さんはジュリ君とターマ君を見つけました。思ったよりも早く戻ってきたので二人は隠れきれなかったのです。

「私が暴れ出したりしないよう見ていてくれたのね。ありがとう」

二人を前にすると椎菜さんはお礼を言いました。随分前から居ることには気付いていたのです。

「今日は私を家まで送ってくれないかしら」

椎菜さんが両手を差し出したので、二人で片手ずつ手を握りました。

「ふふっ。両手にクマ」

顔を上げた椎菜さんは笑っていました。

ジュリ君とターマ君は、人は面白いから笑うのではなく、笑うのを妨げている障害が取り除かれるから笑うのだと知りました。

帰り道は彼らの漫才で笑わせることができそうです。



第二.五話 ザイバツ君の請負

担任のクラスの生徒達のことを考えると心配事ばかりあってちっとも気が休まらないデンスケ先生でした。

生徒達は自分勝手に自分の進路を決めて、両親の説得のためにデンスケ先生に相談してきます。ご両親の方もなんとか自分達の息子や娘を説得しようとデンスケ先生に連絡してきます。まあそういうのは結局本人の気持ち次第ですから、本人の決意の強さで方向が決まるのです。ただ、今年の受持ちの生徒達はみな強い子ばかりだったのが災いしていました。

そんなとき、また生徒の一人がやっかい事を持ち込んできたのです。地方財閥の息子のザイバツ君です。

「俺、先生に相談があるんだ」

志望校でも変えたいのかしらんと思って話を聞いてみると、彼の家庭の事情についてだったのです。

彼の父親は仕事で年中どこかを飛び回っています。奥様はザイバツ君を産んですぐお亡くなりになりました。奥様のことを忘れるためにただひたすら仕事に向かっていたのです。

ある時、地元で接待をした帰り一人バーで飲んでいるとオダマリ先生に会ったのでした。大学時代の先輩後輩ということで意気投合してしまい、出来ちゃったのです。ついでにお子さんも出来ちゃったのです。結婚しようとしましたが親戚達がよってたかって反対しました。というのも親戚の人達はオダマリ先生の血筋が気に入らないからという前時代的な考えの人ばかりだったからです。財閥の一会社の社長とはいえ、親戚筋に叛旗を翻されたら明日から路頭に迷ってしまうわけで、涙を飲んだのでした。

「でオヤジが言うんだ。『早く俺の会社を継げ、そしたらさっさとやめて結婚する。そのことを彼女に伝えてくれ』」

ザイバツ君は自分の父親の名代としてそれとなく会いに行かなければいけないのだそうです。問題とされないよう『それとなく』です。

デンスケ先生は二人を会わせる幾つかの方法を思いつきました。そのうちもっとも最善の方法を選択しました。マサコ姐に連れて行かせるという方法です。彼女は生徒を組織だたせてオダマリ先生の所へ遊びに行かせています。そうすることでシングルマザーとなった先生を守るためです。

マサコ姐は自分の進路を迷っていました。進学の話になると積極性が無くなりなげやりさがあります。デンスケ先生は彼女が教師の道を選びたくないのだと理解しましたし、先生もそれはもったいないと考えていたのです。オダマリ先生はマサコ姐のことを『政治家になるべきだ』と常々言っていました。それは今のマサコ姐にとって良い選択であるようにも思うのです。マサコ姐をオダマリ先生に会わせることで、何かが変わるかも知れません。そしてその暁にはザイバツ君に恩を着せておくことが彼女の利益に繋がるのではないかとも考えたのでした。

一年に数人を救うことと、何年にもわたって何万人もの人達を救う可能性のどちらを彼女が選択するのだろうか、興味深いところでした。

『もっとも、政治家よりはフィクサー(黒幕)の方が性に合ってるかもしれないけれどね』

その独り言をマサコ姐が聞いたなら『フィクサーってのはあんたの方だよ』と言ったに違いありません。



第一.五話 チョコタンの関心

チョコタンはママさんコーラスの帰りにお買い物を済ませ、ついでに近くの公園を通りました。公園を通ると遠回りなのですが、歌を歌いながら歩いても不機嫌そうな顔をする人が表通りよりは少ないのでいつもそうしているのです。大きな池のある素敵な公園です。ときどき愛する夫と歩いたりもします。歌いながら一緒にいてもちっとも嫌がらない人だったので、この人が私にはぴったりなのだと思ったのでした。チョコタンは千代子さんというのですが、自分でも人にもチョコタンと呼ばせています。呼ばないのは息子と愛する夫だけでした。二人にとってはお母さんだったからです。

今日もいつものように大きい声で歌おうとしたのですが、ふと見ると目の前に息子の渡海君がいたのです。

いかにも誰かから身を隠そうとしているように、木のうしろに貼り付いています。まだ自分の母親には気付いていないようです。チョコタンは驚かそうと思って歌うのを自分にしか聞こえない程度の小声にしました。

「あらこんな〜ところに我が息子、な〜にを隠れてこそこそと♪」

そして渡海君の真後ろに近づいてから大きな声で別の歌を歌い始めました。

「あなただけ、なにをしてもあなたが。頭に、言葉に、まぶたにでてくる、いつも♪」

声を聞いて渡海君は衝撃をうけました。一番出会いたくないときに一番出会いたくなかった自分の母親がそこにいることに気がついたからです。体中の力が抜けてしまい立っていることが出来なくなってしまいました。

「なにもできない、マリア。君がいなくちゃ、マリア♪」

ここまで歌ったとき、別の人の声が続いたのです。

「トニー、トニー」

チョコタンも何が起こったのか判らずびっくりしました。自分の歌に応えてきてくれる人がいるなんて思いも寄らなかったからです。その歌声の持ち主が渡海君と同じ学校の女の子だというのは制服で判りました。

チョコタンは英語で歌い始めました。日本語の歌詞はでっち上げて歌っていましたし、有名な訳詞も複数種類あります。もし相手もこの曲を知っているのならば、ここは元の歌詞で歌うのが一番です。そうすればきっと一緒に歌ってくれるはずです。

そして期待したとおりに女の子は追随して歌ってきてくれました。もう、チョコタンは大喜びです。

渡海君は二人が歌い終わるのを待ちました。ばつが悪い思いです。今日こそは告白しようと小堺真里さんのあとをつけてきたのですが、彼女の友達のシーナ姫と帰り道でなかなか一人になってくれなかったのです。そしてその大好きな子と、そしてよりにもよって自分の母親がハモっているのです。自分を真ん中にして。

「はじめまして、小堺真里ですっ」

歌い終わると女の子は自己紹介しました。名前を聞いてチョコタンの微笑みは破顔へと変わりました。

「ええっ〜、マリちゃん、マリアのマリちゃんじゃないの。きゃーっ」

チョコタンはもう大喜びです。

「ほら、渡海君、あなたの名前の由来知ってる?」

渡海君は丸まっていた背中をぱちんと叩かれ立ち上がらされました。

「海を渡って活躍する人になって欲しいってことじゃなかったっけ。そう言ってたじゃん」

「ふふ〜ん。うっそ〜」

「へっ〜?」

「全部、うっそ〜。お母さん、ウエストサイドストーリーっていう映画が大好きなの、知ってるでしょ? 主人公がトニーっていうの。似てるでしょ、語感が」

ヒロインの名前はマリアなのです。

「へっ〜? 『とにぃ』と『とおみ』じゃ随分違うじゃん」

「そこまで合わせるとお父さんにばれちゃうじゃない」

もちろん大昔にバレてしまっているのですが気がついていないのです。

チョコタンはそう言うなり、すぐ女の子の方を向いて喋り始めます。

「今度、渡海に男子のパート覚えさせるから、一緒に歌いましょうね。ね。家に来なさいね。ね。」

と、てきぱきと家に遊びに来る予定を決めてしまいます。家への案内は渡海君に任されてしまいました。なにはともあれ、渡海君は真里さんに近づくことだけはできたようです。内心、とても喜んだのですが、自分も歌を歌わなければいけなくなったということには、あとで気がついたのでした。