奈美子さんはプログラマです。喋り方がトロくてアニメ声なので見た目では出来ないプログラマに見えますが、本当はそれなりに実力のあるプログラマでした。
でも見映えだけで判断する人も多いのが世の中です。他人のバグも奈美子さんのせいにされ、人のPCにウイルスが感染したのも奈美子さんのせいにされ、自宅でwinny入れてた人のPCから機密漏洩したのも奈美子さんのせいにされるという理不尽な扱いをうけていました。もちろん、奈美子さんはそういう人としてサイテイな人達は生きていないのと同じだと思っていたので気にしない方でしたからやっていけたのです。人でなければ物と同じですからね、単なる障害物でしかないのです。しかしどうしてもトチ怒っちゃう人もいるのです。それが奈美子さんの上司の尾島部長でした。
尾島部長は「ホリエモンは世間を騒がせちゃってるね〜。オレも騒がしたいからさ〜オレのことオジャマモンって呼んでよ」と恥も外聞もないことを言い出したり、会社のお金をちょろまかして六本木で南極二号さんを囲ったりしていました。そういう下劣な性根だけなら奈美子さんも気にしなかったのです。でも尾島部長は会社の宴会やちょっとしたイベントなどがあるたびに奈美子さんに抱きついたり、ホテルに誘ったり、無理矢理キスをしてきたりとセクハラの限りを尽くすのです。
奈美子さんは貞節な人だったので尾島部長の悪の触手から逃れ拒み続けていたのですが、逆ギレした尾島部長は自分のPCの前に奈美子さんを呼びモニタを見せていったのです。
「ほ〜ら、これ、奈美子さんの全裸写真だ〜。いうこと聞かないと会社中どころか君の近所にばらまいちゃうぞ〜」
尾島部長は仕事もしないでアイコラを作っていたのでした。上司の立場を利用して奈美子さんのプライベートな情報も知っているので、会社を辞めてしまっても追いかけてきそうなほど粘着質の嫌らしい男であることは判っていました。だから、とうとう覚悟を決めたのです。
「年に一回、自分の満年齢がインクリメントされる日の零時零分にアクセスし、殺したい人物の名前を入力するとその人を地獄送りに出来る」と噂されているサイトがありました。奈美子さんはそのサイトのアドレスを知っていました。依頼をしたくなるような人のところへは自然に知らされるような仕組みになっていたからです。
奈美子さんの誕生日は4月1日です。そしてそれが明日でした。
Firefox のアドレスバーに手で入力します。サイトが開きました。暗めの画面におどろおどろしい蝋燭がゆらめいています。注意事項が日本語で書かれていました。
『地獄へ送りたい人の名前を↓に入力してください。あなたの満年齢がインクリメントされる日の零時零分にEnterをクリックすることで受付を行ないます。但し、あなたが恨むだけの客観的根拠があるかどうかをこちらで検証いたします、その間、恨みの代行は保留されます。御深慮の上、決断下さいませ。』
自分も地獄に堕ちることになっても、尾島部長を先に地獄送りしておかねばならないと思いました。尾島部長は奈美子さん以外の奈美子さんの家族にも危害を加えそうだったのです。奈美子さんの妹まで毒牙に掛けられそうになっていたことを今日知ったからです。
尾島部長の名前を打ち込み、時計が零時を指すのを待ちました。
「ポチッとな」奈美子さんはクリックしました。
「メールが届いたようですよ」
ドアの向こうから声が聞こえます。
少女は一心不乱に人形をこしらえているところでした。
「はい。返信してあげなければいけませんね」
少女は手を休めて立ち上がり旧式のマッキントッシュの前に座り直しました。でも見た目はマッキントッシュクラシックなのですが、中身はG5マックでした。それが証拠にフロッピーディスクの入り口はDVDサイズになっています。少女はトンっとマウスをクリックしました。
「ちゃーらーらーら〜、らーらら〜、ちゃららら、らんらんらん」
突然鳴り出した携帯電話の着信音に奈美子さんはビックリしました。何かの映画で聞いたことがあるような不気味な曲でしたが、自分でそんな曲を着信音にした覚えはありません。見てみると「恨みお聞き届けいたしました」とだけ書かれたメールが届いていました。
ああやっちゃったーと思いつつも携帯電話を閉じてベッドに座ろうとしたときでした。ベッドの横に見知らぬ女の子が立っていたのです。奈美子さんは思わず叫び声を上げてしまいました。というのもその女の子はどうみてもハタチを過ぎているように見えるのですがセーラー服を着ていたからです。妙な違和感が心の底から驚かせたのでした。
女の子は奈美子さんに人形を差し出しました。マフィンマンのような人形です。そして言いました。
「もし本当に恨みを晴らしたいのなら、その人形をパクッと食べておしまいなさい。私が相手を地獄に連れて行きます。そのかわりあなたは」
「死んだら地獄行きなんですよね?」
奈美子さんが女の子に最後まで言わせず自分で言いました。女の子は、ふっと消えてしまったのです。
その日は土曜日でしたけれども、会社の入社式があり奈美子さんはお手伝いのために出社しなくてはいけませんでした。もちろん尾島部長も出社です。奈美子さんは尾島社長の運転する車で入社式会場に向かうことになりました。
しかし、車は入社式の行なわれる銀座日本劇場へは向かわず反対方向の鶯谷の方へ走って行くではありませんか。奈美子さんは尾島社長に抗議しましたが、にたにた笑うばかりで相手にしません。車が赤信号で止まるたびにドアを開けて逃げだそうとしたのですが、そのたび毎に運転席からロックをかけてしまうのです。
「うひうひ、今日こそはオレっちといいことしよーねー、奈美子さん」
奈美子さん、まさに貞操の危機です。バッグからマフィンマンを取り出しパックンと食べてしまいました。食べてから判ったのですがそれはジンジャーブレッドでした。
食べ終わると同時でした、二人の乗っていた車は急に真っ暗になり、エンジンは動いているのに静止してしまったかのように感じられました。
突然のことに驚いた尾島部長でした。ヘッドライトも車内灯も点灯しません。あわてふためきながらもブレーキを踏み車が止まっているのを確認しました。そして横にいるはずの奈美子さんに語りかけようとしました。
「オレたち事故っちゃったんかなぁ」
ぱっと車内灯が点きました。そこには虎の皮のビキニを着けた女性が座ってました。本当は女の子と書きたいところなのですが少々薹が立っているようなので遠慮させていただくしかありませんが、でもそれなりに本人は若いつもりの人のようでした。
「あんたダレ?」
「これからダーリンにいいことしてあげるっちゃ」
彼女がそう言った途端、座席のうしろから手が伸びてきて尾島部長の腕を掴み上げました。足もとも別の手が出てきてがっちり掴んできています。身動き取れません。そして上半身をはだけられてしまいました。
「じゃ行くっちゃ。にんにきにきにきにんにきにきにき、ににんがさんし♪」
彼女はどこからか取り出した羽根を二本持って尾島部長のカラダをくすぐり始めました。やめてくれーと叫んでもやめてくれません。
「あんた喜んでるのじゃろう? もっとやって欲しいんじゃろ」と、うしろから男の声が聞こえてきます。
尾島部長の靴と靴下もいつの間にか脱がされていて、足の裏からもくすぐられ始めました。
「うひうひ、たすけてくれー」
「あんた、奈美子さんさんが嫌がっているのにいろいろセクハラやったんじゃろ」
「やってない。それはあいつが望んでやらせたんだ。あいつはMなんだ」
「じゃ、もちょっと続けよう」
尾島部長は涙を流しておなかが痛くなるほど笑い転げています。
「どうじゃ、奈美子さんに悪いことをやったと思うじゃろう?」
「思わん、あいつはオレにぞっこんなんだー」
「お嬢っ、まだこんなこと言ってるようじゃぞ」
車の外にピンスポが当たり例の女の子が浮かび上がりました。
「いっぺん死んでみる?」
翌日のことでした。家にいた奈美子さんは会社に呼び出されました。なにやら大変な騒ぎになっているそうなので全員集合させられたのです。
尾島部長の噂で持ちきりでした。会社のお金を使い込んでいたことがバレたとか、新宿にて丸裸で走り回って逮捕されたとか、その逮捕時に複数の全国ネットなテレビがワンセグ開始イベントの取材をしていたのでそのまま全国放映されちゃったとか、奥さんに離婚を宣告されたとか、子供達がグレてハッパパーティーやっちゃったとか、警視庁の秘密データがウィニーで漏洩しちゃったとか、防衛庁の暗号表がウィニーで全世界に公開されちゃったとか、会社を馘になったとか、いろんな噂が飛び交っていました。そしてそれは全部当たっていたのでした。
奈美子さんは遠い目で会社の外を眺めていました。あの人達はニセモノだったのでした。満年齢は誕生日前日の零時にインクリメントされるそうです。だから誕生日の零時では一日遅かったのです。でも奈美子さんを知っている人達がいろいろ手を打って助けてくれたのでした。それにしても彼らを敵に回したら恐いことになるんだろうなぁと思って遠くを見ていたのです。
死んでも地獄に堕ちることはないのです。