◎視る者と視られるモノ

the first installment

希理子は子供の頃から人には見えないモノを視る力を持っていた。

希理子は山間の小さな村に生まれた。さして人数も多くない子供達と村中を遊び回り、誰もがみんなの顔を知っている、そういう中で育った。だから、あの旧家の当主がヒル(蛭)のように見えてもそれが普通だと思っていたのだ。当主の奥さんは普通の女の人だった。奥さんのお腹が膨らんで、赤ちゃんが産まれたとき、村中がお祝いに駆けつけた。希理子も奥さんとはよく遊んで貰ったし喜んで両親と一緒に行った。

赤ちゃんを視る。それは口の周りに赤い血を垂らしたヒルに見えた。

「わたし、なんだか人間の赤ちゃんに見えないの」

「何言っているの。とっても可愛らしい赤ちゃんじゃないの」

その時初めて自分が人とは違うモノを視ていることに気がついたのだ。それを確かめるために当主の顔立ちや赤ちゃんの体について何人かにそれとなく訊いてみた。自分が視ているヌメヌメした彼らの顔も体も、他の人には普通の人体にしか見えないのだ。

赤ちゃんが産まれるとすぐに奥さんは死んでしまった。希理子はあの赤ん坊が奥さんの体を食い散らかして産まれてきたんだと思った。

the second installment

両親の仕事の都合で希理子は都会に移り住んだ。奇妙な顔立ちの人の居る家も村には一軒しか無かった。しかしそこは人の多い街だったこともあり、そういう人が何人も居ることを知った。

ナメクジ(蛞蝓)のようでいつもヌメ付く液体を体から湧き出させている人物もいる。カエル(蛙)のようで体中の疣(いぼ)から臭い匂いを吐き出し時々長い舌を飛び出させる人物もいる。人型でありながら表面から絶え間なく妙な突起が出たり入ったりする人物もいる。

高校の同級生にもいた。同じクラスの男の子だった。キュウリのような緑色のギザギザの肌で日本の妖怪のカッパに似ていた。しかしカッパのように頭に皿はなく、その代わりコブのような出っ張りがあった。そのコブには小さな顔が付いていて、いつもクルクルと回っていた。

希理子にはそう見えても他の子には普通に見えるのだから、希理子も普通の子と同じように接していた。

ある日、授業中に彼を視てみるとそのコブの顔が希理子を見つめていたのだった。彼が見えるときコブはいつも希理子を視ていることを知った。回っていないのだ。希理子は彼が自分を好いているのだと直感した。

それ以来彼と口をきくことはやめた。一ヶ月も経った頃だろうか、彼のコブは別の女子を見るようになった。希理子は安心した。

the third installment

希理子は日本海側の地方大学に進学した。技術者にあこがれモノを作る仕事に就きたいと思っていた。高校で講演を聴いたことがあり、とても印象が良かった先生が居た。その先生の居る大学の工学部を選んだのだ。

「そういえばどうしてアノ人達はみんな男の人なんだろう?」

希理子は自分が視る彼らは皆男性であることに疑問をもった。

「女子には居ないんだろうか? それとも居るんだけど数が少ないんだろうか?」

そしてもう一つの可能性に気がついた。

「女性のそういう人達を視る力が自分にはないのかもしれない。だからわたしがわたしを視ても見えなくて、ひょっとすると誰か男の人でそういう力を持った人がわたしを視たらそう見えるのかも知れない」

その考えに至ったとき希理子は恐くなって外に出られなくなった。アパートに引きこもり一日授業を休んでしまった。

希理子の担当の先生はとても学生の一人一人にまで気が回るような人には見えなかったが、すぐさま希理子に連絡してきた。先生の秘書をしている人が有能なのだろう。希理子は先生と会い、信用してくれるとは思ってもいなかったが、自分の視る力について打ち明けた。

「この大学では、あなたは視てないでしょ? 入学できないようになってるのよ」

先生の言うとおり教職員も学生も普通の人しか居なかった。

「ときどきすり替わるモノがいるけれど視ることができるのはあなただけじゃないから判るのよ」

希理子はこの先生の研究室でやっていきたいと思った。

the fourth installment

そのことについて知っている人は希理子の他に、先生と先生の秘書、そして博士課程の学生だけだった。普段は先生の監督の下、精密工学の研究を続けていたが時折四人で集まってソノ話をした。

彼らには二種類居るのだと言う。一つは自分がいにしえの眷属であることを知らないまま暮らしている人達。昔、人と交配した末裔だ。Y染色体がソレを決めるもので、だから女性には居ない。ある閉鎖された土地でそういう人達ばかりが居る集落があるのもそれが理由だ。彼らは彼ら自身の姿に自分で気がつかない限り普通の人として過ごしていけるだろう。

もう一つは今もなお地上に現われ人とすり替わるモノ達。彼らは深海から現われ、地中から這いずり出し、虚空から飛び出し、合わせ鏡の奥からすり抜け、時間の裂け目から落ちてくる。そして出会った最初の何かと入れ替わる。彼らは人を恐怖に陥れる。自分が何物で何を為すべき存在なのかを理解したうえで行動する。時には小学校に押し入り手当たり次第殺傷していく。時には集団登校の列の中に車を飛び込ませる。子供を車の中に置き去りにして脱水死させ、家に忍び込み殺人と略奪を行なう。そうして刹那の恐怖と、永遠の悲しみを世界に振りまき、自分たちが崇めるモノの再降臨を準備するのだ。彼らは男女関係なしに存在する。

幸いなことに彼らは太陽の光に弱く、彼らの皮膚に蓄積されていく紫外線が彼らを滅ぼしてくれるのだった。

希理子は子供の頃に視たヒルの赤ん坊を思い出した。彼が小学校に入って最初のプールでの授業のことだ。

「だからあの子はプールの中で干からびて死んでしまったのね」

希理子が視たモノは、干からびて水に浮いた何かだった。希理子には最後まで子供のように見えなかったのである。

the fifth installment

希理子は両親の元へ帰省したとき、彼らが侵入してきたところを目撃したのだった。

その夜は旧暦の一日で、ただでさえ月のない夜である。それに加え、夏の熱帯低気圧が厚い雲で空を覆っていたので、見上げても真っ黒なものしか見えなかった。そして降り出した雨による水害の影響で地域が丸ごと停電になったのである。街明かりは消え、普段なら反射のおかげでそれなりにも明るかった夜空は真の闇を作り出した。

不安に駆られた希理子が窓の外から街を眺めたときだ。

闇の空からボタリと何かが落ちてくるのを視た。ソレは街のどこかに落下し、その瞬間、叫び声が聞こえたような気がした。

次の朝には電気も復旧していたが、それと同時に街の夜の様子が報道された。あの落ちた先では集団による強盗殺人事件が十数件発生していたのだ。彼らがやってきたんだと希理子は思った。確かに異形の人々を街で視たのだ。そして彼らはこの街に住んでいた人達ではなかった。たとえ街の人が見ればいつもの人達だと認識できるのだとしても、希理子が視ると違うモノだったのだ。見えたからといって希理子には為す術もなかった。街が平穏を取り戻すには数日がかかり、夏の太陽が彼らを消し去ってくれるのを確認してから希理子は大学へ帰った。

the last installment

希理子は自分が行なうべきことを考えた。

彼ら眷属が湧き出る隙間を閉ざすこと。

すでに人として生きている人にはそのまま気づかせないように生きていてもらうこと。

彼らの首領達を呼び出そうとする勢力を潰すこと。

彼ら眷属達と取引する人達をなくすこと。

彼らが巻き起こす被害を最小にすること。

いつどこに彼らが現われても対処できる準備を整えること。

そして、彼らの首領達を永久に葬り去るか、幽閉させる手段を見つけること。首魁が現われてしまってからでは遅いのだ。

わたしがモノを視るようには、人はモノを見ない。視られるモノは視る者によって姿を変える。わたしが視たい世界は人が見る世界とは違うものかもしれない。だけれども、わたしとあなたが生きていく世界が存在し続けるために、そうしていきたいと思う。

そう希理子は考え、自分が生きる道を決定した。