あるところに酒寄竹造という人が住んでいました。長い間ソフトウェア開発の仕事をやってきて、貧乏ながらも奥様と仲良く暮らしておりました。夫婦は従兄妹同士でしたので、お互い子供を作ることはあきらめていました。二人の家系では何度か近親婚がありましたので子供を作らないという条件で結婚を認められたということもあったのです。
それでも夫婦は子供が欲しかったのでした。毎夜、寝る前に仕事道具の iMac G5 の電源を切りながらソフトウェアの神さまにお祈りしました。「どうか私たちにこどもをお授け下さい」と。
ある朝のことでした。二人で住むアパートの外を見ますと、iMac mini の空き箱の中に小さな赤ん坊が入れられドアの前に置かれていたのです。夫婦はびっくりして家で保護して警察に連絡をしました。一週間経ってその子のご両親がみつかり引き取られていきました。
引き取られていった次の朝のことです。またもや箱の中に子供が入って眠っていたのです。ちょうど一歳ぐらいでしょうか。やはり夫婦は家で保護し警察に届けました。一週間してご両親が見つかり引き取られていきました。
そして次の朝も今度は二歳ぐらいの女の子が箱に入れられ置き去りにされていたのです。彼女もまた一週間後には本来の家に帰っていきました。三度も続くとマスコミも夫婦の回りに貼り付くようになります。それでもマスコミの目が届かないような形でその後も女の子が夫婦の家を一週間だけ訪れました。奥様が買い物に出掛けたところでみつけた迷子や、公園で貧血で倒れた女の子や。毎回、一歳ずつ年齢が上がっていくようです。
不思議なことが起き始めてから三ヶ月経った時のことです。最後の女の子はもう出て行くことはありませんでした。前の子供をご両親に送り届けて次の朝のことです。女の子はアパートの中に突然現われ、夫婦の前でこう言ったのです。
「三ヶ月育てていただいてありがとうございます。しばらくはこのままお父様お母様のところで暮らしたく思います」
今度も夫婦は警察に届けましたが、決して身元はわかりませんでした。外にいるマスコミ達にも協力を仰ぎましたがやはり身元はわかりませんでした。夫婦は女の子を自分たちの娘として育てることにしたのです。夫婦はソフトウェアの神さまに感謝しました。
異変は娘だけではありませんでした。夫婦のお仕事も非常にうまくいって、お金に困ることはなくなったのです。
彼女は聡明でとても可愛い女の子でした。マスコミ報道された彼女を見ようと連日人が押し寄せ、夜も近所の道を徹(とお)る人が絶えませんでした。こうして、夜中ずっと起きていることを「徹夜」というようになったのでございます。
日を追う毎に健やかに、そしてますます美しくなっていく娘を男達は放っておきませんでした。夫婦はアパートを引き払い大きな一軒家を建ててそこに暮らすようになり、人目をしのぐことも出来るようになっていましたが、それでも娘に会おうとする男達は後を絶ちませんでした。夫婦は何度も追い払います。段々に少なくなってきましたがそれでもやってくる女好きが五人残りました。その名前は堀江三文、鮎川禿太、藤田留丸、子孫増義、成毛誠意といいました。彼らは大金持ちでもあり、権力も我が物顔で使いまくる人達だったので夫婦は追い立てることもなかなかできなかったのです。対処に苦慮しているご両親を見てあまりに心苦しく思ったものですから、娘は五人の男達を家に入れるように言ったのでした。
娘と夫婦の前に現われた五人はそれぞれに贈り物を持参し娘に求婚しました。そして夫婦に迫ったのです、このうちの誰かとの結婚を許さないと大変な目に遭わせるぞと脅しをつけてですけれども。
娘は毅然とした態度で言いました。
「私のようなふつつかな娘を嫁御にしていただけるとは存外の幸せでございます。皆様は甲乙付けがたいくらい素晴らしい人で私が選ぶことなどできません。私のようなものは見捨て置きいただけるのならそれでよろしゅうございますが、それでも是非にということでしたならば、皆様に一つずつお願いをいたしまして、それを一番最初にお聞き届けいただいた方の妻となりたいと思います」
男達はそろって諾と言いました。
「堀江様にはバグという言葉のもとになった蟲の標本をお持ち下さい。鮎川様には総てのバグを退治するという蟲取り草をお持ち下さい。藤田様には火がついてどんなに燃えさかるトラブルでも生き延びることが出来るいにしえの防火服をお持ち下さい。子孫様には人と見分けが付かないと言われる新世代AIプログラムをお持ち下さい。成毛様にはプロジェクト進捗会議の時に置いておけば誰もが嘘がつけなくなると言う正直の壺をお持ち下さい」
男達は口々に「なんという難しい問題だ。しかしこれを遂行できるのは自分しか居ない」と言いながら家を出て行きました。こうしてしばらくの間は平和な生活が家族をつつんだのであります。
堀江さんは優良な会社を夜討ち闇討ちのように株を買いあさり安い投資で我が物にしてしまう商売をしていました。会社も大きくなりましたが私腹も肥やしました。もうイノシシのような勢いです。女っ気が無いわけでもなく、昔、お色気タレントに言い寄られ「金目当てだろ」と言ってもてあそんだ挙げ句に棄てたこともあります。この時も車のレースのパラソル持ちの女の子を囲っているという噂があったくらいです。
バグの語源となった蟲はオリジナルバグと呼ばれています。顔の大きさの割りには腰の軽い堀江さんは自分持ちのジェット機に乗って広島の選挙もうっちゃってすぐさま太平洋の上を飛びました。オリジナルバグは遠い亜米利加という国のどこかにあると聞いたからです。
まずは廃墟になりかけているシリコンリバーに行き情報を探しました。そしてそこでオリジナルバグはプリンストン大学にあると聞きました。すぐさまプリンストン大学の経営権を買い取り自分のものにしました。しかしオリジナルバグは見つかりません。大学の何処にもおいてなかったのです。すると大学の学生からそれはマサチューセッツ工科大学にあるよと聞き出しました。そしてMITの経営も買い取りました。でも工学部や言語学部、すべての教室や研究室を探しましたがみつかりません。
すると今度はスミソニアン博物館に収蔵されているという情報を得たのです。スミソニアン博物館は毎日1施設が増えていくと言われる大きな博物館です。堀江さんは博物館の買収に資金を使い果たし、とうとう目的を果たすことも出来ず帰ることすらかなわなくなりました。
堀江さんの愛称はホリエタンと言われていました。姿の消えたホリエタンのことを噂する人々が「で、ホリエタンは(どうなったの)?」と言いました。これがなまって、何も選ばない時の動作を「デフォルト」というようになりました。
鮎川さんは由緒正しい財閥の末裔でした。言い替えれば大昔から人々を搾取してきた悪人の末裔です。
この間まで結婚をしていたのですが、その奥様とソリが合わなかったので離婚してしまったのです。「この、うすらはげ! うすらはげが一番みっともない」と言われ回し蹴りまで喰らわされてしまったので一族に面目が立たなかったということもありましょうか。ともかく別れた奥様を裁判で脅して口封じし、今回のプロポーズには体裁を整えたのでした。 鮎川さんは蟲取り草を探すため、まず大除蟲菊株式会社を訪ねました。昔は本物の除蟲菊を使って蟲除けのお香や蟲除けのお札を作っていたそうです。しかし最近では別の素材から合成するようになったので、もう使っていないそうです。しかもこれは蟲を取り去るというよりは寄ってこない効果の方が高く、別の種類ではないかということでした。
鮎川さんは南国に飛び、蠅取草や毛氈苔や靫葛を探し回りました。たしかにどれも蟲を取ってくれるのですが強力ではありません。
たまたま見た新聞に花屋さんの記事があり、そこには大きな花が載っていました。商売人特有の勘が働きました。これだ、これがそうに違いない。鮎川さんはその花屋さんに飛んでいきました。
お店に着くと男の店員さんと女の店員さんの二人で切り盛りしていました。店長さんは行方不明になってしまったそうです。店員が二人しかいないのにお客はひっきりなしにやってくるのでてんてこ舞いのようです。それでもお金の力を言わせて客の列に割り込み、大きな花を売ってくれるように頼み込みました。店員は夜にもう一度来るように言い、それに従いました。しかしその花は蟲も取るけど人も喰う花だったのです。鮎川さんは花の餌になってしまいました。
男の店員さんは鮎川さんが来たとき礼をもって対応しました。このことから相手の呼びかけに応えることを「礼する」がなまって「レス」という言葉が使われるようになりました。
藤田さんは一度結婚していました。奥様は小柄で童顔の可愛い人でした。藤田さんはロリコンだったのです。しかし、性生活では奔放な性格の奥様だったので、二人の間に解決しがたい問題が発生してしまい別れてしまったのです。その次の毒牙にかけられるのは誰だろうかと噂されていました。
藤田さんが娘の家に現われました。娘と夫婦の前に座り、厚手の羽織を差し出しました。
「これこそがいにしえの防火服でございます」
娘は問いました。
「いにしえの防火服は本物の炎にも燃えることがないと聞いています。実際に火を付けていただけないでしょうか」
藤田さんはおそるおそる火を付けてみました。なんと燃えることはありませんでした。
「それではこれを着てBDとHDの統一規格会議に参加してください。生きて出てこられたら結婚いたしましょう」
藤田さんはそれを着込んでいそいそと会議に出席しました。ところが防火服に仕込まれていたクロシドライトいわゆるブルーアスベストが藤田さんの肺をおかしてしまったのです。生きたまま会議から出ることはできませんでした。
藤田さんの着ていた防火服はたしかに古いもので、平賀源内の時代からあったと言われている物でした。そのため随分と凄い匂いを発していました。藤田さんが会議室に入るなり回りから「あ、くさい」「あっ、くさいっす」と言われました。これがなまって接触を行なうことを「アクセス」というようになりました。
子孫さんは好色五人男の中でも堀江さんとはいろいろ張り合うことがありました。堀江さんが手出して失敗した既に死に体のプロ野球参入でも漁夫の利でちゃっかり球団を持つことも出来ました。
国中に高速の通信網を張るというビジネスをやったこともあります。しかし、路上での強引な催眠商法を繰り返したためひどく国民から嫌われています。
そんなこともあって夫婦の元に子孫さんが現われたときはとても不安になったのでした。しかもどうやら奥様とは別れずに娘を妾にしようと考えているようでしたから、娘の行く末のためにももっとも来て欲しくない相手でした。
子孫さんは娘さんの前に大きなステンレス製の箱を持って現われました。
「新世代AIを導入した機械でございます。とくと御査証あれ」
娘は機械にVKテストを行ないました。かなり厳しいテストをしたのですがまったく人間との違いを見つけることは出来ませんでした。娘は言いました。
「これから三日続けてチューリングテストを行ないます。もし合格すれば私はあなたの妻となりましょう」
子孫さんは妾ができると大喜びしました。しかし、その時です。ステンレスの箱の中からドンドンと大きな音がしました。そして男性がそこから飛び出してきたのです。
「私は三日間もこれ以上この中に閉じこもり続けることはできません。私がすべて受け答えしていたのです。どうかお許し下さいませ」
子孫さんは箱の中に人間を隠してAIの振りをさせていたのでした。子孫さんは慌てて逃げ出していきました。あまりに大きな恥をかいてそれを広告されたのでもう二度と夫婦の前に現われることはできませんでした。
この箱の中に入っていた男性は夫婦から充分なお金を貰い去ることが出来ました。男性はカメラ少年で出歯亀のように若い娘の盗撮をするのが趣味でした。背負ったデイバックにはそんなアイテムが満載されていました。そんなわけでヘンな蟲を駆逐することを「デバッグ」というようになったそうです。
成毛さんは好色五人男のなかでももっとも腹黒く根っからの悪人でした。自分の権力を笠に着て自分の批判をするものの言論を抹殺しようとしたことが何度もあります。虎の威を借りてなんでも人に言うことをきかそうとする性根から腐った人物でした。
ですから、他の四人とは違いまったく努力もしないでそこらへんの壺をそのまま持ち込んだのでした。それほどまでに人として最低の人物だったのです。てるくはのる君や酒鬼薔薇聖斗君がまだしも人間らしく思えるくらいです。
成毛さんは言いました。
「これが正直の壺でございます。その証拠をお見せしましょう」
壺に向かって大声を出しました。
「わたしはこの女性を愛している!」
実際、成毛の権力の前では誰もが進捗の嘘をつくことができませんでした。壺は正直を皆に強要していたのです。
娘は壺を受け取り大声で叫びました。
「この壺が本物なら割れることはないっ」
そしてすっと持ち上げ床にたたき落とし割ってしまったのです。
成毛は癇癪を起こし怒りに震えてわめき出しました。しかし娘は敢然と成毛を詐欺師呼ばわりして家から追い出しました。
この様子はマスコミによって逐一報道されていました。それを見た娘のファンのある男が家から叩き出された成毛に近寄り、持っていた糸ノコギリで斬りつけ殺してしまいました。この時から殺してしまうことを「キル」と言うようになったそうです。
親子三人でしばらくの間、仲良く平和に暮らしておりました。ところが娘がときおり自分が使っているブック型のマッキントッシュの前で泣くことがありました。夫婦は心配になり娘に問いました。
「お父様、お母様、お別れの時が近づいて参りました。私は私が来たところへ戻らねばならなくなりました」
夫婦は驚き嘆きました。しばし、三人で泣く日々があったのです。
マスコミから聞きつけた都知事が夫婦の元にやって参りました。そしてこう切り出しました。
「私が全力で娘さんをお守りしよう。そして成功の暁には、私の不祥の息子、天気占いなぞやってクダを巻いている奴の嫁さんになってほしい」
夫婦はダメもとで承諾してしまったのでした。
そして娘が今日が最後と宣言した日のことです。都知事は権力を濫用し警視庁を総動員しおまわりやら無駄にいかめしい機動隊やらを配置させました。そればかりではありません。自衛隊までも治安出動させて十重に八重に家を囲ませたのです。
その時がやってきました。世界中のマッキントッシュが一斉に光り始め、――電源の入っていないおたくの LC535 すらも自然に電源が入ったくらいです――、その光が空に集まり降りてきたのです。権力の狗たちは一所懸命その光に立ち向かおうとしましたが一瞬のうちに打ち倒されてしまいました。そしてその光は夫婦の前に降り立つと人の形になり娘を迎えに来たことを告げたのです。
娘は最後の挨拶をご両親にいたしました。
「短い間でしたが本当にありがとうございました。私はここで永遠の時間を過ごしたような気がいたします。お礼にどんな問題でも解決することの出来るソフトウェアを置いていきます。ハードウェアは一刻、ソフトウェアは永遠と申します。これは形ある物はいつか消え去るが、思いはいつまでも続くと言うことを意味しています。私はいつでもお父様、お母様のそばにおります。どうぞこれからもお元気でいてください」
光につつまれながら娘は消えていきました。
夫婦は娘からいただいたソフトウェアを使う気にはなれませんでした。しかしある時国家プロジェクトでトラブルが発生し、そのソフトを使わせてくれるように要請されたのです。夫婦は気が抜けてしまった状態でしたので、簡単に渡してしまいました。
人々はそのソフトウェアを導入しようとしました。しかし、実行した途端、機械が火を噴いてしまったのです。ソフトウェアは機械の全能力を使おうとしたのですが、機械の方にバグがあり機械が耐えられなかったのです。このことから素晴らしいソフトウェアを作る人を発火と呼ぶようになりいつしか発彁「ハッカー」と言い替えられるようになりました。この国家プロジェクトはいまだに火を噴いて煙を出しているそうです。
注意:これはフィクションであり実在する人物・団体・事件とは一切関わりがありません