「お帰りなさいませ、クララお嬢様」
「はい、セバスチャン、今日はお客様をお招きしたの」
人前では自分で玄関のドアを開けちゃいけないことになっている。誰かお客様を連れて来る時は先にうちに電話して伝えておくの。だから私たちが玄関に近づくだけでドアが開けられる。
「皆様を客間へご案内させていただきます」
「そうしてください。皆さん、これは執事のセバスチャン。お部屋に案内させますのでくつろいでいてください。私はお洋服を着替えてきますから」
彼女たちはセバスチャンという名前を聞いただけで笑い声を漏らした。執事=セバスチャンという呼び名に大喜びしたのだ。そんなバカなことがあるわけない。確かにこの人は私の家の執事だけれど名前はセバスチャンじゃない、あだ名というわけでもない。松木さんは私の冗談に付き合ってくれているんだ。私の学校の友達を連れてくる時はいつも松木さんと示し合わせて彼女たちを楽しませてあげる。この冗談仲間はもう一人いて、一番若いメイドの石田さんがそうだ。だから友達への給仕は石田さんがやってくれてお芝居でボロが出ないよう演技をしてくれる。石田さんはキャシーと呼ぶことになっている。客間に案内した時にセバスチャンがキャシーにお茶とお菓子を出すように言うという手筈。
私は人が楽しそうな表情をしているのを見るのが好きだ。いかにも日本人らしい人達がセバスチャンやらキャシーやら呼び合っているのを目の当たりにして楽しくないわけがない。
私の通う高校は歩いて十分、とても近い。というか、両親には近いんだからそこへ行きなさいと言われて何の疑問も持たず入学するために勉強した。カトリック系の中高一貫の学園で女子校。中高一貫と言っても中学生の半分以上は高校に上がる時に別の学校を選ぶ。進路設計とか経済的な理由とか制服が気に入らないからとかいろんな理由があるみたい。だから学園の高等部も補充の為に生徒を募集するわけね。
ここは聖パトリック学園というのだけれど、アイルランド系の宣教師が昔この土地にやってきて教会と修道院を建てたのね。聖パトリックはアイルランドの守護聖人なの。修道院や教会っていうのは寄附金や托鉢だけでやっていけるわけじゃない。彼らも食べて行けなきゃいけないわけだから仕事をする。それがここでは学校経営。学校以外にも病院と福祉施設を経営している。修道院のシスター達は看護師の資格を持っていたり、教師の免状を取得している。修道院長が副学園長で、教会の主任司祭様が学園長。学園長は教区の司祭入替え人事でころころ変わるんだけど修道院長はずっと変わらないから、実質こちらの方が学園長みたいなもの。
ここは私立だし、校風が厳格でお嬢様系と思われているみたいで生徒にはちょっと裕福な家庭の人も多い。半分くらいはそうかもしれない。遠いところから一時間近くかかって通ってくる子もいる。
ああ、そうでした、自己紹介がまだでした。私はクララ、これは冗談じゃなくって本当に。お母様がカトリックでお父様と結婚する時無理矢理改宗させたんだって。教会で正式な結婚式を上げる為にはお互いに信徒じゃなきゃ駄目だから。だから私も幼児洗礼を受けている。洗礼名がキアラ。クララのことね。日本人でキアラっていうのもヘンだから、アナグラムで晶(アキラ)って名付けられた。だから戸籍上の名前は津山晶。子供の頃からそこの教会に通っていたものだからシスター達とはみんな顔なじみだ。シスター達は私のことを洗礼名で呼ぶ。ここの修道院は幾つかの修道会が混ざっていて、その流派毎に微妙にやり方が違うのね。私のこともクララと呼ぶ人もいれば、キアラと呼ぶ人もいる。中学に上がる時、何故うちの学校に来ないのと訊かれたこともある。両親の方針で公立中学に行くことになった。できるだけいろんな世界に触れさせたかったんだと思う。
次のいたずらの準備の為に自分の部屋に行く。ちょっと気が重い。だって部屋のドアを開けると、やっぱりいた。いないわけはないんだけど、お目付役の広井さん。私の生活の管理どころか外出時もつきまとってへんなことをしないよう見ている人。お財布も握られているので何か買うときにはいちいちお伺いを立てなくてはいけない。もっとも駄目と言われたことはなかったけれど。
「晶さん。お学友を招かれるのは良いことです。しかし、松木さんや石田さんを巻き込んでアルプスの少女ハイジごっこをやるのはもうおよし下さい。回りの方々から何と言われておりますか御存知ないわけじゃないでしょう」
そう、私はバレなければ最後までしらを切り通すことにしている。だから多くの友達は本当にうちの執事がセバスチャンだと信じ込んでいる。
「だってロッテンマイヤーさんが出てくれば全部冗談なんだってみんなにも判るじゃない」
「私にまで晶さんのお遊びの片棒を担がせようっていうんですか!」
そのとおり。前に一度"ハイジごっこ"やってる時に、広井さんがお客様達に挨拶をしに顔を出したことがあった。その時、彼女をロッテンマイヤーと紹介しちゃったんだけど、それはもう烈火のように怒っちゃってその後なだめるのに苦労しました。それ以来広井さんは顔を出さなくなってしまった。それでも松井さんや石田さんに私のいたずらに付き合わないように言ったりしないし、私に強制してやめさせたりはしない。私が常軌を逸したことをしない限りはそんなことをしないだろう、きっと。
広井さんは私が着替えるのを手伝ってくれた。
「今日来てくれた人達は今度生徒会を手伝ってくれる人達なの」
今日は新しく生徒会の役員に加わった人達を家に招いた。十一月になり後期の生徒会が発足し、その一部が入れ替わった。その中には初めて話をする人もいるからどういう人なのかをよく知る為の方法の一つ。というのも私、生徒会長だから。
私の学園は覇気のある女子が少なくて、生徒会をやろうとか、学園祭をやろうとか、そう言う人が全然居ないの。飼い慣らされているというか、他人の言いなりになることを美徳としているんじゃないかと思う。お嬢様学園だからここを出ると体(てい)の良い従順な奥様候補という箔がついて、働かなくてもいい人生っていうのが待ってるからかもしれない。
私はもうイライラしちゃって、一年生で中途入学(高等部から入学してきた人をそう呼んでいるんだ)なのに生徒会長に立候補しちゃった。普通、二年生から先生の推薦でようやく一人立候補があるくらいだったから、前代未聞って言われちゃった。もっともシスター先生達は私のことを知っているから、やりかねないと思ってみたいだけど。そうそう、先生全員が教会関係者ってわけじゃなくて半分以上は教会とは関係のない先生方達。シスター先生も保守的な人達が多いんだけど、専任の先生達もゴリゴリの超右翼、日の丸が服着て立ってるんじゃないかと思うくらい。そのわりには「当学園では君が代は歌いません」なんて方針だから政治的にはそうでもないんだろうけど。そう、道徳的には鉄のようにお堅いというか、切り出したばかりの石灰石みたいにゴツゴツしているというか。
そんなだから私が立候補しちゃうと対抗馬が出てこないの。結局無投票で生徒会長。副会長や書記なんかも中学の時の友達や私のクラスの子を隣の席にいるからという理由だけでやらせちゃったし。生徒会役員を構成する他の委員会の長たちもてんで当てにならないから元気そうな人をみつけて首をすげかえちゃったし。口さがない人は私のことを独裁者って呼んだけど、まったく反論の余地無し。やる気のない上級生達をシカトしてどんどん仕切っていったから。
たぶん、自分がやられる方だったら黙っちゃいないんだけれど、規則も新しくいっぱい作った。その最初が、生徒全員を学園内の何かの部活動に所属させて週一回の活動を義務づけるということ。人権無視よね、人が何かの集団に属さなきゃいけないってのを強制するわけだもの。でも誰も反対しなかった。先生方は大喜び。もともとそういう校則はあったんだけれど形骸化してほとんど守られていなかったから。
次はその部活動の活性化。運動部は前期後期のそれぞれ一回は県内の何かの大会に出場することを決めた。人数が足りない団体競技は、部員じゃない人を借り集めてでもやる。問題は文化部。学園の中でも唯一ちゃんとしていたのが合唱部で、そこだけは全国レベルでも通用していたんだけれど、他のはからきしダメ。みんなやりたいことが判らないからなのかもしれない。
生徒の中には幾つかの派閥みたいなものができている。三分の一強を占めるお嬢様な上流階級。親の力関係をそこにも持ってきているのか四大系列みたいなものがある。生徒の半分はちょこっとセレブ気分な中流の人達。中学からいる人も多いからずっぽり慣らされてしまっている。猫を無理矢理かぶらされているんだ。猫をかぶらないでは学園生活を送れないというのも判る。私もそうだから。
教会関係の事業の一つに児童保護施設がある。子供を扱うNPOだから宗教色を排除するために教会とは独立の施設なんだけどシスター達や司祭様が中心になって活動している。そこには自分の親から暴力を受けた子や親に放置されたり捨てられちゃった子、両親をなくして身寄りがなくなっちゃた子が集められてくる。子供達を中学までは面倒見てくれるけれど、高校から先は奨学金制度を設けて援助している。その子が女子で、そしてその子が望むのならこの学園での生活も選択させてくれる。全体数から言えば少ないけれど彼女たちは学園の寮に住んで学園生活をすごしている。
それぞれのグループの核になっている人達を私の家に呼んで懐柔した。目的は一つ、笑いが溢れる心から楽しい学園祭を行なうため。そのために私が出来ることはなんでもやった。
広井さんは失礼のないようにしなさいと言って一緒に部屋を出た。隠れて私を見ているつもりだと思う。
客間の前に松木さんが待っている。
「晶さん、お茶とお菓子をお出ししておきました」
「ありがとう松木さん」
松木さんが客間へのドアを開けてくれる。
「皆さんお待たせいたしました」
客間の真ん中のテーブルに向かって歩いていく。みんな私をみて驚く。今期から神学委員長になった女子なんかは立ち上がって口に手をあてている。私の着ているカーディガンや足下まで届くロングスカートを見て驚いてるんじゃない。私の歩き方。ドアから私の席まで立ったまま平行移動してきたように見えたからだ。まるで人形が動いているかのようにみえるはず。これが第二のいたずらだ。
人は歩くとき、上下左右に揺れる。また移動も同じスピードで動くわけじゃなく波打っているような感じ。誰か歩いている人を注意深く観察すれば判ると思う。だけどロングスカートで足の動きを隠し、上下左右の振動を無くし、一定のスピードで歩くようにする、そうすると人間業じゃないような動作に見えるわけ。これにみんなびっくりしてくれる。
この歩き方は中学の時の友達のおじさんが連れて行ってくれた北朝鮮舞踏団を見て覚えた。舞踏団の女性達も足が見えないチマチョゴリを着てすーっと移動していたんだ。友達と私はそれが出来るようになるまで一緒に練習した。
この友達のおじさんというのはキムイルソン大好き青年だったみたいで、他にも北朝鮮の映画やらを見せてくれた。舞踏団の方はそれなりに綺麗だったしそれなりに芸達者だったと思う。でも、映画の方はいただけません。全部同じ話に見える。主人公がいて、日本人や資本家やアメリカ人や誰かの圧政に苦しんでいる。それはもう酷い目に遭わせられる。でも突然革命が起きるの。その革命もうまくいかなくなることがあるんだけど最後の最後に偉大なる指導者キムイルソンが現われて大成功、みんな幸せになれましたとさって話。おじさんが一所懸命に主体思想っていうのを説いていたけれど私に言わせればそんなものは指導者に自ら従いましょうっていう主体であって、自分の力でなんとかしようっていうものじゃないのね。今、そのおじさんは行方知れずになってるって聞いたけれど、噂好きの人達は拉致行為に加わったことがあって日本に戻れなくなったんじゃないかって言っている。そういう噂を流すのもひどい話だと思うけれど。
「津山様、驚きましたわ、フランス人形みたいにお歩きになられるのね」
あなたはフランス人形が歩いているのを見たことがあるんですか、と突っ込みそうになったが我慢する。テーブルを見るとお茶菓子にイエローウッドのストロベリーシフォンが出ている。イエローウッドは近所の洋菓子屋さんのお店の名前で、特にこの苺シフォンは私の大好物。広井さんにしてやられたと思った。たぶん、広井さんがお菓子を手配したのだ。私はこの大好物を口にしようものならガツガツと食べてしまって、ボロを出してしまうことになる。特に今日の四人の客はお嬢様グループだからすぐにバレる。つまり大好物を目の前にさせて食べさせないという広井さんの意趣返しなんだ。
「水くさいですわ、紙谷様。これから聖パトリック学園の生徒会でご一緒に、来年の新入生を迎え入れる準備をする仲間ではありませんか。晶と名前でお呼び下さいね。その代わり私も皆様をお名前でお呼びしてよろしいでしょうか」
なんか感激しちゃってる子もいる。名前で呼び合うというのは彼女たちにとって特別な意味を持っているのだ。もちろんそれを知った上で言ったんだけれど。
私は彼女たちから話を聞いた。みんな自分からなりたいと思って生徒会の役員になってきた人達で、どうも私をアイドル視しているみたいだった。私と一緒にいると明るくなれそうな気がするそうだ。慕ってくれるのはありがたいけれど、それで彼女たちは何か自分からしたいことがあるのかそっちの方が問題だ。幸いなことに彼女たちはビジョンを持ってやってきていた。神学委員長の『生徒達みんなを朝のお祈りに参加させたい』ってのだけはなんとかあきらめてもらうしかないけれど、それでも前期よりはマシ。全部仕切らなくても各自でなんとか動いてくれるような感じだった。そうでなきゃ困る。実は来期の生徒会長もやって次の学園祭をもっと楽しいものにしたいと思っているから、そしてできれば今のメンバーも継続して来期やって欲しいと思っているから。
文化部立て直しの方法として部の取りつぶしと新部の創設をやった。まさに江戸時代の暴君そのもの。校則逃れのため、活動していない文化部で幽霊部員になっている生徒が多かったのよね。そういう人の退路を断つためにも実態のない部は潰した。その代わり新しい部の設立は甘めに受け付けた。詩の朗読部、演劇鑑賞部、映画鑑賞部、日本動画研究部(つまりアニメ研)、とまあぞろぞろと。華道や茶道のような資格物は別として、出来る限りなにか生産する活動を推進した。映画や舞台を鑑賞するだけじゃなく、自分で撮ってみる、演じてみる、そういうところまで踏み込むように徹底的に干渉した。
上級生アイドルのお嬢様を見守る会みたいなのもあったけれど、それは却下。苦労したのが音楽関係の部の創設。ロックやジャズ、ゴスペルをやりたいって子が少数ながらいて、それら単独で部を作るには人数が足りない。それだけじゃない、カトリックだからそういう分野が学校側の方針と合わないというわけ。ゴスペルはカトリックじゃなくてプロテスタントだから。そんなわけで全員を一緒くたにして現代音楽研究部にして許可をとってしまった。部活動にはそれをやる場所も必要よね。幸いなことに聖歌隊、つまり合唱部は学園の聖堂で活動していたから二つある音楽室の一つを使用できるようにした。彼女たちボーカルばっかりだったんだけど、活動していくうちに楽器がやれる人も入ってきたのね。家で習うピアノやバイオリンだけじゃ厭だって心の中で思っているけれど実行に踏み切れない子がいる。だけど人から強制された部活動という名目が有ればそれが言い訳になる。それで好きなことをやってみようという子が出てきたの。で、楽器も用意しなきゃいけなくなった。
運動部にしても文化部にしても何もないところから何かやる始めるにはお金が必要だった。でも全然心配する必要なんか無かったの。というのも、今までの生徒会って生徒会費は集めてるけど何もやってこなかったからほとんど丸ごと次期繰り越しで。その額や下手な市町村予算より潤沢かもしれない。まあ、それまでの部の活動って生徒会から予算をもらって何かやると言うより、裕福な家の子がやりたいことがあったらその子がお金を出してその時の部を盛り上げるってことが多かったから。まあそういったわけで楽器も購入した。ただし、サイレンスな電子楽器ばかりだけれど。そうしないとバレるし。ただドラムスが出来る子がいなくて、探したんだけれど。結局パーカッションはシーケンサーに任せることにした。ドラムスの子をみつけるのは今後の課題。中等部に誰か適当な子がいないか探してもらっている。来年以降に期待。
新聞部も私が手を入れた一つ。メディアを活性化してそれを活用することが学園を明るくする方法の一つ。新聞部はそれまで二ヶ月に一回ぐらい「だれそれ神父様のお話」みたいな記事を書いて発行していた。そりゃ、そういう記事が悪いっていうわけじゃないけれど、それだけじゃダメなの。新聞の印刷方法をファクシミリ印刷だったのをコピー機に入れ替えて、写真印刷も綺麗に出来るようにさせた。で、新聞部にハねてる女子を入部させてその子に修練院生インタビュー記事を書かせた。教会には修練院という司祭になるための訓練施設もある。その院生に一人、女子にうけそうな美形がいるわけ。写真入りなもんだからみんなちゃんと持って帰って読む。そこには私も記事を書かせていただいて真面目なのとギャグ入りで二本。ギャグ入りの方はペンネームを使い真面目な教会生活を装いながらもそこにウィットのある笑いになるように心がけて書いた。笑える文章というのは人の反応が見えないとその度合いが判らないのだけれど意外にも次回も書いてと言う声があり連載になってしまった。生徒会報告と二本立てになってしまって自分の仕事ばかり増やしてしまうみたい。それからは生徒会報告は書記に書いてもらいそれを私が修正するということにした。と、こうやって少しずつみんなを煽っていく。
学園の放送設備は人並みに揃っていて、学内放送は生徒会下部の放送委員会が管理していた。私はその委員会の仕事をごっそり減らして、放送プログラムの作成を部活動にやらせることにした。委員会は期毎の基本方針と機器の運用と保守。もちろんそんなことができるのも、アナウンサーになりたいって子やカメラ撮影が好きな子や、ジャーナリストになりたいって子が何人かいたからだ。ちゃんと自分たちでやりたいと思う人がいるのならその子達にやらせて、公的な機関がそれを独り占めしておくより良いと考えたから。
とまあ、いろいろやったけれど、結局九月に行なった学園祭はたった一日の部活動発表会兼音楽会になってしまった。本当は三日ぐらいやって、他の学校の人達も呼び込みたかったんだけど。今年はしょうがない。来年は一日増やして、教室を展示物や企画物で埋め尽くしてやる。再来年はさらにもう一日増やして人を集められるイベントを企画してやる。
それでも音楽会はとても良い出来映えだった。現代音楽研究部の活動を公認させるためにも成功させなきゃいけなかったから。クラス選抜の合奏や独唱もやれたし、音楽系部活動の発表もできた。現音研の発表はトリに回した。ロックもジャズもゴスペルも耳なじみの曲を選んだ。ジャズボーカルの子がとても良い声をしていて、彼女を軸にしてアレンジを何度も変えて聖歌を演奏した。それがシスター達をことのほか感動させることができた。これで反対勢力は押さえ込めたと思う。
こうして前期の生徒会は終わり、後期も私が立候補した。そのまま当選。前期のように立候補者が一名の時は無投票で当選みたいのじゃなく、生徒会則を改正し信任投票をするようにした。これで不満分子の量が判る。一年生から五名ほど不信任票が出た。徐々にではあるけれども自分から何かしたいと思う子が出てきてくれるようになったということだろう。反対票の投票用紙はコピーして、筆跡から誰がそれを書いたのか調べてしまっている。反感を持っているにしろ、気分で書いたにしろ、そういう人は勢いに飲まれない傾向がある。だから彼女たちを仲間に引き入れようと思ってのことだ。苛めようとか思っているわけじゃない。権力の濫用よね。そんなことしているのが自分じゃなかったらありとあらゆる方法でそんな生徒会長やめさせちゃうわ。
玄関までお客様達をお見送りに出る。玄関先には四台車が並んでいる。最近、県内では若い女の子を狙った連れ去り暴行事件なども起きているんだ。危ないから彼女たちを車で家まで送るように頼んである。
彼女らの乗った車が出ていくのを確認すると私はダッシュで客間に戻った。もちろんストロベリーシフォンケーキを食べるためだ。しかし客間のテーブルはすでに綺麗に片付けられていた。
「いしださーん、わたしの、私のケーキはどこっ!」
床掃除をしようとしている石田さんに私は思わず大きな声で尋ねてしまう。
「広井さんが余ったものはいただいて良いっておっしゃったので、わたし食べちゃいました。美味しかったですよ。ほほほ」
ひどいっ。広井さんもひどいが、石田さんもシフォンケーキが私の大好物だってことを知っているくせにひどい。
私は部屋に帰る。ふとテーブルの上をみる。ああ、そこにはちゃんとシフォンケーキが用意されていたのです。
夕食は広井さんと二人で食べる。お母様は平日はほとんどいない。お父様は九時過ぎにならないと帰ってこない。朝はお父様と一緒にご飯を食べる。三人が食卓に揃うのは日曜日だけ。でもそれでいいの。
プロテスタントのことはあまり知らないのだけれど、カトリックでは洗礼を受けたときに洗礼名が付けられる。カトリック信徒同士の呼び名には洗礼名を使うことも普通に行なわれること、別におかしいことじゃない。洗礼名には聖人の名前や聖書に出てくる人の名前をつけたりします。私のクララは、聖クララ(キアラ)から取られた。聖フランシスコを扱った映画でブラザー・サン、シスタームーンという映画があったけれど、あの中で修道生活に入る前のフランシスコが森の中で出会った綺麗な女の人、あの人がクララ、私。ちょうど私が洗礼を受けたときの教会の主任司祭様がフランシスコ会の方だったこともあると思う。両親や司祭様は明るく人々を照らす子になってほしいという願いをこめたそうです。クララと言う言葉自体にも明るいという意味があるし、晶にも澄み切って明るいという意味がある。
私の知っているカトリック信徒の人はたいてい聖人の名前を洗礼名としてもらっているんだけれど、お母様はサラ。旧約聖書の女性の名前。アブラハムの奥さん。司祭様も遊んでみたくなったのか、お父様が洗礼式兼堅信式兼結婚式の時にもらった洗礼名がアブラハム。夫婦ペアにしてくれたのね。
カトリックには秘蹟、サクラメントというとても大切な儀式があります。日曜日に行なわれているいつものミサ、生まれたときの洗礼式、大人になって信仰を確認する堅信式、そして結婚式。これ全部が日曜日と同じようにミサ形式で行なわれる大切な儀式だ。結婚式がミサになるのはカトリック同士の結婚の時だけなので、結婚式ミサを受けたいと思っていたお母様はお父様に改宗をお願いしたんだ。そういうわけで、お父様はいっぺんに四つの秘蹟をうけたことになる。本当は時間をずらさなきゃいけないらしいんだけど。
お母様は年がら年中日本各地どころか世界各国を走り回っている。お母様が持っている莫大な投資の収入はほとんど慈善事業につぎ込んでいて、それの使い先を決めて実行し、そしてその結果を検証するためなのだ。あっちで伝染病が流行り始めたと聞いたら、地域のNPO団体や医療団体と連絡を取り、瞬く間に派遣チームを組織して自ら率先して乗り込んでいく。こっちで大地震が起きたと聞いたら救援物資や重機運搬の手配をして自ら配給をするために現地に入る。国際テロ組織もお母様にだけは手を出しちゃいけないと徹底させているという噂もあるくらい。だからかもしれなけれどちゃんと日曜日には何食わぬ顔で私たちと同じ食卓に座っている。日曜日なのはミサに出るためなんだ。
私のお目付役の広井さんはお母様と出会って心酔してしまったらしい。たぶん広井さんはお母様と一緒に世界中を飛び回りたいんだろうけれど私がちゃんと独立できるまで見ているように頼まれているんだろうと思う。で、広井さんもカトリック。広井さんは南欧系の血が混じっていてアシーナ・ユディス・広井という。洗礼名がユディスだからミドルネームに入っているわけ。実は幼児洗礼は別の系統のキリスト教だったんだけどお母様の影響を受けてカトリックに改宗しちゃったの。ユディスは自分で選んだそうだ。ユディスはユディトとも言って、これまた旧約聖書ならぬ旧約外伝に出てくるヒロインの名前。トランプには絵札があって肖像が描かれているけれどハートのクイーンはユディトがモデルだ。そういったわけでお母様は広井さんのことをジュディと呼んでいる。ユディスの愛称はジュディだからだ。お母様は広井さんの代母、英語で言うとゴッドマザー。洗礼を受けるときに実の親以外の人に精神的な親になってもらう代親制度がカトリックにはある。ゴッドファーザーという映画があったけれど、あれはマフィアの親分に自分の代父になってもらって加護を受けようという文化があったことを示しています。広井さんは私のことを手に負えないやんちゃな妹分だと思って相手をしてくれているのかもしれない。というわけであんまり家にいない癖に私のことは広井さんを通してお見通しのようだ。
ちなみに洗礼名以外に堅信名という名前(こういう名前をカトリックでは霊名と呼んでる)もあって、私のように中学に上がるときに堅信式を受けた人にはもう一つ名前を持っていたりする。私の堅信名はキトの百合のマリアンナ。ちょうどエクアドルで地震があった年に私が生まれたからだそうだ。私がお腹にいてエクアドルに行きたくても動けなかったからだ。堅信式の日にお母様は話をしてくれた。
お父様は商社の社長をしている。お母様がお父様に対して投資をして株式会社を作っているそうだ。夫婦なんだからもっと融通が利くんじゃないかと思うけれど、そうすることが正しい会社の経営方法なんだって。お父様はいつも鼻歌を歌っている。「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」とか、「この世はC調に無責任」とか歌っていて、これだけだといつでも酔っぱらったおじさんに思えるかもしれない。でもお酒は滅多に飲まない。地でやってるんだ。
私たちはずっとこの屋敷に住んでいたわけじゃない。こんな大きな家、三人には広すぎる。私が小学校に入る時まではちょっと先の一軒家で三人家族にはちょうど良いくらいの家だった。前にこのお屋敷に住んでいた人も会社を経営していたんだけれど、その会社が左前になってきて、どうしても屋敷を処分しなくちゃいけなくなったらしい。これだけ大きい家は誰か人を雇わないと維持していけない。単に家や土地を処分してしまうと雇っていた人達も路頭に迷うことになる。お父様とお母様はその話を聞いて家と土地も買い取り、雇っていた人達もそのまま雇い入れることにしたの。
でも、うまくはいかないものね。継続して雇った人達はモラルの低い人ばかりだったのね。前に住んでいた人は会社経営が悪化していくにつれて人件費も抑えていったの、だから雇い入れていた人も段々質が悪くなっていってしまったらしい。お母様はさっさと見切りを付けてその人達を解雇してしまい、別の人を雇い入れることにした。お父様はあてがあったのね。執事の松井さんはお父様のコネ。
松井さんの奥さんはお父様の会社の貿易部長をしているそうだ。松井さんの奥さんは桜井さんという。夫婦別姓を選択したんだ。お二人にはお子様がいない。若いときに放蕩三昧を決め込んだらしく中絶を何度か繰り返してしまい、それのせいでもう子供が産めない体になっちゃったそうだ。前に桜井さんが遊びに来てくれたとき話をしてくれた。お二人はそれを乗り越えて愛し合っている。松井さんもお父様の会社にいたんだけれど、重い病気を患ってしまって(大勢の人と会うことが苦痛になってしまうらしい、でも今はもう大丈夫なんだよ)、社会復帰がなかなかできなかったので家の執事をやるようになった。メイドさん達の管理や屋敷のメンテナンス、生活に掛かる費用の運用もやっている。松井さんが私たちを裏切って家のお金を持ち出して逃げたら、たぶん次の日から私たち一文無しになっちゃうかも知れない。それほどまで信頼している人だ。
メイドさん達もお父様やお母様の知っている人で、働きたいんだけれど歳を取りすぎていて行き場のない人や、松井さんみたいに病気を理由に解雇させられちゃった人に働いてもらっている。先にお子さんに死なれてしまって一人になってしまったおばあさんも居て、住み込みでいてもらってたりもする。働くという行為は人に生きる元気を与えるものなんだね。人は仕事をすることで他人との関係性を作り、自分の存在意義を確かめることができるんだろう。
私の家には女の人ばかりで、男の人と言えばお父様と松井さんぐらいのように思うかも知れない。松井さんは土日には自宅に帰ってしまうし、お父様は夜が遅いこともあるしとても物騒だと。
そこは安心。家には常に二人の警備員の人がいる。警備会社から交代で派遣されているのだ。みんな私が小学校の頃からの人達で、一緒に遊んでくれたりしたんだ。その中には親分と呼ばれている、とても顔の恐い人もいる。警備員の中でも一番偉い人だ。顔は本当に厳つく傷だらけで恐かったけれど、でも私のことを「おじょうちゃん」と呼んで本当に優しく可愛がってくれた。親分さんの下には若頭と呼ばれているナンバー2の人もいる。若頭さんは私より一つ学年が下の女の子がいて、来年私の学校に入学してくる予定。若頭さんの家にもよく遊びに行って、彼女ともとても仲が良い。四月がとても楽しみ。成績がいいから、彼女も面接だけで大丈夫そう。
警備員の人達は広井さんが苦手らしい。私と話をしているときに広井さんが近づいてくると頭を下げてさっとその場を離れていってしまう。広井さんは人に厳しいところがあるからそれがおっかないんだろうなと思う。
朝、お父様と食事をして、身支度をして、お父様をお見送り。このとき家にいる使用人の人は全員挨拶のために出てくることになっている。お母様が言うには、けじめを付けるための最小の儀式なのだと。お父様を見送ってからみんなに行ってきますの挨拶をしてから、私も出かける。
門の前にはもう哲子が来ていた。いつも時間には正確だ。
「おっはよー、さとこー」
「おはよう、あきらちゃん」
学校で初めて会った時とは別人のように明るくなった。あの頃はとても険のある、そしてつらそうな表情をしていた。
入学してすぐ私は学校の探検に出かけた。古い校舎もあれば、新しい校舎もある。時代を追って段々に建て増しされてきたんだけれど古い建物はそのまま残っていて、教室と廊下が奇妙に入り組んで迷路みたいになっている。それがとても面白く思えたのだ。放課後三日ほどかけて学校中を歩き回り地図を作った。
哲子とは第二図書室で出会った。そこは聖堂の裏側の二階にあり、そこへは聖堂からは直接上がれない。並んで立っている大講堂の隠れた階段を上がって、教室の扉のような戸を開けると渡り廊下がある。その奥に図書室があるのだ。
最初はここが図書室だったんだろう。あとから出来た図書室から古くなった本や人気のない本を集めておいてあるみたいだ。図書の係もいなくて、隅のテーブルにはセルフサービスの貸し出し台帳がおいてある。そして哲子はそのテーブルと対のデザインの椅子に腰掛けていた。
哲子は毎日そこへ来ていた。いつもテーブルには聖書とコンコルダンスと国語辞典が置かれ、青い林檎印のノートパソコンに何かを打ち込んでいた。
名札を見て、吉川哲子という名前と隣のクラスの同級生だと知った。それにこんな場所を知っているんだから中途入学じゃなくて、中等部からずっといる子だということも。
聖堂と大講堂は中等部、高等部の共通エリア。他にも食堂がそうだけれど、食べる場所が衝立で分けられている。哲子はずっと前からここに入り浸っていたんだろうと思う。探検を済ませた私は彼女のことが気になって毎日第二図書館に来て彼女に話しかけた。
学校の建物のこと、迷路みたいで、むしろ迷宮といったほうがいいかもね、ミノス王のラビリンスほどじゃないにしても思いがけないところに扉があって、その扉を開けるとどこに続いているか判らないような廊下が現われるとか。
同じ学年の人達についてもしゃべった。いつもやる気のなさそうな顔ばかりで、したいことがなさそうだとか、将来自分の進路をちゃんと考えようとしているのかとか。
本のことも話した。小学校の頃から本が好きで図書館の本を全部読もうと思ったけれど全然時間が足りないことに気がついた。だから読む時間を短くすれば良いんだと思って早く読む練習をするようになった。で今ではページをめくるスピードで読むことが出来るようになって、集中力さえもてば十冊でも二十冊でも読める。でも、その前に手がくたびれそうねとか。
私の洗礼名はクララ、聖フランシスコと一緒ににいた人なの。ねえ、あなたも洗礼を受けている?
「わたし、あなたを知ってるわよ」
初めて哲子は答えてくれた。第二図書室に来て三日目、金曜日のことだ。
「私が洗礼を受けたその日に、あなたが堅信を受けたの」
そう言えば堅信式の日、その時の司祭様も洗礼の時と同じくフランシスコ会の神父様だったんだけど、私に言ったことを覚えている。
「キアラ、あなたの妹さんが今日できますよ」
私のお母様が彼女の代母だったんだ。私は今まで彼女のことを忘れていたことを泣いて謝った。哲子はなんで私が泣いちゃったのか判らなかったらしい。突然泣き出したものだからどうしていいのか困ったそうだ。でもこの時から哲子は私に心を許してくれるようになった。
土曜、日曜日には哲子を家に招いてずっと話し込んだ。私のこともいっぱい喋ったし、哲子のこともいっぱい聞いた。
哲子の洗礼名はアグネス。聖アグネスは強制された結婚を拒み純潔のまま焼き殺された人。処女の守護聖人と言われている。堅信も終わっていて堅信名はアガタ。聖アガタも拷問を受け乳房を切り取られながらも純潔を守った人。二人とも古典的に強烈な処女と純潔の守護聖人です。
哲子は学園寮から通っていた。その前は児童保護施設にいたんだ。ご両親は二人ともご健在でいらっしゃる。でもどうして施設にいるかというと。虐待をうけていたんだ。実の両親から。
小学校に上がったときからご飯を食べさせてくれなくなった。毎晩残り物があったときだけ食べられる。態度が悪いと躾を口実に殴る蹴る、髪を引っ張って振り回す。髪の毛がそこだけ抜けて赤剥けになったそうだ。朝になって学校に行こうとしても体中が痛くて動けない。動けないからまたしかられる。近所の通報で行政の警告があり病院で治療を受け、しばらくは普通の生活に戻ったそうだけれど。三年後また虐待が始まった。体が大きくなった分、受ける傷も大きくなった。そればかりじゃない。哲子のお父様は人間とは思えないようなこの上ない非情で残酷で取り返しのつかない仕打ちを彼女に加えたのだ。
殺される前に助け出されたのがたった一つの幸運だったのかもしれない。彼女の家に強制捜査が入り、お風呂場で裸にされて放置されていた哲子を見つけたのは捜査員や施設の人と一緒に居た私のお母様だったそうだ。なぜお風呂場だったかのかというと、彼女の体は、背中もお腹も手足も、カッターで傷つけられていて血がたくさん流れていたそうだ。風呂場だったら水で流せば汚れがすぐ落ちると考えたからだそうだ。もちろんそれを考えたのは哲子じゃない、哲子のお母様だ。
あとで一緒にお風呂に入ったとき哲子は自分の体に付いた傷跡を見せてくれた。背中やおなかに何本も走る真っ直ぐな傷跡。哲子は胸を見せながら言った。
「ねっ、こんな体じゃ結婚もできやしない。できたとして、赤ちゃんを産んでもおっぱいもあげられやしない」
お母様は哲子の後見人になって、法的な手続きをとり、哲子の両親が近づけないようにしてしまった。もちろんご両親が刑務所から出てきたとしてもという話だけれど。
日曜日に帰ってきたお母様は哲子を見るとしっかりと抱きしめた。
「初めて私の家に来てくれたわね。いらっしゃい。これからもいつでもいらっしゃい。私の娘よ。クララの妹よ」
哲子は施設の外に出ることが出来なくなっていたんだ。恐くて。人がとても恐くて。学園の中等部に入り、寮へ引っ越しし、学園と寮の往復だけはできるようになったけれど、それでも人と話すことがなかなか出来なかったそうだ。お母様は時々哲子に会いに行っていた。彼女を少しでも元気づけようとしていたんだ。私はお母様がそういうことをしていることさえ知らないでいた。一緒の日に教会の秘蹟を受けた魂の座の妹だというのに。
哲子は施設でお世話になったシスターや私のお母様を見て、この人達が信じている神さまを自分も信じてみようと思って洗礼を受けたそうだ。哲子もシスターになりたいと考えているんだ。それで一人で図書室にこもって聖書の勉強をしていたんだ。
「でもね、わたし聞いちゃったの。あるシスターが」
七月の期末テストが終わった頃だ、哲子が涙を流しながら私に打ち明けてくれたんだ。
「男に抱かれたことのある女子が誓願を立てるなんて許せないって言ってたの」
そう、シスターにもいろんな人がいて、極端に純潔を重んじる人もいる。一度結婚した人や、ちょっと性的に自由な生活を送っていた人が誓願を立てることを嫌ったりすることがある。誓願とは修道生活に入るときに立てる誓いのこと。それをもって修道者となれる。
でも哲子が自分で望んだ行為じゃないんだし、哲子みたいな子をイエス様が許してくれなくて誰を許すことができるというの。こんなに真摯で情熱的な子を。イエス様と同じように、そして過去の何人もの聖人と同じように自分の肉体にパッションを受け、それを乗り越えようとしている子を。
哲子が使っているコンピューターは昨年の誕生日にプレゼントしてもらったそうだ。教会の神父様の中には(心が)若い人もいらっしゃってウェブサイトを作ったり、教会関係者全員にメールアドレスを設けようという活動をしていたりする。哲子が神父様の使っているコンピューターに興味を持っているのを知っていろいろと教えてくださった。お母様はそれを聞き神父様と相談してその機種にしたんだ。哲子はそれを小アグネスと名付けて大切にしている。私も小アグネスを使わせてもらって、家のコンピューター、武骨でなにかやるとすぐ音を上げて動かなくなる家のコンピューターと比べて使いやすいものだから今度買うときはこれにしようって決めた。この林檎の印が可愛いのよね。この林檎は欠けているけれど、きっとアダムとイブがかじってしまった知恵の木の実なのよ。人の原罪と知恵とを象徴しているように見えて、私たちにぴったりじゃない。
私たちが仲良くなって決めたことがある。それは二人一緒に毎朝聖堂でお祈りをすること。学園長にお願いして朝、聖堂に入れるようにしてもらい、ひざまずいてロザリオのお祈りを捧げるのだ。ロザリオというのはカトリック信徒が使う数珠のことで、これについている珠でお祈りの回数を数えるのだ。最初は十字架で使徒信教、大きい珠は主の祈り、小さい珠はアベマリア、大きい珠に入ったら栄唱、そして主の祈り。これはネックレスじゃないから首からかけたりは絶対にしないし、洗礼式や堅信式でいただいたりして普通はすでに持っているので人にプレゼントしたりすることもありません。もちろん持っていない人にあげることはあるんだけれど。
私たちが朝のお祈りをするようになってから、熱心なカトリック信徒の生徒が聖堂に集まるようになってきた。みんな代わりばんこにお祈りをする。私たち二人がごくたまに遅れてやってくるとみんなそのまま待っている。哲子か私がお祈りを始めないと誰も開始しない、なにかそれが規則みたいな、慣習のようなそういうものになってしまったみたいだ。
私が生徒会長になろうと思ったのも、哲子から学園の雰囲気を聞いてのことだ。私は哲子を始めとするすべての生徒達に、もっと明るくにこにこと笑いがあふれる生活を送って欲しかったからだ。
誰がどういう力を持っていて、どういう傾向にあるのか哲子は教えてくれた。人とはあまり喋ったことがないわりには、人のことを観察する力を持っていた。学園の慣習や伝統というものも三年間経験していたから知っていたし。哲子は直接生徒会を手伝ってはくれなかったけれど(だってまだ人と話すことが苦痛だったから)、私をいろいろと支えてくれた。学園の情報を教えてくれることだけじゃなく、私を精神的に。彼女の前でだけは猫をかぶらなくてもよかったから。
私たちが聖堂に行くとちょうど神学委員長と鉢合わせした。彼女は先に来ていてわざと会うようにしたのかもしれない。
「おはようございます、晶様」
名前で呼んでって言ったのに、どうしてこの人達は『様』をつけるんだろう。まあそういう習慣の世界にいると思っているんだから合わせておいてもいいかと思う。
「おはようございます、久美子さん」
いつか、『様』じゃなく、『ちゃん』、せめて『さん』づけさせてやる。彼女はいろいろ話しかけてきたけれど、私は微笑みながら聖堂の中に入ってしまう。そうすれば黙るしかないわけだから。
授業は退屈だ。先生方の授業なんて結局私がすでに読んだ教科書や参考書の域を出るわけじゃないから。先生の授業で大切なのは、それらに書いてないことを語っているとき。そう言う話をたくさんしてくれる先生が大好きだ。勉強のやり方やものの考え方、それまでの経験、そんな話をもっと聞きたい。本を何度も読めば身に付く知識より、先生が生きてきて得た知恵が聞きたい。
中間試験や期末試験の試験時間というのもなんだかとてももったいない。一教科四十五分も試験にかかるわけがないじゃない。半分でも余るくらい。もっと短くして一日にやる試験の数を増やして欲しい。哲子はそんなのは晶ちゃんだけよというけれど。私はいつも解答を書き終えるとさっさと教室を出て図書室で本を読んだり、新聞部に出す原稿を書いたりしている。小説だとあっという間に読み終えちゃうので頭を使う思想書とかパズルの本とかを読む。問題1、普通のトランプ1セットに書かれている数字を全部足すといくつになるでしょう。ざっと暗算し、次のページの答を見ようとする、と、その前にあぶなくもう一つの落とし穴に気がつく。答を修正。正解。
放課後生徒会室へ役員を集合させる。今期の方針の確認をするため。まずは前期に進めた部活動活発化をそのまま推進すること。情報処理委員会を新設し学園側と共にコンピューター教科の充実を図る。公には言わないけれど、すでに部活動としてあるコンピュータ部は委員会に吸収合併させちゃう予定。卒業の予餞会を行なう。新入生歓迎の部活動報告会兼勧誘儀式を行なう。はっきり言って私はイベントをやりたいの。女子校じゃなく共学だったらダンスコンサートを企画するだろう。
生徒会下部組織にいろいろな委員会がある。図書、保険、神学、営繕、食堂、体育、文化、風紀、他。各クラス一、二名からなる委員会の互選で正副の委員長が決まり、生徒会役員として入ってくる。前期の時、根回しが充分出来なくて二年、三年の人が入ってきたことがあった。彼女たちははっきり言って邪魔だったのでもっと使える一年生にすげ替えるよう、そのあとにお願いしまくって変わってもらったりした。そんなこともあってか、今期は最初からみんな私と同じ一年生ばかりだ。、
神学委員なんてあるところがカトリック系よね。ご多分に漏れずこの学校にも宗教の授業があるし、お祈りの時間もある。そういった授業に関わるもろもろの雑用やクラスでのお祈りの自習(カトリックじゃない子もいっぱいいるから教えてあげないといけないのね)、聖堂の管理をやっている。
他にもカトリックらしいのがカリタス委員会というものがある。カリタスというのはカトリックの世界の言葉。普通の言葉に言い替えればチャリティやボランティア。私はカリタス委員会にも、てこ入れした。それまでは教会で行なうバザーの手伝いくらいしかやっていなかった。それを前期の一期間に何か一つ、クラス全体で活動するように求めたのだ。年末募金やあしながおじさん育英募金の手伝いでもいいし、養護施設・老人ホームの慰問や清掃活動でもいい。社会科の先生達と話し合った上で授業の一環としてやっていくということを決めた。
この時の活動は生徒達の意識を変化させることに役立ったみたい。それまでにも授業やカリタス委員会の活動でボランティアを経験している子も多かったけれど、自分の属する世界とは違う世界を知っただけだったのだろうと思う。人に言われたから渋々という面が大きかったんだ。だけど自分でやることを決めそして活動することで、自分が予想していない感謝をされて自分の存在価値を自覚する。自分が必要とされる人間なんだと思うことが出来るというのは大切なことだ。それが自分の世界の壁に穴を開けることに繋がるんだ。
今日の役員会議では各委員会の今期方針を出すように言っておいたんだけど、やっぱり『朝のお祈りをみんな出るようにしましょう』という項目があった。風紀委員から出されている『毎週スカートの長さを調べます』なんていう方針と一緒に握りつぶさないと。この学校、スカートから膝が見えちゃいけないのよ。それでもまだ短いと言って長くしようと考えているんだから、時代に完全に取り残された不毛の孤島よ。
私は制服という制度も大嫌い。生徒は全員スカート着用よ。女性がスカートをはくものだって決めつけが許せない。こうした文化的ジェンダーの強制が自分たちの首を絞めているんだと思うのだけれど。でも、ここはカトリック系の学校だから。カトリックは本質的にジェンダーの壁に覆われた宗教なのだから。
神学委員長や風紀委員長の方針案をこの場で押さえ込むことも出来る。だけれど、委員会の中の上級生にそう考えている人達がいるわけだからその人達を無視して決めてしまうと委員長達の立場が無くなってしまう。だから私が直々に委員会に出ていって説得しようと思う。その上で決まるのなら生徒総会で議論して項目を削除してしまうつもり。
私が生徒会長をやるということ自体、なにかこの学校はおかしいのよ。どちらかというと権力的で傲慢で独裁的な生徒会と対立する立場に立って徹底的にやり合うの。制服規制撤廃、押しつけカリタス拒否、帰宅部設立。私は根っからの反抗者なの。そんな人間が逆のことをしなきゃいけないなんてところがもうおかしいのよ。なんというか、いろいろな意味で素直な子が多すぎる。
てきぱきと議事を進行して会議をしめくくろうとしたとき、生徒会室にシスターキャサリンがやってきた。生徒会担当の先生だ。私と風紀委員長に副学園長室に来るようにと伝えに来た。
会議を終わらせて、何かまた悪さがばれちゃったかと思いびくびくしながら修道院長の部屋に向かう。
「お座りなさい、クララ、マリア」
マリアは風紀委員長の霊名だ。聖母マリアじゃなくてマグダラのマリア。院長はカトリックの生徒の全員の霊名も覚えている。しかるときには本名を呼ぶので私は安心した。
私たちは修道院長の机の前に置かれた腰掛けに座る。院長の話は私の悪さのお咎めじゃなく(そんなものはどうでもいいことだと思ってくれているのかもしれない、それだとありがたいのだけれど)、最近県内で頻発している連れ去り事件についての対応のことだった。町の人達にもお願いして見回りをしてもらったり、駆け込み場所を用意してもらったりしているとのこと。私たちにも暗くなる前に帰るように徹底して、一人で出歩かないようにみんなに伝えて欲しいという話だ。
風紀委員長のマリアは事件が解決するまでの間、風紀委員でチームを組んで駅から学園までの道をパトロールしようかと考えているみたいだ。良いことだと思う。明日にでも風紀委員会を開いて決めると言ってくれている。寒くなってきているから風邪を引かないように気をつける必要はあるけれど、中等部の子達もいるわけだから安全を期する方法の一つとして有効だと思う。子供が動けば大人達も手伝ってくれるかもしれないし。
私は早速、放送室へ飛んで校内にメッセージを流した。中学は別の学校だったしその学校ではスピーカーで流すだけの放送システムだったんだけど、この学園は違うのね。各スピーカーにはマイクも取り付けられているの。だから全校のほとんどの場所の会話がモニターできちゃうのよ。ひえー、完璧な盗聴装置。なんでも牛耳れそう。もっともその機能をオンに出来るのは学校の教職員の人と生徒でも放送部の部長と私くらいのものだけど。これ、盗聴と言ってもマイクがオンになっているときはランプがつくようになっているのでスピーカーを見ればすぐ判るようにはなっている。それにスピーカーから小さなピーという雑音も聞こえてくるのね。
部活動で学校に居残っている人達にも直接言って回る。そんなことをしていると結局最後までいるのは私だけになっちゃうんだな。電灯のつき具合や下足箱を見ることで誰が残っているのかだいたいわかる。今日だけは本当に誰もいなくなっていた。先生方も見て回っていたようだし。いつものように職員室と事務室へ挨拶をしてから私も帰ることにする。
私の家は駅とは別方向だから人気の無くなる方に歩いていくわけね、痴漢にでも遭ったならすぐに逃げられるように気持ちを用意している。1ブロック向こうに哲子が歩いているのが見えた。最近、広井さんに感化されてジムに通い始めているから、そこからの帰りなんだろうと思う。寮の方向はしばらくの間一緒なので追いつくかなぁと思って少し足を速めた。
その時だった。道を走ってきたボックスカーが哲子の横に止まり、飛び出してきた男達が彼女を中へ連れ込んだんだ。
私は哲子の名前を叫んで、駆けだした。
車はもう走り始めている。せめて車のナンバーを覚えてやる。私の眼鏡は伊達眼鏡、視力は2.0ある。見えない、あいつらナンバープレートを汚してわからないようにしてるんだ。
私は走る。携帯電話は持っていなかった。家も近いし、学校の中じゃ電源を入れてはいけないことにもなっているから必要ないと思ったからだ。こういう時のために携帯電話は必要! 持っていないことを悔やんだ。
車は段々離れていく。その後を追いかけるかのようにもう一台乗用車が現われた。仲間がいたんだ。あいつら集団で一人の女の子に乱暴しようとしているんだ。もし哲子に酷いことをしたら、あいつらを草の根分けても見つけ出し、報いをうけさせてやる。ただでさえ口にも出来ない凄まじい受難を被ったのに、その上更に苦しみを与えようっていうんですかっ。
私は横から飛び出てきた何かにおさえられた。恐怖が私をおそった。それが腕だと気がついたとき、まだ誰かあいつらの仲間が残っていて私を捕まえようとしているんだと思った。死ぬまで抵抗し続けてやる。
「晶さん、落ち着きなさいっ!」
持っていた鞄で腕の持ち主を殴ろうとしたとき、ようやくその声の持ち主が広井さんであることに気がついた。
「さとこちゃんが、さとこちゃんが、連れて行かれた」
「知っています。総曲輪が追いかけていきました。私はあなたを迎えに来たところです。一緒に追いかけましょう」
総曲輪は親分さんの名前だ。さっき後をついていった車は親分さんだったんだ。
「晶嬢さん、走るの早すぎますぜ」
私の後から車が近づいてきて止まった。若頭さんだ。
「晶嬢さん、姐さん、乗ってください、追いかけます」
広井さんに車の中で話を聞く。哲子と広井さんはジムを一緒に出た。広井さんは哲子を寮まで送っていこうと言ったんだけど、哲子は遠慮深い子だから一人で帰ると答えたそうだ。広井さんは念のため親分さんに連絡しこっそり警護するようにたのんだんだ。
「でも若頭さんはどうして私のところにすぐに来れたの」
「私らはいつでもお嬢さんをお守りしてますから」
学校の行き帰りすら監視付きだったらしい。
「親分の車が止まってます。そっちに飛ばします」
若頭さん達の車には発信型のGPSがついていて今どこにいるのか判るようになっている。NAVIに表示されているその地点に近づいている。
見えた、親分さんの車とあいつらの車が止まってる。喧嘩しているみたいだ。親分さんが二人の男とやり合っているのが見えてきた。突然広井さんはまだ走っている車から飛び出していった。
「だめだっ、晶嬢さん、姐さんを止めてください」
私も車が止まるなり飛び出した。哲子を救い出さなきゃ。若頭さんもあとを追って出てくる。
広井さんが表情も変えないまま鬼神のような動きをするところを初めて目にした。広井さんは親分さんの背中に回っていた男の首を片手で掴んで引き離した。もう引きはがされた瞬間に気を失っているみたいだ。倒れ込む男の股間に鋭い蹴りを一発入れた。
「ぐえっ」
声を上げたのは若頭さんだった。残った一人は親分さんに任せてすぐさまボックスカーのドアを開ける。開けるなり中に向かってまた蹴りを入れた。そして男を一人放り出し、さらにもう一人放り出した。一人は顔をおさえている、顔から血が流れ出しているようだった。
「晶さん、哲子さんを頼みます」
私は車の中に飛び込み、泣いている哲子を抱きしめる。大丈夫だから、大丈夫だからと何度も抱きしめ声をかけた。泣いているけれど服装は乱れていないからまだ何もされていなかったようだ。
車の外でボクッ、ボクッと鈍い音が聞こえてきた。若頭さんの姐さんやめてくださいの声が聞こえる。私は哲子を抱きかかえながら外に出ると、広井さんが倒れ込んだ男達を容赦なく蹴り入れている光景が現われた。
「やめなさい、広井さん。それ以上痛めつけたら殺してしまうわ。広井さんが犯罪者になってしまう」
広井さんは素直に私のいうことを聞いてくれた。若頭さんが呼んだパトカーが近づいてくる。
「一つだけ忘れ物をしました」
広井さんは振り向くと、さっきまで親分さんと戦って今は地面にうずくまっている男の人に近づきまた蹴りを入れた。
「これで全員、二度とこんな真似が出来ないようにして差し上げました」
私が広井さんに対して爆発したのはこの日が初めてだった。広井さんは言う、彼らは自分の行為の結果として報いを受けることを覚悟していたはずなのだからそうすることは当然なのであると。実は私そういう論理も判るほど判っていて、私もそう思うことがあるから。でもその報いは私たちがやることじゃなく神さまと法律がそれぞれの座で行なわれるものだと反論した。
「また、あんたがやったのか、こいつらを」
パトカーから降りてきた警官はそう言った。広井さんは乱闘の常習者だったらしい。だから親分さん達も一目置いていたんだ。
日曜日にお母様が帰ってこられた。あれから三日間、哲子を私の家に泊まらせて様子を見ている。警察の事情聴取も家まで来てやってもらっている。それほどショックを受けた風でもないけれど、元気はなくなっている。
教会で事件の善後策を相談するためお母様は私を連れて修道院長室まで出かけた。私は途中で主任司祭様に捕まりお母様のお考えや哲子の様子を尋ねてきた。哲子が今日のミサに来なかったから心配しているのだ。
「ジュディはどう? ああ、あの子のことだから大丈夫だね」
哲子のことに受け答えをしたあと広井さんのことも聞こうとしたみたいだけれど、神父様の言うとおり広井さんは大丈夫だ、きっちり今日のミサにも出てきている。何も起きなかったかのようにけろっとして。哲子を襲った男の人達は県内で起きている連れ去り事件の犯人であることは他の被害者が確認している。彼らの家には証拠の数々が残されていたし。それでも彼らはそれを自供できないでいた。一人は目を潰されていたし、残る三人は喉を潰されていた。それよりも彼らに苦痛を与えたと思うのは、全員急所を潰されていることだ。彼らの受けた被害の四分の三は広井さんがやったことだけど、今のところ広井さんを捕まえちゃうということはない。
お母様は広井さんに私の面倒を見させるためにそばにいさせているんじゃないんだ。私に広井さんが暴走しないように見ろと言っているんだ。いつ突っ走り始めるか判らない広井さんを私にまかせて、その時には身をていしてでも止めろって。
それに気がついたとき、お母様は聖ミカエルじゃなくって、その敵対者じゃないかって思えたわ。聖ミカエルはお母様のもう一つの霊名。サタンと戦う予定の天使。
私はお母様のあとを追いかけた。修道院の中にはシスター達が全員入れるくらいの小聖堂があり、そこにみんな集まっていた。私は外からこっそり話を聞いた。
「イエス様のしもべ、私たちの妹、吉川・アグネス・アガタ・哲子にアッシジの聖アグネス、カタニアの聖アガタのとりなしによりお救いがありますようお祈りします、アーメン」
中心でお祈りをしているのは誓願者は純潔でなければ駄目だと言っていたあのシスターだ。彼女が率先して哲子のためにお祈りを捧げてくださっている! あとでそのシスターに純潔の意味を尋ねる機会があった。それは肉体のことではなく魂の汚れの無さのことだと答えてくれた。
「アグネス・哲子は暴漢に襲われ、彼女は必死の抵抗をいたしました。自分の体を守るためです、当たり前のことです。その時に彼女の指先の爪が暴漢の一人の目にかかり、その方は失明のおそれもあるかもしれないということです。過剰防衛の疑いもありと警官は話しています。アグネス・哲子に世俗の裁きが下されることがあるやもしれません。その時には私たちは彼女の清廉さ汚れの無さを知らせていきましょう。アッシジの聖アグネスの清廉、カタニアの聖アガタの純潔が、イエス様のしもべ、私たちの妹、吉川・アグネス・アガタ・哲子に常にありますことをお祈りいたします。アーメン」
憤懣やるかたない気持ちを感じさせる言葉だった。お祈りの時にこんなに感情が入り込んだ言葉をいうなんて。これは、もし哲子に咎め立てするようなことがあるのなら、検察や裁判所に直接行動をしますよという決意表明なのだ。シスター達に集団で押しかけられたら対処に大わらわになるでしょうね。
その次に行なわれたお祈りは付け足しのようなものだと思う。
「また、イエス様が共に十字架にかけられた犯罪人をも改心によって許し御許にお呼び寄せになられたように、暴漢達にもお許しの機会がまいりますことをお祈りします、アーメン」
私は気付かれないように修道院長室に向かった。帰ったら哲子にシスター達のお祈りの話をしてやろう。それだけで、ずっと元気になるはずだ。それに。
それに、私はずっと聖アグネスのことを純潔の聖アグネスだと思っていた。そうじゃなく、アッシジの聖アグネスだったんだ。聖クララの本当の妹の。だからみんなが哲子を私の妹だって言ってたんだ。
昨日は警察の事情聴取で私を含めて家の中がゴタゴタしていたし、哲子もようやく落ち着き始めているところだった。だから昨日予定していた哲子の誕生会は一日延期して今日やることにした。ちょうどお母様も帰ってきたことだし。松井さん夫婦も若頭や親分さんの家族も来てくれる。寮のお友達もみんな呼ぶことになってる。クリスマス前の悪夢をクリスマス前のパーティに変えたい。
お父様やお母様、他の方々と相談して哲子への私からのプレゼントは暴漢とのいさかい中に壊れてしまった小アグネスの代わり。すでに名前は決まっている。小アグネス二世。実は自分にも小クララ一世を買っていたりするんだな、いいよね。名前は哲子に付けてもらうことにしているけれど、きっとそう名付ける。
憎しみは愛と一緒に人の心の中にあるのかもしれない。私の大事な人が傷つけられようとしたとき、加害者にもそれ以上の苦痛を与えたいと願ったことは確かだ。私も広井さんと同じくらい力があれば広井さんと同じ事をしていたかもしれない。人はすべてを捨て去らない限り憎しみから逃れられないだろうし、すべてを捨て去ることはできない。だから憎しみが生まれないような状況を維持しなきゃいけないんだ。荒んだ生活をしているから荒んだ心をもつようになり、他人の気持ちを想像できない行為ができる。荒んだ生活をしなくてもいい社会を作り出しそれを維持していかなきゃいけないんだ。人々がいつでもにこやかに生活をし、生きていて楽しいと思える世界を作ろう。そうすれば誰かが誰かを傷つけたいなんて思わなくなるに違いない。そんな世界への道を造ろうと思う。その道を照らし続ける光となるんだ。それが私の望むこと。