「うひょ〜、ヒンギスちゃんのオデコ〜、ヒンギスちゃんの下クチビルゥ〜、ヒンギスちゃんのチクビィ〜」
「はかせ、ビデオ見て何叫んでるんですか。前はセレス選手のファンだったじゃないんですか」
「なんじゃ長瀬君、わしはヒンギスちゃんがバランスデイトのCMで『さびしいの。さびしいの。お口がさびしい午後三時』と歌っておった頃からのファンじゃぞ。トウが立ったセレス選手にはもう用はないわい」
「はいはい、でも蕗は薹を食べるんですよ、念の為。で今日は何の用件でぼくを呼び出したんですか、彼女とのデートをわざわざ延期してきたんですからね、たいした用じゃなかったら怒りますよ。しかも五年ぶりだし」
「設定すら忘れてしまう五年じゃったな。わしも16.5進法でハタチなんて言っておったが、もうすぐ20進法でハタチなんていわなきゃいけなくなる歳が近づいておる。それはさておき、特に用事は無いが呼んだ。怒らんでくれ、これも福だ協殿の為じゃ」
「誰ですかそれは。小一時間問い詰めたいところですが。もちろん女の子なら膝詰断判の方が良いです」
「冗談じゃ。また恐竜探しに行くのじゃ」
「化石掘りですか、前に作った化石発掘装置『ここほれわんわん君』は壊れてしまって『ここほれんわん』になっちゃったんじゃなかったでしたっけ」
「読者の知らないネタを振るんじゃないぞ、長瀬君。それにそれは他の人のネタじゃろう。今度は生きてる恐竜を探しに行くのじゃ」
「生きてるって、恐竜がですか。いつからマッドを返上してトになっちゃったんですか。もしや桔梗ちゃんが言ってた、はかせが今付き会ってる彼女って○○の科学の?」
「当然、据え膳、加賀友禅、○○には『学研』や『大人』は入らんぞ。福井にはな、九頭竜川という河川がある。この名前の由来を知っておるかのう?」
「雑学でぼくに勝負ですか、知ってますよ、川色が黒い黒流からとか、黒龍神社があるからとか。この神社には君が代に出てくるさざれ石が置いてあるんですってね」
「そんなものはみな迷信じゃ。この川には恐竜が住んでおるのじゃ、その名の通り首が九つもあるのじゃ」
「八岐大蛇より首が多いですね、ヒドラですか。フクイ竜じゃなかったんですか、あそこに居るのは、しかもイグアノドンの仲間でしょ。っていうか、誰からそんな話を聞いたんですか」
「彼女じゃ。夢のお告げじゃそうじゃ」
「ああ、やっぱり。しょうがないから付き合いますけど、どこか泊まるんですか」
「福井には鯖江というところがある。ここを根城にしようかと考えておる」
「そこじゃ日野川と足羽川しかないじゃないですか。どうして支流から探すんですか」
「ここは眼鏡っ娘のメッカじゃ」
「あぁ、はかせ、ムスリムから抗議がありますから、そこは言い換えていただかないと」
「誰かのように善光寺と言えというのか? 牛に引かれていくのじゃと娘ではなく老婆になってしまうではないか。わかった、メッカではなく眼鏡っ娘の神宮じゃ。神宮といえば、もちのろん、伊勢神宮のことじゃぞ。歴史が百年に満たない出来立ての明治なんぞと一緒にしてはならん」
「なんかそれもライトな方からクレームがきそうな気がしますけど」
「なんせ眼鏡っ娘の神宮じゃから眼鏡っ娘好き好きなモノどもは鯖江に足を向けて寝てはいかん、メガネフレームの世界シェアを握ってる所じゃ。銀座の有名ブランド店もわざわざ鯖江まで出かけて職人と契約しておるくらいじゃからな。外国からも眼鏡産業を学びに留学生がたんと来ておる。眼鏡っ娘好きならば朝昼晩と五回は八度拝八開手せねばならん」
「それじゃあ、やっぱりメッカじゃないですか」
「しかも毎年、眼鏡限定マラソン大会を開いておる。参加条件が眼鏡をかけていることなんじゃ、ということはキューちゃんもこれに参加すれば眼鏡っ娘に大変身と言うわけじゃ、考えるだけでも興奮するじゃろ、わくわく」
「ぼくは眼鏡っ娘好き好きじゃありませんからわかりませんよ、そんなこと。それに走る時はいつもゴーグルかけてませんでしたっけ」
「温泉での隠し撮りなんぞよりよっぽど高く売れると思うがな、マニアには」
「日本全国にそんなマニアが何人居るんですか」
「少なくとも三人はおる」
「はあ、そうですか、断定されてしまうとどうしようもないんですが」
「出かける前に言語の予習をしておこう」
「言語の予習って外国じゃないんですから」
「聞き取れんもんじゃぞ、標準語に慣れとるとな」
「知らないよりは知ってる方がましだとは思いますけど」
「福井県は木の芽峠で嶺北と嶺南に分かれておるが、嶺南は福井ではない、あれは京都の番外地じゃ」
「なんてこと言うんですか、敦賀や小浜が怒りますよ」
「何を言っとるのじゃ、大飯郡を説明するのに福井の左端と言うかね、舞鶴の隣と言う方が早いじゃろ」
「極端過ぎます」
「少なくとも嶺北の県民はそう思っとる。なんせ言葉も違うしのう」
「どう違うんですか」
「嶺南は明らかに関西弁の範囲内じゃが、嶺北は福井弁じゃ」
「なんか嶺南にうらみでもあるんでしょうか」
「ともかく、福井弁を語るには嶺南を抜きにして話さねばなるまい」
「はいはい」
「返事は一度でいい。福井は日本でも不思議な地域でな、ここにはアクセントという概念が無い」
「蛸も凧も同じアクセントってことでしょうか」
「箸も橋も同じアクセントという意味ではない」
「どういう意味ですか、わかりませんよ」
「牡蛎も柿も垣もじゃ。嶺北は各種アクセント群雄割拠状態でのう、それらに囲まれておる福井の市内中心部は特に無アクセント地帯と言われておるのじゃ。口の悪い言語学者は崩壊アクセントと呼んでおる」
「平板なアクセントというわけじゃないんですか」
「アクセントが文脈依存なのじゃ、垣も文脈によって牡蛎と発音されたり柿と発音されたりするわけじゃ。奴らは単語だけ切り出して『かき』と聴かせてもこれをよく聞き分けられん」
「時と場合によってアクセントが違うわけですか」
「福井弁はイントネーションである、というのもそういう所から来ておるのかもしれんのう。で、嶺北出身者は東京弁も大阪弁も話せないことが多い、どこに行っても福井弁を使い続ける傾向がある。自分が依拠するアクセントがない、つまりアクセントの概念がごっそり抜けておるので柔軟性がないのじゃな。近くの福井県嶺北出身を捕まえて喋らせれば一目瞭然ならぬ一聴瞭然じゃ」
「スパイには向きませんね」
「スパイの侵入も難しい、同じ崩壊アクセントの地方出身者でもすぐよそ者と判別できるのじゃから。南東北・北関東は崩壊アクセント地帯じゃが彼らが福井弁を真似ることはできん」
「何故ですか」
「方言といえば普通、語彙に特徴があるものじゃ。ところが福井はイントネーションの国じゃ。言葉の高低ではなく文章発声の高低ということじゃな。語彙よりも喋りの音楽性が決め手となる」
「なるほど、違う地方の人が喋ると音楽性が異なるので地元民には明白であるってことですね」
「さらに方言としての語彙が終助詞、助動詞に豊富であることが問題じゃ、地域、年齢、状況によって用いられる文末の言葉が微妙に異なるのじゃ。『のぅ』『の』『や』『さ』『ざ』『って』『け』『ど』等々。これらの組み合わせも各種ある。まあ『のぅ』だけ覚えていてもそこそこ使えるがの、しかしこれを外部者が覚えて使いこなすのには苦労するじゃろう」
「ということはスパイに向いてるのは崩壊アクセント地方出身の音楽家というところでしょうか」
「音楽家なら音の高低には強いじゃろうからのう。長い間関東で暮らしている福井出身者が言っておった。彼は嶺北でももっとも言葉が汚いと言われる武生市市街地出身なのじゃが、久しぶりに電話で地元民と話したら相手が何を発音しているのかまったく聞き取れなかったそうじゃ。しかしな、意味はわかったそうじゃ」
「どうしてですか」
「イントネーションだけで理解したのじゃ」
「マジですか」
「マジじゃ」
『ちゃらららちゃらら、ちゃらららららら』
突然、大きな音で陰気な曲が流れてきました。
「なんですか、その暗くて無気味なファンファーレは」
「サスペリアのBGMじゃ。たまにはいいじゃろ。これが恐竜発見装置『フクイ!恐竜発見君』じゃ」
「あいかわらずネーミングのセンス悪いですね、オカルト番組の題名を真似した上に、消費者金融の無人窓口みたいに『君』を付けるだけなんて。サイアクじゃないですか。どうせダサいのならいっそのことムネオ号とかつければ外務省からお金が出てきますよ。これ、こないだ大橋巨泉が国会で決めました」
「この研究所もムネオハウスにしてしまえば外務省が面倒見てくれるというわけか、そんなこと、たとい野上元事務次官が許しても国民が許さんじゃろう。ま、時事ネタは風化するのでこのくらいにしておくが」
ふたりは支度を始めました。
「そういえば名前というと、自分の子供に天馬と書いてペガサスと読ませるってのがありましたよ」
「ヤン血溢れる親子じゃな。ペガサスなら差し詰めこの母親はメドゥーサじゃな、見た者を石にしてしまうと言う」
「父親はポセイドンですけど、二人がエッチした時によく石にならなかったもんですね」
「一部だけが固くなったのじゃよ」
ふたりは恐竜発見装置『フクイ!恐竜発見君』に乗って出かけていきました。装置はざぶざぶ九頭竜川を下っていきます。
『発見、恐竜発見、捕獲します。捕獲しました』
「はかせ、すごい、あっさり見つけちゃいましたよ。でもなんか生きてるものには見えないんですけど」
「ほほほい、本当に恐竜がいたのかのう。なんか川で溺れた犬っころに見えるがのう」
「腐乱してて臭いですね」
しかし装置は止まりませんでした。
「はかせ、これ、どんどん市街地に入っていきますよ、福井駅の前に来ちゃいました。こんなところに恐竜なんているんですか」
「ふむふむ。英会話学校の前に止まっておる。『即日駅前留学』?」
「まさか、今日留学生(恐竜が臭い)っていうオチですか」
「すまん」