「ようやく立ち直ったの?」 聖子があたしを見て言った。「少しは元気になったよ、うん」 「よし、良かった」
あいつを傘の中に誘ってからようやくあいつの気持ちを聞き出したんだ。あいつあたしと一緒に帰ることさえ迷惑なんだって。ひどい言い方だよね。あたし雨の中一人駆けだしてうちに帰っちゃった。もう身体中びしょ濡れで次の日熱を出して寝込んじゃった。もちろん風邪のせいだけでもないと思うけれど。立ち直るのに一週間じゃきかないわよ、ほんとに。今だって辛いんだから。人を振るんだったらもっと良い言い方があるわよね。
「いいのよ、あたし男なんかとずっと付き合わないんだから。ほら、朝の太陽と夜の月さえあればそれでいいのよ。ぎらぎら輝く太陽はあたしを暖かくしてくれるし、すこし落ち込んだ時には柔らかい光のお月様が慰めてくれるしね。太陽が恋人なら月はダイヤモンドよ。これさえあればなんにもいらないんだから。男なんかいなくったって明日はやってくるんだもの」
「あんたまたなんか映画でも見てたんでしょ、影響されやすいからね、理絵は」
ぎく。聖子するどい。父ちゃんに誕生日プレゼントで買ってもらったCDの7枚チェンジャーで夜中通してCD聞いてたんだもんね。あ、お父さんってあたし呼ばないの。いつも父ちゃんって呼んでる。そうでないとなんだかあたしの親じゃないみたいなんだもん。
とにかくこうしてあたしの人生最初の失恋騒ぎは終わった。でもそれだけじゃ済まされなかったのだ。
あたしは聖子とおんなじで帰宅部所属。授業が終わってすぐに帰る。だけど鞄持って帰ろうとすると石黒が呼び止めたの。「山中さん、ちょっと話があるんだけど」 機嫌が悪かったのよね。「なによ、あたしあんたなんかに用事なんかないわ」 「俺にあるっていうんだよ、ちょっとだけ待ってくれよ」 「うるさいわね、あんたなんかに構わず早く帰りたいの。言いたいことがあるんだったらさっさと言いなさいよ」
そしたらさ、石黒、急に深刻な顔をして言うのよ。「人がいっぱいいるところじゃ話せない」 とてもいじめたくなったのよね、あたし。「男らしくないわね、二人っきりにならなきゃ言えないような恥ずかしい話しようとしてるのね、ああ、いやらしい男」 やるんじゃなかったわ、挑発なんかしなきゃよかった、後先なんかなんにも考えていないんだもの。
「わかった、はっきりいう。俺はお前が好きだ。前にお前、俺のこと憧れだって言ったよな。憧れから好きに変わる可能性はないのか?」
まだみんながいっぱいいる教室の中で言うんだもの、衆人環視よ。もうクラス中の視線を集めているの。
「え。そんなこと急に言われてもあたしわかんない」 あたしは逃げた。だってそんなこと人から言われるなんて予想なんかしていなかったんだもの。しかも相手は石黒だし。
「いつ、わかるの? 可能性があるかどうかだけでも教えてくれよ」 「わかった、わ、わかった、あ、明日考えてから言うから今日はもう帰してぇ」 もう教室中が騒ぎまくってたいへんだったわ。
廊下で待ってた聖子に言った。「どうしよう、石黒があたしのこと好きなんだって」 「聞こえたてたわよ、あんたたち大声で話てんだもん、もう明日は知らない人がいないくらい噂で持ちきりねぇ」 「いじわる」
その日はそれだけでも大事件だったのに、それだけじゃなかったの。下足室に行ってあたしの靴を取り出そうとしたら、そこになんと手紙が置いてあったの。どう見ても宛て名書きにはあたしの名前が書いてある。一瞬果たし状かなんかだと思ったね。武内君に告白してから何人かの女子の対応が冷たくなったもの。自分達も狙ってんだったらさっさと告白しちゃえばいいのに。
聖子が呆然と佇むあたしに気がつき近寄って来てあたしの手から手紙を奪った。「やったじゃん、理絵、もてもてね。理絵生まれて初めてのラブレターね」 「からかわないでよ、まだ中だって読んでいないんだから、返しなさいよ」 聖子ったらあたしが嫌がるのも構わず封を開けて手紙を取り出し読み上げ始めた。でもあたしが嫌がったのはポーズ。自分でそんな手紙読むだけの勇気なんかなかったんだもの。
「初めてお手紙さし上げます。突然こんな手紙を出してしまってすいません」 たぶん近くに書いた本人がいたらあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にしていることだわね。聖子が手紙を一通り読み上げた。「で、その恥ずかしいお手紙の差出人はいったい誰?」 「名前書いてないよ」 「え、マジ?」 「マジよ。ほらどこにも書いてないじゃない」 「情けない男ねぇ、自分の名前も書かないなんて。それで明日の放課後にあたしを人のいない公園に誘い出すわけ、きったないわね、こいつ」 「じゃ教室の中だったら良かったわけ?」 「そんなこと言ってないでしょ」
まったくどいつもこいつも、人が振られたと思ったらすぐさま行動にでるなんてずる賢いやつらばかりだわ。振られた後だったら落しやすいとでも思っているのかしら。キツネが落っことした油揚げを、あ、油揚げがあたしのこと、そんな良いものかっていう反論はこの際パスします、キツネは武内君、キツネじゃ悪いかな、毛並みのいい立派なキツネということにしておきましょう、で、キツネが落っことした油揚げをかっさらおうとするトンビのようなものね。あ、カラスのほうが当たっているかもしんない。
「で、どうするの、理絵?」 「どうするってこんな匿名の手紙に誘われてふらふら行くわけにいかないじゃない」 「そっちじゃなくて石黒君のこと」 「今晩ゆっくり考える」
違う。もう結論はでてるの。あたしは自分の好きな人は自分で決める。人から言われて恋なんかできっこない。あこがれなんて言って少しでも希望持たせちゃいけなかったのよね、少しだけ石黒にごめんねと思った。