◎全国非ちょこれいと化計画

「は、はかせ、どうしたんですか、目が血走っていますよ」 助手の長瀬君が博士の実験室に現われるなり素っ頓狂な声で叫びました。というのも当の博士が髪も白衣もボロボロで目をカッと見開きながら一心不乱に発明にいそしんでいるのです。そして長瀬君の声を聞くと突然彼の方を振り向くなり気持ちの悪い絞り出すような声で話し始めたのでした。

「うっひっひっひ、悪魔の天才発明家大薮博士が平和に浮かれた日本人に世紀末の悪夢を警告する発明じゃ。ABC兵器を凌駕する最悪の発明の完成じゃ!」

ピカッ、ドドドーン。博士があらかじめ用意していたフラッシュが光りスピーカーから雷鳴が轟きます。長瀬君はただならぬ博士の雰囲気にすっかり飲み込まれてしまいました。

「な、なにをはつめいしたというのでしょうか....」

「日本人は50年にも及ぶ幻想の平和の中で神話を忘れ、一時の快楽に溺れて刹那的な自分一人だけの世界に安住しきっておる。ほら、君の目の前のテレビ番組を見てみろ、二月十四日という理由だけで世の中の男女はチョコレートの行方にだけ気を散らしているだけじゃ。そこには儀式としての形式のみが存在し意味などはとっくの昔に忘れされられている。チョコレートのプレゼントなんて日本と韓国だけの風習じゃぞ、これはお口の恋人ロッテの資本主義的陰謀に他ならない」

「はっはーん、わかりましたよ、はかせ。要は自分がチョコ貰えないんで僻(ひが)んでいるんですね」

「わしの言っていることが通じぬところを見ると君も現代社会の病巣に犯されておるということじゃな、残念じゃな」

博士はぼそりと呟(つぶや)くと何かの装置のレバーを引き起動させた様子です。

「そ、それはなんの装置ですか? まさか人類絶滅の...?」

「わっはっはっはっは、この装置はな、長瀬君、半径千五百キロ以内のすべてのチョコレートを味、香り、見掛けともども人糞に変えてしまう装置なのじゃ」

「ひえー、じゃ、ぼくがさっき彼女にもらったチョコもうんこになっちゃったっていうんですか?」

「そうじゃ、ほら、開けてみい、くさやの薫りがぷうんと馨ってくるじゃろう。長瀬君もあんな小娘にたぶらかされおって、恋は盲目とは良く言ったもんじゃ」

「ひどい、ひどすぎます、はかせは人類の敵です。人の恋路の邪魔するやつですから馬に蹴られて死んでしまってください! 極悪非道の悪魔です」

「だから悪魔の発明じゃと言うておろうが、がっはっはっはっは」

そのときでした。博士の実験室のドアが開き、可愛らしいショートカットの眼鏡っ娘が入ってきました。

「君は研究所の事務のお姉さんじゃな、何かわしに用事でも?」

「大薮博士、これ受け取ってください。義理じゃないですぅ」と言うなりリボンのかかった箱を博士に手渡すと彼女は走って出て行ってしまいました。残された博士の顔は真っ赤になっていました。

「は、はかせ、どうしたんですか、ラップを開けて、ま、まさか食べるつもりじゃ、それ、うんこですよ。あ、口に入れちゃった! 食ってる!」

...

「美味しいですか?」

「ん、うんまい」

「恋というのは味覚や嗅覚さえも麻痺させるものなんですね」