◎包装されていない贈り物

寒い夜です。空は晴れていますから明日の朝は特に冷え込むことでしょう。でも憂木君の胸のうちはとても暖かでした。一人アパートへの帰り路を急ぎます。部屋に明かりがついています。今日はクリスマスイブです。憂木君は奥様に、とっても素敵なプレゼントを用意していました。

東華さんは毎年クリスマスイブを家族と一緒に過ごしていました。東華さんの家は老舗のおそば屋さんでしたから年末は目が回るくらい忙しいのです。それで年末が近づくと近所の親戚中がお店のお手伝いをします。大晦日に比べればクリスマスのあたりはまだ暇ですから親戚中でクリスマスパーティを開きます。毎年親戚の誰かのところには子供がいますからその子達を喜ばせるためというのが名目でしたが実は大人達も楽しみにしていたのです。

いつの頃からでしょうか、そのような大勢でのクリスマスが楽しいものではなくなってきたのは。家族が嫌いだと言うわけではなかったのですが東華さんはあまりパーティに出たいとは思いませんでした。部屋に閉じこもって彼女のお仕事のイラストを描いています。ここはコンピュータ文化の遅れたところです。コンピュータ専門のお店なんて少し前までは県内に一軒しかありませんでした。彼女のようにマッキントッシュを使ってイラストを描く人はめずらしいこともあったのでしょうか、なかなか彼女の絵は好評で新聞や雑誌などからよく依頼がありました。

彼女の描く絵の少女や少年には笑顔はありませんでした。憂い気で悲しそうな表情に淡い色使いの背景が何か人の感情を揺さぶったのでしょうか、彼女の絵に魅入ってしまう人は多かったのです。昨年の夏にはイラストをフルカラー印刷し個展を開いたこともあります。

お母様がパーティに出るように呼びにきます。パーティと言ってもお店を閉めてそこにみんなが集まってわいわい騒ぐだけなのです。東華さんは親戚の人達に給仕したりお酒をついでまわったりしなくてはならないのです。ため息をつきました。

お店に行きますと親戚以外に一人、男の人がいました。お母様が彼女に紹介しました。「この人あんたんこと気にいったんやって。あんたももう結婚せんとあかんでの」 「それこの人と結婚せってこと?」 「正月過ぎたらぁお父さんと結納やるさけの」

憤慨して情けなくってその場にいられなくなり部屋に逃げ戻りました。お母様の言葉が耳に響きます。「知らん人でも一緒に居たら段々ようなるって」

東華さんは泣きながら一心不乱に絵を描きました。朝までかかって仕上げるとセーブして電源を落としました。そして愛用の裁ち鋏を取り出しました。自分の為に服を作ることはしませんでしたが、裁縫は好きで親戚の子供達に服を良く作ってあげていました。この鋏はその時に生地を裁つのに使ったものです。道具の手入れは欠かしたことがないので仮に鋏が片刃であったとしてもなんでも切ることができたでしょう。

刃に映る自分の顔を見ながら決心しました。刃を大きく広げ左手首にあてがいます。そして切り落とすつもりで思いっきり刃を閉じました。血が吹き出し布団の中にどんどん吸い込まれていきます。そして赤く血溜まりができ海のようになっていきました。激痛が襲います。決してあげまいと思っていた悲鳴が漏れて出てきました。自分の血が熱いものだと感じながら横臥し気が遠くなっていきました。

東華さんは目を覚ましました。昨年のクリスマスイブの夢を見ていました。何度も何度もくり返し同じ夢を見ます。あれからすぐに病院に運ばれ命は取り留めたものの、左手の先はとても不自由になってしまいました。それでも今はぎこちないですけれどもなんとか動かせるようになってきました。毎日、毎朝リハビリの運動を憂木君が手伝ってくれていることもあるのかもしれません。自分ではとてもよくなっているように思えます。前はマウスさえ握ることもできなかったのに今ではフライパンでも持ち上げられます。

退院してしばらくすると結納の話がまたくり返され、今度は死ぬことよりも自分の欲求を優先させることに決めたのでした。大好きな大好きな憂木君のもとへ飛び出していったのです。それから一度だけ追いかけてきた御両親に会ったきりです。結婚式は幾人かの友達を呼んでお祝いしてもらっただけでした。でも法律上の結婚はまだなのでした。ある理由で婚姻届に名前を書かない決心でいたのです。

今は彼と暮らしています。三日間ほどお仕事の都合で彼は留守をしていましたが、今日のクリスマスイブには帰ってくることになっています。本当は一緒に出かける予定だったのですが、ちょっと気分がすぐれなかったものですから彼一人で出掛けたのです。でも今日は初めて二人で過ごすクリスマスイブです。生まれて初めて心から楽しいクリスマスです。

憂木君はなかなか東華さんにお料理をさせてくれません。見ていて危なっかしいからと言いますが、今日は自分一人でご馳走をつくるつもりでした。

支度をすっかり終え彼が帰ってくるのを楽しみに待ちました。とっても素敵なプレゼントを用意しているのです。

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「ただいま」 「おかえりなさい」 二人ともお互いが元気な様子を見て安心しました。東華さんは憂木君が出かける時には無かった大きな荷物を持っているのを見てプレゼントだなと思いました。嬉しくてしょうがありませんでした。彼も楽しそうにしているのですもの。

食事を終えて、気分の良くなるお酒もちょっと飲んでからプレゼントを交換することにしました。「ぼくからでいいかい」 「うん、何をくれるの?」

憂木君は紙を取り出しました。婚姻届でした。そしてその証人の欄にはなんと憂木君のお父様と東華さんのお父様の名前がありました。東華さんは驚きました、お二人とも絶対に結婚を許してはくださらないと思っていたからです。

「君には黙っていたけど昨日行ってきたんだ。みんな怒っていたけど、でも最後には許してくれた」

東華さんは胸のつかえがとれたような気がしました。もう嫌な夢は見ないですみそうです。ぽろぽろ、ぽろぽろ涙がこぼれてきます。恩ある御両親から祝福されるまではと決心していた東華さんも喜んで自分の名前を書くことでしょう。

「今度は一緒に御両親に会いに行こう」 泣きながら、うん、と答えました。

「あともう一つ」 そういって憂木君は抱えて帰ってきた箱を取り出しました。

「君のLC475。取り敢えず本体だけ。モニタや他のは後で送ってもらうことにしてあるよ」

東華さんが使っていたマッキントッシュです。手首を切ってからは二度と電源を入れなかった愛機です。それが手元に戻ってきたのです。あまりに懐かしく嬉しいのでぴょんぴょん飛び跳ねてしまいました。

「私からのプレゼントも聞いてくれる?」 「なに?」

東華さんは囁きました。そこにいるソフトウェアの神さまにも聞こえないように憂木君にそっと囁いたのです。ですから私にも東華さんが何を囁いたのかは聞取れませんでした。でもそれを聞いた憂木君は東華さんを思い切り抱きしめたのです。

「もう一つプレゼントが475に入っているわ、モニタだけつけられる?」

LC475を空いているモニタに接続します。そして東華さんは電源を入れ昨年描いた絵を広げました。「ちょっと手を入れるわね」 ちょこちょことマウスを動かします。みるみるうちに絵の中の悲愴な表情の男の人と女の人の顔が、明るく元気な表情に描きかえられていきます。絵の題名が「生まれることのなかった私達の子供と」と書いてあったのを「生まれてくる私達の子供と」に書き変えました。絵の中の二人は元気そうな赤ちゃんを抱いています。

来年はこの絵のように三人でクリスマスが迎えられることでしょう。